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イドラとは?ベーコンの4種類の思い込みを具体例でわかりやすく解説

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「自分では正しく考えているつもりなのに、なぜ間違えてしまうの?」そんな疑問から、フランシス・ベーコンが示した四つのイドラを読み解きます。サイコロや言葉の意味など身近な例を通して、思い込みに気づくための手がかりを紹介します。

5秒でわかる結論

イドラとは、物事を正しく知ろうとするとき、それをじゃまする思い込みや考え方の偏りのことです。

小学生にもわかりやすく言うと

例えば、自分の好きなサッカーチームを「強い」と思っていると、勝った試合はよく覚えていても、負けた試合は「たまたま負けただけ」と考えてしまうことがあります。

でも、本当にどれくらい強いのかを知るには、勝った試合も負けた試合も確かめる必要があります。

自分の考えに合うことばかりを大切にしていると、考えが間違っているかもしれないことに、なかなか気づけなくなるのです。

この記事を読むとわかること

こんなことはありませんか?

友だちに「この遊びは簡単だよ」と言われたのに、実際に遊んでみると思ったより難しかった。

そんな経験はありませんか。

友だちは「ルールを覚えるのが簡単」という意味で話していたのに、自分は「すぐに勝てる」という意味だと思っていたのかもしれません。

同じ言葉でも、意味を確かめないまま受け取ると、相手とは違うことを考え、間違った判断につながる場合があります。

これは、言葉の使い方が私たちの考えに影響するという、イドラの考え方につながる身近な例です。

この記事では、イドラとは何か、四つの種類にはどのような違いがあるのか、そして思い込みに気づくためにはどうすればよいのかを、身近な例とともに紹介します。

疑問が生まれた物語

放課後の図書室。

美咲(みさき)は、本棚から一冊の本を取り出しました。

「この本、なんだか難しそう。きっと読んでもつまらないよ」

そう言って本を戻そうとすると、隣にいた悠斗(ゆうと)が尋ねました。

「でも、まだ読んでないんだよね。どうしてそう思うの?」

「前に、似たような本を読んだけど、難しくて途中でやめちゃったんだ。だから、この本も同じかなって」

「そっか。でも、表紙が似ているだけで、中身は違うかもしれないよ」

美咲は、手に持った本をもう一度見つめました。

「そうだね。前に読んだ本のことだけで、決めつけていたのかも」

二人は、自分の経験から、まだ確かめていないことまで正しいと思ってしまうのはなぜなのか、気になりました。

そこで図書室の本を調べていると、「イドラ」という見慣れない言葉に出会いました。

「イドラ……。これって、私たちがさっき話していた思い込みとも関係があるのかな?」

二人は、もう少し詳しく調べてみることにしました。

1 イドラとは?人が物事を見誤ってしまう理由

「イドラ」という言葉は、ラテン語の idola(イドラ、「像」や「幻影」などを意味する言葉)です。

もともとは、ギリシャ語の eidōlon(エイドーロン、「像」や「幻影」)に由来しています。

ここでいう「幻影」とは、実際に何かの幻が見えるという意味ではありません。

自分では物事を正しく見ているつもりでも、思い込みによって、実際とは違う理解をしてしまうことを表しています。

この言葉を使って、人間の考え方にある問題を整理したのが、イングランド(現在のイギリスの一部)の哲学者フランシス・ベーコン(Francis Bacon、1561年〈永禄4年〉〜1626年〈寛永3年〉)です。

ベーコンが活動したのは、今からおよそ400年前の17世紀です。

当時のヨーロッパでは、昔から受け継がれてきた学説が重んじられる一方で、自然を実際に観察し、調べることも行われていました。

ベーコンは、自然の仕組みを正しく知るには、それまでの学び方を見直し、新しい方法を考える必要があると考えました。

そして、1620年(元和6年)に『ノヴム・オルガヌム』(Novum Organum、「新しい道具・方法」という意味)を出版しました。

これは、自然を調べ、確かな知識を得るための方法について書かれた本です。

その中でベーコンは、人間の理解を妨げるイドラを四つの種類に分けて説明しました。

イドラの問題は、ただ間違った考えを持つことだけではありません。自分では正しく考えているつもりでも、思い込みによって事実を受け止めるときの判断がゆがみ、間違いに気づきにくくなることにあります。

つまり、イドラを知ることは、自分の考えをいつも疑うためではなく、物事を正しく知ろうとするときに、何がそのじゃまになるのかを理解することにつながります。

次の章では、ベーコンがなぜ人間のこうした思い込みを重要な問題だと考えたのか、その理由をもう少し詳しく見ていきましょう。

2 ベーコンは、なぜイドラを問題にしたのか?

ベーコンがイドラを問題にしたのは、思い込みによって、自然の仕組みを調べるときにも間違った結論を出してしまうことがあるからです。

例えば、育てている植物が元気に育ったとします。

毎日たくさん水をあげていたので、「水を多くあげたから元気に育ったんだ」と考えるかもしれません。

しかし、植物の育ち方には、日当たりや気温、土の状態なども関係します。

水を多くあげたことだけが理由なのかは、まだわかりません。

本当に水の量が関係しているのか調べるなら、同じ種類の植物をいくつか用意し、日当たりや土の状態をできるだけそろえて、水の量を変えたときの育ち方を比べる方法が考えられます。

そして、自分の予想と違う結果が出た場合も、無視せずに確かめることが大切です。

ベーコンは、人間には一度正しいと思った考えを守ろうとして、それに合わない事実を見落としたり、軽く考えたりする傾向があると指摘しました。

そこで、少ない事実から急いで結論を出すのではなく、実際に起きたことを調べ、予想に合わない事実も確かめながら、慎重に結論を導く方法を重視したのです。

つまり、ベーコンが目指したのは、ただ「思い込みをなくしましょう」と呼びかけることではありません。

自分の予想よりも、実際に確かめた事実を大切にし、より確かな知識を得ることだったのです。

ここで紹介した、観察した事実から慎重に結論を考える方法は、「帰納法(きのうほう)」という哲学のテーマにもつながります。

「いくつかの事実から、どこまで正しい結論を出せるのか」をもっと知りたい方は、

「帰納法とは?100羽のカラスでわかる意味と考え方」

もあわせてご覧ください。

ただし、事実を調べる方法を知っていても、それだけで必ず正しい結論にたどり着けるわけではありません。

調べた事実を受け止める人間自身が、思い込みによって判断を誤ることもあるからです。

そこで次の章では、ベーコンが人間の理解を妨げる原因をどのように四つに分けたのか、身近な例から見ていきましょう。

3 四つのイドラとは?身近な例でわかりやすく解説

ベーコンは、人間の理解を妨げるイドラを四つの種類に分けました。

四つのイドラは、何が原因で物事を見誤ってしまうのかによって区別されています。

ここでは、それぞれの違いを身近な例で見ていきましょう。

種族のイドラ|人間に共通する思い込み

種族のイドラとは、人間に共通する感覚や考え方の傾向によって、物事を正しく理解できなくなることです。

ここでいう「種族」は、特定の民族や国の人ではなく、人間全体を指しています。

例えば、サイコロを振ったとき、同じ数字が3回続けて出たとします。

すると、「同じ数字が3回も続いたのだから、次もその数字が出やすいはずだ」と思うことがあります。

しかし、それぞれの数字が同じ出やすさのサイコロなら、3回続いたからといって、次もその数字が出やすくなるわけではありません。

ベーコンは、人間には、実際には決まった規則がないところにも、規則や決まりを見つけてしまう傾向があると指摘しました。

人間は、物事をありのままに理解しているつもりでも、自分たちに共通する考え方の癖によって、間違った判断をすることがあるのです。

洞窟のイドラ|自分の経験や環境から生まれる思い込み

洞窟のイドラとは、一人ひとりの経験や育った環境、教育、習慣などによって、物事の見方が偏ってしまうことです。

ベーコンは、一人ひとりが自分だけの「洞窟」を持ち、その中から世界を見ているようなものだと説明しました。

例えば、昆虫が大好きな子が、公園の生き物を調べることになったとします。

その子は昆虫ばかりを熱心に観察し、鳥や草花にはあまり目を向けませんでした。

その結果、「この公園では昆虫が中心なんだ」と考えたとしたら、どうでしょうか。

昆虫については詳しく調べていても、公園全体の生き物を十分に調べたとはいえません。

ベーコンは、人それぞれの関心や経験、学んできたことが、物事の理解に影響すると考えました。

自分がよく知っていることだけに目を向けると、ほかの大切な事実を見落としてしまうことがあるのです。

市場のイドラ|言葉によって生まれる思い込み

市場のイドラとは、言葉の意味や使い方によって、物事を誤って理解してしまうことです。

「市場」という名前は、人々が集まって言葉を交わす場所に由来しています。

例えば、ある商品について「天然の材料を使っています」と説明されたとします。

ここで「天然」とは、材料が自然に由来するという意味です。

ところが、聞いた人が「天然なら、体にも安全だと確かめられている」という意味まで受け取ってしまうと、言葉が伝えていること以上を思い込むことになります。

自然に由来するものにも、人の体に害を与えるものはあります。

「天然」という言葉を知っていても、それだけで安全性までわかったことにはならないのです。

ベーコンは、言葉の意味があいまいだったり、物事を正しく表していなかったりすると、人の考えが混乱することを問題にしました。

また、実際には存在しないものにも名前がつけられ、その名前があることで、本当に存在するかのように考えてしまう場合にも触れています。

言葉を知っているだけでは、その言葉が表す物事を正しく理解したことにはならないのです。

劇場のイドラ|学説を正しいと信じ込むこと

劇場のイドラとは、学説やその説明の仕方を十分に確かめず、正しいと信じ込んでしまうことです。

ここでいう「学説」とは、自然の仕組みなどを、筋道を立てて説明するための考え方のことです。

ベーコンは、そうした学説を、劇場で演じられる物語にたとえました。

舞台の上では、本物のように見える世界を作れます。しかし、その世界が実際の世界と同じとは限りません。

例えば、自然のさまざまな出来事を説明する一つの学説があり、その中で「石はすべて水に沈む」と教えられていたとします。

ところが、実際に調べると、水に浮くことがある軽石(かるいし)が見つかりました。

それでも「学説が正しいはずだから、観察した結果のほうが間違っている」と決めつけてしまえば、実際に確かめられた事実よりも、信じてきた学説を優先していることになります。

これは劇場のイドラを理解するために作った例であり、ベーコン自身が紹介した学説ではありません。

ベーコンは、すでに受け入れられている哲学の学説や、十分に確かめられていない説明の仕方が、人間の理解を妨げることを問題にしました。

どれほど筋道が通っているように見える学説でも、実際に確かめられた事実と合っているかを考える必要があるのです。

四つのイドラは、人間を四種類に分けるものではない

ここで一つ、大切な注意点があります。

四つのイドラは、人間を四種類の性格に分けるものではなく、物事を見誤る原因を分けたものです。

また、一つの判断に、複数のイドラが関わることも考えられます。

大切なのは、誰かを「このイドラに当てはまる人だ」と決めつけることではありません。

自分の考えが正しいと思ったときに、その考えが何に影響されているのかを確かめる手がかりとして、四つのイドラを理解することです。

四つのイドラを知って、「自分の思い込みについて、もう少し詳しく学びたい」と感じた方もいるのではないでしょうか。

記事の後半にある

「さらに学びたい人へ」

では、初めて学ぶ人にも読みやすい本から、ベーコン本人の著作の日本語訳まで、3冊の書籍を紹介しています。

では、こうした四つのイドラを整理したフランシス・ベーコンは、どのような人物だったのでしょうか。

次の章では、その生涯や活動を紹介しながら、イドラとの関係をもう少し詳しく見ていきましょう。

4 フランシス・ベーコンとは?

イドラを四つに分けた哲学者

フランシス・ベーコン(Francis Bacon、1561年〈永禄4年〉1月22日生まれ、1626年〈寛永3年〉4月9日没)は、イングランド王国(現在のイギリスの一部)の哲学者・法律家・政治家です。

当時のイングランド王国の首都ロンドンにあった「ヨーク・ハウス」という邸宅で生まれ、ロンドンの北に位置するハイゲート(現在のロンドン北部)で亡くなりました。

ベーコンが生まれたのは16世紀で、主に17世紀にかけて活動しました。

当時のヨーロッパでは、古代ギリシャから伝わる哲学や学説が重んじられる一方で、自然を実際に観察したり、実験したりして、その仕組みを調べる取り組みも進んでいました。

ベーコンは、若いころにケンブリッジ大学で学び、その後、法律を学んで法律家となりました。

さらに、国の政治を話し合い、法律などを決める議会の議員としても活動し、1618年(元和4年)には「大法官(だいほうかん)」という重要な役職に就きました。

大法官とは、当時のイングランドで、国王のもとで政治や裁判などに関わる重要な仕事を担う役職です。

一方で、ベーコンは哲学の研究にも取り組み、自然の仕組みをより正しく知るために、学問の進め方そのものを見直そうとしました。

ベーコンが大切にしたのは、自然を観察し、実験などで確かめながら知識を得て、その知識を人々の生活にも役立てることでした。

そのためには、人間がもともと持っている思い込みや、昔から正しいとされてきた考え方に、どのような問題があるのかを知る必要があると考えました。

そして、代表的な著作『ノヴム・オルガヌム』で、人間の理解を妨げるイドラを四つの種類に分けて説明しました。

ベーコンは、イドラを四つに整理し、思い込みに妨げられず、より確かな知識を得るための方法を考えた重要な哲学者です。

こうした考え方は、後の科学の研究方法にも影響を与えました。ただし、ベーコン一人が現在の科学の方法を完成させたわけではありません。

フランシス・ベーコンは、イドラだけでなく、帰納法という、観察した事実から知識を導く方法についても重要な考えを残しています。

ベーコンがどのような人生を歩み、なぜ帰納法やイドラを重視したのかをさらに知りたい方は、

「フランシス・ベーコンとはどんな人物?生涯と思想をわかりやすく解説」

もあわせてご覧ください。

では、こうしたイドラの考え方を、私たちは毎日の生活でどのように活かせるのでしょうか。

次の章では、身近な出来事をもとに考えていきましょう。

5 思い込みに気づくには?

ベーコンの考えを日常に活かす

思い込みに気づくためには、実際にわかったことと、自分がそうだと思ったことを分けて、違う可能性も確かめてみることが大切です。

ベーコンは、自然を調べるとき、自分の予想と違う事実にも目を向け、急いで結論を出さない方法を重視しました。

ここからは、その考え方を日常生活に当てはめて、私たちにもできる三つの工夫を紹介します。

なお、これらはベーコン本人が日常生活の助言として示したものではなく、イドラの考え方をもとにした、この記事での応用です。

① 実際にわかったことと、想像したことを分ける

例えば、友だちにあいさつをしたのに、返事がなかったとします。

「もしかして、嫌われているのかな」と思うかもしれません。

でも、確かにわかっているのは、あいさつに返事がなかったということだけです。

相手が気づかなかった可能性もあれば、ほかの理由があるかもしれません。

理由を確かめられないなら、「今はまだわからない」と考えることもできます。

実際に起きたことと、自分が考えた理由を分けることで、確かめていないことまで事実だと思い込むのを防ぐ手がかりになります。

② 自分の考えと違う事実も確かめる

例えば、「うちのクラスは、朝になるといつも騒がしい」と思っていたとします。

でも、毎朝そうなのでしょうか。

静かだった日もあれば、「いつも騒がしい」とは言えません。

騒がしかった日の印象だけで判断せず、ほかの日の様子も確かめる必要があります。

自分の考えに合うことだけでなく、合わない事実にも目を向けることで、間違った思い込みに気づく手がかりになります。

③ 相手が使った言葉の意味を確かめる

例えば、友だちから「あとで行くね」と言われたとします。

自分は数分後だと思っていても、相手は学校から帰る前のことを考えているかもしれません。

そんなときは、「何時ごろ?」と聞いてみれば、お互いが考えている時間を確かめられます。

同じ言葉でも、人によって考えている意味が違う場合があります。言葉の意味を確かめることは、思い違いを減らす手がかりになります。

大切なのは、すぐに答えを決めつけないこと

この三つに共通しているのは、自分の考えを最初から間違いだと決めることではありません。

自分の考えが正しい場合もあります。

しかし、確かめていないことまで正しいと信じてしまえば、間違いに気づく機会を失うかもしれません。

自分が正しいと思ったときこそ、「何を根拠にそう考えたのか」を確かめ、まだわからないことは、無理に決めつけないことが大切です。

「まだわからないことを、わかったつもりにならない」という考え方は、古代ギリシャの哲学者ソクラテスに関わる「無知の知(むちのち)」とも比べながら考えることができます。

イドラと無知の知は同じ思想ではありませんが、どちらも自分の理解を見直すきっかけになります。

興味を持った方は、

「無知の知とは?意味と具体例、ソクラテスが問い続けた理由」

もぜひご覧ください。

ただし、こうした工夫によって、すべての思い込みに気づけるわけではありません。

次の章では、イドラについて間違えやすいことを整理していきましょう。

6 イドラについて間違えやすいこと

イドラは、私たちが物事を正しく知ろうとするとき、その理解を妨げる思い込みや考え方の偏りを説明する言葉です。

ただし、その意味を知ったことで、かえって間違った理解をしてしまうこともあります。

ここでは、特に気をつけたい四つの誤解を確認しましょう。

① イドラは、自分の考えを持つことが悪いという意味?

自分で考えたり、予想したりすること自体が、悪いわけではありません。

例えば、地図を見て「この道が一番近い」と予想したとします。

しかし、実際に道の長さを調べると、別の道のほうが短いとわかりました。

その場合は、最初の予想を見直せばよいのです。

ベーコンが問題にしたのは、自分の考えを持つことではなく、思い込みによって物事を正しく理解できなくなることでした。

自分の考えは、物事を調べる出発点になります。しかし、その考えが正しいかどうかは、別に確かめる必要があるのです。

② イドラを知れば、もう間違えなくなる?

イドラの名前や種類を覚えただけで、思い込みによる間違いをすべて防げるわけではありません。

ベーコンは『ノヴム・オルガヌム』で、イドラが人間の考えに深く入り込み、注意していても再び理解を妨げることがあると説明しています。

例えば、自分は思い込みに気をつけているつもりでも、知らないうちに、自分に都合のよい情報ばかりを大切にしてしまうことがあります。

そのためベーコンは、イドラの存在を知るだけでなく、実際の事実を調べ、そこから慎重に結論を導く方法も重視しました。

イドラを学ぶ目的は、間違えない人間になることではなく、自分の判断が間違っている可能性にも目を向け、より正確に物事を知ろうとすることにあります。

③ イドラは、人に対する悪い偏見のこと?

イドラは、人を嫌ったり、差別したりする偏見だけを意味する言葉ではありません。

普段の生活では、「偏見」という言葉を、特定の人や集団について決めつけることに使う場合があります。

しかし、ベーコンが説明したイドラは、それよりも広い問題です。

例えば、ある日、電車に乗ったら、とても混雑していたとします。

その一度の経験だけで、「この電車は、いつ乗っても混んでいる」と思ったとしたら、まだ確かめていないことまで正しいと考えているかもしれません。

これは、誰かを嫌っているわけでも、差別しているわけでもありません。

それでも、一部の経験から、物事の全体を判断してしまう可能性があります。

イドラが問題にしているのは、悪意のある考えだけではなく、本人に悪気がなくても、物事の理解がゆがんでしまうことなのです。

④ 四つのイドラは、科学的に証明された四つの心の働きなの?

四つのイドラは、ベーコンが人間の理解を妨げる原因として整理した哲学上の分類です。現代の心理学によって、四種類の心の働きとしてそのまま証明されたという意味ではありません。

ベーコンが四つのイドラを説明したのは、1620年(元和6年)に出版された『ノヴム・オルガヌム』です。

一方、現代の心理学でも、人間の思い込みや判断の偏りについて研究が行われています。

例えば、「確証バイアス(confirmation bias〈コンファメーション・バイアス〉、自分の考えに合う情報を重視し、合わない情報を軽く見やすい傾向)」という言葉があります。

これは、すでに正しいと思っている考えに合う情報を集めたり、その情報を重く受け止めたりしやすいことを表しています。

ベーコンが指摘した問題と似ている部分はありますが、だからといって、四つのイドラと現代の心理学の分類が、そのまま同じものになるわけではありません。

イドラは、科学実験で確認された四つの心の仕組みとしてではなく、人間が物事を正しく知ることを妨げる原因について、ベーコンが考えた分類として理解することが大切です。

イドラを正しく理解するために

ここまでの四つの誤解に共通するのは、イドラを知ることと、その意味を正しく理解することは、必ずしも同じではないということです。

ベーコンは、人間の感覚や考え方には問題があると指摘しましたが、だからといって、人間は正しい知識を得られないと考えたわけではありません。

むしろ、その問題を知り、調べる方法を改善することで、より確かな知識を得ようとしました。

イドラは、自分の考えを否定するための言葉でも、人を批判するための分類でもありません。自分の理解を妨げているものがないかを考えるための手がかりです。

次は、この記事で学んだことを振り返り、最初の疑問への答えを整理していきましょう。

7 まとめ・考察

イドラが教えてくれること

イドラが教えてくれるのは、「自分にはこう見える」ということと、「実際にそうである」ということは、必ずしも同じではないということです。

ベーコンが示した四つのイドラを振り返ると、種族のイドラは人間に共通する考え方の癖、洞窟のイドラは一人ひとりの経験、市場のイドラは言葉の意味や使い方、劇場のイドラは受け入れてきた学説によって、理解が妨げられることを表しています。

ここからは、この考え方をもとにした私自身の考察です。

例えば、旅行先で撮られた一枚の写真を見て、「この町は静かで落ち着いているんだな」と思ったことはありませんか。

写真には、静かな道と小さな家が写っています。

しかし、その写真のすぐ外には、大勢の人でにぎわう通りがあるかもしれません。

写真に写っている景色が間違っているわけではありません。

ただ、写真の中に見えているものだけでは、その町のすべてを知ったことにはならないのです。

私たちの思い込みにも、これと似たところがあるのではないでしょうか。

自分が見たこと、経験したこと、正しいと信じていること。

それらは判断するための大切な手がかりですが、まだ見ていない事実まで教えてくれるとは限りません。

そして、私がもう一つ大切だと思うのは、考えを変えることへの向き合い方です。

以前は正しいと思っていたことでも、新しい事実を知れば、考えが変わることがあります。

それは、必ずしも過去の自分が失敗したという意味ではありません。

見えていなかった事実を知り、それに合わせて考えを見直せることも、学ぶことの大切な一歩なのだと思います。

では、自分の考えが正しいと強く感じたとき、私たちはどうすればよいのでしょうか。

何でも疑って、誰の言葉も信じないようにする必要はありません。

まずは、何を確かめたうえでそう考えているのか、そして、まだ確かめていないことは何なのかを分けてみることです。

自分の考えを疑うとは、何でも信じなくなることではありません。自分の考えを支える根拠を確かめ、必要なら見直せるようにしておくことです。

イドラを知ることは、自分の間違いを責めるためではなく、今まで見えていなかったものにも目を向けるためのきっかけになるのではないでしょうか。

おまけコラム

ベーコンが理想としたのは「ミツバチ」のような学び方?

ベーコンは『ノヴム・オルガヌム』第1巻第95節で、知識を得ようとする人々の姿勢を、アリ・クモ・ミツバチにたとえています。

ベーコンが理想としたのは、観察や実験で事実を集め、その意味をよく考える「ミツバチ」のような学び方でした。

では、なぜミツバチなのでしょうか。

まず、アリです。

アリは、食べ物を集めて巣へ運びます。

ベーコンは、実験などで得た事実を集めて使う一方で、その意味を十分に考え、知識として組み立て直すことが足りない学び方を、アリにたとえました。

次に、クモです。

クモは、自分の体から糸を出して巣を作ります。

こちらは、実際の自然を十分に調べず、自分の頭の中で考えたことだけをもとに説明を組み立てる人のたとえです。

では、ミツバチはどうでしょうか。

ミツバチは、花から蜜などを集め、それを自分の体の働きによって別のものへと変えていきます。

ベーコンは、この姿に注目しました。

自然を調べて事実を集めるだけでも、自分の頭の中で考えるだけでもなく、集めた事実を比べ、整理し、よく考えることで、より確かな知識を生み出そうとする姿を、ミツバチにたとえたのです。

ここからは、この考え方を日常に置き換えた例です。

例えば、「どうして雨がやんだあと、水たまりが早く乾く場所と、なかなか乾かない場所があるのだろう」と疑問に思ったとします。

晴れている日と曇っている日を比べたり、日なたと日陰を観察したりすることで、違いを調べられます。

しかし、見たことを記録するだけでは、理由がわかったとは限りません。

集めた記録を比べ、日当たりや風などが関係しているのかを考え、必要ならさらに確かめることで、少しずつ理解を深められます。

これはベーコンが実際に行った実験ではなく、ミツバチのたとえを理解するための身近な例です。

私がこの話で面白いと思うのは、ベーコンが「たくさん知っていること」と「よく考えていること」のどちらか一方だけを大切にしたのではない点です。

大切なのは、事実を集めることと、その事実について考えることを、切り離さずに行うことなのです。

イドラを学ぶと、思い込みによる間違いが気になるかもしれません。

けれども、ベーコンのミツバチのたとえからは、間違いに気をつけるだけでなく、新しいことを知る楽しさも感じられます。

知識をただ集めるだけでも、自分の考えだけを信じるのでもなく、実際に確かめたことから、新しい理解を育てていく。

そんな学び方を、私たちも少しずつ大切にできるのではないでしょうか。

さらに学びたい人へ

イドラについて学んで、「自分の思い込みには、ほかにどのようなものがあるのだろう」「ベーコンの考えをもっと詳しく知りたい」と感じた人へ、おすすめの本を3冊紹介します。

小学生・初学者におすすめ
『こどもバイアス事典 「思い込み」「決めつけ」「先入観」に気づける本』 著者 バウンド 監修 犬飼佳吾

小学生や、思い込みについて初めて学ぶ人。
本の特徴
日常にあるさまざまな思い込みや、判断が偏ってしまう理由を、子どもにもわかりやすく紹介しています。
おすすめ理由
自分にも思い込みがあると気づき、物事を別の角度から見るきっかけになります。大人にもおすすめできる入門書です。

全体におすすめ・もう一歩詳しく学びたい人へ
『イェール大学集中講義 思考の穴 わかっていても間違える全人類のための思考法』 著者 アン・ウーキョン 翻訳 花塚恵

思い込みが生まれる理由を、具体的な研究や事例から学びたい人。
本の特徴
心理学の研究をもとに、自分の考えに合う情報ばかり集めてしまう傾向や、判断を間違える理由を解説しています。
おすすめ理由
今回の記事で紹介した「自分が正しいと思っていることほど、確かめる必要がある」という考えを、現代の心理学から深く理解できます。

ベーコンの考えを原典から学びたい人へ
『ノヴム・オルガヌム(新機関)』 著者 フランシス・ベーコン 翻訳 桂寿一

哲学をさらに深く学びたい人や、ベーコン自身の考えを読みたい人。
本の特徴
ベーコンが発表した著作の日本語訳で、四つのイドラや、自然について確かな知識を得る方法が論じられています。
おすすめ理由
今回のイドラの説明を、ベーコン本人の著作で確かめられます。やや難しい内容ですが、より深く理解したい人におすすめです。

まずは身近な思い込みを知りたい人は①、現代の研究まで学びたい人は②、ベーコンの思想を直接確かめたい人は③から読んでみてください。

疑問が解決した物語

放課後の図書室。

イドラについて調べ終えた美咲(みさき)と悠斗(ゆうと)は、机の上に置かれた一冊の本を見つめていました。

それは、美咲が最初に「難しそうだから、きっとつまらない」と言っていた本です。

「ねえ、悠斗。私、どうしてこの本をつまらないと思ったのか、少しわかった気がする」

「前に読んだ本と似ていたから?」

「うん。前の本が難しかったから、今度も同じだって思ったんだ。でも、本当は中身をまだ読んでいなかったんだよね」

悠斗はうなずきました。

「イドラの話に出てきた、自分の経験が物の見方に影響するってことと、関係していそうだね」

「そうかもしれない。でも、じゃあこの本は絶対に面白いってこと?」

「それも、まだわからないよ。読んでみないとね」

美咲は少し笑って、本を開きました。

最初の数ページを、ゆっくりと読んでみます。

難しい言葉もありましたが、思っていたより読み進められそうです。

「まだ全部読んでいないから、面白い本かどうかはわからない。でも、読まずにつまらないって決めるのは早かったね」

「うん。最初の考えが間違っていることもあるし、合っていることもある。大事なのは、確かめてみることなんだね」

美咲は本にしおりを挟みました。

「今日はここまで読んでみたけど、もう少し続きを読んでみようかな」

窓の外では、夕方のやわらかな光が差し込んでいます。

美咲は、もう一度本の表紙を眺めました。

さっきまで難しそうに見えていた表紙は、何も変わっていません。

変わったのは、本の中身について、まだ知らないことがあると気づいた美咲の考え方でした。

自分が正しいと思ったことでも、確かめてみれば、新しいことがわかるかもしれない。

二人は、そんな大切なことを学んだのでした。

では、あなたにも、よく確かめないまま「きっとこうだ」と思っていることはありませんか。

もし思い当たることがあれば、すぐにその考えを否定する必要はありません。

まずは、美咲のように、ほんの少しだけ確かめてみることから始められます。

大切なのは、自分の考えを無理に変えることではなく、確かめた事実に合わせて、必要なら考えを見直せることなのです。

文章の締めとして

今まで当たり前だと思っていたことが、ある日、少し違って見えることがあります。

それは、本の一ページかもしれませんし、誰かとの何気ない会話かもしれません。

知らなかったことに気づく瞬間は、少し驚くこともありますが、同時に、世界が広がる楽しさを感じられる瞬間でもあります。

これからも、そんな小さな発見を楽しみながら、毎日を過ごしていきたいですね。

補足注意

この記事は、筆者が個人で調べられる範囲で、ベーコンの著作や信頼できる資料を確認し、イドラの考え方をまとめたものです。

本文の身近な例や考察には、理解を助けるために筆者が加えたものもあります。

哲学には異なる解釈や考え方もあり、今後の研究によって理解が深まったり、これまでの説明が見直されたりする可能性があります。

🧭 本記事のスタンス

この記事は、イドラについて「これが唯一の正解」と決めつけるためではなく、自分の思い込みや考え方に興味を持ち、さらに調べてみるための入り口として書いています。

ベーコンの考えだけでなく、ほかの哲学者の視点や現代の研究にも目を向けながら、自分なりに考えを深めていただけたらうれしいです。

イドラを知ったら、「知ったつもり」に挑(いど)み、原典をひもとき、文献を読み解いてみてください――ひとつの答えの先に、また新しい問いが待っているかもしれません。

最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。

イドラは、自分が正しいと思うことよりも、新しく知った事実に心を開き、昨日までの自分の考えを見直せることの大切さを教えてくれているのかもしれません。

参考資料・文献

本記事では、フランシス・ベーコンの思想について、原典の該当箇所や専門的な哲学事典などの公開情報を手がかりに、イドラの意味と四つの分類を整理しました。

今回の内容に関係する主な資料は、次のとおりです。

フランシス・ベーコン『ノヴム・オルガヌム』(1620年)

第1巻第19節、第38〜46節、第59〜62節、第95節など。自然について知識を得る方法、四つのイドラ、アリ・クモ・ミツバチのたとえに関係する箇所です。

Stanford Encyclopedia of Philosophy(スタンフォード哲学百科事典)「Francis Bacon」

ベーコンの哲学、学問の方法、四つのイドラ、科学史における位置づけを知るための専門的な解説です。

Internet Encyclopedia of Philosophy(インターネット哲学百科事典)「Bacon, Francis」

ベーコンの生涯や思想、イドラの特徴を理解する際に役立つ専門的な解説です。

日本語訳:フランシス・ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』桂寿一訳

ベーコンの著作を日本語で確かめたいときの参考となる書籍です。

なお、ここに挙げた資料は、記事の内容に関係する主な原典・専門資料・書誌情報です。すべての資料を最初から最後まで通読したという意味ではありません。

本文中の身近な具体例や物語、筆者による考察には、イドラの考え方を理解しやすくするために独自に構成した部分も含まれています。

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