「知らないことに気づく」のは、なぜ知恵と関係するのでしょうか。デルフォイの神託とソクラテスの対話をたどりながら、「無知の知」の意味と具体例、「不知の自覚」との違い、日常での生かし方をやさしく解説します。

5秒でわかる結論
『無知の知(むちのち)』とは、自分が知らないことを「知っている」と思い込まず、知らないと自覚していることです。
噛み砕いて言うと
例えば、友達からこんな質問をされたとします。
「この漢字って、どういう意味なの?」
その漢字は読めます。でも、意味まで正しく説明できるかは分かりません。
そんなとき、
「読めるから、意味も知っているよ」
と決めつけるのではなく、
「読み方は知っている。でも、意味はまだよく分からないな」
と考えてみます。
自分が分かっていることと、まだ分かっていないことを、きちんと分けて考えるのです。

そうすると、次に何を調べればよいのかが見えてきます。
漢字の意味が分からなければ、辞書で調べたり、先生に質問したりできますよね。
ここで大切なのは、知らないこと自体が立派だということではありません。
知らないことに気づけば、知っているつもりのままで終わらず、さらに確かめることができます。
これが、無知の知を身近に考えるための一つの例です。
導入
「知っているつもり」に気づいたことはありませんか?
「テスト勉強は、何度もノートに書くのが一番いいよ」
例えば、友達にそう勧めたとします。
自分はその方法で勉強してきたし、実際に覚えられた経験もあります。
だから、きっとこの方法が一番いい。
そう思っていたところ、友達からこんな質問をされました。
「本当に? ほかの勉強方法とも比べてみた?」
そう聞かれると、すぐには答えられません。
自分がその方法で勉強してきたのは確かです。でも、ほかの方法と比べたことはありませんでした。
「一番いい」と自信を持って話したのに、その理由を聞かれると、思っていたほど説明できなかったのです。
皆さんにも、そんな経験はありませんか?
普段は当たり前だと思っていることでも、誰かに「どうして?」と聞かれると、答えに迷ってしまうことがあります。
では、私たちはどこまで理解していれば、「知っている」と言えるのでしょうか。
自分が知らないことに気づくのは、なぜ「知恵」と関係があるのでしょうか?
この記事では、古代ギリシャの哲学者ソクラテス(Socrates、紀元前469年ごろ〜紀元前399年)が、知恵について問い続けた理由をたどりながら、「無知の知」の意味や、その考え方が私たちの日常とどのようにつながるのかを学んでいきます。
まずは、私たちの身近なところで起こりそうな、もう一つの出来事から考えてみましょう。
疑問が生まれた物語
「知っている」って、どこまで?
放課後、悠斗は文化祭で紹介するカードゲームを、美咲たちと試していました。
「このゲームなら何度もやってるよ。ルールは全部知ってるから、説明は任せて!」
悠斗が自信満々に話すと、美咲が尋ねました。
「じゃあ、最後に二人が同じ点数だったら、どっちが勝つの?」
「えっ? それは……」
悠斗は答えられませんでした。
いつも勝ち負けがはっきり決まっていたので、同点になった場合のルールを確かめたことがなかったのです。
「僕、全部知ってるつもりだったのに……」
少し恥ずかしくなった悠斗に、美咲はルールの説明書を差し出しました。
「じゃあ、一緒に調べてみようよ」
二人で説明書を開いたとき、悠斗はふと考えました。
「知らないことがあったのに、どうして僕は全部知っていると思っていたんだろう?」

家に帰ってからも、その疑問が気になりました。
そこで「知っているつもり」について調べてみると、「無知の知」という不思議な言葉に出会います。
「知らないことに気づくのが、どうして知恵と関係あるんだろう?」
悠斗は、その意味をもっと詳しく知りたくなりました。
では、哲学における「無知の知」とは、どのような考え方なのでしょうか。
1 哲学における「無知の知」とは?
無知の知(むちのち)とは、自分が知らないことを、知っていると思い込まず、知らないと自覚していることです。
「自覚」とは、自分自身で気づいていることを意味します。
つまり、「自分は何を知っていて、何をまだ知らないのか」を、できるだけ正しく理解しようとする考え方です。
この考えは、古代ギリシャの哲学者ソクラテス(Socrates、紀元前469年ごろ〜紀元前399年)と深い関係があります。
ソクラテスは、古代ギリシャの都市国家アテナイ(現在のギリシャの首都アテネにあたる場所)で、人々と質問を交わしながら、知恵や人間の生き方について考えた人物です。
特に、人間にとって何がよいことなのか、正しく生きるとはどういうことなのか、といった問題を大切にしていました。
「無知の知」という言葉はどこから生まれたのか?
無知の知を理解するうえで重要なのが、古代ギリシャの哲学者プラトン(Plato、紀元前427年ごろ〜紀元前347年ごろ)の著作『ソクラテスの弁明(そくらてすのべんめい)』です。
プラトンはソクラテスから学んだ人物で、この作品には、裁判にかけられたソクラテスが、自分の考えや行動について説明する姿が描かれています。
その21d(古典の文章の場所を示す番号)に、古代ギリシャ語で次の表現があります。
ἃ μὴ οἶδα οὐδὲ οἴομαι εἰδέναι
(ハ・メー・オイダ・ウーデ・オイオマイ・エイデナイ。読み方は目安です)
日本語では、おおよそ次のような意味になります。
「自分が知らないことについては、知っているとも思わない」

この部分でソクラテスは、ある人物と自分の知恵を比べています。
どちらも、人間にとって何がよいことなのかといった大切な事柄について、十分に知らないように思える。
しかし、相手は知らないことを知っていると思っているのに対し、自分は知らないことを知っているとは思っていない。
その違いにおいて、自分の方が少しだけ知恵があるのではないかと考えたのです。
ここで大切なのは、ソクラテスが「自分は何も知らない」と、あらゆる知識を否定していたわけではないことです。
実際に知っていることまで否定する必要はありません。
知らない事柄について、知っていると思い込まないことが重要なのです。
なお、「無知の知」は、このようなソクラテスの考えを説明するために、日本で広く使われている呼び方です。
古代ギリシャ語の原典に、「無知の知」という決まった名前の言葉が、そのまま登場するわけではありません。
知らないことに気づくのは、なぜ大切なのか?
例えば、「勇気とは何か」と尋ねられたとしましょう。
ある人は、こう答えるかもしれません。
「勇気とは、怖がらないことだよ」
ところが、こんな質問をされたらどうでしょうか。
「怖いと思いながらも、困っている人を助けようとする人には、勇気がないのかな?」
最初の説明だけでは、うまく答えられないかもしれません。
ここで考えたいのは、勇気の正しい定義を決めることではありません。
自分では意味を理解していると思っていた言葉にも、まだ十分に考えていない部分があった、と気づくことです。
これは無知の知を理解するための例であり、ソクラテスがこのとおりに話したという意味ではありません。
自分はもう分かっていると思っていたら、その答えが本当に正しいのか、改めて確かめようとは思わないかもしれません。
けれども、十分に分かっていないと気づけば、別の例を考えたり、相手の意見を聞いたり、自分の説明を見直したりできます。
知らないことを認めるのは、考えることを諦めるためではなく、もっと確かな理解を求めるための出発点になるのです。
もちろん、知らないと気づくだけで、すぐに知恵のある人になれるわけではありません。
その後も、何が正しいのかを問い、理由を確かめていく必要があります。
なお、ソクラテスのこの考えは、「不知の自覚(ふちのじかく)」とも説明されます。
「不知」とは知らないこと、「自覚」とは自分自身で気づいていることです。
つまり、自分が知らないことを、自分で認めているという意味です。
ただし、「無知の知」と「不知の自覚」という二つの表現をどう使い分けるべきかについては、哲学研究者による議論があります。
この違いについては、後の章でさらに詳しく見ていきましょう。
哲学における無知の知とは、知らないことを知っていると思い込まず、自分の理解を確かめながら、知恵を求めていくことの大切さを考えさせる言葉なのです。
ここまで読んで、「ソクラテスの言葉を自分でも読んでみたい」「もっとやさしい本から学んでみたい」と感じた方へ。
この記事の後半では、初めての方にも読みやすい本から、ソクラテスの言葉を確かめられる原典、さらに深く学べる研究書まで紹介しています。
2 知っているつもりの落とし穴
知っているつもりが問題になるのは、まだ確かめていないことまで正しいと思い込み、自分の間違いや、知らないことに気づきにくくなるからです。
例えば、サッカーが得意な先輩がいるとします。
その先輩は、何度も練習を重ね、自分に合ったボールの蹴り方を身につけていました。
ある日、後輩にこう教えます。
「この蹴り方が一番いいよ。みんなこの方法で練習すれば、上手になるはずだよ」
ところが、後輩はなかなかうまく蹴れません。
「先輩、ほかの蹴り方じゃダメなんですか?」
先輩は、すぐに答えられませんでした。

自分がこの方法で上達したことは確かです。しかし、体の大きさや動かし方が違う人にも、同じ方法が一番よいのかまでは確かめていなかったのです。
自分にとってよかった方法と、誰にとっても一番よい方法は、同じとは限りません。
それなのに「自分の方法が絶対に正しい」と思い込んでいたら、どうなるでしょうか。
後輩がうまくできない理由を考えず、同じ練習を続けさせてしまうかもしれません。
ほかによい教え方があっても、試そうとしないかもしれません。
これが、知っているつもりになることの問題です。
では、どうすればよいのでしょうか。
まずは、「自分に合った蹴り方は知っている。でも、ほかの人にも一番よいかどうかは、まだ分からない」と認めることです。
そのうえで、後輩がどこで困っているのかを聞き、ほかの方法も調べたり試したりしながら、よりよい教え方を考えることができます。
大切なのは、自分が知っていることを否定するのではなく、まだ知らないことも認め、さらに確かめようとすることです。
ここで紹介したサッカーの先輩と後輩の話は、「無知の知」を身近に理解するための創作例であり、ソクラテスが実際に使った例ではありません。
「知っているつもり」になってしまうのは、なぜでしょうか?
心理学には、自分の考えに合う情報ばかりに注目し、反対の情報を見落としやすくなる「確証バイアス」という傾向があります。
今回のサッカーの話が、そのまま確証バイアスに当てはまるという意味ではありませんが、自分の判断を見直すうえで、あわせて知っておきたい心理です。
第1章で紹介した『ソクラテスの弁明』にも、優れた技術を持つ人々が、その技術とは別の重要な事柄まで知っていると思い込む問題が描かれています。
ソクラテスは、なぜこのような人間の知恵について考えるようになったのでしょうか。
次は、その人物像から見ていきましょう。
3 ソクラテスとは?
ソクラテスは、古代ギリシャのアテナイで、人々との対話を通して、知恵や正しい生き方について問い続けた哲学者です。

ソクラテス(Socrates、古代ギリシャ語ではΣωκράτης/ソークラテース)は、紀元前469年ごろに生まれ、紀元前399年に亡くなりました。
正確な誕生日は分かっていません。
主に活動したのは、現在のギリシャの首都アテネにあたる、古代の都市国家アテナイです。
都市国家とは、一つの都市とその周辺地域を中心に、独自の政治や法律を持っていた国のようなものです。
ソクラテスは、人間にとって何がよいことなのか、正しい行いとは何か、どのように生きるべきなのかといった問題を大切にしました。
このように、人間の行いや生き方のよし悪しを考える哲学の分野を、**倫理(りんり)**と呼びます。
では、そんなソクラテスは、普段どのような生活を送っていたのでしょうか。
ソクラテスは、どのような毎日を過ごしていたのか?
ソクラテスというと、静かな部屋で難しい本を読んでいる学者を想像するかもしれません。
しかし、古代の記録には、もっと人々の生活に近い場所で活動する姿が描かれています。
ソクラテスについて記録を残した人物の一人に、クセノポン(Xenophon、紀元前430〜425年ごろ生まれ、紀元前350年代に没したとされる)という古代ギリシャの軍人・著述家がいます。
クセノポンが書いた『ソクラテスの思い出』は、ソクラテスの言動や人柄を伝えるために書かれた作品です。
その第1巻第1章には、ソクラテスが朝から人々の集まる場所へ出かけ、市場がにぎわう時間には広場に姿を見せ、周囲の人々と話していた様子が記されています。
話を聞きたい人は、そばで耳を傾けることもできたそうです。
つまり、ソクラテスの哲学は、特別な教室の中だけではなく、人々が行き交う日常の場所でも行われていたのです。
また、ソクラテスは、お金や立派な服装を重視しない人物としても描かれています。
いつも簡素な衣服を身につけ、裸足で歩くこともあったと伝えられています。
さらに、彼には戦争に参加した経験もありました。
当時のアテナイでは、市民が兵士として戦うことがあり、ソクラテスもその一人でした。
第1章で紹介したプラトンの『ソクラテスの弁明』28eでは、ソクラテス自身が戦場で命の危険にさらされた経験について語る場面があります。
哲学について考えるだけでなく、実際に戦争を経験した人物でもあったのです。
考え始めると、なかなかやめなかった人物
ソクラテスの人柄を想像するうえで、興味深い逸話も残っています。
プラトンの『饗宴(きょうえん)』という作品です。
『饗宴』は、食事会に集まった人々が、愛について語り合う様子を描いた哲学の作品です。
その220b〜220d(作品の場所を示す番号で、220はページ番号、b〜dはページ内をa〜eに分けたうちのbからdの部分)には、ソクラテスの変わった行動が語られています。
寒さの厳しい場所でも、普段の服装のまま裸足で歩いていたというのです。
また、あるときには、一つの問題について朝から考え続け、その場に立ったまま翌朝まで過ごしたという話も出てきます。
周囲の人々が驚くほど、考えることに集中していた姿として描かれているのです。

もちろん、こうした逸話がすべて歴史上の事実として確認できるわけではありません。
しかし、古代の人々がソクラテスを、身なりにあまりこだわらず、一つの問題を深く考え続ける、少し変わった人物として描いていたことが分かります。
なぜ、ソクラテスは人々に質問したのか?
ソクラテスの大きな特徴は、相手の話を聞き、さらに質問を重ねて、その考えを確かめようとしたことです。
なぜ、そのような方法を使ったのでしょうか。
それは、正しいと思っている答えでも、理由を尋ねたり、別の場面に当てはめたりすると、説明の足りない部分が見つかることがあるからです。
例えば、誰かがこう答えたとします。
「正しい行動とは、約束を守ることだよ」
そこで、さらに質問します。
「では、誰かを傷つけるような約束でも、必ず守るべきなのかな?」
すると、最初の説明だけでは答えられない場合があると分かります。
これは、ソクラテスが実際に交わした会話ではなく、質問の方法を理解するための例です。
大切なのは、相手を困らせたり、言い負かしたりすることだけではありません。
相手が答えたことについて理由を尋ね、その理由がほかの場合にも当てはまるかを確かめる。そして、答えに食い違いがあれば、どこを考え直す必要があるのかを探していくのです。
これは科学的な実験ではなく、対話を通して、ある考えが本当に成り立つのかを確かめる哲学的な方法です。
ただし、質問によって説明の問題点が見つかったとしても、それだけで正しい答えが完成するわけではありません。
ソクラテスの対話は、自分が知っていると思っていたことを、もう一度考え直すきっかけにもなりました。
この点が、第1章で学んだ「無知の知」と深く関わっています。
ソクラテスの姿は、どのように現代へ伝わったのか?
ここで、もう一つ大切なことがあります。
ソクラテス自身が書いたと確認できる哲学の著作は、現在まで残っていません。
そのため、私たちは主にプラトンやクセノポンなど、彼らについて書いた人々の作品から、その考えや人柄を知っています。
しかし、プラトンとクセノポンが描くソクラテスの姿は、すべて同じではありません。
プラトンは哲学的な問いや議論を詳しく描き、クセノポンは、日常の言動や実生活に役立つ教えも多く伝えています。
どちらも重要な資料ですが、作品の会話や逸話が、そのまま実際の出来事を正確に記録したものだとは限りません。
だからこそ、ソクラテスが本当はどのような人物だったのかを考えるには、複数の古代の記録を比べ、確かなことと、解釈が分かれることを区別する必要があります。
それでも、残された記録には、人々の中に入り、問いかけ、知恵について考え続けたソクラテスの姿が繰り返し描かれています。
では、なぜソクラテスは、人々が本当に知恵を持っているのかを確かめようとしたのでしょうか。
その重要な背景として、『ソクラテスの弁明』には、神託(しんたく)にまつわる出来事が記されています。
神託とは、神から人間へ伝えられると考えられていた、お告げのことです。
次は、ソクラテスがそのお告げをどのように受け止めたのか、物語をたどってみましょう。
4 デルフォイの神託
ソクラテスが人々の知恵を確かめようとした重要なきっかけとして、古代の著作には「ソクラテスより知恵のある人はいない」という神のお告げが伝えられています。

このお告げが本当にあったかどうかは、歴史的には確定していません。ただし、お告げを伝える「デルフォイの神託」という制度は、古代ギリシャに実際に存在しました。
当時、デルフォイの神託は、神の意思を知るための大切なお告げとして重んじられていました。人々は、国の政治や戦争など、重要な問題についても神託を求めていました。
ただし、神託の意味については意見が分かれることもあり、すべての人が無条件に同じ解釈に従っていたわけではありません。
デルフォイ(Delphi)は、現在のギリシャ中部にある、神託で知られた場所です。
ここには、アポロン(Apollo)という、神託などに関わると信じられていた神を祭る神殿がありました。
人々は神の考えや意思を知ろうとして神殿を訪れ、ピュティア(Pythia)と呼ばれる女性神官を通して、お告げを受けていました。
ピュティアは特定の人物の名前ではなく、その役目を担う女性の呼び名です。
では、ソクラテスと神託には、どのような関係があったのでしょうか。
先ほど紹介したプラトンの『ソクラテスの弁明』には、ソクラテスが裁判で神託について語る場面が描かれています。
その記述によると、ソクラテスの友人カイレポン(Chaerephon、生没年不詳)が、デルフォイを訪ねました。
カイレポンは、若いころからソクラテスと親しく、思い立つと大胆に行動する人物として描かれています。
彼が神託で尋ねたのは、「ソクラテスより知恵のある人はいるのか」ということでした。
すると、ピュティアから、「ソクラテスより知恵のある人はいない」という答えが返ってきたといいます。
しかし、その話を聞いたソクラテスは戸惑いました。
自分には、それほど大きな知恵があるとは思えなかったからです。
一方で、ソクラテスは神が嘘をつくはずはないとも考えていました。
では、このお告げは何を意味しているのでしょうか。
ソクラテスは、長い間その意味が分からず、やがて確かめる方法を考えました。
自分より知恵のある人を探し、実際に話してみることです。
もし自分より知恵のある人が見つかれば、神託の言葉と食い違う例を示せます。
そこで、知恵があると評判の人を訪ね、その人が本当に何を知っているのか、質問を重ねて確かめようとしたのです。
ソクラテスは、お告げを聞いて自分が最も賢いと決めつけたのではなく、その言葉の意味を理解しようとしたのです。
では、人々と実際に話してみると、何が分かったのでしょうか。
次は、政治家や詩人、職人たちとの対話を見ていきましょう。
5 知恵を求めた対話
ソクラテスが人々との対話で気づいたのは、本当に知っていることと、知らないことまで知っていると思い込むことの違いです。
前の節で紹介した神託の意味を調べるため、ソクラテスは知恵があると評判の人々を訪ねました。
プラトンの『ソクラテスの弁明』には、政治に関わる人、詩人、職人との対話が描かれています。
これは科学的な実験ではなく、相手に質問し、その答えから実際に何を知っているのかを確かめる哲学的な方法です。ただし、会話の一言一句が記録されているわけではありません。
最初に訪ねたのは、政治に関わる人です。
その人は知恵があると評判で、本人もそう思っていました。
しかし、ソクラテスが話してみると、人間にとって何がよいことなのかといった大切な事柄を、十分には分かっていないようでした。
ソクラテス自身も、その答えを知っていたわけではありません。
けれども、知らないことを知っているとは思わないという点で、自分の方がわずかに賢いと考えました。
相手にそれを伝えようとすると、反感を買ってしまいます。
次に訪ねたのは、詩人たちです。
詩人とは、詩や劇の言葉を作る人です。
ソクラテスは、詩人の作品から優れた部分を選び、作者本人に意味を尋ねました。
ところが、プラトンの記述では、作者たちは自分の作品の意味を十分に説明できなかったと描かれています。
ソクラテスは、優れた詩を作る才能と、その内容を理解して説明できる知恵は同じではないと考えました。
さらに、詩人たちはその才能を理由に、別の大切な問題にも詳しいと思っているようでした。
最後に訪ねたのは、職人たちです。
職人とは、身につけた技術を使って物を作る人です。
ここでは、ソクラテス自身が知らない本物の知識が見つかりました。
職人たちは実際に優れた技術を持ち、その点ではソクラテスより賢かったのです。

しかし、その技術が優れているために、ほかの重要な問題まで自分はよく知っていると思う姿も描かれています。
2で紹介したサッカーの例と同様に、大切なのは知識を否定することではなく、自分の知っている範囲を越えて決めつけないことです。
こうした経験から、ソクラテスは神託を次のように理解しました。
神こそ本当の意味で賢く、人間の知恵はごくわずかだ。神託は自分の名を例に使い、自分の知恵が限られていると分かっている人こそ賢い、と伝えたのではないか。
これはプラトンが描いたソクラテスの解釈であり、神託の本当の意味が歴史的に証明されたということではありません。
つまり重要なのは、相手を言い負かすことではなく、本当に知っている部分を認めながら、知らないことまで知っていると思わないことでした。
では、なぜその自覚が「知恵」と関係するのでしょうか。
次は、その理由をさらに詳しく考えてみましょう。
6 なぜ「知らないこと」が知恵になるのか
知らないことを認めるのが知恵と関係するのは、自分の理解を実際より大きく考えず、まだ確かめるべきことに気づけるからです。
これは「知らないことが多い人ほど賢い」という意味ではありません。
『ソクラテスの弁明』21dでは、ソクラテスは、自分も相手も人間にとって何がよいことなのかを十分に知らないと思いました。しかし、相手は知っていると思い、自分はそう思わなかった。その一点で、自分の方がわずかに賢いと考えたのです。
ここで重要なのは、知識の量ではなく、知らない事柄まで「分かっている」と決めつけないことです。
なぜ、それが知恵につながるのでしょうか。
「もう分かっている」と思えば、自分の答えに疑問を持たず、確かめ直す必要を感じにくくなります。知らない部分を認めれば、何を調べ、どの答えを見直すべきか考えられます。
例えば、ニュースの見出しを見ただけで「この出来事は全部分かった」と思ったとします。でも、出来事の理由や関係する人々の話は、まだ知らないかもしれません。
「見出しの内容は知っている。でも、事情までは分からない」と気づけば、記事を読み、別の情報とも比べて判断できます。

これはソクラテスが実際に使った例ではなく、日常生活に当てはめた説明です。
ただし、知らないことに気づいただけで、正しい答えが手に入るとは限りません。調べた情報そのものに間違いがあるかもしれないからです。理由を比べ、自分と違う意見も確かめる必要があります。
また、ソクラテスが特に問い続けたのは、出来事の情報だけでなく、「何がよいことなのか」「どう生きるべきか」という問題でした。『ソクラテスの弁明』29d〜30aにも、知恵や真実、人としての生き方を大切にする姿が描かれています。
知らないことへの自覚は、知識が完成した証拠ではありません。より確かな理解を求め、問い続けるための出発点なのです。
では、この考えを「無知の知」と呼ぶのは正確なのでしょうか。次は、先に触れた「不知の自覚」という表現との違いを考えてみましょう。
7 無知の知と不知の自覚
「無知の知」は広く使われる呼び方ですが、ソクラテスの考えを正確に理解するには、原典の言葉を確かめることが大切です。
1で紹介したプラトンの『ソクラテスの弁明』21dにあるのは、「知らないことを知っているとは思わない」という内容です。
「無知の知」という決まった表現が、そのまま書かれているわけではありません。
この違いを重視する研究者に、納富信留(のうとみ・のぶる、1965年(昭和40年)生まれ)がいます。日本の古代ギリシャ哲学研究者で、古代の記録を読み比べ、ソクラテスの思想を研究しています。
納富氏の『哲学の誕生――ソクラテスとは何者か』(2017年(平成29年)、筑摩書房)は、ソクラテスを描いた古代の作品から、哲学の始まりを考える本です。
その中には「『無知の知』を退けて」という、従来の呼び方を見直す章があります。
納富氏が重視するのは、1で触れた「不知の自覚」という表現です。
「不知」は、あることを知らない状態。「自覚」は、自分でそのことに気づくことです。
納富氏は、古代ギリシャ語の異なる表現を日本語に訳す際、「不知」と「無知」を区別します。
納富氏の説明で「無知」と呼ぶのは、知らないのに自分は知っていると思い込む状態です。
つまり、「知らない」と気づいている人と、知らないのに「知っている」と思う人では、自分の理解への向き合い方が違うのです。

また、「知らないと自覚する」ということは、知らない事柄について、すでに確かな答えを手に入れたという意味ではありません。
まだ分からないからこそ、問い続ける必要があります。
ただし、この言葉の使い分けは納富氏の翻訳と解釈によるものです。すべての研究者が同じ言葉を使っているわけではありません。
また、「不知の自覚」も、ソクラテス本人が付けた決まった名称ではありません。
大切なのは、有名な言葉を覚えて終わるのではなく、原典では何が語られているのかを確かめることです。
では、人々に問い続けたソクラテスは、裁判で何を語ったのでしょうか。
次は、その姿を見ていきましょう。
8 ソクラテスの裁判
ソクラテスは紀元前399年、若者を堕落させ、アテナイの都市が認める神々を認めず、新しい神的なものを持ち込んでいるとして訴えられ、有罪となって死刑を宣告されました。
なぜ、知恵について問い続けた哲学者が裁判にかけられたのでしょうか。

先ほど紹介したプラトンの『ソクラテスの弁明』には、その背景が描かれています。
5で紹介したように、ソクラテスは知恵があると思われている人々に質問し、その理解を確かめていました。
その結果、自分の知恵を疑われたと感じ、反感を抱く人々も現れました。
さらに、若者たちがソクラテスの質問する方法をまねたことで、大人たちの反感が強まったとも記されています。
ただし、反感を買ったことと、裁判で正式に訴えられた内容は別です。
告発の中心人物は、メレトス(Meletus、生没年不詳)という古代アテナイの詩人で、ほかにも政治に関わる人物などが告発に加わりました。
当時のアテナイでは、神々を敬うことは個人の信仰だけでなく、都市の生活や決まりとも深く結びついていました。
では、宗教上の告発は、まったく根拠のない言いがかりだったのでしょうか。
実は、ソクラテスには、当時の人々から不思議に思われるような特徴がありました。
『ソクラテスの弁明』31c〜31dには、子どものころから、ある行動をしようとすると、それを止める神的なしるしを感じていたと語る場面があります。
このような神的なしるしは、一般にダイモニオン(古代ギリシャ語:δαιμόνιον、「神的なもの」)と呼ばれます。ソクラテスの説明では、何かをしようとしたときに、その行動を止める声のようなものでした。
そのため、人々がソクラテスの信仰に疑問を持った可能性はあります。
しかし、少なくとも『ソクラテスの弁明』に描かれたソクラテスは、神々の存在をすべて否定していたわけではありません。
裁判でも、神をまったく信じていないという告発に対して、相手の主張に矛盾があるのではないかと問い返しています。
裁判の背景には、宗教上の疑いだけでなく、人々の反感や、戦争と政治の混乱による不安も関係した可能性があります。
何が決定的な理由だったのか、また告発者たちがどこまで本気で罪だと考えていたのかは、現在の資料だけでは断定できません。
では、ソクラテスは、なぜ問い続けることをやめなかったのでしょうか。
『ソクラテスの弁明』29d〜30bでは、ソクラテスは人々に問いかけることを神から与えられた務めだと考え、仮にその活動をやめれば無罪になるとしても、やめないと語っています。
お金や名誉を得ることだけでなく、自分が何を大切にし、どう生きるべきかを考え続けることが、人間にとって重要だと考えていたからです。
これは、単に自分の意見を押し通したかったという話ではありません。
自分や他人の考えを問い直すことが、人間の生き方にとって大切だと信じていたのです。
こうした発言はプラトンの著作に描かれたもので、裁判での言葉を一言一句そのまま記録したものとは限りません。
ソクラテスにとって、問い続けることは単なる議論ではなく、人間としてどう生きるかに関わる大切な活動だったのです。
では、知らないことを認め、考え続ける姿勢は、私たちの日常生活にどうつながるのでしょうか。
次は、身近な場面から考えてみましょう。
9 日常生活と無知の知
「無知の知」を日常に生かすとは、「分かりません」と言うだけでなく、自分の判断にどんな理由や事実があるかを確かめ、必要なら考えを改めることです。
前の節では、ソクラテスにとって問い続けることが、生き方に関わる大切な活動だったと学びました。
その姿勢を身近な場面で考える手がかりとして、次の3つの問いを使ってみましょう。
これは本記事の筆者が日常への応用として整理したもので、ソクラテス本人が示した手順ではありません。
1.自分は何を確かに知っているのか。
確認した事実と、自分の予想や好みを分けます。誰かから聞いた話なら、「そう聞いた」ことと「内容が正しい」ことも区別します。
2.何をまだ十分に理解できていないのか。
判断に必要なのに確かめていない条件や、相手の考えを探します。分からない部分が具体的になると、次に何を尋ねるべきかも見えてきます。
3.理解を深めるために、何を調べ、誰に尋ねればよいのか。
資料や決まりを確認し、関係する人の理由を聞きます。自分の予想に合わない情報も確かめ、必要なら考えを変えます。

例えば、学校の班発表で「動画を入れた方が伝わる」と考えたとします。
先生から示された発表時間は5分。でも、教室で動画を再生できるか、仲間が何を大切にしたいかまでは、まだ分かりません。
そこで設備を先生に尋ね、短い動画を試し、仲間の意見を聞きます。動画の準備で説明する時間が足りなくなるなら、別の方法を考えてもよいでしょう。
これはソクラテス自身の例ではなく、この記事で考えた応用例です。
なお、設備や時間は調べられても、「発表で何を最も大切にするか」は、調べるだけで一つの答えが決まるとは限りません。
意見が違うときは、理由を出し合って一緒に判断します。これは初めての仕事や身近な話し合いでも同じです。
日常で大切なのは、自分の予想を事実と取り違えず、確かめた結果を判断に生かすことです。意見が違うときには、相手が大切にしている理由も考えます。
自分と相手の考えが違うとき、そこから新しい理解が生まれることもあります。
哲学には、考えの限界や対立から、さらに理解を深めていく「弁証法」という考え方もあります。
ソクラテスの問答とヘーゲルの弁証法は同じものではありませんが、考えを問い直す哲学の広がりを知りたい方におすすめです。
→ 弁証法とは?
ここまで理解してきた「無知の知」ですが、言葉の一部分だけを取り出すと、意味を取り違えてしまうこともあります。
間違えやすい点を確認しておきましょう。
10 無知の知で誤解しやすいこと
「無知の知」で大切なのは、自分が知らないことを、知っていると思い込まないことです。
ここまで学んできた内容を振り返ると、特に誤解しやすい点が3つありました。
一つ目は、知らないことを認めれば、それだけで賢くなるという考え方です。
「自分は何も知りません」と言うこと自体が、知恵になるわけではありません。
大切なのは、自分の知らない部分に気づき、必要なことを問い続けることです。
二つ目は、知識や技術を持つことには価値がないという考え方です。
5で紹介したように、ソクラテスは職人たちが実際に優れた技術を持っていることを認めていました。
問題なのは、知識を持つことではなく、知っている範囲を越えて、何でも分かっていると思い込むことです。
三つ目は、質問によって相手を言い負かすことが目的だという考え方です。
ソクラテスは対話を通して相手の理解を確かめましたが、それを単なる勝ち負けの方法と考えるのは十分ではありません。
相手だけでなく、自分の答えについても問い直すことが大切です。
さらに、言葉そのものについても誤解しやすい点があります。
例えば、「無知の知」は、ソクラテスが自分で付けた名称なのでしょうか。
7で確認したように、『ソクラテスの弁明』にその表現がそのまま登場するわけではありません。
原典で語られるのは、知らないことを知っているとは思わない、という考えです。
有名な呼び方であっても、本人が実際に使った言葉とは区別する必要があります。
また、知らないことに気づけば、必ず正しい答えが見つかるというわけでもありません。
調べた情報が間違っている場合もあれば、人によって何を大切にするかが違い、一つの答えに決められない問題もあります。
だからこそ、理由を確かめ、必要に応じて考えを見直すことが大切なのです。
無知の知は、知らないままでよいとする考えでも、あらゆる知識を否定する考えでもありません。自分の理解の限界を見失わず、知恵を求め続ける姿勢を考えるための言葉なのです。
最後に、この記事で学んだことを整理しましょう。
11 まとめ・考察
「無知の知」とは、知らないことまで知っていると思い込まず、自分の理解がどこまで確かなのかを考えることに関わる、ソクラテスの哲学を表す呼び方です。
プラトンの『ソクラテスの弁明』には、デルフォイの神託をきっかけに、ソクラテスが人々の知恵を確かめようとした話が描かれています。
政治に関わる人や詩人、職人たちとの対話を通して、ソクラテスが気づいたのは、実際に知っていることと、知っていると思い込んでいることの違いでした。
職人たちが持つ本物の技術を認めながらも、知らないことを知っていると思わない点に、わずかな知恵を見いだしたのです。
ただし、「無知の知」は原典にそのまま登場する決まった表現ではありません。
第7節で紹介した「不知の自覚」という理解も踏まえると、重要なのは、知らないことを立派な知識として持つことではなく、自分にはまだ分からないことがあると気づき、問い続けることだと考えられます。
ここからは、今回の哲学を学んで、私が考えたことです。
こんな経験はありませんか。
今まで当然だと思っていたことを、誰かに「どうしてそうなるの?」と尋ねられ、うまく説明できなかった経験です。
そのとき初めて、「自分は正しいと思っていたけれど、理由までは確かめていなかった」と気づくことがあります。
私は、この瞬間にこそ、無知の知を日常に生かすヒントがあると思います。
知らない部分に気づくことは、地図の中に「まだ調べていない場所」を見つけることに似ています。

印を付けただけでは、その場所への道は分かりません。
けれども、何が分からないのかが見えれば、どこから調べ、誰に尋ねればよいのかを考えられます。
そして、もう一つ大切だと思うことがあります。
自分の答えを守ることと、本当に正しいことを知ろうとすることは、必ずしも同じではないということです。
自分の考えが間違っていたと分かれば、考えを変えてもよいのです。それは、何でも相手に合わせることではありません。理由を確かめ、より納得できる答えを選び直すことです。
では、「本当に知っている」とは、どういうことなのでしょうか。
ソクラテスが、この問いに対する完全な答えを一つ残したわけではありません。
それでも私は、答えを持っているだけでなく、なぜそう言えるのかを確かめ、自分がまだ知らない部分も見失わないことが、より確かな理解につながると考えます。
あなたが今、「これは当然だ」と思っていることの中に、理由をまだ確かめていないものはありませんか。
もし見つかったら、すぐにその考えを捨てる必要はありません。
まず、どこまで分かっていて、どこから分からないのかを考えてみてください。
「知らない」と気づくことは、考えることの終わりではありません。そこから、今まで見えていなかった新しい問いが始まるのかもしれません。
「無知の知」を知って、哲学そのものにも興味が湧いた方へ。
「そもそも哲学とは何をすることなのか」「自分で考えるとはどういうことなのか」。
そんな疑問を、ソクラテスだけでなく、ほかの哲学者の考えにも触れながら、身近な例から学べる記事もあります。
おまけコラム ソクラテスはダンスを習いたかった?
人々に難しい質問を投げかけていたソクラテスですが、古代の著作には「踊りを習いたい」と話す、意外な姿も描かれています。

この話が登場するのは、第3節で紹介したクセノポンの『饗宴』(きょうえん)という作品です。
『饗宴』は、ソクラテスたちが宴会で食事や余興を楽しみながら、さまざまな話をする様子を描いた本です。第3節で登場したプラトンの『饗宴』とは、著者が異なります。
その第2章15〜20節には、少し愉快な出来事が記されています。
ある宴会で、少年が踊りを披露していました。
ソクラテスは、その様子をじっと見ていました。
そして、踊っている少年の首や手、足が一緒に動いていることに気づきます。
体の一部分だけではなく、全身を動かしているのです。
そこでソクラテスは、踊りの動きを自分にも教えてほしいと言い出しました。
何に使うつもりなのかと尋ねられると、ソクラテスは自分が踊るためだと答えます。
すると、宴会にいた人々は笑い出しました。
しかし、ソクラテスは真面目な顔で、健康のために運動し、食事や睡眠をもっと楽しめるようにすることの何がおかしいのかと問い返したのです。
さらに、自分が朝早く踊っているところを、同席していた知人に見られたことまで話します。
その知人も、最初は驚きましたが、運動についての説明を聞くと、ソクラテスの考えに興味を持った様子で描かれています。
難しい哲学を語る人物が、健康のためにダンスを学ぼうとしていたのです。
では、この出来事は本当にあったのでしょうか。
確かなのは、クセノポンの『饗宴』という古代の著作に、この場面が記されていることです。
ただし、作品には会話を生き生きと描くための工夫も含まれています。ソクラテスが実際に同じ言葉を話し、朝早く踊っていたのかを、別の資料から確かめることはできません。
そのため、歴史上の事実と断定することも、すべて作り話だったと断定することもできないのです。
ここからは、私自身の考察です。
私は、この物語の面白さは、ソクラテスが踊ろうとしたことだけではないと思います。
周囲が笑ったとき、ソクラテスはただ怒るのでも、恥ずかしがって考えを引っ込めるのでもなく、体を動かすことの理由を説明しました。
もちろん、笑われても自分の考えを変えないことが、いつでも正しいわけではありません。
それでも、何かを学ぼうとするとき、「周りからどう見られるか」だけでなく、「自分はなぜそれを学びたいのか」と考えることには意味があるのではないでしょうか。
知恵を求める哲学者が、体を動かすことにも興味を持っていた。そんなソクラテスの姿を知ると、哲学が少し身近に感じられますね。
さらに学びたい人へ
「無知の知」をさらに深く理解したい方へ、おすすめの書籍と、日本でも体験できる「哲学対話」をご紹介します。
絵本で親しむ、原典を読む、研究者の解説で考え直す。 自分に合った方法で、哲学の世界をもう少し楽しんでみましょう。
おすすめ書籍
小学生や哲学を初めて学ぶ方へ
『こどもギリシア哲学――汝自身を知れ!』 著者:齋藤孝(さいとう・たかし)/絵:オフィスシバチャン
小学生から、難しい哲学書に苦手意識のある大人まで。
本の特徴
イラストとやさしい解説で、ソクラテスの「無知の知」や古代ギリシャの哲学者たちの考えを紹介する絵本です。
おすすめ理由
「知らないことを知っていると思い込まない」という考えを、身近な言葉から学べます。
原典を読んでみたい方・幅広い読者へ
『ソクラテスの弁明』 著者:プラトン/訳者:納富信留
今回の記事を読んで、ソクラテスの言葉を日本語訳で直接確かめたくなった方。
本の特徴
神託、人々との対話、裁判での発言を伝える、今回の記事の中心的な古代資料です。訳者による解説も収録されています。
おすすめ理由
記事で紹介した「無知の知」の根拠を、原典に立ち返って考えられます。
さらに深く学びたい中級者の方へ
『哲学の誕生――ソクラテスとは何者か』 著者:納富信留
「無知の知」という呼び方や、ソクラテスの本当の人物像を詳しく知りたい方。
本の特徴
古代の記録を比較しながら、ソクラテスをめぐる議論を検討します。「『無知の知』を退けて」という章も収録されています。
おすすめ理由
今回の第7節で学んだ「不知の自覚」について、研究者の視点から理解を深められます。
日本でも体験できる「哲学対話」
哲学を学ぶ方法は、本を読むことだけではありません。
哲学対話とは、一つの問いについて、参加者が自分の考えを話し、ほかの人の理由を聞きながら、一緒に考えを深めていく活動です。
日本でも、子どもや大人が参加できる哲学対話や哲学カフェが開催されています。
開催地域や日時を探すには、哲学対話マップが参考になります。
ただし、現在行われている哲学対話は、古代のソクラテスの対話をそのまま再現したものではありません。
自分が当然だと思っていた答えを、ほかの人と一緒に確かめてみる。 そんな体験も、今回学んだ哲学をさらに身近に感じる方法の一つです。
疑問が解決した物語
「知らない」と気づいた、その先に
翌日の放課後。
悠斗と美咲は、文化祭で紹介するカードゲームの準備を続けていました。
「悠斗、昨日の同点になったときのルール、分かった?」
美咲に尋ねられ、悠斗はうなずきました。
「うん。家に帰って説明書を読み直したら、同点の場合はもう一回勝負するって書いてあったよ」
「そっか! じゃあ、今日はそこも練習してみよう」
二人はわざと同じ点数になるようにカードを出し、もう一度勝負するところまで試してみました。

「これなら、文化祭で同じことが起きても説明できそうだね」
美咲が笑うと、悠斗も安心した表情を浮かべました。
でも、悠斗には、もう一つ伝えたいことがありました。
「僕さ、昨日から『無知の知』について調べてみたんだ」
「無知の知?」
「ソクラテスっていう昔の哲学者に関係する考え方なんだけど、知らないことを知っていると思い込まないのが大切なんだって」
悠斗は、昨日の自分を思い出しました。
「僕は何度も遊んだことがあるから、ルールを全部知っていると思ってた。でも、同点になったことがなかっただけなんだよね」
「そうだね。今まで困らなかったから、気づかなかったんだ」
「うん。それに、知らないことに気づいたから、説明書で確かめられたんだと思う」
美咲は少し考えてから尋ねました。
「じゃあ、知らないって分かれば、それだけで賢くなるの?」
悠斗は首を横に振りました。
「それだけじゃないと思う。知らないって気づいても、調べなかったらルールは分からないままだったから」
そして、説明書を指さしながら続けました。
「大切なのは、知っていることはちゃんと使って、まだ知らないことは、知っているふりをしないことなんだと思う。」
美咲はうなずきました。
「じゃあ、ほかにも分からないルールが見つかったら、一緒に確かめればいいね」
「そうだね。今度は全部知っているって、簡単には言わないようにするよ」
二人は説明書を机に広げ、文化祭で初めて遊ぶ人にも分かるように、ルールの説明を考え始めました。
悠斗はもう、「自分が何でも知っていること」を証明しようとは思っていませんでした。
それよりも、みんなが安心してゲームを楽しめるように、分からないことを一つずつ確かめていきたいと思ったのです。
知らないことがあるのは、学びの終わりではありません。自分がまだ知らないことに気づけば、そこから新しく学び始めることができます。
では、あなたにも、悠斗のように「知っているつもりだった」と気づいた経験はありませんか。
そんなときは、すぐに自分の考えを捨てる必要も、知らなかったことを恥ずかしく思う必要もありません。
まず、「どこまでなら確かに分かっているのだろう?」と考えてみてください。
そして、まだ知らない部分が見つかったら、調べたり、誰かに尋ねたりしてみましょう。
本当に大切なのは、何でも知っている人になることではなく、知らないことが見つかっても、そこから考え続けられることなのかもしれません。
文章の締めとして
私たちは毎日、たくさんのことを知り、さまざまな経験を重ねながら暮らしています。
それでも、何気ない会話の中で、今まで気づかなかった疑問に出会うことがあります。
そんなとき、うまく答えられず、少し恥ずかしく感じることもあるでしょう。
けれど、その小さな疑問が、今まで知らなかった世界へ目を向けるきっかけになるかもしれません。
今日まで当たり前だと思っていたことも、明日には少し違って見えるかもしれない。
そう考えると、「まだ知らないことがある」というのも、どこか楽しみになってきませんか。
これからの日常でも、ふと生まれた疑問を大切にしていきたいですね。

補足注意
この記事は、筆者が個人で確認できる範囲の古代の著作や研究資料をもとにまとめています。
ソクラテスの言葉や出来事には、歴史的に確定していない部分もあり、研究者によって解釈が異なる場合があります。
また、今後の研究や新しい資料の発見によって、理解が深まったり、見直されたりする可能性もあります。
🧭 本記事のスタンス
この記事は、「無知の知」に唯一の正解を示すものではなく、読者が自分で疑問を持ち、考え、学びを深めるための入り口として書いています。
一つの説明だけで分かったつもりにならず、異なる考え方や解釈にも目を向けながら、興味を持ったことをさらに確かめていただければ幸いです。
「知らない」に気づけば、「もっと知りたい」が始まる――その小さな問いを道しるべに、原典や資料をひもとき、まだ知らない世界を、さらに深く知る旅へ出かけてみてください。
最後まで読んでいただき、
本当にありがとうございました。
「無知の知」は、知らないことに出会う瞬間にも、新しい世界を知る喜びが待っていることを教えてくれているのかもしれません。

参考資料・文献
本記事の内容に関係する、主な古典資料や研究解説、出版情報を以下に示します。
プラトン『ソクラテスの弁明』 ―― 20e〜23b、24b〜31d。Perseus Digital Libraryで公開されている原文・英訳。
プラトン『饗宴』 ―― 220b〜220d。同デジタルライブラリーの公開資料。
クセノポン『ソクラテスの思い出』 ―― 第1巻第1章第10節。同デジタルライブラリーの公開資料。
クセノポン『饗宴』 ―― 第2章第15〜20節。同デジタルライブラリーの公開資料。
Stanford Encyclopedia of Philosophy, “Socrates” ―― ソクラテスの人物像や古代資料の解釈に関するオンライン解説。
筑摩書房公式サイト/納富信留『哲学の誕生――ソクラテスとは何者か』 ―― 2017年(平成29年)。書籍の内容紹介・目次などの公開情報。
※補足・注意事項
なお、記事中の身近な具体例や悠斗と美咲の物語、筆者による考察には、「無知の知」を分かりやすく伝えるために独自に構成したものも含まれています。
これらは、ソクラテス本人の発言や実際の出来事、科学的な実験結果として紹介するものではありません。
また、古代の著作に描かれたソクラテスの言動についても、すべてが歴史的事実として確認されているわけではありません。

コメント