ピグマリオン効果を調べると、何度も出てくる「ロバート・ローゼンタール」という名前。彼は本当に“期待すれば人は伸びる”と考えた心理学者だったのでしょうか。生涯と研究をたどると、実験者期待、教師期待、非言語コミュニケーション、統計・研究方法論へと広がる、意外な研究人生が見えてきます。
『ロバート・ローゼンタール』とはどんな人?ピグマリオン効果を調べると出てくる心理学者の人物像と功績

- 代表例
- 60秒でわかる結論|ロバート・ローゼンタールとは?
- 小学生にもわかるようにいうと?
- 1.ピグマリオン効果を調べると出てくる『ロバート・ローゼンタール』って誰?
- 2.疑問が生まれた物語
- 3.すぐに分かる結論
- 4.ロバート・ローゼンタールとは?
- 5.心理学者への道
- 6.「研究者自身が実験結果を変えていないか?」
- 7.ネズミから見えてきた「期待」の問題
- 8.なぜ「教室」へ向かったのか
- 9.有名な学校実験
- 10.なぜロバート・ローゼンタールは「ピグマリオン効果」にとって重要なのか
- 11.期待はどうやって相手へ伝わる?
- 12.有名になった研究ほど、批判も受けた
- 13.「ピグマリオン効果の人」で終わらない
- 14.研究だけでは見えない『ボブ・ローゼンタール』という人物
- 15.おまけコラム
- 16.ロバート・ローゼンタールの研究から、私たちは何を学べるのか
- 17.さらに学びたい人へ
- 18.まとめ・考察
- 19.疑問が解決した物語
- 20.文章の締めとして
代表例
『ピグマリオン効果』について調べていると、何度も同じ名前を見かけることがあります。
ロバート・ローゼンタール(Robert Rosenthal)。
心理学者らしいけれど、いったい何をした人なのでしょうか。
ピグマリオン効果を発見した人?
学校教育を研究していた人?
それとも、「人は期待されると伸びる」と考えた人なのでしょうか。

調べてみると、ローゼンタールは「ピグマリオン効果の人」だけでは説明しきれない心理学者だったことが分かります。
人が相手に抱く期待。
研究者自身の思い込み。
表情や声など、言葉にならないコミュニケーション。
さらには、多くの研究結果をどのように正しくまとめるかという研究方法論。
彼の研究は、さまざまな方向へ広がっていました。
では、ピグマリオン効果を調べると登場する、
ロバート・ローゼンタールとは、いったいどのような人物だったのでしょうか。
今回は「効果」ではなく、その後ろにいる「人」に注目してみましょう。
60秒でわかる結論|ロバート・ローゼンタールとは?
ロバート・ローゼンタールは、1933年(昭和8年)にドイツで生まれ、アメリカで活躍した心理学者です。
臨床心理学の訓練を受けた後、社会心理学を中心に研究し、
「人が相手に抱く期待が、知らないうちに接し方や相手の結果へ影響することがある」
という対人期待の研究で大きな足跡を残しました。
特にレノア・ジェイコブソンと行った教師と児童の研究や、1968年(昭和43年)の著書『Pygmalion in the Classroom』によって、ピグマリオン効果と深く結びつけて知られています。
しかし、それは彼の研究の一部分です。
ローゼンタールは、研究者自身の期待が実験結果へ影響する問題、非言語コミュニケーション、統計・研究方法論、メタ分析などにも重要な仕事を残しました。
ハーバード大学で長く研究と教育に携わり、その後はカリフォルニア大学リバーサイド校で活動。
2024年(令和6年)1月5日、90歳で亡くなりました。
一言で表すなら、
「人が誰かを見るとき、その人への期待は、本当に相手や結果から切り離せるのだろうか?」
という問いを追い続けた心理学者です。
小学生にもわかるようにいうと?
ローゼンタールは、
「心の中で思っていることって、本当に心の中だけにあるのかな?」
と考えた心理学者だと思うと分かりやすいでしょう。
たとえば先生が、
「この子はきっとできる」
と思っていたら、少し長く答えを待ったり、もう一度挑戦させたり、詳しく教えたりするかもしれません。
本人は同じように接しているつもりでも、期待が行動に表れてしまうことがあります。
ローゼンタールは、そんな
「人の期待や思い込みは、知らないうちに相手へ伝わるのではないか?」
という問題を研究しました。

しかも、その疑問は先生と子どもだけではありません。
「実験をしている科学者が『きっとこうなる』と思っていたら、その期待まで実験結果に入り込まないだろうか?」
という、科学そのものにかかわる問題まで研究しています。
だからローゼンタールは、
「期待すれば人は伸びると言った人」ではなく、「人の期待が現実へどう入り込むのかを調べた人」
と考えると、人物像がぐっと分かりやすくなります。
- 代表例
- 60秒でわかる結論|ロバート・ローゼンタールとは?
- 小学生にもわかるようにいうと?
- 1.ピグマリオン効果を調べると出てくる『ロバート・ローゼンタール』って誰?
- 2.疑問が生まれた物語
- 3.すぐに分かる結論
- 4.ロバート・ローゼンタールとは?
- 5.心理学者への道
- 6.「研究者自身が実験結果を変えていないか?」
- 7.ネズミから見えてきた「期待」の問題
- 8.なぜ「教室」へ向かったのか
- 9.有名な学校実験
- 10.なぜロバート・ローゼンタールは「ピグマリオン効果」にとって重要なのか
- 11.期待はどうやって相手へ伝わる?
- 12.有名になった研究ほど、批判も受けた
- 13.「ピグマリオン効果の人」で終わらない
- 14.研究だけでは見えない『ボブ・ローゼンタール』という人物
- 15.おまけコラム
- 16.ロバート・ローゼンタールの研究から、私たちは何を学べるのか
- 17.さらに学びたい人へ
- 18.まとめ・考察
- 19.疑問が解決した物語
- 20.文章の締めとして
1.ピグマリオン効果を調べると出てくる『ロバート・ローゼンタール』って誰?
ピグマリオン効果について調べていると、
「アメリカの心理学者ロバート・ローゼンタールが……」
「ローゼンタールとジェイコブソンの研究では……」
「ローゼンタール効果とも呼ばれ……」
と、同じ名前が何度も登場します。
すると今度は、こんなことが気になってきませんか?
「そもそもロバート・ローゼンタールって誰?」
「ピグマリオン効果だけを研究した人なの?」
「なぜ“ローゼンタール効果”とも呼ばれるの?」
「どんな時代を生き、どんな研究をしていたの?」
「本当に“期待すれば人は伸びる”と考えていたの?」
実は、ローゼンタールを知るうえで最後の疑問はとても大切です。
彼の研究を単純に、
「人を褒めれば能力が上がる」
という話だけにしてしまうと、本来の研究テーマが見えなくなってしまいます。
ローゼンタールが追究した重要な問題の一つは、
「相手について抱いた期待が、自分でも気づかない行動を通して、その相手へ伝わってしまうことはないか」
というものでした。
その対象は教師と子どもだけではありません。
研究者と実験対象、上司と部下、心理療法家と患者、そして人と人との非言語的なやり取りへと研究は広がっていきました。
こうして研究人生全体を見ると、
ピグマリオン効果は、ローゼンタールという人物を知るための一つの入口
だったことが分かります。
この記事でわかること
この記事の主役は、ピグマリオン効果ではありません。
ロバート・ローゼンタールという一人の心理学者です。
この先では、
「どこで生まれ、どのような人生を送ったのか」
「どのように心理学者になったのか」
「なぜ“期待”という問題を研究するようになったのか」
「学校での有名な研究では何を調べたのか」
「その研究はなぜ注目され、同時に批判も受けたのか」
「ピグマリオン効果以外に何を心理学へ残したのか」
「周囲からはどのような人物として記憶されているのか」
という順番で、少しずつ人物像を深く掘り下げていきます。
心理学用語の後ろには、それを考え、実験し、悩み、批判を受けながら研究を続けた一人の人間がいます。
今回は、その「人」に会いにいきましょう。
2.疑問が生まれた物語
何度も出てくる「ローゼンタール」という名前
ある日、スマートフォンで「ピグマリオン効果」を調べていたとします。
意味はすぐに分かりました。
ところが、いくつかの記事を読み比べていると、同じ名前が何度も目に入ってきます。

ロバート・ローゼンタール。
別の記事にも出てきます。
さらに調べると、
「ローゼンタールとジェイコブソンの研究」
「ローゼンタール効果」
という言葉まで見つかりました。
そこで、ふと手が止まります。
「このローゼンタールって、そんなに重要な人なの?」
最初はピグマリオン効果について知りたかっただけです。
でも今度は、その名前の持ち主が気になってきました。
「心理学者なのは分かったけれど、どんな人だったんだろう?」
「どうして“期待”なんてものを研究したんだろう?」
「この有名な実験以外には何をしたんだろう?」
さらに調べていくと、意外なことが見えてきます。
学校の研究より前には、実験をする研究者自身の期待について研究していました。
その後には、表情や声などの非言語コミュニケーションを研究し、さらに統計やメタ分析にも大きな仕事を残しています。
「えっ……ピグマリオン効果だけの人じゃないの?」
ここから新しい疑問が始まります。
ロバート・ローゼンタールとは、いったい何を追い続けた心理学者だったのでしょうか。
今度は「効果」から少し離れて、その人物自身を見てみましょう。
3.すぐに分かる結論
ロバート・ローゼンタールはどんな人物だったのか
お答えします
ロバート・ローゼンタールは、
人間の期待や思い込みが、本人も気づかないうちに他者への接し方や研究結果へ影響する可能性を追究した心理学者
です。

1933年(昭和8年)3月2日、ドイツのギーセンにユダヤ系の家庭の子として生まれました。
ナチス政権下の1938年(昭和13年)、父親が共同所有していた工場が接収され、一家はドイツを離れます。
南ローデシアを経て、1940年(昭和15年)にニューヨークへ移住しました。
その後ロサンゼルスへ移り、UCLAで心理学を学び、1953年(昭和28年)に学士号、1956年(昭和31年)に博士号を取得します。
臨床心理学の訓練を受けた後、研究の中心は社会心理学へ移りました。
ノースダコタ大学を経てハーバード大学へ進み、37年間にわたって研究と教育に携わります。
1999年(平成11年)にはカリフォルニア大学リバーサイド校へ移りました。
ローゼンタールの名前を広く知られるようにした仕事の一つが、レノア・ジェイコブソンと行った教師の期待と児童の知的成長に関する研究です。
これが後に「ピグマリオン効果」と深く結びつけて知られるようになりました。
しかし、彼の研究人生はそこでは終わりません。
その前には実験者の期待が実験結果に影響する可能性を研究し、その後は非言語コミュニケーションへ研究を広げました。
さらに、多くの研究結果をまとめて検討するメタ分析や研究方法論の発展にも貢献しています。
つまりローゼンタールは、
「期待すると人が伸びることを発見した人」
とだけ覚えるより、
「人が相手を見るとき、自分の期待や思い込みが相手や結果へどのように入り込むのかを問い続けた心理学者」
と捉えた方が、その人物を正確に理解できます。
人物としても、興味深い記録が残されています。
UC Riversideの追悼記事では、同僚のDavid Funderが、ローゼンタールは相手が学生でも大学の学長でも、同じように敬意と関心をもって接する人物だったと振り返っています。
ハーバード大学の追悼文にも、温かさ、親切さ、気取らない人柄、好奇心、研究への情熱が記されています。
もちろん、人柄と研究成果を直接結びつけることはできません。
それでも、
「人が人にどう接するか」を研究した心理学者が、人への接し方でも周囲の記憶に残っていた
というのは、人物を知るうえで印象的なエピソードです。
2024年(令和6年)1月5日。
ロバート・ローゼンタールは90歳で亡くなりました。
しかし現在も、その名前はピグマリオン効果だけでなく、
実験者期待効果、
非言語コミュニケーション、
研究方法論、
メタ分析など、
さまざまな心理学研究の中に残っています。
では、なぜ一人の心理学者が、これほど幅広い研究へ進んでいったのでしょうか。
ここから先は時間を少し巻き戻し、
1933年(昭和8年)のドイツに生まれたロバート・ローゼンタールが、どのような人生を歩み、どのように心理学者となったのか。
その人物の物語を、もう少し詳しく追いかけていきましょう。
4.ロバート・ローゼンタールとは?
1933年(昭和8年)、ドイツに生まれた心理学者
ここからは、ピグマリオン効果という有名な言葉から少し離れて、その研究で重要な人物となったロバート・ローゼンタール自身の人生をたどってみましょう。
ロバート・ローゼンタールは、ハーバード大学などアメリカの大学で長く研究を続け、ピグマリオン効果につながる研究でも知られています。
そのため、彼について研究者としての経歴だけを知ると、
「アメリカで生まれ育ち、そのまま心理学者になった人なのかな」
と思うかもしれません。
しかし、彼の人生の出発点はアメリカではありません。
ローゼンタールは1933年(昭和8年)、ドイツに生まれました。
しかも、その幼少期は、後にアメリカで活躍する心理学者という姿からは想像しにくい、激動の時代の中にありました。

ローゼンタールは、ナチス政権成立と同じ1933年(昭和8年)のドイツに生まれ、幼いころに家族とともに故郷を離れています。
まずは、基本的なプロフィールを確認してみましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | Robert Rosenthal(ロバート・ローゼンタール) |
| 生年月日 | 1933年(昭和8年)3月2日 |
| 出生地 | ドイツ・ギーセン |
| 没年月日 | 2024年(令和6年)1月5日 |
| 没地 | アメリカ・カリフォルニア州リバーサイド |
| 享年 | 90歳 |
| 専門・主な研究領域 | 心理学。臨床心理学の訓練を受けた後、社会心理学を中心に、対人期待、実験者期待、非言語行動、統計・研究方法論などを研究 |
| 主な所属 | ノースダコタ大学、ハーバード大学、カリフォルニア大学リバーサイド校 |
| よく知られる研究 | 対人期待効果、教師期待研究、ピグマリオン効果(ローゼンタール効果)につながる研究 |
ハーバード大学の公式追悼記録によると、ロバート・ローゼンタールは1933年(昭和8年)3月2日にドイツのギーセンで生まれました。
そして2024年(令和6年)1月5日、アメリカ・カリフォルニア州リバーサイドで亡くなりました。90歳でした。カリフォルニア大学リバーサイド校の公式発表でも、同じ死亡日と年齢が確認できます。
彼の人生は、ドイツの小さな町から始まりました。
ローゼンタールは、父ユリウス・ローゼンタールと母ヘルミーネ・カーン・ローゼンタールのもとに生まれました。
出生地はギーセンですが、幼少期はリンブルクという町で過ごしています。
一家はユダヤ系でした。
父ユリウスは、織物や衣料雑貨などを扱う工場を共同経営していました。
ところが1938年(昭和13年)、ローゼンタールがまだ5歳のころ、その工場がナチスによって接収されます。
一家はリンブルクを離れ、大都市ケルンへ逃れました。ハーバード大学の記録では、人口の多い都市の中でユダヤ系であることを目立たせず、身を守ろうとしていたことが記されています。
当時、一家はアメリカへ移住するための割当番号も手にしていました。
ところが、その番号を盗まれてしまいます。
そこで一家を助けたのが、父ユリウスの兄弟たちでした。
彼らは当時イギリス植民地だった南ローデシア(現在のジンバブエにあたる地域)で暮らしていました。
その助けを得て一家はアフリカへ逃れ、そこでアメリカへ渡るためのビザを取得します。
そして1940年(昭和15年)、ローゼンタール一家はニューヨークへ移住しました。
1933年(昭和8年)にドイツで生まれた少年は、7歳になるころにはヨーロッパを離れ、アフリカを経由し、アメリカで新しい生活を始めていたことになります。
アメリカへ渡った後、人生の舞台は西海岸へ移ります。
一家はまずニューヨークのクイーンズで暮らしました。
その後、父ユリウスは家族とともにロサンゼルスへ移り、そこで百貨店を開きます。
ローゼンタールはロサンゼルスで高校最後の一年を過ごし、その後、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA〈ユーシーエルエー〉)へ進学しました。
専攻したのは心理学です。
ここから、後にピグマリオン効果だけでなく、対人期待、非言語コミュニケーション、統計・研究方法論など幅広い分野へ影響を与える研究者としての道が始まっていきます。
ここまでの人生を知ると、一つの疑問が浮かぶかもしれません。
後にローゼンタールは、
「人が他者に抱く期待」
「人の思い込みが、知らないうちに相手への接し方や結果へ影響する可能性」
といった問題を研究していきます。
すると、
「幼いころに差別や迫害を経験したから、人間の偏見や期待を研究するようになったのでは?」
と考えたくなるところです。
確かに、物語としては結びつけやすく感じます。
しかし、ここでは慎重になる必要があります。
今回確認したハーバード大学やカリフォルニア大学リバーサイド校の資料からは、ナチス政権下での幼少期の経験が、後の対人期待研究を始めた直接の理由だったとローゼンタール本人が述べた事実は確認できません。
そのため、
「迫害を受けた経験があったから、期待や偏見を研究した」
と断定することはできません。
人生で起きたことと、その後に研究テーマを選んだ理由は、同じものではありません。
心理学者について紹介するからこそ、資料のないところまで私たちが本人の心を“心理分析”してしまわないことも大切です。
では、ローゼンタールは実際にはどのような道をたどって「人の期待」という研究テーマへ近づいていったのでしょうか。
その手がかりは、幼少期を推測することではなく、彼が心理学者になってから行った研究の中に残されています。
ローゼンタールは、最初から教師と子どものピグマリオン効果を研究していたわけではありません。
大学で心理学を学び、最初に本格的な訓練を受けたのは臨床心理学でした。
臨床心理学とは、人の心の悩みや不適応、行動上の問題などを心理学の知識や方法を使って理解し、支援につなげていく分野です。 心理検査や面接などを通して、その人がどのような状態にあるのかを考え、心の問題をどのように理解し、援助できるのかを研究します。
そして、後のピグマリオン研究へつながる「期待」という問題が最初に姿を現した場所も、学校の教室ではありませんでした。
それは――
心理学者自身が行う「実験」の中だったのです。
もし研究者が、
「きっと、こんな結果になるはずだ」
と思いながら実験をしていたら。
その期待は、本当に実験結果と無関係でいられるのでしょうか。
この疑問が、やがてネズミを使った実験へ、そして教師と子どもの研究へとつながっていきます。
次は、ローゼンタールが心理学を学び、一人の研究者として「期待」という不思議な問題へ近づいていった道のりを見ていきましょう。
5.心理学者への道
最初から「ピグマリオン効果」を研究していたわけではない
ドイツからアメリカへ渡り、ロサンゼルスで成長したロバート・ローゼンタールは、University of California, Los Angeles(ユニバーシティ・オブ・カリフォルニア・ロサンゼルス)――UCLA(ユーシーエルエー)で心理学を学びました。
1953年(昭和28年)に心理学の学士号を取得し、1956年(昭和31年)には臨床心理学の博士号を取得しています。
その後、ノースダコタ大学で5年間教え、臨床心理学博士課程の訓練責任者も務めました。
やがてハーバード大学へ移り、最初は臨床心理学の講師、その後は社会心理学の教授として37年間にわたり研究と教育を続けます。
1992年(平成4年)から1995年(平成7年)には心理学部長、1995年(平成7年)から1999年(平成11年)にはEdgar Pierce Professor of Psychology(エドガー・ピアース・プロフェッサー・オブ・サイコロジー)を務めました。
1999年(平成11年)にハーバード大学を退職した後は、University of California, Riverside(ユニバーシティ・オブ・カリフォルニア・リバーサイド)――カリフォルニア大学リバーサイド校へ移っています。
ここで大切なのは、ローゼンタールが最初から学校教育やピグマリオン効果を研究していたわけではないことです。
後の研究人生を大きく方向づける疑問は、1956年(昭和31年)の博士論文から生まれました。
博士論文の題名は、
『An Attempt at the Experimental Induction of the Defense Mechanism of Projection』(アン・アテンプト・アット・ジ・エクスペリメンタル・インダクション・オブ・ザ・ディフェンス・メカニズム・オブ・プロジェクション)
です。
日本語にすると、おおよそ「防衛機制としての投影を実験的に生じさせる試み」という意味になります。論文の存在と題名は、ローゼンタール自身の後年の論文でも確認できます。
ところが研究データを調べ直したローゼンタールは、気になることに気づきました。
本人は後年、自分がどの実験条件の参加者を扱っているか知っていたため、知らないうちに自分の期待に沿う反応を参加者から引き出してしまった可能性があると振り返っています。

研究者は客観的に実験しているつもりでも、
「きっと、こういう結果になるだろう」
という予想を持っています。
もし、その予想が表情や声、説明の仕方などにわずかに表れ、相手の反応まで変えてしまったとしたら――。
ローゼンタールの関心は、ここから少しずつ変わっていきました。
「人の心を調べる」だけではなく、「人の心を調べている研究者自身は、本当に実験結果から切り離されているのか」
という問いです。
この疑問が、後のピグマリオン研究へつながる最初の重要な一歩になりました。
6.「研究者自身が実験結果を変えていないか?」
ローゼンタールを動かした疑問
ローゼンタールが本格的に追究するようになったのが、実験者期待効果です。
英語では、Experimenter Expectancy Effect(エクスペリメンター・エクスペクタンシー・エフェクト)などと呼ばれます。
簡単にいえば、
研究者が「こうなるはずだ」と期待することによって、本人も気づかない接し方の違いが生まれ、実験参加者の反応まで期待に沿う方向へ変化することがあるのではないか
という問題です。

ここで注意したいのは、研究者が結果をわざと変える「不正」の話ではないことです。
ローゼンタールが問題にしたのは、むしろ本人に自覚のない影響でした。
研究者自身が気づいていないからこそ、科学にとって厄介な問題だったのです。
博士論文で生まれた疑問を、ローゼンタールは単なる失敗談で終わらせませんでした。
1950年代後半から実験者の影響について研究を重ね、1963年(昭和38年)にはカーミット・L・フォードとの論文『Psychology of the Scientist: V. Three Experiments in Experimenter Bias(サイコロジー・オブ・ザ・サイエンティスト:スリー・エクスペリメンツ・イン・エクスペリメンター・バイアス)』などを発表しています。
さらに1966年(昭和41年)には、それまでの研究をまとめた著書、
『Experimenter Effects in Behavioral Research(エクスペリメンター・エフェクツ・イン・ビヘイビオラル・リサーチ)』
を出版しました。
「行動研究における実験者の影響」という意味の本で、初版は464ページに及びます。
ここまでを見ると、ローゼンタールという人物の研究テーマが、少しはっきりしてきます。
彼は、
「期待をかければ人を伸ばせる方法」
を探していたのではありません。
むしろ、
「期待する側の人間が、知らないうちに自分が観察している現実へ入り込んでしまうことはないか」
という問題を追いかけていたのです。
この研究は、研究者や実験を担当する人が仮説を知らないようにするdouble-blind(ダブル・ブラインド/二重盲検)など、期待による影響をできるだけ抑える研究方法の重要性を意識させる仕事にもつながりました。ハーバード大学も、ローゼンタールの実験者バイアス研究がこうした実験手続きの普及を後押ししたと評価しています。
しかし、一つ疑問が残ります。
人を相手にした実験なら、参加者が研究者の表情や言葉から何かを感じ取ったとも考えられます。
では、人間の言葉を理解しない動物を相手にしても、実験者の期待は結果へ影響するのでしょうか。
ローゼンタールは、この問いも実験で確かめようとしました。
7.ネズミから見えてきた「期待」の問題
1963年(昭和38年)の実験
1963年(昭和38年)、ロバート・ローゼンタールとKermit L. Fode(カーミット・L・フォード)は、
『The Effect of Experimenter Bias on the Performance of the Albino Rat(ジ・エフェクト・オブ・エクスペリメンター・バイアス・オン・ザ・パフォーマンス・オブ・ジ・アルビノ・ラット)』
という論文を発表しました。
日本語では、おおよそ「実験者のバイアスが白ネズミの成績に及ぼす影響」という意味です。1963年(昭和38年)、学術誌Behavioral Science(ビヘイビオラル・サイエンス)に掲載されました。
実験では、学生たちにネズミの迷路学習を調べてもらいました。
一部の学生には、自分たちが扱うネズミは迷路学習が得意な
maze-bright(メイズ・ブライト)
のネズミだと伝えます。
別の学生には、迷路学習が苦手な
maze-dull(メイズ・ダル)
のネズミだと伝えました。
しかし、ここに重要な仕掛けがありました。
学生たちへ伝えられたような能力差はありませんでした。
ハーバード大学の公式資料では、二つのグループのネズミ自体は区別できないものだったと説明されています。
ところが実験では、「迷路が得意だ」と学生に期待されたネズミのほうが、「苦手だ」と期待されたネズミより良い成績を示しました。

ここで、不思議なことが起こります。
ネズミが、
「ぼくは頭がいいと思われている。期待に応えて頑張ろう」
と考えたわけではありません。
では、なぜ結果に違いが現れたのでしょうか。
ローゼンタールたちは、ネズミではなく、ネズミを扱っていた人間の側に注目しました。
ハーバード大学の資料では、「優秀だ」と期待していた学生が、そのネズミを無意識のうちにより良く扱ったことが結果に関係した可能性が説明されています。
ただし、ここは慎重に理解する必要があります。
この研究だけから、
「実験者の扱い方が原因だった」と完全に証明されたわけではありません。
分かったのは、実際の能力差が設定されていないにもかかわらず、実験者に与えた期待の違いとネズミの成績の違いが対応して現れたということです。
だからこそ、ローゼンタールにとって新しい問いが生まれました。
「期待する側の人間が変わることで、期待される相手の結果まで変化することがあるのではないか?」
そして、その疑問はさらに大きくなります。
実験室のネズミでこのような現象が見られるのなら――。
人と人の間では、どうなのでしょうか。
先生が、
「この子はきっと伸びる」
と思ったとき。
その期待は、教え方や声のかけ方、相手を待つ時間などへ知らないうちに表れるのでしょうか。
そして、それを毎日受け取る子どもには何が起こるのでしょう。
こうしてローゼンタールの研究は、実験室から学校の教室へと舞台を移していきます。
そこで重要な役割を果たすことになる人物が、小学校の校長だったLenore Jacobson(レノア・ジェイコブソン)です。
二人の出会いによって、後に「ピグマリオン効果」と深く結びつけて語られる、有名な教室研究が始まることになります。
8.なぜ「教室」へ向かったのか
ピグマリオン研究誕生までの意外な経緯
ネズミを使った研究まで進んだローゼンタールに、次の疑問が生まれます。
「実験者の期待が実験対象へ影響することがあるのなら、人と人との関係ではどうなるのだろう?」
ただし、ここから突然「教師と子どもを研究しよう」と思いついたわけではありません。
教室へ向かうまでには、いくつかの出来事が重なっていました。
1960年代前半、ローゼンタールは、心理学者Kenneth B. Clark(ケネス・B・クラーク)が中心的に関わっていたHARYOU(ハーユー/Harlem Youth Opportunities Unlimited〈ハーレム・ユース・オポチュニティーズ・アンリミテッド〉)の活動や議論に触れます。
HARYOUは1964年(昭和39年)、ニューヨーク・ハーレムの若者たちを取り巻く社会・教育環境を扱った大規模な報告書、
『Youth in the Ghetto: A Study of the Consequences of Powerlessness and a Blueprint for Change』(ユース・イン・ザ・ゲットー:ア・スタディ・オブ・ザ・コンシクエンシズ・オブ・パワーレスネス・アンド・ア・ブループリント・フォー・チェンジ)
を発表しています。
この報告書はHARYOU名義で刊行されたもので、ケネス・クラークはその研究・活動に中心的に関わっていました。教師が貧困地域の黒人児童へ抱く低い期待の問題も論じられており、ローゼンタール自身も後年、こうした議論が教室研究へ向かう一つのきっかけになったと振り返っています。
実験室では、
「研究者が実験対象をどう見ているか」
が問題でした。
学校では、
「教師が子どもをどう見ているか」
が問題になります。
場所は違いますが、ローゼンタールには同じ問いに見えてきたのでしょう。
そして、研究を実際の教室へ移す大きなきっかけをつくった人物が、Lenore Jacobson(レノア・ジェイコブソン)でした。
ジェイコブソンは、当時サウスサンフランシスコ統一学区の小学校校長を務めていました。
彼女はローゼンタールが1963年(昭和38年)に発表した記事を読み、もし今後、学校の子どもを対象に研究するのであれば協力したい、という趣旨の手紙を送りました。UC Riverside(ユーシー・リバーサイド)の本人インタビューにも、このやり取りが紹介されています。
研究者の期待を調べていた心理学者。
教師の期待に問題意識を持つ社会。
そして、実際の学校を研究の場として提供できる校長。
それまで別々だったものが、ここでつながります。
ピグマリオン研究は、突然生まれたアイデアではありませんでした。
ローゼンタールが長く追ってきた「期待する側の人間は、相手へどのような影響を与えるのか」という問いが、実験室から現実の教室へ移っていったのです。
9.有名な学校実験
ローゼンタールとジェイコブソンは本当は何をしたのか
1965年(昭和40年)。
ローゼンタールとジェイコブソンは、小学校の18の教室で研究を行いました。
ここには、現在でも誤って紹介されることの多い重要なポイントがあります。
まず、子どもたちに知能検査を実施しました。
教師には、その検査が児童の将来的な知的成長を予測できるように説明されました。
ローゼンタールは検査を、
Harvard Test of Inflected Acquisition(ハーバード・テスト・オブ・インフレクテッド・アクイジション)
と名付けています。
難しそうな名前ですが、実際には新しく開発された「将来伸びる子を発見する特別な検査」ではありませんでした。
ローゼンタール本人の回想によれば、標準的な知能検査に、いかにも知的成長を測れそうな名前を付けたものでした。
検査後、各教室から平均して約20%の児童が選ばれます。
教師には、その児童たちが、
「これから知的に大きく伸びる可能性がある」
という趣旨で伝えられました。
ところが、その子どもたちは検査結果によって選ばれていたわけではありません。
実際には無作為に選ばれていました。
1966年(昭和41年)の原論文にも、18教室それぞれで平均約20%の児童が選ばれ、その児童はランダムに選択されていたことが明記されています。
ここで、よくある誤解を一つ整理しておきましょう。
この実験は、
「Aグループは優秀な子ども」
「Bグループは能力の低い子ども」
と教師へ伝えて、その違いを比べた研究ではありません。
研究者は、各教室から平均して約20%の児童を無作為に選び、その子どもたちについてだけ、
「これから知的に大きく伸びる可能性がある」
という趣旨の情報を教師へ伝えました。
では、残りの児童についてはどう伝えたのでしょうか。
実は、
「能力が低い」
「成績が悪い」
「これから伸びない」
などと伝えたわけではありません。
残りの児童については、教師へ特別な期待情報を与えず、研究上の比較対象となる統制群として扱われました。
つまり、この研究で比べられたのは、
「特別に高い期待を持つような情報を教師へ与えられた児童」と、「そのような特別な情報を与えられていない児童」
だったのです。
この違いは、ピグマリオン研究を正しく理解するためにとても大切です。
そして、およそ8か月後。
再び知能検査を行ったところ、「知的に伸びる可能性がある」と教師へ伝えられていた児童は、その他の児童よりもIQ(アイキュー)得点の伸びが大きかったと報告されました。

ただし、ここにも大切な条件があります。
すべての年齢の児童で、同じような効果が確認されたわけではありません。
原論文では、教師期待による効果は主として年少の児童で現れたとされています。
また、「学校の成績が必ず上がった」とする説明も正確ではありません。
この研究で中心的に報告されたのは、IQ検査得点の変化です。
したがって、
「教師が期待すれば、どんな子どもでも成績が上がることが証明された」
と理解するのは行き過ぎです。
より慎重にいえば、
教師へ与えた期待の違いと、その後に測定された児童のIQ得点の伸びとの間に差が確認された
という研究でした。
研究結果は1966年(昭和41年)、
『Teachers’ Expectancies: Determinants of Pupils’ IQ Gains(ティーチャーズ・エクスペクタンシーズ:ディターミナンツ・オブ・ピューピルズ・アイキュー・ゲインズ)』
として発表されました。
さらに1968年(昭和43年)、ローゼンタールとジェイコブソンは、
『Pygmalion in the Classroom: Teacher Expectation and Pupils’ Intellectual Development(ピグマリオン・イン・ザ・クラスルーム:ティーチャー・エクスペクテーション・アンド・ピューピルズ・インテレクチュアル・ディベロップメント)』
を出版します。
初版はHolt, Rinehart and Winston(ホルト・ラインハート・アンド・ウィンストン)から1968年(昭和43年)に出版され、240ページの著作でした。
この本によって、教室における「期待」の研究は心理学や教育学の世界だけでなく、一般社会にも広く知られるようになっていきます。
10.なぜロバート・ローゼンタールは「ピグマリオン効果」にとって重要なのか
ここまで読むと、
「有名な学校実験をしたから、ローゼンタールはピグマリオン効果の重要人物なのだろう」
と思うかもしれません。
もちろん、それも理由の一つです。
しかし、彼の本当の重要性は、もう少し広いところにあります。
第一に、「教師の期待」を実験的に調べようとしたことです。
教師が普段から抱いている期待と、生徒のその後の成績を比べるだけでは、
「先生が期待したから伸びたのか」
それとも、
「もともと能力や意欲の高い児童だったから先生が期待したのか」
を分けることが難しくなります。
そこでローゼンタールとジェイコブソンは、無作為に選んだ児童についてだけ、教師へ「伸びる可能性がある」という情報を与える方法を取りました。
目には見えない「期待」というものを、実験によって調べようとしたのです。
第二に、それ以前の実験者期待研究と、教師期待研究をつないだことです。
ここまで読んできたローゼンタールの研究を振り返ってみましょう。
博士論文で、
「研究者自身の期待が結果へ入り込んでいないか」
という疑問を持ちました。
その後、実験者期待を研究し、ネズミを使った実験へ進みます。
そして、その問いを学校の教室へ移しました。
研究室では、
実験者 → 実験対象。
教室では、
教師 → 児童。
一見すると別の研究ですが、ローゼンタールが追い続けていた問いは共通しています。
「人が相手に抱く期待は、本人も気づかない行動を通して相手へ伝わり、その結果にまで影響することがあるのではないか?」
ハーバード大学も、ローゼンタールの主要な功績をInterpersonal Expectancy Effects(インターパーソナル・エクスペクタンシー・エフェクツ/対人期待効果)の研究として評価しています。
つまりピグマリオン研究は、彼の研究人生の中で突然現れたテーマではありません。
長年追い続けていた「期待する側の影響」という問いが、教室という現実の場所へ広がった研究だったのです。
第三に、研究が心理学の世界を越えて社会へ広がったことです。
1968年(昭和43年)の『Pygmalion in the Classroom(ピグマリオン・イン・ザ・クラスルーム)』は大きな注目を集めました。
新聞やテレビでも取り上げられ、「教師の期待が子どもへ影響する」という考えは広く知られるようになります。
ところが、ローゼンタール本人にとって、この大きな社会的反響は当初から狙っていたものではありませんでした。
2018年(平成30年)のUC Riverside(ユーシー・リバーサイド)のインタビューで彼は、この研究を教育改革のための運動として始めたのではなく、学者として研究していたという趣旨で振り返っています。
ここに、ローゼンタールという人物の面白さがあります。
彼は、
「期待すれば人は伸びる」
という有名な教訓を世の中へ広めるために研究を始めたわけではありません。
出発点にあったのは、
「研究者自身の期待は、結果を変えてしまわないのか?」
という科学上の疑問でした。
その疑問を追い続けた先に、
ネズミの実験があり、
教師と子どもの教室があり、
やがて「ピグマリオン効果」と呼ばれる研究へつながっていきました。
だからこそ、ローゼンタールは単に「有名な実験を行った心理学者」ではありません。
ピグマリオン効果を、彼がそれ以前から研究していた「期待する側の人間が相手へ及ぼす影響」という大きな研究テーマの中に位置づけた人物
として重要なのです。
ただ、一つ大きな疑問が残ります。
教師が心の中で、
「この子は伸びそうだ」
と思ったとしても、期待そのものは目には見えません。
では、その期待はいったいどのようにして子どもへ伝わるのでしょうか。
声でしょうか。
表情でしょうか。
教える内容でしょうか。
答えを待つ時間でしょうか。
ローゼンタールは、この「期待が相手へ届くまで」の仕組みについても研究を続けました。
次に見えてくるのが、彼が整理した4つの要因です。
11.期待はどうやって相手へ伝わる?
ローゼンタールの「4つの要因」
ここまでの研究には、まだ一つ大きな疑問が残っています。
教師が心の中で、
「この子は伸びそうだ」
と思っただけで、どうして子どもに影響するのでしょうか。
期待そのものには、形も音もありません。
そこでロバート・ローゼンタールは1973年(昭和48年)、期待が相手へ伝わる過程を説明する4要因理論を提案しました。
それが、
Climate(クライメット/雰囲気・温かさ)
Input(インプット/与える学習内容)
Output(アウトプット/答えたり発言したりする機会)
Feedback(フィードバック/相手への反応や評価)
という4つの要因です。
1973年(昭和48年)の論考『The Pygmalion Effect Lives(ザ・ピグマリオン・エフェクト・リヴズ)』で、この考え方が示されました。後の1985年(昭和60年)には、Monica J. Harris(モニカ・J・ハリス)とローゼンタールが135件の研究を整理し、31のメタ分析を行った研究でも、この4要因が教師期待の伝わり方を考える有用な枠組みとして支持されています。

たとえばClimate(クライメット)です。
「この子ならできる」と期待している児童には、教師がより温かい表情を向けたり、うなずいたり、親しみのある声で話したりすることがあります。
言葉で「期待しています」と言わなくても、雰囲気や態度から何かが伝わる可能性があります。
Input(インプット)は、教える内容です。
「この子なら理解できる」と思えば、少し難しいことまで説明したり、より多くの教材や情報を与えたりするかもしれません。
Output(アウトプット)は、子どもが答えたり考えたりする機会です。
答えがすぐに出なくても少し長く待つ。
もう一度質問する。
途中までの答えを手助けしながら完成させる。
そのような機会の違いです。
そしてFeedback(フィードバック)。
正解したときにはしっかり評価し、間違えたときにも、
「違うよ」
だけで終わらせず、
「ここまでは合っているよ。次はここを考えてみよう」
と、次につながる情報を返すことです。
こうして見ると、ピグマリオン効果は、
「期待された子どもが、期待に応えようと自分から頑張るだけの現象」
ではないことが分かります。
期待する人の側でも、知らないうちに教え方・待ち方・声のかけ方・与える機会が変わっている可能性があるのです。
つまりローゼンタールが考えた「期待」は、魔法のような目に見えない力ではありません。
期待が人の行動へ姿を変え、その行動を相手が受け取る。
その積み重ねによって、相手の経験や結果にも違いが生まれることがある――という考え方です。
ただし、この4つを実践すれば必ず成績が上がる、と証明されたわけではありません。
ローゼンタール自身の後年の解説でも、4要因との関連から「温かい教師にすれば必ず学習成果が上がる」といった因果関係までは導けないと注意されています。
4要因は、期待が人から人へどのように伝わる可能性があるのかを理解するためのモデルとして考えるのが適切です。
12.有名になった研究ほど、批判も受けた
「本当にピグマリオン効果はある?」
『Pygmalion in the Classroom(ピグマリオン・イン・ザ・クラスルーム)』は大きな反響を呼びました。
しかし心理学の世界では、
「有名になった研究=正しいと決着した研究」
ではありません。
むしろ、ローゼンタールとジェイコブソンの研究は発表直後から強い批判も受けました。
1968年(昭和43年)には、教育心理学者Robert L. Thorndike(ロバート・L・ソーンダイク)が『American Educational Research Journal(アメリカン・エデュケーショナル・リサーチ・ジャーナル)』で研究を厳しく検討しています。測定方法やデータの解釈などをめぐり、その後も議論と再分析が続きました。
これは、ローゼンタールの研究が「間違いだった」という意味ではありません。
大切なのは、一つの実験だけで答えが確定したわけではないということです。
その後、別の研究者たちが同じテーマを何度も調べました。
1984年(昭和59年)、Stephen W. Raudenbush(スティーブン・W・ラウデンブッシュ)は、教師期待が児童のIQ(アイキュー)へ及ぼす影響を調べた18件の実験をmeta-analysis(メタアナリシス/メタ分析)によってまとめました。
その結果、
教師が児童のことをすでによく知っているほど、研究者から新しく与えられた期待の影響は小さくなる傾向
が示されました。
これは興味深い結果です。
初めて会った子どもについて、
「この子は伸びます」
と言われれば、その情報が教師の印象へ入り込みやすいかもしれません。
しかし、すでに何か月も教えてきた児童なら、教師にはそれまでの経験があります。
新しく与えられた情報だけで印象が大きく変わりにくくなる、と考えることができます。
さらに2005年(平成17年)、Lee Jussim(リー・ジャシム)とKent D. Harber(ケント・D・ハーバー)は、およそ35年間の教師期待研究をまとめました。
その結論は、ピグマリオン効果を理解するうえでとても重要です。
教室で期待が自己成就的に作用する現象は実際に起こるものの、その効果は一般には小さい。
さらに、時間とともに際限なく積み重なって大きくなるわけではなく、弱まっていく場合もあると整理されています。
そして、もう一つ注意しなければならない点があります。
先生が、
「この子は将来よい成績を取りそうだ」
と予想し、実際にそうなったとしても、
「先生が期待したから成績が上がった」
とは限りません。
教師が、それまでの能力や学習態度を見て、最初からある程度正確に将来を予測していた可能性もあります。
2005年(平成17年)のレビューでも、教師の期待が将来の結果を予測できる理由は、自己成就的な影響だけではなく、教師の判断そのものがある程度正確だからという場合も多いとされています。
また、教師期待が「知能そのもの」を変化させるのかについては、まだ明確ではないとも整理されています。
ですから、
「ローゼンタールは、期待すれば誰でも必ず能力が上がることを証明した」
と紹介するのは正確ではありません。
現在の研究まで含めて考えるなら、
「人が相手に抱く期待が、その人への接し方を変え、条件によっては相手の行動や成果が期待に近づくことがある。ただし、効果の大きさや起こりやすさは状況によって異なる」
と理解するのがよいでしょう。
有名な研究だから無条件に信じる。
批判されたから全部間違いだと考える。
そのどちらでもなく、
「どこまで分かっていて、どこから先はまだ議論があるのか」
を見ること。
それもまた、心理学を正しく知る面白さなのです。
13.「ピグマリオン効果の人」で終わらない
ローゼンタールが心理学に残したもの
ロバート・ローゼンタールの名前は、ピグマリオン効果と強く結びついています。
しかし、研究人生をそこだけで終わらせてしまうと、彼が心理学へ残した重要な仕事を見落としてしまいます。
その一つが、Nonverbal Behavior(ノンバーバル・ビヘイビア/非言語行動)の研究です。
私たちは、人と話すときに言葉だけを受け取っているわけではありません。
表情。
視線。
身振り。
身体の向き。
声の調子。
話す速さ。
言葉にならない情報からも、相手について多くのことを感じ取っています。
考えてみると、これはピグマリオン研究ともつながっています。
期待が言葉にされなくても相手へ伝わるのなら、
人はいったい何を見たり聞いたりして、その期待を感じ取っているのでしょうか。
ローゼンタールは、こうした非言語的なコミュニケーションも研究していきました。
その後の代表的な仕事の一つが、Nalini Ambady(ナリニ・アンバディ)とのthin slices(シン・スライシズ/ごく短い行動の断片)に関する研究です。
1992年(平成4年)には、5分未満という短時間の行動観察から、人についてどの程度正確な予測ができるのかを調べた研究をメタ分析しました。
そこでは、30秒未満の短い観察でも、4〜5分間観察した場合と予測精度に大きな差が見られないという結果が報告されています。
さらに1993年(平成5年)には、大学教員が授業をしている30秒未満の無音映像を第三者に見せ、その人物への評価を調べました。
その短い映像から得られた評価は、実際の学生による学期末の教師評価と関連していました。
わずか6秒や15秒という、さらに短い映像でも関連が確認されています。
この研究によって、アンバディとローゼンタールは1993年(平成5年)、American Association for the Advancement of Science(アメリカン・アソシエーション・フォー・ジ・アドバンスメント・オブ・サイエンス/アメリカ科学振興協会)の行動科学研究賞を受賞しました。
もちろん、
「人を数秒見れば、その人のすべてが分かる」
という意味ではありません。
重要なのは、ごく短い非言語的行動の中にも、他人が判断に利用できる情報が含まれている場合があることです。
そして、もう一つ大きな功績があります。
それが、統計と研究方法論です。
統計とは、集めたデータを数字から分析し、そこにどのような傾向や違いがあるのかを確かめる方法です。
一方の研究方法論は、「誰を調べるのか」「何をどう測るのか」「どのように比較すれば、より信頼できる結果になるのか」など、研究そのものをどう組み立てるかを考えるものです。
ローゼンタールは社会心理学を研究する一方で、
「研究によって結果が違うとき、全体として何が言えるのか」
「一つの研究結果を、どのくらい重く受け止めればよいのか」
という問題にも取り組みました。
Donald B. Rubin(ドナルド・B・ルービン)やRalph L. Rosnow(ラルフ・L・ロズノウ)らとの研究を通して、複数の研究結果を統計的にまとめるmeta-analysis(メタアナリシス/メタ分析)をはじめ、行動科学における統計・研究方法論の発展にも大きく貢献しています。
ハーバード大学も、ローゼンタールをメタ分析の発展に重要な役割を果たした研究者の一人として評価しています。
ここまで彼の研究人生をたどってみると、一見ばらばらに見えていた仕事が少しずつつながってきます。
若い研究者だったころ、
「研究者自身の期待が、実験結果へ入り込んでしまうのではないか」
という疑問を持った。
そこから実験者期待を研究し、
ネズミを使った実験へ進み、
教師と児童の研究へ広がり、
期待がどのような行動によって伝わるのかを考え、
さらに言葉にならない表情や声を研究しました。
そして同時に、
「研究結果そのものを、どうすればより正確に評価できるのか」
という研究方法の問題にも取り組んでいったのです。
もちろん、ローゼンタールの長い研究人生を一つのテーマだけで説明することはできません。
それでも、その仕事を通して浮かび上がってくる問いがあります。
「人が何かを観察するとき、観察している人自身は、本当にそこから完全に切り離されているのだろうか?」
ピグマリオン効果を調べていて出会った、ロバート・ローゼンタールという名前。
その人物を深く追ってみると、彼は単に「期待の力」を研究した心理学者ではありませんでした。
人と人との間に生まれる目に見えない影響と、それを科学はどう正確に確かめればよいのかを追究し続けた研究者だったのです。
14.研究だけでは見えない『ボブ・ローゼンタール』という人物
ここまで、ロバート・ローゼンタールの研究を中心に追ってきました。
では、その研究を生み出した本人は、周囲からどのような人物として記憶されていたのでしょうか。
晩年を過ごしたUniversity of California, Riverside(ユニバーシティ・オブ・カリフォルニア・リバーサイド/カリフォルニア大学リバーサイド校)の追悼記録を読むと、「世界的な心理学者」という肩書きとは少し違った姿が見えてきます。
同僚Howard S. Friedman(ハワード・S・フリードマン)は、ローゼンタールについて、
本人はいつも周囲に「Bob(ボブ)」と呼ぶよう求めていた
と振り返っています。

学生には「Dr. Rosenthal(ドクター・ローゼンタール)」と呼ばれることもありましたが、同僚や親しい研究者の回想では、何度も「ボブ」という名前で登場します。
そして、周囲が記憶していたのは研究業績だけではありません。
同僚David Funder(デイヴィッド・ファンダー)は、ローゼンタールについて、学部生が研究室を訪れたときでも大学のトップが訪れたときでも、相手の立場によって態度を変えず、親切さ、敬意、関心をもって接する人物だったと回想しています。
ハーバード大学の公式追悼文でも、その人柄は「温かさ」「親切さ」「気取らない態度」「好奇心」「研究への情熱」とともに記されています。
もちろん、
「人への期待を研究していたから、本人も人に優しく接していた」
と結びつけることはできません。
研究内容から性格まで説明してしまえば、本人について根拠のない心理分析をすることになるからです。
それでも、「人は相手へどう接するのか」を研究した人物が、その接し方そのものを周囲から記憶されていたということは、人物像を知るうえで印象的なエピソードです。
ローゼンタールは2018年(平成30年)春にカリフォルニア大学リバーサイド校の常勤教授を退きました。
しかし、そこで教育を終えたわけではありません。
その後も大学院で非常勤として教え、2023年(令和5年)の秋学期まで教育活動を続けました。 また、大学の研究方法を扱う定期的な研究会にも、晩年まで参加していたことが記録されています。
2024年(令和6年)1月5日に90歳で亡くなる直前まで、
研究すること、考えること、そして次の世代へ教えること
が身近にあった心理学者だったのです。
15.おまけコラム
低い期待にも名前がある?『ゴーレム効果』
ピグマリオン効果について知ると、反対の疑問も浮かんできます。
「では、“この人にはあまり期待できない”と思われた場合はどうなるの?」
そこで登場するのが、
Golem Effect(ゴーレム・エフェクト/ゴーレム効果)
です。
ゴーレム効果とは、簡単にいうと、
周囲から向けられた低い期待が相手へ影響し、その結果として、相手のパフォーマンスが低下する方向に働くことがある現象
を指します。

ピグマリオン効果が、「この人は伸びるだろう」という高い期待が、接し方などを通して良い結果につながることがある現象として語られるのに対して、ゴーレム効果は、「この人には難しいだろう」という低い期待が、接し方や与える機会などを変え、その結果として本当に低い成果につながることがある現象として対照的に扱われます。
つまり、どちらも最初に抱いた期待がその後の行動に影響し、結果として期待に近い現実が生まれることがある、という点で共通しています。
ここで、一つ大切な違いがあります。
ゴーレム効果というと、
「期待されていない本人が、“自分は期待されていないんだ”と感じて、やる気をなくす現象」
と思うかもしれません。
もちろん、低い期待を感じた本人の自信や意欲が変わることも考えられます。
しかし、ゴーレム効果はそれだけを意味する言葉ではありません。
ローゼンタールの研究の流れで特に重要なのは、
「低い期待を持った側の人間自身も、知らないうちに行動を変えてしまう可能性がある」
という点です。
たとえば教師が、
「この子には、この問題は難しいだろう」
と思っていたとします。
その考えが頭の中だけで終われば、それだけでゴーレム効果が起きたとはいえません。
ところが、その期待によって、
難しい問題を最初から与えなくなる。
説明する時間を短くする。
答えが出るまで待たなくなる。
失敗したときに、もう一度挑戦する機会を与えなくなる。
「やっぱり難しかったね」と早く結論を出してしまう。
このように期待する側の接し方まで変われば、相手が受け取る学習や挑戦の機会そのものにも違いが生まれます。
そして、その積み重ねによって本当にパフォーマンスが低くなれば、
最初に持っていた、
「この子はあまりできないだろう」
という期待が、結果として現実に近づいてしまう可能性があります。
つまり、分けて考えると分かりやすくなります。
ゴーレム効果そのものは、
「低い期待が相手へ影響し、実際のパフォーマンスが低下する方向へ働くことがある現象」です。
一方、
期待する側の教え方や接し方が変わることは、
ゴーレム効果が起こる仕組み・経路の一つです。
この二つは、同じものではありません。
興味深いことに、ロバート・ローゼンタール自身も、この問題の研究に関わっています。
1982年(昭和57年)、Elisha Y. Babad(エリシャ・Y・ババッド)、Jacinto Inbar(ハシント・インバー)、Robert Rosenthal(ロバート・ローゼンタール)は、
『Pygmalion, Galatea, and the Golem: Investigations of Biased and Unbiased Teachers(ピグマリオン、ガラテア・アンド・ザ・ゴーレム:インベスティゲーションズ・オブ・バイアスト・アンド・アンバイアスト・ティーチャーズ)』
という研究を発表しました。
この研究では、期待に関する偏った情報の影響を受けやすい教師と、影響を受けにくい教師が比較されました。
すると、偏った情報の影響を受けやすい教師では、「能力が低い」と見なした生徒に対して、より否定的な扱いが見られました。
そして、その違いは教師の態度だけではなく、生徒が実際に行った課題の成績にも表れていました。
一方、偏った情報の影響を受けにくい教師では、異なるグループの生徒に対して、より公平な扱いが見られました。
ここが、今回の記事全体ともつながるところです。
ローゼンタールが長く研究してきたのは、
「期待される人の心」だけではありません。
むしろ、
「期待している側の人間が、その期待によってどのように行動を変えてしまうのか」
という問題でもありました。
だからゴーレム効果も、
「期待されないから、本人が勝手に落ち込んで成績が下がる」
とだけ考えると、大切な部分を見落としてしまいます。
ただし、
「期待されなければ、必ず能力が下がる」
という意味でもありません。
人の成果には、能力、努力、経験、環境、人間関係など、多くの要因が関係しています。
低い期待を持たれたからといって、必ずゴーレム効果が起こるわけではありません。
だからこそ、この現象から考えたいのは、
「自分が相手を低く評価したとき、その評価は本当に頭の中だけにとどまっているだろうか?」
ということです。
「この子には難しいだろう」
「この人にはまだ任せられない」
そう思った瞬間に、
自分が与える説明。
待つ時間。
挑戦する機会。
失敗した後のもう一度のチャンス。
そうしたものまで減らしてはいないでしょうか。
ピグマリオン効果とゴーレム効果を並べてみると、見えてくるのは「期待される側」の心だけではありません。
相手を評価している自分自身も、その結果をつくる環境の一部になっているかもしれない。
そこに、ローゼンタールの研究から見えてくる、もう一つの重要な問いがあるのです。
ちなみに、名前の由来としては――
「ピグマリオン」と「ゴーレム」は、どちらも昔の物語や伝承から取られた名前です。
Pygmalion(ピグマリオン)は、ギリシャ神話に登場する人物です。
自分で作った美しい女性の像に恋をし、その強い願いによって、やがて像に命が与えられるという物語で知られています。
そこから、
「人が抱いた期待や思いが、やがて現実の結果へつながっていく」
というイメージと重なり、「ピグマリオン効果」という名前が使われるようになりました。
一方のGolem(ゴーレム)は、ユダヤの伝承に登場する、土や粘土から人の手によって作られ、命を与えられる存在です。
物語によって内容には違いがありますが、後世には、人が作り出した存在が思い通りにならなくなったり、望ましくない結果へつながったりする物語としても知られるようになりました。
そのため心理学では、ピグマリオン効果と対照的に、低い期待が望ましくない結果へつながっていくイメージから「ゴーレム効果」という名前が使われています。

こうして名前の由来まで知ると、
ピグマリオンもゴーレムも、「相手が最初からそうだった」というより、人から与えられたものによって、その後の姿や結果が形づくられていく物語
だという共通点が見えてきます。
心理学の少し不思議な名前の中には、こうした昔の物語が、その現象を理解するための「たとえ」として今も残っているのです。
16.ロバート・ローゼンタールの研究から、私たちは何を学べるのか
ローゼンタールの研究を、
「だから、人をたくさん褒めればいい」
という一言で終わらせてしまうのは、少しもったいないように思います。
彼が長い研究人生を通して問い続けた問題からは、もっと根本的な問いが見えてきます。
それは、
「自分は相手を公平に見ているつもりでも、その評価が、自分自身の接し方を変えてはいないだろうか?」
という問いです。
たとえば学校で、
「この子は頭がいい」
「この子には少し難しい」
と感じることがあります。
家庭でも、
「お兄ちゃんはしっかり者」
「妹はまだ一人ではできない」
と思うことがあります。
職場でも、
「この人なら任せられる」
「この人にはまだ早い」
と判断することがあります。
こうした判断そのものを、すべてなくすことはできません。
人は経験や情報をもとに、日々相手を判断しているからです。
問題は、その判断がいつの間にか、
「この人には、どこまで機会を与えるか」
まで決めてしまっていないかということです。
数か月後、
「ほら、やっぱり最初に思った通りだった」
と感じたとき。
本当に最初から能力だけが違っていたのでしょうか。
それとも、
任せた仕事。
考えるために待った時間。
失敗した後に与えたもう一度の機会。
返した言葉。
そうした自分自身の接し方の違いも、結果の一部になっていたのでしょうか。
ローゼンタールの研究は、この問いに単純な答えを与えてくれるものではありません。
むしろ、
「相手を見るだけでなく、相手を見ている自分自身も観察してみる」
という視点を与えてくれます。
誰かを教えるとき。
育てるとき。
仕事を任せるとき。
評価するとき。
「この人はこういう人だ」と決める前に、
「私は、その人にどのような機会を与えているだろう?」
と一度考えてみる。
そこに、ロバート・ローゼンタールの研究を今の私たちが読む意味の一つがあるのではないでしょうか。
17.さらに学びたい人へ
心理学がもっと面白くなるおすすめ本
ここまで読んで、
「ロバート・ローゼンタールをきっかけに、心理学をもう少し知ってみたい」
「人は周りの人から、どのような影響を受けているのだろう?」
と思った方もいるのではないでしょうか。
そこでここでは、今回の記事の先へ進むための3冊を紹介します。
【小学生・心理学が初めての人におすすめ】
『名探偵コナンの小学生のうちに知っておきたい 心のふしぎ103』原作:青山剛昌監修:渡辺弥生
「心理学って、なんだか難しそう」
という人が、最初に手に取りやすい一冊です。
「宿題をやりなさいと言われると、どうしてやりたくなくなるの?」「失敗したとき、どうすれば気持ちを切りかえられる?」「相手の心を読むことはできるの?」
といった、日常の中で感じる103の疑問を、マンガやイラストを交えながら紹介しています。
ピグマリオン効果やローゼンタールだけを詳しく扱った本ではありません。
その代わり、
「人の心って、どうしてこんな動きをするんだろう?」
という、この記事と同じ心理学の入口を楽しめます。
小学生はもちろん、専門書へ進む前に心理学の面白さを知りたい大人にも読みやすい一冊です。
【もう一歩深く学びたい人におすすめ】
『学校現場で役立つ 教育心理学――教師をめざす人のために』編著:藤原和政・谷口弘一
今回の記事を読んで、
「教師と子どもの関係を、ピグマリオン効果だけではなく教育心理学全体から考えてみたい」
と思った方に向いています。
この本では、子どもの発達、学習、動機づけ、記憶、知能・学力、教授・指導法、教育評価などを体系的に学ぶことができます。
ローゼンタールの記事では「教師の期待」に注目しました。
しかし、実際の子どもの成長や学習には、期待だけではなく、発達、意欲、記憶、学習方法、評価など多くの要因が関係します。
この本を読むと、
ピグマリオン効果を教育心理学という大きな地図の中に置いて考えられるようになります。
心理学や教育学を少し本格的に学びたい人、大学生、教師を目指す人などにおすすめです。
【今回の記事を読んだ人に特におすすめ】
『「しがらみ」を科学する――高校生からの社会心理学入門』著者:山岸俊男
今回の記事とのつながりで一冊選ぶなら、特におすすめしたい本です。
著者の山岸俊男は、社会心理学を専門とした研究者です。
この本では、人間の行動を「その人の性格や心だけ」で説明するのではなく、
周囲の人との関係や、置かれている社会の仕組みまで含めて考える
という社会心理学の見方を紹介しています。
専門書ほど難しくなく、高校生から読めるように書かれていますが、大人が読んでも考えさせられる内容です。
「人は周囲から影響を受けるだけなのか。それとも、私たち自身の行動が周囲の人や社会まで作っているのか」
という、ローゼンタールの研究とも重なる深い問いへ進むことができます。
心理学には、一つの疑問を調べると、その先にまた新しい疑問が現れる面白さがあります。
ピグマリオン効果を調べていたら、ロバート・ローゼンタールという心理学者に出会った。
ローゼンタールを調べていくと、実験者期待、教育心理学、社会心理学、非言語コミュニケーションへと世界が広がっていった。
そんなふうに、
「一つ分かったら、もう一つ知りたくなる」
ことも、心理学を学ぶ楽しさの一つです。
難しい専門書から始める必要はありません。
まずは、自分が「面白そう」と感じた一冊から。
心理学を知るための、次の扉を開いてみてはいかがでしょうか。
18.まとめ・考察
ロバート・ローゼンタールが残した「期待する側」への問い
ピグマリオン効果について調べていると出てくる、ロバート・ローゼンタールという名前。
その人物を追ってみると、見えてきたのは「人は期待されると伸びる」と唱えた心理学者、という単純な姿ではありませんでした。
若いころに抱いた、
「研究者自身の期待が、実験結果へ入り込んでしまうことはないのか?」
という疑問。
そこから実験者期待を研究し、ネズミを使った実験へ進み、やがて教師と子どもの教室研究へと発展していきました。
さらに、期待がどのような行動によって伝わるのかを考え、非言語コミュニケーションを研究し、統計やメタ分析など「研究結果そのものをどう正しく判断するか」という問題にも取り組みました。
こうして研究人生全体を見ると、ローゼンタールが追い続けたものは、
「期待の力」だけではなかった
ことが分かります。
むしろ、
「人間が何かを見るとき、見ている自分自身は、本当にその結果から切り離されているのだろうか?」
という問いだったように見えてきます。
私たちは毎日の生活の中で、知らないうちに人を評価しています。
「あの子は勉強が得意そう」
「この人は仕事ができそう」
「この子には、まだ難しいかな」
「この人には任せても大丈夫だろう」
こうした判断そのものを、すべてなくすことはできません。
しかしローゼンタールの研究を知ると、
その判断の“次”にある自分の行動
が少し気になってきます。
「できそう」と思った人には、難しい仕事まで任せる。
失敗しても、もう一度チャンスを与える。
質問されたら、少し長く説明する。
反対に、
「難しそうだ」と思った人には、最初から簡単な仕事しか任せない。
答えを待つ前に助けてしまう。
失敗したら、
「やっぱり無理だった」
と思ってしまう。
そして数か月後、
「ほら、最初に思った通りだった」
と感じる。
でも、その結果は本当に相手の能力だけで生まれたものなのでしょうか。
もしかすると、私たち自身が与えた機会の違いも、ほんの少し結果へ入り込んでいたのかもしれません。
このような経験はないでしょうか。
昔は苦手だったことなのに、
「君ならできると思うよ」
と言ってくれた先生や先輩がいて、いつの間にか挑戦することが怖くなくなった。
反対に、
「あなたには向いていない」
と言われてから、挑戦する前に諦めるようになった。
もちろん、それだけをピグマリオン効果やゴーレム効果だと決めつけることはできません。
人の成長には、能力、努力、経験、環境、人間関係など、たくさんの要因が関係しています。
それでも、
「あの人が自分をどう見ていたか」
が、自分に与えられた機会や、自分自身の考え方に少し影響していた可能性はあります。
そして、ここで視点を反対にしてみると、もっと興味深くなります。
誰かが自分に何を期待しているのかではなく、
「自分は、周りの人にどんな期待を向けているだろう?」
と考えてみるのです。

子どもに。
家族に。
友人に。
後輩に。
部下に。
そして、ときには自分自身に。
「この人なら伸びるかもしれない」
と思うことは、未来を言い当てることではありません。
むしろ、
その人に次の一歩を試す余地を残すこと
なのかもしれません。
反対に、
「この人はこういう人だ」
と早く決めてしまうことは、相手を説明しているようでいて、知らないうちに相手の未来の選択肢まで狭くしてしまうことがあります。
ローゼンタールの研究をたどっていて、特に興味深いと感じるのは、
「期待」は未来を当てるものではなく、未来を作る側にも回りうる
というところです。
私たちは誰かを観察しているだけのつもりでも、その人との関係の外側に立っているとは限りません。
声をかける。
待つ。
教える。
任せる。
励ます。
もう一度機会を与える。
そんな小さな行動によって、私たち自身も相手の環境の一部になっています。
そう考えると、ピグマリオン効果は単なる「やる気を出す心理テクニック」ではなく、
人と人とは、思っている以上にお互いの可能性へ関わりながら生きている
ということを考えさせる研究にも見えてきます。
ただし、期待することと、期待を押しつけることは同じではありません。
「あなたなら絶対できる」
という言葉が、ときには相手を励ますこともあれば、重荷になることもあります。
だからこそ大切なのは、
相手の未来を決めつけることではなく、最初から可能性を閉じないこと
ではないでしょうか。
「できるはず」と押しつけるのでもなく、
「できないだろう」と決めるのでもない。
その間に、
「まだ分からないから、もう少し見てみよう」
という余白を残しておく。
私は、そこにもローゼンタールの研究から学べる大切な姿勢があるように思います。
ピグマリオン効果を調べることから始まった今回の記事。
その先で出会ったロバート・ローゼンタールは、
「期待される人」について研究しただけの心理学者ではありませんでした。
その研究はむしろ、期待している私たち自身へ問いを返してきます。
あなたが誰かを「できる人」「できない人」と思ったとき、その評価は、本当にあなたの頭の中だけにとどまっているでしょうか。
明日の声のかけ方に。
相手を待つ時間に。
与える機会に。
すでに、ほんの少し表れているのかもしれません。
19.疑問が解決した物語
『ローゼンタール』という名前の意味が見えてきた
あの日と同じように、スマートフォンの画面には、
ロバート・ローゼンタール
という名前が表示されています。
最初にこの名前を見たときは、
「ピグマリオン効果の実験をした心理学者なんだな」
くらいにしか思っていませんでした。
でも、ここまで調べてきた今では、その名前の見え方が少し違います。
ドイツに生まれ、幼いころに家族とともにナチス政権下のドイツを離れ、アメリカへ渡ったこと。
最初から教育心理学者だったのではなく、臨床心理学を学んでいたこと。
そして若い研究者だったころ、
「実験する側の人間の期待が、実験結果に入り込んでしまうことはないのか?」
という疑問を持ったこと。
その疑問が、実験者期待の研究につながり、ネズミを使った実験へ進み、さらに教師と子どもの教室研究へ広がっていったこと。
そして、その先でも研究は終わりませんでした。
人は表情や声、身振りから何を読み取るのか。
研究によって違う結果が出たとき、それをどうまとめ、どう判断すればよいのか。
ローゼンタールは、非言語コミュニケーションや統計、メタ分析などにも研究を広げていきました。
そこで、最初に感じた疑問を思い出します。
「このローゼンタールって、そんなに重要な人なの?」
今なら、少し違う答えができます。
重要なのは、ピグマリオン効果という有名な研究を行ったからだけではありません。
ローゼンタールは、
「人が誰かを観察するとき、観察している側の期待や思い込みは、本当に結果から切り離されているのだろうか?」
という問いを、さまざまな場所で追い続けた心理学者だったのです。
実験室では研究者と実験対象。
学校では教師と児童。
人間関係では表情や声。
そして研究そのものでは、データの分析方法。
一見すると別々に見えていた研究が、
「見る側の人間も、結果の一部になっているかもしれない」
という一本の問いでつながっているように見えてきます。
スマートフォンを閉じようとして、もう一度「ピグマリオン効果」という言葉を見ます。
最初に調べたときは、
「期待されると、人は伸びることがある」
という意味だと思っていました。
もちろん、それも間違いではありません。
でも今なら、その言葉のもう一つの面にも気づきます。
大切なのは、
「誰かが自分に期待してくれるか」
だけではありません。
「自分は、周りの人をどのように見ているだろう?」
ということでもあります。
「この人ならできる」
と思っている相手には、少し難しいことまで任せているかもしれません。
「この人には無理そうだ」
と思っている相手には、最初から機会を渡していないかもしれません。
そして後になって、
「やっぱり思った通りだった」
と感じる。
でも、その結果の中に、自分自身の接し方は本当に一つも入っていなかったのでしょうか。
そこで、少しだけ行動を変えてみることにします。
誰かを見て、
「この人はこういう人だ」
と思ったとき。
すぐにその評価を確定させるのではなく、
「まだ、自分が知らない部分もあるかもしれない」
と考えてみる。
答えが出るまで、少し待ってみる。
一度失敗しても、もう一度機会を渡してみる。
できないと決める前に、説明の仕方を変えてみる。
根拠なく「絶対できる」と期待を押しつけるのではなく、可能性まで先回りして閉じないことを意識してみる。
ローゼンタールの研究を知ったからといって、明日から人間関係のすべてが変わるわけではありません。
それでも、
自分の中にある期待や思い込みも、人間関係の一部なのだ
と気づくだけで、相手を見る目は少し変わるかもしれません。
最初は、検索結果に何度も出てくる名前が気になっただけでした。
ロバート・ローゼンタール。
でも、その名前を追いかけてみると、たどり着いたのは一人の心理学者の経歴だけではありませんでした。
人は相手を見る。
そして、相手を見ている自分自身もまた、その関係の中にいる。
そんな当たり前のようで見落としやすいことを、ローゼンタールの研究は問いかけているように思えます。
もし明日、あなたが誰かを見て、
「この人には無理だろう」
「きっとこの人ならできる」
と思ったとしたら。
そのとき一度だけ、
「その期待は、これからの自分の接し方をどう変えるだろう?」
と考えてみてはいかがでしょうか。

もしかすると、そこから見えてくるものこそ、ロバート・ローゼンタールという心理学者を知ったあとに残る、一番大切な発見なのかもしれません。
20.文章の締めとして

最初は、ピグマリオン効果について調べている途中で何度も目に入ってきた、
ロバート・ローゼンタール
という一人の心理学者の名前から始まりました。
けれど、その名前をたどっていくと、そこには一つの有名な実験だけでは収まらない、長い研究人生がありました。
実験する人の期待。
教師が子どもへ向ける期待。
言葉にならない表情や声。
研究結果をどう確かめ、どう判断するのかという方法論。
一つの疑問を追いかけた先で、研究の世界は少しずつ広がっていきました。
そして面白いのは、ローゼンタールについて知れば知るほど、
「人は期待されるとどう変わるのか」
という問いだけではなく、
「自分は、誰かをどのように見ているのだろう」
という問いが、こちら側へ戻ってくることです。
心理学の研究は、遠い昔の実験室や教室だけにあるものではありません。
誰かに声をかけるとき。
少し待ってあげるとき。
仕事や役割を任せるとき。
「この人ならできそうだ」
「この人には難しそうだ」
と感じる、その何気ない瞬間にも、今回の研究につながる問いは隠れているのかもしれません。
ロバート・ローゼンタールという人物を知ることは、ピグマリオン効果の知識を一つ増やすことだけではありませんでした。
一人の研究者が、
「人が人を見るということ」
をどこまで真剣に問い続けたのかを知ることでもあったように思います。
もしこの記事を読み終えたあと、誰かを見るときの自分自身の視線について、ほんの少しだけ立ち止まって考える瞬間が生まれたなら。
それもまた、ローゼンタールの研究が今も残しているものの一つなのかもしれません。

注意補足
この記事は、ロバート・ローゼンタールとその研究について、公開されている情報などをもとに、個人で確認できる範囲でまとめたものです。
心理学の研究には、異なる解釈や研究結果、現在も議論が続いている部分があります。そのため、この記事で紹介した内容が唯一の答えというわけではありません。
また、心理学は今も研究が続いている分野です。これから新しい研究や再検証によって、現在の理解が修正されたり、新しい見方が加わったりする可能性もあります。
🧭 本記事のスタンス
この記事が「これが正解」と覚えるためのものではなく、
「もっと知りたい」「自分でも調べてみたい」と思うための入り口
になれば幸いです。
ぜひ一つの見方だけで決めつけず、さまざまな研究や立場にも目を向けながら、心理学の続きを楽しんでみてください。
このブログで心に小さな「期待」が芽生えたなら、その期待を次の文献へ、次の問いへつないでみてください。人をどう見るかを深く学ぶほど、自分自身の「見方」も少しずつ変わり、その見方の先に、まだ知らない心理学の「未来」が見えてくるかもしれません。
最後まで読んでいただき、
本当にありがとうございました。
ロバート・ローゼンタールの研究は、私たちが誰かを見つめているとき、同時にその人の未来へどんな関わり方をしているのかを考える大切さを教えてくれているのかもしれません。


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