「やる気がある・ない」だけでは見えない、人が動く本当の理由。内発的・外発的動機づけから、ご褒美、自己決定理論、脳の働きまで、心理学の研究をもとにやさしくひも解きます。
心理学の『動機づけ』とは?やる気はどこから生まれるのか、わかりやすく解説

「やらなきゃいけないのに、どうしてもやる気が出ない……」
そんな経験はありませんか?
宿題や仕事はなかなか始められないのに、好きなゲームや動画、趣味のことなら、気づけば何十分も夢中になっている。
同じ自分なのに、どうしてこんなにも気持ちが違うのでしょうか。
この「人はなぜ行動するのか?」という疑問を考えるとき、大きな手がかりになるのが、心理学の「動機づけ(motivation)」です。
この記事では、まず小学生でもわかるところから、心理学における動機づけの基本を紹介します。
代表例
「やらなきゃ」は動けないのに「やりたい」なら動けるのはなぜ?
机の上には、今日中に終わらせなければならない宿題があります。
「早くやったほうがいい」
頭ではわかっています。
ところが、なかなか手が動きません。
その一方で、好きなゲームの攻略方法を調べ始めると、いつの間にか30分。
「宿題もゲームも、同じ自分がやることなのに、どうしてこんなに違うんだろう?」

この違いを理解するヒントになるのが、動機づけです。
5秒でわかる結論|心理学の「動機づけ」とは?
動機づけとは、人の行動をある方向へ起こし、それを続けたり調整したりすることに関わる心理的な過程です。
日常では「やる気」と言い換えられることもありますが、心理学では単に、
「やる気がある・ない」
だけを意味するわけではありません。
「何に向かって行動するのか」
「なぜそれをするのか」
「その行動をどのように続けるのか」
といったことまで含めて考えます。

日本心理学会でも、動機づけは「人間の行動を一定の方向に生起させ、維持、調整する過程」と説明されています。
そして動機づけを理解するときに、とても有名なのが、
外発的動機づけと内発的動機づけです。
ただし、
「外発的=悪い」
「内発的=良い」
という単純な話ではありません。
ここが、動機づけのおもしろいところです。
小学生にもスッキリわかる|動機づけって何?
もっと簡単にしてみましょう。
動機づけとは、心の中の「よし、やってみよう!」や「こうしよう」と、人を行動へ向かわせるはたらき
だと考えるとわかりやすいでしょう。
たとえば、
「お手伝いをしたらおこづかいがもらえるから、やってみよう」
と思うことがあります。
一方で、
「絵を描くのがおもしろいから、もっと描きたい!」
と思うこともあります。
どちらも、人を行動させています。
でも、
「どうしてやるの?」
と聞いてみると、理由が違います。
「ご褒美がもらえるから」
という理由もあれば、
「やること自体がおもしろいから」
という理由もあるのです。
心理学では、この「なぜやるのか」という違いにも注目します。
日本心理学会では、報酬など別の結果を得る手段として行動する場合を外発的動機づけ、活動そのものがおもしろい・楽しいために行う場合を内発的動機づけとして紹介しています。
つまり、
「やる気があるかどうか」だけではなく、「どんな理由で動いているのか」も大切
ということです。
- 代表例
- 5秒でわかる結論|心理学の「動機づけ」とは?
- 小学生にもスッキリわかる|動機づけって何?
- 1.こんなことはありませんか?
- 2.疑問が浮かんだ物語
- 3.すぐにわかる結論
- 4.心理学における『動機づけ』とは?
- 5.『やりたい』と『やらなきゃ』は何が違う?
- 6.ご褒美をあげると、やる気は上がる?
- 7.『ご褒美=悪』は間違い?
- 8.外発と内発の間には何がある?
- 9.やる気を支える3つの心理的欲求
- 10.日本ではどう研究された?
- 11.『やる気』は脳のどこにある?
- 12.心理学の動機づけを実生活でどう活かす?
- 13.こんな理解には注意
- 14.おまけコラム
- 15.似ているけれど同じではない
- 16.さらに学びたい人へ
- 17.まとめ・考察
- 18.疑問が解決した物語
- 19.文章の締めとして
1.こんなことはありませんか?
身近にある「動機づけ」の不思議
動機づけは、難しい心理学用語のように見えます。
でも実は、毎日の生活のあちこちに隠れています。
こんなことはありませんか?
「勉強しなきゃ」と思えば思うほど、なかなか始められない。
「テストで100点を取ったらご褒美ね」と言われると、急に頑張れる。
誰にも頼まれていないのに、好きな絵やゲームなら何時間でも続けられる。
最初は嫌だった習い事なのに、上手になってくると少し楽しくなってきた。
仕事そのものは好きではないけれど、「将来のため」と思うと頑張れる。
どれも同じ「行動する」という出来事です。
それなのに、心の中で感じていることはずいぶん違います。
キャッチフレーズ風に言うなら、
「やる気は、いったいどこからやってくる?」
「“やりたい”と“やらなきゃ”は、何が違う?」
「ご褒美があれば、本当にやる気は上がる?」
そんな疑問を扱うのが、動機づけの心理学です。

そして大切なのは、
「やる気が出ない=怠けている」
と簡単に決めつけないことです。
日本心理学会も、やる気が出ない状態には、課題を面倒に感じる場合、難しすぎると感じる場合など、さまざまな状況があると説明しています。また、動機づけには認知、感情、欲求、環境など複数の要因が関わります。
人のやる気は、一つのスイッチだけで決まるものではないのです。
この記事を読むと何がわかる?
この記事を読み進めると、
「自分はなぜ、なかなかやる気が出ないのか」
「子どもにはご褒美をあげたほうがいいのか」
「好きだからやることと、必要だからやることは何が違うのか」
といった疑問を、心理学の考え方から整理できるようになります。
そして、
「あの人はやる気がない」
と決めつけるのではなく、
「この人は、どんな理由なら動きやすいのだろう?」
という少し違った見方もできるようになるかもしれません。
では、「やる気」の中には、どんな心の動きが隠れているのでしょうか。
2.疑問が浮かんだ物語
「ご褒美があると頑張れるのに……?」
小学6年生のアオイさんは、最近、なかなか漢字の練習をする気になれません。
机には漢字ドリルが置いてあります。
「やらなきゃいけないのは、わかってるんだけどな……」
そう思いながら、鉛筆はなかなか動きません。
そこでお母さんが言いました。
「今日の漢字を全部終わらせたら、好きなアイスを食べようか」
するとアオイさんは、
「本当?」
と、さっきまでより少しやる気になりました。
しばらくして宿題を終え、無事にアイスを食べることができました。
ところが、その夜。
アオイさんは、ふと考えました。
「アイスがなかったら、私は宿題をやらなかったのかな?」
そして、もっと不思議なことに気づきます。
学校で恐竜について調べる自由研究をしていたときは、ご褒美なんてなくても夢中になれたのです。
「同じ勉強なのに……」
「どうして恐竜は自分から調べたくなるのに、漢字はご褒美がないとなかなかやる気になれないんだろう?」

アオイさんの頭の中に、小さな「なぜ?」が浮かびました。
やる気って、全部同じものじゃないのかな?
その疑問は、心理学でも長く考えられてきた問いにつながっています。
3.すぐにわかる結論
「やる気」には理由の違いがある
お答えします。
心理学では、人が行動を始めたり、その行動をある方向へ向けたり、続けたりすることに関わる心のはたらきを「動機づけ」として考えます。
そして、先ほどのアオイさんの疑問を理解するときに役立つのが、
外発的動機づけ
と
内発的動機づけ
という考え方です。

たとえば、
「宿題を終わらせたらアイスが食べられるから頑張る」
のであれば、宿題をすること自体とは別の結果が、行動する理由になっています。
これは、外発的動機づけのわかりやすい例です。
一方、
「恐竜について知ることがおもしろいから、もっと調べたい」
のであれば、知ったり調べたりする活動そのものへの興味が、行動する理由になっています。
これは、内発的動機づけの例です。
噛み砕いていうなら……
外発的動機づけは、
「その先にある何かのためにやる」
内発的動機づけは、
「それをすること自体がおもしろいからやる」
と考えると、まずはわかりやすいでしょう。
ただし、ここで一つ大切なことがあります。
「外発的動機づけは悪くて、内発的動機づけが正しい」という意味ではありません。
たとえば、
「仕事そのものは楽しくないけれど、家族の生活を守りたいから頑張る」
「勉強は好きではないけれど、将来なりたい職業に必要だから続ける」
という人もいます。
活動そのものを楽しんでいるわけではありません。
それでも、
「自分にとって大切だからやる」
という理由があります。
自己決定理論では、外発的動機づけもすべて同じではなく、その行動の意味や価値を本人がどのくらい自分のものとして受け入れているかによって、動機づけのあり方が異なると考えられています。
つまり、心理学の動機づけで本当におもしろいのは、
「やる気があるか、ないか」
だけではありません。
「私は、なぜこれをやるのだろう?」
という、その理由なのです。
ここまでで、動機づけの基本的な姿は見えてきました。
けれど、ここから先には、もっと不思議な疑問があります。
ご褒美をあげれば、やる気はもっと強くなるのでしょうか。
それとも、もともと好きだったことにご褒美をつけることで、反対に「やりたい」という気持ちが弱くなることもあるのでしょうか。
さらに、外発的動機づけと内発的動機づけは、本当にきっぱりと二つに分けられるのでしょうか。
ここまでは、“やる気の地図”を大きく眺めてきました。
ここからは、その地図を一枚ずつ拡大してみましょう。
心理学の研究や実験を手がかりにしながら、
「人は、なぜ行動するのか」
という動機づけの正体を、もう少し深いところまで一緒に探っていきます。
4.心理学における『動機づけ』とは?
ここから詳しく見てみよう
ここまでは、“やる気の地図”を大きく眺めてきました。
ここからは、その地図を少しずつ拡大していきましょう。
私たちは普段、
「今日はやる気がある」
「どうしてもやる気が出ない」
「モチベーションを上げたい」
といった言葉を何気なく使っています。
では、心理学でいう「動機づけ(motivation:モチベーション)」も、私たちが普段使っている「やる気」とまったく同じものなのでしょうか。
実は、ぴったり同じ意味ではありません。
日常で「やる気」というと、
「頑張ってみようと思える気持ち」
「何かに取り組もうとする意欲」
「今日はなんだか行動できそう」
といった、本人が感じる気分や意欲を指すことが多いでしょう。
一方、心理学における動機づけは、それよりも広い概念です。
日本心理学会では、動機づけを、
人間の行動を一定の方向に生起させ、維持し、調整する過程
と説明しています。
つまり心理学では、
「なぜ、その行動を始めたのか」
「なぜ、そちらを選んだのか」
「なぜ、それを続けるのか」
「途中で行動が変わるのはなぜなのか」
といった、人が行動していく過程そのものを考えていくのです。

APA(アメリカ心理学会)の心理学辞典でも、motivation(モチベーション)は、行動に目的や方向を与える働きとして説明されています。
さらに、目標に向かって身体的・精神的な努力をしようとすることも、motivationという言葉が持つ意味の一つとして挙げられています。
ですから、心理学の「動機づけ」を、
単なる「やる気の量」だけで考えないこと
が大切です。
同じ行動でも、「なぜやるのか」は人によって違います。
たとえば、4人の人が同じように机に向かって勉強していたとします。
一人目は、
「テストで良い点を取りたいから」
勉強しています。
二人目は、
「親や先生に怒られたくないから」
勉強しています。
三人目は、
「将来なりたい職業に必要だから」
勉強しています。
そして四人目は、
「知らないことを知るのがおもしろいから」
勉強しています。
外から見れば、4人とも同じように「勉強している」ように見えます。
しかし、その人を行動へ向かわせている理由まで見てみると、同じ心の状態とは限りません。
ここに、動機づけを学ぶおもしろさがあります。
心理学では、
「その人が何をしているのか」だけではなく、「なぜ、その行動をしているのか」
にも目を向けるのです。
動機づけは、行動を始めるためだけの「スタートボタン」ではありません。
「やる気」という言葉からは、
「よし、始めよう!」
という行動を始める瞬間を想像しやすいかもしれません。
しかし、動機づけが関わるのは、スタートだけではありません。
たとえば、夏休みの宿題を想像してください。
7月の終わりに、
「今年こそ早めに終わらせよう!」
と思って机に向かいました。
まず、行動が始まりました。
ところが30分後、
「やっぱりゲームをしようかな……」
と思うかもしれません。
今度は、始めた行動を続けられるかどうかが問題になります。
さらに、
「漢字から始めよう」
「いや、先に算数を終わらせよう」
と考えることもあるでしょう。
これは、行動をどちらへ向けるのかという問題です。
そして、
「今日はもうやめよう」
と切り上げることもあれば、
「あと1問だけ解いてみよう」
と続けることもあります。
動機づけは、このように行動の開始・方向・維持・調整と関わっています。
そのため、
「やる気はあったのに、続かなかった」
ということも不思議ではありません。
行動を始めることと、その行動を続けることは、まったく同じ問題ではないからです。
反対に、
「最初はやりたくなかったのに、始めてみたら意外と続いた」
ということもあります。
つまり、人間の動機づけは、
「やる気ON」「やる気OFF」だけで決まる単純なスイッチではない
のです。
では、「動機」と「動機づけ」は同じなのでしょうか。
ここで、似た言葉を少し整理してみましょう。
英語には、
motive(モーティブ:動機)
と、
motivation(モチベーション:動機づけ)
という言葉があります。
APAの心理学辞典では、motive(モーティブ)は、行動をある目標へ向ける特定の生理的・心理的な状態や、ある行動をした理由などとして説明されています。
たとえば、
「お腹がすいたから、何かを食べる」
という場合。
空腹は、食べ物を求める行動へ向かわせる一つの動機になり得ます。
ほかにも、
「試験に合格したい」
「友達と仲良くなりたい」
「試合に勝ちたい」
「もっと知りたい」
といったものも、その人の行動をある方向へ向かわせる理由になり得ます。
一方、motivation(モチベーション:動機づけ)は、そうしたさまざまな動機や外的な要因なども関係しながら、人の行動がどのように目的や方向をもつのかを、より広く捉える概念です。
ただし、「動機」と「動機づけ」を完全に別々の箱へ分けられるわけではありません。
両者は密接に関係しています。
イメージをつかむために、あえてたとえるなら、
「動機」が『なぜ走ろうとするのか』という理由の一つだとすれば、
「動機づけ」は『なぜ走り始め、どこへ向かい、どう行動していくのか』まで広く考えるもの
と言えるでしょう。
あくまで理解するためのたとえですが、「動機づけ」のほうが広い視点を持つことは感じられるのではないでしょうか。
では、人を動かしているものは何なのでしょうか。
ここでさらにおもしろくなります。
「人を動かすもの」と聞くと、
「お金」
「ご褒美」
「褒め言葉」
などを思い浮かべる人もいるでしょう。
もちろん、それらが行動に影響することはあります。
しかし、人間を動かすものは、ご褒美だけではありません。
APAの心理学辞典では、動機に関わるものとして、大きく、
空腹、
のどの渇き、
睡眠の必要性、
などの生理的な動機と、
人とのつながり、
競争、
個人的な興味や目標、
といった個人的・社会的な動機
などが挙げられています。
さらに、人の行動には、
「報酬を得たい」
「罰を避けたい」
「誰かに認めてもらいたい」
「自分で決めた目標を達成したい」
「その活動自体がおもしろい」
など、さまざまな理由が関係します。
お腹がすいたから冷蔵庫を開ける。
友達と話したいから連絡する。
試合で勝ちたいから練習する。
家族に喜んでほしいから料理をする。
謎が気になって仕方がないから本を開く。
どれも「人が行動した」という点では同じです。
けれど、
その人を動かしているものは、それぞれ違います。
だから、人間の行動を、
「人はご褒美があれば動く」
「やりたいから動く」
「本能で動く」
と、一つの理由だけですべて説明することはできません。
動機づけとは、それほど幅広いテーマなのです。
「やる気がない」という同じ言葉でも、中身は同じとは限りません。
たとえば、宿題に手がつかない子どもが二人いたとします。
一人は、
「面倒くさいなあ……」
と思っています。
もう一人は、
「難しすぎる。どうせ自分にはできない」
と思っています。
外から見れば、どちらも「宿題をしていない」という同じ状態です。
しかし、本人の心の中で起きていることは同じではありません。
日本心理学会でも、「やる気が出ない」といっても、課題を面倒に感じている場合もあれば、問題が難しすぎて取り組む気になれない場合もあるなど、その状態はさまざまだと説明されています。
さらに、動機づけについては、
ものの見方や考え方といった認知、
興味や不安などの感情、
有能でありたいといった欲求、
家庭や学校などの環境
といった、複数の視点から研究されています。
つまり、
「やる気がないなら、もっと気合を入れればいい」
だけでは、人間の行動を十分に説明できないのです。
これは大人でも同じでしょう。
仕事になかなか取りかかれないとき、
本当に疲れているのかもしれません。
失敗するのが怖いのかもしれません。
難しすぎて、どこから手をつければいいかわからないのかもしれません。
あるいは、
「自分は何のためにこの仕事をしているのだろう」
と、行動の意味を見いだせなくなっているのかもしれません。
表面だけを見れば、どれも、
「やる気が出ない」
という一言でまとめられてしまいます。
けれど、その中身が違えば、必要な考え方も変わってくるでしょう。
だからこそ、
「この人は、なぜ今、動きにくくなっているのだろう?」
と考えてみる。
これも、動機づけという視点から人間を見る面白さの一つです。
「人は、なぜ行動するのか?」――身近なのに、とても大きな問いです。
考えてみれば、私たちは朝起きてから眠るまで、絶えず何らかの行動をしています。
起きる。
食べる。
学校や仕事へ行く。
人と話す。
学ぶ。
遊ぶ。
休む。
挑戦する。
そして、ときには避けたり、諦めたりもします。
同じ状況でも、全員が同じ行動をするわけではありません。
ある人は挑戦するのに、別の人は避ける。
同じ人でも、昨日は頑張れたのに、今日はなかなか動けない。
ご褒美があると頑張れることもあれば、ご褒美などなくても夢中になることもあります。
こうして考えてみると、
「人は、なぜ行動するのか?」
という問いは、とても身近でありながら、驚くほど奥が深いことに気づきます。
そして、この複雑な問いがあるからこそ、心理学では動機づけについて、さまざまな理論や研究が積み重ねられてきました。
「外から与えられた理由で動く」
「自分にとって大切だから動く」
「その活動そのものがおもしろくて動く」
これらは、すべて同じ「やる気」なのでしょうか。
ここまで詳しく見てきたことで、前の段落で登場した「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」が、改めて気になってきたのではないでしょうか。
では心理学者たちは、この複雑な動機づけをどのように考えてきたのでしょう。
次は、
「やりたいからやる」と「何かのためにやる」は、心理学ではどう違うのか。
外発的動機づけと内発的動機づけについて、さらに一段深いところまで見ていきましょう。
5.『やりたい』と『やらなきゃ』は何が違う?
内発的・外発的動機づけ
第4章では、心理学における動機づけが、単なる「やる気のある・なし」ではなく、人の行動がなぜ始まり、どこへ向かい、続いていくのかに関わる幅広い概念であることを見てきました。
では、同じように行動している人でも、「なぜそれをするのか」が違ったら、動機づけも違うのでしょうか。

ここで重要になるのが、
内発的動機づけ(intrinsic motivation:イントリンシック・モチベーション)
と、
外発的動機づけ(extrinsic motivation:エクストリンシック・モチベーション)
です。
動機づけ研究で重要な心理学者、Richard M. Ryan(リチャード・M・ライアン)とEdward L. Deci(エドワード・L・デシ)は、人間の「なぜ行動するのか」を研究し、のちに自己決定理論(Self-Determination Theory:セルフ・ディターミネーション・セオリー)を発展させてきた研究者です。
2人は2000年(平成12年)の総説で、内発的動機づけを、活動とは別の結果を得るためではなく、その活動そのものから得られる満足のために行うこととして整理しています。
日本心理学会では、報酬など自分に有利な結果を得るための手段として行動する場合を外発的動機づけ、直接的な賞罰がなくても、知的好奇心などから活動そのものを楽しいと感じて行う場合を内発的動機づけとして紹介しています。
Ryan(ライアン)とDeci(デシ)も2000年(平成12年)の総説で、内発的動機づけを、活動とは別の結果を得るためではなく、その活動そのものから得られる満足のために行うこととして整理しています。
たとえば、
「絵を描くことがおもしろいから描く」
「知らない生き物について調べるのが楽しいから図鑑を読む」
「難しいパズルを解くことそのものがおもしろいから挑戦する」
という場合です。
これは、内発的動機づけのわかりやすい例です。
一方、
「テストで良い点を取りたいから勉強する」
「給料を得るために仕事をする」
「怒られないように片づける」
「資格を取るために勉強する」
という場合には、行動そのものとは別に、得たい結果や避けたい結果があります。
こうした場合は、外発的動機づけとして考えることができます。
ただし、
「外発的動機づけ=お金やご褒美につられて動くこと」
とだけ覚えてしまうと不十分です。
たとえば、
「将来、医療の仕事に就きたいから生物を勉強する」
という人がいたとします。
生物の勉強そのものを毎回楽しいと感じているとは限りません。
それでも、
「自分の目標のために必要だから勉強する」
という理由があります。
活動そのものがおもしろいから行っているわけではないため、自己決定理論では外発的動機づけに含まれます。
しかし、
「先生に怒られるから仕方なく勉強する」
場合とは、同じ外発的動機づけでも心の状態がかなり違います。
この違いは非常に重要ですが、ここではまだ深入りしません。
後ほど登場する自己決定理論(Self-Determination Theory:セルフ・ディターミネーション・セオリー)では、外発的動機づけの中にも、自分でどの程度その価値を受け入れているのかによって違いがあると考えます。
同じ「勉強している」でも、理由まで同じとは限りません。
3人の学生を想像してみましょう。
Aさんは、
「試験で良い点を取りたいから」
勉強しています。
Bさんは、
「歴史そのものがおもしろくて、もっと知りたいから」
勉強しています。
Cさんは、
「将来、歴史の先生になりたいから」
勉強しています。
外から見ると、3人とも机に向かっているので同じように見えます。
しかし、
Aさんは「試験の結果」。
Bさんは「学ぶことそのもののおもしろさ」。
Cさんは「自分の将来の目標」。
を理由にしています。
つまり、心理学で動機づけを見るときには、
「どのくらい頑張っているか」だけではなく、「なぜ頑張っているのか」
も重要なのです。
そして現実の人間では、一つの行動に一つの理由しかないとは限りません。
「仕事そのものもおもしろい。でも給料も大切」
「絵を描くことが好き。それにコンクールでも評価されたい」
というように、複数の動機が同時に存在することもあります。
人間の心は、
「内発か、外発か」
だけで簡単に二分できるものではないのです。
では、ここで一つ不思議な疑問が生まれます。
もともと、
「楽しいからやっている」
ことに、
「それをやったら、ご褒美をあげるよ」
という理由を追加したらどうなるのでしょうか。
普通に考えれば、
「楽しい」+「ご褒美がもらえる」
のですから、やる気はさらに強くなりそうです。
ところが心理学では、条件によっては、意外なことが起こる可能性が示されています。
そのことを広く知られるきっかけの一つになったのが、Mark R. Lepper(マーク・R・レッパー)らによる有名な研究です。
6.ご褒美をあげると、やる気は上がる?
マーク・レッパーらの有名な実験
1973年(昭和48年)。
Mark R. Lepper(マーク・R・レッパー)、David Greene(デイヴィッド・グリーン)、Richard E. Nisbett(リチャード・E・ニスベット)は、子どもの内発的な興味と外的報酬の関係について、後の動機づけ研究でも広く知られることになる実験を発表しました。
論文の題名は、
“Undermining Children’s Intrinsic Interest with Extrinsic Reward: A Test of the ‘Overjustification’ Hypothesis”(アンダーマイニング・チルドレンズ・イントリンシック・インタレスト・ウィズ・エクストリンシック・リウォード:ア・テスト・オブ・ジ・オーバージャスティフィケーション・ハイポセシス)
意味を自然な日本語にすると、
「外的報酬によって子どもの内発的な興味は弱まるのか――『過剰正当化』仮説の検証」
です。
この研究で検討されたのが、
過剰正当化仮説(overjustification hypothesis:オーバージャスティフィケーション・ハイポセシス)
です。

この研究で大切なのは、
「絵が嫌いな子どもをご褒美で描かせたらどうなるか」
を調べた研究ではないことです。
対象になったのは、普段の観察で、研究に使われたお絵描き活動にもともと興味を示していた子どもたちでした。
つまり、
「すでに好きでやっていることに、ご褒美という新しい理由が加わったらどうなるのか」
を調べたのです。
最終的な分析対象となった子どもは51人。
研究では、大きく3つの条件が用意されました。
一つ目は「期待報酬」の条件。
絵を描く前に、
「これをやったら賞がもらえる」
ことを知らされます。
二つ目は「予期しない報酬」の条件。
子どもは賞がもらえるとは知らずに絵を描き、終わったあとで思いがけず賞を受け取ります。
三つ目は「無報酬」の条件。
賞を予告されることも、あとから受け取ることもありませんでした。
ここで注目したいのは、
「賞をもらったか、もらわなかったか」だけを比べているわけではない
という点です。
「ご褒美をもらえると知ったうえで行動したのか」
それとも、
「ご褒美とは関係なく行動したのか」
という違いも比べています。
そして実験から7〜14日後。
研究者たちは、子どもたちが普段過ごしている教室に、同じお絵描きの道具を用意しました。
今度は、
「絵を描きなさい」
とは言われません。
賞もありません。
ほかの遊びを選んでもかまいません。
つまり研究者が確かめたかったのは、
自由な時間に、子どもが自分からどのくらい絵を描こうとするか
でした。
その結果、自由選択時間のうち対象のお絵描きをしていた割合は、平均で、
期待報酬の条件 8.59%
無報酬の条件 16.73%
予期しない報酬の条件 18.09%
でした。
事前に、
「絵を描けば賞がもらえる」
と知らされていた子どもたちは、ほかの2条件より、その後に自発的に絵を描く時間が少なくなっていたのです。
なぜでしょうか。
過剰正当化仮説では、もともと内発的に行っていた活動に、目立つ外的な理由が加えられることで、自分の行動を、
「好きだからやった」
というより、
「賞をもらうためにやった」
と捉えやすくなる可能性を考えます。
つまり、
外から理由を足せば、いつでも内側のやる気まで足し算されるわけではない
という、とても興味深い結果だったのです。
ここで「過剰正当化」と「アンダーマイニング」を少し整理しておきましょう。
この二つは、まったく同じ言葉として扱わないほうが正確です。
アンダーマイニング効果(undermining effect:アンダーマイニング・エフェクト)は、外的報酬などの条件によって、もともとの内発的動機づけが弱まる方向の現象を指すときに使われる表現です。
一方、レッパーらの研究で扱われた過剰正当化仮説は、なぜそのような低下が起こり得るのかを説明しようとする考え方の一つです。
「現象」と「その説明の仮説」を完全に同じものとして扱わないことが大切です。
もう一つ、よくある誤解があります。
この研究について、
「ご褒美をもらった子どもたちは、雑な絵を大量に描くようになった」
と説明されることがあります。
しかし、原著論文を確認すると、これは正確ではありません。
実験中に描いた絵の枚数には、3条件で統計的に明確な差は認められていません。
一方、どの条件の子どもが描いたかを知らない評価者が作品を評価したところ、期待報酬の条件で描かれた作品は、ほかの条件より質の評価が低い結果になりました。
したがって、
「ご褒美のために雑な絵を大量に描いた」
ではなく、
「事前に報酬を約束された条件では、その後の自由時間に自発的に絵を描く割合が低くなり、作品の質の評価にも差がみられた」
と伝えるほうが正確です。
ただし――。
ここで、
「心理学では、ご褒美をあげるとやる気がなくなることが証明された」
と結論づけるのも間違いです。
レッパーらの研究は、もともとその活動に興味を示していた幼児を対象とした、特定の条件での研究です。
研究者たち自身も、この結果をあらゆる報酬、あらゆる人、あらゆる活動へ無条件に一般化してはいません。
では、
お金も、
シールも、
褒め言葉も、
思いがけずもらった賞も、
全部同じように内発的動機づけを下げるのでしょうか。
ここからが、さらにおもしろいところです。
7.『ご褒美=悪』は間違い?
報酬とやる気研究をもう一段深く見る
レッパーらの研究を知ると、
「じゃあ、ご褒美は使わないほうがいいのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、ここで一つの研究だけから結論を出してしまうと、動機づけ研究の本当のおもしろさを見失ってしまいます。
重要なのは、
「報酬があるか、ないか」だけではありません。
どんな報酬なのか。
事前に期待していたのか。
活動の何に対して与えられたのか。
本人はその働きかけをどう受け取ったのか。
もともとその活動にどのくらい興味があったのか。
こうした条件によって、結果が変わる可能性があります。
1999年(平成11年)、Edward L. Deci(エドワード・L・デシ)、Richard Koestner(リチャード・コーストナー)、Richard M. Ryan(リチャード・M・ライアン)は、外的報酬と内発的動機づけに関する128研究を対象としたメタ分析(meta-analysis:メタ・アナリシス)を発表しました。
メタ分析とは、簡単にいうと、
同じような問いについて行われた複数の研究結果を統計的にまとめ、全体としてどのような傾向があるのかを調べる方法
です。
この分析では、期待された有形報酬など、いくつかの条件で、その後に自由にその活動を選ぶ程度が低下する傾向が確認されました。
一方で、肯定的なフィードバックでは、自由選択行動と本人が報告した興味の両方が高まる結果も示されています。
つまり、
「外から何かを与えると、必ず内発的動機づけが下がる」
わけではありません。
日本でも、1984年(昭和59年)に橋口捷久氏が、外的報酬と肯定的なフィードバックが内発的動機づけに及ぼす影響を検討しています。
その研究では、課題に伴う報酬だけの場合には内発的動機づけを低下させる結果がみられましたが、肯定的なフィードバックが伴う条件では、その負の影響を弱める可能性が示されました。
また1986年(昭和61年)の日本の研究でも、報酬を与える側と受け取る側の関係や、報酬がどのような意味を持つのかという対人的な文脈によって、内発的動機づけへの影響が異なり得ることが報告されています。
ここから見えてくるのは、
報酬そのものだけを見るのではなく、「その報酬が本人にとって何を意味するのか」まで見る必要がある
ということです。
外的な働きかけによって内発的動機づけが低下する方向の現象は、アンダーマイニング効果(undermining effect:アンダーマイニング・エフェクト)と呼ばれます。
反対に、肯定的なフィードバックなどによって内発的動機づけが高まる方向について、文献や解説ではエンハンシング効果(enhancing effect:エンハンシング・エフェクト)という表現が使われることもあります。
ただし、
「物を与える=アンダーマイニング」
「褒める=エンハンシング」
と機械的に覚えるのは避けたほうがよいでしょう。
たとえば、
「100点を取らないと認めないよ」
という言葉と、
「前より、この部分ができるようになったね」
という言葉では、どちらも一見すると「評価」ですが、受け取る意味はかなり違います。
本人が、
「コントロールされている」
と感じるのか。
それとも、
「自分ができるようになったことを教えてもらった」
と感じるのか。
こうした違いも、後に紹介する自己決定理論では重要になります。
そして、もう一つ覚えておきたいことがあります。
報酬研究には、研究者の間でも解釈について議論があります。
1990年代以降には複数のメタ分析が行われ、報酬による内発的動機づけへの影響をどの程度一般化できるのかについて、研究者によって異なる結論も示されてきました。
Lepper(レッパー)ら自身も1999年(平成11年)、複数のメタ分析が異なる結論を示していることを指摘し、この研究領域が理論的にも手続き的にも複雑であることに注意を促しています。
ですから、
「心理学で、ご褒美は悪いと証明されている」
でも、
「ご褒美は何の問題もなく、いつでも効果的」
でもありません。

研究から見えてくるのは、もっと条件付きの姿です。
何を与えるのか。
いつ与えるのか。
何に対して与えるのか。
もともとその活動を好きなのか。
本人がそれをどのように受け取るのか。
それらによって、報酬の意味は変わります。
少し歯切れの悪い答えに感じるかもしれません。
しかし、
「○○をすれば、人間は必ずこうなる」
と簡単に言い切らないことこそ、心理学を正確に理解するうえでは大切です。
そして、この複雑な違いをより整理して考えるために登場するのが、
Edward L. Deci(エドワード・L・デシ)とRichard M. Ryan(リチャード・M・ライアン)らによって発展してきた、
自己決定理論(Self-Determination Theory:セルフ・ディターミネーション・セオリー)
です。
「怒られるからやる」
「ご褒美がほしいからやる」
「自分に必要だからやる」
「それ自体がおもしろいからやる」
これらは、どこが違うのでしょうか。
次は、外発的動機づけと内発的動機づけを単純な二択として見るのではなく、
「どのくらい自分自身の理由として行動しているのか」
という、さらに深い視点から動機づけを見ていきましょう。
8.外発と内発の間には何がある?
自己決定理論という「やる気のグラデーション」
ここまで、外発的動機づけと内発的動機づけ、そして「ご褒美」がもともとの興味にどのような影響を与えるのかを見てきました。
すると、もう一つ気になることがあります。
「怒られるから勉強する」
のと、
「将来のために必要だから勉強する」
のは、本当に同じ「外発的動機づけ」なのでしょうか。
どちらも、「勉強そのものがおもしろいから」という理由ではありません。
それでも、心の中で感じている「やらされている感じ」や「自分で納得している感じ」は、かなり違いそうです。

この違いを考えるうえで重要になるのが、
自己決定理論(Self-Determination Theory:セルフ・ディターミネーション・セオリー、SDT:エスディーティー)
です。
自己決定理論は、Edward L. Deci(エドワード・L・デシ)とRichard M. Ryan(リチャード・M・ライアン)らによって発展してきた、人間の動機づけや発達、ウェルビーイングなどを扱う心理学の理論です。
ここで、この理論を発展させてきた2人について、もう少し詳しく見てみましょう。
DeciとRyanは、人間の動機づけについて、
「人は、どのような理由で行動するのか」
「どのようなときに、自分自身の意思で行動していると感じるのか」
といった問題を長年研究してきた心理学者です。
Deciは、外的な報酬と内発的動機づけの関係について早くから研究を行い、Ryanとともに研究を発展させながら、自己決定理論を体系化していきました。
2000年(平成12年)にRyanとDeciが発表した総説でも、外発的動機づけはすべて同じではなく、どの程度自律的に行動しているかによって大きく異なることが整理されています。
ここが、自己決定理論のおもしろいところです。
この理論では、「やる気が強いか、弱いか」という量だけでなく、「なぜ、その人はそれをするのか」という動機づけの質にも注目します。
そして、
外発的動機づけは、一種類ではありません。
同じ「勉強する」という行動を例に、その違いを見てみましょう。
「怒られるから勉強する」
これは、
外的調整(external regulation:エクスターナル・レギュレーション)
のわかりやすい例です。
「褒めてもらいたい」
「ご褒美がほしい」
「怒られたくない」
「罰を避けたい」
など、外側にある報酬や罰、要求などによって行動が強く調整されています。
つまり、
「外から動かされている」
という感覚が比較的強い状態です。
では、
「勉強しない自分はダメだと思うから勉強する」
ならどうでしょう。
これは、
取り入れ的調整(introjected regulation:イントロジェクテッド・レギュレーション)
と呼ばれます。
誰かから直接、
「勉強しなさい」
と言われていなくても、
「やらないと罪悪感がある」
「できない自分は恥ずかしい」
「良い人だと思われたい」
といった、心の中に取り込まれたプレッシャーによって行動しています。
外からの命令は見えにくくなっていますが、
「自分が心から納得してやっている」という状態とは、まだ少し違います。
次に、
「将来やりたい仕事に必要だから勉強する」
という場合です。
ここでは本人が、
「この勉強には、自分にとって意味がある」
と、その行動の価値を認めています。
これは、
同一化的調整(identified regulation:アイデンティファイド・レギュレーション)
と呼ばれます。
勉強そのものが楽しいとは限りません。
それでも、
「自分の目標に必要だから、やろう」
と納得しているため、外的調整や取り入れ的調整よりも自律性の高い外発的動機づけです。
さらに、
「学ぶことの価値が、自分が大切にしている生き方や、ほかの価値観とも調和している」
という状態があります。
これは、
統合的調整(integrated regulation:インテグレイテッド・レギュレーション)
と呼ばれます。
行動の価値が、自分のほかの目標や価値観とも結びつき、
「これは、自分が大切にしている生き方の一部だ」
と受け入れられている状態です。
ここまでくると、
「もう内発的動機づけなのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、ここには重要な違いがあります。
統合的調整も、自己決定理論では外発的動機づけです。
なぜなら、
「その活動をすること自体がおもしろいから」
ではなく、
その活動が自分にとって大切な意味や目的を持っているから
行っているためです。
では、
「知ることそのものがおもしろいから勉強する」
場合はどうでしょうか。
これは、
内発的動機づけ(intrinsic motivation:イントリンシック・モチベーション)
です。
別の結果を得るためではなく、
「もっと知りたい」
「やってみることがおもしろい」
「挑戦することそのものに満足を感じる」
といった、活動それ自体から得られる楽しさや満足によって行動しています。
ここまでを整理すると、外発的動機づけの中では、おおまかに次のような違いが見えてきます。
「怒られるからやる」
外的調整
↓
「やらないと罪悪感があるからやる」
取り入れ的調整
↓
「自分にとって必要だからやる」
同一化的調整
↓
「自分の価値観や生き方とも結びついているからやる」
統合的調整
外的調整から統合的調整へ向かうほど、外から与えられた理由や価値が、より深く自分自身のものとして受け入れられていると考えることができます。
ただし、ここでとても大切な注意があります。
これは、人が必ず一段ずつ上っていく「成長の階段」ではありません。
そして、
外的調整
↓
取り入れ的調整
↓
同一化的調整
↓
統合的調整
↓
内発的動機づけ
と、最後には必ず内発的動機づけへ到達する、という意味でもありません。
内発的動機づけは、統合的調整がさらに進化した状態ではなく、
「活動そのものがおもしろい・満足できるから行う」という、別の種類の動機づけ
です。
たとえば、
「健康を大切にしたいから歯を磨く」
という人が、どれほどその価値を自分自身で納得して受け入れていても、
歯磨きそのものを、
「楽しくて仕方がない!」
と思う必要はありません。
それでも、
「親に怒られるから磨く」
より、
「自分の健康を大切にしたいから磨く」
ほうが、より自分自身で納得した行動になっています。
このように、周囲から示されたルールや価値、行動の意味などを、自分自身のものとして取り入れていく過程を、
内在化・内面化(internalization:インターナリゼーション)
と呼びます。
自己決定理論では、この内在化の程度によって、同じ外発的動機づけでも自律性に違いが生まれると考えます。
ここで大切なのは、
「楽しくないなら、本当のやる気ではない」わけではない
ということです。
資格の勉強は大変かもしれません。
それでも、
「なりたい仕事に必要だから」
と自分で価値を認めて続けることがあります。
トレーニングはつらいかもしれません。
それでも、
「健康を大切にしたい」
「もっと上達したい」
と納得して取り組むことがあります。
仕事のすべてが楽しいわけではなくても、
「自分にとって大切な役割だから」
と意味を感じて行動することもあります。
人間には、
「楽しいからやる」だけではなく、「自分にとって大切だからやる」という力もあるのです。
自己決定理論が見せてくれる「やる気のグラデーション」とは、単純に外発から内発へ進む階段ではありません。
むしろ、
「その行動の理由を、どのくらい自分自身のものとして受け入れているのか」
という違いを見せてくれるものだと考えると、わかりやすいでしょう。
では、人が、
「やらされている」
だけではなく、
「自分で納得してやっている」
と感じやすくなるためには、何が必要なのでしょうか。
自己決定理論では、その鍵となるものとして、
自律性(autonomy:オートノミー)
有能感(competence:コンピテンス)
関係性(relatedness:リレイテッドネス)
という3つの基本的心理欲求を考えています。
次は、この「やる気を支える3つの心理的欲求」について、さらに詳しく見ていきましょう。
9.やる気を支える3つの心理的欲求
自律性・有能感・関係性
自己決定理論では、人間の成長やウェルビーイング、質の高い動機づけと深く関わるものとして、
自律性(autonomy:オートノミー)
有能感(competence:コンピテンス)
関係性(relatedness:リレイテッドネス)
という3つの基本的心理欲求が研究されています。
まず、小学生にもわかるように言えば、
自律性は、
「自分で納得してやっている感じ」
有能感は、
「自分にもできる、上達できる感じ」
関係性は、
「大切な人とつながっている感じ」
です。

ここでも、言葉の意味を少し丁寧に見てみましょう。
自律性は、「好き勝手にすること」ではありません。
自律性という言葉から、
「何でも自分一人で決めること」
「誰にも頼らないこと」
を想像するかもしれません。
しかし、自己決定理論でいう自律性は、自分の行動を自分自身が受け入れ、意思をもって行っている感覚を指します。公式解説でも、自律性はvolition(ヴォリション:自発的な意思)やwillingness(ウィリングネス:進んで行う感覚)として説明されています。
たとえば宿題そのものは必要でも、
「国語と算数、どちらから始める?」
と選べる部分がある。
あるいは、
「なぜこの勉強が必要なのか」
を理解し、自分なりに納得する。
こうしたことも、自律性を考えるうえで大切です。
「自由に放っておけば自律性が高まる」
という単純な話ではありません。
有能感は、「人より優れている」という意味でもありません。
自己決定理論でいう有能感は、
自分が周囲の環境に効果的に関わり、能力を使ったり伸ばしたりできている感覚
です。
昨日できなかった問題が解けた。
前より少し速く走れた。
練習していた曲が弾けるようになった。
そんな、
「できた」
「少しうまくなった」
という経験は、有能感につながります。
反対に、何をしても失敗し続け、
「どうせ自分にはできない」
と感じる状況では、有能感が損なわれやすくなります。
そして3つ目が、
関係性です。
関係性とは、単に友達の人数が多いことではありません。
人と温かくつながっている、大切にされている、自分も相手を大切にしている
と感じられることです。
たとえば学校で、
「どうしてこんなこともできないの?」
と言われ続ける場合と、
「ここまではできたね。次を一緒に考えよう」
と言ってもらえる場合では、同じ課題でも感じ方は違うでしょう。
仕事でも、
「黙って言われたことだけやって」
という職場と、
「この仕事にはこういう意味がある。あなたの考えも聞きたい」
という職場では、自律性や関係性の感じ方は変わります。
スポーツでも、
少し頑張れば届きそうな目標があり、
成長を実感でき、
仲間や指導者から支えられている。
こうした環境は、3つの心理的欲求を支えやすいと考えられます。
ただし、
「3つを満たせば、必ずやる気満々になる」
という公式ではありません。
自己決定理論では、これらの欲求が満たされることは、質の高い動機づけや適応、ウェルビーイングを支えると考えられています。
ウェルビーイング(well-being)とは、単に一時的に「楽しい」「うれしい」というだけではなく、心や生活全体が健やかで、自分らしく過ごせている状態を表す言葉です。
反対に、基本的心理欲求が「十分に満たされていないこと」と、「積極的に妨げられていること」は同じではありません。
自己決定理論では、自律性・有能感・関係性が強く妨げられたり傷つけられたりする状態を、欲求阻害・欲求挫折(need frustration:ニード・フラストレーション)として考えます。
たとえば、
「自分で選ぶ機会が少ない」
ことと、
「自分の意思を無視され、無理やり従わせられる」
ことは同じではありません。
後者のように心理的欲求が積極的に妨げられる状態は、受け身になったり、防衛的な反応が生じたり、心の不調と関連したりする可能性があります。
ここまでくると、
「人を動かしたければ、ご褒美を与えればいい」
だけでは不十分だとわかります。
何を与えるかだけではなく、その人が「自分で選べている」「できるようになっている」「人とつながっている」と感じられるか。
そこまで見ることが、動機づけを理解するうえで重要なのです。
では、この「外発と内発の間」という考え方は、日本ではどのように研究されてきたのでしょうか。
10.日本ではどう研究された?
心理学者・速水敏彦と「外発と内発の間」
日本でも、外発的動機づけと内発的動機づけの関係について研究が積み重ねられてきました。
その研究者の一人が、
心理学者・速水敏彦(はやみず としひこ)氏
です。
1995年(平成7年)、速水氏は『心理学評論』に、
「外発と内発の間に位置する達成動機づけ」
という論文を発表しています。
論文のキーワードには、
「達成動機づけ」
「内発的動機づけ」
「外発的動機づけ」
「自己決定理論」
「内面化」
が挙げられています。
題名からもわかるように、注目されているのは、
「外発か、内発か」
という単純な二択だけではありません。
その“間”にある動機づけをどう考えるのか
という問題です。
ここで注意したいのは、
「速水氏は、人は外発的動機づけから内発的動機づけへ必ず成長していくと主張した」
と書いてしまわないことです。
先ほど見た自己決定理論でも、外から与えられた価値が内在化され、より自律的な外発的動機づけになることは考えますが、それが必ず内発的動機づけへ変化するわけではありません。
速水氏の1995年(平成7年)の論文も、外発と内発の間に位置する達成動機づけや、自己決定理論、内面化を扱ったものとして理解するほうが正確です。
さらに2006年(平成18年)、速水氏と小平英志氏は、高校生を対象に、
「仮想的有能感と学習観および動機づけとの関連」
を発表しました。
対象となったのは高校生395名です。
この研究では、
外的動機づけ
取り入れ的動機づけ
同一化的動機づけ
内発的動機づけ
という、自己決定理論にもとづく複数の動機づけが測定されました。
興味深いのは、
単に、
「この生徒には勉強する気がある」
「この生徒にはない」
と分けていないことです。
研究では、自尊感情や他者を低く評価する傾向などから分類されたタイプによって、動機づけの傾向にも違いがみられました。
たとえば「仮想型」とされた群では、「自尊型」と比べて、外的・取り入れ的動機づけが高く、同一化的・内発的動機づけが低い傾向が報告されています。
もちろん、この一つの研究だけで、日本の高校生すべてについて結論を出すことはできません。
また、この研究は、
「外発的動機づけから内発的動機づけへ変化すること」
を直接証明した研究でもありません。
重要なのは、
日本の教育心理学でも、「勉強しているかどうか」だけでなく、「なぜ勉強しているのか」という動機の質まで分けて調べられている
ということです。
同じ教室で、同じ教科書を開き、同じ問題を解いていても、
「怒られるから」
「やらないと不安だから」
「将来必要だから」
「知ることがおもしろいから」
では、その人の中で起きている動機づけは同じとは限りません。
動機づけを知るということは、
行動の表面だけでなく、その人の「なぜ?」を見ること
でもあるのです。

では、その「なぜ?」を支えている脳の仕組みについては、どこまでわかっているのでしょうか。
11.『やる気』は脳のどこにある?
ドーパミンだけでは説明できない
「やる気」と脳について調べると、
ドーパミン(dopamine)
という言葉をよく目にします。
「ドーパミンはやる気物質」
「ドーパミンを出せば、やる気が上がる」
という説明を見たことがある人もいるでしょう。
確かに、ドーパミンは、報酬に関する学習や動機づけ、行動の選択などに関わる重要な神経伝達物質です。
しかし、
「やる気=ドーパミン」
と考えるのは、現在の研究をかなり単純化しています。
中脳のドーパミンニューロンを含む神経系は、報酬を予測したり、その予測と実際の結果との差から学んだり、報酬へ向かう行動を調整したりすることに重要な役割を持っています。
たとえば、初めて入ったお店で、思っていたよりずっとおいしい料理が出てきたとします。
「予想よりよかった!」
という出来事です。
反対に、
「ものすごくおいしいはず」
と期待していたのに、普通だったとします。
今度は、
「予想よりよくなかった」
という違いが生まれます。
こうした、
予測していた報酬と、実際に得られた報酬との差
は、
報酬予測誤差(reward prediction error:リワード・プレディクション・エラー)
と呼ばれ、ドーパミン研究で重要な考え方です。
この仕組みは、
「次も同じ行動をしてみよう」
「今度は別の選択をしよう」
という学習にも関係します。
もう一つ、動機づけを考えるうえでおもしろいのが、
「その報酬のために、どのくらい頑張る価値があるか」
という問題です。
たとえば、
「ボタンを1回押したら100円」
なら、
「押そう」
と思うでしょう。
でも、
「100円をもらうために10キロ走ってください」
と言われたら、
「そこまでして100円はいらない」
と思う人が増えるでしょう。
私たちは、報酬だけを見て行動しているわけではありません。
得られるものの価値と、そのために必要な努力やコスト
を比べながら行動を選ぶことがあります。
ドーパミンと努力に関するレビューでも、ドーパミンは将来の報酬が行動を促す働きと強く関係していますが、努力のコストをどのように処理しているのかについては単純ではなく、研究上の議論が続いています。
そして、
ドーパミン=快楽物質
という説明も十分ではありません。
ドーパミン系は、報酬の予測や学習、接近行動、意思決定など幅広い働きと関係しています。中脳のドーパミンニューロンからは、大脳基底核や前頭部を含む複数の領域へ投射があり、動機づけは脳の一か所だけで生まれる単純な現象ではありません。
ですから、
「やる気がないのは、ドーパミン不足だから」
「ドーパミンさえ出せば、何でも頑張れる」
と断定することは避けたほうがよいでしょう。
ここで、第8章から見てきた心理学の話とつながります。
心理学では、
「自分で納得しているか」
「その活動を大切だと思っているか」
「自分にもできると思えるか」
「周囲の人とつながっているか」
といったことを考えます。
神経科学では、
「報酬を予測したとき、脳ではどのような信号が生じるのか」
「報酬と努力をどのように比較して行動を選ぶのか」
といった仕組みを調べます。
これは、どちらか一方だけが正しいという話ではありません。
心理学は、人が行動にどんな意味を持たせているのかを見る。
神経科学は、その行動や学習を支える脳の仕組みを見る。
同じ「人はなぜ動くのか?」という問題を、違う高さから見ているのです。
だからこそ、動機づけを、
「気合」
「ご褒美」
「ドーパミン」
という一つの言葉だけで説明しようとすると、本当におもしろい部分を見落としてしまいます。
人が行動する背景には、
目標、
価値観、
興味、
報酬、
努力、
学習、
周囲との関係、
そして脳の働きまで、さまざまな要素が関わっています。
ここまでで、動機づけがずいぶん立体的に見えてきました。
では、この知識を、
勉強、仕事、子育て、運動、習慣づくり
といった毎日の生活では、どのように活かすことができるのでしょうか。
次は、研究でわかってきたことを、私たちの暮らしへ戻して考えてみましょう。
12.心理学の動機づけを実生活でどう活かす?
ここまで、内発的・外発的動機づけ、ご褒美と内発的な興味の関係、自己決定理論、そして自律性・有能感・関係性について見てきました。
では、こうした研究は、勉強や仕事、子育て、運動といった毎日の生活でどのように活かせるのでしょうか。
まず大切なのは、
「これをすれば、誰でも必ずやる気が出る」という万能な方法はない
ということです。
人によって、目標も、環境も、経験も、「なぜそれをするのか」という理由も違います。
そのうえで、研究から考えられるヒントを日常生活に戻してみましょう。
「やりなさい」の前に、「なぜやるのか」を共有する。
子どもに、
「漢字を覚えなさい」
と言うだけでは、その行動の意味までは伝わらないことがあります。
「漢字が読めるようになると、今よりたくさんの本を自分で読めるようになるよ」
と理由まで伝えれば、その行動が自分にとってどんな意味を持つのか考えるきっかけになります。
仕事でも、
「今日中にこの資料を作ってください」
だけでなく、
「この資料があると、次の担当者が判断しやすくなります」
と目的まで共有することができます。
自己決定理論では、外から示された価値やルールを、自分自身のものとして取り入れていく内在化・内面化(internalization:インターナリゼーション)を重要な過程として考えます。外発的動機づけには、価値をどれだけ自分自身のものとして受け入れているかという違いがあるからです。
大切なのは、何でも「楽しいこと」に変えることではありません。
「なぜ自分がこれをするのか」を理解できること
も、動機づけを考える大切な視点なのです。
すべてを自由にするのではなく、小さな「選べる」をつくる。
宿題そのものをなくすことはできなくても、
「算数と国語、どちらから始める?」
なら選べます。
運動でも、
「今日は30分走りなさい」
だけではなく、
「ウォーキングと軽いジョギングなら、どちらにする?」
と選択できる部分をつくることがあります。
第9章で見たように、自律性とは、
「何でも好き勝手にできること」
ではありません。
自分の行動を、自分自身が納得して行っている感覚
です。
自己決定理論では、社会的な環境が自律性・有能感・関係性を支えるか、妨げるかが、人の動機づけやウェルビーイングと関係すると考えられています。
「もっと頑張って」だけでなく、「何ができるようになったか」を伝える。
有能感を支えるというと、
「たくさん褒めればいい」
と思うかもしれません。
しかし、ここでも単純ではありません。
たとえば、
「すごいね!」
だけではなく、
「昨日間違えた問題が、今日は一人で解けたね」
「前よりフォームが安定してきたね」
と、本人が自分の成長を理解できる情報を伝える方法があります。
1999年(平成11年)のDeci(デシ)、Koestner(コーストナー)、Ryan(ライアン)による128研究のメタ分析では、肯定的なフィードバックは、平均すると自由選択行動と本人が報告した興味を高める結果が示されています。
ただし、
「褒めれば必ずやる気が上がる」
という意味ではありません。
本人にとって、
「成長を知るための情報」
なのか、
「もっとやらせるための圧力」
なのかによって、その言葉が持つ意味は変わり得ます。
ご褒美は「禁止」ではなく、何のために使うのかを考える。
「ここまで終わったら休憩しよう」
「今日は30分取り組めたら、好きなことをしよう」
という外的な仕組みが、最初の一歩を踏み出す助けになる場面もあります。
だから、
「外発的動機づけだから悪い」
と考える必要はありません。
一方で、すでに本人が夢中になっている趣味や活動に、
「これをしたら毎回お金をあげる」
といった条件を必要以上につける場合には、第6〜7章で紹介した報酬研究を思い出しておきたいところです。
ご褒美そのものを善悪で判断するのではなく、
「その人は今、何のために行動しているのか」
まで考えることが大切です。
そして、「やる気が出るまで待つ」以外の方法もあります。
ここは自己決定理論とは別の、目標追求に関する心理学研究から得られるヒントです。
「勉強する」
「運動する」
だけでは、いつ始めるのかが曖昧です。
そこで、
「夕食が終わったら、10分歩く」
「朝、机に座ったら、英単語を5個見る」
というように、
「もし○○になったら、△△する」
と状況と行動をあらかじめ結びつけます。
これは、
実行意図(implementation intention:インプリメンテーション・インテンション)
と呼ばれます。
Gollwitzer(ゴルヴィッツァー)とSheeran(シーラン)が2006年(平成18年)にまとめた94の独立した検証では、実行意図は目標達成を促す効果を示しました。
つまり、
「やる気そのものを高めること」と、「行動を始めやすくする仕組みをつくること」は分けて考えられる
のです。
勉強なら、必要な本を前日のうちに机へ置く。
運動なら、ウェアをすぐ着られる場所へ用意する。
仕事なら、翌朝最初にする作業を一つだけ決めておく。
毎回、大きな情熱が湧き上がるのを待たなくても、最初の一歩は小さくできます。
そして、研究全体を見ると、
「どうすれば相手を動かせるか?」
だけでなく、
「どうすれば、その人が自分なりの理由を持って行動しやすい環境になるか?」
と考えることも大切です。
2024年(令和6年)に発表された大規模なメタ分析では、4,561の効果量、881の独立サンプル、443,556人分のデータをまとめた結果、自律性・有能感・関係性への対人的な支援は、これらの基本的心理欲求の充足と強い正の関連を示し、ウェルビーイングとも強く関連していました。パフォーマンスとの関連は小〜中程度でした。
もちろん、これは、
「この方法なら全員が必ず変わる」
という意味ではありません。
心理学は、人を自由自在に動かす魔法ではないのです。
だからこそ次は、ここまでの内容から生まれやすい誤解を、一度整理しておきましょう。
13.こんな理解には注意
動機づけで誤解されやすい7つのこと
動機づけについて詳しく知るほど、
「つまり、こういうことだ」
と一言でまとめたくなるかもしれません。
しかし、わかりやすくしすぎることで、本来の意味から離れてしまうこともあります。
ここでは、特に誤解されやすい7つの疑問を整理します。
Q1.内発的動機づけなら、絶対に長続きする?
A.絶対とは言えません。
活動そのものへの興味や楽しさは、自発的な行動を支える重要な要因です。
しかし、人間の行動には、
疲労、
時間、
課題の難しさ、
周囲の環境、
ほかの目標
なども関係します。
「好きだから必ず続く」
とまでは言えません。
Q2.ご褒美は全部ダメ?
A.いいえ。
第6〜7章で見たように、
どんな報酬なのか、
事前に期待されていたのか、
何に対して与えられるのか、
もともと活動に興味があったのか
などによって結果は異なります。
したがって、
「ご褒美=アンダーマイニング効果」
と覚えるのは正確ではありません。
Q3.褒めれば、必ず内発的動機づけが高まる?
A.これも必ずではありません。
肯定的なフィードバックが内発的動機づけを高める傾向は報告されています。
ただし、
「前よりここができるようになったね」
という情報と、
「あなたならできるんだから、もっとやりなさい」
という圧力では、同じ意味とは限りません。
「褒めたかどうか」だけではなく、
本人がその言葉をどう受け取るのか
まで考える必要があります。
Q4.内発的動機づけが大切なら、好きなことだけすればいい?
A.そうではありません。
健康のための運動。
将来のための勉強。
生活のための仕事。
どれも、活動そのものを毎回楽しめるとは限りません。
それでも、
「自分にとって大切だから」
と価値を認め、かなり自律的に行動することができます。
自己決定理論では、外発的動機づけにも、どの程度その価値が内在化されているかという違いがあります。
Q5.やる気がない人は、怠けているだけ?
A.そうとは限りません。
課題が難しすぎる。
意味を感じられない。
自分にはできないと思っている。
疲れている。
不安がある。
など、行動しにくくなる理由はさまざまです。
自己決定理論では、そもそも行動する意図を持てない状態を、
無動機(amotivation:エイモチベーション)
として、内発的・外発的動機づけとは区別します。
ただし、日常で動けない人を見て、
「この人は無動機だ」
と簡単に分類するための言葉ではありません。
Q6.外発的動機づけは、内発的動機づけより低レベル?
A.単純な優劣ではありません。
「怒られるからする」
という外発的動機づけもあれば、
「自分にとって大切だからする」
という、より自律的な外発的動機づけもあります。
人間は、人生のすべてを
「楽しいから」
だけで行っているわけではありません。
外発的動機づけであっても、その価値を自分自身のものとして深く受け入れている場合があります。
Q7.ドーパミンを増やせば、やる気は出る?
A.そこまで単純ではありません。
第11章で見たように、ドーパミンは報酬予測、学習、行動選択などに関わる重要な神経伝達物質です。
しかし、
「ドーパミン=やる気」
ではありません。
動機づけには、
目標、
価値、
興味、
期待、
環境、
人間関係、
身体の状態
など、多くの要因が関係します。
一つの脳内物質だけで、人間が「なぜ行動するのか」を説明することはできません。
この7つに共通しているのは、
心理学では「○○なら必ず△△」と簡単に言い切れない
ということです。
だからこそ、
「正しいのはどっち?」
だけではなく、
「どんな人に、どんな状況で、どんな条件なら起こりやすいのだろう?」
と考えることが、心理学を正確に理解する第一歩になります。
14.おまけコラム
「楽しいからやる」だけが、本当のやる気なの?
ここまで読んで、
「やっぱり、好きなことを『楽しいからやる』のが一番よい動機づけなのでは?」
と思った人もいるかもしれません。
しかし、人間の行動にはもう一つ、とても興味深い姿があります。
それが、
「楽しいとは限らない。でも、自分にとって大切だからやる」
という行動です。

たとえば、
資格勉強そのものはつらい。
それでも、
「なりたい仕事があるから続ける」。
トレーニングは苦しい。
それでも、
「健康を大切にしたいから続ける」。
家族を支えるための行動も、すべての瞬間が楽しいとは限りません。
それでも、
「自分にとって大切だからする」
ことがあります。
ここで、
「楽しいからやる」と「大切だからやる」の、どちらが上なのか
と順位をつける必要はありません。
自己決定理論では、活動そのものがおもしろくて行う内発的動機づけと、活動とは別の価値や目的を自分自身のものとして受け入れて行う自律的な外発的動機づけは、区別して考えられています。
つまり、
楽しくないことでも、自分がその意味に納得して行動することはできる
のです。
ここからは、研究結果そのものというより、ここまでの心理学から考えられる一つの見方です。
私たちは、
「どうすれば、やる気を出せるだろう?」
とはよく考えます。
でも、ときにはもう一つ、
「自分は、なぜこれをやろうとしているのだろう?」
と問いかけてみてもよいのかもしれません。
さらに、
「これは、自分にとって何が大切だから続けたいのだろう?」
と考えてみる。
すると、
「やらなきゃいけない」
だけだった行動の中に、自分なりの意味が見つかることがあります。
もちろん、理由を考えれば、どんなことでも好きになれるわけではありません。
どれほど意味があっても、つらいことはあります。
続けられないこともあります。
それでも、人間の動機づけには、
「楽しいから」
だけでなく、
「必要だと思うから」
「大切にしたいものがあるから」
「なりたい自分につながっているから」
という理由も存在します。
もしかすると、やる気とは、
心の中に突然現れる炎をただ待つことだけではなく、
自分が大切にしたいものと、今している行動とのつながりを見つけていくこと
でもあるのかもしれません。
「楽しいからやる」。
「自分に必要だからやる」。
「大切な人のためにやる」。
「目指したい未来があるからやる」。
人が行動する理由は、一つではありません。
だからこそ、
「人は、なぜ行動するのか?」
という動機づけの問いは、心理学の研究テーマであると同時に、私たち自身の生き方にもつながる、とても奥深い問いなのです。
――ここまでで、「動機づけ」の基本から、その奥にある研究までかなり深く見てきました。
でも、心理学のおもしろさはここで終わりません。
ここから先は、興味に合わせた「応用編」です。
内発的動機づけと自律的動機づけ。
アンダーマイニング効果と過剰正当化。
有能感と自己効力感。
似ているように見えて、実は少し意味の違う言葉があります。
こうした言葉の違いがわかるようになると、
「これは単に“やる気がない”という話ではないな」
「これは内発的というより、自分で価値を認めている動機づけかもしれない」
というように、日常の出来事を自分の言葉で考えられるようになります。
「やる気」という一つの言葉だった世界に、少しずつ新しい名前を与えていく。
それも心理学を学ぶ楽しさの一つです。
15.似ているけれど同じではない
動機づけの「間違えやすい言葉」を整理しよう
ここまで登場した言葉の中には、似ているために混同されやすいものがあります。
ここでは第13章の「よくある誤解」とは少し違い、専門用語同士の違いを整理してみましょう。
「内発的動機づけ」と「自律的動機づけ」は同じではありません。
内発的動機づけとは、
「その活動そのものがおもしろい、楽しいからする」
という動機づけです。
一方、
自律的動機づけ(autonomous motivation:オートノマス・モチベーション)
は、もっと広い考え方です。
自己決定理論では、内発的動機づけだけでなく、
「自分にとって大切だからする」
という同一化的調整や、
「自分の価値観や生き方と調和しているからする」
という統合的調整も、自律的な動機づけに含めて考えられます。
つまり、
内発的動機づけは自律的ですが、自律的動機づけがすべて内発的とは限りません。
資格の勉強そのものは楽しくなくても、
「自分が目指す仕事に必要だから」
と納得して取り組んでいるなら、自律性の高い外発的動機づけになり得るのです。
「外発的動機づけ」と「統制的動機づけ」も同じではありません。
自己決定理論では、
統制的動機づけ(controlled motivation:コントロールド・モチベーション)
という言葉も使われます。
これは、
「報酬がもらえるから」
「怒られるから」
という外的調整や、
「やらないと罪悪感がある」
「失敗した自分を認められない」
という取り入れ的調整のような、圧力を感じやすい動機づけをまとめて考える概念です。
しかし外発的動機づけの中には、
「自分に必要だから」
と価値を認めて行う、同一化的・統合的な動機づけもあります。
したがって、
外発的=統制的
でも、
内発的=自律的のすべて
でもありません。
この違いがわかると、「外発的動機づけは悪い」という誤解から一歩抜け出せます。
「アンダーマイニング効果」と「過剰正当化」はどう違うのでしょうか。
1973年(昭和48年)のLepper(レッパー)、Greene(グリーン)、Nisbett(ニスベット)の論文で検討されたのは、
過剰正当化仮説(overjustification hypothesis:オーバージャスティフィケーション・ハイポセシス)
です。
もともと興味を持って行っている活動に目立つ外的な理由を加えると、その人が、
「好きだからやった」
というより、
「ご褒美のためにやった」
と自分の行動を捉えるようになり、内発的な興味が低下する可能性を考える仮説です。
一方、
アンダーマイニング効果(undermining effect:アンダーマイニング・エフェクト)
は、外的な報酬などによって内発的動機づけが弱まる方向の現象を指すときに使われます。
近い文脈で登場する言葉ですが、
アンダーマイニング効果は「弱まる現象」、過剰正当化はその現象を説明しようとした考え方の一つ
と整理するとわかりやすいでしょう。
では「エンハンシング効果」は、アンダーマイニング効果の反対語なのでしょうか。
日本語の心理学解説や人材教育などでは、
エンハンシング効果(enhancing effect:エンハンシング・エフェクト)
という言葉が、外からの肯定的な働きかけによって内発的動機づけが高まる方向を表す言葉として使われることがあります。
実際、Deci(デシ)、Koestner(コーストナー)、Ryan(ライアン)が1999年(平成11年)に行った128研究のメタ分析でも、肯定的フィードバックは、自由選択行動と本人が報告する興味を平均的に高める結果を示しました。
ただし、
「エンハンシング効果=アンダーマイニング効果の学術上の正式な唯一の反対語」
と覚えるのは避けたほうが正確です。
研究論文では、「positive feedback enhanced intrinsic motivation(肯定的フィードバックが内発的動機づけを高めた)」のように、そのまま結果を記述することも多いためです。
ですから、
アンダーマイニング効果
→ 内発的動機づけが弱まる方向
エンハンシング効果
→ 内発的動機づけが高まる方向について、日本語の解説などで使われることのある表現
くらいに理解しておくとよいでしょう。
「有能感」と「自己効力感」も、よく似ています。
第9章では、
有能感(competence:コンピテンス)
を紹介しました。
自己決定理論における有能感は、自分が環境に効果的に関わり、
「できる」
「上達している」
と感じられる基本的心理欲求です。
これと似た言葉に、Albert Bandura(アルバート・バンデューラ)が提唱した、
自己効力感(self-efficacy:セルフ・エフィカシー)
があります。
APA(アメリカ心理学会)の心理学辞典では、自己効力感を、ある状況で必要な行動を行ったり、望む結果を達成したりする自分の能力についての主観的な認識として説明しています。
簡単に比べるなら、
有能感は、
「自分は、できる存在として関われている」
という欲求や感覚。
自己効力感は、
「この課題なら、自分はできそうだ」
という能力についての信念に近いものです。
関連はしますが、理論上は同じ概念ではありません。
そして「自律性」と「一人で何でもやること」も同じではありません。
自己決定理論でいう自律性は、
「誰の助けも借りない」
という意味ではありません。
人に助けてもらっていても、
「自分はこの助けを受けたい」
「この方法を自分で選んでいる」
と納得していれば、自律的であることは可能です。
自律性で重要なのは、
独立しているかではなく、自分の行動に意思や納得があるか
なのです。
こうして比べてみると、
「やる気」という一つの言葉の中にも、
興味、
価値、
圧力、
納得、
能力への信念、
自分で選んでいる感覚
など、いくつもの違う心理現象が隠れていることがわかります。
心理学の言葉を増やすということは、難しい専門用語を暗記することではありません。
それまで一色に見えていた人間の心を、もう少し細かな色で見られるようになること
なのです。
16.さらに学びたい人へ
本を読む、研究の舞台を訪ねる
ここまで読んで、
「もっと動機づけについて知りたい」
と思った人へ、次の入口の書籍を紹介します。
小学生・初学者から楽しむなら
『イラスト学問図鑑 こども心理学』小塩真司氏監修、
この本は「動機づけ専門書」ではありません。
その代わり、
「心理学って、そもそも何を調べる学問なの?」
という入口から楽しめます。
今回の記事を読んで心理学そのものに興味を持った子どもや、専門書の前に楽しく全体像を知りたい大人にも向いています。
この記事の内容を一冊で広く深めたいなら
『動機づけ研究の理論と応用――個を活かしながら社会とつながる』櫻井茂男氏著
「動機」「動機づけ」の基本から、
達成動機づけ、期待と価値、自己効力感、自己決定理論、自己調整学習、無気力、
さらに学校・職場・家庭などでの応用まで、かなり幅広く扱っています。
「今回の記事を入り口にして、動機づけ全体を体系的に勉強してみたい」
という人に向いています。
中級者として「内発」と「自律」を深く考えるなら
『内発的動機づけと自律的動機づけ――教育心理学の神話を問い直す』速水敏彦氏著
「内発的動機づけを高めれば、それでよいのか?」
という問いから始まり、
自己決定理論、自律的動機づけ、自律性支援、動機づけの発達、内発的動機づけの再検討
などへ進みます。
この記事で、
「内発的動機づけと自律的動機づけは同じではない」
というところに特に興味を持った人には、とても相性のよい本です。
本を読む。
そしてまた、自分の日常に戻って、
「これは、なぜなんだろう?」
と考えてみる。
そこまでくると、心理学は「知識」ではなく、自分で世界を観察する方法になっていきます。
17.まとめ・考察
「やる気がある・ない」だけでは見えなかったもの

この記事は、
「人は、なぜ行動するのか?」
という問いから始まりました。
最初は単純な「やる気」の話に見えたかもしれません。
しかし、ここまで見てくると、その言葉の中には驚くほど多くのものが入っています。
楽しいからする。
ご褒美がほしいからする。
怒られたくないからする。
必要だと思うからする。
大切な価値につながっているからする。
そして、ときには、
「なぜやるのかわからない」
ために動けなくなることもあります。
ここで一つ、おもしろいことに気づきます。
私たちは他人の行動を見ると、
「やる気がある人」
「やる気がない人」
と、簡単にラベルを貼ってしまいがちです。
でも心理学の動機づけを知ると、そのラベルの奥に、
「なぜ?」
という問いが現れます。
同じように勉強している二人でも、
一人は怒られるのが怖いのかもしれません。
もう一人は、自分の未来につながっていると感じているのかもしれません。
外から見える「行動」は同じでも、
その人が心の中で歩いている道は同じではないのです。
こんな経験はないでしょうか。
好きで始めた趣味だったのに、
「毎日投稿しなければ」
「数字を伸ばさなければ」
「評価されなければ」
と思うようになったら、以前ほど楽しくなくなった。
反対に、
最初は親に言われて仕方なく始めたことが、
何年かたって、
「これは自分に必要だったんだ」
と思えるようになった。
誰かから、
「すごいね」
と言われたことより、
「前よりここができるようになったね」
と具体的に言われたことのほうが、うれしかった。
もし似た経験があるなら、その中にも、
内発的動機づけ、
内在化、
有能感、
あるいは報酬やフィードバックといった、この記事で見てきた考え方を重ねてみることができます。
ここからは、研究結果そのものではなく、この記事全体を通して考えられる一つの見方です。
動機づけを学ぶことは、「人をどう動かすか」を学ぶことではないのかもしれません。
むしろ、
「人は、どんな理由なら自分自身として動けるのか」
を考えることなのではないでしょうか。
「やる気を出して」
という言葉は、とても便利です。
でも、ときには少し乱暴でもあります。
なぜなら、
価値が見えない人にも、
自信を失っている人にも、
疲れきっている人にも、
誰かから強くコントロールされている人にも、
全部同じ、
「やる気がない」
という言葉を貼れてしまうからです。
少しユニークなたとえをするなら、
やる気は「ガソリンの量」だけではなく、「ナビゲーション」も含んでいる
のかもしれません。
燃料がたくさんあっても、
どこへ行きたいのかわからなければ迷います。
目的地を誰かに勝手に設定されていたら、
走ることそのものが苦しくなるかもしれません。
反対に、
「ここへ行きたい」
という理由が自分の中にあれば、少ないエネルギーでも、
「では、最初にどこまで進もうか」
と考え始めることがあります。
そして、人間のおもしろさは、
「楽しいからやる」
だけではないところにもあります。
楽しくなくても、
「自分にとって大切だから」
と選ぶことができます。
外から与えられた理由を、
「これは自分にも必要だ」
と、自分自身の意味へ変えていくこともあります。
それは、
人間が単に「報酬に反応する存在」ではなく、
自分の行動に意味を与えることのできる存在
でもあるということなのかもしれません。
次に、
「どうして今日はやる気が出ないんだろう?」
と思ったとき。
すぐに、
「自分は怠けている」
と決めつける前に、少しだけ違う質問をしてみてください。
「私は、なぜこれをやろうとしているのだろう?」
「楽しいから?」
「何かを得たいから?」
「怒られたくないから?」
「自分に必要だから?」
「大切なものにつながっているから?」
そして、他の誰かが動けずにいるときにも、
「やる気を出して」
の前に、
「この人にとって、この行動はどんな意味を持っているのだろう?」
と考えてみる。
それだけでも、相手を見る景色は少し変わるかもしれません。
では、あなたなら、
自分の「やる気」を、これからどんな言葉で説明しますか?
「ある」「ない」の二つだけでしょうか。
それとも、その奥にある、
あなた自身の「なぜ?」
まで見てみたいと思うでしょうか。
18.疑問が解決した物語
「やる気って、全部同じじゃなかったんだ」
あの日、
「アイスがなかったら、私は宿題をやらなかったのかな?」
と考えたアオイさん。
あれから少し時間がたちました。
今日も机の上には、あの漢字ドリルがあります。
正直に言えば、アオイさんは今でも漢字練習が大好きになったわけではありません。
恐竜について調べているときのように、
「もっと知りたい!」
と夢中になれるわけでもありません。
でも、前とは少しだけ考え方が変わりました。
アオイさんは、漢字ドリルを開きながら思います。
「恐竜を調べるのは、調べること自体がおもしろいからやってたんだ」
「でも漢字は、今すぐ楽しいわけじゃなくても、本を読んだり、自分の考えを書いたりするときに必要なんだよね」
以前のアオイさんは、
「楽しくない=やる気がない」
と思っていました。
けれど今は、
「楽しいからやる」と「自分に必要だからやる」は、同じではない
ことを知っています。
恐竜を調べたくなる気持ちは、活動そのものがおもしろいという内発的動機づけ。
一方、
「漢字が読めるようになりたい」
「もっと難しい本も自分で読めるようになりたい」
という理由は、漢字練習そのものとは別の目的につながっています。
だから、漢字を毎回好きにならなくてもかまわないのです。
「自分にとって必要だからやる」
というのも、一つの大切な動機づけだからです。
すると、お母さんが聞きました。
「今日も、終わったらアイスにする?」
アオイさんは少し考えてから答えました。
「今日はアイスじゃなくて、15分だけやったら休憩にする」
そして、
「漢字と算数だったら、今日は漢字から終わらせる」
と自分で決めました。
ご褒美を使うことが、いつでも悪いわけではありません。
最初の一歩を踏み出すきっかけになることもあります。
でも、
「ご褒美がないと絶対にやらない」
という形にしなくてもいい。
アオイさんは、自分で小さな区切りを決めてみることにしました。
しばらくして、
「今日はここまで」
と鉛筆を置きました。
全部が楽しかったわけではありません。
それでも、
「前より、この漢字は書けるようになったな」
と気づきます。
お母さんも、
「全部できてえらい!」
ではなく、
「昨日まちがえていた字、今日は自分で直せたね」
と言いました。
アオイさんは、少しうれしくなりました。
「ちゃんとできるようになってるんだ」
と思えたからです。
そして、机の横には恐竜の図鑑があります。
アオイさんは宿題を終えると、今度は誰にも言われずに図鑑を開きました。
恐竜について調べるときは、
「もっと知りたい」
という気持ちで動いている。
漢字を練習するときは、
「今は大好きじゃないけど、自分に必要だから」
という理由で動いている。
その二つは違います。
でも、どちらもアオイさん自身の行動です。
あの夜に浮かんだ、
「やる気って、全部同じものじゃないのかな?」
という疑問。
今なら、アオイさんはこう答えるかもしれません。
「うん。同じじゃなかった」
「楽しいからやることもある」
「ご褒美があるから始められることもある」
「怒られたくなくてやることもある」
「今は楽しくなくても、自分に大切だからやることもある」
そして、
その理由は、いつも一つとは限らない。
アオイさんが学んだのは、
「ご褒美を使ってはいけない」
ということでも、
「好きなことだけをすればいい」
ということでもありませんでした。
自分が何のために行動しているのかを、一度考えてみること。
そして必要なら、
小さく始められる方法をつくること。
自分で選べる部分を見つけること。
少しずつできるようになったことにも目を向けること。
それが、アオイさんなりの「やる気との付き合い方」になりました。
もしあなたにも、
「やらなきゃいけないのに、なかなか動けない」
ことがあるなら、
すぐに、
「自分にはやる気がない」
と決めつけなくてもよいのかもしれません。
一度だけ、
「私は、なぜこれをやろうとしているんだろう?」
と考えてみてください。
楽しいからでしょうか。
何かを得たいからでしょうか。
誰かに言われたからでしょうか。
それとも、
今は楽しくなくても、自分にとって大切だからでしょうか。

やる気を考えるとき、
答えは「ある・ない」の二つだけではありません。
その奥にある、
あなた自身の「なぜ?」
まで見えてきたとき、
行動との付き合い方も、少し変わって見えるかもしれません。
19.文章の締めとして

ここまで、「動機づけ」という言葉を手がかりに、人がなぜ行動するのかをさまざまな角度から見てきました。
最初は、
「やる気がある」
「やる気がない」
という、とても身近な話だったかもしれません。
けれど、その奥をたどっていくと、
楽しいから動く気持ち。
ご褒美や評価によって動く気持ち。
誰かに言われて動く気持ち。
自分にとって大切だから動く気持ち。
そして、うまく理由を見つけられず、なかなか動き出せないときの気持ちまで見えてきました。
人の心は、思っているよりずっと細やかです。
同じ行動をしていても、その人の中にある「なぜ?」は違います。
そして同じ人であっても、昨日と今日では、その理由が変わることがあります。
だからこそ、誰かの行動を見たときにも、自分自身が動けないときにも、
すぐに「やる気がある」「やる気がない」と決めつけるのではなく、
その奥にある理由へ、ほんの少し目を向けてみてもよいのではないでしょうか。
心理学を知ることは、人の心に正解のラベルを貼ることではありません。
むしろ、
「もしかすると、こんな理由があるのかもしれない」
と、今まで見えなかった可能性に気づくことなのだと思います。
この記事を読み終えたあと、勉強するとき、仕事をするとき、誰かを励ますとき、そして自分に「頑張らなきゃ」と言いたくなったときに、
ふと、
「私は、なぜこれをするのだろう?」
という問いを思い出してもらえたなら、とてもうれしく思います。

注意補足
本記事は、心理学における「動機づけ」について、筆者が確認できる範囲の研究論文や専門的な資料をもとに、できるだけ正確でわかりやすくまとめたものです。
ただし、人の心や行動はとても複雑であり、動機づけについても、研究者や理論によって異なる見方や議論があります。
そのため、この記事で紹介した内容が唯一の正解や、すべての人に当てはまる答えというわけではありません。
また、心理学は現在も研究が続いている学問です。これから研究が進むことで、これまでの考え方がより詳しく修正されたり、新しい発見が加わったりする可能性もあります。
🧭 本記事のスタンス
この記事が「答えを覚えるための終着点」ではなく、
「人は、なぜ行動するのだろう?」と興味を持ち、自分でも調べ、考えてみるための入り口
になれば幸いです。
一つの説明だけで決めつけず、さまざまな研究や立場からの視点も大切にしながら、心理学のおもしろさを楽しんでみてください。
やる気の「なぜ」に気づいたら、その気づきを次の“動機づけ”に――この記事を入り口に、気になった言葉や研究、文献をさらにたどり、あなた自身の「もっと知りたい」で、学びをもう一歩深めてみてください。
最後まで読んでいただき、
本当にありがとうございました。
動機づけという心理学は、人を動かすための答えよりも、その人の中にある「なぜ?」を丁寧に見つめることの大切さを教えてくれているのかもしれません。


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