性格や社会の中での判断を研究したオルポートと、知覚・記憶を研究したポストマン。異なる分野を歩んだ二人が、戦時中の流言をどう調べ、何を後世に残したのか。生涯と共同研究、その成果と限界をたどります。

二人の歩みをたどり、流言研究の意義を考える
導入
なぜ二人の心理学者は、流言研究で重要なのか?
ゴードン・ウィラード・オルポート(Gordon Willard Allport、1897年(明治30年)~1967年(昭和42年))
と
レオ・ジョセフ・ポストマン(Leo Joseph Postman、1918年(大正7年)~2004年(平成16年))は、流言の心理学に重要な業績を残した二人の心理学者です。
流言(りゅうげん)とは、確かな根拠が示されないまま、人から人へ伝わる話のことです。必ずしも嘘とは限りません。
「最初に聞いた話と、みんなが話している内容が違う」
そんな経験はありませんか。
二人は、人が話を聞き、覚え、次の人へ伝えるとき、何が変わるのかに注目しました。

第二次世界大戦中、アメリカで活動した二人は、当時の噂を調べたり、絵の内容を人から人へ伝える実験を行ったりしました。
そして1947年(昭和22年)、共同で『The Psychology of Rumor』(ザ・サイコロジー・オブ・ルーマー、「うわさの心理学」)を出版しました。
この本では、噂が広まる背景や、伝わる途中で内容が変わる仕組みなどを考察しています。
ただし、二人が初めて流言を研究したわけではありません。また、もともと同じ分野だけを研究していたわけでもありません。
それぞれ異なる道を歩んだ二人が、なぜ一緒に噂を研究し、その名を残すことになったのでしょうか。
二人の生涯と研究の歩みをたどると、流言研究だけでは見えてこない、心理学者としての意外な姿が見えてきます。
疑問が生まれた物語
なぜ、いつも二人の名前が並ぶの?
放課後、中学2年生の陽菜(ひな)は、学校の調べ学習で噂について調べていました。
「噂って、どうして人から人へ伝わるんだろう?」
気になって調べていると、何度も同じ二人の名前が出てきます。
「オルポートとポストマン……またこの二人だ」

どうやら、二人は一緒に流言の研究を発表した心理学者のようです。
でも、陽菜には気になることがありました。
「二人で研究したのはわかったけど、どうしてこの二人だったんだろう?」
隣で本を読んでいた友達に話すと、こんな答えが返ってきました。
「同じことに興味があったからじゃない?」
「そうかもしれない。でも、最初から同じ研究をしていたのかな?」
陽菜は、二人の名前をノートに並べました。
その下には、三つの疑問を書き加えます。
「それぞれ何を研究していたの?」
「どうして噂を調べたの?」
「二人の研究は、何が重要だったの?」
ただ名前を覚えるだけでは、答えは見つかりそうにありません。
二人が何を考え、どのような研究を残したのかを知れば、流言の心理学で名前が知られている理由もわかるはずです。
陽菜は今度は、二人の研究者としての歩みを調べ始めました。
1 ゴードン・オルポートとレオ・ポストマンとは?
二人はどのような心理学者だったのか
ゴードン・オルポートは、人それぞれの性格や社会の中での判断を研究した心理学者。
レオ・ポストマンは、人が情報を受け取り、覚え、忘れる仕組みを研究した心理学者です。
二人は流言の共同研究で知られていますが、その研究だけで有名になったわけではありません。
先ほど、陽菜は「二人はそれぞれ何を研究していたのだろう?」と疑問に思いました。
その答えを知ると、二人が流言の心理学に関わったことの意味も、少しずつ見えてきます。
まずは、それぞれの人物像を詳しく見ていきましょう。
二人の基本情報
| 項目 | ゴードン・オルポート | レオ・ポストマン |
|---|---|---|
| 正式名称 | Gordon Willard Allport(ゴードン・ウィラード・オルポート) | Leo Joseph Postman(レオ・ジョセフ・ポストマン) |
| 生年月日 | 1897年(明治30年)11月11日 | 1918年(大正7年)6月7日 |
| 没年月日 | 1967年(昭和42年)10月9日 | 2004年(平成16年)4月22日 |
| 出身地 | アメリカ・インディアナ州モンティズーマ | 当時のロシア・ペトログラード(現在のサンクトペテルブルク) |
| 主な活動拠点 | ハーバード大学 | ハーバード大学、カリフォルニア大学バークレー校 |
| 主な研究分野 | 人格心理学、社会心理学、偏見の研究 | 知覚、学習、記憶、忘却の研究 |
ゴードン・オルポート|人間の「その人らしさ」を研究した心理学者

ゴードン・ウィラード・オルポートは、アメリカの心理学者です。
日本語では「オールポート」と表記されることもあります。
ハーバード大学で学び、1922年(大正11年)に心理学の博士号を取得しました。その後、1930年(昭和5年)から1967年(昭和42年)まで、同大学で研究と教育に携わりました。
博士号とは、大学院で専門的な研究を行い、その成果が認められた人に授与される学位の一つです。
オルポートが特に重要な業績を残したのが、**人格心理学(じんかくしんりがく)**という分野です。
人格心理学とは、人それぞれの性格や考え方、行動の特徴を研究する心理学です。
ここでいう「人格」は、人として立派かどうかという意味ではありません。
例えば、初めてのことにも積極的に挑戦する人がいれば、慎重に考えてから行動する人もいます。
こうした人による違いを、心理学としてどのように理解できるのか。
オルポートは、その問題に取り組みました。
彼の研究で重要なのが、特性(とくせい)という考え方です。
特性とは、ある人の考え方や行動に、さまざまな場面で比較的安定して見られる傾向のことです。
例えば、普段から物事を丁寧に進めようとする傾向は、その人の特徴を理解する手がかりになります。
ただし、丁寧な人が、どんな状況でも必ず慎重に行動するという意味ではありません。
オルポートは、人が持つ特徴だけでなく、そのとき置かれている状況や、本人が何を考えて行動しているのかも重視しました。
1937年(昭和12年)には、『Personality: A Psychological Interpretation』(パーソナリティ:ア・サイコロジカル・インタープリテーション、「人格についての心理学的な解釈」)を出版しています。
この本は、人それぞれの性格や行動の特徴を、心理学の研究としてどのように理解するかを整理した重要な著作です。
つまり、オルポートは、人を一つの性格の型にはめるのではなく、その人ならではの特徴を科学的に理解しようとした心理学者だったのです。
そして、彼の関心は、個人の性格だけにとどまりませんでした。
もう一つの重要な分野が、社会心理学(しゃかいしんりがく)です。
これは、周囲の人々や社会との関わりが、人の考え方や行動にどのような影響を与えるのかを研究する分野です。
その中でオルポートは、偏見(へんけん)の問題にも取り組みました。
偏見とは、相手について十分に知らないまま、所属する集団などを理由に、決めつけた見方や評価をすることです。
1954年(昭和29年)には、『The Nature of Prejudice』(ザ・ネイチャー・オブ・プレジュディス、「偏見の性質」)を出版しました。
この本では、人々が特定の集団に偏見を抱く理由や、異なる集団の人々の関わり方などを、心理学の研究を踏まえて考察しています。
流言と偏見は同じものではありません。しかし、十分な根拠がないまま他人について判断することは、どちらを考えるうえでも重要な問題になりえます。
オルポートは、一人ひとりの個性を理解することと、社会の中で人が他人をどう判断するのかを、どちらも大切な研究課題としていたのです。
レオ・ポストマン|人はなぜ覚え、なぜ忘れるのかを研究した心理学者

レオ・ジョセフ・ポストマンは、ロシアに生まれ、アメリカで活躍した心理学者です。
出生地のペトログラードは、現在のロシアにあるサンクトペテルブルクの当時の名称です。
幼いころにアメリカへ移住し、ニューヨークで学びました。
1946年(昭和21年)にハーバード大学で心理学の博士号を取得し、1950年(昭和25年)からはカリフォルニア大学バークレー校で研究と教育に携わりました。
ポストマンが研究した中心的な問題は、人が見たり聞いたりした情報を、どのように理解し、覚え、思い出すのかということでした。
この研究は、知覚・学習・記憶という、人間の心の働きに関係しています。
知覚(ちかく)とは、目や耳などから入ってきた情報を受け取り、それが何なのかを理解する働きです。
例えば、同じ絵を見ても、人によって最初に目を向ける場所が違うことがあります。
ポストマンは、ものを見るときには、目に入った情報だけでなく、本人の期待や気持ちなども関係するという問題に取り組みました。
学習とは、経験や練習によって、新しいことを覚えたり、行動が変わったりすることです。
ポストマンは、覚えるつもりで情報に接する場合と、特に覚えようとしていない場合など、学習の条件による違いも研究しました。
そして、彼が後に特に重要な業績を残したのが、記憶(きおく)と忘却(ぼうきゃく)の研究です。
記憶とは、経験したことや学んだことを覚えておき、必要なときに思い出す心の働きです。
一方、忘却とは、以前は覚えていた情報を思い出せなくなることです。
ここで興味深いのは、人が何かを忘れるとき、単純に時間がたったことだけが原因とは限らないという点です。
ポストマンは1958年(昭和33年)ごろから、情報同士が記憶に与える影響を詳しく研究しました。
その研究で重要なのが、干渉説(かんしょうせつ)という、忘却を説明する考え方です。
干渉説とは、以前に覚えた情報や、あとから覚えた情報などが互いに影響し、思い出そうとする情報を取り出しにくくすることがある、という考え方です。
例えば、昨日覚えた英単語と今日覚えた似た英単語が頭の中で混ざり、どちらがどの意味だったか迷ってしまうことがあります。
これは理解を助けるための例ですが、情報同士が記憶の邪魔をする様子を想像できるでしょう。
ただし、干渉説は、すべての物忘れを説明する唯一の考え方という意味ではありません。
また、この忘却研究は、1940年代の流言の共同研究よりも後に発展したものです。当時の共同研究に、後年の研究成果をそのまま当てはめることはできません。
1961年(昭和36年)には、バークレー校に人間の学習を専門に研究する機関を設立しました。
ポストマンは、自身で研究を進めるだけでなく、ほかの研究者や学生が学習や記憶を調べるための環境づくりにも貢献したのです。
ポストマンは、記憶力の良し悪しだけでなく、人が情報を覚えたり忘れたりするのは、どのような条件によるのかを研究した心理学者でした。
異なる研究分野を持つ二人と、流言研究とのつながり
ここまで見てきたように、二人の研究には違いがあります。
オルポートは、人それぞれの性格や、社会の中での判断に注目しました。
一方、ポストマンは、人が情報を受け取り、覚え、思い出す仕組みに注目しました。
そして二人は、1945年(昭和20年)に流言についての共同論文を発表し、1947年(昭和22年)には共同で著書を出版しています。
では、それぞれの研究は、流言とどう関係するのでしょうか。
ここからは、二人の専門分野を踏まえた記事上の考察です。
噂が広まるときには、「その話をなぜ気にするのか」という、人の関心や判断の問題があります。
同時に、「聞いた話をどう覚え、どう伝えるのか」という、情報を受け取る心の働きも関わります。
つまり、流言という一つの現象には、人と社会の関係を考える視点と、情報を受け取る人間の心を考える視点の両方が関係していると理解できます。
ただし、二人が共同研究でそれぞれ何を担当したのかについて、明確な役割分担が確認されているわけではありません。
オルポートが社会的な側面だけを、ポストマンが記憶の側面だけを担当したと考えるのは正確ではないのです。
二人は、流言研究だけで知られる人物ではなく、それぞれに独自の研究を持ちながら、共同で流言の心理学に重要な業績を残した研究者でした。
その研究が生まれた背景を理解するには、二人が学び、活動した時代にも目を向ける必要があります。
2 研究者としての歩み
二人が心理学を学んだ時代と、異なる道を歩んだ研究歴
オルポートとポストマンは、同じハーバード大学で流言を共同研究しましたが、心理学を学んだ時代も、研究者として歩み始めた道も異なっていました。
二人がどのような学問に触れてきたのかをたどると、その違いが見えてきます。
オルポート|人間を一人ひとりの違いから理解しようとした時代

オルポートが心理学を学んだ1920年代、アメリカでは「行動主義(こうどうしゅぎ)」という考え方が大きな影響力を持っていました。
行動主義とは、心理学を科学として研究するために、外から観察できる人や動物の行動を重視する立場です。
例えば、何かを見せたときに人がどのような行動をするのかを調べれば、実際に観察した結果を比較できます。
一方、オルポートは、そうした方法の大切さを認めながらも、その人が今どのような状況にいて、何を目的に行動しているのかも理解する必要があると考えました。
彼の研究の歩みには、海外での経験も関わっています。
1919年(大正8年)にハーバード大学を卒業したオルポートは、現在のトルコにあるイスタンブールで英語を教えました。
その後、大学に戻って心理学を研究し、1922年(大正11年)に博士号を取得します。
さらに1922年から1924年にかけて、研究のためドイツとイギリスに滞在しました。
特にドイツでは、性格の特徴を一つずつ調べるだけでなく、それらの特徴が組み合わさった一人の人間を、全体として理解する考え方に触れました。
これは、彼が人格心理学を発展させていくうえで重要な経験となりました。
帰国後の1924年(大正13年)、ハーバード大学で人格についての授業を担当します。
1926年(大正15年)にはアメリカのダートマス大学へ移り、1930年(昭和5年)にハーバード大学へ戻りました。
こうしてオルポートは、人間の行動を観察するだけでなく、一人ひとりの経験や目的にも目を向ける研究を進めていったのです。
ポストマン|心理学を学ぶ途中で、流言研究に加わった研究者

一方、ポストマンが大学で心理学を学んだのは、オルポートよりも約20年後のことです。
彼は幼いころにアメリカへ移住し、ニューヨーク市で教育を受けました。
1943年(昭和18年)、ニューヨーク市立大学の一つであるシティ・カレッジを卒業します。
その後、ハーバード大学の大学院で心理学を研究しました。
ここで注目したいのは、ポストマンが博士号を取得する前から、オルポートとの流言研究に参加していたという事実です。
二人の共同論文が発表されたのは1945年(昭和20年)。ポストマンが心理学の博士号を取得したのは、その翌年の1946年(昭和21年)でした。
つまり、共同研究が発表された時点で、オルポートはすでに経験を積んだ大学教員でしたが、ポストマンは研究者としての道を歩み始めた時期にあったのです。
その後、ポストマンも大学で教えるようになり、1950年(昭和25年)にはカリフォルニア大学バークレー校へ移りました。
そこで、前章で紹介した知覚や学習の研究を進め、のちには忘却の研究にも大きく貢献していきます。
二人の共同研究は、研究経験の異なる心理学者たちが、同じ問題に取り組んだ仕事でもあったのです。
ただし、経験の違いが共同研究の成果にどのような影響を与えたのかまでは、経歴だけでは判断できません。
では、二人が活動した1940年代、なぜ「噂」が心理学で研究すべき問題として注目されたのでしょうか。
その背景には、第二次世界大戦という、人々の生活や情報の伝わり方に大きな影響を与えた時代がありました。
3 戦争と流言研究
第二次世界大戦中、なぜ噂が心理学の研究課題になったのか?
第二次世界大戦中、流言が心理学の研究課題として注目されたのは、確かな情報が不足するなかで噂が広まり、人々の不安や社会の対立に関わる問題となっていたからです。
前章で紹介した二人が活動していた1940年代、アメリカは戦争のさなかにありました。
1941年(昭和16年)12月、ハワイの真珠湾にあったアメリカの海軍基地が日本軍の攻撃を受け、アメリカも第二次世界大戦に参戦します。
戦争中は、軍の動きや被害の全容がすぐに発表されるとは限りません。
人々は何が起きたのか知りたいのに、十分な情報がない。そこへ、真珠湾での被害は発表された内容よりも大きい、といった噂が広がりました。

当時の心理学者たちが注目したのは、こうした不確かな話が伝わることだけではありません。
特定の民族や集団を非難し、敵意を向ける噂も問題になっていたのです。
では、研究者たちは何をしたのでしょうか。
1942年(昭和17年)、アメリカ北東部の都市ボストンでは、地元の新聞関係者や心理学者らが協力し、Rumor Clinic(ルーマー・クリニック、「噂の診療所」)と呼ばれる活動を行いました。
「診療所」といっても、病気を治療する場所ではありません。
市民から寄せられた噂を調べ、確認できた事実を新聞で知らせる取り組みです。
地元紙のBoston Herald(ボストン・ヘラルド)などが、この活動に関わりました。
この活動には、心理学者としてオルポートも協力していました。
そして、実際に噂を集め、調べる活動で中心的な役割を果たした一人が、ロバート・H・ナップ(Robert H. Knapp)です。
ナップは、当時ハーバード大学でオルポートの指導を受け、心理学の博士号取得を目指していたアメリカの若手研究者でした。大学では、心理学を教える仕事にも携わっていました。
また、ナップは、マサチューセッツ州の公共安全委員会(Massachusetts Committee on Public Safety、戦時中の地域の安全に関わる問題を扱った組織)に設けられた、噂や宣伝を調べる部門の責任者を務めました。
市民から寄せられた噂を集め、その内容を分析する活動を進めていたのです。
つまり、ナップは、オルポートが関わった戦時中の流言への取り組みで、実際の噂を調べる役割を担っていた人物です。
ただし、後に紹介するオルポートとポストマンの共同論文の共著者ではありません。
ナップは1942年4月にボストン周辺で集められた約30件の噂を調べ、その多くが特定の人々や集団への反感を表す内容だったと報告しています。

これは、実際に広まっていた噂を集め、内容によって分類した調査です。
ただし、一つの地域で一か月間に集めた噂だけから、アメリカ中の噂が同じ傾向だったとは言えません。
ナップは1944年(昭和19年)、『A Psychology of Rumor』(ア・サイコロジー・オブ・ルーマー、「流言の心理学」)という論文で、噂が生まれる背景や社会に及ぼす影響、噂への対応方法を整理しました。
ここで流言は、正しい情報を知らせれば終わる問題ではなく、人々が何を恐れ、誰を疑い、なぜ話を広めるのかを調べる心理学の問題としても扱われていたのです。
なお、噂を検証して新聞で知らせる活動が、実際に噂の広がりをどれだけ減らしたのかは、十分に確かめられていません。
また、戦時中のこうした取り組みがあったからといって、オルポートとポストマンがまったく同じ個人的な理由で流言研究を始めたと断定することもできません。
しかし、二人が共同研究を発表する前から、噂は社会の中で実際に調べられ、心理学者たちが答えを探していた問題でした。
それでは、オルポートとポストマンは、この問題をどのような研究方法で調べ、何を明らかにしようとしたのでしょうか。
4 二人の共同研究
噂を信じる心理と、伝わる途中で情報が変わる仕組み
オルポートとポストマンの重要な貢献は、噂を人間の不安や社会の問題として考えるだけでなく、調査と実験を通して、情報が信じられたり、伝わる途中で変わったりする様子を具体的に研究したことです。
二人は1945年(昭和20年)、共同論文『The Basic Psychology of Rumor』(ザ・ベーシック・サイコロジー・オブ・ルーマー、「流言の基礎的な心理学」)を発表しました。
この論文で二人が取り上げたのは、大きく分けると二つの問題です。
一つは、人々が不確かな話をどのように信じるのか。
もう一つは、話が人から人へ伝わるとき、内容がどのように変化するのかという問題です。
似ているようですが、確かめるための方法は違います。
噂を信じる人は、何によって変わるのか
二人が論文で紹介した調査の一つは、前章で触れた真珠湾攻撃の噂に関するものです。
1942年(昭和17年)2月、研究者たちは約200人の大学生に、真珠湾での被害について質問しました。
研究者たちは、真珠湾での被害が政府の公式発表よりも大きかったと思うかどうかを尋ねました。
その結果、68%の学生が、実際の被害は公式発表より大きかったと答えました。

同年12月23日、アメリカの第32代大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt、1882年(明治15年)~1945年(昭和20年))は、国民に向けてラジオ演説を行いました。
ルーズベルトは、真珠湾攻撃によってアメリカの太平洋艦隊がすべて失われた、政府が実際の死者数を隠している、といった噂を否定しました。そして、艦船の損害や死傷者数について、政府が公表する情報を説明しました。
二人の論文では、この演説に関連して、別の学生集団にも同じ質問をした結果が紹介されています。
その集団では、演説の内容を聞いたり読んだりしていない学生の約67%が、噂を信じていました。
一方、演説の内容を知っていた学生では、噂を信じていた割合は約44%でした。
ここで確認できたのは、演説の内容を知っていた学生と、知らなかった学生とで、噂を信じる割合に違いがあったということです。
ただし、注意点があります。
1945年の原著論文では演説日が2月22日と記されていますが、実際の演説記録では2月23日です。そのため、調査が具体的に何日に行われたのかについては、原著の記載をそのまま確定した事実として扱えません。
また、質問を受けたのは同じ学生ではなく、演説を聞くかどうかも研究者が無作為に決めたわけではありません。
したがって、67%と44%を単純に比較して、「大統領の演説によって噂を信じる人が23ポイント減った」と結論づけることはできません。ここでいう「ポイント」とは、パーセントで表された数字同士を引き算したときの差のことです。
この調査では、演説を聞く前と後で、同じ学生の考えがどう変わったのかを調べたわけではありません。
また、演説を聞くかどうかも、研究者が無作為に決めたわけではありません。
そのため、演説の内容を知っていた学生の方が噂を信じる割合が低かったとしても、それが演説の影響なのか、もともとの考え方の違いによるものなのかは、この調査だけではわからないのです。
それでも、この調査は、噂を研究するときには、話の内容だけでなく、人々がどのような情報に接し、何を信じているのかも調べる必要があることを示す材料になりました。
情報が変わる過程を、目の前で確かめる
もう一つ、二人の研究でよく知られているのが、情報を順番に伝える実験です。
日常の噂は、いつ誰が話し始め、何人の間でどのように変わったのかを、最初から最後まで追いかけることが難しいものです。
そこで二人は、最初の情報と、その後に伝えられた内容を比較できるように、実験の条件を整えました。
基本的な方法は、次のようなものです。
まず研究者たちは、人物や建物など、さまざまなものが描かれた絵を用意します。
その絵を見た実験者、または会場にいる人が、絵を見ていない最初の参加者に、内容を言葉で説明します。
説明には、およそ20個の細かな情報が含まれていました。
最初の参加者は、聞いた話を次の参加者に伝えます。
次の人も絵を見ることはできません。聞いた内容だけを頼りに、さらに次の人へ説明します。
こうして6~7人ほどが、順番に話を伝えていきました。
ここで大切なのは、参加者全員が同じ絵を見て、記憶力を競っていたわけではないという点です。
最初に聞いた説明を、次の人がどう受け取り、どう言い直すのか。その繰り返しを調べる実験だったのです。
研究者たちは、最初に説明された内容と、途中の人たちが伝えた内容を比較しました。
この方法なら、最初から伝えられなかった情報と、途中で失われた情報を区別できます。
どのくらい情報が変わったのか
この伝言実験は、大学生だけでなく、軍の訓練生、警察関係者、地域の集まりの参加者、子どもたちなど、40組を超える集団で実施されました。
二人が11回分の実験結果をまとめて分析したところ、5~6回ほど伝言する間に、最初の説明に含まれていた細かな情報の約70%が伝えられなくなっていました。
つまり、話を正確に伝えようとしていても、いくつもの情報が途中で抜け落ちていたのです。
ただし、これは実験で用いた絵と伝言の条件に基づく結果です。
実際の噂でも、5~6人に伝わると必ず70%が消えるという意味ではありません。
さらに二人は、どの情報が残るのかは、話を伝える人の関心とも関係している可能性があることに注目しました。
例えば、戦場の絵を軍人たちが伝えた実験では、建物の位置や、距離を示す道しるべなどの情報が、比較的長く残りました。
一方、軍人ではない参加者の伝言では、距離や時刻の情報が残りにくい傾向が報告されています。
二人は、軍人にとって場所や距離を把握することが重要だからではないかと考えました。
ここで区別したいのは、観察された結果と、その理由についての解釈です。
特定の情報が残りやすかったことは、実験の記録から確認できます。
しかし、それが軍人としての経験だけによって生じたと、この比較だけで断定することはできません。
それでも、誰にとっても同じ情報が同じように残るわけではないという点は、人間の情報伝達を考えるうえで重要です。
二人は、情報の変化をどう整理したのか
実験で見られた変化を、二人は主に三つの働きとして整理しました。
平準化(へいじゅんか)は、伝える途中で細かな情報が省かれることです。
強調化(きょうちょうか)は、多くの情報の中から特定の部分が選ばれ、目立つ形で残ることです。
同化(どうか)は、伝える人の知識や期待に合うように、情報の受け取り方や伝え方が変わることです。
これらは、三つの別々の段階を必ず順番に通るという意味ではありません。
同じ伝言の中で、ある情報が省かれ、別の情報が強く印象に残り、その人の知識に合うように言い換えられることもあります。

二人が示そうとしたのは、人は聞いた言葉を機械のようにそのまま写すのではなく、受け取った情報を選び、理解しながら次の人へ伝えているということでした。
実験室の伝言は、現実の噂と同じなのか
ここで、二人の研究を理解するうえで欠かせない点があります。
二人自身が、伝言実験は日常生活で広まる噂を、そのまま再現したものではないと認めていたことです。
例えば、実験の参加者には、できるだけ正確に伝えるよう指示していました。
しかし、普段の噂話では、正確に伝えることだけが目的とは限りません。
相手を驚かせたい、不安を共有したい、会話を続けたいなど、別の理由で話す場合もあります。
また、実験では、聞いた話をすぐ次の人へ伝えました。
実際には、何時間もたってから話したり、相手に聞き返したりすることもあります。
さらに二人は、人前で伝言する場合と、観客がいない場合も比較しました。
その結果、観客がいない条件では、参加者が伝える細かな情報の数が、観客のいる条件の平均約2倍になったと報告しています。
この比較は、人前で話すという状況そのものが、伝える内容の量に関係することを示しています。
ただし、人数や参加者の条件などを十分に考えず、日常の会話でも必ず同じ差が生じるとは言えません。
二人の研究は、現実の噂を完全に再現したから価値があるのではありません。
日常では追いかけにくい情報の変化を、条件を整えて観察できるようにしたことに価値があるのです。
流言を、調べられる心理学の問題として残した
二人は1947年(昭和22年)、それまでの研究を共著『The Psychology of Rumor』(ザ・サイコロジー・オブ・ルーマー、「うわさの心理学」)にまとめました。
この本では、戦時中の噂、人々が噂を広める背景、記憶や情報伝達の仕組みなどが、一つのテーマとして取り上げられています。
また、二人は、噂の広まりやすさに関係する条件として、人々がその話をどれほど重要だと感じるか、そして情報がどれほど不確かなのかという点も重視しました。
ただし、これは流言を理解するために提案された考え方であり、あらゆる噂の広がり方を正確に予測できる法則が証明されたという意味ではありません。
二人以前にも、噂や記憶の研究は存在していました。
したがって、流言研究のすべてを二人が始めたわけではありません。
二人の重要な貢献は、実際の社会で起きていた流言の問題と、人間が情報を受け取り、記憶し、伝える心の働きを結びつけ、具体的な方法で調べられる研究課題として整理したことです。
だからこそ、オルポートとポストマンの名前は、現在でも流言の心理学を学ぶときに登場するのです。
二人の研究をきっかけに、噂と社会の関係や、情報の確かめ方をもっと知りたいと思った方へ。
記事の後半では、そうしたテーマを学べる本を3冊紹介しています。
興味があれば、「さらに学びたい人へ」もご覧ください。
5 共同研究の後と評価
二人が続けた心理学研究と、後世による流言理論の見直し
オルポートとポストマンは、流言の共同研究後も、それぞれの専門分野で重要な業績を残しました。そして、二人の流言研究も、後の心理学者たちによって引き継がれ、見直されていきました。
ここでは、二人の研究がその後どう発展したのかを見ていきましょう。
オルポート|人と人との交流は、偏見を減らせるのか
オルポートが戦後に取り組んだ重要な問題の一つが、異なる集団の人々の間にある偏見を、どうすれば減らせるのかということでした。
1954年(昭和29年)の著書『The Nature of Prejudice』で、彼は適切な条件のもとで人々が交流することは、偏見を減らす助けになると考えました。
この考え方は、接触仮説(せっしょくかせつ)と呼ばれています。英語ではcontact hypothesis(コンタクト・ハイポセシス、「交流によって偏見が弱まる可能性についての仮説」)といいます。
オルポートが重視したのは、単に顔を合わせることではありません。
例えば、立場の異なる生徒たちが一つの作品を作るなら、互いを対等な仲間として扱い、共通の目標に向かって協力することが大切です。さらに、先生や学校がその協力を支えることも役立ちます。

これは、彼の考え方を理解するための記事上の例です。
では、その考え方は後の研究でどう評価されたのでしょうか。
2006年(平成18年)、オルポートが提唱した接触仮説を、数多くの研究結果から検討した二人の社会心理学者がいます。
一人は、アメリカの心理学者トーマス・フレーザー・ペティグルー(Thomas Fraser Pettigrew、1931年(昭和6年)生まれ)です。
ペティグルーは、ハーバード大学でオルポートの指導を受け、1956年(昭和31年)に心理学の博士号を取得しました。その後、人種的偏見や差別、異なる集団の人々の関係について研究を続けた人物です。
もう一人は、アメリカで活動する社会心理学者リンダ・R・トロップ(Linda R. Tropp)です。
トロップは、カリフォルニア大学サンタクルーズ校でペティグルーらの指導を受け、2000年(平成12年)に博士号を取得しました。その後も、人々が異なる集団の相手と交流するとき、偏見や集団間の立場の違いがどのように関わるのかを研究しています。
つまり、オルポートの教え子だったペティグルーと、その指導を受けたトロップが、オルポートの接触仮説を後の研究成果によって確かめ直したのです。
二人は515件の研究に含まれる713の独立した調査対象集団のデータを統計的に比較し、さまざまな状況でどのような傾向が見られるのかを調べました。
このように、複数の研究結果をまとめて分析する方法を、メタ分析(英語:meta-analysis〈メタアナリシス、「複数の研究結果を統合する統計分析」〉)といいます。
その結果、異なる集団の人々が交流することは、多くの場合、偏見の低さと関係していました。
また、オルポートが重視した条件は偏見の減少を助けるものの、すべてがそろわなければ偏見が減らない、というわけではないことも示されました。
彼の考え方は、後の研究によって支持される部分と、より詳しい説明が必要な部分が明らかになっていったのです。
ただし、この結果は、どんな交流でも必ず偏見が減ることを意味しません。
ポストマン|忘却の仕組みを、さらに詳しく調べる
一方、ポストマンは1958年(昭和33年)ごろから、特に記憶と忘却の研究を深めました。
彼が注目したのは、覚えた情報を忘れるとき、ほかの記憶がどのように影響するのかという問題です。
1961年(昭和36年)の研究では、日常でよく使われる単語と、あまり使われない単語を材料にして、覚えた情報が時間とともにどのように忘れられるのかを調べました。
参加者には、単語の一覧を、間違えずに一度言えるようになるまで覚えてもらいました。
その後、二つの方法で記憶を調べています。
一つは、もう一度覚え直すときに、どのくらい練習が必要かを調べる方法です。こちらは、30秒後、2日後、7日後に検査しました。
もう一つは、単語の一覧を見ずに、覚えている言葉を自由に思い出してもらう方法です。こちらは、30秒後と7日後に検査しました。
このように方法を分けたのは、記憶の残り方を、異なる測り方から確かめるためです。
その結果、この研究の条件では、日常でよく使う単語と、あまり使わない単語とで、忘れ方に明確な違いは確認されませんでした。
ただし、これはどのような単語でも、どのような覚え方でも、忘れ方に違いがないと証明したわけではありません。
研究で確かめられたのは、あくまで今回用いた単語や検査方法のもとでの結果です。
ポストマンは、このように条件を変えて結果を比べながら、忘却の原因を研究しました。
さらに研究生活の後半には、ほかの記憶から影響を受けても、なぜ覚えた情報が失われずに残る場合があるのかという問題にも取り組みました。
ポストマンの研究は、忘れる理由を調べるだけでなく、記憶が保たれる仕組みを理解する方向へも発展していったのです。
二人の流言研究は、後世にどう評価されたのか
では、二人が1940年代に示した流言の説明は、その後もすべて正しいものとして受け入れられたのでしょうか。
答えは、二人の功績は評価され続けた一方、流言についての説明の一部は、後の研究者によって再検討された、ということです。
その代表的な研究者が、アメリカの心理学者ラルフ・L・ロスノウ(Ralph L. Rosnow)です。ロスノウは、人から人へ情報が伝わる現象や流言を研究しました。
1980年(昭和55年)には、それまでの研究を整理・比較し、二人が提案した流言の基本法則について、その説明が十分かどうかを検討しました。
これは新しい伝言実験ではありません。過去の研究や理論を読み比べ、どの説明が根拠によって支えられているかを考える研究です。
ロスノウは、噂の広まりを「話題の重要さ」と「情報の不確かさ」だけで説明することに疑問を示しました。
1991年(平成3年)にも研究の歩みを振り返り、人々の不安、情報が不確かな状況、その話を信じられると感じる程度、自分との関わりの深さなども考える必要があると提案しています。

ただし、これらの条件を加えれば、すべての噂の広がりを正確に予測できると証明されたわけではありません。
ここで大切なのは、後の研究で説明が見直されたことと、二人の研究そのものに価値がなかったことは、同じではないという点です。
オルポートとポストマンは、流言を心理学で調べるための重要な研究を残しました。
その後の研究者たちは、二人の説明をそのまま受け入れるだけでなく、どこまで確かめられていて、どこに新しい説明が必要なのかを調べてきました。
二人の功績は、流言について一つの答えを残したことだけでなく、後の研究者たちが問い直し、研究を発展させるための土台を築いたことにもあるのです。
6 おまけコラム
噂を研究した実験が、噂のように変わった?
オルポートとポストマンが行った流言の実験は、後の研究者たちによって、実際とは違う内容で紹介されてしまったことがあります。
しかも、その誤った説明は、裁判で心理学の研究を紹介する場面にまで使われました。
いったい、何が起きたのでしょうか。
白人男性が持っていたかみそりが、黒人男性の手に?
第④章で紹介した伝言実験を思い出してください。
最初に絵を見た人が、その内容を言葉で説明します。次の人たちは絵を見ず、聞いた話を順番に伝えていく実験でした。
その中に、地下鉄の車内で白人男性と黒人男性が向き合い、白人男性がかみそりを持っている絵がありました。
かみそりとは、ひげなどをそるための刃物です。
ところが、話を何人もの人へ伝えるうちに、かみそりを持っているのが黒人男性だという説明に変わることがあったのです。

中には、黒人男性がかみそりを振り回していたり、白人男性を脅していたりする話になった例もありました。
なぜ、この変化が心理学者たちの関心を集めたのでしょうか。
当時のアメリカ社会には、「黒人男性は暴力的で、かみそりを武器にする」という差別的な決めつけがありました。
もちろん、これは黒人男性についての事実ではありません。社会に広まっていた、根拠のないイメージです。
オルポートとポストマンは、伝える人が、実際の絵の内容よりも、社会に広まった思い込みに合うように話を変えてしまった可能性を考えました。
ただし、なぜこの絵を選んだのかという詳しい経緯までは、原著で説明されていません。
また、かみそりの持ち主が変わったことだけで、人種的偏見が原因だったと証明できるわけでもありません。
例えば、参加者が単純に持ち主を覚え間違えた可能性もあります。
実際、この研究では、反対に黒人男性がかみそりを持っている絵を使い、白人男性へ持ち主が変わることも同じ程度に起きるのかを比較していませんでした。
二人が確かめたのは、伝言の途中で情報が変わることです。その原因が必ず人種的偏見だったと確定したわけではありません。
ところが、後の研究紹介では意味が変わってしまった
1987年(昭和62年)、アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学で心理学の研究に携わっていたモリー・トレッドウェイ(Molly Treadway)とマイケル・マクロスキー(Michael McCloskey)は、オルポートとポストマンの研究が、後の文献で不正確に紹介されていたことを指摘しました。
マクロスキーは、人間の記憶や、目で見た情報をどのように理解するかなどを研究してきた心理学者です。トレッドウェイも心理学の研究に携わり、二人は、事件などを見た人が何を見たのかを語る「目撃証言」に関する研究文献に注目しました。
二人は、オルポートとポストマンの実際の研究方法や結果と、それを紹介した後の文献を比較しました。
そして、『Cite Unseen: Distortions of the Allport and Postman Rumor Study in the Eyewitness Testimony Literature』(サイト・アンシーン。「原著を見ずに引用すること」という意味を込めた題名で、オルポートとポストマンの研究が目撃証言に関する文献でどう不正確に紹介されていたかを調べた論文)を発表しました。
その研究方法は、新しい伝言実験ではありません。
オルポートとポストマンの元の研究と、後の研究者たちが書いた紹介文を読み比べ、どこが違っているのかを調べたのです。
後の文献では、絵を直接見た人が、人種的偏見によってかみそりの持ち主を見間違えたかのように紹介されていました。
しかし、これは元の実験と違います。
実際には、かみそりの持ち主を取り違えたと考えられる参加者たちは、絵そのものを見ていません。
人から聞いた話を伝える途中で、内容が変わったのです。
「聞いた話を間違って伝えること」と「目の前の出来事を見間違えること」は、同じではありません。
前者は情報の伝達、後者は目で見た情報の受け取り方についての問題です。
ところが、この二つを混同した説明が、心理学の文献から法律関係の文献へと広まりました。
さらには、裁判で心理学の専門家が、実際には行われていない比較実験まであったかのように説明した事例も記録されています。
これは重大な問題です。
なぜなら、裁判では、目撃者の証言をどこまで信頼できるかが重要になる場合があるからです。
調べていないことまで「実験で証明された」と受け取られれば、研究の根拠が実際よりも強く見えてしまいます。
もちろん、だからといって、人種的偏見が目撃証言に影響しないという意味ではありません。
問題は、研究で確かめたことと、確かめていないことを混同した点にあります。
噂を研究した人たちの研究まで、伝わる途中で変わっていた
トレッドウェイとマクロスキーは、後の文献が元の研究を十分に確かめず、別の文献の説明を引用し続けたことが、誤りを広める原因の一つだったと考えました。
流言による情報の変化を調べた研究の説明が、研究者から研究者へ伝わる途中で変化してしまった。

何とも皮肉な出来事です。
ただし、これによって特定の裁判の判決が変わったとまで確認されたわけではありません。
この出来事が教えてくれるのは、専門家が紹介した情報でも、元の研究と同じ内容だとは限らないということです。
研究を理解するときには、「何がわかったと書かれているか」だけでなく、「実際には何を、どのように調べたのか」まで確かめる。
それが、情報を正確に受け取るための大切な一歩なのです。
人から聞いた話が変わることと、自分が経験した出来事の記憶が変わることは、同じではありません。
では、人間の記憶は、実際にどのような仕組みで働いているのでしょうか。
関連記事『記憶研究を変えた心理学者4人とは?』では、記憶と忘却、思い出し方の変化、後から得た情報の影響について、4人の心理学者の研究を通して紹介しています。
7 まとめ・考察
二人の心理学者が残した、本当に大切なものとは?
オルポートとポストマンが流言研究で重要なのは、噂についてのすべての疑問に答えたからではありません。身近な噂を、実際に調べ、結果を比べ、人間の心の働きとして考えられる研究課題にしたからです。
オルポートは、人それぞれの性格や社会の中での判断を研究しました。一方、ポストマンは、人が情報を受け取り、覚え、忘れる仕組みを研究しました。
異なる研究の道を歩んだ二人は、流言という一つの問題に共同で取り組みました。
そして、その成果は後の心理学者たちに引き継がれ、評価されるとともに、説明が十分ではなかった部分も見直されてきました。
ここからは、二人の歩みを通して考えた、この記事なりの考察です。
私は、研究者が残す大切なものは「正しい答え」だけでなく、ほかの人がその答えを確かめ直せるようにした「問い」と「調べ方」でもあると思います。
例えば、学校で「このクラスでは、この曲が一番人気だ」と聞いたとします。
ところが、よく聞いてみると、意見を尋ねたのは仲のよい友達5人だけだった。
こんなこともあるかもしれません。
5人の答えに意味がないわけではありません。ただ、それだけでクラス全員の好みがわかったとは言えません。

そこで「ほかの生徒にも聞いてみよう」と考えれば、最初の調査は、より確かな答えに近づくための出発点になります。
これは研究の考え方を日常に引き寄せた例です。
心理学の研究も、結果が発表されればすべて終わりというわけではありません。
新しい方法で調べたり、別の条件で比べたりすることで、最初の説明には見えていなかった問題が明らかになる場合があります。
もちろん、後の研究で誤りが見つかれば、その部分は正しく見直さなければなりません。昔の研究だからという理由だけで、誤った説明を守る必要はないのです。
では、後の研究で批判された研究は、価値のない失敗だったのでしょうか。
必ずしもそうではありません。
その研究が示した方法や問題点を手がかりに、別の研究者が新しいことを確かめられたのなら、学問の発展に役立ったと評価できます。
オルポートとポストマンの歩みも、そのことを考える一つの例になるでしょう。
研究者の名前は、「この人の答えが絶対に正しい」という合格印ではなく、「ここから新しい問いが広がっていった」という道しるべなのかもしれません。

あなたがこれから、心理学で有名な研究者の名前を見つけたら、どんなことを知りたいと思いますか。
一つの答えは、「その人は何を不思議に思い、どうやって調べ、後の人たちは何を確かめ直したのか」までたどってみることです。
そうすると、研究者の名前は、覚えるだけの知識ではなく、人間の心について一緒に考えるための入口になってくれるはずです。
二人の研究を知って、今度は「噂はなぜ広まり、どのように変わるのか」が気になった方へ。
関連記事『流言とは?噂はなぜ広まるのか』では、実際に起きた豊川信用金庫事件や、現代のSNSに関する研究も取り上げながら、流言の仕組みを詳しく紹介しています。
身近な噂を心理学から考えてみたい方は、ぜひご覧ください。
さらに学びたい人へ
噂と人間の心理をもっと知るためのおすすめ書籍
ここでは、今回の記事をきっかけに、情報と人間の心理についてさらに学びたい人へ、3冊の本を紹介します。
小学生・初学者におすすめ
『マンガでわかる 世の中の「ウソ」から身を守る』 監修: 下村健一
情報の正しさについて初めて学ぶ人。
本の特徴
SNSに流れる噂やデマ、ニュース、広告など、身近な情報に潜む問題をマンガとイラストで紹介しています。間違った情報にだまされないための考え方や、確かめ方を学べます。
おすすめ理由
今回の記事で学んだ「人は情報をそのまま伝えるとは限らない」という問題を、学校生活やインターネットなど、身近な場面から考えられる一冊です。
難しい専門書を読む前に、情報を受け取る側にも、伝える側にも注意が必要な理由を知りたい人におすすめです。
中級者におすすめ
『うわさとは何か――ネットで変容する「最も古いメディア」』 著者: 松田美佐
流言の心理学を学んだあと、噂と社会の関係まで詳しく知りたい人。
本の特徴
デマ、口コミ、都市伝説などを取り上げ、噂が人間関係や社会の中でどのような役割を持つのかを考察しています。
おすすめ理由
オルポートとポストマンが研究した流言を、現代のインターネットや人々のつながりという別の視点から考えられます。
幅広い読者におすすめ
『正しく疑う 新時代のメディアリテラシー』 監修: 池上彰
情報との付き合い方を考えたい人。
本の特徴
テレビや新聞、インターネットの特徴を紹介し、デマや誤った情報を受け取ったり、自分で広めたりしないための考え方を解説しています。
おすすめ理由
今回の研究で知った「情報は伝わる途中で変わることがある」という問題を、自分自身が情報を受け取り、発信する日常生活につなげられます。
三冊は、少しずつ異なる角度から情報と向き合うための本です。
まず身近な情報の見分け方を知り、次に噂と社会の関係を学び、最後に自分自身の情報の受け取り方や伝え方を考える。
そんな順番で読んでみるのも、おすすめです。
疑問が解決した物語
二人の名前が並んでいた理由
数日後の放課後。
中学2年生の陽菜(ひな)は、以前と同じ教室で、調べ学習のノートを開いていました。
そこには、最初に書いた三つの疑問が残っています。
「それぞれ何を研究していたの?」
「どうして噂を調べたの?」
「二人の研究は、何が重要だったの?」
隣で本を読んでいた友達が、ノートをのぞき込みました。
「そういえば、オルポートとポストマンのこと、わかった?」
「うん。最初に思っていたより、ずっと面白かったよ」
陽菜は、二人の名前を指さしました。
「オルポートは、人それぞれの性格や、社会の中での判断を研究していたんだって。ポストマンは、人が情報をどう受け取って、覚えて、忘れるのかを研究していたんだよ」
「へえ。最初から同じ研究をしていたわけじゃないんだね」
「そう。それに、二人が研究していたころは戦争中で、確かな情報がわからないまま噂が広がることが、社会の問題にもなっていたんだ」
陽菜は少し考えてから続けました。
「ただ、二人がそれぞれどんな個人的な理由で噂に興味を持ったのか、はっきりわからないこともあるんだって」
「じゃあ、二人が重要なのはどうして?」
陽菜はノートの最後のページを開きました。
「実際に広まった噂を調べたり、絵の内容を人から人へ伝える実験をしたりして、情報がどう変わるのかを確かめようとしたこと。それが大事なんだと思う」
「でも、その実験ですべての噂が説明できたわけじゃないんでしょう?」
「うん。だから、後の研究者たちが、二人の説明を確かめ直したんだよ」
陽菜は、最初の三つの疑問の下に、新しい一文を書き加えました。

「二人が重要なのは、噂についてのすべての答えを見つけたからではなく、噂を心理学で調べ、次の研究につながる成果を残したから。」
「これなら、どうして二人の名前が並んでいるのか、説明できそう!」
陽菜は調べ学習の発表原稿を開き、研究者の名前の下に「何を、どうやって調べたのか」という説明を書き足しました。
以前は、名前と研究結果だけをまとめようとしていたのです。
でも今は、研究の方法を知ることで、その結果がどこまで確かなのかも考えられるとわかりました。
有名な研究者の名前を見つけたとき、あなたなら何を知りたいと思いますか。
一つの答えは、陽菜のように、「その人は何を疑問に思い、どうやって調べ、何がわかったのか」まで確かめてみることです。
そうすれば、難しそうに見えた研究者の名前も、人間の心の不思議を一緒に考えるための入口になるかもしれません。
文章の締めとして
普段、何気なく耳にする噂や、誰かとの短い会話。
そんな身近な出来事に、遠い時代を生きた二人の心理学者が真剣に向き合っていたと思うと、いつもの日常も少し違って見えてきませんか。
オルポートとポストマンの研究を知ることが、何でもないと思っていた出来事の中に、小さな不思議を見つけるきっかけになればうれしく思います。

補足注意
本記事は、筆者が個人で確認できる範囲の文献や資料をもとに、オルポートとポストマンの生涯や研究をまとめたものです。
二人の研究には異なる評価や解釈もあり、ここで紹介した内容がすべてではありません。今後の研究によって、これまでの理解が見直されたり、新しい事実が明らかになったりする可能性もあります。
🧭 本記事のスタンス
この記事は、二人の研究について「これが唯一の正解」と示すものではありません。
身近な噂から人間の心に興味を持ち、心理学の研究を自分でも調べ、考えていくための入り口として書いています。
ぜひ、ほかの研究や異なる視点にも触れながら、自分なりの理解を深めていただければ幸いです。
オルポートの「ポート」を知の港に、ポストマンの「ポスト」を問いの便りに――噂から原典へ、知ることから探ることへ、二人が残した心の謎を、今度はあなた自身の好奇心で、さらに深くたどってみてください。
最後まで読んでいただき、
本当にありがとうございました。
二人の歩みは、私たちが当たり前だと思っている日常の中にも、人間の心を深く理解するための大切な発見が隠れていることを教えてくれているのかもしれません。


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