PR

エリザベス・ロフタスとは?虚記憶研究で重要な理由|目撃証言の実験と生涯

学ぶ
当サイトでは広告・アフィリエイトプログラムを利用しています。

同じ出来事を見ても、質問の言い方によって答えが変わることがあります。心理学者エリザベス・ロフタスは、その不思議をどのように実験で確かめたのでしょうか。彼女の生い立ちから、自動車事故や迷子の実験、目撃証言への影響まで、研究の功績と限界をわかりやすくたどります。

「確かに見たはず」の記憶は、なぜ食い違うのか?

導入

ニュースで「目撃者の話が、あとになって変わった」と聞いたら、どうしてだろうと思いませんか。人は嘘をつくつもりがなくても、実際とは違う内容を思い出すことがあります。

そんな記憶の不思議を調べると、「虚記憶(きょきおく)」という言葉に出会います。虚記憶とは、起きなかった出来事や、事実と異なる内容を、実際の思い出として覚えていることです。

さらに調べると、アメリカの心理学者エリザベス・F・ロフタス(Elizabeth F. Loftus)の名前がたびたび登場します。

なぜ彼女は、虚記憶研究で重要なのでしょうか。今回は、その生涯と研究の歩みをたどります。

5秒でわかる結論

エリザベス・F・ロフタスは、出来事の後に聞いた言葉や情報が記憶や目撃した出来事の報告に影響することを実験で示し、虚記憶研究を発展させた心理学者です。

疑問が生まれた物語

放課後、中学生の陽菜(ひな)は友達の美咲と、去年の文化祭の話をしていました。

「最後のあいさつのとき、先生、泣いていたよね?」

陽菜は首をかしげました。拍手の音や、みんなの笑顔は覚えています。でも、先生の涙は思い出せません。

「言われてみると……目元をぬぐっていた気もする」

家で当日の動画を見返しても、その場面は見つかりませんでした。ただ、映っていなかっただけかもしれません。

陽菜が気になったのは、先生が泣いたかどうかだけではありません。

「私、友達に聞く前から、そう覚えていたのかな?」

思い出したつもりなのか、話を聞いて想像したのか。自分でもよくわかりません。

「こんなこと、心理学ではどうやって調べるんだろう?」

そう考えて調べたとき、陽菜はロフタスの研究を知りました。

「この人は、どんな方法で確かめたんだろう。どうして記憶を研究し始めたのかな?」

陽菜は、記憶の不思議だけでなく、そこに向き合った一人の心理学者の歩みを知りたくなりました。

1 エリザベス・ロフタスとは?

エリザベス・F・ロフタス(Elizabeth F. Loftus)

エリザベス・F・ロフタスは、1944年(昭和19年)10月16日にアメリカのカリフォルニア州ロサンゼルスで生まれ、ベルエア地区で育った心理学者です。

大学では数学と心理学を学び、1966年(昭和41年)にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)を卒業。1970年(昭和45年)には、スタンフォード大学で心理学の博士号を取得しました。

その後、複数の大学で研究と教育に携わり、1973年(昭和48年)からはワシントン大学、2002年(平成14年)からはカリフォルニア大学アーバイン校で研究を続けてきました。

現在は、カリフォルニア大学アーバイン校の特別栄誉教授(Distinguished Professor)として、心理学や、犯罪・法律と社会の関係など、複数の分野に関わっています。

ロフタスの主な専門分野は、認知心理学と人間の記憶の研究です。

認知心理学とは、人がものを見たり、言葉を理解したり、考えたり、覚えたりするときに、心の中でどのような働きが起こるのかを、実験などを通して調べる心理学の一分野です。

例えば、昨日見た景色を思い出すとき、私たちは何を手がかりにしているのでしょうか。

覚えたはずのことを忘れるのはなぜでしょう。また、はっきり覚えていると思っていたことが、実際とは違う場合があるのはなぜでしょうか。

このような記憶の働きを科学的に調べるのが、記憶研究です。

ロフタスが特に注目したのは、人が出来事を経験した後に聞いた言葉や情報が、その出来事についての記憶や報告に、どのような影響を与えるのかという問題でした。

そして、その問題を調べるために、実験を重ねていきました。

この研究は、裁判での「目撃証言」を考えるうえでも重要です。
目撃証言とは、事件や事故などを見た人が、何を見たのかをあとから説明することです。

本人が正しいと思って話していても、その内容はいつも正確なのでしょうか。

ロフタスの研究は、こうした疑問を科学的に検討するための手がかりを示してきました。

その功績が認められ、2004年(平成16年)には、優れた研究業績を持つ科学者たちが選ばれるアメリカの学術団体、米国科学アカデミーの会員にも選ばれています。

このようにロフタスは、記憶の仕組みを研究するだけでなく、その研究成果が、現実の社会でどのような意味を持つのかについても考えてきた心理学者なのです。

2 そもそも虚記憶とは?

ロフタスの研究を理解するために、ここで「虚記憶(きょきおく)」の意味を少し整理しておきましょう。

虚記憶とは、実際には起きなかった出来事を経験したように思い出したり、起きた出来事を事実とは違う形で思い出したりすることです。

ここで大切なのは、虚記憶は、単に忘れていることや、わざと嘘をつくこととは違うという点です。

例えば、友達と遊ぶ約束の集合時間を「午後3時だった」と覚えていたのに、当時のメッセージを確かめると「午後2時」と書かれていたとします。

この場合、集合時間についての記憶は、残された記録と食い違っています。

しかし、どうして違う時間を覚えていたのかまでは、それだけではわかりません。

また、嘘をつく人は、事実と違うと知りながら話すことがあります。一方、虚記憶では、本人が本当にそうだったと信じて思い出している場合があります。

「本人が確かに覚えていると感じること」と、「その記憶が事実と一致していること」は、必ずしも同じではないのです。

だからといって、誰かと記憶が食い違っただけで、一方が間違っていると決めつけることもできません。

虚記憶が起こる仕組みや身近な例、記憶の食い違いへの対処法については、関連記事『虚記憶とは?——「ないはずの思い出」が本物のように感じられる理由』で詳しく紹介しています。

今回の記事では、その現象を研究してきたロフタスという人物に注目します。

では、彼女はどのような道を歩んで心理学者になり、人間の記憶に関心を向けるようになったのでしょうか。

次の章では、ロフタスが記憶研究へと進んでいくまでの歩みをたどります。

3 記憶の研究者になるまで

ロフタスが最初に目指していたのは、心理学者ではなく、高校の数学教師でした。

子どものころから数学が得意だった彼女は、父親に数学の宿題を教えてもらっていたことを、後年の回想で語っています。

そんなロフタスの進路を変えたのは、大学で受けた一つの授業でした。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で数学を学んでいたとき、選択科目として心理学の入門授業を受けたのです。

授業を担当していたのは、人間の判断の仕組みなどを研究し、UCLAの教授を務めたアメリカの心理学者、アレン・パルドゥッチ(Allen Parducci、1925年〈大正14年〉〜2023年〈令和5年〉)でした。

ロフタスは、この授業をきっかけに心理学への興味を深め、その後も心理学の授業を選ぶようになったと振り返っています。

そして大学院では、それまで学んできた数学と心理学の両方を生かせる「数理心理学」という分野を選びました。

数理心理学とは、人間の判断や記憶などの心の働きを、数学や数値を使って説明しようとする研究分野です。

しかし、ロフタスが後に長く取り組むことになる記憶研究への道は、大学院での別の出会いから開かれました。

ロフタスは、アメリカの社会心理学者で、後にトロント大学の教授を務めたジョナサン・L・フリードマン(Jonathan L. Freedman、1937年〈昭和12年〉生まれ)と、記憶についての共同研究に取り組むことになったのです。

二人が調べたのは、「意味記憶(いみきおく)」と呼ばれる記憶でした。

意味記憶とは、「カナリアは鳥の仲間である」といった、言葉や物事についての知識の記憶です。

例えば、「鳥の名前を一つ挙げてください」と言われたとき、私たちは頭の中にある知識から答えを探します。

どのような手がかりがあると答えを見つけやすいのか。答えるまでに、どれくらい時間がかかるのか。

ロフタスとフリードマンは、こうした反応にかかる時間などを調べることで、人が知識をどのように記憶し、取り出しているのかを研究しました。その成果は、1971年(昭和46年)に共同論文として発表されています。

このころのロフタスが研究していたのは、出来事を見間違えたり、存在しなかった思い出を持ったりすることではなく、頭の中にある知識を、どのように探し出すのかという問題だったのです。

博士号を取得した後、ロフタスは、1919年(大正8年)に創設されたニューヨークの大学、ニュースクール・フォー・ソーシャル・リサーチで教員となり、意味記憶の研究を続けました。

この大学は、心理学や社会科学などの研究・教育を重視してきた学校で、現在の「ザ・ニュースクール」につながっています。

そして、ワシントン大学へ移ったころ、研究の方向が大きく変わり始めます。

ロフタスは後年、記憶研究をもっと現実の社会で役立つ問題に結びつけたいと考えるようになった、と語っています。

もともと犯罪や法律の問題にも関心があった彼女が注目したのは、事件や事故を見た人の記憶でした。

目撃者は、自分が見た出来事を正確に伝えようとします。しかし、その人が受ける質問によって、答えの内容に違いが生まれることはないのでしょうか。

これは、記憶の仕組みを調べるだけでなく、裁判などで証言をどのように受け止めるべきかにも関わる問題です。

ロフタスは、この疑問を実験で調べようとしました。

1974年(昭和49年)に発表した自動車事故の研究も、アメリカ運輸省の関連機関から助成を受けて行われました。

知識をどのように思い出すのかという研究から、実際に見た出来事を人はどれほど正確に報告できるのかという研究へ。

この方向転換が、後に虚記憶研究へと発展する、ロフタスの研究人生の重要な転機となりました。

では、事故の映像を見た人への質問を少し変えると、どのような結果が生まれたのでしょうか。

次の章では、1974年の自動車事故実験を詳しく見ていきましょう。

4 1974年の自動車事故実験

同じ交通事故を見た人に、車の速度を尋ねるとします。

「車が接触したとき、どのくらいの速さでしたか?」

「車が激しく衝突したとき、どのくらいの速さでしたか?」

質問の言葉が少し違うだけで、答えは変わるのでしょうか。

この疑問を調べたのが、ロフタスと、当時同じワシントン大学に所属し、記憶と質問の言葉の関係を共同で研究したジョン・C・パーマー(John C. Palmer)です。

二人は1974年(昭和49年)、自動車事故の映像を使った二つの実験を、共同研究として発表しました。

第1実験:質問の一語で、速度の答えは変わる?

最初の実験には、45人の学生が参加しました。

参加者は、自動車事故を撮影した7本の短い映像を見ます。映像は運転者向けの安全教育用フィルムから選ばれたもので、1本の長さは5〜30秒ほどでした。

参加者は、事故映像を1本見るたびに、その事故について自分の言葉で説明し、いくつかの質問に答えました。

つまり、45人全員が同じ7本の事故映像を見て、それぞれの映像について質問に答えたのです。ただし、映像を見せる順番は変えられていました。

研究者たちが特に注目したのは、車の速度を尋ねる質問でした。

参加者45人は、速度を尋ねる質問に使う言葉の違いによって、9人ずつ五つのグループに分けられました。

どのグループも速度について質問されましたが、車がぶつかる様子を表す英語の動詞が、グループごとに異なっていました。

例えば、一つのグループには「hit(当たった)」、別のグループには「smashed(激しく衝突した)」という言葉が使われました。

残る三つのグループには、それぞれ「collided(衝突した)」「bumped(ぶつかった)」「contacted(接触した)」が使われました。

つまり、五つのグループで比較した条件は、速度を尋ねる質問の動詞の違いだったのです。

参加者は、車の動きや衝突の様子など、映像から読み取れる情報を手がかりに、車がどのくらいの速さで走っていたのかを自分で推定して答えました。

研究者たちは、7本の映像について答えられた推定速度をもとに、質問に使った言葉によって平均値がどう違うのかを比較しました。

その結果、回答された速度の平均は次のようになりました。

質問に使われた英語推定速度の平均
smashed(激しく衝突した)約41 mph
collided(衝突した)約39 mph
bumped(ぶつかった)約38 mph
hit(当たった)約34 mph
contacted(接触した)約32 mph

※mphは、1時間に何マイル進む速さかを表す単位です。数値は読みやすさのために四捨五入した概数で、日本語訳は各動詞の意味を伝えるためのものです。

強い衝突を思わせる言葉で質問された条件ほど、平均すると高い速度が答えられました。

「激しく衝突した」と「接触した」では、平均値に約9 mphの差があったのです。

ただし、速度の答えが変わったからといって、事故の記憶そのものが変わったとは、まだ言い切れません。

参加者が映像を違うように思い出した可能性もありますが、速度に自信がなく、質問の言葉に合わせて数字を答えただけかもしれません。

二人は、この違いをさらに調べることにしました。

第2実験:1週間後の記憶にも影響する?

次の実験には、第1実験とは別の150人の学生が参加しました。

今度は、複数の車が事故を起こす映像を見てもらいます。映像全体は1分未満で、衝突の場面は約4秒間でした。

参加者は50人ずつ、3つの条件に分けられました。

  • 「smashed(激しく衝突した)」という言葉で速度を質問される。
  • 「hit(当たった)」という言葉で速度を質問される。
  • 速度については質問されない。

そして、1週間後。

参加者は事故の映像を見直さずに、10個の質問に答えました。

その中に、こんな質問がありました。

「割れたガラスを見ましたか?」

実は、実際の事故映像には、割れたガラスは登場していませんでした。

ところが、結果は次のようになりました。

最初に受けた質問「ガラスを見た」と答えた人
smashed(激しく衝突した)50人中16人(32%)
hit(当たった)50人中7人(14%)
速度について質問されなかった50人中6人(12%)

最初に「smashed(激しく衝突した)」という言葉で速度を質問されたグループでは、ほかの二つのグループよりも、実際には映っていなかった割れたガラスを「見た」と答える割合が高くなりました。

しかも、その回答は事故映像を見た直後ではなく、1週間後のものでした。

「見た」と答えた人が、割れたガラスを実際に見た光景のように思い出したのか、それとも「激しく衝突したのだから、ガラスも割れたはずだ」と推測して答えたのかは、この結果だけでは区別できません。

二つの実験は何を明らかにしたのか

第1実験では、質問に使った言葉によって、その場での速度の推定値が異なることが示されました。

第2実験では、最初に使われた言葉によって、1週間後の事故についての回答にも違いが生まれることが示されました。

ロフタスとパーマーは、この結果を説明するために、一つの考え方を示しました。

人は最初に見た出来事を記憶します。しかし、その後に聞いた言葉も、出来事についての情報として受け取ります。

その二つが結びつくと、あとから思い出すときに、実際に見たことと、後から得た情報を区別しにくくなるのではないか、という考え方です。

ただし、これは研究者たちによる結果の解釈です。実験では回答の違いが確認されましたが、記憶そのものがどの程度変化したのかを、直接確かめたわけではありません。

また、参加者は学生で、見たのは短い事故映像でした。実際の事件や事故を目撃した人すべてに、同じ結果が当てはまるとは限りません。

それでも、この研究には重要な意味があります。

ロフタスたちは、目撃者の答えを調べるとき、「何を見たのか」だけでなく、「その後、どのような質問を受けたのか」も考える必要があることを、具体的な実験結果によって示したのです。

そしてロフタスは、後から与えられた情報が記憶に及ぼす影響を、さらに詳しく研究していきます。

次の章では、1975年の研究を通して、質問に含まれる情報が後の回答にどう影響するのかを見ていきましょう。

5 誘導的な質問は何を変えるのか

1974年の実験では、事故の激しさを表す言葉が、後の回答にも影響することがわかりました。

では、質問の中に、実際には存在しなかった物を、あったかのように示す言葉が含まれていたらどうなるのでしょうか。

ロフタスは1975年(昭和50年)、『Leading Questions and the Eyewitness Report(誘導的な質問と目撃者の報告)』という論文を発表しました。

この研究では、合計490人が参加した4つの実験を通して、質問の言葉が後の回答に与える影響を調べました。

ここでは、そのうち150人が参加した第3実験を紹介します。

存在しなかった「納屋」を見たと答える?

第3実験には、ワシントン大学の学生150人が参加しました。

参加者は自動車事故の短い映像を見た後、事故について10個の質問に答えました。

その中の一つが、白いスポーツカーの速度についての質問です。

参加者は75人ずつ、二つの条件に分けられました。

一方には「白いスポーツカーが田舎道で納屋を通り過ぎたとき、速度はどのくらいでしたか?」と質問しました。

もう一方には、「納屋」という言葉を入れず、田舎道を走っていたときの速度を尋ねました。

ところが、事故の映像に納屋は登場していませんでした。

つまり、一方の質問には、実際には存在しない納屋を、そこにあったかのように扱う言葉が含まれていたのです。

そして1週間後、参加者は映像を見直さずに、新しい10個の質問に答えました。

最後の質問は、全員同じでした。

「納屋を見ましたか?」

その結果、「見た」と答えた人の割合は、次のようになりました。

  • 最初の質問に「納屋」が含まれていた条件:17.3%
  • 最初の質問に「納屋」が含まれていなかった条件:2.7%

実際には映っていなかった納屋について、最初の質問で存在を示された人のほうが、1週間後に「見た」と答える割合が高かったのです。

この結果は、何を意味するのでしょうか?

このように、ある答えに導くような言葉や、事実とは異なる前提を含む質問を「誘導的な質問」といいます。

また、出来事を経験した後に受け取る情報を「事後情報」と呼びます。

その中でも、後から与えられた誤った情報が、思い出す内容や報告に影響する現象を「誤情報効果」といいます。

ロフタスは、質問の中に含まれた情報が、もともと見た出来事の記憶に取り込まれる可能性を考えました。

ただし、実験で直接確認されたのは、後から「納屋を見た」と答える人が増えたことです。

参加者の記憶そのものが変わったのか、それとも質問で聞いた「納屋」という言葉を手がかりに回答したのかは、この実験だけでは完全には区別できません。

ロフタスは、ほかの実験でも、存在しない物について直接尋ねる場合と、存在を当然のこととして質問する場合を比較し、後者が後の回答により強く影響することを報告しました。

ここで重要なのは、質問は、相手が覚えていることを聞き出すだけでなく、その後の回答に影響を与える場合があるという点です。

また、情報が人から人へ伝わるときにも、話の内容が変化することがあります。

「最初に聞いた話と、みんなが話している内容が違うのはなぜ?」と気になった方は、関連記事『流言とは?噂はなぜ広まるのか』もご覧ください。記憶の問題とはまた別の角度から、情報の伝わり方を学べます。

この研究を通して、ロフタスは「後から与えられた情報と記憶の関係」という問題を、さらに深く調べていきました。

そして後年には、映像に映っていなかった物だけでなく、実際には経験していない出来事そのものを、過去の思い出として受け入れることがあるのかという問題にも取り組みます。

次の章では、1995年の研究を見ていきましょう。

6 存在しなかった思い出は生まれるのか

これまでの実験では、実際に見た出来事について、後から聞いた言葉が記憶や報告に与える影響を調べてきました。

では、さらに進んで、実際には経験していない出来事そのものを、自分の過去の思い出として語ることはあるのでしょうか。

ロフタスは1995年(平成7年)、記憶の研究に携わり、後にロフタスの指導で博士号を取得した心理学研究者、ジャクリーン・エリザベス・ピックレル(Jacqueline Elizabeth Pickrell、論文ではJacqueline E. Pickrell)と共同で、この問題を調べた論文を発表しました。

ピックレルは、ロフタスとともに記憶研究に取り組んだ共同研究者です。発表された論文には、学士号(BA)を持つ共著者として記されています。

論文の題名は、『The Formation of False Memories(虚記憶の形成)』。

この研究は、一般に「ショッピングモールで迷子になる実験」として知られています。

本当の思い出の中に、作り話を一つ混ぜる

実験には、18〜53歳の男女24人が参加しました。

研究者たちは、まず参加者の親や年上のきょうだいなど、幼いころの出来事を知る家族から話を聞きました。

そして、本人が4〜6歳ごろに実際に経験した出来事を三つ集めました。

しかし、参加者に渡す資料には、本当の出来事三つに加えて、研究者が作った架空の出来事を一つ混ぜたのです。

それは、5歳ごろにショッピングモールや大型店で迷子になったという話でした。

作り話には、次のような内容が含まれていました。

  • 家族と買い物に出かけ、しばらく迷子になった。
  • 迷子になって泣いていたところ、年配の女性に助けられた。
  • 最後は家族と再会した。

この話は、誰にでも同じ店や家族の名前を使って作ったわけではありません。

研究者たちは、参加者が幼いころによく行っていた店や、一緒に買い物をしていた家族について、あらかじめ情報を集めていました。

また、家族には、本人が5歳ごろにそのような迷子の経験をしていなかったことも確認しました。

こうして、本人の生活にありそうな情報を使いながら、実際にはなかった出来事を用意したのです。

参加者は、どのように思い出そうとしたのか

参加者には、子どものころの記憶を調べる研究だと説明し、四つの出来事を短く書いた冊子を送りました。

参加者は、それぞれの話を読んで、覚えていることを自由に書き込みます。

思い出せない場合は、「覚えていません」と答えてもよいことになっていました。

その約1〜2週間後、研究者は参加者に面接を行い、四つの出来事について、覚えていることを詳しく話してもらいました。

さらに約1〜2週間後、もう一度面接を行いました。

面接では、記憶がどれほどはっきりしていると感じるかなども尋ねています。

つまり参加者は、実際の出来事も作り話も、冊子と二度の面接を通して、繰り返し思い出すよう求められたのです。

24人のうち、何人が迷子の話を思い出したのか

結果はどうだったのでしょうか。

まず、本当にあった出来事については、全部で72件のうち、49件(約68%)について何らかの内容が思い出されました。

一方、架空の迷子の話については、最初の冊子に記入した段階で、24人中7人が、全部または一部を思い出したかのように報告しました。

その後、1人は面接で「覚えていない」と答えるようになりました。

その後の2回の面接では、24人中6人(25%)が、迷子の出来事を全部または一部思い出したと報告しました。

一方、残りの18人(75%)は、研究者たちの基準では、架空の迷子の出来事を思い出したとは分類されませんでした。

ここで注意したいのは、6人全員が、迷子になった場面を細部まではっきり思い出したわけではないことです。

研究者が「一部を思い出した」と分類した報告には、出来事の一部分についての記述だけでなく、どのように起きたのかという推測も含まれていました。

また、架空の出来事についての説明は、本当の出来事についての説明より短く、記憶の鮮明さについての自己評価も低い傾向がありました。

研究の最後には、参加者に四つの話のうち一つが作り話だったことを伝え、どれが作り話だと思うかを尋ねています。

なぜ、この研究が重要なのか

ロフタスとピックレルは、この結果から、実際には経験していない出来事についても、他者から与えられた情報をきっかけに、自分の記憶として受け入れてしまう場合があると考えました。

それまでの研究が、実際に見た出来事の一部分についての記憶や報告を中心に扱っていたのに対し、今回は、経験していない出来事全体を研究対象にしたのです。

ただし、「24人中6人が全部または一部を思い出したと報告した」という結果は、「誰にでも自由に偽の記憶を作れる」という意味ではありません。

参加者は24人と少なく、家族から集めた情報を使って作り話を用意し、繰り返し思い出すよう求めるという、特定の条件で行われた研究でした。

また、部分的な報告や推測を、どこまで実際の記憶と判断できるかについても、後の研究で議論されています。

ロフタスたち自身も、25%という数字が、一般の人々に虚記憶を作れる割合を示すものだとは主張していません。

この研究の重要性は、後から与えられた情報が、経験していない出来事についての記憶の報告にまで関わり得ることを、具体的な研究結果によって示した点にあります。

こうしてロフタスの研究は、記憶の仕組みを調べる心理学の中だけでなく、過去の出来事について語られる証言を、社会でどのように受け止めるべきかという問題にもつながっていきます。

次の章では、ロフタスの研究が裁判や社会にどのような影響を与えたのかを見ていきましょう。

7 研究は裁判や社会に何を問いかけたのか

事件を見た人が、覚えている顔と似た別の人を「犯人だ」と思ってしまったら、どうなるでしょうか。

目撃証言は捜査や裁判の大切な手がかりです。しかし、本人に嘘をつくつもりがなくても、思い違いがあれば、無関係な人が疑われるおそれがあります。

記憶研究を裁判に結びつける

ロフタスは、1995年の迷子の研究より前から、記憶の研究を法律の問題に結びつけていました。

1979年(昭和54年)には、著書『Eyewitness Testimony(目撃証言)』をハーバード大学出版局から刊行しました。

この本では、出来事を目撃したときの状況や、あとから受ける質問などが、証言の正確さにどう関わるのかを、心理学の研究に基づいて説明しています。

ロフタスは裁判で専門家として意見を述べたり、法律家から相談を受けたりする活動も続けてきました。

そこで伝えてきたのは、目撃者の記憶が正確な場合もあれば、さまざまな条件によって誤る場合もあるという、研究から得られた知識です。

記憶が間違う可能性を説明することは、目の前の証人が嘘をついていると証明することではありません。

「どう尋ねたか」も大切な情報になる

例えば、事件を見た人に何枚かの写真を示し、その中に見覚えのある人物がいるかを尋ねる場面を考えてみましょう。

写真を見せる人が、捜査上の容疑者の顔を知っていたら、本人にそのつもりがなくても、表情や反応で手がかりを与えてしまうかもしれません。

2014年(平成26年)、アメリカの研究者たちによる全米研究評議会(National Research Council)は、目撃者が人物を見分ける手続きについて、科学的な研究を検討した報告書を発表しました。

報告書では、写真を見せる担当者にも容疑者が誰かを知らせない方法や、目撃者が最初に人物を選んだときの確信の程度を、その場で記録することなどを提言しています。

これは、ロフタス一人が決めた制度ではなく、多くの研究者による成果を踏まえた提言です。

証言を確かめるには、何を話したかだけでなく、どのような方法で尋ねられたかも重要なのです。

後から思い出した記憶をめぐる議論

ロフタスの研究は、さらに慎重な判断が求められる問題にも関わりました。

1990年代には、幼いころの虐待などを長い間思い出せず、心理療法などを受ける中で思い出したとされる記憶が、どこまで正確なのかをめぐって議論が起きました。

ロフタスは1993年の論文で、長い間思い出せなかった記憶が後から現れたという説明や、暗示による影響について、慎重に検討する必要があると指摘しました。

一方で、実際に経験した出来事を長く思い出せず、後になって思い出す場合もあります。

アメリカ心理学会(American Psychological Association)も1995年、後から思い出された記憶について、虐待があったとも、なかったとも、最初から決めつけないよう注意を促しています。

「記憶が誤ることがある」と「その人の被害経験は事実ではない」は、まったく別の主張です。

ある人の証言が正しいかどうかは、実験結果だけでは決められません。ほかの証拠や、話を聞いたときの状況も合わせて、慎重に考える必要があります。

ロフタスが重要なのは、人の記憶をただ疑うよう求めたからではありません。

記憶を大切な手がかりとして扱いながら、誤りが入り込む条件を科学的に調べ、その知見を社会の判断に生かそうとしたことにあります。

次の章では、こうした歩みを振り返り、ロフタスの功績と研究の限界を整理していきましょう。

8 なぜ虚記憶研究で重要なのか

ここまでロフタスの歩みをたどってきました。

では、なぜ彼女は、虚記憶研究において重要な心理学者なのでしょうか。

その理由は、有名な実験を行ったことだけではありません。

人の記憶が、後から得た情報によってどのような影響を受けるのかを、さまざまな方法で確かめ、研究を発展させてきたことにあります。

一つの疑問から、研究を広げていった

ロフタスが目撃証言の研究を発展させるうえで、重要な出発点となったのが、事故について質問するときの言葉が回答に影響するのかという問題でした。

その後、質問の中に含まれる誤った情報、さらに実際には経験していない幼少期の出来事へと、研究の対象を広げていきました。

これらに共通するのは、「最初に経験したこと」と「後から与えられた情報」が、記憶や報告にどのように関わるのかという問いです。

ロフタスは共同研究者たちとともに、条件を変えて結果を比較する実験を重ね、この問題を調べてきました。

ロフタスが最初に発見したの?

実は、人の記憶が過去の出来事をそのまま再現するとは限らないことは、ロフタス以前から研究されていました。

例えば、ロフタスより前に記憶の仕組みを研究したイギリスの実験心理学者で、ケンブリッジ大学の教授を務めたフレデリック・チャールズ・バートレット(Frederic Charles Bartlett、1886年〈明治19年〉10月20日〜1969年〈昭和44年〉9月30日)は、1932年(昭和7年)の著書『Remembering(記憶)』で、人が物語を思い出すとき、それまでの知識や考え方の影響を受けて、内容が変化することを研究しました。

つまり、ロフタスが記憶の不確かさを初めて発見したわけでも、虚記憶研究を一人で作り上げたわけでもありません。

彼女の重要な功績は、後から与えられる情報の影響を実験で詳しく調べ、その成果を目撃証言などの社会的な問題にも結びつけてきたことです。

研究結果について、異なる考え方もある

ロフタスの研究は、ほかの心理学者との議論を通しても発展してきました。

1985年(昭和60年)、記憶や人間の認知を研究する心理学者で、ジョンズ・ホプキンズ大学に所属していたマイケル・エドワード・マクロスキー(Michael Edward McCloskey、1953年〈昭和28年〉7月7日生まれ)と、目撃証言や虚記憶を研究する心理学者で、ケント州立大学に所属していたマリア・S・サラゴサ(Maria S. Zaragoza)は、ロフタスたちの研究について、重要な疑問を示しました。

それは、後から誤った情報を聞いて回答が変わったとしても、最初の記憶が失われたり、書き換えられたりしたとは限らないというものです。

二人は、回答の選択肢を工夫した実験を行い、従来の研究だけでは、もとの記憶が損なわれたと結論づけるには十分ではないと主張しました。

これに対してロフタスらも同じ年に反論し、その実験方法では記憶への小さな影響を見つけにくい可能性があると指摘しています。

つまり、後から聞いた情報が回答に影響するという結果に加えて、そのとき記憶の中で何が起きているのかを、さらに確かめる必要があるのです。

また、2017年(平成29年)には、心に強い傷を残す体験と記憶の関係を研究し、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの教授を務めたイギリスの臨床心理学者、クリストファー・レイ・ブリューイン(Christopher Ray Brewin、論文ではChris R. Brewin、1953年〈昭和28年〉生まれ)と、つらい体験や記憶を研究し、ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ校の教授を務めた心理学者、バーニス・アンドリュース(Bernice Andrews)が、子ども時代の出来事について虚記憶を生じさせる実験の結果をまとめて検討しました。

二人は、存在しなかった出来事を「本当にあったと信じること」と、「実際に思い出したように感じること」、そして「その記憶をどれほど確かだと思うか」を区別する必要があると指摘しました。

ただし、この検討の研究の選び方や結論についても、別の研究者から異なる意見が示されています。

こうした議論は、何を虚記憶と判断するのか、実験からどこまで言えるのかを、より正確に考えるためのものです。

研究の限界と、参加者への配慮

虚記憶を調べる実験には、倫理的な問題もあります。

実際にはなかった出来事を伝える研究では、参加者がその情報を本当のことだと思ってしまう可能性があるからです。

そのため、研究を行う必要性を慎重に判断し、参加者への負担をできるだけ小さくすることが求められます。

また、実験後に作り話だったことを説明し、誤解が残らないようにすることも大切です。

そして、実験室で得られた結果を、現実の複雑な出来事や、特定の人の証言にそのまま当てはめることはできません。

実験で虚記憶に関係する反応が確認されたことと、誰にでも同じ反応が起こることは別だからです。

ロフタスが重要である本当の理由

ロフタスが虚記憶研究で重要なのは、人の記憶をただ疑わせたからではありません。

記憶の正確さを思い込みだけで判断せず、どのような情報や条件が影響するのかを、実験によって科学的に確かめる研究を発展させたからです。

そして、その成果を社会で生かそうとするときにも、研究からわかったことと、まだわかっていないことを区別する必要があります。

功績だけでなく、研究の限界や議論にも目を向けることで、エリザベス・ロフタスが虚記憶研究に残した意味が、よりはっきり見えてくるのです。

ロフタスの研究を知って、「記憶の仕組みをもっと詳しく学びたい」「目撃証言と裁判の関係を本でも読んでみたい」と感じた方もいるかもしれません。

この記事の「更に学びたい人へ」では、初めて記憶について学ぶ方から、ロフタス本人の著作を読みたい方まで、目的に合わせて日本語で読める本を3冊紹介しています。

9 ロフタスの研究で誤解されやすいこと

誤解①「すべての記憶は信用できない?」

正しくは、質問の言い方や後から得た情報によって、記憶に関する回答が影響を受ける場合がある、ということです。

いつも間違うわけでも、正確な記憶が存在しないわけでもありません。

誤解②「虚記憶は誰かが作った嘘?」

虚記憶では、本人が事実と違う内容を、本当に経験したこととして思い出す場合があります。

事実と違うと知っていて嘘をつくのとは異なり、誰かが意図的にだました結果とは限りません。

誤解③「実験結果は現実の誰にでも当てはまる?」

実験で確かめられたのは、その参加者と手順のもとでの結果です。

実際の事件や幼少期の体験について、特定の人の記憶が正しいか誤っているかを、一つの実験から決めることはできません。

三つに共通するのは、「場合がある」を「必ずそうなる」と読み替えないことです。

ロフタスの研究を正しく理解するには、どのような条件で、何が確かめられたのかを考えることが大切なのです。

10 おまけコラム

ディズニーランドにバッグス・バニー? ロフタスたちの意外な実験

「子どものころ、ディズニーランドでバッグス・バニーと握手したんだ!」

そう聞いて、「あれ?」と思った方もいるかもしれません。

バッグス・バニーは、ワーナー・ブラザースのウサギのキャラクター。ディズニーのキャラクターではありません。

実は、この「ディズニーランドでは会えないはずのキャラクター」を研究に使ったのが、ロフタスたちでした。

2001年(平成13年)、ロフタスは、第6章にも登場した共同研究者ジャクリーン・ピックレルと、広告が子ども時代の記憶や思い込みに与える影響を調べました。

参加者は120人。普通のディズニーランドの広告を読む人、バッグス・バニーの立て看板を見る人、バッグス・バニーと握手したという架空の広告を読む人、その両方を見る人の、四つの条件に分けられました。

その結果、架空の広告を読んだ条件では約30%、広告と立て看板の両方を見た条件では約40%が、ディズニーランドでバッグス・バニーに会ったことを「覚えている」、または「実際にあったと思う」と答えたのです。

ただし、その全員が、握手した場面をはっきり思い出したわけではありません。

では、なぜ別の会社のキャラクターを使ったのでしょうか?

例えばミッキーマウスなら、本当に会った経験を思い出した可能性もあります。しかし、バッグス・バニーなら、後から見た広告によって、経験していない出来事を自分の過去として受け入れることがあるのかを調べやすくなります。

ロフタスたちは、交通事故や裁判だけでなく、私たちが日常的に目にする広告にも研究を広げていたのです。

そして、ちょっと不思議な組み合わせにも、研究上の大切な理由がありました。

研究する場面を広げながら、その疑問を確かめる方法も工夫する。

この実験からは、そんなロフタスたちの研究者としての一面が見えてきます。

キャラクターや身近な物について、実際とは違う内容を覚えていたという経験はありませんか?

複数の人が同じような思い違いをする現象は、「マンデラ効果」と呼ばれることがあります。

関連記事『パンダのしっぽは黒?白?――「マンデラ効果」の不思議』では、キャラクターやロゴなどの身近な例を通して、記憶の食い違いを紹介しています。

ロフタスの実験とは異なる問題ですが、記憶の不思議を別の角度から考えてみたい方におすすめです。

11 まとめ・考察

「なぜ、虚記憶を調べるとエリザベス・ロフタスの名前が出てくるのだろう?」

記事の最初の疑問に戻ってみましょう。

ロフタスは、知識の記憶を調べる研究から出発し、目撃証言や、実際には経験していない出来事の記憶へと研究を広げていきました。

その中で、質問の言葉や後から与える情報を変えて比較し、人の記憶やその報告が、どのような条件で影響を受けるのかを科学的に調べてきました。

これが、彼女が虚記憶研究で重要とされる理由です。

そして私は、ロフタスの研究から、もう一つ大切なことを考えました。

それは、記憶を確かめるときには、思い出す人だけでなく、話を聞く人の言葉にも目を向ける必要があるということです。

例えば、こんな経験はありませんか?

友達がなくし物を探しているとき、親切のつもりで、

「昨日、図書室に置いたんじゃない?」

と聞いてしまうこと。

もちろん、それが正しい場合もあるでしょう。

しかし、もし自分の予想が間違っていたら、相手はその言葉を手がかりにして、図書室に置いたような気がしてくるかもしれません。

だから私なら、まず「最後に見たのはどこだったと思う?」と聞いてみたいと思います。

そして、覚えていなければ、無理に答えを出してもらう必要はありません。

こうした聞き方で必ず正しい記憶が得られるわけではありませんが、自分の思い込みを相手の答えに重ねないための、一つの心がけにはなるでしょう。

ここで、読者の皆さんにも考えてみてほしいことがあります。

あなたなら、相手の話を大切にすることと、その内容が正しいかを確かめることを、どう両立させますか?

私は、まず相手の言葉を丁寧に聞き、確かに覚えていること、推測していること、まだわからないことを分けて考えるのがよいと思います。

そして、必要であれば、写真や記録なども一緒に確かめる。

記憶の正確さを確かめることは、相手の誠実さを否定することではありません。

むしろ、相手の話を軽々しく「本当だ」「間違いだ」と決めつけないために、根拠を探すことが大切なのではないでしょうか。

ロフタスの研究を通して、私は、人を信じることと、事実を確かめることは、対立するものではないと考えるようになりました。

そして、科学の大切さもそこにあると思います。

何が確認できたのか。何はまだわからないのか。その境界を大切にしながら、より確かな理解を目指していくこと。

人の思い出を尊重しながら、事実にも誠実であること。

それが、エリザベス・ロフタスという心理学者の歩みから、私たちが学べる大切な姿勢の一つだと思います。

更に学びたい人へ

エリザベス・ロフタスの研究に興味を持った方へ、記憶の不思議をもう少し深く知るための本を三冊紹介します。

初学者・小学生高学年にもおすすめ
『記憶と脳の探究』 著者:櫻井芳雄

記憶について初めて学ぶ方や、中学生、小学校高学年で科学に興味がある方。
本の特徴
実験心理学と脳科学を研究する櫻井芳雄が、記憶の仕組みをやさしく紹介しています。虚記憶や目撃証言についても取り上げています。
おすすめ理由
「そもそも記憶は、脳の中でどう作られるの?」という疑問から学べるため、ロフタスの研究を理解する土台になります。

中級者向け
『目撃証言』 著者:エリザベス・ロフタス、キャサリン・ケッチャム 訳:厳島行雄

ロフタス本人の考え方や、記憶研究と裁判の関係を詳しく知りたい方。
本の特徴
心理学者ロフタスが、ノンフィクション作家のキャサリン・ケッチャムとともに、実際の裁判例を通して目撃証言の問題を考えた一冊です。
1991年(平成3年)に刊行された共著『Witness for the Defense』の日本語訳で、訳者は心理学者の厳島行雄です。
なお、第7章で紹介した1979年の『Eyewitness Testimony』とは、別の著作です。
おすすめ理由
この記事で紹介した研究が、現実の司法の場でどのような意味を持つのか、ロフタス自身の視点から考えられます。

幅広い読者におすすめ
『記憶はウソをつく』 著者:榎本博明

日常の思い出から目撃証言まで、記憶の不思議を身近な問題として考えたい方。
本の特徴
心理学者の榎本博明が、後から得た情報や、そのときの心理状態が記憶に与える影響などを解説しています。
おすすめ理由
「自分の記憶は本当に正確なのだろうか?」という身近な疑問から、記憶研究への関心を広げられます。
なお、タイトルの「ウソ」は、本人が意図的に嘘をつくという意味だけではありません。また、2009年刊行のため、その後の研究成果まで網羅した本ではない点にも注意してください。

気になった一冊から、ぜひ読んでみてください。記憶の研究には、この記事で紹介したロフタス以外にも、多くの研究者が積み重ねてきた発見があります。

疑問が解決した物語

翌日の放課後、陽菜は美咲に、エリザベス・ロフタスについて調べたことを話しました。

「ロフタスって、ただ『人の記憶は間違っている』と言った人じゃなかったんだね」

「どういうこと?」

「例えば、同じ交通事故の映像を見ても、後から質問するときの言葉によって、答えが変わることがあるんだって。ロフタスは、それを実験で確かめたんだよ」

美咲は少し考えてから言いました。

「じゃあ、私が『先生、泣いていたよね?』って聞いたから、陽菜もそう思ったのかな?」

「その可能性はあるみたい。でも、本当に先生が泣いていたのかは、まだわからないよ。それに、美咲が嘘をついたってことでもないしね」

二人は、去年の文化祭で自分が覚えていることを、まず別々に紙に書いてみることにしました。

陽菜が覚えていたのは、大きな拍手と、最後に先生が笑顔でお辞儀をしたこと。

美咲は、先生が顔に手を近づけていた場面を覚えていました。

「同じ文化祭なのに、覚えているところが違うんだね」

「うん。でも、どっちかが間違っているって、今すぐ決めなくてもいいんだと思う」

動画には先生が涙を流す場面は映っていませんでした。それでも、映像の外で何が起きたのかまではわかりません。

陽菜は、ロフタスの研究を読んで気づいたことを、もう一度美咲に話しました。

「記憶を疑うことが大切なんじゃなくて、どうしてそう覚えているのかを、きちんと確かめようとすることが大切なんだね」

美咲もうなずきました。

二人は、先生が泣いていたかどうかについて、まだ答えを出していません。

けれど、陽菜が最初に抱いた「心理学では、記憶の不思議をどう調べるのだろう?」という疑問には、答えが見つかりました。

ロフタスは、人の記憶や証言がどんな条件で影響を受けるのかを、実験で確かめ、その研究を社会の問題にも広げてきた心理学者だったのです。

もし、あなたと友達の思い出が食い違ったら、どうしますか?

すぐにどちらかの間違いだと決めるのではなく、まず相手が覚えていることを聞き、自分の記憶と分けて考えてみる。必要なら、写真や記録も確かめてみる。

そして、わからないことは、無理に答えを出さなくてもいい。

相手の思い出を大切にしながら、事実も丁寧に確かめる。

陽菜と美咲は、そんな向き合い方を少しずつ覚え始めていました。

文章の締めとして

あの日の文化祭で、先生が本当に泣いていたのかは、結局わからないままでした。

それでも、陽菜と美咲が一緒に思い出を振り返り、知らなかった記憶の不思議に出会った時間は、きっと二人にとって新しい思い出になったことでしょう。

私たちの心にも、はっきりと思い出せる出来事もあれば、時間とともに少しずつ輪郭が曖昧になる思い出もあります。

そんな記憶の不思議に、これからも少しだけ好奇心を向けてみたいですね。

補足注意

本記事は、筆者が個人で確認できる範囲で論文や資料をもとに、エリザベス・ロフタスの歩みと研究をまとめたものです。

記憶や虚記憶については、研究者によって異なる解釈や意見もあり、この記事の内容がすべての答えではありません。

また、今後の研究によって新たな発見が生まれ、現在の理解が見直される可能性もあります。

🧭 本記事のスタンス

この記事は、「これが唯一の正解」と伝えるためではなく、ロフタスという心理学者を知り、記憶の不思議について自分でも考え、調べてみるための入り口として書いています。

一つの考え方だけで結論を出さず、異なる研究やさまざまな立場からの視点にも目を向けながら、理解を深めていただけたらうれしいです。

エリザベス・ロフタスを知った今、「思い出す」だけで終わらず、記憶に新たな「問いを足す」――その先に広がる記憶の不思議を、本や論文をひもときながら、あなた自身の目でもっと深く確かめてみてください。

最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。

エリザベス・ロフタスの歩みは、思い出のすべてに答えが見つからなくても、そこから新しい疑問を見つけ、知ろうとすることの面白さを教えてくれているのかもしれません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました