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ミルグラムの服従実験とは?なぜ人は『おかしい』と思っても権威に従うのか

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「自分なら断れる」と思っていても、権威のある人から指示されたとき、私たちの判断はどう変わるのでしょうか。ミルグラムの服従実験から、人が従う心理と、その状況に隠れた意味をやさしくたどります。

あなたなら、「もうやめた方がいい」と思ったときにやめられますか?

代表例

「そのまま続けてください」

そう言われたけれど、自分では「もうやめた方がいい気がする」と感じている。

それでも相手が、自分より詳しい専門家や立場の上の人だったら――。

あなたなら、自分の判断を信じて「やめます」と言えるでしょうか?

5秒で分かる結論

服従実験とは、人が権威のある人物から指示されたとき、自分の迷いや違和感があっても、どこまでその指示に従うのかを調べた心理学実験です。

この実験が問いかけたのは、

「人の行動は、自分の意思だけで決まっているのだろうか?」

という、とても身近で深い問題です。

小学生にも分かるように言うと?

先生や大人から、

「これを続けてください」

と言われたとします。

でも心の中では、

「本当にやっていいのかな?」

と思っています。

そんなとき、

自分の考えと、えらい立場の人から言われたことの、どちらを選ぶのだろう?

それを調べようとしたのが「服従実験」です。

つまり、

「人は、言われたことにどこまで従ってしまうの?」

を調べた実験だと考えると分かりやすいでしょう。

1.「どうして従ってしまうんだろう?」と思ったあなたへ

こんなことを不思議に思ったことはありませんか?

「おかしいと思っているのに、どうして上の人に言われると従ってしまうの?」

「自分だったら断れると思うけれど、本当にそうなの?」

「『言われたからやった』なんて、本当に起こるの?」

「立場のある人の言葉は、それほど人の判断に影響するの?」

この記事は、そんな疑問を持った人に向けて書いています。

読み進めていくと、

人はなぜ権威に従うことがあるのか。

心理学では、それをどのように調べたのか。

そして、

「自分だったらどうするだろう?」

というところまで、一緒に考えていきます。

難しい心理学の知識を暗記するための記事ではありません。

心理学を通して、

自分自身の判断や、日常の何気ない行動について少し深く考えるための記事です。

まずは、この不思議な疑問が心理学の研究につながったところから見てみましょう。

2.疑問が生まれた物語

「本当にそんなことが起こるの?」

ある日、ユウキさんはこんな話を耳にしました。

「人って、立場のある人から『続けてください』と言われると、本当は嫌でも従ってしまうことがあるらしいよ」

ユウキさんは首をかしげます。

「本当に?」

「嫌だったら、やめればいいだけじゃないの?」

「自分だったら断れると思うけどな……」

でも、少し考えると自信がなくなってきました。

たとえば、相手が専門家だったら。

「大丈夫です。続けてください」

とはっきり言われたら。

周りの人も何も言わず従っていたら。

それでも、自分だけ『やめます』と言えるだろうか?

なんだか不思議です。

「どうして、人は自分で嫌だと思っていることにも従うことがあるんだろう?」

気になって調べていくと、ユウキさんは、この疑問を実際に心理学の研究で調べようとした実験があることを知りました。

その名前が、

「服従実験」

です。

「そんな実験が本当にあったんだ」

「いったい、どんなことをしたんだろう?」

そして何より、

「結果はどうなったんだろう?」

ここから、ユウキさんの小さな疑問は、人間の心についての大きな問いへ変わっていきます。

では、その答えを見てみましょう。

3.すぐに分かる結論『服従実験』とは?

お答えします

「服従実験」として特に有名なのが、アメリカの心理学者スタンリー・ミルグラムがイェール大学で行った一連の研究です。

ミルグラムは1961〜1962年(昭和36〜37年)を中心に一連の実験を行い、その代表的な結果を1963年(昭和38年)に発表しました。

参加者には、

「学習者が問題を間違えたら、電気ショックを与えてください」

と説明されます。

間違えるたびに、電圧を少しずつ上げるよう指示されました。

実際には、学習者役には本物の電気ショックは流れていません。

しかし、本当の参加者である「教師役」は、そのことを知らない状態で実験に参加しました。

そして1963年(昭和38年)に発表された有名な実験条件では、40人の参加者のうち26人、65%が、装置上の最大450Vまで進みました。 ミルグラムの原著論文は同年10月に学術誌へ掲載されています。

ただし、ここはとても大切です。

この結果は、

「人間の65%は残虐である」

という意味ではありません。

また、

「命令されれば、誰でも悪いことをする」

と証明したわけでもありません。

ミルグラムは条件を変えた多くの実験も行っており、その後の研究による再分析でも、実験者と参加者の距離、学習者との関係、周囲の人の行動など、状況によって服従の程度が変わることが確認されています。

噛み砕いていうなら

この実験のおもしろさは、

「悪い人は悪いことをする」

という話ではありません。

むしろ、

「普通に迷ったり、嫌だと思ったりする人でも、その場の状況や権威の影響を受けることがある」

というところにあります。

だからこそ、服従実験は約60年以上たった今でも語られています。

では――。

参加者は、どんな部屋で、どんな指示を受けていたのでしょう。

なぜ「もうやめたい」と思いながら、続けた人がいたのでしょう。

そして有名な「65%」「450V」という数字は、本当は何を意味しているのでしょうか。

ここから先は、服従実験を最初から一つずつたどりながら、「なぜ人は従うのか」をもう少し深く見ていきましょう。

4.服従実験とは?

ここから改めて詳しく見てみよう

服従実験について、ここからは少しずつ理解を深めていきましょう。

まず、いちばん大切なところから整理します。

ミルグラムの服従実験は、「人は命令されると必ず残酷なことをする」と証明した実験ではありません。

より正確には、

権威のある人から直接指示されたとき、人がその指示にどこまで従い、どこで拒否するのかを、実際の行動から調べた一連の社会心理学研究です。

ここを土台にすると、この先の話がずっと分かりやすくなります。

そもそも「服従」とは何でしょうか。

英語では、obedience(オビーディエンス、「服従」)といいます。

American Psychological Association(アメリカン・サイコロジカル・アソシエーション、日本語では「アメリカ心理学会」)が公開する心理学辞典では、服従は、直接の命令に従う行動、とくに権威のある立場の人から出された命令に従う行動として説明されています。

普通の言葉にすると、

「この人には自分へ指示する立場がある」と感じる相手から言われ、その指示に沿って行動すること

です。

たとえば、災害現場で救助隊員から「こちらへ避難してください」と言われて従うことも、広い意味では服従です。

ですから、服従そのものが悪いわけではありません。

人が協力して社会を動かすためには、適切な指示に従うことが必要な場面もあります。アメリカ心理学会の心理学辞典でも、社会や本人に利益をもたらす「constructive obedience(コンストラクティブ・オビーディエンス、「建設的な服従」)」という考え方が示されています。

では、どこが問題なのでしょうか。

ミルグラムが研究したかったのは、

「自分ではためらいや違和感を覚える指示を、権威のある人から求められたとき、人はどう行動するのか」

という、もっと難しい場面でした。

「服従実験」は心理学の法則の名前ではありません。

「○○の法則」のように、人間へいつでも同じように当てはまる決まりを発見した研究ではありません。

アメリカ心理学会の心理学辞典では、ミルグラムの研究を、権威からの命令に人がどの程度従うのかを実験によって調べた研究として紹介しています。

つまり、

「人間には服従する性質があり、その強さを証明した」

というより、

「条件をつくり、その中で人が実際にどのような行動を選ぶのかを観察した」

と理解する方が正確です。

そして、ここには大事な区別があります。

実験で「実際にどんな行動が起きたのか」は観察された事実です。

一方、

「なぜ、その行動が起きたのか」は、その結果を説明するための解釈です。

この二つは同じではありません。

この記事でも、この先は**「実験で確認されたこと」と「その理由についての研究者の説明」**を分けながら見ていきます。

では、この研究を行ったスタンリー・ミルグラムとは、どんな人物だったのでしょうか。

Stanley Milgram(スタンリー・ミルグラム、1933年〈昭和8年〉―1984年〈昭和59年〉)は、アメリカの社会心理学者です。

社会心理学とは、人の考え方や行動が、他人や集団、その場の状況からどのような影響を受けるのかを研究する心理学の分野です。

ミルグラムはハーバード大学で博士号を取得したあと、イェール大学で研究を行いました。

服従研究だけでなく、後にはスモールワールド実験でも知られるようになります。

スモールワールド実験とは、簡単にいうと、人から人へ知り合いをたどっていくと、遠く離れた人までどれくらい短いつながりで届くのかを調べた研究です。

研究テーマは違って見えますが、どちらにも、

「一人の人間の行動は、周囲の人や社会との関係からどのような影響を受けるのか」

という社会心理学らしい関心が見えてきます。

服従実験が行われた年代も整理しておきましょう。

イェール大学図書館に残されているスタンリー・ミルグラムの研究資料では、服従研究に関する資料は1961〜1963年(昭和36〜38年)のものとして整理されています。

さらに、ミルグラムの記録を使って後に行われた再分析では、一連の23条件の実験は1961年(昭和36年)8月から1962年(昭和37年)5月に実施されたと整理されています。

そして、最初の代表的な論文が発表されたのが1963年(昭和38年)10月です。

論文の題名は、

Behavioral Study of Obedience(ビヘイビアラル・スタディ・オブ・オビーディエンス、「服従行動についての研究」)

です。

そのためこの記事では、

服従実験は主に1961〜1962年(昭和36〜37年)に行われ、その代表的な結果が1963年(昭和38年)に学術論文として発表された

と整理しておきます。

なお、日本ではミルグラムの研究を「アイヒマン実験」と呼んでいる場合もあります。

ここでいうアドルフ・アイヒマン(Adolf Eichmann、1906年―1962年)は、ナチス・ドイツによるホロコーストの中で、ユダヤ人をゲットーや殺害施設などへ大量移送する仕組みに重要な役割を果たした人物です。

ただし、「アイヒマン実験」はミルグラムが付けた正式な実験名ではありません。

この記事では混乱を避けるため、基本的に「ミルグラムの服従実験」または「服従実験」と呼びます。

アイヒマンと服従研究がなぜ一緒に語られるようになったのかは、歴史的な背景そのものが重要なので、次の章で時系列に沿って確認します。

ここまでを一度まとめておきましょう。

ミルグラムの服従実験とは、権威からの要求と自分自身の判断がぶつかるような状況をつくり、そのとき人が実際にどのように行動するのかを調べた一連の社会心理学研究です。

大切なのは、

「命令されると、人は残酷になるのか」という一言だけで終わらせないことです。

この研究が私たちに残した問いを、もう少し正確に言うなら、

「自分では迷いや抵抗を感じているときでも、権威や周囲の状況は、人の判断と行動にどこまで影響するのだろうか」

という問いです。

では、なぜミルグラムは、これほど重い問題を研究しようとしたのでしょうか。

次は実験の方法へ進む前に少し時代をさかのぼり、服従研究が生まれた歴史的な背景を見ていきましょう。

5.なぜミルグラムは「服従」を研究したのか?

研究が生まれた背景

服従実験は、何もないところから突然生まれた研究ではありません。

その背景を理解するうえで大切なのが、ホロコーストという歴史と、それ以前から心理学で研究されていた「周囲の人から受ける影響」です。

まず、歴史の方から見てみましょう。

Holocaust(ホロコースト)とは、1933年(昭和8年)から1945年(昭和20年)にかけて、ナチス・ドイツとその同盟国・協力者によって、ヨーロッパのユダヤ人約600万人が組織的に迫害され、殺害された出来事です。

United States Holocaust Memorial Museum(ユナイテッド・ステーツ・ホロコースト・メモリアル・ミュージアム、「アメリカ合衆国ホロコースト記念博物館」)も、この範囲をホロコーストとして説明しています。ナチス・ドイツはユダヤ人以外の多くの人々も迫害・殺害しましたが、「ホロコースト」という言葉は、とくにヨーロッパのユダヤ人に対する組織的な迫害と殺害を指します。

そして、ミルグラム自身も1963年(昭和38年)の論文の冒頭で、ナチスによる大規模な殺害について触れています。

そこでは、これほど大規模な行為は一人だけでは実行できず、多くの人が組織の命令に従うことで実行されたという問題が、服従を研究する重要な背景として示されています。

つまりミルグラムが向き合っていたのは、

「特別に残酷な人だけが、ひどい行為をするのだろうか。それとも、権威や組織の中に置かれることで、普通の人の行動も変わることがあるのだろうか」

という重い問いでした。

ただし、ここで注意が必要です。

ミルグラム実験だけでホロコーストを説明できるわけではありません。

ホロコーストには、反ユダヤ主義、ナチスの思想や政策、戦争、官僚制度、暴力、差別、協力者の存在など、多くの歴史的要因が関係しています。

服従実験が調べたのは、その複雑な歴史全体ではなく、権威からの指示に人がどう反応するのかという一つの心理的な問題です。

同じ時代に注目されたのが、アイヒマン裁判でした。

第4章で触れたアドルフ・アイヒマンは、ヨーロッパ各地のユダヤ人をゲットーや殺害施設へ大量移送する仕事を組織した、ホロコーストの主要な実行者の一人です。

1961年(昭和36年)4月11日、イスラエルのエルサレムで裁判が始まりました。

裁判でアイヒマンは、自分は政策を決めた人物ではなく、命令を実行する組織の「小さな歯車」にすぎなかったという趣旨の主張をしました。

しかし裁判所は、彼を単に命令へ受け身で従った人物とは認めませんでした。

アイヒマンは、ヨーロッパのユダヤ人に対する大量虐殺の重要な実行者として有罪となり、1961年(昭和36年)12月15日に死刑を言い渡されました。

ここで、よくある説明を一つ整理しておきましょう。

「アイヒマン裁判を見たミルグラムが、その後に服従実験を思いついた」と単純に説明するのは正確ではありません。

ミルグラムの1963年の原著論文には、実験装置の設計や研究方法、初期の結果をまとめた報告を、1961年(昭和36年)1月の時点ですでにNational Science Foundation(ナショナル・サイエンス・ファウンデーション、「米国国立科学財団」)へ提出していたと記されています。

米国国立科学財団は、科学研究を支援するアメリカの連邦機関です。

この報告は、アイヒマン裁判が始まった同年4月より前でした。

ですから、

アイヒマン裁判と服従研究は同じ時代の「権威と責任」を考えるうえで深く結びつけて語られてきましたが、「裁判を見たことだけが実験開始の原因だった」とは言えません。

では、心理学の研究としては、どのような流れがあったのでしょうか。

ここで初めて登場するのが、Solomon Asch(ソロモン・アッシュ、1907年―1996年)という社会心理学者です。

アッシュは、conformity(コンフォーミティ、「同調」)の研究で知られています。

同調とは、周りの人たちが同じ答えや行動を選んでいるとき、自分もそれに合わせるよう判断や行動が変わることです。

第4章で説明した「服従」と似ていますが、違いがあります。

同調は「周囲の人に合わせること」、服従は「権威のある人からの直接的な指示に従うこと」が中心です。

ミルグラムは大学院時代にアッシュから強い学問的影響を受け、博士論文では、ノルウェーとフランスで人々の同調のしかたを比較する研究を行っていました。

ミルグラム研究を詳しく調べた社会心理学者トーマス・ブラスは、イェール大学に残された資料や関係者への聞き取り、ミルグラム本人の文章などを調べ、アッシュの同調研究とホロコーストへの問題意識の両方が、服従研究へつながる重要な背景だったと整理しています。これは、後世の研究史による解釈です。

こうして見ると、服従実験が目を向けたのは、

「悪い人は、なぜ悪いことをするのか」

だけではありません。

それよりも、

「人は、周囲や権威との関係によって、自分一人なら選ばなかったかもしれない行動を選ぶことがあるのか」

という問題だったと理解できます。

そしてミルグラムは、この大きな問いを「考えるだけ」で終わらせませんでした。

人が実際に権威から指示を受ける状況を実験室につくり、そのとき何をするのかを観察しようとしたのです。

では、その実験室では、参加者にいったい何が起きたのでしょうか。

次は、服従実験の方法を最初から順番にたどりながら、「どうやって服従を調べたのか」を見ていきましょう。

6.服従実験では実際に何をしたの?

実験を最初から追ってみる

第5章では、なぜミルグラムが服従を研究したのかを見てきました。

ここからは、実際にどのような方法で「人がどこまで権威に従うのか」を調べたのかを追ってみましょう。

1963年(昭和38年)の原著論文で報告された実験では、アメリカ・ニューヘイブン周辺から、新聞広告や郵送によって20〜50歳の男性40人が集められました。職業も、教師、会社員、技術者、労働者などさまざまでした。

参加者には、本当の目的は伝えられません。

代わりに、

「罰が記憶や学習にどのような影響を与えるのかを調べる研究です」

と説明されました。

そして、参加者ともう一人の男性が、くじで「教師役」と「学習者役」を決めます。

しかし、このくじには仕掛けがありました。

本当の参加者は必ず教師役になり、学習者役は実験に協力する人物になるよう決められていたのです。

教師役の前には、大きな「電気ショック発生装置」が置かれました。

スイッチは全部で30個。

15Vから450Vまで、15Vずつ電圧が高くなる仕組みです。

低い段階から「軽いショック」、さらに上がると「非常に強い」「危険」といった意味の表示があり、最後の2つには「XXX」と記されていました。

もちろん、学習者役に本物の電気ショックは流れていません。

しかし教師役には、実験を始める前に45Vの本物のショックを手首で体験させています。

そのため参加者から見れば、

「この装置は本当に電気が流れる」

と思いやすい状況でした。

実験が始まると、教師役は学習者役に言葉を覚える問題を出します。

学習者が間違えるたびに、

15V → 30V → 45V……

と、一段ずつショックを強くするよう指示されました。

そして参加者が、

「もう続けたくない」

という態度を見せると、実験者は決められた順番で続行を求めます。

最初は「続けてください」という程度ですが、拒否が続くと、実験のために続行が必要だという、より強い言い方へ進みました。

4段階の促しを受けても参加者が拒否すれば、その時点で実験は終了しました。

流れを簡単にすると、こうなります。

実験者
↓「続けてください」
教師役〈本当の参加者〉 → ショック装置 → 学習者役〈実験協力者〉

この実験で中心的に記録されたのは、

「参加者が最大何Vまで進み、どこで続行を拒否したのか」

でした。

つまり、「心の中で従いたいと思ったか」を直接測ったのではなく、実際にどの段階まで行動を続けたのかを比べた研究だったのです。

ここで、有名な紹介記事で混ざりやすい点にも注意が必要です。

1963年(昭和38年)のこの実験条件では、学習者は300Vになるまで声で抗議していません。

300Vで壁をたたき、その後は問題に答えなくなります。

315Vでもう一度壁をたたき、その後は反応しなくなる設定でした。

ミルグラムは別の条件では、学習者の声が聞こえるようにするなど、状況を変えた実験も行っています。

そのため、現在よく語られる「悲鳴」「痛みの訴え」「沈黙」などを、すべて同じ65%の実験で起きた出来事だとまとめないことが大切です。 後の再分析でも、ミルグラム研究には多数の異なる実験条件があったことが確認されています。

ここまで実験方法を知ると、

「それでも、ほとんどの人は途中でやめたのでは?」

と思うかもしれません。

しかし実際の結果は、実験前の予想を大きく外れました。

次は、有名な「65%」という数字が、何を意味し、何を意味しないのかを見ていきましょう。

7.結果はどうなった?

「65%」より大切なこと

第6章で見てきた実験では、参加者はどこまで指示に従ったのでしょうか。

1963年(昭和38年)の原著論文では、40人のうち26人、65%が最大450Vまで進みました。

一方、14人は途中で実験者の指示を拒否しています。
最も早く拒否した5人でも300Vまで進んでいました。

ただし、この「65%」だけを覚えると、服従実験を誤解してしまいます。

大切なのは、最後まで進んだ人も、平然としていたとは限らないことです。

原著論文には、参加者の中に、汗をかく、震える、どもる、唇をかむといった強い緊張反応が見られたと記録されています。

40人中14人には神経質な笑いやほほえみも見られましたが、実験後の聞き取りでは、それが「楽しんでいた」という意味ではなかったと参加者自身が説明しています。

つまり、研究から確認できるのは、

「65%の人が相手を傷つけることを楽しんだ」ことではなく、強い迷いや緊張を示しながらも、指示を続けた人がいた

ということです。

そして、もう一つ重要なのが、

65%は「人間の65%がいつでも権威に従う」という数字ではない

という点です。

ミルグラムは状況を変えた複数の実験を行い、最大450Vまで進む割合がどのように変わるのかも調べました。

条件最大450Vまで進んだ割合
1963年論文の条件65%
学習者の声が聞こえる条件62.5%
学習者と同じ部屋にいる条件40%
学習者の手をショック板に触れさせる条件30%
周囲の2人が途中で拒否する条件10%

ここで注意したいのは、最初の65%と62.5%は同じ実験ではないことです。

1963年論文の条件では、第6章で見たように、学習者は300Vになるまで声で抗議しません。

一方、62.5%の条件では、学習者の声や抗議が聞こえるようになっていました。

さらに、学習者との距離が近くなる条件や、周囲の人が「もう続けない」と拒否する条件では、最大まで進む割合が低くなっています。

ここから分かるのは、「65%という数字が人間の性質を表している」のではなく、状況が変わると行動も大きく変わったということです。

この点は、後の研究でも詳しく調べられています。

2014年(平成26年)、心理学者ニック・ハスラムらは、ミルグラムが行った実験を新しく再現するのではなく、残されていた複数の実験条件のデータをまとめて統計的に再分析しました。

最大450Vまで進むことを同じ基準で比べられる21条件・740人を対象に、学習者との距離、実験者との距離、周囲からの圧力など14の特徴に分けて比較しました。

その結果、最大450Vまで進んだ人は323人で、全体では43.6%でした。

さらに、実験者との関係、学習者との距離、周囲に拒否する人がいるかどうかなど、複数の状況の違いが服従率と統計的に関係していました。

ただし、この再分析だけから、

「この一つの原因があれば必ず服従する」

とまでは言えません。

元になったミルグラムの条件は、すべての要素を一つずつ同じ方法で変えた研究ではなく、小人数のさまざまな条件を組み合わせたものだったからです。研究者自身も、この点を分析上の難しさとして説明しています。

だから、服従実験を覚えるときは、

「65%の人が従った実験」だけで終わらせない方が、本当の面白さが見えてきます。

より大切なのは、

「人の行動は、その人の性格だけではなく、その場の権威、相手との距離、周囲の人の行動などによって変わることがあった」

という点です。

では、なぜこうした状況の違いが、人の行動を変えたのでしょうか。

次は「権威が怖かったから」の一言では終わらせず、参加者がなぜ指示を続けたのかについて、ミルグラム自身の説明と、その後の研究者による別の解釈を分けながら見ていきましょう。

8.なぜ人は従ったのか?

ひとつの答えでは説明できない

第7章までで、服従する割合は、置かれた状況によって大きく変わることが分かりました。

では、なぜ参加者は指示を続けたのでしょうか。

まず大切な結論があります。

服従実験には、「これ一つが原因だった」と確定している答えはありません。

実験から確認できるのは「どの条件で行動が変わったのか」です。

その理由については、ミルグラム自身の説明と、その後の研究者による別の解釈があります。

ここを分けながら見ていきましょう。

まず重要なのは、実験者との関係です。

第7章で紹介した2014年(平成26年)の再分析では、ミルグラムの21条件・740人を比べると、実験者がはっきり続行を指示するか、参加者の近くにいるか、指示が一貫しているかなどが、服従率の違いと関係していました。

ただし、「有名なイェール大学だったから従った」とだけ考えるのは正確ではありません。

同じ再分析では、大学で行うか、より格式の低い場所で行うかという実験場所の違いだけでは、服従率との独立した関連は確認されませんでした。

つまり、単に肩書や建物に弱かったというより、その場で誰が、どのように指示し、どれほど近くにいたのかまで含めて考える必要があります。

次に大切なのが、学習者や周囲の人との関係です。

学習者が教師役の近くにいる条件では、服従率が低くなる傾向がありました。

また、周囲の参加者役が「もう続けない」と拒否する条件でも、服従は大きく減っています。

2014年の再分析でも、学習者との距離が近いことや、周囲から「従わない」方向への圧力があることは、服従率の低下と関係していました。

これは、「その人がもともと従順だったから」という説明だけでは足りないことを示しています。

誰の存在を強く感じる状況なのかによって、人の判断が変わることがあったのです。

もう一つ考えられてきたのが、「少しずつ進む」仕組みです。

第6章で見たように、電圧は15Vずつ上がりました。

1981年(昭和56年)に発表された研究上の分析では、この小さな段階の積み重ねによって、

「ここまでは続けたのに、なぜ次だけ拒否するのか」

という境界を作りにくくなった可能性が指摘されています。

ただし、15V刻みだったことが服従の原因だと、ミルグラム実験だけで証明されたわけではありません。

これは、結果を説明するために後から提案された一つの解釈です。

そして、ミルグラム自身が後に重視したのが、責任の感じ方でした。

1974年(昭和49年)の著書でミルグラムは、

agentic state(エージェンティック・ステート、「自分を、権威の意思を実行する立場として捉える状態」)

という考えを示しました。

普通の言葉でいうと、

「これは自分で決めた行動だ」というより、「自分は上の人から与えられた役割を実行している」と感じる状態

です。American Psychological Association(アメリカ心理学会)の心理学辞典でも、ミルグラムが説明した考えとして紹介されています。

ただし、これも注意が必要です。

agentic stateは、実験で直接測定されて証明された唯一の原因ではなく、ミルグラムが結果を説明するために示した理論です。

さらに現在では、別の見方も提案されています。

2012年(平成24年)、社会心理学者のスティーブン・D・ライカー、S・アレクサンダー・ハスラム、ジョアン・R・スミスは、

identification-based followership(アイデンティフィケーション・ベースド・フォロワーシップ、「目的や集団に自分を重ね、その目的のために協力するという考え方」)

という再解釈を提案しました。

この考えでは、参加者は何も考えず機械的に従ったのではなく、

「科学研究には意味がある」「自分は研究のために協力している」

と感じ、実験者や科学研究の目的に自分を重ねたために続けた可能性がある、と考えます。こうした見方は後にengaged followership(エンゲージド・フォロワーシップ、「目的に納得して積極的に従うこと」)とも呼ばれています。

これも確定した唯一の答えではありません。

ミルグラムの「責任を権威へ預けた」という説明と、「科学という目的に自ら協力した」という説明は、現在も検討されている異なる解釈です。

さらに、実験そのものを参加者がどれほど本物だと信じていたのかという問題もあります。

2020年(令和2年)に掲載された研究では、ミルグラムの助手が残した未公表資料を使い、「本当に学習者へ痛いショックが流れていると信じていた程度」と、参加者が進んだショック段階との関係を改めて分析しました。

23条件のうち18条件では、本当に痛みを与えていると強く信じていた参加者の方が、平均して低い段階で止まっていました。

これは、

「参加者はみんな実験が偽物だと分かっていた」

という意味ではありません。

参加者によって信じ方に違いがあり、その違いも行動に関係していた可能性がある、ということです。

ここまでをまとめると、服従実験は、

「権威が怖いから人は従う」

という一言では説明できません。

実験者との関係。

学習者との距離。

周囲に拒否する人がいるか。

少しずつ要求が大きくなる仕組み。

自分の責任をどう感じたか。

科学研究の目的をどう受け止めたか。

そして、実験をどれほど本物だと信じたか。

複数の要素が重なって、人の判断に影響していた可能性があります。

だからこそ服従実験から持ち帰りたいのは、

「人は権威に弱い」という単純な答えではなく、「人の判断は、本人だけでなく、その人を取り囲む状況との関係の中で変わりうる」という理解です。

ここまで読んで、

「ミルグラム自身は、この実験をどう考えていたのだろう?」

と、もう少し深く知りたくなった人もいるかもしれません。

この記事の後半では、ミルグラム本人の著書をはじめ、服従実験をさらに深く学びたい人に向けた本も紹介しています。

気になった人は、こちらから先に読んでみてください。

→ 服従実験をさらに学びたい人へ|おすすめ書籍を見る

もちろん、このまま読み進めても大丈夫です。
次は、心理学からもう一歩進んで、命令を受けたときの「自分がした」という感覚と脳の働きを見ていきます。

そして現在では、その問題をさらに一歩進めて、

命令されたとき、「これは自分がしたことだ」と感じる感覚そのものがどう変わるのか

を、脳や神経の働きから調べる研究も行われています。

次は、心理学から少し視点を広げて、命令されて行動するとき、脳では何が起きているのかを見ていきましょう。

9.命令されると脳では何が起こる?

「服従する脳」があるわけではない

第8章では、なぜ人が指示を続けたのかについて、いくつかの心理学的な説明を見てきました。

では、命令されて行動するとき、脳の働きにも違いは現れるのでしょうか。

最初に、大切なことを確認しておきましょう。

ミルグラム自身は、服従実験で脳活動を測定していません。

ここから紹介するのは、何十年も後に行われた別の実験研究です。

そこで注目されているのが、

sense of agency(センス・オブ・エージェンシー、「行為主体感」)

という感覚です。

これは、「この行動をしたのは自分だ」「この結果を起こしたのは自分だ」と感じる感覚を意味します。

2016年(平成28年)、エミリー・キャスパーらは、参加者が自分で自由に決めて行動する場合と、実験者から命令されて行動する場合を比べました。

参加者は相手に電気刺激を与えるかどうかに関わる操作を行い、その行動から結果までの時間をどのように感じたかを答えました。

すると、命令された場合には、自分の行動と、その結果との結びつきを弱く感じる傾向が見られました。

さらに、

EEG(イーイージー、electroencephalography〈エレクトロエンセファログラフィー〉、「脳波測定」)

を使った実験では、結果を知らせる音に対するN1(エヌワン)という脳波反応も、命令された条件で弱くなりました。

N1とは、音などを受け取ったあと約0.1秒ほどで現れる脳波反応です。

研究者たちは、これらの結果を、命令されたときには「自分が結果を起こした」という感覚や、結果に対する脳の処理が弱まる可能性を示すものと考えています。

ただし、「命令されれば、誰でも行為主体感を失う」という意味ではありません。

2021年(令和3年)の研究では、

fMRI(エフエムアールアイ、functional magnetic resonance imaging〈ファンクショナル・マグネティック・レゾナンス・イメージング〉、「機能的磁気共鳴画像法」)

を使って脳活動を調べました。

fMRIは、脳の血流や酸素量の変化を手がかりに、どの部分の活動が相対的に高まったのかを調べる方法です。

この研究では、命令によって参加者全体の行為主体感が一律に低くなったわけではありません。

その一方で、medial frontal gyrus(メディアル・フロンタル・ジャイラス、「内側前頭回」)の活動が高い人ほど、命令された状況でも行為主体感や責任感を保つ傾向がありました。

つまり、命令を受けたときの感じ方にも個人差があることが分かります。

さらに2020年(令和2年)のfMRI研究では、同じ強さの電気刺激を相手に与えた場合でも、自分で決めた場合より、命令されて行った場合の方が、相手の痛みを弱く評価する傾向が確認されました。

脳でも、前部帯状皮質や島皮質など、他人の痛みを見るときの処理に関係する複数の領域で活動が弱くなり、本人が感じる責任感も低くなっていました。

ただし、これは「共感する力が消えた」という意味ではありません。

特定の実験条件で、自由に選んだ場合と命令された場合とで、他者の痛みの受け止め方や脳活動に違いが見つかったという結果です。

そして最近は、「従う脳」だけでなく、命令を拒否するときの脳も研究されています。

2024年(令和6年)の研究では、57人の若い成人を対象に、相手へ電気刺激を与えるよう命令されたとき、従うか拒否するかをfMRIで調べました。

その結果、angular gyrus(アンギュラー・ジャイラス、「角回」)やtemporoparietal junction/TPJ(テンポロパリエタル・ジャンクション、「側頭頭頂接合部」)、前頭前野の内側部などの活動と、不当な命令を拒否する行動との関連が報告されました。

ここでも大切なのは、「この脳部位が働けば必ず拒否できる」と証明されたわけではないことです。

研究で見つかったのは、脳活動と行動との関連です。

ここまでの研究から、現在もっとも安全に言えるのは、

人間の脳に一つの「服従スイッチ」があるわけではない

ということです。

命令されたときには、

「自分がやった」と感じること。

結果をどれほど自分と結びつけるか。

相手の痛みをどう受け取るか。

責任をどう感じるか。

こうした複数の心と脳の働きが変化する可能性が研究されています。

そして、脳活動が変わったからといって、「命令された人には責任がない」という意味にもなりません。

脳科学が示しているのは免罪符ではなく、命令という状況が人の感じ方や情報処理に影響する可能性です。

脳まで調べられる時代になっても、答えは単純ではありません。

では現在、ミルグラムの服従実験そのものは、どのように受け止められているのでしょうか。

次は、現代に行われた部分的な再現研究を見ながら、「今の人でも同じように従うのか」を確かめていきましょう。

10.現在でも同じ結果になるの?

ミルグラム実験の「その後」

ここまで読むと、

「でも、これは1960年代だから起きたのでは?」

と思うかもしれません。

この疑問に近づこうとしたのが、アメリカの社会心理学者Jerry M. Burger(ジェリー・M・バーガー)です。

現在の研究から言えるのは、ミルグラム実験を450Vまでそのまま再現したわけではないものの、約45年後の参加者にも、150Vの時点で指示を続けようとする人が多く見られたということです。

Burgerは2006年(平成18年)に実験を行い、2009年(平成21年)に結果を発表しました。

方法は、partial replication(パーシャル・レプリケーション、「元の実験の一部分だけを再現して比べる方法」)です。

参加したのは成人70人でした。

ただし、ミルグラムの実験と大きく違う点があります。

Burgerは、実験を150V付近で終了させました。

再現したのは、ミルグラムが後に行ったExperiment 5(実験5)という条件です。

第6章で詳しく見た1963年論文の条件とは別なので、ここは分けて考える必要があります。

実験5では、学習者が150Vで強く抗議します。

ミルグラムの記録では、この150Vを超えて続けた人の約79%が、その後450Vまで進んでいました。

そこでBurgerは、

「150Vで学習者が強く抗議したあとも、次へ進もうとするか」

を調べれば、参加者を450Vまで追い込まずに、元の研究と一定の比較ができると考えたのです。

倫理面にも、元の実験との大きな違いがありました。

参加前に心理的な負担が大きくなりそうな人を除外し、参加者には何度も「いつでもやめられ、報酬も受け取れる」と伝えました。

さらに、体験させる電気刺激もミルグラムの45Vではなく15Vに下げ、終了後はほとんど間を置かず、学習者役が無事であることを知らせました。

実験者には臨床心理士を起用し、強いストレスが見られた場合にはすぐ終了する仕組みも設けています。

では、結果はどうだったのでしょうか。

元のミルグラム実験と比較するための基本条件には40人が参加しました。

そのうち、

28人、70%が150Vを超えて次へ進もうとし、実験者によって止められました。

比較対象となったミルグラムの実験5では、40人中33人、82.5%が150Vを超えています。

この二つの差は、この研究では統計的に明確な差とは判断されませんでした。

Burgerはもう一つ、別の参加者が先に拒否する姿を見せる条件も調べています。

こちらでは30人中19人、63.3%が150Vを超えて進もうとしました。

ただし、ここで最も大切なのは、

「現代の人も70%が450Vまで進んだ」とは言えない

ということです。

Burgerの参加者は、150Vを超えて進もうとしたところで止められています。

450Vまで実際に続けさせたわけではありません。

元のミルグラム研究をもとに、その先の行動をある程度推測することはできますが、推測と実際に観察した結果は同じではありません。

Burgerの研究から安全に言えるのは、

「約45年後の参加者にも、学習者が強く抗議した150Vの時点で、実験者の指示を続けようとする人が少なくなかった」というところまでです。

その後は、もっと安全な方法で似た状況を研究する試みも行われました。

2006年(平成18年)、メル・スレイターらはvirtual reality(バーチャル・リアリティ、「仮想現実」)を使った研究を発表しています。

34人の参加者は、相手が本物の人間ではなく仮想人物であり、電気ショックも本物ではないことを最初から知っていました。

それでも、仮想人物を見たり声を聞いたりできる条件では、参加者に心理的・身体的なストレス反応が見られました。

ただし、この研究の目的は「服従率を再現すること」ではありません。

現実ではないと分かっている仮想空間でも、人が強い社会的状況に現実に近い反応を示すのかを調べた研究です。

ここまでの研究を並べると、服従研究の問いが少しずつ深くなってきたことが見えてきます。

最初の衝撃は、

「人は権威から指示されると、どこまで従うのか」

というものでした。

しかし現在は、それだけではありません。

どんな状況なら従いやすくなるのか。

どんな状況なら拒否しやすくなるのか。

命令されたとき、責任や「自分で決めた」という感覚はどう変わるのか。

研究の焦点は、単純な「従う・従わない」から、服従や抵抗が生まれる条件を理解することへ広がっています。

だから、現在の視点から服従実験を見るなら、

「昔の人は権威に弱かった」という過去の話ではありません。

むしろ、

「自分の判断も、置かれた状況によって変わる可能性がある。では、そのことを知ったうえで、どう判断すればよいのか」

という、今を生きる私たち自身の問いにつながります。

では、この研究を知った私たちは、日常で何を持ち帰ればよいのでしょうか。

次は、服従実験を怖い心理学の話だけで終わらせず、自分の判断を守るために何ができるのかを考えてみましょう。

11.服従実験を日常にどう活かす?

「権威を疑え」という話ではない

ここまで読んで、

「それなら、上の立場の人を信用しない方がいいの?」

と思った人もいるかもしれません。

しかし、服従実験から持ち帰りたいのは、そのような結論ではありません。

大切なのは、権威に反発することではなく、権威があるという理由だけで自分の判断を止めないことです。

第4章で触れたように、服従そのものが悪いわけではありません。

医師の専門的な指示、先生による安全のための指導、災害時の避難指示など、社会には専門知識や役割にもとづく指示が必要です。心理学でも、本人や社会に利益をもたらす服従はconstructive obedience(コンストラクティブ・オビーディエンス、「建設的な服従」)と呼ばれています。

では、違和感のある指示を受けたときはどうすればよいのでしょうか。

ここからは、研究が直接示した「正解」ではなく、ここまでの研究を日常へ引き寄せた記事上の応用です。

一つの方法は、

「誰が言ったか」と「何を、なぜ求めているのか」を一度分けて考えることです。

たとえば、

「なぜ、この方法が必要なのですか?」

「この判断の責任は誰が持つのでしょうか?」

「ほかの方法はありますか?」

と確認できます。

これは、相手の専門性を否定する質問ではありません。

理由・責任・選択肢を確かめたうえで、自分でも判断するための質問です。

もちろん、災害や事故など、一刻を争う場面では安全確保のため、まず指示に従う必要があることもあります。

「どんな指示にも立ち止まって反論する」という意味ではありません。

そして、自分一人では判断しにくいときには、ほかの人に相談することも一つの方法です。

第7章で見たように、ミルグラム研究では、周囲の人が実験への協力を拒否する条件で、最大450Vまで進む人が大きく減りました。2014年の再分析でも、周囲から「従わない」方向への働きかけがあることは、服従率の低下と関係していました。

ただし、この研究から、

「相談すれば必ず正しい判断ができる」

とまでは言えません。

日常に持ち帰るなら、違和感を一人だけの心の中に閉じ込めず、信頼できる人と確認できる環境には意味があると考えることができます。

これは個人だけの問題でもありません。

学校や職場で、

「理由を聞いても大丈夫」

「おかしいと思ったことを相談しても大丈夫」

と思える環境があれば、一人だけで判断を背負う必要は減ります。

服従実験から日常へ持ち帰れるのは、

「権威を信じるな」ではなく、「権威だけを理由に、自分の判断を手放さない」

という考え方です。

理由が納得できるなら従う。

分からなければ確認する。

一人で判断しにくければ相談する。

従うか逆らうかの二択ではなく、自分でも考え続けることが大切なのです。

ただし、服従実験を便利な人生訓として単純化しすぎると、別の誤解も生まれます。

次は、「65%の人は残酷だった」「命令されたなら責任はない」といった、服従実験について広まりやすい誤解を整理していきましょう。

12.注意点・危険性・誤解――「命令されたから」は免罪符にならない

ここまで服従実験を詳しく見てきたからこそ、最後に「この研究から何を言えて、何までは言えないのか」を整理しておきましょう。

まず、

「65%の人は残酷だった」「誰でも命令されれば従う」という理解は正しくありません。

第7章で見た65%は、特定の40人・特定の実験条件で得られた数字です。

さらに、ミルグラムが条件を変えると服従率も大きく変わりました。後の再分析でも、学習者や実験者との距離、周囲に拒否する人がいるかなど、複数の条件が行動の違いと関係していました。

つまり、服従実験が示したのは「人間は必ず従う」という法則ではなく、状況によって人の行動が大きく変わることがある、という結果です。

反対に、

「服従はすべて悪い」という意味でもありません。

第11章で見たように、社会には安全のための指示や、専門知識にもとづく判断も必要です。

問題なのは、「命令された」という理由だけで、自分の判断や責任までなくなったと考えてしまうことです。

第9章で紹介した2016年(平成28年)の研究では、命令された場合、自分の行動と結果との結びつきを弱く感じるなど、sense of agency(行為主体感)が低下する傾向が確認されました。

しかし、

「責任を感じにくくなること」と「責任がなくなること」は別です。

この研究が測ったのは、参加者が自分の行動をどのように感じたかや、そのときの脳の反応です。

法律上・倫理上、誰にどの程度の責任があるのかを決めた研究ではありません。

歴史的にも、ニュルンベルク裁判では、「上から命令されただけ」という理由だけで犯罪への責任を免れることは認められませんでした。

第5章で紹介したアイヒマンについても、裁判所は彼を単なる受け身の「歯車」とは認めず、ユダヤ人虐殺の主要な実行者の一人として責任を認定しています。

もう一つ、現在も議論されているのが、

「参加者は本当に電気ショックを信じていたのか」という問題です。

後に残された資料を再分析した研究では、参加者によって、学習者が本当に痛みを受けていると信じた程度には違いがありました。

23条件のうち18条件では、本当に痛みを与えていると強く信じていた人の方が、平均すると低い段階で止まっていました。

だから、

「全員が完全に信じていた」とも、「全員が偽物だと分かっていた」とも言えません。

この点も、ミルグラム研究を単純な物語にしないために重要です。

そして、

「ミルグラム実験がホロコーストの原因を説明した」と考えるのも広げすぎです。

第5章で見たように、ホロコーストには反ユダヤ主義、ナチスの思想と国家政策、戦争、行政組織、協力者など、多くの歴史的条件が関係しました。

服従実験が調べたのは、その歴史全体ではなく、権威から指示を受けたとき、人がどう行動するのかという限られた心理学的問題です。

では、この研究から何を持ち帰ればよいのでしょうか。

ここからは、研究結果を日常や組織へ引き寄せた記事上の考察です。

第7章までで見てきたように、人の行動は本人の意思だけでなく、指示する人との関係や、周囲に拒否する人がいるかなどによって変わりました。

だから組織でも、個人の「強い意志」だけに頼るのではなく、

疑問や反対意見を安全に言えること。

判断を一人に集中させすぎないこと。

誰が何に責任を持つのかを曖昧にしないこと。

といった仕組みを持つことには意味があると考えられます。

服従実験から学ぶべきなのは、

「自分なら絶対に従わない」と安心することでも、「命令されたのだから仕方がない」と責任を手放すことでもありません。

人は状況の影響を受ける。けれど、だからといって判断や責任まで自動的に消えるわけではない。

この二つを同時に考えることが、服従実験を単なる怖い話で終わらせないために大切です。

そして、ここまで来ると、もう一つ避けて通れない疑問があります。

そもそも、本当の目的を隠し、参加者に強い緊張を与えたミルグラム実験そのものは、倫理的に許される研究だったのでしょうか。

次は、この実験が残した「研究倫理」の問題を見ていきましょう。

13.そもそも、この実験をしてよかったの?

研究倫理を考える

ここまで服従実験を見てきましたが、今度は参加者ではなく、研究する側に目を向けてみましょう。

この実験には、

「人の行動を知るためなら、参加者にどこまで負担をかけてよいのか」という大きな問題があります。

これを考えるのがresearch ethics(リサーチ・エシックス、「研究倫理」)です。

研究倫理とは、新しい知識を得ることと同時に、研究へ参加する人の安全・尊厳・自分で決める権利を守るための考え方です。

ミルグラム実験では、参加者に本当の目的を知らせず、「記憶と学習についての研究」だと説明しました。

このように、研究の本当の目的や重要な情報を意図的に隠す方法をdeception(ディセプション、「欺瞞」)といいます。

欺瞞そのものは、現在の心理学研究でも完全に禁止されているわけではありません。

しかし、ミルグラム実験ではそれに加えて、参加者が「自分は本当に他人へ危険な電気ショックを与えている」と思う状況がつくられ、強い緊張も観察されました。

さらに、参加者が続けたくない態度を示すと、実験者は段階的に続行を求め、最後には「続ける以外に選択肢はない」という趣旨の強い指示まで行いました。原著論文では、それでも拒否すれば実験を終了するとされています。

そのため倫理上の問題は、単に「うそをついた」ことだけではありません。

強い心理的負担を与えたことと、参加者が本当に自由に「やめる」と感じられる状況だったのかも問題になります。

では、実験後には何も説明されなかったのでしょうか。

そうではありません。

ミルグラムの1963年(昭和38年)の論文には、実験後に参加者へ面接を行い、学習者役と友好的に会わせ、実験によって生じた緊張を減らす努力をしたと記されています。

このように、実験後に本当の目的や仕掛けを説明し、誤解や不安をできるだけ解消する手続きを、

debriefing(デブリーフィング、「実験後の説明」)

といいます。

ただし、デブリーフィングが行われたことと、それが十分だったことは同じではありません。

イェール大学には現在も、実験時の録音、参加者資料、実験後の面接やデブリーフィングの記録などが保存されています。これらを調べた後年の研究では、ミルグラムが公表した説明と、実際のデブリーフィングの範囲との間にずれがあったのではないかという批判も出ています。

そのため、服従実験の倫理については、現在まで議論が続いています。

では、現在なら同じ方法で実験できるのでしょうか。

少なくとも、当時と同じ設計をそのまま行うことは、現在のAPAの倫理規定とは両立しにくいと考えられます。

現在のAmerican Psychological Association(アメリカ心理学会)の倫理規定では、研究参加者には原則として、参加を断る権利や、途中でやめる権利、予想される危険や不快感などを説明することが求められています。

また、欺瞞を使う場合にも条件があります。

科学的な価値があり、欺瞞を使わない方法では代えにくい場合に限られ、身体的な痛みや深刻な精神的苦痛が予想されることについて参加者を欺いてはいけないと定められています。

さらに、欺瞞を使った場合には、できるだけ早くその事実を説明し、参加者の誤解を修正するデブリーフィングも求められます。

ただし、

「ミルグラム実験が問題になったから、現代の研究倫理が生まれた」と説明するのも正確ではありません。

APAが最初の倫理規定を発表したのは1953年(昭和28年)で、ミルグラムの服従実験より前でした。その後、多くの研究や社会的議論を受けながら倫理規定は改訂されてきました。

つまり、ミルグラム実験は現代の研究倫理を一つで作った実験ではなく、「科学的に重要な研究でも、参加者をどこまで苦しめてよいのか」を考え続ける代表的な事例の一つなのです。

服従実験は、参加者に「権威へ従うとは何か」を問いかけました。

しかし同時に、

研究者自身も「科学のためだから」という理由だけで、何をしてもよいわけではない

という問いを返してきます。

この点まで見ると、服従実験は研究される人の責任だけでなく、権威を持つ研究者の責任まで考えさせる実験だったことが見えてきます。

重い話が続きました。

次は少し脇道にそれて、服従実験だけでは見えてこない、ミルグラムという研究者のもう一つの有名な研究を見てみましょう。

14.おまけコラム

服従実験だけじゃない?ミルグラムと「六次の隔たり」

重い話が続いたので、ここで少しだけ寄り道してみましょう。

ミルグラムは、服従実験だけでなく、「人と人は、知り合いをたどるとどれくらい短くつながるのか」という研究でも知られています。ハーバード大学も、彼の代表的な仕事の一つとしてsmall-world experiment(スモールワールド・エクスペリメント、「小さな世界の実験」)を紹介しています。

1969年(昭和44年)に発表された研究では、ネブラスカ州やボストン周辺の296人から、マサチューセッツ州にいる一人の人物へ、直接知らなければ「その人に近づけそうな自分の知り合い」へ資料を渡していく方法で、人のつながりを調べました。

目的の人物まで届いたのは64本です。

その64本では、出発した人と目的の人物の間に入った人は平均5.2人でした。

ここから、現在よく知られている

Six Degrees of Separation(シックス・ディグリーズ・オブ・セパレーション、「六次の隔たり」)

という考え方とも結びついて語られるようになりました。

では、「六次」とは、何を6回数えているのでしょうか。

ここで数えるのは、間にいる人の人数ではありません。

一人の人から次の人へ、「知り合い」というつながりを1回たどることを1段階と数えます。

たとえば、

あなた → Aさん → Bさん → Cさん → Dさん → Eさん → 相手

とつながっているとします。

この場合は、

あなた → Aさん = 1段階
Aさん → Bさん = 2段階
Bさん → Cさん = 3段階
Cさん → Dさん = 4段階
Dさん → Eさん = 5段階
Eさん → 相手 = 6段階

となります。

つまり、

あなたの知り合いなら1段階。
知り合いの知り合いなら2段階。
そのまた知り合いなら3段階。

というように、人から人へつながるたびに1段階ずつ増えていきます。

上の例では、あなたと相手の間にいる人はAさんからEさんまでの5人です。

しかし、

あなたから相手まで「知り合いのつながり」をたどる回数は6回です。

これが、「六次の隔たり」の「六次」をイメージするときの基本的な数え方です。

普通の言葉でいえば、

「遠く離れた知らない人でも、『知り合いの知り合いの、そのまた知り合い……』と人間関係をたどっていけば、意外に少ない段階でつながるかもしれない」

という考え方です。

ただし、

「世界中の誰とでも必ず6段階でつながる」と証明した実験ではありません。

先ほど見た296人から始まった連鎖のすべてが目的の人物まで届いたわけではありません。

また、「平均5.2人」という数字は、最後まで届いた64本について、出発した人と目的の人物の間に入った人の平均です。

そのため、「平均5.2人の仲介者がいた」という研究結果と、「六次の隔たり」という有名な表現を、まったく同じ数字として考えないことが大切です。

服従実験とはまったく別の研究に見えますが、少し面白い共通点もあります。

ミルグラムは、一人の人間だけを見るのではなく、「人と人との関係の中で行動がどう変わるのか」に強い関心を持った社会心理学者でした。

服従実験では「権威との関係」。

スモールワールド研究では「知り合いとのつながり」。

同じ研究者が、社会の違う側面を見ていたのです。

そして、もう一つ小さなおまけです。

服従実験は「白衣の研究者が命令した実験」と紹介されることがありますが、1963年(昭和38年)の原著には、実験者は灰色の技術者用コートを着ていたと記されています。

とても小さな違いです。

でも、ここには大切なことがあります。

有名な心理学の話ほど、何度も語られるうちに、実際の研究より分かりやすい「物語」へ少しずつ変わることがあります。

だから、面白い話ほど原典へ戻って確かめる。

この記事でも、その姿勢を大切にしてきました。

次は、「ミルグラム本人の文章を読んでみたい」「もう少し深く調べてみたい」と思った人のために、実際に読める本や資料を見ていきましょう。

15.さらに学びたい人へ

おすすめ書籍紹介

ここまで読んで、もう少し詳しく知りたいと思った人へ、次に読みやすい本を3冊紹介します。

初学者・小学校高学年からおすすめ
『パブロフの犬――実験でたどる心理学の歴史』 著者名:アダム・ハート=デイヴィス/山崎正浩 訳

心理学をほとんど知らない人や、まず面白い実験から心理学に入ってみたい人向けです。
本の特徴
心理学の発展に関わった50の実験を時代順に紹介しており、パブロフ、アッシュ、ミルグラムなどの研究を一冊の流れの中で見ることができます。ミルグラムの服従実験も、1963年の実験として収録されています。
おすすめ理由
服従実験だけを単独で覚えるのではなく、「心理学者は、人の心をどのような実験で調べてきたのか」という大きな流れが見えてきます。この記事の次に読む最初の一冊として選びやすい本です。

中級者向け
『服従実験とは何だったのか――スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産』 著者名:トーマス・ブラス/野島久雄・藍澤美紀 訳

この記事を読んで、「実験結果だけでなく、ミルグラム本人や研究が生まれた背景、その後の評価まで知りたい」と思った人向けです。
本の特徴
服従研究だけでなく、ミルグラムの生涯、スモールワールド研究、研究の社会的な影響などまで追っています。
おすすめ理由
第5章で扱った研究の背景や、第12・13章で触れた批判・倫理問題を、さらに広い研究史の中で考えられます。「有名な実験の結果だけを知る」段階から、「なぜその研究が生まれ、どう評価されてきたのか」を考える段階へ進みたい人に向いています。

この記事を読んだ人全体におすすめ
『服従の心理』 著者名:スタンレー・ミルグラム/山形浩生 訳

この記事で服従実験に興味を持ち、「要約ではなく、ミルグラム本人が実験をどう説明したのか読んでみたい」人におすすめです。
本の特徴
実験の方法や条件の違い、参加者の反応、ミルグラム自身が服従をどのように考えたのかを、研究者本人の文章から読むことができます。
おすすめ理由
この記事では、後世の研究や批判も含めてミルグラム研究を見てきました。
そのうえで原著を読むと、
「ミルグラム自身が実際に書いたこと」と、「後から広まった説明や解釈」は同じではない
ということが、さらに見えやすくなります。
今回のテーマを一冊だけさらに読みたいなら、まず候補にしたい本です。

本を読むときも、この記事と同じように、

「何が実験で確認された事実なのか」

「どこからが研究者による解釈なのか」

を分けながら読むと、服従実験はもっと面白くなります。

心理学の有名な研究は、答えを覚えるだけではなく、「なぜそう言えるのだろう」と原典や別の研究へたどっていくところから、さらに深く見えてくるのです。

16.まとめ・考察

「自分で考える」とは、影響を受けないことではない

ここまで、ミルグラムの服従実験をさまざまな角度から見てきました。

実験から分かったのは、単純に「人は命令に弱い」ということではありません。

人の行動は、権威との関係、相手との距離、周囲の人の行動、置かれた状況などによって変わることがある。

そして、その影響を受けながらも、拒否した人もいました。

だから服従実験は、

「人間は従う生き物だ」という答えではなく、「自分の判断は、自分が思っている以上に周囲との関係の中でつくられているかもしれない」という問いを残した研究

として受け取ると、その意味が見えやすくなります。

ここからは、この記事全体を踏まえた記事上の考察です。

私は、「自分で考える」ということは、誰からも影響されないことではないと思います。

私たちは、先生、家族、友人、専門家、学校や会社のルール、そしてその場の空気から、いつも何らかの影響を受けています。

本当の意味で自分で考えるとは、「自分はいま何に影響されているのだろう」と気づいたうえで、それでも自分の判断を確かめ直せることなのではないでしょうか。

これは、ある意味では少し不思議な自由です。

何にも左右されないことが自由なのではなく、

左右される人間だからこそ、ときどき立ち止まって判断を取り戻すことが自由なのかもしれません。

こんな経験はないでしょうか。

部活や学校、アルバイト、仕事などで、

「先輩がそう言ったから」

「みんな何も言っていないから」

「詳しい人が言うなら、自分が間違っているのだろう」

と思って、少し違和感があるのに、そのまま流れに乗ってしまったことです。

これはミルグラム実験そのものと同じ状況ではありません。

ただ、日常に引き寄せて考えるための例としては、**「自分の判断より、立場や周囲の空気を先に見てしまう瞬間」**は意外と身近にあるのではないでしょうか。

では、そんなとき、どうすればよいのでしょう。

この記事全体から持ち帰るなら、私は、

「止まる・確かめる・つなぐ」

という三つで考えると分かりやすいと思います。

少し違和感があったら、まず一度だけ止まる。

「なぜ必要なのか」「本当にこの方法しかないのか」を確かめる。

そして、一人で判断しにくければ、信頼できる人につなぐ。

これはミルグラムが示した公式ではなく、ここまでの研究を日常へ持ち帰るために、この記事で整理した考え方です。

服従実験を知ったあと、読者であるあなたなら、この知識をどう使うでしょうか。

答えは、何にでも反対することではないと思います。

むしろ、

必要な指示には理由を理解して協力し、違和感があるときには自分の判断を完全には手放さないこと。

そのくらいの距離感が、いちばん現実的なのではないでしょうか。

服従実験の少し怖いところは、「特別に悪い人」の話ではなく、普通の人が置かれた状況によって行動を変える可能性を見せたことです。

でも、それは同時に希望でもあります。

状況が人を動かすのなら、疑問を言える人や環境をつくることでも、行動は変わる可能性があるからです。

「自分なら絶対に大丈夫」と思うより、

「自分も影響を受けるかもしれない。だからこそ、ときどき確かめよう」

と考える。

それこそが、この研究から私たちが持ち帰れる、静かだけれど大切な知恵なのかもしれません。

17.疑問が解決した物語

「嫌だったら、やめればいいだけじゃないの?」

最初はそう思っていたユウキさんでした。

でも、服従実験について調べ終えた今は、少し考え方が変わっています。

「人って、単純に“弱いから従う”わけじゃないんだ」

権威のある人からの指示。

周りの人の行動。

相手との距離。

「ここまでやったのだから、もう少しだけ」と続いていく状況。

そうしたものが重なると、自分では迷っていても、その場の流れの中で行動を続けてしまうことがある。

そしてユウキさんは、もう一つ大切なことにも気づきました。

「でも、だからって“命令されたから仕方ない”で終わるわけでもないんだよな」

人は状況の影響を受けます。

けれど、状況に影響されることと、自分の判断を完全に手放してよいことは同じではありません。

それからユウキさんは、何か少しおかしいと感じたとき、すぐに「従う」「逆らう」の二つだけで考えるのをやめました。

まず、

「なぜ必要なんだろう?」

と理由を確かめる。

自分だけでは判断しにくければ、

「これって、どう思う?」

と信頼できる人にも聞いてみる。

そして、それでも納得できなければ、立ち止まって考える。

「自分なら絶対に流されない」と思うのではなく、「自分も影響を受けるかもしれないから、判断を確かめよう」と考えるようになったのです。

あの日の疑問、

「それでも、自分だけ『やめます』と言えるだろうか?」

にも、今なら少し違う答えを出せます。

「必ず言えるとは、たぶん言えない」

「でも、言える可能性を高くする準備はできる」

違和感に気づくこと。

理由を聞くこと。

一人で抱え込まないこと。

そして、立場のある人の言葉と、その言葉の中身を分けて考えること。

では、あなたならどうでしょう。

もし信頼している人や、専門家、立場のある人から、

「大丈夫だから、このまま続けて」

と言われたとき、少しでも違和感を覚えたら、どうしますか。

答えの一つは、

「すぐ反抗すること」でも「何も考えず従うこと」でもなく、まず理由を確かめ、自分の判断を手放さないこと。

なのかもしれません。

ユウキさんの疑問は、服従実験の答えを知って終わったのではありません。

「自分は、どんなときに判断を誰かへ預けてしまうのだろう?」

という、もっと自分自身に近い問いへ変わりました。

そして、その問いを持っていること自体が、以前より少しだけ自分で考えるための力になっていました。

18.文章の締めとして

服従実験について知ると、人間の少し不思議な姿が見えてきます。

怖さを感じながら続けた人。

途中で拒否した人。

研究を行った人。

そして、その実験を何十年も後から見直し、別の意味を考えてきた人たち。

同じ出来事を見ても、そこから見えてくるものは一つではありません。

だから、この実験を

「人間は残酷だ」

「自分なら絶対に違う」

という短い言葉だけで終わらせてしまうのは、少しもったいないように思います。

人は、とても強いこともあれば、思っているより揺れやすいこともあります。

誰かの行動を外から見れば簡単に判断できそうでも、その人がどんな状況に置かれていたのかまで見てみると、違った景色が見えてくることがあります。

それは、行動を何でも許すという意味ではありません。

ただ、人間を簡単な言葉だけで決めつけず、

「なぜ、この人はこうしたのだろう」

と、その背景まで見ようとすること。

服従実験は、そんな見方を私たちに残しているようにも感じます。

この記事が、心理学の有名な実験を知るだけでなく、人という存在をもう少し丁寧に見るきっかけになればうれしく思います。

補足注意

本記事は、筆者が個人で確認できる範囲の資料や研究をもとに、できる限り正確にまとめたものです。

服従実験の解釈や評価には複数の考え方があり、この記事で紹介した内容がすべての答えではありません。

また、心理学の研究は現在も続いています。今後、新しい資料や研究によって、これまでの理解が修正されたり、新たな見方が加わったりする可能性があります。

🧭 本記事のスタンス

この記事は、「これが唯一の正解です」と答えを決めるためではなく、読者が自分で興味を持ち、さらに調べ、考えていくための入り口として書いています。

一つの説明だけで結論を決めず、異なる研究や立場からの見方にも触れながら、あなた自身の問いを深めていくきっかけになればうれしく思います。

さまざまな立場からの視点も、ぜひ大切にしてください。

このブログで服従実験に興味が湧いたなら、誰かの答えに「服従」して終わるのではなく、さらに深い文献や資料をたどり、自分の問いを「実験」するように確かめながら、その先にある人間の心の奥深さまで、ぜひ学びを深めてみてください。

最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。

服従実験は、人を簡単に「強い人」「弱い人」「良い人」「悪い人」と分けるのではなく、その人と状況との間にあるものまで見つめることの大切さを教えてくれているのかもしれません。

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