ヘルマン・エビングハウス』とは?忘却曲線の基礎を築き、「覚え直し」から記憶を測った心理学者

学ぶ

忘れたはずなのに、なぜ早く覚え直せるのか。自己実験と節約法から忘却曲線の基礎を築き、記憶を「測れる問い」へ変えたヘルマン・エビングハウスの生涯、功績、研究の限界をたどります。

『ヘルマン・エビングハウス』とは?忘却曲線の研究を切り開いた心理学者

はじめに

「昨日覚えたはずなのに、今日はうまく思い出せない」

勉強や仕事をしていると、このような経験をすることがあります。

覚えた内容は、時間がたつとどのように変化するのでしょうか。忘れたように感じる内容をもう一度学ぶと、最初より早く覚えられることがあるのはなぜなのでしょうか。

こうした記憶と忘却の問題を調べると、必ずといってよいほど登場する人物がいます。

ドイツの心理学者、Hermann Ebbinghaus(ヘルマン・エビングハウス、1850–1909)です。

エビングハウスは、記憶について考えを述べるだけでなく、実際に学習と再学習を繰り返し、その過程を時間や回数によって測ろうとしました。

彼が1885年に発表した研究は、現在「忘却曲線」と呼ばれる考え方の基礎となっています。

しかし、エビングハウスが重要なのは、有名な曲線を残したからだけではありません。

直接見ることのできない記憶を、実験し、記録し、比較できる研究対象へ近づけたこと。

そこに、心理学史における彼の大きな功績があります。エビングハウス自身も、記憶を実験的かつ数量的に扱うことが研究の目的だったと述べています。

この記事では、忘却曲線の意味を簡単に確認しながら、ヘルマン・エビングハウスとはどのような人物だったのか、そして、なぜ100年以上たった現在も語られているのかを紹介します。

代表例

どのようなときにエビングハウスの名前を見かけるのか

ヘルマン・エビングハウスという名前は、日常会話で頻繁に聞くものではありません。

ところが、次のようなことを調べると、彼の名前に出会うことがあります。

  • 忘却曲線とは何か
  • 人は覚えたことをどのように忘れるのか
  • 復習はいつ行えばよいのか
  • 一度忘れた内容を、なぜ早く覚え直せるのか
  • 「1時間で56%忘れる」という説明は本当なのか
  • 暗記や間隔反復は、どのような考え方に基づいているのか

たとえば、英単語を覚えた翌日に、いくつか思い出せなくなったとします。

それでも、同じ単語を学び直すと、初めて見たときより早く覚えられることがあります。

エビングハウスは、この「覚え直しがどれだけ速くなったか」に注目しました。

最初に覚えるまでの時間と、一定期間後に覚え直すまでの時間を比べ、短縮された分を以前の学習の影響を調べる手がかりとしたのです。

この方法は、savings method(セービングス・メソッド/節約法)と呼ばれます。

5秒でわかる結論

ヘルマン・エビングハウスは、覚える・忘れる・覚え直すという過程を自分自身で実験し、記憶を数量的に測ろうとしたドイツの心理学者です。

彼が重要なのは、「人は忘れる」と指摘したからではありません。

忘却をどのような方法で測ればよいのかを考え、実際の実験によって示したからです。

小学生にもわかりやすく言うと

エビングハウスは、

「一度覚えたことは、時間がたつとどうなるのだろう?」

と考えた人です。

たとえば、新しい漢字を覚えるまでに、最初は10回練習したとします。

数日後、その漢字をすぐには思い出せなくなっていたとしても、今度は6回の練習で覚え直せるかもしれません。

エビングハウスは、

「最初より少ない練習で覚え直せたなら、前に勉強したことが何らかの影響を与えているのではないか」

と考えました。

そこで、最初に覚えるまでに必要だった時間と、あとから覚え直すまでに必要だった時間を比べたのです。

簡単に言えば、エビングハウスは、忘れることや覚え直すことを、数字で調べようとした人です。

ただし、「6回で覚え直せたから、記憶が40%残っていた」という意味ではありません。覚え直す時間の短縮と、頭の中に残っている記憶の割合は、同じものではないからです。

1.このようなことはありませんか?

日常生活の中で、次のような経験をしたことはないでしょうか。

  • 昨日覚えたはずの内容を、今日は思い出せない
  • 教科書を読んだときは分かったのに、問題になると答えられない
  • 一度忘れた単語でも、復習すると早く覚え直せる
  • 何度も復習した内容は、以前より思い出しやすくなる
  • 最初はすぐ忘れたことが、繰り返すうちに定着してきた

このようなとき、私たちは「全部忘れてしまった」と考えがちです。

しかし、今すぐ自力で思い出せないことと、以前の学習の影響が完全になくなったことは、必ずしも同じではありません。

答えを自力で言えなくても、選択肢を見ると分かることがあります。

ヒントを受け取ると思い出せることもあります。

それでも思い出せない場合に、初めて学んだときより早く覚え直せることもあります。

エビングハウスは、こうした違いの中でも、特に再学習に注目しました。

「覚えた内容は、時間とともにどのように変化するのか」
「忘れたように見える内容を、なぜ早く覚え直せるのか」
「目に見えない記憶を、どのように測ればよいのか」

これらは、エビングハウスの研究を理解するうえで大切な問いです。

2.疑問が生まれた物語

「忘れたのに、なぜ早く覚え直せるのだろう?」

大学生の悠斗は、外国語の授業で30個の単語を覚えました。

その日の夜には、どの単語にも答えられるようになり、「これでもう大丈夫だ」と思って単語帳を閉じます。

ところが、二日後に確認すると、いくつもの意味が思い出せませんでした。

「せっかく勉強したのに、全部消えてしまったのかな」

そう考えながら、悠斗はもう一度同じ単語を練習します。

すると、最初に覚えたときよりも、ずっと短い時間で答えられるようになりました。

そこで、新しい疑問が生まれます。

「思い出せなかったのに、なぜ二回目は早く覚えられたのだろう?」

この疑問を調べていくと、ヘルマン・エビングハウスという心理学者に行き着きます。

エビングハウスも、初めて覚えるときと、時間を置いて覚え直すときの違いに注目しました。

そして、「覚えているか、忘れているか」だけで判断するのではなく、覚え直すまでに必要な時間を比べることで、以前の学習の影響を測ろうとしたのです。

では、エビングハウスは、具体的にどのような方法で記憶を調べたのでしょうか。

3.すぐにわかる結論

お答えします。

ヘルマン・エビングハウスは、記憶を哲学的に考えるだけでなく、実際の実験によって測定しようとした研究者です。

その特徴は、大きく三つに整理できます。

特徴1.自分自身で繰り返し実験した人

エビングハウスが1885年の著書で報告した記憶実験は、すべて自分自身を実験参加者として行われました。

本人も、結果はまず個人に関するものであり、一般化には限界があると認めています。

それでも、条件をできるだけそろえ、大量の学習と再学習を繰り返したことは、当時の心理学にとって画期的でした。

特徴2.意味の影響を減らすため、無意味綴りを使った人

意味のある言葉には、知識、経験、感情などが結びついています。

たとえば「学校」という言葉から何を思い浮かべるかは、人によって異なります。

そこでエビングハウスは、子音と母音などを組み合わせた、意味を持ちにくいnonsense syllables(ナンセンス・シラブルズ/無意味綴り)を学習材料にしました。

彼は約2,300個の音節を用意し、その中から系列を作って実験しています。これは、材料による違いをできるだけ小さくし、記憶を一定の条件で調べるための工夫でした。

ただし、無意味綴りであっても、人が何らかの意味や連想を見つける可能性はあります。そのため、意味の影響を完全になくしたわけではありません。

特徴3.再学習時間の短縮から、記憶を測ろうとした人

エビングハウスの研究で特に重要なのが、savings(セービングス/節約)という考え方です。

最初に覚えるまで25回の練習が必要だった内容を、あとから20回で覚え直せたなら、5回分の練習が短縮されています。

この例では、最初の25回に対して20%の節約があったと計算します。

エビングハウスは、主に学習時間と再学習時間を比べ、この短縮を保持の指標として用いました。

しかし、節約率は「記憶が何%残っているか」を直接示す数字ではありません。

あくまで、以前の学習によって、再学習の負担がどれだけ減ったかを表す指標です。

つまり、どのような人物だったのか

ヘルマン・エビングハウスは、「人は時間がたつと忘れる」と初めて気づいた人物ではありません。

彼の重要性は、その当たり前に見える現象を、

  • 何を覚えるのか
  • どのような条件で覚えるのか
  • どのくらい時間を空けるのか
  • 覚え直すまでに何秒かかるのか

という、測定できる問題へ置き換えたことにあります。

エビングハウスは、「記憶とは何か」を語っただけではなく、「記憶をどう測るか」を考え、実験した人物でした。

次の章からは、彼がどのような時代を生き、なぜ記憶を研究しようとしたのかを、人物の生涯とともに詳しく見ていきましょう。

4.『ヘルマン・エビングハウス』とは

生涯と基本プロフィール

ここまで見てきたように、ヘルマン・エビングハウスは、記憶と忘却を実験によって調べようとした心理学者です。

しかし、彼は初めから「忘却曲線の研究者」を目指していたわけではありません。

歴史や文献学、哲学を学び、博士号を取得したあとも、哲学や自然科学について独自の研究を続けました。その歩みの中で、目に見えない記憶を実験と数量によって調べる道へ進んでいったのです。

まずは、エビングハウスの基本的なプロフィールから確認してみましょう。

項目内容
正式名称Hermann Ebbinghaus(ヘルマン・エビングハウス)
生年月日1850年1月23日〔1月24日とする資料もあります〕
出生地プロイセン王国ライン州バルメン
現在の地域ドイツ・ヴッパータール市の一部
没年月日1909年2月26日
没地ドイツ・ハレ
主な分野哲学、実験心理学、記憶・学習研究
主な勤務先ベルリン大学、ブレスラウ大学、ハレ大学
代表的著作1885年『記憶について――実験心理学への研究』

生年月日は、ドイツの主要な伝記資料とハレ大学の教授目録に基づき、1850年1月23日としています。ただし、1月24日と記載する資料もあるため、完全に表記が統一されているわけではありません。

商人の家庭に生まれる

ヘルマン・エビングハウスは、1850年、当時のプロイセン王国ライン州にあったバルメンで生まれました。バルメンは当時独立した都市でしたが、1929年に周辺の都市などと統合され、現在はドイツ西部のヴッパータール市を構成する地域の一つとなっています。

父カール・エビングハウスは商人で、父方の祖父は製紙業に携わっていました。母はユリアーネといい、エビングハウスは商工業と関わりのある家庭に生まれたことが分かっています。

一方、幼少期の性格や家庭内での詳しい生活については、確実に確認できる記録が多くありません。

そのため、「子どものころから記憶に興味を持っていた」「幼少期から非常に几帳面だった」など、後年の研究成果から過去の性格を推測して描くことは避ける必要があります。

分かっている事実をもとに人物像を描くなら、エビングハウスは最初から記憶研究だけを目指していたのではなく、さまざまな学問を学ぶ中で、のちに実験心理学へ進んだ人物だったといえます。

歴史と文献学を学び、哲学へ進む

1867年、17歳になったエビングハウスは大学での学びを始めました。

1867年から1870年にかけて、ボン大学、ハレ大学、ベルリン大学で、歴史、文献学、哲学を学んでいます。当初は歴史や文献学を中心に学びましたが、その後、人間の心や知識に関わる哲学へ関心を広げていきました。

当時は、現在のように心理学が独立した学問として広く確立していたわけではありません。記憶、意識、知識といった心の問題の多くは、主に哲学の中で論じられていました。

エビングハウスが哲学を学んだことは、のちに記憶という捉えにくい問題へ向き合うための思想的な土台になったと考えられます。

戦争による学業の中断と博士号の取得

1870年に普仏戦争が始まると、エビングハウスはプロイセン側の軍務に参加し、大学での学びを一時中断しました。

戦争後にボンへ戻り、研究を再開します。そして1873年、23歳のときにボン大学で哲学の博士号を取得しました。博士論文では、哲学者エドゥアルト・フォン・ハルトマンが論じた「無意識の哲学」を取り上げています。

この時点のエビングハウスは、まだ記憶実験で知られる心理学者ではありませんでした。

博士論文の主題も忘却曲線ではなく、哲学上の問題です。ここからも、彼が初めから記憶だけを研究していた人物ではなかったことが分かります。

博士号取得後も独立した研究を続ける

博士号を取得したあと、エビングハウスはすぐに大学教授になったわけではありません。

その後のおよそ7年間は、フランスやイギリスにも滞在しながら、哲学だけでなく自然科学についても独自に研究を続けました。

この時期に、ドイツの物理学者・哲学者グスタフ・フェヒナーの『精神物理学要綱』に触れたことが、実験心理学への関心を深める一つのきっかけになったと伝えられています。

フェヒナーは、外から与えられる物理的な刺激と、人が感じる感覚との関係を数量的に調べようとした研究者です。

その考え方は、

心の働きも、適切な方法を考えれば数値によって調べられるのではないか

という可能性を示していました。

ただし、エビングハウスがフェヒナーの本を読んだ瞬間に忘却曲線を思いついた、と断定できるわけではありません。

より正確には、哲学や自然科学を学ぶ過程で、心の働きを実験と測定によって研究する方法に関心を深めていったと考えるべきでしょう。

ベルリンで記憶研究を始める

エビングハウスは1870年代後半から記憶実験の準備を進め、1879~1880年に最初の本格的な実験を行いました。その後、3年以上の間隔を空けて、1883~1884年にも実験を繰り返しています。本人の原著によれば、どちらの実験期間も1年以上にわたりました。

1880年にはベルリン大学で大学教授資格を取得し、1886年に員外教授となりました。

そして1885年、代表作となる『記憶について――実験心理学への研究』を発表します。この著作によって、記憶を実験的・数量的に研究した成果が広く知られるようになりました。

この本の序文でエビングハウスは、それまで主に感覚や心理過程の時間的関係へ限られていた実験と測定を、記憶の研究へ広げようとしたことを説明しています。

つまり彼が目指したのは、単に「人は忘れる」と語ることではありませんでした。

記憶、学習、保持、連想、再生といった心の働きを、実験的かつ数量的に扱おうとしたのです。

ブレスラウ、ハレへと続いた研究者としての歩み

1894年、エビングハウスはブレスラウ大学の正教授となりました。ブレスラウは、現在のポーランドにあるヴロツワフです。

その後、1905年にはハレ大学へ移り、教授として研究と教育に携わるとともに、心理物理学関係の資料を扱う部門の責任者となりました。

私生活では、1884年にアデーレ・ゲルリッツと結婚し、2人の息子と2人の娘をもうけています。息子の一人であるユリウス・エビングハウスは、のちに哲学者となりました。

エビングハウスは、ベルリン、ブレスラウ、ハレで研究と教育を続け、1909年2月26日、ハレで59年の生涯を閉じました。

最初から「忘却曲線の心理学者」だったわけではない

ヘルマン・エビングハウスの生涯を振り返ると、彼は初めから忘却曲線だけを研究していた人物ではなかったことが分かります。

歴史と文献学を学び、哲学で博士号を取得し、哲学や自然科学の研究を重ねる中で、しだいに記憶を実験的に調べる道へ進みました。

その経歴は、エビングハウスの研究の特徴にも表れています。

彼は、記憶について哲学的に考えるだけでなく、

条件を整え、実際に測定し、得られた結果を数値として比較できないか

と考えました。

この問いから、無意味綴りを用いた自己実験、再学習に必要な時間を比べる節約法、そして後に忘却曲線として知られる研究が生まれていきます。

エビングハウスが心理学史において重要なのは、有名な曲線に名前を残したからだけではありません。

それまで実験で扱うことが難しいと考えられていた記憶を、測定し、比較し、検討できる研究対象へ近づけたからです。ドイツの伝記資料も、彼が記憶や学習などの「高次の精神過程」を実験研究へ開いた点を、心理学史上の主要な功績として位置づけています。

次の章では、エビングハウスが生きた19世紀後半の心理学を振り返りながら、なぜ彼が記憶を実験によって調べようとしたのかを、さらに詳しく見ていきます。

5.なぜエビングハウスは記憶を実験で調べようとしたのか

前章で見たように、ヘルマン・エビングハウスは、歴史や文献学、哲学を学んだのち、記憶を実験的に研究する道へ進みました。

では、なぜ彼は、目で見ることのできない記憶を、実験によって測ろうと考えたのでしょうか。

本人が研究を始めたときの心情を、後世の私たちが完全に知ることはできません。

しかし、エビングハウスが生きた時代と1885年の著書を確認すると、彼が挑もうとした問題は見えてきます。

当時、実験で調べられる心の働きは限られていた

19世紀後半は、心理学が実験と測定を取り入れながら発展し始めた時代でした。

ただし、当時、実験的方法が主に使われていたのは、感覚や知覚、刺激に反応するまでの時間など、比較的観察しやすい領域です。

それに対して、記憶は条件をそろえることが難しい対象でした。

同じ言葉を覚える場合でも、その人が持っている知識、過去の経験、興味、感情、疲労、集中力などによって、覚えやすさは変わります。

さらに、記憶そのものを直接見ることはできません。

何かを思い出せたかどうかは確認できても、頭の中に記憶がどのような形で存在しているのかを、そのまま観察することはできないのです。

エビングハウスは著書の序文で、それまで実験と測定の対象が主に感覚知覚や心理過程の時間的関係に限られていたと述べています。そのうえで、自らの研究では、記憶を実験的・数量的に扱うことを試みたと説明しました。

記憶を「比較できる問題」に変える

エビングハウスが目指したのは、記憶を直接見ることではありませんでした。

代わりに、

  • 覚える材料の量を変える
  • 繰り返す回数を変える
  • 学習から再学習までの時間を変える
  • 覚えるまでに必要な時間を測る

という方法によって、条件と結果の関係を比較しようとしました。

彼の著書では、記憶という言葉を広い意味で用い、Learning(ラーニング/学習)Retention(リテンション/保持)Association(アソシエーション/連合)、Reproduction(リプロダクション/再生)を研究対象に含めています。

つまり、エビングハウスの目的は、一枚の忘却曲線を描くことだけではありませんでした。

覚えること、保持すること、内容どうしが結びつくこと、再び思い出すことを、測定可能な研究対象へ近づけようとしたのです。

数量によって心を研究する時代の影響

エビングハウスがこうした研究へ進む背景には、グスタフ・フェヒナーが発展させた精神物理学の影響があったと、伝記資料では指摘されています。

フェヒナーは、外から与えられる刺激の強さと、人が感じる感覚との関係を数量的に調べようとしました。

この研究は、直接見ることのできない心の働きであっても、観察可能な反応を測れば、科学的に検討できる可能性を示していました。

ただし、エビングハウスがフェヒナーの著書を読んだ瞬間に、忘却曲線を思いついたと確認されているわけではありません。

より慎重に言えば、エビングハウスは、心の働きを数量的に研究しようとする当時の学問的な流れから影響を受け、記憶にも実験的方法を適用しようとしたと考えられます。

二つの実験期間を経て発表された研究

エビングハウスが1885年の著書で報告した本格的な実験は、1879~1880年と1883~1884年の二つの期間に行われました。

どちらも1年以上に及び、最初の期間の前には、長い準備的な実験も行われています。

二つの実験期間の間には3年以上の間隔がありました。エビングハウスは、別の時期に実験を繰り返すことで、結果を相互に確かめようとしました。ただし、本人も、二つの期間では学習基準や実施時間帯に違いがあり、厳密には同じ条件ではないと認めています。

そして1885年、研究成果を次の著作として発表しました。

Über das Gedächtnis: Untersuchungen zur experimentellen Psychologie(ユーバー・ダス・ゲデヒトニス:ウンターズーフンゲン・ツア・エクスペリメンテレン・プズュヒョロギー)

日本語では、一般に『記憶について――実験心理学への研究』などと訳されます。

1913年に刊行された英訳版の題名は、Memory: A Contribution to Experimental Psychology(メモリー:ア・コントリビューション・トゥ・エクスペリメンタル・サイコロジー)です。

エビングハウスが重要なのは、記憶を完全に説明したからではありません。

それまで実験で扱うことが難しかった記憶に対して、

どのような条件を整え、何を測れば、記憶を比較できるのか

という具体的な研究方法を示そうとしたことにあります。

では、彼は実際に、どのような材料と手順を使って記憶を測ったのでしょうか。

6.自分自身を実験参加者にした記憶研究

エビングハウスの記憶研究には、現代の一般的な心理学実験とは大きく異なる特徴があります。

研究を計画して結果を記録する人物と、記憶課題に取り組む実験参加者が、同じエビングハウス本人だったことです。

1885年の著書で報告された実験は、すべて自分自身を対象として行われました。

本人も、得られた数値はまず一人の個人に関するものであり、結果をそのまますべての人へ当てはめることはできないと認めています。

なぜ自分自身を対象にしたのか

エビングハウスが自分を実験参加者に選んだ理由のすべては、明確には記録されていません。

そのため、「自分の記憶力に自信があったから」などと、本人の動機を想像で説明することはできません。

ただし、この方法には、同じ人物が長期間、同じ手順で課題を続けられるという特徴がありました。

一方で、研究者本人が実験の目的や途中の結果を知っているため、予想や期待が結果へ影響する可能性があります。エビングハウス自身も、このような影響を完全には排除できないことを、研究上の問題として検討していました。

意味の影響を減らすために作った無意味綴り

記憶を比較するには、学習材料の条件をできるだけそろえる必要があります。

しかし、意味のある言葉や文章には、知識、経験、感情、物語の面白さなどが結びついています。

そこでエビングハウスは、nonsense syllables(ナンセンス・シラブルズ/無意味綴り・無意味音節)を学習材料にしました。

子音の間に母音または二重母音を置く形を基本として、約2,300個の音節を作り、それらを混ぜて、異なる長さの系列を作成しました。

無意味綴りには、意味のある文章よりも、興味や感情、既存知識の影響を減らしやすいという利点があります。

また、似た性質の系列を大量に作り、音節の数を変えることで、学習材料の量と覚えるまでの時間を比較しやすくなります。

ただし、エビングハウスは、無意味綴りが完全に均一な材料だとは考えていませんでした。

発音しやすい組み合わせと難しい組み合わせがあり、偶然、意味のある言葉や連想に近づく場合もあります。本人も、系列によって覚えやすさに予想以上の違いが生じることを認めています。

実験の基本的な流れ

記憶の保持を調べる実験は、基本的に次のような流れで行われました。

無意味綴りを組み合わせて系列を作る

一定の速さで声に出して繰り返す

決められた基準まで暗唱する

一定の時間を空ける

同じ系列をもう一度学習する

最初と再学習に必要だった時間を比較する

「覚えた」という判断も、本人の感覚だけに任せていたわけではありません。

基本的には、最初の音節を手がかりとして与えられたあと、系列を決められた速さで、ためらいや誤りなく暗唱できることを基準としました。

1879~1880年の実験では、誤りのない暗唱を二回続けることを基準とした課題もありましたが、1883~1884年の実験では、最初の流暢な再生を基準としています。

条件をできるだけそろえる

エビングハウスは、実験のたびに方法が大きく変わらないよう、細かな規則を設けました。

読み上げは一定のリズムで行い、原則として毎分150拍の速さを基準にしました。意図的な語呂合わせや記憶術は使わず、比較する実験はできるだけ同じ時間帯、同じような生活条件で行いました。

生活や心身の状態に大きな変化があった場合には実験を中断し、再開前には数日間の練習を行っています。

集中力や疲労などを完全に一定にすることはできません。

それでも、変化させたい条件以外をなるべくそろえ、同じ種類の測定を何度も繰り返すことで、偶然のばらつきから比較可能な傾向を見つけようとしました。

何を測定したのか

エビングハウスは、主に系列を覚えるまでに必要だった時間を、秒単位で記録しました。

反復回数を数えると注意がそれる可能性があるため、最初は回数を直接数えず、学習時間から必要な努力を測ろうとしたのです。

反復回数を数える必要がある実験では、小さな木製の部品をひもに通し、一回読むたびに一つずつ動かす道具を使用しました。これにより、暗唱への注意を大きく妨げずに回数を記録しました。

このような測定からエビングハウスが調べたのは、忘却曲線だけではありません。

学習材料が長くなると必要な時間はどう変わるのか、反復を増やすと後の保持にどのような違いが生じるのか、繰り返し学び直すと負担はどう減っていくのかなど、記憶と学習に関する複数の問題を検討しました。

ここから見えてくるのは、単に「記憶力のよい人物」という姿ではありません。

測りにくい記憶を研究するために、材料、基準、時間、生活条件を工夫し、長期間にわたって測定を重ねた研究者

としてのエビングハウスです。

彼は記憶そのものを直接見ることはできませんでした。

その代わりに、覚えるまでの時間や、後から覚え直すまでの時間を測定し、記憶の変化を比較しようとしました。

この発想から生まれた重要な方法が、次の章で扱うsavings method(セービングス・メソッド/節約法)です。

7.節約法から忘却曲線へ

前章では、エビングハウスが自分自身を実験参加者とし、無意味綴りを繰り返し覚えながら、学習に必要な時間を記録したことを見てきました。

では、彼は、その時間から何を明らかにしようとしたのでしょうか。

エビングハウスが注目したのは、一定時間後に「いくつ答えられたか」だけではありません。

一度学んだ内容を覚え直すとき、最初よりもどれだけ短い時間で学習できたかを測ろうとしました。

この方法が、savings method(セービングス・メソッド/節約法)です。

覚え直す時間の短縮を測る

たとえば、ある系列を最初に覚えるまで100秒かかったとします。

一定時間後に同じ系列を学び直したところ、今度は60秒で覚えられました。

この場合、再学習では40秒が短縮されています。

節約率は、次のように考えます。

節約率=(最初の学習時間-再学習時間)÷最初の学習時間×100

この例では、

(100秒-60秒)÷100秒×100=40%

となるため、節約率は40%です。

エビングハウスは、この短縮された時間を、最初の学習がその後にもたらした影響を調べる手がかりとしました。

現在、自力では思い出せなくなっていても、初めて学んだときより早く覚え直せるのであれば、以前の学習が再学習を助けていると考えられます。

ただし、節約率40%は、

「頭の中に情報が40%残っている」

という意味ではありません。

節約率が示すのは、以前の学習によって、再学習に必要な時間や負担がどれだけ減ったかです。記憶内容の量や、脳内に存在する情報の割合を直接測った数字ではありません。

エビングハウスの節約法は、最初の学習時間と再学習時間の差から、retention(リテンション/保持)を間接的に調べる方法だったのです。現代の分析でも、節約法は再学習で短縮された時間を最初の学習時間と比較する指標として説明されています。

時間を変えると、節約率はどう変わるのか

エビングハウスは、最初の学習から再学習までの時間を変え、節約率がどのように変化するかを調べました。

有名な実験では、13個の無意味綴りからなる系列を学習し、

  • 約20分後
  • 1時間後
  • 9時間後
  • 1日後
  • 2日後
  • 6日後
  • 31日後

に再学習しました。

この実験には163組の学習と再学習が含まれており、基本的には一度に8系列を覚え、同じ基準まで覚え直すために必要な時間を比較しています。

その結果、時間が長くなるほど、再学習で得られる節約は小さくなりました。

しかし、その低下は一定の速さではありませんでした。

学習してから比較的短い時間のうちに節約率が大きく低下し、その後は変化が次第に緩やかになったのです。

簡単に言えば、

学習後の初期には変化が大きく、時間がたつほど低下の速さが緩やかになる

という傾向でした。

この時間と節約率の関係が、後にforgetting curve(フォーゲッティング・カーブ/忘却曲線)として広く知られるようになります。

エビングハウスは、得られた七つの測定値を一つの数式で近似することも試みました。

ただし、その数式を、すべての人に共通する絶対的な法則として示したわけではありません。

本人は、結果が一人の人物と特定の実験条件から一度だけ得られたものであり、他の人や条件にも同じ形で当てはまるかどうかは分からないと、慎重に記しています。

「1時間で56%忘れる」は本当なのか

忘却曲線について調べると、

「人は1時間後に56%を忘れる」

という説明を見かけることがあります。

しかし、エビングハウスは、学習した内容の56%が脳内から消えたことを直接測ったわけではありません。

原著では、1時間後には、系列を再び暗唱できるようになるまでに、最初の学習で費やした作業量のおよそ半分を再度必要とした、と説明されています。そこで用いられた指標は、あくまで再学習時間の短縮です。

現在広く使われている「56%忘れる」という数字は、節約されなかった側の割合を「忘れた割合」のように表現したものです。

したがって、

「記憶の56%が消えた」
「学習内容の56%を思い出せなくなった」

と、そのまま読み替えることはできません。

また、エビングハウスが、すべての学習者に共通する復習予定として「20分後、1時間後、1日後に復習すべきだ」と指示したわけでもありません。

彼が調べたのは、特定の無意味綴りを特定の基準まで学んだ一人の人物において、時間と再学習の負担がどのように関係するかでした。

エビングハウスが忘却曲線へつながる研究で示した本当の価値は、特定の数字ではありません。

思い出せるかどうかだけでなく、覚え直すために必要な時間からも、以前の学習の影響を測れるのではないか。

この発想こそが、節約法と忘却曲線を理解するうえで最も重要なのです。

8.なぜエビングハウスは心理学史で重要なのか

エビングハウスは、忘却曲線を研究した人物として知られています。

しかし、心理学史における彼の重要性は、一枚の曲線や「1時間で56%」という数字だけでは説明できません。

彼が重要なのは、記憶という捉えにくい心の働きに対して、実験し、測定し、別の研究者が検討できる方法を示したからです。

第一に、記憶を体系的な実験研究へ近づけたことです。

記憶や忘却は、エビングハウス以前から、哲学や日常経験の中で論じられていました。

エビングハウスは、それを考察だけで終わらせず、学習材料、反復回数、学習時間、保持間隔などの条件を設定し、条件を変えたときに結果がどう変化するかを繰り返し調べました。

記憶を、一定の手続きによって比較できる実験対象として扱った点に、彼の先駆性があります。

第二に、記憶を数値として比較する方法を示したことです。

エビングハウスは、「かなり覚えていた」「ほとんど忘れた」という主観的な表現だけに頼りませんでした。

覚えるまでに必要な時間、覚え直すまでに必要な時間、反復回数、学習から再学習までの間隔を記録し、その関係を数値で比較しました。

さらに、得られた結果を数式で近似しようとしています。

現代の研究者も、エビングハウスを、記憶研究へ統計的・数学的な考え方を早い時期から取り入れた研究者として評価しています。

第三に、再学習を記憶の指標にしたことです。

自力で思い出せなければ、その記憶は完全に失われているのでしょうか。

節約法は、この問いに別の測り方を示しました。

今は答えられなくても、最初より早く覚え直せるのであれば、以前の学習は現在の学習行動へ影響している可能性があります。

エビングハウスは、その影響を再学習時間の短縮として測定しました。

これは、「覚えているか、忘れているか」という二つだけの判断を超えて、記憶を評価しようとする発想でした。

第四に、研究したい条件以外の影響を減らそうとしたことです。

意味のある単語や文章には、知識、経験、興味、感情などが結びついています。

そこでエビングハウスは、nonsense syllables(ナンセンス・シラブルズ/無意味綴り・無意味音節)を使い、意味による影響をできるだけ抑えようとしました。

無意味綴りは完全に均一ではなく、日常の学習をそのまま再現する材料でもありません。

それでも、研究したい要因以外の違いをなるべく小さくするというexperimental control(エクスペリメンタル・コントロール/実験的統制)の考え方を、記憶研究へ具体的に取り入れた点に意義があります。

第五に、後の研究者が検証できる問いを残したことです。

エビングハウスは、自分の結果がそのまますべての人へ当てはまるとは主張しませんでした。

数値には個人的・特殊・不確実な性質があり、他の人物や条件でも同じ関係が得られるかは分からないと記しています。

この慎重さは、科学研究において重要です。

一つの研究を絶対的な答えとするのではなく、使用した方法と条件を示し、後の研究者が改めて検証できる問いを残したからです。

2015年には、エビングハウスの忘却実験を、原著に近い方法で再現する研究が報告されました。

この研究では、一人の実験参加者が約70時間をかけて系列を学習し、20分、1時間、9時間、1日、2日、31日後に再学習しました。その結果、細部には違いがあるものの、エビングハウスの結果と似た時間的傾向が確認されました。

ただし、この追試も一人の参加者によるものです。

そのため、忘却曲線がすべての人に同じ形で当てはまることを証明したわけではありません。

それでも、100年以上前に提示された問いと方法が、現代でも追試や再分析の対象になっていることは、エビングハウスの研究が持つ影響の大きさを示しています。

エビングハウスが心理学史で重要なのは、忘却曲線という名前を残したからだけではありません。

記憶と忘却を、測定し、比較し、検証できる研究上の問いへ変えたこと。

そして、直接見ることのできない心の働きに対して、どのような方法なら科学的に近づけるのかを示したこと。

そこに、ヘルマン・エビングハウスが現在も重要な心理学者として語られる本当の理由があります。

9.大学人・教育者として歩んだ後半生

ヘルマン・エビングハウスは、1885年に発表した記憶研究によって広く知られるようになりました。

しかし、彼の研究者としての人生は、『記憶について』の出版で終わったわけではありません。

その後も大学で研究と教育を続け、心理学専門誌の創刊や教科書の執筆を通して、発展し始めた実験心理学を支えていきました。

心理学専門誌を創刊したベルリン時代

エビングハウスは1880年にベルリン大学で大学教授資格を取得し、1886年には員外教授となりました。

1890年には、物理学者・生理学者のアルトゥール・ケーニヒとともに、『Zeitschrift für Psychologie und Physiologie der Sinnesorgane』という心理学専門誌を創刊しました。日本語では、「心理学および感覚器官の生理学雑誌」などと訳せる誌名です。

専門誌をつくることは、自分の論文を発表する場所を確保するだけではありません。

さまざまな研究者が実験結果を報告し、方法や解釈を検討できる場を整えることでもあります。

エビングハウスは、一人で記憶実験を続けた研究者であると同時に、心理学という新しい学問分野の交流を支える編集者でもあったのです。

ブレスラウ大学で研究と教育の範囲を広げる

1894年、エビングハウスはブレスラウ大学の正教授となりました。ブレスラウは、現在のポーランドにあるヴロツワフです。

ここでは、実験心理学だけでなく、哲学、論理学、教育学などにも関わりながら、大学での研究と教育を続けました。

また、1897年には、文章の一部を空欄にし、適切な言葉を補わせるLückentest(リュッケンテスト/空所補充検査)を発表しました。

これは性格を自由に表現させる現代の投影法とは異なり、文章全体の意味を理解し、欠けた部分を適切に補えるかを通して、知的な働きを調べようとする課題でした。後の知能検査や適性検査にもつながる初期の心理学的検査として知られています。

心理学豆知識|忘却曲線以外の仕事

エビングハウスは、記憶だけを研究した人物ではありません。

空所補充検査などの心理学的測定法に加え、明るさや色の知覚についても研究しました。目に見えない心の働きを、観察できる課題や反応へ置き換えて調べる姿勢は、記憶研究以外の仕事にも共通しています。

心理学を体系的に伝える教科書を書く

エビングハウスは、個別の実験結果を発表するだけでなく、心理学全体を整理して伝える教科書の執筆にも力を注ぎました。

『Grundzüge der Psychologie』は、第1巻の前半が1897年、後半が1902年に刊行されました。心理学を広く体系化しようとした著作でしたが、構想された全巻が本人の生前に完成したわけではありません。

また、より簡潔に心理学をまとめた『Abriss der Psychologie』は1907年に発表され、その後も版を重ねました。これらの著作は、エビングハウスが研究者であると同時に、心理学の知識を学生や読者へ伝える教育者・著述家だったことを示しています。

ハレ大学で迎えた晩年

1905年、エビングハウスはハレ大学へ移り、教授として研究と教育を続けるとともに、大学の心理物理学関係の資料を扱う部門を担当しました。

そして1909年2月26日、ハレで59年の生涯を閉じました。

忘却曲線は、彼の最も有名な功績です。

しかし、その後半生を見ると、エビングハウスは一つの実験だけで知られる人物ではなく、専門誌、大学教育、心理学的検査、教科書執筆を通じて、実験心理学の発展を支えた大学人でもあったことが分かります。

10.研究の限界と現代からの評価

エビングハウスの研究は、記憶心理学の重要な出発点となりました。

しかし、歴史的に重要な研究であることと、その結果をすべての人や学習場面へそのまま当てはめられることは同じではありません。

彼の功績を正しく理解するには、何が分かったのかだけでなく、何までは分からなかったのかも確認する必要があります。

実験参加者が一人だった

1885年の著書で報告された記憶実験では、エビングハウス自身が実験参加者となりました。

そのため、得られた結果は、まずエビングハウスという一人の成人男性の学習成績です。

子ども、高齢者、異なる母語や文化を持つ人、学習経験の異なる人にも、同じ数値や曲線が当てはまるとは限りません。

研究結果を、別の人々や日常的な状況へどこまで広げられるかという問題は、external validity(エクスターナル・バリディティ/外的妥当性)と呼ばれます。

エビングハウス本人も、自分の結果がまず個人的なものであり、どの関係が一般的に成り立つかは、さらに多くの研究によって確認する必要があると認識していました。

研究者と実験参加者が同じだった

エビングハウスは、実験の目的、条件、途中の結果を知っている研究者であると同時に、実際に音節を覚える参加者でもありました。

そのため、

「この条件では覚えやすくなるはずだ」
「このくらいの結果になるだろう」

という予測が、集中の仕方や学習態度へ影響した可能性を完全には排除できません。

エビングハウス自身も、参加者が研究結果を知ることで生じる影響を問題として取り上げ、測定結果をできるだけ自分に見せない工夫をしていました。しかし、その影響を完全に取り除けるとは考えていませんでした。

このように、研究者の予測が参加者の行動や測定結果へ影響する可能性は、expectancy effect(エクスペクタンシー・エフェクト/期待効果)の問題として考えられます。

無意味綴りは日常の学習とは異なる

エビングハウスが使用したnonsense syllables(ナンセンス・シラブルズ/無意味綴り・無意味音節)は、意味や既存知識の影響を減らし、実験条件をそろえやすくするための材料でした。

しかし、私たちが普段学ぶ内容の多くには意味があります。

歴史上の出来事は因果関係と結びつき、外国語は文脈の中で使われ、仕事の手順には目的があります。理解、興味、予備知識、感情などによって、記憶の残り方も変わります。

そのため、無意味綴りを機械的に覚えた結果を、教科書の理解、資格試験、仕事の技能などへ、そのまま当てはめることはできません。

これは、実験条件を単純にするほど測定はしやすくなる一方、日常の学習から離れることがある、という心理学研究の基本的な課題でもあります。

脳内の記憶を直接測った研究ではない

エビングハウスが測定したのは、覚えるまでの時間、反復回数、再学習に必要な時間など、行動として観察できる結果です。

脳画像や神経細胞の活動、脳内の化学変化を測定した研究ではありません。

したがって、忘却曲線だけを根拠に、

「脳内の記憶が時間とともにこの割合で消えた」
「脳が不要な情報を自動的に削除した」

といった神経学的な仕組みまで説明することはできません。

エビングハウスの研究が示したのは、特定の条件における時間経過と再学習成績の関係です。記憶が脳内でどのように形成・保持されるかについては、その後の心理学や神経科学によって研究が重ねられています。エビングハウス自身の研究目的も、記憶の表れを実験的・数量的に扱うことでした。

一枚の忘却曲線は、すべての人の予定表ではない

忘却の進み方は、学習内容、理解の深さ、反復の回数、睡眠、注意、予備知識、思い出す機会などによって変化します。

そのため、インターネットなどで見かける一枚の忘却曲線を、全員に共通する固定された記憶の減少表として扱うのは適切ではありません。

また、エビングハウスが測ったsavings(セービングス/節約)は、テストで正解できる割合や、脳内に残った記憶の割合とは異なります。

忘却曲線は重要な研究結果ですが、すべての学習者に同じ復習時間を指定する予定表ではないのです。

現代の追試は何を示したのか

2015年、ヤープ・ムレとヨエリ・ドロスは、エビングハウスの忘却曲線を原著に近い方法で追試しました。

この研究でも参加者は一人で、約70時間をかけて系列を学習し、20分、1時間、9時間、1日、2日、31日後に再学習しました。

結果は、時間の経過とともに節約が減少するという点で、エビングハウスの結果と全体的に似ていました。一方、曲線は完全に滑らかではなく、24時間付近には上向きの変化も見られました。研究者は、睡眠などが関係している可能性も検討しています。

この追試も一人の参加者によるため、すべての人に共通する曲線を証明したものではありません。

それでも、100年以上前に示された方法を現代に再現し、大まかに似た時間的傾向が得られたことは、エビングハウスの問いが現在も研究可能であることを示しています。

エビングハウスの研究には、参加者、材料、測定方法などの明確な限界があります。

しかし、限界があるから価値がないのではありません。

何を、どのような条件で測った結果なのかを理解し、どこまで一般化できるかを慎重に判断すること。

それが、彼の研究を科学的に評価するために必要な姿勢です。

エビングハウスの忘却曲線は、記憶のすべてを説明する最終的な答えではありません。

目に見えない記憶を、実験によって調べられる問いへ変えた、歴史的で重要な出発点なのです。

11.まとめ・考察

忘却を「測れる問い」に変えた人物

ヘルマン・エビングハウスが心理学史に残ったのは、人が忘れることを初めて発見したからではありません。

人は昔から、覚えたことを忘れてきました。

彼の功績は、その当たり前に見える現象を、

「どのくらいの時間で変化するのか」
「覚え直すとき、最初よりどれほど負担が減るのか」
「その違いを、どのような方法で測れるのか」

という、実験によって検討できる問いへ変えたことにあります。

エビングハウスは、自分自身を実験参加者として無意味綴りを学習し、最初の学習と再学習に必要な時間を比較しました。

その研究には、参加者が一人だったことや、日常生活とは異なる特殊な材料を使ったことなどの限界があります。

それでも、目に見えない記憶を、観察できる行動へ置き換えて調べようとした姿勢は、その後の記憶心理学に大きな問いを残しました。

忘れたことは、学ばなかったことと同じなのか

このような経験はないでしょうか。

以前に覚えた英単語や仕事の手順を、久しぶりに使おうとしても、すぐには思い出せない。

ところが、もう一度確認すると、初めて学んだときより早く理解できる。

そのとき私たちは、「忘れていた」と感じます。

しかし、エビングハウスの節約法という視点から考えると、思い出せなかったことだけで、以前の学習が無意味だったとは判断できません。

一度目の学習は、答えをそのまま残していなくても、二度目の学習を助けている可能性があるからです。

エビングハウスのユニークさは、忘却を単なる失敗として扱わなかったことにあるのかもしれません。

彼は、「思い出せない」という結果を研究の終点にせず、

それでは、覚え直す速さにはどのような違いが表れるのか

という、新しい測定の始まりに変えました。

言い換えれば、エビングハウスは、忘却を「記憶の欠陥」から「観察できる現象」へ、そして失敗を「調べられるデータ」へ変えた人物だったと考えられます。

あなたなら、忘却をどのように捉えますか?

覚えていたことを思い出せないとき、私たちはつい、「勉強が無駄になった」「自分は記憶力が悪い」と考えてしまいます。

しかし、忘れたあとに覚え直す時間まで観察すれば、違う見方が生まれるかもしれません。

あなたなら、忘れてしまった瞬間を、学習の失敗として終わらせるでしょうか。

それとも、

「次に覚え直すとき、最初と何が違うだろう」

と考え、新しい学びの入口にするでしょうか。

ヘルマン・エビングハウスが残した最大のものは、忘却曲線という一枚の図だけではないのかもしれません。

直接見ることのできない心の働きであっても、問いを工夫し、条件を整え、粘り強く測定すれば、少しずつ理解へ近づける。

ヘルマン・エビングハウスは、その可能性を記憶研究によって示した心理学者でした。

12.疑問が解決した物語

「忘れたことは、学んだことが消えたという意味ではなかった」

ヘルマン・エビングハウスについて調べ終えた悠斗は、もう一度、あの日の単語帳を開きました。

二日前に覚えたはずなのに、いくつもの意味を思い出せなかった30個の単語です。

以前の悠斗なら、答えられない単語を見るたびに、

「やっぱり全部忘れてしまった」

「自分は記憶力が悪いのかもしれない」

と考えていたでしょう。

しかし、今は少し違いました。

エビングハウスが測ろうとしたのは、頭の中に何%の記憶が残っているかではありません。

一度学習した内容を覚え直すとき、最初よりどれだけ時間や努力を減らせるかという、savings(セービングス/節約)でした。

悠斗は、最初に30個の単語を覚えたとき、すべて答えられるようになるまで40分ほどかかったことを思い出しました。

ところが、二日後に学び直したときは、20分ほどで同じところまで戻ることができました。

もちろん、この時間だけから、

「記憶が50%残っていた」

と判断することはできません。

それでも、初めて学んだときより早く覚え直せたという事実は、最初の学習がまったく無意味ではなかったことを示しています。

「思い出せなかったからといって、全部消えたわけではなかったんだ」

悠斗は、ようやく自分の疑問に一つの答えを見つけました。

最初の学習は、すぐに答えを取り出せる状態ではなくなっていたとしても、二度目の学習を助けていたのです。

それから悠斗は、勉強の方法を少し変えてみることにしました。

単語帳を何度も眺めて、「分かったつもり」になるまで読むのではありません。

一度単語帳を閉じ、自分の力で意味を思い出してみます。

答えられなかった単語には印をつけ、少し時間を空けてから、もう一度思い出します。

翌日、数日後、一週間後にも、同じように確認します。

復習のたびに、最初からすべてを読み直すのではなく、

「今、自分は何を思い出せるだろう」

と問いかけるようになりました。

もちろん、何度復習しても、すぐには思い出せない単語もありました。

以前なら、そのたびに落ち込んでいたかもしれません。

けれども悠斗は、思い出せないことを、勉強の失敗ではなく、

「次にどこを学び直せばよいのかを教えてくれる結果」

として受け止められるようになりました。

忘れることを完全になくそうとするのではなく、忘れることを前提に、思い出す機会をつくる。

その考え方へ変わったのです。

数週間後、外国語の授業で小テストが行われました。

以前なら、前日の夜に長い時間をかけて、すべての単語を詰め込んでいたでしょう。

しかし今回は、短い復習を何度か行い、そのたびに単語帳を閉じて答えを思い出していました。

テスト用紙を受け取った悠斗は、一瞬だけ答えに迷う単語があることに気づきます。

それでも、学習したときの例文や、自分が間違えた場面を手がかりにすると、少しずつ意味が浮かんできました。

テストが終わったあと、悠斗は以前とは異なる気持ちになっていました。

すべてを一度で完璧に覚えることが、学習ではありません。

忘れたあとに思い出そうとすること。

思い出せなければ、もう一度学ぶこと。

そして、前より少ない負担で覚え直せたことにも目を向けること。

その繰り返しもまた、学習の一部なのです。

悠斗がエビングハウスから学んだのは、単なる復習の時間割ではありませんでした。

それは、

「思い出せない」という一度の結果だけで、自分の学習全体を決めつけないこと

でした。

エビングハウスは、忘却をなくす方法を発見したわけではありません。

忘れたあとに起こる「覚え直し」に目を向け、そこにも以前の学習の影響が表れる可能性を、測定によって示そうとしました。

その考え方を知った悠斗は、

「忘れないように一度で完璧に覚えよう」

とするのではなく、

「忘れることを前提に、思い出す機会をつくろう」

と考えるようになりました。

忘れたことは、学びがすべて失われた証拠とは限りません。

それは、自分の記憶を確かめ、次の学び方を考えるための合図になることもあります。

あなたにも、覚えたはずなのに思い出せず、「勉強したことが無駄になった」と感じた経験はないでしょうか。

その内容を、もう一度学んでみたときはどうだったでしょう。

初めて学んだときより、少し早く理解できた部分はなかったでしょうか。

次に何かを思い出せなかったとき、すぐに「全部忘れた」と決めつけるのではなく、

「覚え直すとき、最初と何が違うだろう」

と考えてみると、忘却の見え方が少し変わるかもしれません。

13.文章の締めとして

ヘルマン・エビングハウスが残した研究をたどると、私たちが何気なく経験している「忘れる」という出来事にも、長い心理学の歴史と、人の心を理解しようとした研究者の問いが重なっていることに気づかされます。

すぐに思い出せなかったとしても、以前に学んだ時間まで無意味になったとは限りません。

一度で完璧に覚えようとするのではなく、忘れたあとにもう一度向き合い、思い出し、学び直していくこともまた、人が知識を自分のものにしていく大切な過程なのでしょう。

注意補足

本記事は、筆者が個人で確認できる書籍や論文、資料をもとに、ヘルマン・エビングハウスと忘却曲線について整理したものです。

資料によって経歴や研究の解釈が異なる場合があり、本記事の内容が唯一の正解というわけではありません。また、忘却曲線は、すべての人が同じ割合で忘れることを示す絶対的な法則ではなく、特定の実験条件から得られた結果です。

記憶や忘却に関する研究は現在も続いており、今後の研究によって新しい発見や解釈が加わる可能性があります。

🧭 本記事のスタンス

この記事は、「これが唯一の正解です」と結論を押しつけるために書かれたものではありません。

ヘルマン・エビングハウスという人物や、記憶と忘却の研究に興味を持ち、読者自身がさらに調べ、考えるための入り口となることを目的としています。

一つの有名な数字や説明だけで判断するのではなく、

  • その研究では何が測られたのか
  • どのような条件で得られた結果なのか
  • どこまで一般化できるのか
  • ほかにはどのような解釈があるのか

という視点も大切にしてください。

心理学史、実験心理学、認知心理学、教育心理学、神経科学など、立場や研究方法が変われば、同じ記憶や忘却という現象にも異なる見方が生まれます。

本記事を一つの出発点として、さまざまな資料や立場に触れながら、自分なりの問いを深めていただければ幸いです。

このブログで芽生えた「知りたい」を忘れずに、忘却を知る学びから、記憶をたどる深い学びへ――次はぜひ、文献や資料のページをめくり、あなた自身の問いと答えを重ねてみてください。

最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。

忘れることは学びの終わりではなく、何度でも知識と出会い直し、少しずつ理解を深めながら前へ進んでいけることを教えてくれているのかもしれません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました