ジェローム・ブルーナーとは?文脈効果とB/13実験から知る認知心理学への功績

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同じ記号が、文脈によってB(ビー)にも13にも見えるのはなぜでしょうか。認知心理学の重要人物ジェローム・ブルーナーの生涯と研究をたどりながら、知覚・思考・教育・文化へ広がった「意味づけ」の心理学を、身近な例から分かりやすく紹介します。

『ジェローム・ブルーナー』とは?文脈効果から知る、認知心理学の重要人物

はじめに

同じ記号なのに、周りにアルファベットがあるとB(ビー)に見え、数字があると13に見える。

このような心の不思議を研究した重要な心理学者の一人が、ジェローム・シーモア・ブルーナーです。

ブルーナーは、人間が目の前のものをそのまま見ているのではなく、周囲の状況や過去の経験、予想などを使って意味を読み取っていることに注目しました。

この記事では、文脈効果を入り口として、

「ジェローム・ブルーナーとは、どのような人物なのか」

「なぜ文脈効果を考えるうえで重要なのか」

を、身近な例から分かりやすく紹介します。

代表例

同じ記号がBにも13にも見える?

次の二つの並びを見てください。

A(エー) [Bにも13にも見える記号] C(シー)

12 [Bにも13にも見える記号] 14

アルファベットの間にあると、真ん中の記号はB(ビー)に見えるかもしれません。

ところが、数字の間に置かれると、同じ記号が13に見えることがあります。

真ん中の記号の形は変わっていません。

変わったのは、その周りに置かれている情報だけです。

私たちは、目の前にある形だけを見ているのではありません。

周囲の情報も手がかりにして、「これは何か」という意味を読み取っているのです。

このように、前後や周囲の情報によって、同じものの認識や解釈が変わる現象を、心理学では文脈効果と呼びます。

注意点
この例は、文脈効果を分かりやすく示す代表例です。ブルーナーとミンターンが1955年(昭和30年)に行った実験の手続きを、そのまま再現したものではありません。実際の研究内容については、第4章以降で詳しく紹介します。

5秒で分かる結論

ジェローム・シーモア・ブルーナーは、人間が経験や期待、周囲の状況を使って、目の前の情報に意味を与えていることを研究したアメリカの心理学者です。

1915年(大正4年)に生まれ、2016年(平成28年)に亡くなりました。

ブルーナーは、人間の行動だけでなく、知覚、記憶、思考、意味づけなど、心の中の働きを研究しました。

そのため、認知心理学の発展を支えた重要人物の一人とされています。

なぜ文脈効果において重要なの?

ブルーナーは、共同研究者のA・リー・ミンターンとともに、1955年(昭和30年)、B(ビー)にも13にも受け取れる曖昧な記号を使った研究を発表しました。

その研究では、先にアルファベットを見た人は曖昧な記号をB(ビー)と答えやすく、数字を見た人は13と答えやすくなりました。

この研究から、複数の意味に受け取れる曖昧な情報の認識は、目に入った形だけでなく、その前に見た情報や期待によっても方向づけられることが示されました。

ただし、ブルーナーは文脈効果のすべてを一人で発見した人物ではありません。

文脈や経験が知覚に与える影響を研究し、認知心理学の発展につなげた重要人物の一人と考えるのが正確です。

文脈効果とは?

文脈効果とは、同じ情報でも、前後や周囲にある情報によって、見え方や意味の受け取り方、判断が変わる現象です。

特に、いくつかの意味に受け取れる曖昧な情報では、文脈の影響が表れやすくなります。

小学生にもスッキリ分かる答え

私たちの脳は、目の前の景色をそのまま写すカメラとは少し違います。

脳は何かを見るときに、

「周りには何があるかな」

「さっきは何を見たかな」

「これは何の仲間かな」

という手がかりも利用しています。

たとえば、B(ビー)にも13にも見える形があったとします。

周りにA(エー)とC(シー)があれば、

「アルファベットの仲間だから、B(ビー)だろう」

と考えやすくなります。

周りに12と14があれば、

「数字の仲間だから、13だろう」

と考えやすくなります。

ブルーナーが注目したのは、このような心の働きです。

ブルーナーの研究から分かる大切なことは、

私たちは、目で形を見るだけでなく、心で意味を考えながら世界を見ている

ということです。

1.同じものなのに、なぜ違って見える?

ブルーナーが注目した文脈効果とは?

次のような経験はありませんか。

少しくらい字が崩れていても、文章の流れから読めたこと。

会話の一部が聞こえなくても、話の内容から言葉を予想できたこと。

同じ短いメッセージなのに、直前のやり取りによって、優しく感じたり冷たく感じたりしたこと。

これらは、前後の情報や周囲の状況が、意味を理解する手がかりになっている例です。

今回の疑問を短い言葉にすると、次のようになります。

私たちは本当に、見たままを見ている?――ブルーナーが研究した文脈の力とは?

心理学でいう「文脈」は、文章の前後関係だけではありません。

直前に見たもの、その場の状況、過去に覚えたこと、次に起こりそうだと考えていることなども、文脈として働きます。

文脈があるおかげで、私たちは読みにくい文字や聞き取りにくい言葉でも、素早く意味を理解できます。

一方で、文脈から間違った予想をすると、思い込みや勘違いが生まれることもあります。

ブルーナーは、人間の心が情報をどのように選び、整理し、意味づけているのかを研究しました。

その研究は、私たちが世界を理解できる理由だけでなく、なぜ見間違いや思い込みが起こるのかを考える手がかりにもなっています。

この記事を読むメリット

この記事を読むと、次のことが分かります。

ジェローム・ブルーナーが、どのような人生を送り、何を研究した心理学者なのか
ブルーナーが、文脈効果や認知心理学において重要とされる理由
同じ曖昧な形が、文脈によって異なる意味に認識される仕組み
文脈が、文章や会話の理解を助ける理由
文脈が、思い込みや勘違いにつながる可能性

2.疑問が浮かんだ物語

「同じ形なのに、なぜ答えが変わるの?」

ここから紹介するのは、文脈効果を分かりやすくするための架空の物語です。

小学6年生のユイさんは、学校の謎解きゲームに参加していました。

最初の教室では、黒板に次のような並びが書かれていました。

A(エー)[Bにも13にも見える記号] C(シー)

ユイさんは、真ん中の記号を見て答えました。

「これはB(ビー)だと思う」

A(エー)の次はB(ビー)、その次はC(シー)だからです。

ところが、次の教室にも、まったく同じ記号がありました。

今度は、数字の間に置かれています。

12[Bにも13にも見える記号] 14

一緒にいた友達は、すぐに言いました。

「これは13だよ」

ユイさんは驚きました。

「さっきと同じ形なのに、どうして答えが変わるの?」

記号そのものは変わっていません。

しかし、アルファベットの間にあるとB(ビー)に見え、数字の間にあると13に見えます。

ユイさんは不思議に思いました。

「私は本当に、目の前の形だけを見ているのかな」

「周りにあるものが、見え方に影響しているのかな」

このような疑問に関係する研究をした人物の一人が、ジェローム・ブルーナーです。

ブルーナーは、人間が目から入った情報だけでなく、周囲の状況や過去の経験を使って、目の前のものに意味を与えていることに注目しました。

3.すぐに分かる結論

ブルーナーは「形」だけでなく「心が作る意味」を研究した

お答えします。

ユイさんが見た真ん中の記号は、もともとB(ビー)にも13にも受け取れる曖昧な形をしていました。

そのため、左右にある情報が、どちらの意味を選ぶかを方向づけたのです。

A(エー)とC(シー)の間にあれば、アルファベットのB(ビー)だと判断しやすくなります。

12と14の間にあれば、数字の13だと判断しやすくなります。

このように、周囲や前後の情報によって、同じものの認識や解釈が変わる現象が文脈効果です。

ただし、文脈があれば、どのような形でも自由に別のものへ変わって見えるわけではありません。

今回の記号は、最初からB(ビー)と13の両方に受け取れる特徴を持っていました。

文脈は、何もないところから新しい形を作るのではなく、いくつか考えられる意味の中から、一つを選びやすくしたと考えると分かりやすいでしょう。

1955年(昭和30年)、ブルーナーとA・リー・ミンターンは、B(ビー)にも13にも見える曖昧な記号を使った研究を発表しました。

この研究は、人間の認識が目の前の刺激だけでは決まらず、先に見た情報や期待にも影響されることを示す代表的な研究になりました。

ブルーナーが重要なのは、面白い実験を行ったからだけではありません。

人間を、目の前の刺激に反応するだけの存在ではなく、経験や知識を使いながら、積極的に意味を作る存在として考えたからです。

ジェローム・ブルーナーが研究したのは、目という器官だけではありません。

彼が見つめていたのは、

目から入った形を、心がどのように意味のある世界へ変えているのか

という問題でした。

第4章からは、ブルーナーがどのような人生を送り、なぜこの問題に関心を持ったのかを詳しく紹介します。

1955年(昭和30年)の実験で実際に行われたことや、ブルーナーが認知心理学に与えた影響についても、少しずつ深く学んでいきましょう。

ここから詳しく

ジェローム・ブルーナーは心理学をどう変えたのか

ここまでは、文脈効果とジェローム・ブルーナーの関係を、身近な例から見てきました。

ここからは、少し視点を広げてみましょう。

ブルーナーは、B(ビー)にも13にも見える曖昧な記号だけを研究した心理学者ではありません。

知覚、思考、学習、教育、発達、言語、文化、物語、さらに法律へと関心を広げながら、100歳まで研究と教育を続けた人物です。

これらは、一見すると別々のテーマに見えます。

しかし、その研究をたどると、何度も現れる問いがあります。

人は、目や耳から入った情報に、どのように意味を与えているのでしょうか。

これは、ブルーナーの全業績を一文で定義するものではありません。

本記事では、彼の幅広い研究を理解するための一つの手がかりとして、この「意味づけ」という視点から、その生涯を見ていきます。

4.『ジェローム・ブルーナー』とは?

100歳まで問い続けた心理学者の人物像

正式な名前と基本プロフィール

正式名:ジェローム・シーモア・ブルーナー
英語表記:Jerome Seymour Bruner
生年月日:1915年(大正4年)10月1日
出生地:アメリカ合衆国ニューヨーク市
没年月日:2016年(平成28年)6月5日
享年:100歳
職業:心理学者、教育研究者
主な研究領域:知覚、認知、思考、学習、発達、教育、言語、文化、物語
主な所属:ハーバード大学、オックスフォード大学、ニューヨーク大学

ジェローム・シーモア・ブルーナーは、1915年(大正4年)10月1日にアメリカのニューヨーク市で生まれました。

2016年(平成28年)6月5日に亡くなるまで、100年にわたる生涯を送りました。

ブルーナーは、認知心理学の成立に大きく貢献した人物です。

初期には知覚や認知を研究し、その後は概念形成、子どもの発達、教育、言語、文化、物語へと研究を広げました。晩年には、心理学だけでなく、文学、哲学、人類学、法律なども結びつけながら、人が世界をどのように理解するのかを考え続けました。

特定の一つの分野だけに生涯をささげた研究者ではありません。

新しい問いを見つけるたびに分野の境界を越え、人間の心を異なる角度から見つめ直した心理学者でした。

生まれたとき、世界はまだ見えていなかった

ブルーナーの生涯には、「見ること」を考えるうえで印象深い事実があります。

ブルーナーは先天性の白内障によって、生まれたときには目が見えませんでした。

2歳のときに白内障の手術を受け、視力を得たと報告されています。その後も厚い矯正眼鏡を使用していました。

後にブルーナーは、人間の知覚について研究し、

「人は目に入ったものを、そのまま見ているのでしょうか」

という問題を追究します。

そのため、幼少期に視力を得た経験と、後の知覚研究を結びつけたくなるかもしれません。

しかし、ここは慎重に考える必要があります。

幼いころに目が見えなかったから、知覚の研究者になった

と断定できる十分な根拠は確認できません。

本人の人生にはさまざまな経験があり、研究テーマが決まるまでにも、教育、出会い、社会状況など多くの要因が関係したはずです。

したがって、幼少期の視覚経験は、研究の原因と決めつけるのではなく、

「人はどのように世界を見るのか」を研究した心理学者の、印象深い経歴の一つ

として紹介するのが適切です。

人物の経歴を魅力的な物語にすることと、事実として確認できない因果関係を作ることは別です。

ブルーナーの記事では、その二つを混同しないようにする必要があります。

デューク大学からハーバード大学へ

ブルーナーは1937年(昭和12年)、デューク大学を卒業しました。

デューク大学は、後にブルーナーの研究が、認知心理学という分野の成立に重要な役割を果たし、学習理論、発達心理学、教育にも幅広い貢献をしたと評価しています。

大学卒業後、ブルーナーはハーバード大学大学院へ進みました。

そして1941年(昭和16年)、ハーバード大学で心理学の博士号を取得します。

しかし、同じ年にアメリカは第二次世界大戦へ参戦しました。

ブルーナーは戦時中、アメリカ陸軍のIntelligence Corps(インテリジェンス・コー/情報部門)で勤務しました。

戦争が終わった1945年(昭和20年)にハーバード大学へ戻り、心理学の教育と研究を再開します。1952年(昭和27年)までには、社会関係学部の教授となっていました。

この時期のブルーナーは、人間の知覚や認知を、単なる刺激への反応として説明することに疑問を抱いていました。

人は、目に入った情報を受け取るだけではありません。

過去の経験や期待を使い、

「これは何だろう」

「何の仲間だろう」

と、情報を選び、分類し、意味づけています。

この問題意識が、後に文脈効果や認知心理学の発展と深く関わっていきます。

「心」を研究するための新しい場所を作る

1960年(昭和35年)、ブルーナーは心理学者ジョージ・ミラーとともに、ハーバード大学に、

Center for Cognitive Studies(センター・フォー・コグニティブ・スタディーズ/認知研究センター)

を設立しました。

二人は共同でセンターを率い、心理学だけでなく、言語学、哲学、人類学なども視野に入れながら、人間の心を研究しました。

当時のアメリカ心理学では、外から観察できる行動を重視する行動主義が大きな影響力を持っていました。

それに対して、ブルーナーたちは、知覚、思考、記憶、言語など、直接目には見えない心の働きも、科学的に研究する必要があると考えました。

ブルーナーは、この変化を支えたCognitive Revolution(コグニティブ・レボリューション/認知革命)の指導的人物の一人とされています。

ただし、ブルーナー一人が認知革命を起こしたわけではありません。

ジョージ・ミラーをはじめ、複数の研究者、学問分野、技術の発展が関係しています。

ブルーナーは、その大きな流れを形作った中心人物の一人だったと考えるのが正確です。

アメリカからイギリスへ――海を渡った心理学者

1972年(昭和47年)、ブルーナーはハーバード大学を離れ、イギリスのオックスフォード大学へ移りました。

オックスフォード大学では、1972年(昭和47年)から1980年(昭和55年)まで、

Watts Professor of Psychology(ワッツ・プロフェッサー・オブ・サイコロジー/ワッツ心理学教授)

を務め、ウルフソン・カレッジのフェローにも就任しました。

ブルーナーは、この職に就くため、自分の船で大西洋を渡ったとニューヨーク大学が伝えています。

研究室の机に向かうだけの人物ではなく、実際に海を越えて新しい環境へ飛び込む行動力を持っていたことが伝わる逸話です。

オックスフォード大学では、子どもの言語発達や幼児教育への関心を深めました。

1975年(昭和50年)から1980年(昭和55年)には、オックスフォード就学前研究グループを率い、保育の現場にいる子どもたちを対象とした研究にも取り組んでいます。

ブルーナーの関心は、実験室の中で人が何を見るかという問題から、人と人とのやり取りの中で、子どもがどのように言葉や意味を学ぶのかという問題へ広がっていったのです。

心理学から、文化・物語・法律へ

ブルーナーは1980年(昭和55年)にアメリカへ戻りました。

その後、研究の中心は、文化や物語が人間の思考にどのような役割を果たすのかという問題へ、さらに広がっていきます。

1991年(平成3年)には、ニューヨーク大学ロースクールの客員教授に就任しました。

1998年(平成10年)には、特定の一学部に閉じないUniversity Professor(ユニバーシティ・プロフェッサー/特別大学教授)となりました。

ニューヨーク大学では、心理学、文学、哲学、人類学などを法律の研究や教育と結びつけました。

人が出来事をどのような物語として説明するのか。

文化によって「正しい」「自然だ」と思われることは、どのように作られるのか。

裁判では、同じ出来事がどのように異なる物語として語られるのか。

ブルーナーは、心を一人の頭の中だけにあるものとして捉えるのではなく、人との関係、言葉、文化、社会の中で意味を作る働きとして考えるようになりました。ニューヨーク大学では、この学問分野を越える姿勢が高く評価されています。

研究テーマは変わっても、問いは続いていた

ブルーナーの研究は、大きく変化していきました。

若いころには、知覚や認知を研究しました。

その後は、思考、概念形成、学習、教育、子どもの発達、言語へ進みました。

さらに晩年には、文化、物語、法律へと研究を広げました。

それでは、ブルーナーは研究テーマを次々に捨てて、まったく別の問題へ移っていったのでしょうか。

必ずしも、そうとはいえません。

知覚の研究では、目に入った形にどのような意味を与えるのかを考えました。

教育の研究では、子どもが新しい知識をどのように理解するのかを考えました。

言語の研究では、人とのやり取りの中で、子どもがどのように意味を学ぶのかを考えました。

文化や物語の研究では、人が経験をどのように整理し、自分や世界について説明するのかを考えました。

研究対象は変化しても、その中心には、

人間は、与えられた情報を受け取るだけではなく、どのように意味のある世界を作るのか

という問いがあったと、本記事では整理できます。

ただし、これはブルーナーの全研究を一つの言葉で決めつけるものではありません。

幅広い研究を、読者が一つの流れとして理解するための見方です。

ジェローム・ブルーナーは、決まった答えを守り続けた心理学者というより、新しい問いが生まれるたびに、分野の境界を越えて考え続けた心理学者でした。

それでは、ブルーナーが研究を始めたころ、心理学では「心」はどのように扱われていたのでしょうか。

そして、なぜ「人は意味を作る」という考え方が、当時の心理学に大きな変化をもたらしたのでしょうか。

次の章では、外から観察できる行動を重視した行動主義と、心の働きを心理学の中心へ戻そうとした認知革命について見ていきます。

5.ブルーナーが登場したころの心理学

行動だけでなく「心」を研究する認知革命へ

第4章では、ジェローム・ブルーナーが、知覚から教育、言語、文化、物語へと研究を広げた人物であることを見てきました。

では、ブルーナーが研究を始めたころ、心理学では人間の心をどのように捉えていたのでしょうか。

20世紀前半のアメリカ心理学で大きな影響力を持っていたのが、Behaviorism(ビヘイヴィアリズム/行動主義)です。

行動主義は、気持ちや意識のように外から直接確認しにくいものより、観察や測定ができる行動を研究しようとしました。

どのような刺激を与えると、どのような反応が起こるのか。

どのような経験によって、新しい行動が身につくのか。

このような問題を実験によって調べることで、心理学を客観的な科学にしようとしたのです。アメリカ心理学会の定義でも、行動主義は主観的な意識より、客観的に観察できる行動や刺激と反応の関係を重視する立場とされています。

行動主義は、学習や行動の仕組みを明らかにするうえで、大きな成果を残しました。

ただし、当時の心理学者が誰も心を研究していなかった、という意味ではありません。

知覚のまとまりを研究したゲシュタルト心理学や、記憶、思考、発達などを扱う研究も存在していました。心理学全体が一つの考え方だけに統一されていたわけではないのです。

それでも、外から観察できる行動を重視する立場では、

「人は目の前の情報をどのように整理したのか」

「なぜ同じものを違う意味に受け取ったのか」

「過去の経験や期待は、判断にどう関係するのか」

といった心の中の過程を、中心的な研究対象として扱いにくい面がありました。

ブルーナーが問い直したのは、この部分です。

たとえば、二人が同じ記号を見て、同じ答えを口にしたとしても、その答えに至るまでに利用した知識や予想が同じとは限りません。

反対に、同じ刺激を見ても、直前に得た情報や過去の経験によって、異なる答えが生まれることもあります。

行動だけを見るのではなく、その行動へ至るまでに、心の中でどのような情報処理が行われたのかを調べる必要があるのではないか。

この問題意識が、ブルーナーの研究を支えていました。

1940年代から1950年代にかけて、心理学では、知覚、記憶、思考、言語などの心の働きを科学的に研究する考え方が発展します。

この大きな変化は、Cognitive Revolution(コグニティブ・レボリューション/認知革命)と呼ばれています。

アメリカ心理学会は、認知心理学について、直接観察できる行動だけでなく、刺激と反応の間にある知識や情報処理の過程を重視した点で、当時の行動主義と大きく異なっていたと説明しています。

ブルーナーは、認知革命を一人で起こした人物ではありません。

ジョージ・ミラーをはじめ、多くの心理学者、言語学者、情報理論やコンピューター科学の研究者が、この変化に関わりました。

その中でブルーナーは、1960年(昭和35年)、ジョージ・ミラーとともにハーバード大学へ、

Center for Cognitive Studies
(センター・フォー・コグニティブ・スタディーズ/認知研究センター)

を設立しました。

ハーバード大学は、ブルーナーを認知革命の指導的人物の一人と位置づけ、人間が現実の情報を処理するときに使う方略や、心の中の表象を重視した研究者として紹介しています。

ここで、冒頭のB(ビー)にも13にも見える記号を思い出してください。

同じ刺激が、先に文字を見たときと数字を見たときで違うものとして認識されるなら、認識は刺激の形だけでは説明できません。

そこには、過去の経験や期待も関係しているのではないでしょうか。

ブルーナーは、この問いに突然たどり着いたわけではありません。

その前から、見る人の欲求や価値が知覚に関係する可能性を調べていました。

その研究の流れが、次に紹介するニュールック心理学です。

6.ブルーナーの「ニュールック心理学」とは?

人は刺激をそのまま受け取っているのではない

ブルーナーが初期に参加した知覚研究の流れは、一般にNew Look(ニュー・ルック/新しい見方)、またはNew Look Psychology(ニュー・ルック・サイコロジー/ニュールック心理学)と呼ばれています。

この「新しい見方」とは、目の前の刺激の形や明るさだけでなく、それを見る人の経験、欲求、価値、期待も知覚研究に取り入れようとする考え方です。

当時の知覚研究では、光の強さ、線の長さ、形の配置など、刺激が持つ物理的な性質が重視されていました。

こうした研究は、知覚の基本的な仕組みを明らかにするために欠かせません。

しかしブルーナーたちは、人間を複雑な記録装置のように扱うだけでは、日常生活で起こる知覚を十分に説明できないと考えました。

人は、空腹、痛み、関心、学習経験などを持った状態で世界を見ています。

それらを切り離して、見るという働きを理解できるのでしょうか。

ブルーナーとセシル・C・グッドマンは、1947年(昭和22年)、

Value and Need as Organizing Factors in Perception(ヴァリュー・アンド・ニード・アズ・オーガナイジング・ファクターズ・イン・パーセプション/知覚を組織する要因としての価値と欲求)

という論文を発表しました。

論文の冒頭で二人は、知覚する人が、受け取った情報をそのまま記録する装置のように扱われてきたことへ疑問を示しています。

研究に参加したのは、10歳の子ども30人でした。

子どもたちは、画面に映る丸い光の大きさを調整し、見せられた硬貨と同じ大きさに合わせました。比較のため、硬貨と同じ大きさの灰色の円板を使う条件も設けられました。

その結果、硬貨は同じ大きさの円板よりも大きく見積もられ、全体としては、価値の高い硬貨ほど実際の大きさとの差が広がる傾向が報告されました。

また、研究者が家庭の経済状況によって分けた二つのグループでは、経済的に恵まれない家庭の子どもの方が、硬貨をより大きく見積もる結果が報告されました。

ブルーナーとグッドマンは、硬貨が持つ社会的な価値や、金銭に対する必要性が、大きさの判断に関係した可能性を考えました。

ただし、この研究を、

欲しいものは、本当に目に大きく見えると証明された

と断定するのは適切ではありません。

視覚として経験された大きさそのものが変わったのか、注意、記憶、判断、回答の方法が影響を受けたのかを区別する必要があるからです。

現在の知覚研究でも、知識や欲求が視覚そのものを変化させるのか、それとも知覚後の判断に影響するのかについては議論があります。トップダウンの影響を示すとされる研究には、回答の偏りや記憶など、知覚以外の説明を十分に除く必要があるとする批判も示されています。

それでも、このコイン研究には心理学史上の意味があります。

ブルーナーたちは、

「目の前に何が置かれているか」

だけでなく、

「それを、どのような人が見ているのか」

という問いを、知覚研究の中心へ持ち込もうとしました。

そして、次の疑問が生まれます。

価値や欲求だけでなく、

「次には何が現れるはずだ」という期待も、その後の認識を方向づけるのでしょうか。

この問いに関係するのが、1955年(昭和30年)に発表された、ブルーナーとA・リー・ミンターンの研究です。

7.1955年の実験を正確に読み解く

ブルーナーとミンターンは何を調べたのか

ここからは、前半で紹介したB(ビー)/13の現象を、研究の内容に沿って詳しく見ていきます。

研究を行ったのは、

Jerome S. Bruner(ジェローム・S・ブルーナー)

と、

A. Leigh Minturn(A・リー・ミンターン)

です。

論文の正式な題名は、

Perceptual Identification and Perceptual Organization(パーセプチュアル・アイデンティフィケーション・アンド・パーセプチュアル・オーガニゼーション)

です。

日本語では、「知覚的同定と知覚的体制化」などと訳せます。

1955年(昭和30年)、心理学誌、

The Journal of General Psychology(ザ・ジャーナル・オブ・ジェネラル・サイコロジー)

に掲載されました。

「知覚的同定」とは、目に入った刺激が何であるかを認識することです。

たとえば、線や曲線を見て、

「これはB(ビー)だ」

「これは数字の13だ」

と意味を決める働きが含まれます。

ブルーナーとミンターンが調べたのは、複数の意味に受け取れる曖昧な刺激の同定が、その刺激自体の形だけで決まるのかという問題でした。

実験では、アルファベットのB(ビー)にも、数字の13にも解釈できる曖昧な記号が使われました。

この記号は、

Broken-B(ブロークン・ビー/崩れたB)

と呼ばれています。

記号の曲線部分と縦線の間が離れているため、閉じた形としてまとめればB(ビー)に、縦線と曲線を別々に捉えれば13に近い形として認識できます。

参加者には、文字や数字などの刺激を短時間提示する、

tachistoscope(タキストスコープ)

という装置が使われました。

先行する情報には、三つの条件が用意されていました。

文字の条件では、

L(エル)、M(エム)、Y(ワイ)、A(エー)

が示されました。

数字の条件では、

16、17、10、12

が示されました。

さらに、文字と数字を混ぜて提示する条件も設けられました。

その後、参加者へ同じBroken-B(ブロークン・ビー)を提示し、何に見えたかを答えてもらいました。

すると、文字を先に見た条件では、曖昧な記号をB(ビー)と答える人が多くなりました。

数字を先に見た条件では、同じ記号を13と答える人が多くなりました。ブルーナーとミンターンの研究で使われた刺激と条件は、日本心理学会の原論文解説でも確認できます。

ここで重要なのは、先行する情報が答えを完全に決めたわけではないという点です。

文字を先に見た人の全員がB(ビー)と答え、数字を見た人の全員が13と答えたわけではありません。

先に見た情報によって、曖昧な記号を文字または数字として認識する可能性が高まったのです。

参加者が意識的に、

「文字が続いたから、次も文字と答えよう」

と考えたとは限りません。

それまでに見た情報によって、ある種類の刺激を認識しやすい状態が作られた可能性があります。

ここで、記事の冒頭に掲載した代表例へ戻ってみましょう。

冒頭では、

A(エー) [Bにも13にも見える記号] C(シー)

12 [Bにも13にも見える記号] 14

という並びを紹介しました。

この図は、文脈効果を数秒で理解するための代表例です。

しかし、ブルーナーとミンターンの実験で、この配置がそのまま使われたわけではありません。

実際の研究では、文字や数字を先に続けて提示した後に、Broken-B(ブロークン・ビー)を見せています。

つまり、冒頭の図が示しているのは、同時に周囲へ置かれた情報の影響です。

一方、ブルーナーとミンターンの研究では、先に経験した情報が、その後の曖昧な刺激の同定へどう影響するのかが調べられました。

両者は、文脈が認識を方向づけることを理解するうえで関係していますが、提示方法は同じではありません。

この違いを知ることで、研究の問いがさらに明確になります。

ブルーナーたちが示したのは、単に、

「周りに数字があれば13に見える」

という面白い錯視ではありません。

私たちが直前に経験した情報が、次に現れる曖昧なものを何として認識するかに関係する

ということです。

ただし、この実験だけで、文脈によって視覚経験そのものが完全に変化したとまでは断定できません。

実際の見え方へ影響したのか、それともB(ビー)か13かを分類して答える段階へ影響したのかは、さらに慎重に考える必要があります。

ブルーナーたちの研究の価値は、心の仕組みに最終的な答えを出したことではありません。

刺激の形だけでは、認識を十分に説明できないのではないか。

過去の経験、期待、意味づけも研究する必要があるのではないか。

その問いを、具体的な実験として心理学へ示したことにあります。

次の章では、この実験によって分かったことと、実験だけでは言い切れないことを分け、文脈効果をさらに正確に読み解いていきます。

8.この実験から何が分かるのか

分かったことと、言い切れないこと

ブルーナーとミンターンの実験から直接分かったのは、先に見た情報によって、その後に現れた曖昧な記号への回答傾向が変わったということです。

文字を先に見た条件では、記号をB(ビー)と答える人が多くなりました。

数字を先に見た条件では、同じ記号を13と答える人が多くなりました。

先行情報は答えを完全に決めたのではなく、複数ある解釈のうち、一方を選びやすくしたと考えるのが正確です。

この結果は、曖昧なものを認識するとき、目の前にある形だけでなく、それまでに得た情報も関係することを示しています。

さらに、アルファベットと数字を見分けられるのは、私たちが過去の学習によって、それぞれの形や使われ方を知っているからです。

そのため、実験結果を説明する際には、

  • 刺激そのものの形
  • 先に提示された情報
  • 学習によって得た知識
  • 次に何が現れそうかという期待

などが関係した可能性を考えられます。

ただし、実験でこれらの要因が一つずつ別々に測定されたわけではありません。

実験が直接確認したのは、先に示した文字や数字によって、後の回答の傾向が変わったことです。

「期待が働いた」「学習経験が利用された」という説明は、結果を理解するための理論的な解釈として区別する必要があります。

もう一つ、重要な注意点があります。

この実験だけから、

文脈によって、目に映る形そのものが完全に変わった

と断定することはできません。

文脈が実際の見え方に影響した可能性はあります。

一方で、記号を見た後に、

「これはB(ビー)だ」

「これは13だ」

と分類し、回答する段階に影響した可能性も考えられます。

何が見えたのかと、見たものを何と答えたのかは、似ているようで同じではありません。

現代の研究でも、B(ビー)/13のような曖昧な刺激を使い、文脈が対象の認識へどのように働くのかが調べられています。しかし、文脈が知覚処理のどの段階へ働くのかについては、現在も検討が続いています。

また、文脈があれば、どのようなものでも自由に別の形として認識されるわけではありません。

実験で使われた記号は、初めからB(ビー)にも13にも受け取れる曖昧な特徴を持っていました。

文脈は、存在しない形を作り出したというより、刺激が持っていた複数の可能性のうち、一方を選びやすくしたと考える方が適切です。

研究を正しく紹介するためには、面白い結果だけでなく、どこまで言えて、どこからは慎重に考える必要があるのかも伝えなければなりません。

この区別によって、ブルーナーたちの研究の価値を、誇張せずに理解できます。

9.文脈効果を深く理解する三つの言葉

ブルーナーとミンターンの実験をさらに深く理解するために、三つの言葉を紹介します。

それが、知覚的構え、トップダウン処理、カテゴリー化です。

一つ目は、Perceptual Set(パーセプチュアル・セット/知覚的構え)です。

知覚的構えとは、過去の経験や期待などによって、ある対象を特定のものとして認識しやすくなっている状態を指します。

文字を続けて見た後には、次に現れるものも文字として受け取りやすくなります。

数字を続けて見た後には、次に現れるものも数字として受け取りやすくなります。

これは、本人が必ず意識して、

「次も文字が出るはずだ」

と考えているという意味ではありません。

先に経験した情報によって、ある種類の対象を認識しやすい準備状態が作られることがあります。

これに関係するブルーナー自身の重要な考えが、Perceptual Readiness(パーセプチュアル・レディネス/知覚的準備性)です。

ブルーナーは1957年(昭和32年)、論文『On Perceptual Readiness(オン・パーセプチュアル・レディネス/知覚的準備性について)』を発表しました。論文は『Psychological Review(サイコロジカル・レビュー)』第64巻に掲載されています。

知覚的構えと知覚的準備性は深く関係しますが、まったく同じ用語として扱う必要はありません。

本記事では、知覚的構えを「ある見方をしやすくなっている状態」、知覚的準備性を「あるカテゴリーを利用して対象を認識する準備が整っていること」と捉えると分かりやすいでしょう。

二つ目は、Top-down Processing(トップダウン・プロセシング/トップダウン処理)です。

トップダウン処理とは、すでに持っている知識、経験、期待、文脈などを使い、目や耳から入った情報を理解する働きです。

たとえば、少し文字が崩れていても、文章の内容が分かっていれば読めることがあります。

文章の知識や前後の流れが、読みにくい文字の解釈を助けているのです。

一方、目から入ってきた線、曲線、色、明るさなどを手がかりにして、認識を組み立てていく働きを、

Bottom-up Processing(ボトムアップ・プロセシング/ボトムアップ処理)

と呼びます。

B(ビー)/13の記号に含まれる縦線や曲線は、ボトムアップ処理で利用される手がかりです。

それ以前に文字や数字を見たという文脈は、トップダウン処理に関係する手がかりになります。

実際の認識は、どちらか一方だけで行われるわけではありません。

目から入った情報と、すでに持っている知識や文脈が組み合わさることで、「これは何か」という意味が作られます。

なお、トップダウン処理は、ブルーナーが1955年(昭和30年)の論文で中心的に用いた言葉ではありません。

ブルーナーたちの研究を、現在の認知心理学から理解するために役立つ説明用語として紹介しています。

三つ目は、Categorization(カテゴライゼーション/カテゴリー化)です。

カテゴリー化とは、目の前のものを、すでに知っている種類や仲間に分ける働きです。

私たちは、線や曲線を目に入れただけでは終わりません。

その形を、

「これはアルファベットの仲間だ」

「これは数字の仲間だ」

と分類します。

曖昧な記号がアルファベットのカテゴリーへ入れば、B(ビー)として意味づけられます。

数字のカテゴリーへ入れば、13として意味づけられます。

ブルーナーは、知覚を、刺激を受け取るだけの働きではなく、手がかりを使って対象をカテゴリーへ位置づける働きとも考えました。1957年(昭和32年)の知覚的準備性の論文は、知覚とカテゴリー化の関係を理論的に考えた重要な研究です。

三つの言葉をつなげると、B(ビー)/13の現象は、次のように整理できます。

先に見た情報によって知覚的な構えが生まれ、その文脈がトップダウンの手がかりとして働くことで、曖昧な記号が文字または数字のカテゴリーへ位置づけられやすくなった。

これは、文脈効果を現代の認知心理学の言葉から理解する、一つの説明です。

10.なぜブルーナーは文脈効果の重要人物なのか

ここまでの内容を踏まえて、この記事の中心となる問いへ答えましょう。

ジェローム・ブルーナーが文脈効果を考えるうえで重要な理由は、主に三つあります。

一つ目は、先に経験した情報が、その後の曖昧な刺激の同定を方向づけることを実験で示したことです。

ブルーナーとA・リー・ミンターンの1955年(昭和30年)の研究は、刺激そのものが同じでも、それ以前に文字を見たか数字を見たかによって、回答傾向が変わることを示しました。

ここで重要なのは、文脈が答えを完全に決めたことではありません。

先に得た情報が、複数ある解釈のうち、一方を選びやすくした点です。

二つ目は、刺激そのものの形だけで、知覚を説明しようとしなかったことです。

ブルーナーは、知覚的な同定を考えるとき、形の閉じ方や線の配置だけでなく、意味づけ、再認、過去の経験なども重視する必要があると考えました。

日本心理学会の解説でも、ブルーナーは文脈効果を指摘した初期の心理学者の一人であり、刺激そのものの性質だけが知覚的同定を決めるわけではないと考えていたことが紹介されています。

三つ目は、知覚についての問いを、より広い認知心理学へつなげたことです。

ブルーナーはB(ビー)/13の現象だけを研究した人物ではありません。

人は、情報をどのように分類するのか。

どのように考え、学ぶのか。

言葉や文化を使って、どのように意味を作るのか。

ブルーナーは知覚から始まった問いを、思考、学習、教育、発達、文化、物語へと広げました。ハーバード大学は、ブルーナーを認知革命の指導的人物の一人として位置づけ、知覚的体制化、認知、学習理論などの研究を通して、心的な方略や表象を重視したと紹介しています。

ただし、ブルーナーを「文脈効果を一人で発見した人物」と紹介するのは正確ではありません。

文脈と知覚の関係には、ブルーナー以前と以後を含め、多くの研究者や理論が関係しています。

また、現在よく知られるA(エー)・B(ビー)・C(シー)と12・13・14の代表図も、ブルーナーとミンターンの実験手続きをそのまま描いたものではありません。

そのため、ブルーナーの位置づけは、次のようにまとめるのが最も適切です。

ジェローム・ブルーナーは、文脈効果の唯一の発見者ではありません。文脈や先行経験が曖昧な刺激の知覚的な同定を方向づけることを実験で示し、意味づけやカテゴリー化を重視する考えを認知心理学の発展へつなげた重要人物です。

ブルーナーが心理学に残したものは、B(ビー)にも13にも見える一つの記号だけではありません。

私たちは、本当に目の前の形だけを見ているのでしょうか。

それとも、過去の経験や期待、すでに持っている知識も使いながら、見える世界に意味を与えているのでしょうか。

この問いを、実験と理論の両面から深めたことに、ブルーナーの大きな重要性があります。

11.知覚から思考へ

『思考の研究』とカテゴリー化

ブルーナーの関心は、目の前にあるものを何として認識するのかという知覚の問題だけにとどまりませんでした。

人は、いくつかの事例を比べながら、どのように共通点を見つけるのでしょうか。

答えが分からないとき、どのような仮説を立て、何を手がかりに確かめるのでしょうか。

1956年(昭和31年)、ブルーナーはジャクリーン・J・グッドナウ、ジョージ・A・オースティンとともに、

A Study of Thinking(ア・スタディ・オブ・シンキング/思考の研究)

を発表しました。

この著作では、人が事例を比較し、仮説を立て、必要な情報を選びながら概念を見つける過程が詳しく検討されました。研究の中心となったテーマの一つが、Concept Attainment(コンセプト・アテインメント/概念達成)です。

概念達成とは、いくつかの例を見比べながら、「何がその仲間に入るための条件なのか」を見つけることです。

たとえば、ある図形について「これは仲間です」、別の図形について「これは仲間ではありません」と教えられたとします。

私たちは、色、形、大きさなどを比べながら、

「三角形であることが条件なのではないか」

「赤いことが条件なのではないか」

と仮説を立てます。

新しい図形が示されるたびに仮説を確かめ、合わなければ修正していきます。

ブルーナーたちが調べたのは、正解したかどうかだけではありません。

人がどの情報へ注目し、どのような順序で仮説を試し、どのようなStrategy(ストラテジー/方略)を使って答えへ近づくのかという、思考の過程そのものでした。

ここで、B(ビー)/13の研究とのつながりが見えてきます。

曖昧な記号を見るときにも、私たちは線や曲線を受け取るだけではありません。

それを、

「文字の仲間なのか」

「数字の仲間なのか」

というカテゴリーへ位置づけています。

ただし、『思考の研究』がB(ビー)/13の実験をそのまま説明した本だという意味ではありません。

B(ビー)/13の研究では、曖昧な刺激を何として同定するかが調べられました。

『思考の研究』では、事例から概念を見つけるために、人がどのような仮説や方略を使うかが中心でした。

研究課題は異なります。

それでも、両方に共通する人間観があります。

人は情報を受け取るだけではなく、比較し、分類し、仮説を立てながら意味を作る。

ブルーナーの研究は、知覚から思考へ進んでも、「人が情報をどのように意味のあるものへ変えるのか」という問いを引き継いでいたのです。

そして、この考えは、研究室の中だけでは終わりませんでした。

人が自ら関係を見つけ、理解を作るのであれば、学校では何を、どのように教えるべきなのでしょうか。

ブルーナーの関心は、次に教育へと広がっていきます。

12.ブルーナーの考えは教育をどう変えたのか

1960年(昭和35年)、ブルーナーは、

The Process of Education(ザ・プロセス・オブ・エデュケーション/教育の過程)

を出版しました。

この本で重視されたのは、事実を数多く暗記することだけではなく、学問を成り立たせている基本的な考え方や構造を理解することでした。

ブルーナーは、科学や人文学の基本概念は、教え方を工夫すれば早い段階から直感的に扱うことができ、その後の学習によって、より正式で抽象的な理解へ発展させられると論じました。

たとえば、理科で動物の名前を一つずつ覚えるだけでは、初めて見る生き物へ知識を生かしにくいかもしれません。

一方、

「生き物は、どのような特徴によって仲間分けできるのか」

という基本的な考え方を理解していれば、新しい生き物に出会ったときにも、特徴を比較して考えられます。

これは、前章で紹介したカテゴリー化や概念達成にもつながります。

ブルーナーの教育論と関係する考えの一つが、Discovery Learning(ディスカバリー・ラーニング/発見学習)です。

ブルーナーは1961年(昭和36年)の論文、

The Act of Discovery(ジ・アクト・オブ・ディスカバリー/発見という行為)

で、学習者が発見の過程へ参加することの可能性を論じました。この論文は『Harvard Educational Review(ハーバード・エデュケーショナル・レビュー)』第31巻に掲載されています。

発見学習とは、完成した答えを受け取って覚えるだけでなく、事例を比べ、規則性を探し、仮説を確かめながら、知識の関係を見つける学び方です。

ただし、

教師は何も教えず、子どもへすべて任せればよい

という意味ではありません。

何に注目するのか。

どの事例を比べるのか。

どのような順番で問いを示すのか。

学習者が大切な関係を発見できるように、教材や活動を整えることも必要です。

もう一つ、ブルーナーの教育論を表す言葉が、Spiral Curriculum(スパイラル・カリキュラム/らせん型カリキュラム)です。

一度学んだ基本概念をそこで終わりにせず、学習段階に合わせて繰り返し取り上げ、そのたびに詳しさや抽象度を上げていきます。

同じ場所をただ回るのではありません。

らせん階段を上るように、以前の理解へ戻りながら、より高い段階へ進んでいくのです。

文脈効果の研究と教育研究は、同じ現象を扱ったものではありません。

しかし、両方には共通した考えがあります。

人は、与えられた刺激や知識をそのまま保存するのではなく、すでに持っている知識と結びつけながら理解を作る。

この人間観によって、ブルーナーの研究は、曖昧な記号の知覚から、子どもがどのように考え、学ぶのかという問題へ広がりました。

しかし、意味を作るために使われるものは、一人の頭の中にある知識だけなのでしょうか。

私たちの言葉、家族、社会、文化も、ものの考え方に影響しているのではないでしょうか。

13.文化と物語へ

「意味」は一人の頭の中だけで作られるのか

初期のブルーナーは、人が刺激をどのように認識し、情報をどのように分類するのかを研究しました。

その後、思考、学習、教育、言語へと研究を広げていきます。

そして後年、ブルーナーは、人間の心を情報を計算する装置として説明するだけでは、十分ではないと考えるようになりました。

1990年(平成2年)、ブルーナーは、

Acts of Meaning(アクツ・オブ・ミーニング/意味の行為)

を出版しました。

この著作でブルーナーは、認知革命が、人間の心を「情報処理装置」として扱う方向へ狭まり、本来重視されていた意味の問題から離れたと批判しました。

人間の心を理解するには、人が文化の中でどのように意味を作り、他者や自分自身を理解しているのかを考える必要があるとしたのです。

たとえば、ある人が急いで走り、転んだとします。

それを、

「落ち着きがなくて失敗した」

と理解することもできます。

一方、

「困っている人を助けるために急いでいた」

という背景を知れば、同じ出来事が別の意味を持ちます。

私たちは出来事を、ばらばらな事実として理解しているだけではありません。

誰が、何を望み、なぜ行動し、どのような結果になったのかを結びつけ、物語として理解することがあります。

その物語は、一人の頭の中だけで自由に作られるものでもありません。

何を成功と考えるのか。

どのような行動を立派だと考えるのか。

家族や社会はどうあるべきだと思うのか。

こうした意味づけには、言葉、習慣、価値観など、文化的な背景も関わります。

ニューヨーク大学でブルーナーは、心理学だけでなく、文学、哲学、人類学、法律などを結びつけ、人間が文化や物語を通して意味を作る問題を研究しました。

ここで注意したいことがあります。

B(ビー)/13の知覚的同定と、人生を物語として理解する働きは、同じ心理現象ではありません。

使われる情報も、処理の複雑さも異なります。

共通するのは、

情報の意味は、その情報だけで完全に決まるのではなく、どのような関係や背景の中に置かれているかによって変わる

という視点です。

ブルーナーの研究人生は、目の前にある小さな記号の文脈から、人間を取り巻く文化や物語という大きな文脈へ広がっていった、と捉えることができます。

これは、ブルーナー自身が全研究を一つの言葉で説明したという意味ではありません。

幅広い研究を、一つの流れとして理解するための本記事の整理です。

14.現代の心理学から見たB/13の研究

ブルーナーとミンターンの研究から、長い年月がたちました。

それでも、B(ビー)にも13にも見える曖昧な記号は、昔の教科書に残っただけの例ではありません。

現在も、文脈が曖昧な対象の分類へどのように関係するのかを調べる課題として使われています。

2020年(令和2年)に発表された研究では、B(ビー)/13の曖昧な記号とともに、A(エー)とC(シー)、または12と14が提示されました。

文脈が意識して見えている場合だけでなく、見えにくく処理された場合にも、文字または数字としての分類が方向づけられました。

ただし、意識されない文脈の効果は小さく、文字・数字というカテゴリーの段階では確認されたものの、単語の意味を利用する、より広い言語的な段階には広がりませんでした。

この結果だけを見ると、文脈は本人が意識していなくても働くように思えます。

しかし、研究の結論は一つに定まっていません。

2024年(令和6年)には、意識されない場面の文脈は、その後に示された曖昧な物体の解釈を方向づけず、意識できる文脈では効果が見られたという研究が発表されました。

文脈が働くために意識が必要なのかについて、研究結果は一致しておらず、さらに検討が必要だとされています。

つまり、

1955年(昭和30年)の実験で、文脈効果の仕組みがすべて明らかになった

とはいえません。

どのような文脈が働くのか。

文脈を意識する必要があるのか。

実際の見え方が変わるのか、それとも分類や回答が変わるのか。

現在の研究では、こうした問いが、より細かく分けて調べられています。

古い研究の価値は、最終的な答えを出したかどうかだけでは決まりません。

後の研究者が検証できる問いを示し、より詳しい研究を生み出したことにも価値があります。

ブルーナーとミンターンの研究は、文脈効果の研究を終わらせたのではありません。

私たちは目の前の刺激だけを認識しているのか

という、現在まで続く問いの出発点の一つになったのです。

15.ブルーナーの研究は私たちの生活とどうつながる?

文脈は、心理学の実験室の中だけにあるものではありません。

少しくらい文字が崩れていても、文章の流れから読むことがあります。

会話の一部が聞き取れなくても、直前までの話題から内容を補うことがあります。

一方、相手が怒っていると思い込んでいると、普通の一言まで冷たく感じるかもしれません。

広告では、同じ商品でも、周囲に置かれた写真や言葉によって印象が変わることがあります。

Social Networking Service(ソーシャル・ネットワーキング・サービス/SNS)では、発言の一部分だけが切り取られ、本来とは異なる意味で受け取られることもあります。

ただし、これらがすべてB(ビー)/13の実験と同じ心の仕組みによって起こる、という意味ではありません。

文字の認識、言語理解、感情、対人印象、商品の評価には、それぞれ別の要因も関係します。

共通しているのは、情報の意味が、その情報だけで決まるとは限らず、前後関係や背景にも左右されるという点です。

では、間違えないために、文脈をすべて無視すればよいのでしょうか。

それも適切ではありません。

文脈は、曖昧な情報を素早く理解するための大切な手がかりです。

文脈を利用するからこそ、私たちは読みにくい文字を読み、短い言葉から相手の意図を推測できます。

大切なのは、文脈の影響をなくすことではありません。

自分が何を見たのかだけでなく、どのような文脈の中で見たのかを振り返ることです。

誰かの言葉へ強く反応したとき。

見出しだけでニュースの内容を決めつけそうになったとき。

人物や商品へ、最初から強い印象を持ったとき。

「私は目の前の情報から判断したのだろうか」

「それとも、先に与えられた情報や期待に方向づけられたのだろうか」

と、一度立ち止まることができます。

ブルーナーの研究は、文脈を疑い、すべて排除するよう教えているのではありません。

私たちが文脈を使いながら、世界へ意味を与えていることを教えてくれます。

同時に、自分が見ている世界にも、過去の経験、知識、期待という、目には見えない文脈が含まれている可能性を気づかせてくれるのです。

16.おまけコラム

常識に合わないトランプを見たとき、心は何をする?

ここまで紹介してきたB(ビー)/13の記号は、初めから二通りに受け取れる曖昧な刺激でした。

では、曖昧なのではなく、私たちの常識に反するものが突然現れた場合、何が起こるのでしょうか。

1949年(昭和24年)、ジェローム・S・ブルーナーは、心理学者のレオ・ポストマンとともに、

On the Perception of Incongruity: A Paradigm(オン・ザ・パーセプション・オブ・インコングルーイティー:ア・パラダイム/不一致の知覚について)

という論文を発表しました。

二人が実験に使ったのは、トランプです。

通常、ハートとダイヤは赤く、スペードとクラブは黒く描かれています。

しかし実験では、普通のカードに加えて、赤いスペードや黒いハートなど、マークと色の組み合わせを入れ替えたカードが使われました。

実験には、ハーバード大学とラドクリフ大学の学生28人が参加しました。

カードは、tachistoscope(タキストスコープ)という装置によって、ごく短い時間から少しずつ長くして提示されました。

参加者は、見えたカードの数字、マーク、色などを答えます。

原研究では、普通のカードが正しく認識されるまでに必要だった時間は、平均28ミリ秒でした。

一方、色とマークを入れ替えたカードでは、平均114ミリ秒が必要でした。

異常なカードの認識には、平均で約4倍の提示時間がかかったことになります。

正しく認識する前の答えも興味深いものでした。

赤いスペードを、色を無視して「黒いスペード」と答える人がいました。

反対に、赤という色を優先して「ハート」と答える人もいました。

中には「紫色のスペード」のように、実際に示された情報と、見慣れたカードの知識を折り合わせたような答えもありました。

ブルーナーとポストマンは、こうした反応を、過去の経験から作られた予想と、実際に示された情報との不一致に対処する過程として捉えました。

ただし、この実験を、

人は自分の常識に反する現実を、無意識に拒否する

とだけ説明するのは慎重でなければなりません。

2011年(平成23年)、ジョン・M・ホーナーとサン・K・タンは、ブルーナーとポストマンの実験を再検討しました。

その研究では、普通のカードだけを見せる条件と、異常なカードだけを見せる条件では、参加者はどちらも同程度に識別できました。

識別に時間がかかったのは、普通のカードと異常なカードが混ざって提示された条件でした。

また、参加者の反応は、見たくない情報を単純に拒否したというより、見分けにくい刺激を試行錯誤しながら特定していく過程としても説明できると指摘されました。

この再検討によって、1949年(昭和24年)の研究が無意味になったわけではありません。

むしろ、私たちがどのような条件で予想を利用し、どのような条件で予想を修正できるのかという、より詳しい問いが生まれました。

B(ビー)/13の記号と、色を入れ替えたトランプには違いがあります。

B(ビー)/13は、刺激そのものに複数の解釈が含まれています。

一方、異常なトランプでは、実際の色と形の組み合わせが、長い経験によって身についた知識と食い違っています。

一つは、曖昧な情報を文脈によって安定させる問題です。

もう一つは、予想と食い違う情報へ気づき、これまでの見方を修正する問題です。

両者は同じ現象ではありません。

しかし、どちらも私たちに、次の問いを投げかけます。

私たちは目の前にあるものだけを見ているのでしょうか。
それとも、そこにあるはずだと思っているものも、一緒に見ているのでしょうか。

そして、この研究にはもう一つの教訓があります。

科学では、有名な実験であっても、最初の説明が最終回答になるとは限りません。

条件を変えて調べ直し、別の説明が可能かを検討することで、研究への理解は更新されます。

ブルーナーの研究が興味深いのは、分かりやすい答えを残したからだけではありません。

後の研究者が何度も調べ直したくなる、長く続く問いを残したからなのです。

17.まとめ・考察

文脈は世界をゆがめるのか、それとも理解させるのか

この記事では、文脈効果を入り口として、ジェローム・シーモア・ブルーナーの人物像と研究をたどってきました。

ブルーナーは、文脈効果を一人で発見した心理学者ではありません。

しかし、A・リー・ミンターンとの1955年(昭和30年)の研究によって、先に見た文字や数字が、その後に現れる曖昧な記号の知覚的な同定を方向づけることを示しました。

さらにブルーナーは、知覚、思考、学習、教育、文化、物語へと研究を広げました。

ハーバード大学は、ブルーナーをCognitive Revolution(コグニティブ・レボリューション/認知革命)の指導的人物の一人と位置づけ、心の中の方略や表象を重視した研究者として紹介しています。

その幅広い研究を、本記事では次の問いによって結びつけてきました。

人は、与えられた情報をそのまま受け取るだけなのでしょうか。
それとも、経験や知識を使って意味のある世界を組み立てているのでしょうか。

文脈の影響を受けることは、心の欠点だけではありません。

少しくらい崩れた文字でも読めること。

会話の一部を聞き逃しても、話の流れから補えること。

初めて見るものでも、過去の知識を使って素早く理解できること。

これらは、文脈を利用できるからこそ可能になります。

文脈は、限られた情報から意味を見つけるための、心の大切な道具です。

しかし、その便利さは、思い込みにもつながります。

このような体験はないでしょうか。

短いメッセージを読んで「怒っている」と思ったのに、後で事情を聞くと、急いでいただけだった。

最初に悪い評判を聞いたため、その人の普通の行動まで悪く見えてしまった。

ニュースの見出しだけで内容を判断したものの、本文を読むと印象が変わった。

これらがすべてB(ビー)/13と同じ仕組みで起こるわけではありません。

それでも、先に得た情報や思い込みが、その後の受け取り方を方向づける可能性について考える例にはなります。

ここで注意したいのは、

文脈によって意味が変わるのだから、どのように解釈しても正しい

という結論にはならないことです。

B(ビー)/13の記号は、もともと二通りに受け取れる特徴を持っていました。

文脈があっても、まったく無関係な形へ自由に変わるわけではありません。

解釈は文脈によって方向づけられますが、目の前の情報や事実による制約も受けています。

この点は、日常生活でも重要です。

相手の事情を考えることは必要ですが、事実を無視してよいわけではありません。

自分の見方を疑うことは大切ですが、すべての判断をあきらめる必要もありません。

必要なのは、文脈をなくすことではなく、自分がどの文脈を使って判断しているかを確かめることです。

私なりに考えると、人間の心は、世界をそのまま写すカメラというより、限られた手がかりから仮説を立てる研究者に似ています。

「これは文字だろう」

「この人は怒っているのだろう」

「この出来事には、このような意味があるのだろう」

私たちは、気づかないうちに小さな仮説を立てながら、世界を理解しています。

多くの場合、その仮説は素早く正しい判断を助けます。

けれども、ときには最初の仮説へこだわり、別の可能性を見えにくくします。

だからこそ、何かを「間違いなくこうだ」と感じたときには、次の三つを問い直すことが役立つかもしれません。

私は、実際にどの情報を確認したのでしょうか。
その前に、どのような情報や期待を持っていたでしょうか。
別の文脈に置かれたら、違う意味になる可能性はないでしょうか。

文脈効果を意識して生活してみると、自分の認識が間違っていることばかりに気づくのではありません。

これまで理解できなかった相手の言葉が、背景を知ることで分かることもあるでしょう。

自分とは異なる意見が、その人の経験の中ではどのような意味を持つのかを考えられるかもしれません。

文脈について学ぶことは、目の錯覚を知ることだけではありません。

自分の見方を少し柔らかくしながら、同時に事実を丁寧に確かめる姿勢を学ぶことでもあります。

あなたなら、文脈の力を生活の中でどのように生かすでしょうか。

文章を正確に読むためでしょうか。

相手の言葉をすぐに決めつけず、背景を確かめるためでしょうか。

それとも、自分の「当たり前」が唯一の見方ではないと気づくためでしょうか。

同じ記号がB(ビー)にも13にも見えるという小さな現象は、最後には大きな問いへつながります。

私たちが見ている世界は、目の前にある情報だけでできているのでしょうか。
それとも、これまでに得た知識や経験も、その世界の見え方を作っているのでしょうか。

ブルーナーが残した問いは、心理学の教科書の中だけにあるものではありません。

誰かを理解するとき、自分の思い込みを見直すとき、そして異なる文脈を生きる人と向き合うときにも、静かに関係しているのです。

18.疑問が解決した物語

「見えたもの」と「意味づけたもの」は、同じとは限らない

ここから紹介するのは、第2章の物語の続きです。

文脈効果について学んだユイさんは、学校の謎解きゲームで見た、不思議な記号のことをもう一度思い出していました。

最初の教室では、

A(エー) [不思議な記号] C(シー)

と書かれていました。

次の教室では、

12 [同じ記号] 14

と書かれていました。

同じ形だったのに、最初はB(ビー)、次は13に見えました。

あのときのユイさんには、理由が分かりませんでした。

しかし、ジェローム・ブルーナーたちの研究について学んだ今は、少し違う見方ができます。

ユイさんは、隣にいた友達へ言いました。

「真ん中の記号が、途中で別の形に変わったわけじゃなかったんだね」

「もともとB(ビー)にも13にも受け取れる、曖昧な形だったんだ」

友達は、もう一度二つの並びを見比べました。

「じゃあ、A(エー)とC(シー)があると、文字の仲間だと思いやすくなるのかな」

「12と14があると、数字の仲間だと思いやすくなるんだね」

ユイさんはうなずきました。

「うん。目に入った形だけじゃなくて、周りの情報も使って、『これは何だろう』って意味を決めていたんだと思う」

ユイさんの最初の疑問は、

「同じ形なのに、なぜ答えが変わるの?」

というものでした。

その答えは、真ん中の記号だけにあるのではありませんでした。

記号の前後に何が置かれていたのか。

その前に、どのような情報を見ていたのか。

これまでに文字や数字を、どのように学んできたのか。

そうした文脈や経験が、曖昧な記号をB(ビー)または13として認識しやすくしていたのです。

ただし、ユイさんは、もう一つ大切なことにも気づきました。

「文脈があれば、どんな形でも好きなものに見えるわけじゃないんだよね」

今回の記号は、初めからB(ビー)と13の両方に受け取れる特徴を持っていました。

文脈は、何もないところから新しい形を作ったのではありません。

いくつか考えられる意味の中から、一つを選びやすくしたのです。

ユイさんは、黒板の二つの並びをノートに写しました。

そして、その下に三つの言葉を書きました。

実際に見えた情報は何だろう。
その前に、どのような文脈があっただろう。
ほかの受け取り方は考えられないだろうか。

次の日、ユイさんは友達から短いメッセージを受け取りました。

そこには、

「今日はもういいよ」

とだけ書かれていました。

以前のユイさんなら、

「怒っているのかな」

と、すぐに決めつけていたかもしれません。

しかし今回は、一度立ち止まりました。

「この言葉だけでは、本当の意味はまだ分からないかもしれない」

「急いでいるのかもしれないし、予定が終わったという意味かもしれない」

そこでユイさんは、

「今日はここまでで大丈夫、という意味かな?」

と確認しました。

すると友達から、

「うん。手伝ってくれてありがとう、という意味だよ」

と返事が届きました。

ユイさんは、少し安心しました。

もちろん、短いメッセージの受け取り方と、B(ビー)/13の知覚実験は、まったく同じ心の仕組みではありません。

それでもユイさんは、前後の情報が少ないときほど、自分の予想だけで意味を決めつけないことが大切だと考えました。

文脈は、曖昧な情報を理解するために役立ちます。

一方で、最初に持った思い込みが強すぎると、別の可能性へ気づきにくくなることもあります。

だからユイさんは、分からないときには、

「自分の見方だけが答えとは限らない」

と考え、必要であれば周囲をもう一度確認したり、相手に質問したりすることにしました。

謎解きゲームで見つけたのは、B(ビー)か13かという答えだけではありません。

ユイさんが見つけたのは、

人は目の前の情報だけでなく、文脈や経験を使いながら、世界に意味を与えている

という、心の働きでした。

そして、その働きを知ったことで、自分の見方をすべて疑うのではなく、必要なときに少し立ち止まれるようになったのです。

あなたにも、最初は一つの意味しかないと思っていたのに、背景を知ったことで、見え方や受け取り方が変わった経験はないでしょうか。

何かを「間違いなくこうだ」と感じたとき、あなたなら、どのような文脈が自分の判断に関係しているかを確かめますか。

19.文章の締めとして

同じ形が、B(ビー)にも13にも見える。

その小さな不思議から始まった問いは、やがて、人がどのように世界を見て、考え、意味を与えているのかという大きな問題へつながりました。

私たちは、目の前にあるものだけを見ているつもりでも、そこには、これまでの経験や知識、期待、周囲の状況が静かに関わっています。

だからこそ、自分の見方を信じることと同じくらい、ときには別の見方があるかもしれないと立ち止まることも大切なのでしょう。

ジェローム・ブルーナーが追い続けた問いは、心理学の中だけで終わるものではありません。

誰かの言葉を受け取るとき。

自分とは違う考えに出会ったとき。

そして、自分が当然だと思っていた世界を見直すとき。

文脈について知ることは、正しい答えを一つ覚えることではなく、自分の見方を少しだけ広げることなのだと思います。

補足注意

本記事は、筆者が個人で確認できる範囲での公開情報などををもとに、ジェローム・ブルーナーと文脈効果について分かりやすくまとめたものです。

心理学には、研究結果に対する複数の解釈や異なる立場があります。そのため、ここで紹介した内容が唯一の正解や、すべてを説明する最終的な答えとは限りません。

また、現在広く受け入れられている説明についても、今後の研究によって修正されたり、新しい見方や発見が加わったりする可能性があります。

🧭 本記事のスタンス

この記事は、答えを一つに決めるためではなく、読者が心理学に興味を持ち、自分でも考え、さらに調べていくための入り口として書かれています。

一つの説明だけでなく、さまざまな立場や資料から考える姿勢も、ぜひ大切にしてください。

この記事をきっかけに「見え方」が少し変わったなら、次は文献や資料という新たな「文脈」へ進み、知るほどに広がる世界を、学ぶほどに深まる理解へとつなげてみてください。

最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。

今回の文脈効果とブルーナーの研究は、私たちが見ている世界には、目の前の情報だけでなく、これまでの経験や周囲とのつながりも映し出されていることを教えてくれているのかもしれません。

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