ストア派とは?意味・考え方をやさしく解説|徳と理性で「よりよく生きる」哲学

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思い通りにならないことがある世界で、私たちは何を大切にし、どう生きればよいのでしょうか。ストア派の歴史と思想をたどりながら、徳・理性・幸福・感情・「自分次第」の意味を、初心者にもわかる言葉で一つずつ考えていきます。

思い通りにならない世界で、それでもよりよく生きるには?

代表例

一生懸命、試験のために勉強しました。

遊ぶ時間を減らし、何度も問題を解いた。

「ここまでやったんだから、きっと大丈夫」

そう思っていたのに、結果は不合格。

仕事でも、時間をかけて準備したのに思ったように評価されなかったり、相手のためを思って行動したのに期待した反応が返ってこなかったりすることがあります。

私たちは、努力したことが、そのまま望んだ結果になる世界に生きているわけではありません。

では、思い通りにならないことが起きたとき、私たちには何ができるのでしょうか。

結果そのものとは別に、自分で考え、選べるものはあるのでしょうか。

ここで、一つの問いが生まれます。

「思い通りにならないこともある世界で、それでもよりよく生きるには、どうすればよいのだろう?」

この問いにも深くつながる考えを、2000年以上前から探究してきた哲学の一派があります。

それが、

ストア派

です。

ストア派とは、一人の哲学者だけを指す名前ではありません。
古代ギリシアで始まり、その考えを何世代もの哲学者たちが受け継ぎ、発展させていった哲学の学派・伝統です。

5秒でわかる「ストア派」

ストア派とは、紀元前300年ごろの古代ギリシアで始まり、のちに古代ローマにも広がった、徳と理性を重んじ、「自然に従って生きる」ことでよりよく生きることを目指した哲学の一派です。

では、この考えをもっと身近な例に置き換えてみましょう。

小学生にもわかるように言うと

サッカーの試合で負けたとします。

一生懸命練習していたなら、

「絶対に勝ちたかった!」

と、くやしくなるでしょう。

でも、試合が終わったあとに、

負けたという結果を「勝ったこと」に変えることはできません。

それでも、そのあと何をするかは考えられます。

相手に八つ当たりする。

相手のよかったところを認める。

自分に足りなかったところを考える。

次は何を練習するか決める。

いくつもの選択肢があります。

起きたこと全部は選べなくても、そのあと自分がどう考え、どう行動するかは考えることができます。

ストア派の考えをとても簡単にすると、

「起きること全部は自分で選べない。それでも、そのあと自分がどう考え、どう行動するかは考えられる」

という見方があります。

そしてストア派は、そこからさらに、

「では、自分はどんな人間として生きたいのか」

まで考えていきました。

もちろん、これだけでストア派のすべてを説明できるわけではありません。

ここから、世界、幸福、理性、感情などについて、ストア派がどのように考えたのかを順番に見ていきましょう。

1.今回のブログ記事は

「ストア派って、結局どんな人たちなの?」

そう思って、このページにたどり着いた人もいるかもしれません。

「ストイック」という言葉は知っているけれど、ストア派との関係はよくわからない。

どこかでマルクス・アウレーリウスやセネカという名前を見たけれど、何を考えた人なのかわからない。

「自分で変えられることに集中する」という言葉を聞いたけれど、本当にそれがストア派の教えなのか知りたい。

あるいは、

「感情をなくす哲学なの?」

「つらいことを我慢するための哲学なの?」

「なぜ2000年以上も前の考え方が、今も読まれているの?」

そんな疑問を持っている人もいるでしょう。

この記事は、そうした人のために書いています。

ここから読み進めることで、

ストア派とはどのような哲学の学派なのか、どこで始まり、何を大切にし、人間の幸福や感情、思い通りにならない出来事をどう考えたのか

を、一つずつつなげながら理解できるようにしていきます。

難しい哲学用語を覚えることが目的ではありません。

ストア派を知ったあとに、

「では、思い通りにならないことが起きたとき、自分は何を大切にして、どう生きたいのだろう?」

と、自分自身について考えられるところまでたどることが、このブログ記事の目的です。

その前に、まず一人の人物が抱いた疑問から始めてみましょう。

2.疑問が生まれた物語

「もう少しストイックになったほうがいいんじゃない?」

大学生のコウタは、友人からそう言われました。

資格試験に向けて勉強していましたが、最近は模擬試験の点数がなかなか上がりません。

何時間勉強しても覚えられない日がある。

予定どおり進まない日もある。

少し疲れて、

「今日はもう勉強を終わりにしようかな」

と話したときに返ってきたのが、その言葉でした。

「ストイック」。

コウタも意味はなんとなく知っています。

自分に厳しい人。

誘惑に負けない人。

苦しくても努力を続けられる人。

そんなイメージです。

けれど、その日の夜、何となく言葉の意味を調べていると、

「ストア派」

という古代の哲学者たちにたどり着きました。

「ストイックって、ストア派から来ているの?」

さらに読んでみると、

ゼノン、セネカ、エピクテトス、マルクス・アウレーリウス。

知らない人物の名前が出てきます。

徳。

理性。

自然に従って生きる。

アパテイア。

知らない言葉も増えていきます。

読めば読むほど、一つの疑問が大きくなってきました。

自分に厳しくすることが、ストア派なのでしょうか。

それとも、努力しても思い通りにならないことがある中で、それでもよりよく生きる方法を考えた人たちなのでしょうか。

コウタは検索画面に、あらためて入力しました。

「ストア派とは」

そもそも、どんな人たちだったのでしょう。

3.ここまで読めばわかる、ストア派の結論

まず、答えから整理しましょう。

ストア派とは、紀元前300年ごろ(和暦が成立するよりはるか以前、日本列島では弥生時代にあたる頃)に古代ギリシアのアテナイで始まり、その後、古代ローマにも受け継がれていった哲学の学派・伝統です。

その始まりにいるのが、キティオンのゼノン(Zeno of Citium/ゼノン・オブ・シティウム)という哲学者です。

ゼノンたちは、アテナイの公共広場アゴラにあったストア・ポイキレ(Stoa Poikile/「彩色柱廊」)と呼ばれる柱廊で哲学を語りました。

この「ストア」が、のちに「ストア派」と呼ばれる名前の由来になりました。つまりストア派とは、一人の人物の名前ではなく、ゼノンから始まり、何世代もの哲学者が受け継ぎ、発展させた学派の名前です。

では、その人たちは何を考えたのでしょうか。

ストア派の倫理学で大きな問題となったのは、

「人間は、どうすれば幸福に、よりよく生きられるのか」

という問いです。

古代ギリシア哲学では、人生全体としてよく生き、幸福である状態を表す言葉として、エウダイモニア(eudaimonia)が使われます。

ストア派は、そのような人生にとって決定的に大切なのは、財産や評判そのものではなく、徳(aretē/アレテー)=人間として優れたあり方だと考えました。

ストア派でいう徳とは、ただ「いい人になる」という意味ではありません。

何が本当に善いのかを理性によって判断し、その判断にふさわしい生き方をすることに深く関係します。

そして、その生き方を「自然に従って生きる」と表しました。

ここでの自然とは、単に山や森のような自然環境を意味するのではなく、世界全体の秩序と、人間が持つ理性的・社会的な性質を踏まえて生きることです。ストア派は徳を幸福に必要かつ十分なものと位置づけました。

だからこそストア派は、外で何が起きるかだけでなく、

その出来事を自分がどう判断し、どのように行動するのか

を重く考えました。

後代のストア派哲学者エピクテトス(Epictetus)は、「自分がどう判断し、どう選ぶか」と「自分だけでは決められない出来事」を区別して考えることを特に重視しました。

エピクテトスはこれを、「自分次第であるもの」「自分次第ではないもの」を見分ける考えとして示しています。

これは「結果を諦める」という意味ではありません。

努力すること、準備すること、相手と話すことはできます。

しかし、その努力が必ず望んだ結果になるか、相手がどう反応するかまで完全に決めることはできない。

だからこそ、結果だけではなく、自分の判断や選択をどうするかを大切にするという考えにつながります。

感情についても同じです。

ストア派は、すべての感情をなくすことを理想にしたわけではありません。

パトス(pathos)とは、ストア派では、誤った価値判断と結びついた、理性に従わないほど過剰な衝動を指します。

そしてアパテイア(apatheia)とは、そうしたパトスに支配されない状態です。つまり、心の動きそのものをなくすのではなく、誤った価値判断から生じる過剰な情念に支配されない心の状態です。

また、ストア派はエウパテイアイ(eupatheiai)=理性にかなった「よい感情」の総称と呼ばれる、正しい価値判断と結びついた理性にかなう「よい感情」も認めていました。

アパテイア=パトスに支配されていない心の状態
エウパテイアイ=正しい価値判断と結びついた、理性にかなうよい感情

そのため、アパテイアそのものが人生の最終目的なのではありません。

ストア派が目指した中心には、徳と理性に従い、自然に即してよりよく生きることがあり、アパテイアはその生き方と深く結びついた心の状態です。

そしてストア派は、生き方だけを考えた集団でもありません。

世界の成り立ちを考える自然学、人間がどのように知り、判断するかを考える論理学、そしてどう生きるべきかを考える倫理学を互いにつなげ、一つの哲学体系として発展させました。

ここまでを一つの文章にまとめるなら、

ストア派とは、思い通りにならないこともある世界の中で、何を本当に善いものとし、どのような人間としてよりよく生きるのかを、徳と理性を中心に考えた哲学の学派・伝統です。

ここまでで、「ストア派とは何か」という輪郭は見えてきました。

では、なぜ2000年以上前の人々は、このような哲学を考えるようになったのでしょうか。

ここからは、ストア派がどこで生まれ、世界・幸福・理性・感情をどのようにつなげて考えたのか、その中身をもう少し深くたどっていきましょう。

4.ストア派とは――もう少し詳しく見てみよう

ここまでで、ストア派とは、

「どのような人間として、よりよく生きるのか」を、徳と理性を中心に考えた哲学の学派・伝統

だという大まかな姿が見えてきました。

ここからは、もう一歩だけ深く見てみましょう。

ストア派のおもしろさは、「気持ちを落ち着かせる方法」や「つらいことへの耐え方」だけを考えたところにあるのではありません。

ストア派は、人間の生き方を考えるために、世界そのものや、人間が物事を知り判断する仕組みまで考えました。

つまり、

「どう生きればいい?」

という問いだけを、世界についての考えから切り離さなかったのです。

ストア派は、紀元前300年ごろ(和暦成立以前、日本列島では弥生時代にあたる頃)、キティオンのゼノン(Zeno of Citium/ゼノン・オブ・シティウム、紀元前334年ごろ〜紀元前262年ごろ)から始まりました。

ゼノンは、地中海東部のキプロス島にあったキティオンの出身で、古代ギリシアのアテナイで哲学を教え、ストア派の出発点をつくった哲学者です。生まれた月日や亡くなった月日まで確定できる史料は残っておらず、生没年にも多少の異説があります。

しかし、ゼノン一人の考えが、そのまま何百年も繰り返されたわけではありません。

ゼノンのあとに学派を率いたのが、アッソスのクレアンテス(Cleanthes of Assos/クレアンテス・オブ・アッソス、紀元前330年ごろ〜紀元前230年ごろ)です。

クレアンテスは現在のトルコ西部にあたるアッソスの出身で、ゼノンに学び、その死後にストア派を率いて、哲学を次の世代へ受け継いだ人物です。クレアンテスについても正確な生年月日・没年月日はわかっておらず、古代の資料によって生没年には多少の違いがあります。

そしてクレアンテスのあと、ストア派を大きく発展させたのが、ソロイのクリュシッポス(Chrysippus of Soli/クリュシッポス・オブ・ソライ、紀元前280年ごろ〜紀元前207年ごろ)です。

クリュシッポスは、現在のトルコ南部にあたるソロイの出身で、論理学・自然学・倫理学にまたがるストア派の考えを整理し、その哲学体系を形づくるうえで非常に大きな役割を果たしました。『Internet Encyclopedia of Philosophy(インターネット哲学百科事典)』では、紀元前280年ごろから紀元前207年ごろまで生きた人物として紹介され、ストア派に最も大きな影響を与えた哲学者の一人とされています。

つまりストア派は、ゼノンが始め、クレアンテスが受け継ぎ、クリュシッポスらがさらに整理・発展させながら、何世代にもわたって形づくられていった哲学の伝統なのです。

その後もストア派は受け継がれ、西暦1〜2世紀ごろ(日本列島では弥生時代の後半にあたる頃)には、セネカ、エピクテトス、マルクス・アウレーリウスなど、古代ローマ世界で活躍したストア派の思想家たちへとつながっていきます。

長い歴史を整理するため、「初期ストア派」「中期ストア派」「ローマ帝政期のストア派」などと分けて説明することがあります。

ただし、この区分は絶対的なものではありません。

どこで時代を区切るか、中期ストア派という呼び方をどこまで重視するかについては、現在の研究でも議論があります。大切なのは細かな区分を暗記することではなく、

ストア派は数百年にわたり、さまざまな哲学者が受け継ぎながら発展させた伝統だった

と理解することです。

そして、ここでもう一つ知っておきたいことがあります。

ストア派は地中海世界へ広がり、ローマ帝政期にはセネカ、エピクテトス、マルクス・アウレーリウスらへと受け継がれていきました。

私たちは現在、セネカ、エピクテトス、マルクス・アウレーリウスなど、ローマ帝政期のストア派について、比較的まとまった文章を読むことができます。

それに対して、ゼノン、クレアンテス、クリュシッポスという初期ストア派を代表する3人については、完全な形で残っている著作はありません。

そのため、初期ストア派が何を考えていたのかについては、残された断片だけでなく、後世の著者による引用・要約・報告などを照らし合わせながら、その思想が研究されています。

つまり、私たちが現在知っている初期ストア派の姿は、失われた著作そのものをそのまま読んでわかったものではなく、残されたさまざまな資料を組み合わせながら再構成されてきたものなのです。

これは、ストア派を理解するときに意外と大切な点です。

たとえば、マルクス・アウレーリウスの『自省録』だけを読んで、

「これがストア派のすべてだ」

と考えるのではなく、

私たちが現在読める文章は、何百年も続いたストア派という大きな伝統の一部

として見る必要があります。

では、その長い伝統をつないでいたものは何だったのでしょうか。

その大きな手がかりになるのが、

論理学自然学倫理学

という三つの領域です。

ストア派の論理学は、現在の「正しい推論の形」を研究する論理学だけを意味しません。

言葉とは何か。

人間はどのように物事を認識するのか。

何を知っていると言えるのか。

目の前に現れたものを、どのように判断するのか。

そうした問題まで含んだ、かなり広い領域でした。

自然学では、世界は何からできているのか、どのような秩序の中で動いているのか、人間はその世界の中でどのような存在なのかを考えました。

ここでいう自然学は、現在の物理学だけを指す言葉ではありません。

現代なら自然科学、宇宙論、形而上学、神についての哲学などに分けて考えるような問題まで含まれていました。

そして倫理学では、

「そのような世界の中で、人間はどう生きるのがよいのか」

を考えます。

大切なのは、この三つがバラバラに並んでいたわけではないことです。

『Stanford Encyclopedia of Philosophy(スタンフォード哲学百科事典)』の「Stoicism(ストイシズム/ストア哲学)」項目でも、ストア派は自然学・論理学・倫理学を、互いに関係する一つの体系として構想していたと説明されています。

とても簡単に言い換えてみましょう。

論理学――「どうすれば、より確かに考えられる?」

自然学――「私は、どのような世界の中で生きている?」

倫理学――「では、その世界の中で、どう生きる?」

この三つです。

もちろん、これは古代ストア派の専門的な分類を理解しやすくするための、現代向けの言い換えです。

けれど、この三つを並べると、ストア派の大きな特徴が見えてきます。

たとえば、思いどおりにならないことが起きたとき。

「どうすれば落ち込まない?」

だけを考えるのではありません。

「私は、この出来事をどう受け取っているのだろう?」

「そもそも、何を善いこと、悪いことだと判断しているのだろう?」

「この世界で、自分にできるよりよい行動は何だろう?」

と、一段ずつ考えていくことができます。

世界をどう理解するか。

物事をどう判断するか。

そして、どう生きるか。

ストア派では、この三つがつながっています。

だからこそストア派は、感情との付き合い方だけを扱った哲学ではありません。

世界について考え、判断について考え、そのうえで「人間はどうすればよりよく生きられるのか」を探究した、大きな哲学体系だったのです。

ここがわかると、これまで出てきた「徳」「理性」「自然に従う」「アパテイア」という言葉も、別々の用語ではなく、一つの哲学の中でつながっていることが見えてきます。

では、その大きな哲学は、なぜ紀元前300年ごろのアテナイで生まれたのでしょうか。

次は、ストア派の始まりへ戻ります。

ゼノンはどんな人物だったのか。そして、なぜ「ストア・ポイキレ」という柱廊の名前が、2000年以上たった今も「ストア派」という言葉に残っているのか。

その始まりをたどってみましょう。

5.ストア派はどこから始まった?

第4章では、ストア派がゼノンから始まり、何世代もの哲学者へ受け継がれていったことを見てきました。

ここではもう一度人物の歴史を繰り返すのではなく、

なぜ「ストア派」という名前になったのか

に注目してみましょう。

その名前の始まりは、紀元前300年ごろ(和暦成立以前、日本列島では弥生時代にあたる頃)の古代ギリシア・アテナイにあります。

ゼノンたちが哲学を語った場所として知られているのが、

ストア・ポイキレ(Stoa Poikile)

です。

日本語では、一般に「彩色柱廊」などと訳されます。

ストア(stoa)とは、柱が並び、その上に屋根のある「柱廊」のことです。

そしてポイキレ(poikilē/ポイキレー)には、「彩色された」「さまざまに装飾された」といった意味があります。

この柱廊には絵画が飾られていたため、「ストア・ポイキレ」と呼ばれていました。

場所は、アテナイのアゴラ(agora)

アゴラとは、人々が行き交い、商売や政治、宗教、議論など、さまざまな公共活動が行われた都市の中心的な空間です。

つまりストア派は、誰も近づけない特別な研究室のような場所から始まったのではありません。

人々が日々行き交うアテナイの公共空間で、ゼノンたちは「人間はどう生きるべきか」を語っていたのです。

そして、その哲学者たちが集まった「ストア」という場所の名前が、学派の名前として残りました。

『Stanford Encyclopedia of Philosophy(スタンフォード哲学百科事典)』でも、「Stoicism(ストイシズム/ストア哲学)」という名称は、アテナイのアゴラにあった壁画で飾られたストア・ポイキレに由来し、初期のストア派哲学者たちがそこで集まり、講義を行っていたことが説明されています。

ここには少しおもしろい特徴があります。

「プラトン派」のように、哲学者本人の名前がそのまま学派名になったのではありません。

哲学が語られていた“場所”が、その哲学の名前になった。

アテナイの街にあった一つの柱廊から始まった問いが、クレアンテス、クリュシッポスらへ受け継がれ、さらに地中海世界へ広がって、何百年も考え続けられることになります。

では、その人たちは柱廊で、いったい何を考えていたのでしょうか。

ここから、ストア派の哲学の中身へ入っていきます。

6.ストア派は、何を考え、何を目指したのか

まず、一番大切なところから押さえておきましょう。

ストア派は、「人間はどうすればよりよく生きられるのか」を考えるために、世界の成り立ち、知識や判断の仕組み、善い生き方を一つにつなげて考えました。

その大きな三つの領域が、

論理学自然学倫理学

です。

まず、それぞれが何を考える分野なのか、簡単に見てみましょう。

論理学は、「人間はどのように物事を知り、何を正しいと判断できるのか」を考える領域です。正しい推論だけでなく、言葉や認識、判断の問題まで含まれていました。

自然学は、「世界はどのように成り立ち、人間はその世界の中でどのような存在なのか」を考える領域です。現在の物理学だけではなく、宇宙の仕組みや神、自然の秩序などについても考えました。

倫理学は、「では、その世界の中で、人間は何を善いものとし、どのように生きるのがよいのか」を考える領域です。

とても簡単にまとめるなら、

論理学=どう考え、どう判断するか
自然学=どんな世界に生きているのか
倫理学=その世界で、どう生きるのか

という違いです。

ただし、これは理解しやすくするための簡単な言い換えです。古代ストア派では、それぞれが現在の学問分野よりも広い内容を含んでいました。

古代の資料には、ストア派がこの三つの関係を「畑」にたとえたという伝承もあります。

論理学は、畑を守る囲い。
自然学は、植物が育つ土地や木。
倫理学は、そこで実る果実。

つまり、最終的に「よりよく生きる」という実りを得るためにも、世界について知り、正しく考えることが必要だったというイメージです。『Stanford Encyclopedia of Philosophy(スタンフォード哲学百科事典)』でも、ストア派が三分野を卵や畑、生き物などにたとえ、互いに結びついた一つの体系として捉えていたことが紹介されています。

ただし、

「自然学を学ぶ→論理学を学ぶ→最後に倫理学へ進む」という決められた順番があった、という意味ではありません。

どの程度まで三分野が互いの基礎になっていたのかについては、現在の研究でも議論があります。

大切なのは、

ストア派では「世界」「判断」「生き方」が切り離された問題ではなかった

ということです。

論理学――「自分は、本当に正しく判断できているだろうか?」

ストア派の論理学は、現在私たちが「論理学」と聞いて想像する推論だけではありません。

言葉。

意味。

知識。

認識。

人間が物事をどのように受け取り、「これは本当だ」と判断するのか。

そうした問題まで含んでいました。

ここで重要になるのが、

印象(phantasia/ファンタシア)

と、

同意(sunkatathesis/シュンカタテシス)

です。

印象とは、簡単に言えば、

「物事が自分の心にどのように現れたか」

です。

たとえば友人から返事が来ない。

すると、

「嫌われたのかもしれない」

という考えが心に浮かぶかもしれません。

でも、

「嫌われたように感じた」

ことと、

「私は本当に嫌われている」

と判断することは同じではありません。

ストア派は、心に現れた印象に対して、それを本当だと認めるかどうかという「同意」を区別しました。

心に浮かんだことを、そのまま事実にしない。

「本当にそうなのだろうか」と確かめる余地がある。

この考えは、後に見るエピクテトスの哲学にも深くつながります。

自然学――「そもそも、私たちはどんな世界に生きている?」

ストア派の自然学では、

世界は何からできているのか。
どのような原因や秩序によって出来事が起こるのか。
神や人間は、その世界の中でどのような存在なのか。

といった問題を考えました。

現在の「物理学」だけを意味するのではなく、宇宙の成り立ち、存在、原因、神、魂などまで含む、世界全体について考える広い哲学です。『Stanford Encyclopedia of Philosophy(スタンフォード哲学百科事典)』でも、ストア派の自然学には存在論、宇宙論、神、原因と決定論、心理学などが含まれると整理されています。

その中で、とても重要になる考えの一つが、

ロゴス(logos、古代ギリシア語:λόγος)

です。

ロゴスには、「言葉」「理性」「理性的原理」など、文脈によってさまざまな意味があります。

ストア派の自然学では、特に、

宇宙全体に働き、世界を秩序づける理性的な原理

という意味が重要になります。

古代ストア派は、世界を、出来事が何のつながりもなく起こる場所とは考えませんでした。

宇宙全体には原因と結果のつながりがあり、人間もその大きな自然の一部分として生きている

と考えたのです。

さらにストア派では、ロゴスは神、特にゼウスとも深く結びつけられました。

ここでいうロゴスは、単に「人間が論理的に考える力」だけを意味するものではありません。

ストア派では、神的な理性的原理が世界全体に働き、その世界を形づくっていると考えました。さらに厳密には、ストア派はこの神的な原理を、世界から離れた目に見えない精神だけではなく、世界の中に働く能動的な原理として捉えていました。

では、なぜロゴスがそれほど重要なのでしょうか。

それは、

「世界はどのようなものか」という自然学と、「人間はその世界でどう生きるのか」という倫理学をつなぐ考えだから

です。

ストア派は、宇宙全体に理性的な秩序があり、人間もその宇宙の一部として理性をもつ存在だと考えました。

だから、人間がよりよく生きることも、世界から切り離して考えません。

自分の理性を働かせ、人間としての本性を生かしながら、世界全体の自然や秩序と調和して生きること。

これが、のちに出てくる

「自然に従って生きる」

というストア派の倫理へつながっていきます。

つまりロゴスは、

「世界にはどのような秩序があるのか」と「その世界で人間はどう生きるのか」をつなぐ、ストア派の重要な考えの一つ

なのです。

もちろん、これは現代科学によって「宇宙には理性が存在する」と確認された、という意味ではありません。

古代ストア派が、世界の成り立ちと人間の生き方をどのようにつなげて理解していたのかを示す哲学的な世界観として捉えることが大切です。

倫理学――「では、その世界の中で、どう生きる?」

ストア派が人生について考えるうえで中心になるのが、

エウダイモニア(eudaimonia、古代ギリシア語:εὐδαιμονία)

日本語では「幸福」と訳されますが、

「今日は楽しかった」

「欲しかったものを買えた」

という一時的な気分だけを指す言葉ではありません。

人生全体として、よく生きている、よく生きられている状態

と考えるとわかりやすいでしょう。

では、その幸福に本当に必要なのは何か。

ストア派は、

徳(aretē/アレテー、古代ギリシア語:ἀρετή)こそが幸福に必要であり、それだけで十分だ

という強い立場を取りました。

ここでいうとは、

何が善いことなのかを考え、その状況でよりよい判断や行動を選べる、人間としての優れたあり方

です。

ストア派では、知恵・正義・勇気・節度などが徳として重視されました。

そして理性とは、感情を持たない冷たい人間になることではありません。

初心者向けに言い換えるなら、

心が動いているときにも、その気持ちだけで決めず、「本当にこの判断や行動でよいのだろうか」と考える力

と捉えると理解しやすいでしょう。

だからストア派の、

「自然に従って生きる」

とは、世界全体の秩序と、人間がもつ理性的・社会的な性質に沿って生きることです。

ここでいう「社会的」とは、単に「人付き合いが得意」という意味ではありません。

ストア派は、人間を、他者と協力し、家族や共同体の中で役割をもち、正義をもって他者と関わりながら生きる存在だと考えました。

つまり、ストア派にとって「よりよく生きる」とは、自分一人の心だけを整えれば終わり、ということではありません。

自分がどう生きるかと同時に、他者に対してどう振る舞うかまで考えることが大切なのです。ストア派では、正義が人間の重要な徳の一つとされ、共有する理性をもつ人間どうしの関係が重視されました。

そして、この考えを理解する手がかりになるのが、

コスモス(kosmos、古代ギリシア語:κόσμος)=世界・宇宙

と、

ポリス(polis、古代ギリシア語:πόλις)=都市・都市国家

という言葉です。

ストア派では、自分が暮らす一つの都市だけではなく、世界全体を一つの大きな共同体・都市のように考える思想が発展しました。

それが、

コスモポリス(cosmopolis、古代ギリシア語:κοσμόπολις)=世界全体を一つの共同体・都市として捉える考え

です。

「コスモポリス」は、コスモス=世界・宇宙ポリス=都市を結びつけて考えると、初心者にもイメージしやすくなります。

ストア派は、共有する理性によって、すべての人間は身近な家族や自分の都市だけでなく、より大きな一つの世界共同体にも属していると考えました。『Stanford Encyclopedia of Philosophy(スタンフォード哲学百科事典)』でも、ストア派は共有する理性によって、すべての人間とゼウスが一つの普遍的な都市、つまりコスモポリスを構成すると説明されています。

この考えは、現在コスモポリタニズム(cosmopolitanism)=世界市民主義と呼ばれる思想へつながる、古代ストア派の重要な発想です。

だから、「自然に従って生きる」という言葉には、

自分自身の理性を働かせることだけでなく、同じ世界を生きる他者に対して、正義をもって行動すること

まで含まれているのです。

このように、国や都市の違いを越えて人間を一つの世界共同体の成員として考える発想は、コスモポリタニズム(cosmopolitanism)=世界市民主義の重要な源流の一つとして知られています

では、お金や健康、評判は大切ではなかったのでしょうか。

ストア派も、健康や生活に必要な財産などを、普通なら選ぶ価値のあるものとして認めていました。

ただし、ストア派は、それらをと同じ意味での「善」とは考えませんでした。

ここでいう「善」とは、単に「あると嬉しいもの」や「役に立つもの」という意味ではありません。

ストア派にとって本当の意味での善とは、それ自体が人間をよりよく生きる方向へ導くものです。その中心にあるのが、知恵・正義・勇気・節度などのでした。

健康や財産、評判は、私たちの生活にとって大切です。しかし、健康だから善い人になるわけでも、お金があるから幸福な人になるわけでもありません。反対に、それらを失ったからといって、その人の徳まで失われるわけでもありません。

そのためストア派は、健康、財産、評判などを、

無差別なもの(indifferents/インディファレンツ)

に分類しました。

ここでの「無差別」は、

「どうでもいい」という意味ではありません。

それを持っているかどうかだけでは、人間として善い人か、幸福な人生かは決まらない

という意味です。

その中でも健康や一定の財産などは、

選好される無差別なもの(preferred indifferents/プリファード・インディファレンツ)

つまり、

普通の状況では選ぶに値するが、それ自体が人間としての善を決めるわけではないもの

として扱われました。

病気より健康を望む。

生活に必要なお金を得ようと働く。

それはストア派でも不自然なことではありません。

重要なのは、

「何を持っているか」と「自分がどのような人間であるか」を同じものにしない

という点です。

そして、この「何を本当に善いものと考えるのか」という問題が、感情へつながります。

ストア派のパトス(pathos)とは、現代日本語の「感情」すべてを指すわけではありません。

誤った価値判断と結びつき、理性に従わないほど過剰になった衝動

を指します。

そして、

アパテイア(apatheia)=そうしたパトスに支配されていない心の状態

です。

さらにストア派は、

エウパテイアイ(eupatheiai)=正しい価値判断と結びついた、理性にかなう「よい感情」の総称

も認めました。

代表的には、喜び、適切な願い、慎重さなどが挙げられます。

つまり、

アパテイアは「何も感じないこと」ではなく、誤った価値判断から生まれるパトスに支配されない状態です。

そして、アパテイアそのものがストア派の人生の最終目的なのでもありません。

中心にあるのは、自然に即して、理性を働かせ、他者とともに生きる人間としての性質を大切にしながら、徳にかなう判断と行動を選び、よりよく生きることです。

アパテイアは、その生き方と深く結びついた心の状態です。ストア派が理想的な人にもエウパテイアイという「よい感情」を認めていたことは、感情を完全に失った人間を理想としたわけではないことを理解する重要な手がかりになります。

ここまで来ると、

世界。

判断。

幸福。

徳。

感情。

が一本につながってきます。

世界をどう理解するか。
何を本当だと判断するか。
何を本当の善と考えるか。
そして、どう行動するか。

ストア派は、これらを切り離さず考えました。

では、実際に人生が思い通りにならないときには、どうすればよいのでしょうか。

その問いを、特に鋭く実践的に考えた哲学者が、

エピクテトス

です。

7.思い通りにならない世界と、どう付き合う?

エピクテトスの考えを理解するとき、最初に覚えておきたいことがあります。

大切なのは「結果を諦めること」ではなく、自分の理性的な判断と選択に属する部分へ責任を向けることです。

エピクテトス(Epictetus、古代ギリシア語:Ἐπίκτητος/エピクテートス、西暦55年ごろ〜135年ごろ。和暦成立以前、日本列島では弥生時代にあたる頃)は、小アジアのヒエラポリスに生まれ、人生の一時期を奴隷として過ごしたのち、自由の身となって哲学を教えたストア派哲学者です。

彼の教えは、弟子のアリアノス(Arrian)がまとめた『語録』や、それを短くまとめた『エンケイリディオン(Encheiridion、「手引き・ハンドブック」)』を通して伝わっています。

その冒頭で重要になるのが、

「自分次第であるもの」「自分次第ではないもの」

の区別です。

ただし、「自分次第」を単純に、

「自分がコントロールできるもの全部」と考えると少しずれます。

エピクテトスが特に重視したのは、

自分がどう判断するか、何を求めるか、何を避けようとするか、どのように選ぶか

という、自分の理性的な選択にかかわる部分です。

その中心的な能力を表す言葉に、

プロハイレシス(prohairesis)

があります。

日本語に一語で置き換えるのは難しい言葉ですが、

「自分がどう判断し、どう選ぶかにかかわる理性的な選択能力」

と考えると理解しやすいでしょう。

一方で、

身体の状態。

財産。

評判。

他人の行動。

自分が取り組んだことの最終結果。

こうしたものは、自分が影響を与えられる場合はあっても、最後まで自分だけで決めることはできません。

たとえば試験なら、

勉強する。

わからないところを質問する。

体調を整える。

問題をよく読む。

これは自分の判断や選択が大きく関わります。

しかし、

どんな問題が出るか。

他の人が何点取るか。

最終的に必ず合格できるか。

そこまで保証することはできません。

だからといって、勉強をやめるわけではありません。

結果を完全には支配できないことと、できる努力をしないことは別です。

病気でも同じです。

病気そのものや痛みを「考え方だけで消せる」という意味ではありません。

治療を受ける。

医師に相談する。

休む。

周囲に助けを求める。

そうした選択をしながらも、病気の経過まですべて自分だけで決められるわけではない、と理解するのです。

だからエピクテトスの考えを日常語に近づけるなら、

「自分だけでは決められない結果まで抱え込むのではなく、今の自分が引き受けられる判断と選択に力を使う」

という姿勢になります。

思い通りにならないから諦めるのではありません。

思い通りにならない部分があるからこそ、自分がどんな人間として向き合うかを大切にする。

これが、エピクテトスから学べる重要な視点です。

8.ストア派を代表する5人の哲学者

ストア派は数百年続いたため、すべての哲学者がまったく同じことを、同じ言葉で語ったわけではありません。

そこでここでは、人物を年表のように覚えるのではなく、

「この人は、ストア派のどんな部分を見せてくれるのか」

という5つの視点から見てみましょう。

ゼノン――ストア派という問いの出発点をつくった人

キティオンのゼノン(Zeno of Citium/ゼノン・オブ・シティウム、古代ギリシア語:Ζήνων ὁ Κιτιεύς/ゼーノーン・ホ・キティエウス、紀元前334年ごろ〜紀元前262年ごろ)は、ストア派を始めた哲学者です。「Ζήνων ὁ Κιτιεύς」は、直訳すると「キティオンのゼノン」という意味です。代ギリシア人なので、現代人のような「姓+名」の正式名称があるわけではなく、出身地を添えて「キティオンのゼノン」と区別する呼び方です。

古代資料の一つでは、ゼノンが人生の目標を「一致して生きる」と表し、後継者クレアンテスによって「自然との一致」がより明確に示されたと伝えられています。後代のストア派では、これが「自然に従って生きる」という重要な表現へつながっていきます。

ゼノンから持ち帰れる問いは、

「周りからどう見えるかではなく、自分はどんな生き方なら、自分の理性と一貫していると言えるだろう?」

です。

ゼノン本人の著作は完全な形では残っていないため、私たちは後世の著者による引用や要約などを通して、その考えをたどることになります。

ゼノンは、人生の目標を「一致して生きること」と表したと伝えられています。

ここでいう「一致」とは、ただ自分の考えを頑固に貫くことではありません。

何が本当に善いのかを理性によって考え、その判断と自分の生き方をできるだけ一致させることです。

つまりこの問いに対して、ゼノンの思想から考えるなら、

「周囲の評価やその場の欲望だけに流されず、自分が理性によって善いと判断したことと、実際の行動を一致させて生きる」

という方向が見えてきます。

ここから先は、ゼノンの考えを現代の生活へ引き寄せた考察です。

たとえば、

「正直でいたい」

と思っているのに、人からよく見られるために嘘をつく。

「人を大切にしたい」

と思っているのに、自分の利益のためだけに誰かを利用する。

そんなとき、自分が「善い」と考えていることと、実際の行動とのあいだにはズレが生まれています。

ゼノンの「一致して生きる」という考えを現代の私たちが受け取るなら、

「自分は何を本当に善いと思っているのか。そして、今日の行動は、その考えと一致しているだろうか?」

と問い直すことが一つの方法になります。

ここで大切なのは、「自分が一度決めたことを絶対に変えない」ということではありません。

むしろ、間違いに気づいたなら考え直し、そのとき理性的に善いと判断したことと、自分の実際の生き方をできるだけ一致させていくことです。

ゼノンの哲学は、周囲からどう評価されるかだけではなく、自分が善いと考えていることと、実際に選んでいる行動が同じ方向を向いているかを確かめ直す視点を与えてくれます。

クリュシッポス――ストア派を一つの大きな体系へ発展させた人

ソロイのクリュシッポス(Chrysippus of Soli/クリュシッポス・オブ・ソライ、古代ギリシア語:Χρύσιππος ὁ Σολεύς/クリュシッポス・ホ・ソレウス、紀元前280年ごろ〜紀元前207年ごろ)は、論理学・自然学・倫理学を広く論じ、ストア派を体系化した中心人物です。「Χρύσιππος ὁ Σολεύς」は、「ソロイのクリュシッポス」という意味です。

彼が重要なのは、単に多くの理論を作ったからではありません。

外から何かが起きたとき、人間の反応は外部の出来事だけで決まるのか。

それとも、自分の判断や性格も関係するのか。

そうした問題まで考えました。

クリュシッポスが用いた「円柱と円錐」の比喩では、同じように外から押されても、物体の形によって動き方が変わります。これは実験結果を報告したものではなく、外部からのきっかけと、その人自身のあり方の両方が行動に関係することを説明する哲学的なたとえです。

クリュシッポスから持ち帰れる問いは、

「出来事だけでなく、自分はそれをどのように判断しているのだろう?」

です。

クリュシッポス本人の著作も完全な形では残っていないため、私たちは後世の著者による引用や報告などを通して、その考えをたどることになります。

その重要な手がかりの一つが、先ほどの「円柱と円錐」の比喩です。

後世のローマの哲学者・政治家マルクス・トゥッリウス・キケロ(Marcus Tullius Cicero、紀元前106年〜紀元前43年)が伝えるところでは、クリュシッポスは、円柱や円錐は外から押されなければ動き始めないものの、押されたあとにどのように動くかには、それぞれの物体がもつ性質が関係すると考えました。

人間についても同じように、外で起きた出来事は、まず私たちの心に印象を与えます。

しかしクリュシッポスの考えでは、その出来事だけで、その人の判断や行動のすべてが説明されるわけではありません。

その印象を「そうだ」と受け入れる同意や、その人自身の考え方・性質も、行動に関わります。

つまりこの問いに対して、クリュシッポスの思想から答えるなら、

「外で何が起きたかだけを見るのではなく、その出来事を自分がどのように受け取り、何を本当だと認めているのかまで考える」

という方向が見えてきます。

ここから先は、クリュシッポスの考えを現代の生活へ引き寄せた考察です。

たとえば、誰かから返事が来ないとき。

「返事が来ない」

という出来事がまずあります。

そこから、

「きっと嫌われた」

「何か悪いことをしてしまった」

という考えが浮かぶかもしれません。

けれど、実際に起きた出来事と、その出来事について自分が下した判断は同じものではありません。

クリュシッポスの「印象」と「同意」についての考えを現代の私たちが受け取るなら、

「いま起きている事実は何か。そして私は、その事実にどんな意味を加えているのか?」

と問い直すことが一つの方法になります。

ここで大切なのは、

「すべて自分の考え方のせいだ」

とすることではありません。

実際に相手が怒っていることもあれば、自分では変えられない出来事もあります。

それでも、外で起きたことと、それを自分がどう受け取り、何を本当だと認めたのかを分けて考える余地はあるのです。

クリュシッポスの哲学は、出来事に反応した自分を責めるためではなく、「何が起きたのか」と「自分はそれをどう判断したのか」の間を見つめ直す視点を与えてくれます。

セネカ――哲学を、怒り・死・お金・時間の問題へ持ち込んだ人

ルキウス・アンナエウス・セネカ(Lucius Annaeus Seneca、ラテン語:Lucius Annaeus Seneca、紀元前4年ごろ〜西暦65年。和暦成立以前、日本列島では弥生時代にあたる頃)は、古代ローマの政治家・著述家であり、ストア派を代表する哲学者の一人です。

なお、父親もルキウス・アンナエウス・セネカという名前だったため、区別するために現代では、

Seneca the Younger(セネカ・ザ・ヤンガー/小セネカ、若いセネカ)

と呼ばれることもあります。父親はSeneca the Elder(セネカ・ジ・エルダー/大セネカ、老セネカ)です。

セネカの文章には、怒り、死、富、権力、人生の時間など、現実の生活で人間が悩みやすい問題が繰り返し登場します。

しかも彼自身、政治や富と深く関わった複雑な人生を送りました。

そのためセネカの文章は、「完成された賢者が上から教える」というより、哲学を現実の人生の中でどう生きるのかを繰り返し試す文章として読むことができます。『Internet Encyclopedia of Philosophy(インターネット哲学百科事典)』でも、セネカが死・富・政治権力・怒りなどをストア派の立場から問い直したことが詳しく説明されています。

持ち帰れる問いは、

「この怒りや不安のまま動く前に、私は本当に何を善い行動だと考えるのだろう?」

です。

セネカの場合は、本人が書いた哲学作品がまとまった形で残っているため、この問いへの考え方を比較的直接たどることができます。

とくに『怒りについて(De Ira/デー・イーラー)』では、怒りが生まれる過程を分析し、最初に思わず起こる心や身体の反応と、それを「正しい」と受け入れて本格的な怒りへ進むことを区別しています。つまり、最初に心が動いたこと自体よりも、そのあと何を正しいと判断し、どの行動を選ぶのかが重要だと考えたのです。

またセネカは、正しい行動をするために怒りそのものが必要だとは考えませんでした。誰かの不正に対して行動する必要がある場合でも、復讐したいという怒りに動かされるのではなく、「それが正しいから行う」という理性的な判断によって行動することを重視します。

つまりこの問いに対して、セネカ自身の著作から読み取れる答えは、

「怒りや不安が生まれたとき、その勢いのまま行動するのではなく、自分が何を善い・悪いと判断しているのかを確かめ、理性によって何をするべきかを考える」

という方向だと言えるでしょう。

ここから先は、セネカの思想を現代の生活へ引き寄せた考察です。

たとえば、誰かの言葉に腹が立ったとき、

「腹が立った」

ということと、

「だから相手を傷つけてもよい」

という判断は同じではありません。

不安になったときも、

「怖いと感じている」

ことと、

「きっと悪いことが起きる」

と判断することは別です。

だからセネカの考えを現代の私たちが受け取るなら、

「この感情の勢いに任せるのではなく、落ち着いて考えたときにも善いと思える行動は何だろう?」

と問い直すことが一つの方法になります。

セネカの哲学は、感情がまったく起こらない人になることよりも、心が大きく動いたときに、その感情だけに判断を任せず、理性によって行動を選び直す視点を与えてくれます。

エピクテトス――自分の判断と選択へ目を戻した人

エピクテトスは、第7章で見たように、

「自分次第であるもの」と「自分次第ではないもの」

を繰り返し問い直しました。

そして、何が心に浮かんだかという印象と、それを本当だと認める同意を区別し、印象をどう扱うかを重視しました。

エピクテトスから持ち帰れる問いは、

「いま、この状況の中で、本当に自分が引き受けられる判断と選択は何だろう?」

です。

エピクテトス自身が書いた哲学書は、現在まで残っていません。

しかし、弟子のルキウス・フラウィウス・アリアノス(Lucius Flavius Arrianus)が、エピクテトスの講義や対話を記録した『語録(Discourses/ディスコーシズ)』と、その教えを短くまとめた『エンケイリディオン(Encheiridion、「手引き」の意味)』が残っています。

そのため、エピクテトス本人が書いた文章そのものではありませんが、彼が実際にどのようなことを教えていたのかは、比較的詳しくたどることができます。

『エンケイリディオン』は冒頭で、世の中には「自分次第であるもの」と「自分次第ではないもの」があるという区別から始まります。

エピクテトスが自分次第だと考えた中心には、自分がどう判断するか、何を求めるか、何を避けるか、そしてどのような態度を選ぶかがあります。

反対に、身体の状態、財産、評判、社会的な地位などは、自分が努力によって影響を与えられる場合があっても、最終的には自分一人の判断だけで決められるものではありません。

つまりこの問いに対して、エピクテトスの教えから読み取れる答えは、

「自分だけでは決められない結果を無理に支配しようとするのではなく、自分がどう判断し、何を選び、どのように行動するかという、自分が引き受けるべき部分へ目を向ける」

という方向になります。

ここから先は、エピクテトスの考えを現代の生活へ引き寄せた考察です。

たとえば、試験に合格できるかどうかは、自分一人では決められません。

しかし、

「今日は何を勉強するか」

「間違えた問題をどう見直すか」

「失敗したときに、そこから何を学ぶか」

という判断や行動には向き合えます。

人間関係でも、相手が自分を好きになってくれるかどうかを決めることはできません。

それでも、

「どんな言葉で伝えるか」

「相手の話をどう聞くか」

「必要ならどんな距離を取るか」

は考えることができます。

だからエピクテトスの考えを現代の私たちが受け取るなら、

「この状況で、結果そのものではなく、自分が責任をもって選べる判断と行動はどこにあるだろう?」

と問い直すことが一つの方法になります。

エピクテトスの哲学は、思いどおりにならないものをただ諦めるのではなく、自分だけでは決められないものを見極めたうえで、それでも自分が引き受けられる判断と行動へ力を向ける視点を与えてくれます。

マルクス・アウレーリウス――哲学を自分自身に何度も言い聞かせた人

マルクス・アウレーリウス・アントニヌス(Marcus Aurelius Antoninus、古代ギリシア語表記:Μᾶρκος Αὐρήλιος Ἀντωνῖνος/マールコス・アウレーリオス・アントーニノス、西暦121年〜180年。和暦成立以前、日本列島では弥生時代にあたる頃)は、西暦161年から180年までローマ皇帝を務めた人物です。一般には、マルクス・アウレーリウスの名で知られています。

さらに厳密には、ローマ人の名前は養子縁組や皇帝即位によって変わるため、生涯を通して一つの名前だったわけではありません。皇帝としては Imperator Caesar Marcus Aurelius Antoninus Augustus(インペラトル・カエサル・マルクス・アウレーリウス・アントニヌス・アウグストゥス)という称号を含む名も用いられました。

現在自省録として知られるMeditations(メディテーションズ)には、ストア派の考えを実際に生きようとするマルクス自身の思索が残されています。

これは、最初から一般読者向けの「ストア哲学入門書」として書かれたものではありません。

現在の研究では、マルクスが自分自身の道徳的な成長のために、ストア派の考えを思い出し、自分の生き方を整えるために書いた文章と理解されています。

皇帝であっても、戦争、病気、他人の行動、死など、思い通りにならない問題から自由ではありませんでした。

だからマルクス・アウレーリウスから持ち帰れる問いは、

「哲学を知っているだけで終わらず、今日の自分はそれをどう生きる?」

です。

マルクス・アウレーリウスの場合は、本人が古代ギリシア語で書いた『自省録(Meditations/メディテーションズ)』が現在まで残っているため、この問いへの考え方を本人の文章からかなり直接たどることができます。

ただし『自省録』は、読者へ完成した哲学理論を説明する教科書ではありません。マルクスが自分自身にストア派の考えを思い出させ、それを実際の判断や行動へ移そうとして書いた文章と考えられています。『Stanford Encyclopedia of Philosophy(スタンフォード哲学百科事典)』でも、自らの道徳的な成長のために、ストア派の教えを具体的な生活へ落とし込もうとした文章として説明されています。

『自省録』では、理性的な人間がよりよく生きるために、目の前に現れた印象をむやみに真実だと認めず、他者や共同体のためになる行動へ向かい、自分では決められない出来事を世界の一部として受け止めることを、マルクス自身が繰り返し確認しています。特に彼は、正義をもって他者に関わることを非常に重視していました。

つまりこの問いに対して、マルクス・アウレーリウス本人の文章から読み取れる答えは、

「哲学を知識として覚えるだけではなく、いま目の前にある出来事について正しく判断し、他者に対して正義をもって行動し、自分では決められないことを受け入れながら、今日の行動そのものを徳にかなうものにしていく」

という方向だと言えるでしょう。

マルクスにとって、哲学は「知っている」と言えることよりも、実際の生活の中で、理性的で正義にかなった人間として行動できるかどうかに関わるものでした。皇帝という立場にあっても、自分を特別な存在として扱うのではなく、世界という大きな共同体の一員として、他者のためになる行動をすることを自分に言い聞かせています。

ここから先は、マルクスの考えを現代の生活へ引き寄せた考察です。

たとえば、

「怒ってはいけないと知っている」

「他人の評価は自分だけでは決められないと知っている」

「正しく行動することが大切だと知っている」

だけでは、まだ哲学を生きたことにはなりません。

実際に腹が立ったその瞬間にどう話すのか。

失敗した日に、誰かへ八つ当たりするのか、それとも自分の判断を見直すのか。

誰にも見られていないところでも、公正な行動を選べるのか。

だからマルクスの考えを現代の私たちが受け取るなら、

「自分が正しいと思っている哲学を、今日の一つの判断や行動にどう表すだろう?」

と問い直すことが一つの方法になります。

マルクス・アウレーリウスの『自省録』は、哲学を「知識」で終わらせず、何度失敗しても自分の考えと行動を確かめ直し、今日の生き方へ戻していく視点を与えてくれます。

ゼノン。

クリュシッポス。

セネカ。

エピクテトス。

マルクス・アウレーリウス。

時代も立場も違います。

そして、何を特に重視して語ったかにも違いがあります。

それでも、彼らを一つの線でつないでいくと、

「世界のすべてを思い通りにはできない。その中で、理性と徳を働かせながら、自分はどのような人間として生きるのか」

というストア派の大きな問いが見えてきます。

そして、この問いは2000年前で終わっていません。

仕事。

SNS。

人間関係。

将来への不安。

私たちの日常にも、そのまま問い返すことができます。

次は、古代ストア派の言葉をそのまま現代へ当てはめるのではなく、

ストア派なら「何を見るだろう?」という視点を借りて、現代の日常を考えてみましょう。

9.ストア派を日常へ持ち帰ってみよう

ここまで、ストア派が世界、判断、幸福、徳、感情についてどのように考えたのかを見てきました。

では、2000年以上前の哲学を、私たちの生活ではどう考えればよいのでしょうか。

まず大切なのは、

ストア哲学は、悩みを消す魔法ではなく、悩みの中で「自分は何をどう考え、どう行動するのか」を見直すための視点

だということです。

ゼノンもエピクテトスも、SNSや現代の会社員生活を知りません。

ここから紹介するのは、古代の哲学者が実際にSNSについて語った言葉ではなく、ストア派の考え方を現代の日常へ置き換えた例です。

たとえば、SNS。

時間をかけて投稿したのに、思ったほど「いいね」がつかなかった。

友人の投稿にはたくさん反応がある。

そんなとき、

「自分は評価されていないのかな」

と思うことがあります。

ここで、ストア派の視点を借りてみます。

他の人が「いいね」を押すかどうかは、自分だけでは決められません。

でも、

何を発信するか。

どんな言葉を使うか。

数字を自分自身の価値とどう結びつけるか。

そこには、自分で考えられる部分があります。

そこで問いを、

「どうすればもっと評価される?」

だけで終わらせず、

「私は今、“たくさん評価されること”を、どれほど大きな善だと考えているのだろう?」

まで深めてみます。

評価を気にしてはいけない、という意味ではありません。

ストア派も、評判や健康、財産などに一定の価値があることを認めていました。

大切なのは、

「評価されること」と「人間としてよりよく生きること」を同じものにしないこと

です。

仕事ならどうでしょうか。

何日もかけて資料を作った。

プレゼンの練習もした。

それでも契約が取れなかった。

結果を見て、

「自分は仕事ができない」

と思ってしまうかもしれません。

でも、

「契約が取れなかった」

という出来事と、

「だから自分には価値がない」

という判断は同じではありません。

準備に改善できる部分はあったか。

相手が求めていたものを理解できていたか。

次にできることは何か。

必要なら誰に相談するか。

結果を保証することはできなくても、結果に向けてどのような姿勢で行動するかは考えられます。

成功を望むことをやめる必要はありません。

成功を目指しながら、

成功したかどうかだけに、自分という人間の善し悪しまで預けない。

ここにストア派らしい視点があります。

人間関係では、さらに難しくなります。

「自分の気持ちをわかってほしい」

「謝ったのだから許してほしい」

「自分と同じくらい大切に思ってほしい」

そう願うことはあります。

けれど、相手の心を自分だけで決めることはできません。

その一方で、

どう伝えるか。

相手の話をどう聞くか。

謝るべきことを謝るか。

相手の意思を尊重するか。

必要なときには距離を取るか。

こうしたことは考えられます。

そこで、

「相手をどう変える?」

から、

「相手を一人の人間として尊重しながら、自分はどう行動する?」

へ問いを変えてみます。

ここで忘れたくないのが、ストア派が正義や他者との関係を重視したことです。

ストア派にとって「よりよく生きる」とは、自分の心だけを静かにして終わることではありません。

人間は他者とともに生きる存在です。

だから、

自分にとって都合がよいかだけでなく、

相手に対して公正か。

必要なことを勇気をもって言えているか。

感情のまま誰かを傷つけようとしていないか。

ということまで考えます。

ストア派では、人間が共有する理性をもつことから、正義の範囲を身近な仲間だけでなく人間一般へ広げて考える世界市民主義も発展しました。

日常へ持ち帰るなら、難しい専門用語を毎回思い出す必要はありません。

心が大きく動いたときに、

「実際には、何が起きた?」

「私は、何をそんなに善いもの・悪いものだと判断している?」

「では、この状況で、自分が選べるよりよい行動は何だろう?」

と考えてみます。

怒りや不安が生まれたこと自体を責めるのではありません。

その感情の奥にある判断を見つめ、

「このまま動くことは、自分が大切にしたい生き方に合っているだろうか」

と問い直してみるのです。

古代の哲学を現代へ持ち帰るとは、2000年前の答えをそのままコピーすることではありません。

ストア派が「何を問い直したのか」を借りて、自分の問題を自分でもう一度考えてみること。

そこから、哲学は「昔の人について知ること」から、少しずつ**「自分自身で考えること」**へ変わっていきます。

10.おまけコラム

奴隷だった哲学者の教えを、ローマ皇帝が読んでいた?

ここまで少し難しい話が続いたので、ストア派の歴史にある、ちょっと不思議なつながりを見てみましょう。

登場するのは、すでに紹介した二人です。

一人は、人生の一時期を奴隷として過ごしたエピクテトス

もう一人は、ローマ帝国の頂点に立った皇帝マルクス・アウレーリウス

社会的な立場だけを見れば、ずいぶん遠い二人に見えます。

ところが、

マルクス・アウレーリウスは、エピクテトスの教えを記録した文章を読んでいました。

ここは少し丁寧にたどってみましょう。

エピクテトスは、自分で哲学書を書き残した人物ではありません。

彼が授業で語った内容を記録したのが、弟子のルキウス・フラウィウス・アリアノス(Lucius Flavius Arrianus、古代ギリシア語:Ἀρριανός/アリアノス、西暦86年ごろ〜160年ごろ)です。

その記録から、現在の私たちは『語録』や『エンケイリディオン』を通して、エピクテトスの教えを知ることができます。

そして、それを後のマルクス・アウレーリウスへつないだ人物がいました。

マルクスの哲学教師だったクイントゥス・ユニウス・ルスティクス(Quintus Junius Rusticus、生没年は正確には確定していません)です。

ルスティクスは西暦2世紀に活動したローマの政治家・ストア派哲学者で、マルクスが大きな影響を受けた教師の一人でした。『Oxford Classical Dictionary(オックスフォード古典学事典)』でも、マルクス・アウレーリウスの教師・助言者だった人物として紹介されています。

マルクスは『自省録』第1巻で、ルスティクスから学んだことを振り返っています。

その中で、

ルスティクスを通して、エピクテトスの教えの記録に触れることができた

ことにも感謝しています。

つまり、

エピクテトス
→ 弟子アリアノスが教えを記録する
→ ルスティクスを通してマルクスがその教えに触れる

という、世代をまたいだ哲学のつながりが見えてくるのです。マルクスがルスティクスを通じてエピクテトスの記録を読んだことは、『自省録』第1巻7節そのものと、『Stanford Encyclopedia of Philosophy(スタンフォード哲学百科事典)』のマルクス・アウレーリウス項目の双方から確認できます。

考えてみると、不思議な光景です。

かつて奴隷として生きた時期のある哲学者が、

「自分次第であるものとは何か」

を考えた。

その教えが記録され、

何十年か後には、世界でも最大級の権力を持つローマ皇帝が読んでいた。

もちろん、

奴隷として置かれた人と皇帝では、持っていた自由も権力も生活条件もまったく違います。

二人の人生を「結局、悩みは同じだった」と単純にまとめることはできません。

それでも興味深いのは、

立場が大きく違っても、「自分では決められないことがある中で、自分はどう生きるか」という問いは受け継がれた

ということです。

皇帝なら、何でも好きにできそうに見えます。

しかしマルクスにも、

戦争。

病気。

他人の行動。

死。

自分だけでは決められないものがありました。

そして『自省録』では、彼が何度も、自分の判断や他者への態度を問い直しています。現在の『Stanford Encyclopedia of Philosophy(スタンフォード哲学百科事典)』でも、エピクテトスがマルクスのストア哲学に重要な影響を与えたことが確認されています。

ここに、ストア派が何百年も続いた理由の一端を見ることができます。

哲学は、一人の人物の答えを保存するだけではありません。

誰かが問い、次の人がその問いを受け取り、自分の人生でもう一度考え直す。

エピクテトスからマルクス・アウレーリウスへ渡った問いは、長い時間を越えて、今では私たちも読むことができます。

そして、その問いを次にどう考えるかは、

今度は私たち自身に渡されています。

11.まとめ・考察

「強く生きる」とは、何に耐えることなのだろう?

ここまで、ストア派がどこから始まり、世界や人間をどう捉え、何を大切にして生きようとしたのかを見てきました。

最後に、この記事全体から見えてきたことを、もう一度考えてみましょう。

ストア派が問い続けたのは、

「思い通りにならないこともある世界で、それでも人間はどうすればよりよく生きられるのか」

という問題でした。

試験の結果。

仕事での評価。

健康。

お金。

人間関係。

SNSでの反応。

私たちが大切だと思っているものの中には、自分が努力できても、最終的な結果まで自分一人では決められないものがたくさんあります。

ストア派は、そうしたものをすべて無価値だと考えたわけではありません。

健康や財産などは普通なら選ぶ理由のあるものとして扱います。

そのうえで、それらを手に入れられたかどうかだけで、人間としての善さや幸福そのものは決まらないと考えました。ストア派では徳を本当の意味での善とし、健康や財産などは価値をもちうる「選好される無差別なもの」と区別します。

この考えを現代の言葉へ置き換えるなら、ストア派は、

「よい人生かどうかを決める場所を、外の結果だけに預けない哲学」

とも言えるのではないでしょうか。

私は、ここにストア派の独特な強さがあると思います。

強い人というと、

「何があっても泣かない人」

「つらくても耐え続けられる人」

を想像することがあります。

けれど、ストア派から見えてくる強さは、もう少し違います。

つらさを感じない強さではなく、つらいときにも「では、自分はどう生きたいのか」という問いを手放さない強さです。

これは、ただ我慢することとは違います。

不正なことがあれば、正義について考える。

怖くても必要なら行動する。

怒っているなら、その怒りの奥で自分が何を善い・悪いと判断しているのかを確かめる。

できないことまで一人で背負わず、今できる判断や行動へ目を向ける。

ストア派が重視した知恵・正義・勇気・節度は、こうした生き方へつながっています。

たとえば、こんな経験はないでしょうか。

大切な試験を受け終わった。

就職の面接も終わった。

誰かに伝えたかったことも伝えた。

もう今の自分にできることはしたのに、結果だけがまだ届かない。

そんなときほど、

「どうなるだろう」

「失敗したらどうしよう」

と、頭の中で何度も結果を動かそうとしてしまいます。

そこでストア派の問いを一つだけ持ち込んでみます。

「結果を待っている今、自分はどんな人間として過ごしたいだろう?」

結果は変わらないかもしれません。

不安もすぐには消えないかもしれません。

それでも、

結果を想像し続けることから、

今できることへ戻る。

人に八つ当たりしない。

次に備える。

休むべきなら休む。

誰かを助ける。

今日やるべきことをする。

そうやって、「未来がどうなるか」から「今、自分はどう生きるか」へ問いの場所を移すことはできます。

ストア派の哲学が2000年以上たった今も読まれている理由の一つは、答えを一つ押しつけてくるからではなく、

私たち自身に「あなたは何を本当に善いものだと考え、どんな人間として生きたいのか」と問い返してくるから

なのかもしれません。

紀元前300年ごろ(和暦成立以前、日本列島では弥生時代にあたる頃)、アテナイの柱廊で始まった問いは、ゼノンからクリュシッポスへ、セネカへ、エピクテトスへ、マルクス・アウレーリウスへと受け継がれてきました。

そして今度は、その問いが私たちのところまで来ています。

あなたは、思い通りにならないことが起きたとき、何を大切にし、どんな人間として行動したいでしょうか。

そこから先は、ストア派の答えを覚える時間ではありません。

あなた自身が哲学する時間です。

12.さらに学びたい人へ

ストア派がもっとおもしろくなる3冊

ストア派をもっと知りたいと思ったら、最初から難しい原典に挑戦する必要はありません。

おすすめなのは、

わかりやすい一人の哲学者から入る
→ 現代生活とストア哲学をつなぐ
→ ストア派全体の歴史へ広げる

という読み方です。

ここでは、難しさの違う3冊を選びました。

【初学者向け――漫画とやさしい解説から入りたい人】
『奴隷の哲学者エピクテトス 人生の授業――この生きづらい世の中で「よく生きる」ために』
著者、荻野弘之 漫画、かおり&ゆかり

この本の大きな特徴は、エピクテトスの難しい言葉をいきなり研究書のように説明するのではなく、漫画と短い解説を行き来しながら「自分にできることとは何か」を考えられることです。

この記事の第7章で、「結果を自分だけでは決められなくても、自分の判断や選択については考えられる」
というエピクテトスの考えに興味をもった人には、特に相性のよい一冊です。

「まず、一人の哲学者の考えを自分の悩みと結びつけてみたい」

人におすすめです。

【全体におすすめ――ストア哲学を現代生活へつなげたい人】
『迷いを断つためのストア哲学』
著者、マッシモ・ピリウーチ(Massimo Pigliucci) 訳者、月沢李歌子

原著は How to Be a Stoic(ハウ・トゥ・ビー・ア・ストイック/「ストア派としてどう生きるか」ほどの意味)です。

この本がおすすめなのは、
ストア派を「昔の哲学者について学ぶこと」だけで終わらせず、「では、自分ならどうする?」へ持っていけることです。

この記事を読んで、
「内容はわかった。今度は生活の中でどう考えればいいのか知りたい」
と思った人に向いています。

ただし、古代の原典そのものではなく、現代の著者がストア哲学を読み直した入門・実践書です。
そこを理解したうえで読むと、古代と現代をつなぐ橋としてとても役立ちます。

【中級者向け――ストア派という長い歴史そのものを知りたい人】
『ギリシア・ローマ ストア派の哲人たち――セネカ、エピクテトス、マルクス・アウレリウス』
著者、國方栄二

この本は、ローマ時代の有名な三人だけを紹介する本ではありません。
ストア派につながるキュニコス派から始まり、ゼノンらの初期ストア派。パナイティオスら中期のストア派。
そしてセネカ、エピクテトス、マルクス・アウレーリウスへと進みます。出版社の紹介でも、こうした時代ごとの思想を比較しながら、ストア派がどのように受け継がれたのかを扱う本であることが確認できます。

この記事の第4章で、
「ストア派は一人の哲学者の考えではなく、何百年も受け継がれながら発展した伝統だった」
という点がおもしろいと思った人には、この本がおすすめです。

この記事より一段深い疑問に進めます。
「人生訓としてのストア派」から、「哲学史としてのストア派」へ進みたい人の次の一冊です。

3冊すべて読む必要はありません。

まず、

「もっと知りたい」と感じた問いに一番近い本を一冊選ぶ。

それで十分です。

エピクテトスをもっと知りたいなら、1冊目。

現代の悩みと結びつけたいなら、2冊目。

ストア派全体の歴史へ進みたいなら、3冊目。

哲学の本を読む目的は、難しい言葉をたくさん覚えることではありません。

一冊読む前よりも、

「では、自分はどう考えるだろう?」

という問いが一つ深くなっていたなら、その読書には十分な意味があります。

13.疑問が解決した物語

「もう少しストイックになったほうがいいんじゃない?」

あの日、友人に言われた言葉を、コウタは思い出していました。

資格試験の勉強は、今も思いどおりには進みません。
次の模擬試験も、期待したほど点数は上がりませんでした。

けれど、以前とは少し考え方が変わっています。

「この結果は変えられない。でも、ここから自分がどう考え、どう行動するかは考えられる。」

コウタは点数だけを見て落ち込むのではなく、間違えた問題を確認しました。

知識が足りなかったところ。

急いで読んで間違えたところ。

次に改善できることが、少しずつ見えてきます。

そこで、最初に抱いていた疑問にも答えが出ました。

ストア派とは、ただ自分に厳しくして、苦しさに耐え続ける人たちではありません。

思いどおりにならないこともある世界で、

「何を本当に善いものと考え、自分はどのような人間として行動するのか」

を、徳と理性を大切にしながら考え続けた哲学の伝統だったのです。

だからコウタも、

「結果は決められないから、もういい」

とは考えませんでした。

できる勉強はする。
改善できるところは直す。
疲れているなら、明日のために休む。

結果を完全には支配できなくても、自分の判断や行動には向き合える。

それが、コウタがストア派から持ち帰った考えでした。

もちろん、不安がなくなったわけではありません。

それでも心が揺れたとき、こんな問いを持てるようになりました。

「いま自分は、何を善い・悪いと考えている?」

「そして、この状況で、自分はどんな人間として行動したい?」

最初に検索した言葉は、

「ストア派とは」

でした。

けれど、最後に残った問いは、

「自分はどう生きたいのか」

へ変わっていました。

では、あなたならどうでしょうか。

思いどおりにならないことが起きたとき、どんな人間として次の一歩を選びたいでしょうか。

14.文章の締めとして

ストア派について知っていくと、2000年以上前の哲学が、思っていたよりもずっと近くに感じられてきます。

試験の結果を待つとき。

仕事が思いどおりに進まないとき。

誰かの言葉に傷ついたとき。

どうしても変えられない出来事に出会ったとき。

そんな日常の中にも、ストア派が考え続けた問いは残っています。

大切なのは、いつも正しい答えを出せることでも、どんなときも心を乱さないことでもありません。

心が揺れたときに、「では、自分はここからどう生きたいのだろう」と、もう一度問い直せること。

哲学は、難しい言葉を覚えたところで終わるものではありません。

この記事を読み終えたあと、何か一つでも自分自身の問いが残ったなら、そこからもう哲学は始まっています。

補足注意

この記事は、ストア派について、現在確認できる資料や研究をもとに、筆者が個人で調べられる範囲の情報を整理した入門記事です。

ストア派には長い歴史があり、古代の資料が失われている部分もあるため、人物の年代や思想の解釈、時代区分などには異なる見解もあります。

また、今後の研究や新しい資料の発見によって、理解が修正されたり、より詳しいことがわかったりする可能性もあります。

🧭 本記事のスタンス

この記事を「これが唯一の正解」とするのではなく、ストア派に興味を持ち、自分でも調べ、考えていくための入り口として読んでいただければ幸いです。

哲学には、一つの説明だけでは見えてこないものもあります。ぜひ、さまざまな資料や立場からの見方にも触れながら、あなた自身の問いを深めてみてください。

このブログで歩いてきた「ストア(stoa)=柱廊」は、ここで行き止まりではありません。文献をたどれば思想へ、思想をたどれば新しい問いへ――学びを深めながら、あなた自身の「どう生きる?」も、もう少しその先まで歩いてみてください。

最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。

ストア派は、思いどおりにならない世界の中でも、どんな人間として生きるかを考える余地は、いつでも私たちの手元に残されていることを教えてくれているのかもしれません。

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