「同調実験」で知られるソロモン・アッシュは、何を考え、何を確かめようとした心理学者だったのでしょうか。生涯、印象形成の研究、線の実験、そして「同調」と「独立した判断」まで、初めて学ぶ人にもわかりやすくたどります。
ソロモン・アッシュとは?「同調行動」を調べると出てくる心理学者をわかりやすく紹介

代表例
「同調行動」を調べていたら、この人の名前が出てきた
心理学の「同調行動」について調べていると、
ソロモン・アッシュ
という名前を目にすることがあります。
「有名な実験をした人らしいけれど、そもそも何をした心理学者なんだろう?」
そんな疑問を持った方もいるのではないでしょうか。
今回は実験だけを見るのではなく、ソロモン・アッシュという心理学者そのものに注目していきます。

5秒でわかる結論
ソロモン・アッシュは、集団の中で人が周囲に合わせる「同調」と、それでも自分の判断を保つ「独立」を研究した、20世紀の社会心理学者です。
特に1950年代に行った「線の長さ」を使った実験で知られ、社会心理学に大きな影響を残しました。
小学生にもわかりやすく言うと
ソロモン・アッシュは、
「みんなが自分と違うことを言ったら、人はどうするんだろう?」
という人間の心の不思議を研究した心理学者です。

自分の目を信じるのか。
それとも、みんなに合わせるのか。
アッシュはそれを「なんとなく」で終わらせず、実際に人に参加してもらう実験で確かめようとしました。
だから今でも、「人はどうして周りに合わせるの?」という心理学を学ぶとき、アッシュの名前がよく登場するのです。
1.このようなことはありませんか?「ソロモン・アッシュって、いったい誰?」
心理学について調べていて、こんな経験はありませんか?
「同調行動って、どういう意味なんだろう?」
そう思って調べていくと、何度も同じ人物の名前が出てくる。
ソロモン・アッシュ。
さらに検索すると、
「アッシュの同調実験」
「線の長さを比べる実験」
「集団の圧力」
といった言葉も一緒に出てきます。
こんなことはありませんか?
- 「同調行動を調べていたはずなのに、どうしてソロモン・アッシュという人が何度も出てくるんだろう?」
- 「線の長さを比べるだけの実験が、どうして心理学でそんなに有名なの?」
- 「ソロモン・アッシュは、同調行動だけを研究した心理学者なの?」
- 「そもそも、アッシュは何を不思議に思って、この研究を始めたんだろう?」
- 「70年以上前の研究なのに、どうして今でも心理学で名前が出てくるの?」
名前だけは何度も見るのに、
「結局、ソロモン・アッシュってどんな人なの?」
というところまでは、意外と分からないままになりがちです。
今回の疑問をひとことで表すなら、
「同調行動を調べると出てくるソロモン・アッシュとは、どうして今も語られる心理学者なの?」
ということです。
この記事では、単に有名な実験の結果だけを紹介するのではなく、
ソロモン・アッシュがどのような人物で、どのような問題に関心を向け、なぜあの実験を行い、その研究がその後の心理学にどうつながっていったのか
を順番に見ていきます。
読み終えるころには、
「アッシュ=線の実験をした人」
という名前だけの知識ではなく、
「この人は、こんな問いを持ち、こんな方法で人間の心を調べた心理学者だったんだ」
と、人物像と研究がつながって理解できるはずです。
それでは、ソロモン・アッシュという心理学者の正体を、少しずつ探っていきましょう。
2.疑問が生まれた物語
「このアッシュっていう人、何者なんだろう?」
ある日、ユウタさんは、
「どうして人は、みんなと同じ意見に合わせてしまうことがあるんだろう?」
と気になり、心理学の「同調行動」について調べていました。
すると、いくつもの説明の中に同じ名前が登場します。
ソロモン・アッシュ。
さらに読み進めると、「線の長さを比べる実験をした心理学者」と書かれています。

ユウタさんは少し不思議に思いました。
「線の長さを比べるだけで、人の心の何がわかるんだろう?」
「そもそも、アッシュはどうしてそんな実験を思いついたんだろう?」
そして何より、
「この人は、“人は周りに流される”と言いたかった心理学者なのかな?」
名前だけだった「ソロモン・アッシュ」が、だんだん気になる人物になってきました。
有名な実験だけを知るのではなく、その実験を考えた人物を知れば、研究の見え方まで変わってくるかもしれません。
では、ソロモン・アッシュとは、本当はどのような心理学者だったのでしょうか。
3.すぐにわかる結論
ソロモン・アッシュはどんな人物?
お答えします
ソロモン・アッシュは、人が他人や集団から影響を受ける仕組みを研究し、とくに「同調」と「独立した判断」の研究で知られる社会心理学者です。
スワースモア大学では1947年(昭和22年)から19年間研究し、1951年(昭和26年)から、後に有名になる一連の同調研究を始めました。

そして大切なのは、
アッシュが「人は簡単にみんなへ流される」と言うためだけに研究した人物ではない
という点です。
1956年(昭和31年)の代表的研究の題名は、
Studies of Independence and Conformity(スタディーズ・オブ・インディペンデンス・アンド・コンフォーミティ)
日本語にすると、「独立と同調の研究」という意味です。
つまりアッシュが見つめていたのは、
「人はいつ周囲に合わせるのか」
だけではなく、
「強い集団の圧力があっても、人はいつ自分の判断を守れるのか」
という問題でもありました。
噛み砕いていうなら、
「みんなと違うとき、人は自分の目を信じられるのだろうか?」
という、とても身近で、とても人間らしい疑問を研究した心理学者なのです。
では、そんなアッシュはどのような人生を送り、なぜ「人と集団」の問題に目を向けたのでしょうか。
ここからは、有名な実験の名前だけでは見えてこない“ソロモン・アッシュという人”を、もう少し深く追いかけてみましょう。
4.『ソロモン・アッシュとは』?
どんな人生を歩んだ心理学者?
ここからは、ソロモン・アッシュという人物をもう少し詳しく見ていきましょう。
ソロモン・アッシュは、ポーランドに生まれ、アメリカで研究者として活躍した20世紀の社会心理学者です。
社会心理学とは、人がほかの人や集団とかかわるとき、考え方や判断、行動がどのような影響を受けるのかなどを研究する心理学の分野です。
アッシュは、周囲の人や集団の影響を受けて、自分の判断や行動を周りに合わせる「同調」の研究で特に有名ですが、それだけを研究していたわけではありません。

人は、ほかの人をどのように理解するのか。周囲の状況によって、人の見え方や判断はどう変わるのか。
こうした「社会の中にいる人間を、どう理解すればよいのか」という問題を幅広く研究した心理学者でした。アッシュの研究は、印象形成、社会的影響、同調、認知や連想など、複数の領域に及んでいます。
ソロモン・アッシュのプロフィール
- 正式名:Solomon Elliott Asch(ソロモン・エリオット・アッシュ)
- 生年月日:1907年(明治40年)9月14日
- 出生地:ワルシャワ(現在のポーランド)
- 渡米:1920年(大正9年)
- 没年:1996年(平成8年)、88歳
- 没日は2月20日とする資料が多い一方、ペンシルベニア大学の追悼記事では2月21日と記録されているため、本記事では「1996年2月、88歳で死去」としています。
- 専門:社会心理学
- 学歴:1928年(昭和3年)にカレッジ・オブ・ザ・シティ・オブ・ニューヨーク卒業。1930年(昭和5年)にコロンビア大学で修士号、1932年(昭和7年)に博士号を取得
- 特に知られる研究:印象形成(人が相手の人物像をどう作るか)、社会的影響(他人や集団が判断や行動にどう影響するか)、同調と独立した判断(周囲に合わせる場合と、自分の判断を保つ場合)の研究
正式名はニュースクールの公文書目録、生年月日は心理学資料、学歴・経歴についてはペンシルベニア大学の記録などから確認できます。
少年時代にヨーロッパからアメリカへ
アッシュは1907年(明治40年)、ワルシャワに生まれました。
そして1920年(大正9年)、まだ10代前半のころに家族とともにアメリカへ移住します。
その後ニューヨークで学び、カレッジ・オブ・ザ・シティ・オブ・ニューヨークへ進学しました。
後世の私たちは「有名な心理学者ソロモン・アッシュ」という完成した人物像を見ていますが、若いころから最初から心理学一筋だったわけではありません。
心理学史の資料によると、大学では文学と科学の両方を学び、学部生活の終わりごろになって心理学への関心を深めていったとされています。
1928年(昭和3年)、21歳で学士号を取得。その後、コロンビア大学の大学院へ進みます。
そこでも関心は心理学だけに閉じていたわけではなく、人間と文化を研究する人類学にも興味を持っていました。
人類学とは、「人間とはどのような存在なのか」を、文化や社会、生活習慣などさまざまな角度から考える学問です。
国や地域、時代によって異なる文化や暮らしを見ながら、人間について考えていきます。
心理学だけでなく人類学にも関心を広げていたことは、後のアッシュという研究者を知るうえでも興味深い背景の一つです。
その後アッシュが研究していくのも、単純に「ある刺激を受けたら、人はこう反応する」ということだけではありませんでした。
人は周囲の人や状況との関係の中で、ものごとをどのように見て、考え、判断するのか。
そうした、人間を社会の中でとらえる問題へと関心を広げていきます。
人間は、周囲との関係や状況の中で、ものごとをどのように理解するのか。
そのような、人間を社会の中で見る研究へと進んでいきます。
大きな影響を与えた「ゲシュタルト心理学」
1930年(昭和5年)に修士号、1932年(昭和7年)に博士号を取得したアッシュは、博士号取得後、ブルックリン・カレッジで教え始めました。
そして、この時期にアッシュの考え方へ大きな影響を与える心理学者と出会います。
マックス・ヴェルトハイマー(Max Wertheimer)です。
ヴェルトハイマーは、ゲシュタルト心理学(Gestalt psychology/ゲシュタルト・サイコロジー)を築いた代表的な心理学者の一人でした。
「ゲシュタルト」は、ドイツ語の Gestalt(ゲシュタルト) で、「形」「まとまり」「全体的な形態」といった意味を持つ言葉です。
ゲシュタルト心理学とは、人の知覚や心の働きを、細かな要素の寄せ集めとしてだけではなく、それらが作る「全体のまとまり」や「関係」から理解しようとする心理学の考え方です。
難しそうに聞こえますが、「顔」を思い浮かべると分かりやすくなります。
目だけ。
鼻だけ。
口だけ。
一つずつ見ることもできます。
しかし、私たちが「笑っている顔」「怒っている顔」と感じるときには、それぞれを別々に見ているだけではありません。
目や口などが、どのような位置や関係で組み合わさっているのかを、顔全体として受け取っています。
つまり、部分だけを見るのではなく、それらが一緒になったとき、全体としてどのような意味を持つのかを見ることも大切だという考え方です。
この「部分だけでなく、全体のまとまりや関係を見る」という考え方は、アッシュの心理学を理解するうえでも興味深い背景の一つになります。
これが、アッシュの心理学を理解するための大切な背景の一つです。
心理学史の資料では、アッシュはブルックリン・カレッジで教え始めて間もなくヴェルトハイマーと出会い、その後、彼を人生における主要な知的影響の一人として受け止めるほど強い影響を受けたことが紹介されています。
ただし、ゲシュタルト心理学を学んだから、そのまま同調実験が生まれた、と単純につなげることはできません。
ここで重要なのは、アッシュが、人間を周囲の状況や人との関係から切り離さずに理解しようとする研究姿勢を深めていったことです。
1947年(昭和22年)、研究者として重要な場所へ
1947年(昭和22年)、アッシュはスワースモア大学の心理学部門に加わります。
ここからの約19年間は、アッシュの研究者人生の中でも重要な時期になりました。
当時のスワースモア大学には、ゲシュタルト心理学の代表的研究者の一人であるヴォルフガング・ケーラー(Wolfgang Köhler/ヴォルフガング・ケーラー)や、心理学者ハンス・ワラックらがいました。
スワースモア大学は、アッシュが彼らとともに心理学部門をゲシュタルト心理学の重要な研究拠点にしたと紹介しています。
そして1951年(昭和26年)、アッシュはここで、現在もっともよく知られている一連の研究を始めます。
それが、のちに「アッシュの同調実験」と呼ばれるようになる研究です。
しかし、この時点で「線の長さを使った実験」だけに進んでしまうと、アッシュという人物のもう一つの面白さを見落としてしまいます。
実は彼はその前から、「私たちは他人を見たとき、どのようにその人の印象を作るのか」という、とても身近な問題についても重要な研究を行っていました。アッシュの研究者としての特徴は、「同調」だけではなく、人が社会の中で他者や状況をどう理解するのかを幅広く考えていたところにあります。
その後、アッシュは1966年(昭和41年)から1972年(昭和47年)までラトガース大学で心理学教授と研究所長を務め、1972年(昭和47年)にはペンシルベニア大学へ移りました。
1979年(昭和54年)からは同大学の名誉教授となります。
研究者としての功績は高く評価され、1967年(昭和42年)にはアメリカ心理学会(American Psychological Association/アメリカン・サイコロジカル・アソシエーション、略称APA)から、科学的研究への優れた貢献をたたえる賞も受けています。
そして1996年(平成8年)2月、88歳で生涯を閉じました。ペンシルベニア大学の公式追悼記事にも、その長い研究者としての経歴が記録されています。
ここまで人生を追ってみると、ソロモン・アッシュが単に「線の長さを比べる実験で有名になった人」ではなかったことが見えてきます。
文学や科学を学び、心理学へ進み、人類学にも関心を広げ、ゲシュタルト心理学から大きな影響を受けながら、「社会の中にいる人間は、周囲との関係の中でものごとをどう見て、考え、判断するのか」を探究していった心理学者でした。
では、そんなアッシュは実際に、どのような方法で人間の心を調べたのでしょうか。
次は有名な「同調実験」へ進む前に、アッシュが取り組んだもう一つの重要な研究も含めて、「ソロモン・アッシュは何を研究した心理学者だったのか」を見ていきましょう。
5.ソロモン・アッシュは何を研究した心理学者だったの?
ここまで見てきたように、ソロモン・アッシュは「同調実験だけをした心理学者」ではありません。
アッシュが大きく関心を持っていたのは、人が社会の中で、ほかの人や周囲の状況をどのように理解し、判断するのかという問題でした。
そのことがよく分かる研究が、有名な同調実験より少し前に行われています。
1946年(昭和21年)、アッシュは、人が相手についての情報から「この人はこんな人だ」と人物像を作っていく印象形成について研究しました。
研究の題名は Forming Impressions of Personality(フォーミング・インプレッションズ・オブ・パーソナリティ=「人物の性格についての印象が形づくられる過程」)です。

方法は、とても分かりやすいものでした。
参加者を別々のグループに分け、ある人物について、
「知的である」
「技能がある」
「勤勉である」
「決断力がある」
「実際的である」
「慎重である」
といった特徴を聞かせます。
ただし、一か所だけ違います。
一方のグループには、
warm(ウォーム=人柄が「温かい」)
もう一方には、
cold(コールド=人柄が「冷たい」)
という特徴が加えられていました。
その後、参加者に「どんな人物だと思うか」を文章で書いてもらい、さらに「寛大」「社交的」などの特徴が当てはまるかを選んでもらいました。
すると、ほかの主な特徴は同じなのに、「温かい」と聞いた場合と「冷たい」と聞いた場合では、出来上がる人物像に大きな違いが現れました。
たとえば「寛大だ」と判断した割合は、「温かい」条件では91%、「冷たい」条件では8%でした。
しかし、ここで覚えておきたいのは、
「温かい」という一語に、いつでも人の印象を決める特別な力があるということではありません。
アッシュが研究から重視したのは、もっと興味深いことでした。
人は相手の特徴を一個ずつ別々に見て、それを単純に足し算して人物像を作るとは限らない。ある特徴が中心となり、ほかの特徴の意味まで変えながら、一つのまとまった人物像を作ることがある。
アッシュは、全体の印象に大きな役割を持つ特徴をcentral traits(セントラル・トレイツ=中心的な特徴)、影響が比較的小さいものをperipheral traits(ペリフェラル・トレイツ=周辺的な特徴)として考えました。さらに、何が中心的になるかも、ほかの特徴との組み合わせによって変わりうることを実験で確かめています。
ここには、第4章で紹介したアッシュの考え方がよく表れています。
人を見るときも、一つの情報だけを切り離すのではなく、「その情報が全体の中でどんな意味を持っているのか」を見る。
そして1950年代になると、アッシュの問いはもう一歩先へ進みます。
今度は、
「ほかの人たちの存在そのものが、自分自身の判断を変えることはあるのだろうか?」
という問題です。
そこから、現在もっとも有名な研究へとつながっていきました。
6.なぜ「線の長さ」を比べた?アッシュの有名な『同調実験』
アッシュの実験を理解するとき、結果より先に知っておきたいことがあります。
なぜアッシュは、わざわざ「線の長さを比べる」という簡単な問題を選んだのでしょうか。
ここに、この研究の面白さがあります。
それ以前にも、人が集団や権威の意見に影響されることを調べる研究はありました。
しかし、そこで扱われるのは「どちらが美しいか」「どちらの文章が優れているか」といった、正解がはっきりしない問題も少なくありませんでした。
アッシュは、そうした研究結果だけから「人は簡単に周囲へ従う」と考えることに慎重でした。
そこで、
「正解がかなりはっきり分かる問題でも、全員一致した周囲の意見は人の判断を変えるのか?」
を調べようとしたのです。

あなたも実験に参加したつもりで想像してみてください。
目の前に2枚のカードがあります。
1枚には、基準となる1本の縦線。
もう1枚には、長さの違う3本の縦線。
課題は、
「3本のうち、基準の線と同じ長さなのはどれですか?」
と答えるだけです。
とても簡単な問題で、集団からの圧力がない通常の条件では、誤答は1%未満でした。
ところが、本当の実験はここからです。
参加者は、7〜9人ほどの男子大学生と一緒に、線の長さを判断します。
しかし、実際に研究対象となる本当の参加者はその中の一人。
ほかの人たちは実験協力者で、あらかじめ決められた場面では、全員そろって同じ間違った答えを言うよう指示されていました。
1回の実験では、線の長さを判断する試行が全部で18回あり、そのうち12回で実験協力者たちが意図的に誤答しました。残りの試行では正しく答えます。
実験協力者が毎回答えを間違えなかったのには理由があります。
アッシュ本人の1955年(昭和30年)の説明によると、本当の参加者に「みんながわざと自分をだましているのでは?」と疑われる可能性を減らすため、ときどき正しい答えも混ぜていました。
最初の2回は、全員が普通に正しい答えを言います。
ところが3回目。
自分の目には明らかに「2番」が正解に見えるのに、
前の人が、
「1番です」
次の人も、
「1番です」
その次の人も、
「1番です」
と、全員が同じ間違った答えを言い始めます。アッシュの報告でも、最初の2試行では全員が正答し、3試行目に初めて全員一致した多数派と本当の参加者の判断が食い違うように設計されていました。
※ここでの「1番」「2番」は、状況を想像しやすくするための例です。
そして、自分の番が回ってきます。
自分の目で見た答えと、全員一致した周囲の答えが食い違う。
本当の参加者は、ほかの人たちが実験協力者だとは知りません。
アッシュが調べたかったのは、まさにこの状況で、人は自分の目で確かめた判断を保つのか、それとも全員一致した周囲の答えに合わせるのかということでした。
1955年(昭和30年)のアッシュ自身の報告では、この条件に置かれた参加者は合計123人でした。通常なら線の判断を間違える割合は1%未満でしたが、全員一致した多数派と対立する状況では、結果が大きく変化していきます。
そして結果は、とても興味深いものでした。
通常なら誤答が1%未満の課題で、全員一致した多数派が誤答する条件では、重要な試行における回答の36.8%が、多数派と同じ誤答になりました。
この36.8%という数字は、正確には、
「参加者の36.8%」ではなく、多数派が意図的に誤答した重要な試行で生じた回答全体のうち、36.8%が多数派と同じ誤答になった
という意味です。
一方で、参加者の約4分の1は、重要な試行で一度も誤った多数派に合わせませんでした。
つまり、この研究から確認できることは、
全員一致した多数派は、人の判断に大きな影響を与えることがある。しかし、その影響は誰にでも同じように現れるわけではなく、周囲と違っても独立した判断を続けた人もいた
ということです。
アッシュの研究を「人間は簡単に流されることを示した実験」だけで終わらせると、大切な部分を見落としてしまいます。
アッシュはそこで研究を終えず、「どのような状況なら、人は集団の中でも自分の判断を保てるのか」という問題についても調べていきました。
では、同調する場合と、自分の判断を保つ場合。その違いを生み出すものは何だったのでしょうか。
アッシュは、多数派の人数や「全員一致」の状態など、実験の条件を少しずつ変えながら、その答えを探っていきます。
7.アッシュの実験から何が見えてきた?
アッシュの実験を詳しく見ると、もう一つ面白いことが分かります。
集団の影響は、単純に「人数が多ければ多いほど、どこまでも強くなる」ものではありませんでした。

まずアッシュは、自分と違う答えを言う人数を変えてみました。
相手が1人のとき、多数派側への誤答率は3.6%。
2人になると13.6%。
3人になると31.8%まで上昇しました。
しかし、4人、6人、7人……とさらに人数を増やしても、影響は同じ勢いで大きくなり続けませんでした。
つまり、この実験では、
人数は確かに重要でしたが、「ある程度を超えれば人数を増やすほど影響が強くなる」という単純な関係ではなかった
のです。
さらにアッシュが注目したのが、
全員が同じ答えを言っているかどうか
でした。
多数派の中に一人だけ、本当の参加者と同じ正答を言う人を加えると、多数派に合わせる誤答の頻度は、全員一致した場合のおよそ4分の1まで下がりました。
ここまでは、
「自分と同じ答えを言う味方がいたから安心したのかな?」
とも考えられます。
そこでアッシュは、さらに条件を変えます。
今度は、多数派とは違う答えを言うものの、本当の参加者とも同じ答えではない人物を入れました。
すると、その人物の答え方によって程度には違いがありましたが、全員一致した多数派の影響は弱まりました。
特に、多数派とも本当の参加者とも異なる、かなり大きく外れた誤答をする人物がいた条件では、参加者の誤答率は9%まで下がっています。
ここで研究から確認できる重要な点は、多数派の人数が少ない場合や、とくに多数派の「全員一致」が崩れた場合に、本当の参加者が自分の判断を保ちやすくなったということです。
つまり、「自分と同じ意見の味方がいること」だけでなく、「多数派が完全な全員一致ではないこと」も、独立した判断に関係していたのです。
もちろん、この数字をそのまま学校の教室、会社の会議、SNSなどへ当てはめることはできません。
この研究は、特定の大学生が、実験室で線の長さを判断するという条件で行われたものです。
それでもアッシュの実験は、
「何人いるのか」だけでなく、「全員が同じことを言っているのか」という集団の形そのものが、人の判断と関係する
ことを示しました。
そしてアッシュ本人も、この結果から悲観的すぎる結論を出すことには慎重でした。
1955年(昭和30年)の解説の最後では、人が独立して判断する力も過小評価してはいけないという趣旨を述べています。
人は周囲に影響されることがあります。
その一方で、周囲と違っても自分の判断を保つこともあります。
アッシュが追いかけていたのは、その両方を生み出す「状況の違い」だったのです。
そして、その中でも特に印象的なのが、
「たった一人、みんなと違う声がある」
という状況でした。
次は少し視点を変えて、アッシュの研究から見えてくる「たった一人の違う声」について、もう少し考えてみましょう。
8.おまけコラム
同じ言葉でも「誰が言ったか」で意味が変わる?
ここまで、ソロモン・アッシュの有名な同調研究を見てきました。
ここで少し一息ついて、「同調実験とは別のアッシュの顔」を見てみましょう。
アッシュは、こんな興味深い問題についても考えていました。
同じ言葉を聞いても、「誰が言った言葉なのか」によって、その言葉の意味まで違って感じられることはあるのでしょうか。

1948年(昭和23年)、アッシュは
The Doctrine of Suggestion, Prestige and Imitation in Social Psychology(ザ・ドクトリン・オブ・サジェスチョン、プレスティージ・アンド・イミテーション・イン・ソーシャル・サイコロジー=「社会心理学における暗示・威信・模倣の考え方」)
という論文を発表しました。
ここで扱われたのが、当時研究されていたprestige(プレスティージ=威信・名声)による影響です。
それ以前の研究では、同じ政治的な文章でも、「誰の発言なのか」という情報を変えると、人々の賛成・反対の評価が変化することが報告されていました。
その例として登場するのが、アメリカの政治家トーマス・ジェファーソン(Thomas Jefferson/トーマス・ジェファーソン)と、ロシア革命の指導者ウラジーミル・レーニン(Vladimir Lenin/ウラジーミル・レーニン)です。
以前の研究では、反乱について述べた同じ文章でも、ジェファーソンの言葉とされた場合と、レーニンの言葉とされた場合で、評価に違いが生まれていました。
ここでアッシュが注目したのは、
「有名な人の名前に、ただ流されたのだろうか?」という点ではありませんでした。
アッシュは、もっと別の可能性を考えました。
「誰が言ったのか」という情報が変わることで、その文章そのものを、参加者が違う意味として理解したのではないか。
という考えです。
そこでアッシュは、意味を複数に受け取れる文章を使い、「その文章をどのような意味だと理解したのか」を参加者自身に説明してもらいました。
すると、同じ「反乱」という趣旨を含む文章でも、ジェファーソンの発言とされた場合には政治的な変化として、レーニンの発言とされた場合にはより暴力的な革命として受け取られるなど、発言者についての情報によって文章の意味の理解そのものが変化する例が確認されました。
この研究から確認できたのは、「誰が言ったのか」という情報が加わることで、同じ文章でも、その意味の受け取り方が変わる場合があったということです。
アッシュはこの結果を、単に「有名な人や権威のある人の意見だから評価を変えた」と考えるのではなく、発言者についての情報によって、参加者が文章そのものを異なる意味として理解した可能性を示すものと考えました。
噛み砕いて考えてみましょう。
たとえば、
「今の仕組みを変える必要があります」
という同じ言葉があったとします。
穏やかな改革を進めている人の言葉だと聞けば、
「少しずつ制度を改善していこう」
という意味に感じるかもしれません。
一方、急激な変革を訴えている人の言葉だと聞けば、
「今ある仕組みを大きく作り替えよう」
という意味に感じるかもしれません。
※これはアッシュの考え方を身近に理解するための例です。
文字だけを見れば同じでも、「誰が、どのような背景で言ったのか」という情報が加わると、私たちは必ずしも同じ意味として受け取るとは限らないのです。
ここに、ソロモン・アッシュという心理学者らしい面白さがあります。
アッシュは、
「人は権威に弱い」
と単純に決めつけるよりも、
「その人には、いったい何が見え、どのような意味として理解されていたのだろう?」
と考えようとしました。
実際、1948年(昭和23年)の論文でもアッシュは、それまで「暗示」や「威信」の作用だと説明されてきた研究を、むしろ人が社会的な情報を使って意味を理解していく過程として捉え直しています。
これは、第4章で紹介したゲシュタルト心理学や、第5章の印象形成研究とも響き合う考え方です。
一つの言葉だけ。
一つの特徴だけ。
一人の人間だけ。
それらをバラバラに見るのではなく、周囲との関係や文脈の中で、全体としてどのような意味を持つのかを考える。
心理学史の研究者も、印象形成、威信に関する研究、そして同調研究には、人間の判断を「与えられた情報全体をまとめて意味づける働き」として見る共通したアッシュの考え方が表れていると整理しています。
有名な「線の実験」だけを見ていると、アッシュは「人が周囲に流されることを研究した心理学者」に見えるかもしれません。
しかし別の研究までのぞいてみると、
「人は、社会の中で出会う情報をどのように理解し、意味のあるものとして受け取っているのか」
という、もっと大きな問いを追いかけていた人物だったことが見えてきます。
同じ言葉なのに、誰が言ったかで違って聞こえる。
そんな何気ない心の動きにも、アッシュは「なぜだろう?」と目を向けていたのです。
「何人が言っているのか」だけでなく、「誰が言っているのか」も、人の判断に関係するのでしょうか。

この疑問についても、アッシュの線の実験とは別の研究で調べられています。
2023年(令和5年)の健康情報を使った実験では、SNSを模した画面で、ある健康上の主張について5件の非専門家の投稿と、それとは反対の3件の「医療の専門家」として示された投稿が提示されました。
人数だけを見ると、専門家側は少数です。
しかし参加者の最終的な評価は平均すると、人数の多い非専門家側よりも、人数の少ない専門家側を支持する方向になりました。
つまりこの実験では、「何人が言っているか」だけでなく、「その情報を誰が発信していると認識したか」も判断に関係していました。
また、2002年(平成14年)の別の研究では、3人で問題を解く際に、それまでの成績から「誰がこの課題を最も得意としているか」を知らせる実験が行われました。
すると、ある程度難しい問題では、参加者たちは成績のよかったメンバーの意見を、ほかのメンバーより重く扱う傾向を示しました。一方、簡単な問題では、同じような影響は確認されませんでした。
ここが面白いところです。
私たちはいつでも「専門家だから従う」わけではありません。
自分だけでは判断しにくい問題ほど、「この人は自分より詳しい」という情報が、その人の意見をどれくらい重く受け止めるかに関係する場合があるのです。
ただし、これらはアッシュの線の実験とは異なる研究です。
また、「自分も大多数もAだと思っているのに、一人の専門家だけがBと言ったら、自分もBへ変えるのか」という状況を、そのまま再現した結果ではありません。
研究から正確に言えるのは、人への影響は人数だけで決まるとは限らず、その人に専門性があると認識されているかや、判断する問題の難しさによっても変わる場合があるということです。
9.70年以上たった今、ソロモン・アッシュから何を学べる?
アッシュの研究を現代の私たちが考えるとき、大切なのは「人は必ず周囲に流される」と覚えることではありません。
研究から見えてくるのは、人の判断は周囲の状況によって変わることがあり、その影響の強さも条件によって変わるということです。
アッシュが有名な一連の実験を始めたのは、1951年(昭和26年)。
それから70年以上が過ぎました。スワースモア大学も、アッシュが1951年に後に有名となる実験を始めたことを記録しています。
もちろん、その後の社会も、私たちが情報を得る方法も大きく変わっています。
そして心理学でも、アッシュ以降、同調についてさまざまな研究が続けられてきました。
2024年(令和6年)には、2004年以降に発表された同調研究を整理した
systematic review(システマティック・レビュー=一定の基準で複数の研究を集め、整理して検討する研究方法)
が発表されました。
このレビューでは48本の研究が対象となり、同調がさまざまな状況で研究されている一方で、人がどの程度同調するのかは、状況や研究条件によって異なり、年齢・性別・文化などの影響についても一つの単純な結論にはまとまっていないことが整理されています。
そのため、1950年代のアッシュの実験で得られた数字を、
「現代の人も、同じ割合で周囲に流される」
と、そのまま日常生活へ当てはめることはできません。
アッシュの実験で得られた数字は、その実験で設定された条件の中で得られた結果として理解する必要があります。
それでも、アッシュが投げかけた問いは、令和8年の私たちの生活にもつながっています。
SNSで大勢の人が同じことを言っている。
口コミで、ほとんどの人が同じ商品を高く評価している。
会議で、自分より先に発言した人が全員同じ意見だった。
友人たちが、一人残らず同じ選択をしている。
そんなとき、私たちは自分の判断だけではなく、
「ほかの人はどう考えているのか」
という情報も見ながら決めています。
ここで大切なのは、周囲の意見を無視することではありません。
ほかの人の意見には、自分が持っていなかった情報が含まれていることがあります。
実際に商品を使った人だから分かることもあります。
その分野について詳しい人の知識を参考にしたほうがよい場面もあります。
第8章で見てきたように、社会から受ける影響を考えるときには、単に「何人が言っているのか」だけでなく、「誰が、どのような根拠をもとに言っているのか」**を見ることも大切です。
だからこそ、
「みんなの意見を聞くこと」と、「みんなが言っているという理由だけで決めること」は、分けて考えることができます。

たとえば会議なら、ほかの人の意見を聞く前に、自分が最初にどう考えたのかを短くメモしておく。
口コミを見るなら、「星4.8」という数字だけを見るのではなく、自分が必要としている条件について何と書かれているのかを確認する。
SNSで同じ情報が何度も流れてきたら、「何人が言っているのか」だけではなく、その情報はどこから始まったのか、元の資料や発表までたどれるかを確かめる。
そして、周囲の意見を聞いたあとで、自分の考えが変わったなら、
「なぜ変わったのだろう?」
と一度考えてみる。
新しい根拠を知ったからでしょうか。
自分の見落としに気づいたからでしょうか。
それとも、
「みんながそう言っているから」
ということが大きかったのでしょうか。
もちろん、これらはアッシュが実験によって効果を確かめた「正しい判断方法」ではありません。
アッシュの研究を、現代の日常生活について考えるためのヒントとして応用したものです。
周囲の意見を聞く。
必要なら考えを変える。
でも、自分でも見る。
自分でも確かめる。
そして、もう一度考える。
そんなとき、一つの問いが役に立つかもしれません。
「もし、まだ誰の意見も聞いていなかったら、自分はどう考えただろう?」
70年以上前の線の実験は、現代のSNSや会議そのものを研究したものではありません。
それでも、「周囲の意見を知ったとき、自分の判断はどう動くのだろう?」という問いは、今も私たち自身について考えるきっかけになります。
10.まとめ・考察
結局、ソロモン・アッシュとはどんな心理学者だったのか?
ここまで見てきたソロモン・アッシュを、一言で「同調実験をした心理学者」とだけ覚えてしまうと、その人物像の大切な部分が抜け落ちてしまいます。
アッシュは、人が社会の中でほかの人をどのように理解し、周囲の情報をどのように受け取り、そして自分の判断をどのように作っていくのかを研究した社会心理学者でした。
1946年(昭和21年)の印象形成の研究では、人が他人についてのいくつかの特徴を、ただバラバラに受け取るのではなく、それらの関係から一つの人物像を作っていく問題を調べました。
1948年(昭和23年)の「暗示・威信・模倣」に関する研究では、同じ言葉であっても、「誰が言ったのか」という情報によって、その言葉そのものの意味の受け取り方が変わる可能性に目を向けました。
そして1950年代の有名な実験では、今度は、自分の目で見た判断と、周囲の全員一致した判断が食い違ったとき、人はどうするのかを調べました。アッシュは1951年からこの一連の実験を進めています。
一見すると、これらは別々の研究に見えます。
人の印象。
言葉の受け取り方。
集団への同調。
しかし、ここまでの研究を並べてみると、アッシュが繰り返し目を向けていたものが見えてきます。
人は、一つの情報だけを孤立して受け取るのではなく、周囲の人や情報との「関係」の中で、意味を理解し、判断している。
そんな人間の心の姿です。

有名な線の実験でも、参加者の目の前に示された線の長さが、周囲の回答によって変わったわけではありません。
変わったのは、その線について、周囲の人たちが何と答えたのかでした。
すると、本当の参加者の判断にも変化が生じることがありました。
一方で、すべての参加者が多数派に合わせたわけではありません。
アッシュ自身の1955年(昭和30年)の報告では、全員一致した多数派の影響が確認される一方で、一度も多数派に合わせなかった参加者もいました。また、多数派の人数や全員一致の状態を変えることで、同調する程度が変化することも調べられています。
だからこそ、アッシュの研究を、
「人間は大勢に弱いことを証明した」という一言だけで終わらせるのは十分ではありません。
研究から見えてくるのは、
人は周囲から影響を受けることがある一方で、周囲と違っても独立して判断することもあり、そのどちらが現れやすいかは状況によって変わる
という、もっと複雑な人間の姿です。
そして、この点はアッシュ自身が研究の最後に述べた考えともつながっています。
1955年(昭和30年)の Opinions and Social Pressure(オピニオンズ・アンド・ソーシャル・プレッシャー=「意見と社会的圧力」)の終盤で、アッシュは、社会で人々がともに暮らすためには合意(consensus/コンセンサス)が必要だと考えています。
ただし、よりよい合意が生まれるためには、単に全員が周囲に合わせるのではなく、一人ひとりが自分の経験や考えを持って、独立して集団に参加することが大切だという趣旨を述べています。
そして、実験結果から悲観的な結論だけを導くのではなく、人間が持つ独立して判断する力も過小評価してはいけないとしています。
このアッシュの考えを、現代の私たちに引き寄せて考えるなら、「独立して考える」とは、いつでも多数派と反対のことを言うことではないでしょう。
ほかの人の話を聞く。
自分が知らなかった根拠があれば取り入れる。
自分が間違っていたと分かれば、考えを変える。
しかし同時に、
「みんながそう言っている」という理由だけで、自分が見たこと、考えたこと、確かめたことを手放さない。
アッシュの研究をたどると、そんな「社会の中で考える人間」の姿が見えてきます。
一人だけで考える人間でもありません。
何でも集団に合わせる人間でもありません。
周囲から影響を受けながら、それでも自分で理解し、判断しようとする人間。
ソロモン・アッシュが研究していたのは、そんな私たちの心だったのではないでしょうか。
目の前に示された線の長さが、周囲の回答によって変わったわけではありません。
変わったのは、その線について、周囲の人々が何と言ったかでした。
そして、その状況の中でも、自分の目で見た答えを言い続けた人がいました。
「みんなはそう言っている。では、あなた自身にはどう見えていますか?」
アッシュが残した研究を知ったあとでは、この問いが少し違って聞こえてくるかもしれません。
ここまででソロモン・アッシュという人物に興味が湧いたなら、次は彼の研究につながる心理学を、もう少し先までのぞいてみましょう。
11.さらに学びたい人へ
おすすめの本
ここまで読んで、
「同調についてもっと知りたい」
「社会心理学そのものにも興味が出てきた」
と思った方へ、読みやすさの違う3冊を紹介します。
小学生・心理学を初めて読む人に
『Newton博士ずかん 友だちづきあいの心理学』心理学者の横田正夫さんが監修
今回の記事との相性が特に良いのは、
「少数派は悪者?」
「みんなが支持する話題は“まちがいない”?」
「まわりの意見に合わせてしまう…」
といったテーマまで扱われているところです。
難しい専門書へ進む前に、
「心理学って、身近なことをこんなふうに考える学問なんだ」
と楽しみながら知る入口になります。
中級者・アッシュの研究からさらに深く進みたい人に
『集団はなぜ残酷にまた慈悲深くなるのか――理不尽な服従と自発的人助けの心理学』社会心理学者の釘原直樹さん
「同調行動はなぜ起きるのか」「現代日本人の同調にはどのような特徴があるのか」といったテーマを実際に扱っています。
アッシュの研究を読んで、
「1950年代のアメリカで行われた研究から、その後の同調研究はどう発展したの?」
「日本で調べるとどうなるの?」
と疑問を持った人には、次の一冊として特に相性がよいでしょう。
同調や服従という集団の暗い面だけでなく、災害などで人々が助け合う面にも目を向けており、集団には「人を悪い方向へ動かす力」だけがあるわけではないことまで考えられる一冊です。
大人が今回の記事からさらに世界を広げるなら
『私たちは同調する――「自分らしさ」と集団は、いかに影響し合うのか』ジェイ・ヴァン・バヴェル(Jay Van Bavel/ジェイ・ヴァン・バヴェル)と、ドミニク・J・パッカー(Dominic J. Packer/ドミニク・J・パッカー)が著し、渡邊真里さんが日本語に翻訳。
identity(アイデンティティ=「自分は何者なのか」という自己認識)と集団との関係を、現代の社会心理学から考えていきます。
今回の記事で見てきた、
「人は集団に合わせることもあれば、そこから離れて自分の判断を示すこともある」
という問題を、さらに現代社会へ広げて考えたい人に向いています。
448ページと読み応えがあるため、小学生向けというより、高校生以上や大人がじっくり読みたい一冊です。
迷ったら、
小学生・初学者
→『Newton博士ずかん 友だちづきあいの心理学』
同調そのものをさらに深く知りたい
→『集団はなぜ残酷にまた慈悲深くなるのか』
集団と「自分らしさ」まで広げて考えたい
→『私たちは同調する』
という選び方がおすすめです。
ソロモン・アッシュの研究を知ると、一つの実験から、また新しい疑問が生まれてきます。
「どうして人は合わせるの?」から始まり、「では、人はどんなときに自分で考えられるの?」へ。
その疑問が次の本へつながっていくところも、心理学を学ぶ面白さの一つです。
12.疑問が解決した物語
「アッシュって、そういう人だったんだ」
記事を最後まで読み終えたユウタさんは、最初にソロモン・アッシュの名前を見つけたときのことを思い出していました。
はじめは、
「線の長さを比べる実験をした人」
くらいにしか思っていませんでした。
そして、
「人はみんなに流されてしまうことを示した心理学者なのかな?」
とも考えていました。
けれど、アッシュの人生や研究を知っていくうちに、その印象は少しずつ変わっていきました。
アッシュは、人が周囲に合わせてしまう場面だけを見ていたわけではありません。
人は、ほかの人をどのように理解するのか。
集団の中で、周囲の意見は自分の判断にどのような影響を与えるのか。
そして、周りのみんなと違っていても、人はどのような状況なら自分の判断を保つことができるのか。
そこまで考えながら研究していた心理学者だったのです。
ユウタさんは、あの線の実験についても、最初とは違う見方をするようになりました。
「線の長さを比べるだけの実験なのに、どうしてこんなに有名なんだろう?」
という最初の疑問にも、今なら答えられます。
答えが分かりにくい難問ではなく、一人ならほとんど迷わないほど簡単な問題を使ったからこそ、“自分の目”と“みんなの答え”がぶつかったときの人間の迷いが、はっきり見えたのです。
そして、もう一つ印象に残ったことがありました。
多数派の中に一人でも違う声があると、参加者の判断が変化したことです。
ユウタさんは思いました。
「大切なのは、何でもみんなと反対にすることじゃないんだ」
「みんなの意見を聞いたうえで、自分でも一度考えてみることなんだな」
それからユウタさんは、何かを決めるときに、小さな習慣を一つ持つことにしました。
友達の意見を聞く前。
口コミを見る前。
SNSでたくさんの人の意見を読む前。
できるときには、ほんの少しだけ、
「自分はどう思う?」
と考えてみることです。
もちろん、人の意見を無視するわけではありません。
自分が間違っていることもあります。
知らなかった情報を、ほかの人から教えてもらうこともあります。
だから、
「自分だけを信じる」のでもなく、「みんなだけを信じる」のでもない。
人の意見を聞き、自分でも確かめ、必要なら考えを変える。
ユウタさんは、それがアッシュの研究から自分なりに持ち帰れることなのかもしれないと思いました。
数日前まで、
「ソロモン・アッシュって、いったい何者なんだろう?」
と思っていた名前。
今では、
「人が周囲に合わせる力と、それでも自分で判断しようとする力の両方を見つめた心理学者」
として、少し身近に感じられます。

そしてユウタさんの中には、新しい疑問も生まれていました。
「もし自分が多数派の側にいたら、違う意見の人が話しやすい空気を作れるだろうか?」
アッシュの研究を知ることは、ただ「人に流されないように気をつけよう」と学ぶことだけではないのかもしれません。
自分が少数派のときには、自分の考えを一度確かめる。
自分が多数派のときには、まだ声を出していない人の考えにも少し余白を残す。
そんなふうに、集団の中にいる自分自身を見直すきっかけにもなります。
あなたが次に、
「みんなはそう言っているけれど、自分はどう思うんだろう?」
と感じる場面に出会ったら、どうしますか?
そして反対に、自分の周りのみんなが同じ意見だったとき、
「本当に全員、同じように考えているのかな?」
と、一度だけ立ち止まって考えてみることはできるでしょうか。
ソロモン・アッシュが残した問いは、実験室の中だけでは終わりません。
その答えの続きを考えるのは、もしかすると、今を生きている私たちなのかもしれません。
13.文章の締めとして

ソロモン・アッシュという名前を知ったとき、最初は「同調実験をした心理学者」という印象だったかもしれません。
けれど、その人生や研究をたどっていくと、彼が見つめていたのは、もっと広く、もっと身近な人間の姿だったことが見えてきます。
人は、周囲の声に影響されます。
それでも、自分で見て、自分で考えようとする力も持っています。
そして、ときには、たった一人の違う声が「みんな同じ」という空気に小さな変化を生むこともあります。
心理学を知る面白さは、研究結果や言葉を覚えることだけではありません。
何十年も前に行われた一つの研究が、
「自分だったらどうするだろう?」
「今の自分は、本当に自分で考えているだろうか?」
と、今日を生きる私たち自身へ問いを返してくるところにもあるのではないでしょうか。
もしこれから、周囲と自分の考えが違う場面に出会ったら、ソロモン・アッシュという心理学者と、あの線の実験を少しだけ思い出してみてください。
そして、周りの意見も大切にしながら、自分の目でもう一度確かめ、自分なりに考えてみてください。
この記事が、ソロモン・アッシュという人物だけでなく、心理学そのものを「もう少し知ってみたい」と感じる小さなきっかけになれば幸いです。

補足注意
この記事は、ソロモン・アッシュの人物像や研究について、著者が個人で確認できる範囲で、研究論文や大学などの信頼できる資料を参考にしながら、できるだけ正確で分かりやすくまとめたものです。
ただし、心理学では一つの研究だけですべてを説明できるとは限らず、研究方法や時代、文化、置かれた状況などによって、異なる結果や解釈が示されることもあります。
そのため、この記事で紹介した内容が、ソロモン・アッシュや「同調」という心理現象についての唯一の答えというわけではありません。
また、心理学の研究は現在も続いています。これから新しい研究が積み重なることで、これまでの考え方がより詳しく分かったり、新しい見方が加わったりする可能性もあります。
🧭 本記事のスタンス
この記事は、「これが唯一の正解」と決めるためのものではなく、ソロモン・アッシュという人物や心理学に興味を持ち、読者自身がさらに考え、調べていくための入り口として書いています。
一つの研究や一つの説明だけで結論を急がず、さまざまな研究や立場からの視点も、ぜひ大切にしてみてください。
このブログでソロモン・アッシュの問いに心が少しでも「同調」したなら、そこで答えに合わせて終わらず、今度はあなた自身の好奇心で一歩「独立」してみてください。一本の線から始まった疑問の先には、もっと深く、もっと面白い心理学の世界が続いています。より深い文献や資料へとたどってみてください。
最後まで読んでいただき、
本当にありがとうございました。
ソロモン・アッシュの研究は、みんなの声を聞くことと同じくらい、自分の目で見て、自分の頭で考えることの大切さを教えてくれているのかもしれません。


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