「もし、あのとき別の選択をしていたら?」――私たちが何気なく使う「ありえた」という言葉を、デイヴィッド・ルイスはどこまでも問い続けました。可能世界を本当に存在する世界として考えた様相実在論とは何なのか。生涯や思想の歩みから、反事実、対応者理論、現実世界の考え方、そしてルイスが今も重要な理由まで、初めて読む人にもわかる言葉でたどります。
「ありえた」は、どこまで本当なのか――可能世界を最後まで問い抜いた哲学者

代表例
可能世界を調べていたら、何度も出てくる「デイヴィッド・ルイス」って誰?
哲学の「可能世界」について調べていると、何度も同じ哲学者の名前を目にすることがあります。
デイヴィッド・ルイス

「可能世界とは何かを知りたいだけなのに、どうしてこの人の名前が何度も出てくるのだろう?」
「可能世界を考えるうえで、それほど重要な人物なの?」
「いったい何を考えた哲学者なのだろう?」
そんな疑問を持って、この人物について調べ始める人は少なくないでしょう。
この記事では、可能世界そのものの説明を中心にするのではなく、デイヴィッド・ルイスとはどのような人物で、なぜ可能世界を考えるうえで重要なのかを追っていきます。
5秒でわかる結論――デイヴィッド・ルイスとは?

デイヴィッド・ルイス〔1941(昭和16)年―2001(平成13)年〕は、「現実とは違うけれど、そうなることもありえた世界のあり方」である可能世界を、具体的に存在するものとして考え、その考えを使って「可能」「必然」「もし〜だったら」などを深く説明しようとした、20世紀アメリカの重要な哲学者です。
小学生にもわかるように言うと?
デイヴィッド・ルイスは、
「“もし別のことが起きていたら”って、本当はどういう意味なんだろう?」
というような疑問を、とことん考えた哲学者です。

多くの人なら「もしもの話だよね」で終わるところを、
「その“もしもの世界”って何?」
「どうして“できたかもしれない”と言えるの?」
と、さらに深く考えました。
つまり、みんなが何気なく使っている「ありえた」「できたかもしれない」という言葉を、本気で最後まで考え抜いた人だと考えるとわかりやすいでしょう。
- 代表例
- 5秒でわかる結論――デイヴィッド・ルイスとは?
- 小学生にもわかるように言うと?
- 第1章 こんなこと、不思議に思いませんか?
- 第2章 疑問の生まれた物語
- 第3章 すぐにわかる結論
- 第4章 『デイヴィッド・ルイス』とは
- 第5章 最初から「可能世界」の哲学者だったわけではない
- 第6章 そもそも『可能世界』とは?
- 第7章 ルイスが出した驚きの答え
- 第8章 なぜ、そんな大胆な世界を認めたのか?
- 第9章 「現実世界」だけが特別なの?
- 第10章 「別世界のあなた」は、本当にあなた?
- 第11章 「もし〜だったら」をどう考える?
- 第12章 1986年――『On the Plurality of Worlds』
- 第13章 ルイスは正しかったの?
- 第14章 可能世界だけではない――ルイスの哲学
- 第15章 なぜデイヴィッド・ルイスは重要なのか?
- 第16章 よくある誤解
- 第17章 おまけコラム
- 第18章 まとめ・考察
- 第19章 疑問が解決した物語
- 第20章 文章の締めとして
第1章 こんなこと、不思議に思いませんか?
なぜルイスを調べることになるの?
可能世界について調べていると、
「ライプニッツ」
「クリプキ」
「様相論理」
そして、
「デイヴィッド・ルイス」
という名前が出てきます。
そこで、
「この人は可能世界を発明した人なの?」
「どうしてそんなに重要なの?」
「なぜ現代哲学で何度も名前が出てくるの?」
と疑問を持つかもしれません。
大切なのは、ルイスは可能世界そのものを最初に考えた人物ではないということです。
可能世界という考えには、ルイス以前から長い哲学の歴史があります。
それでもルイスが重要なのは、「可能世界とは、結局何なのか」という問いに、とても徹底した答えを出したからです。
さらにルイスは、可能世界だけを考えていた哲学者でもありません。
「何が可能なのか」
「何が必然なのか」
「もし別の出来事が起きていたらどうなっていたのか」
「原因とは何なのか」
「別の可能性における“自分”とは何なのか」
といった、さまざまな哲学の問題を考えました。
この記事では、ルイスの生涯を年表のように並べるのではなく、どんな疑問を持ち、どんな考えを出し、なぜ可能世界の哲学で重要な人物になったのかを順番にたどっていきます。
「名前は見たことがあるけれど、何をした人なのかわからない」
そんな人でも、読み終えたときには、
「なるほど。だから可能世界を調べるとルイスが出てくるのか」
とわかることを目指します。
第2章 疑問の生まれた物語
「このデイヴィッド・ルイスって、誰?」
ある日、ソウタさんは哲学の「可能世界」について調べていました。
きっかけは、
「もし、あのとき別の進路を選んでいたら、今とは違う人生だったのかな」
と考えたことでした。
「別の人生もありえた」というのは、哲学ではどう考えるのだろう。
そう思って調べていくうちに、「可能世界」という言葉を知りました。
さらに読み進めていくと、何度も同じ名前が出てきます。
David Lewis(デイヴィッド・ルイス)
「またこの人だ」
最初は、それくらいにしか思いませんでした。

ところが、少し調べると、ルイスは可能世界について非常に大胆な考えを出した哲学者だとわかってきます。
しかも、可能世界だけではなく、反事実、因果、心、言語、知識など、多くの哲学の分野で名前が出てきます。
ソウタさんは、だんだん別のことが気になってきました。
「この人は、いったい何を考えて、どうしてこんなに重要な哲学者になったんだろう?」
可能世界の説明だけを読んでいても、その答えまではよくわかりません。
「結論だけじゃなくて、この人そのものを知ってみたい」
そう思ったソウタさんは、デイヴィッド・ルイスについて調べ始めました。
第3章 すぐにわかる結論
デイヴィッド・ルイスは何をした哲学者?
デイヴィッド・ケロッグ・ルイスは、1941(昭和16)年にアメリカ・オハイオ州オーバリンで生まれ、2001(平成13)年に亡くなったアメリカの哲学者です。
20世紀後半のanalytic philosophy(アナリティック・フィロソフィー/分析哲学)、とくに「世界には何が存在し、どのような仕組みで成り立っているのか」を考える形而上学で、大きな影響を与えました。
ルイスが可能世界について重要なのは、「可能世界とは何なのか」という問いに、非常に徹底した答えを出したことです。
彼は、可能世界を単なる言い換えとして使うだけではなく、私たちの世界とは別の可能世界も、それぞれ具体的に存在すると考える立場を本格的に擁護しました。
この考えは、modal realism(モーダル・リアリズム/様相実在論)と呼ばれます。
そしてルイスは、この考えを使いながら、
「何が可能なのか」
「何が必然なのか」
「もし別の出来事が起こっていたら、どうなっていたのか」
「原因とは何なのか」
といった問題を、互いにつながった哲学の中で説明しようとしました。
その代表的な著作が、1986(昭和61)年に刊行された On the Plurality of Worlds(オン・ザ・プルラリティ・オブ・ワールズ/「世界の複数性について」)です。

ルイスの重要性は、「たくさんの世界がある」と言ったことだけではありません。
むしろ大切なのは、私たちが何気なく使っている「できたかもしれない」「必ずそうなる」「もし〜だったら」という言葉を、できるだけ深く、まとまりのある形で説明しようとしたことです。
では、デイヴィッド・ルイスはどのような環境で育ち、どんな問題を考えるなかで、こうした哲学へ進んでいったのでしょうか。
ここからは、彼の生涯と考えの歩みをたどりながら、「可能世界を実在すると考えた」という結論だけでは見えてこない、ルイスという哲学者そのものを見ていきます。
第4章 『デイヴィッド・ルイス』とは
哲学者になるまで
正式な名前は、David Kellogg Lewis(デイヴィッド・ケロッグ・ルイス)。
1941(昭和16)年9月28日、アメリカ・オハイオ州オーバリンに生まれ、2001(平成13)年10月14日に60歳で亡くなりました。
後には「可能世界」の哲学で世界的に知られることになるルイスですが、若いころから可能世界だけを考えていたわけではありません。
むしろ、その歩みをたどると、
最初から答えを持っていた哲学者ではなく、さまざまな問題に出会うなかで、自分の問い方を少しずつ深めていった哲学者
だったことが見えてきます。
ルイスは、学問に携わる両親のもとで育ち、スワースモア大学では哲学だけでなく、化学も学んでいました。
後にルイスは、「何が存在するのか」「世界はどのような仕組みで成り立っているのか」「可能であるとはどういうことか」といった、目で直接確かめにくい根本的な問題を深く考えるmetaphysics(メタフィジックス/形而上学)で知られるようになります。
ルイスは後に、可能世界や因果、自然法則などについて非常に理論的で抽象度の高い議論を展開したため、最初から哲学一筋だったように思えるかもしれません。
しかし実際には、若いルイスは自然科学にも触れながら大学生活を送っていました。プリンストン大学の人物紹介にも、スワースモア大学で哲学とともに化学を学んでいたことが記録されています。
そのルイスに、大きな進路の変化が起こります。
大学時代にオックスフォードへ留学した一年を通して、ルイスの哲学への関心が強くなったのです。

イギリスでは、J・L・オースティン〔John Langshaw Austin(ジョン・ラングショー・オースティン)、1911(明治44)年―1960(昭和35)年〕の最後の連続講義を聴きました。
オースティンは、私たちが普段使っている言葉を細かく調べながら、「その言葉を実際にはどのように使っているのか」から哲学上の問題を考えた人物として知られています。
さらにルイスは、哲学者であり小説家でもあったアイリス・マードック〔Iris Murdoch、1919(大正8)年―1999(平成11)年〕から個人指導も受けました。
ここで注意したいのは、
「オースティンのこの考えを学んだから、後の様相実在論が生まれた」
「マードックからこの思想を教わったから、可能世界を考えた」
とまでは、信頼できる資料から確認できないことです。
確認できる重要な変化は、もっとはっきりしています。
オックスフォードでの一年によって哲学への関心を刺激されたルイスは、アメリカへ戻ると、スワースモア大学で哲学を専攻するようになったのです。
つまり、この時期に起きた大切なことは、有名な哲学者に会ったという経歴そのものではありません。
化学にも取り組んでいた一人の学生が、
「哲学を本格的に研究する」という進路を選ぶほど、哲学の問題に引きつけられたこと
です。
ここが、後のデイヴィッド・ルイスへつながる最初の大きな変化でした。
その後、ルイスはハーバード大学大学院へ進みます。
そこで博士論文を指導したのが、W・V・O・クワイン〔Willard Van Orman Quine(ウィラード・ヴァン・オーマン・クワイン)、1908(明治41)年―2000(平成12)年〕です。
クワインは、論理、言語、知識、そしてontology(オントロジー/存在論)――「何が存在するのか」を考える哲学に大きな影響を与えた20世紀アメリカの哲学者でした。
ここには、後のルイスを理解するときに興味深い点があります。
ルイスは後に、
「可能であるとは何なのか」
「可能世界とは何なのか」
「それを説明するために、私たちは何の存在を認める必要があるのか」
というところまで問いを進めていきます。
そのため、存在について厳しく考えたクワインのもとで研究したという経歴は、後のルイスを見る私たちにとって非常に興味深いものです。
ただし、
「クワインの考えをそのまま受け継いだから、ルイスは可能世界を実在すると考えた」ということではありません。
むしろ、ここがおもしろいところです。
クワインは様相や様相論理に対して強い警戒を示した哲学者でしたが、ルイスは後に「可能」「必然」といった様相を哲学の中心的な問題として扱い、具体的な可能世界を認めるという非常に大胆な方向へ進みます。
ここでいう様相(モダリティ/modality)とは、物事が「実際にどうであるか」だけでなく、「どうでありうるか」「どうでなければならないか」というあり方を表す考えです。
その代表が、「可能」=そうなることがありうること、「必然」=そうでなければならないことです。
そしてmodal logic(モーダル・ロジック/様相論理)とは、「可能」「必然」といった言葉を、論理学の方法で正確に扱おうとする分野です。
師と同じ答えを守ったのではなく、厳密に問い続ける姿勢を持ちながら、自分自身の答えを組み立てていったと見るほうが、ルイスの歩みを理解しやすいでしょう。
ただし、この一文も「クワインからその姿勢を直接受け継いだ」と証明するものではありません。
ここで言えるのは、ルイスがクワインの指導下という哲学的環境で博士研究を行いながら、その後はクワインとは大きく異なる独自の哲学を築いたということです。
そして、この博士研究は、ルイスにとって最初の大きな成果へつながります。
ルイスが博士論文で取り組んだのは、「可能世界」ではなく、人々のあいだでConvention(コンヴェンション/慣習)がどのように成り立つのかという問題でした。
簡単にいえば、誰かが毎回命令しなくても、なぜ人々の行動が一定の仕方にそろい、それが社会の中で慣習として続いていくのかを考えたのです。
その博士論文は、後に最初の著書『Convention: A Philosophical Study(コンヴェンション:ア・フィロソフィカル・スタディ/「慣習についての哲学的研究」)』へと発展しました。
ここまでの歩みで大切なのは、ルイスが有名な哲学者たちの知識を集めていったことではありません。
哲学に興味を持つ学生から、「自分ならこの問題をどう説明するのか」と問いを立て、その答えを研究として形にする哲学者へ変わっていったことです。
『Convention』は、その変化が最初にはっきり形になった成果の一つでした。
1966(昭和41)年、ルイスはカリフォルニア大学ロサンゼルス校、UCLA(ユーシーエルエー)に採用され、1967(昭和42)年にハーバード大学で博士号を取得しました。
1970(昭和45)年にはプリンストン大学へ移り、その後2001(平成13)年に亡くなるまで同大学で研究と教育を続けます。
ここからルイスは、「誰かのもとで哲学を学ぶ学生」から、自分自身の問題を立て、自分の理論を発表していく哲学者へと本格的に移っていきます。
研究の対象も、慣習や言語だけにとどまりませんでした。
心、知識、因果、確率、自然法則、そして形而上学へと問いを広げていくなかで、ルイスの研究には、説明に使われている言葉や考えをそのまま受け入れず、「では、その言葉で表しているもの自体は、何によって成り立っているのか」と、さらに問い直していく特徴が見られます。
たとえば、「人々が同じ行動をするのは慣習があるからです」と言えば、一応は説明したように聞こえます。しかしルイスはそこで終わらず、「では、その慣習そのものは、どうして成立しているのか」を考えました。
後には、「それは可能である」と説明するときにも、「では、“可能である”とはそもそもどういうことなのか」と問い、さらに「可能世界」という考えを使うなら、「その可能世界とは、いったい何なのか」というところまで問題を進めていきます。
つまり、「その説明は何によって成り立っているのか」とは、説明の中で当たり前のように使っている言葉や考えを、今度はそれ自体が説明されるべき問題として取り出すことです。
ただし、これはルイス本人が若いころから、この言葉を掲げて研究していたという意味ではありません。初期から後期までの研究を振り返ったときに見えてくる、ルイスの哲学の特徴として理解するのが適切です。
プリンストン大学も、ルイスが論理や数学の哲学から、心、言語、科学、認識論など非常に幅広い領域に貢献し、とりわけ形而上学では大きな体系を築いた哲学者だったと評価しています。
こうして振り返ると、ルイスの若い時代には、
「ある日突然、世界は無数に存在するとひらめいた」という劇的な瞬間があったわけではありません。
資料から確認できるのは、もっと長い変化です。
化学も学んでいた学生が、オックスフォードで哲学への関心を強め、哲学を自分の進路に選び、ハーバードで研究を深め、自分自身の問題を一冊の本へと育てていった。
そしてその先で、
「使っている言葉そのものを、もっと説明できないだろうか」
という問いを、さらに大きな問題へ広げていきました。
この時点のルイスは、まだ1986(昭和61)年の『On the Plurality of Worlds(オン・ザ・プルラリティ・オブ・ワールズ/「世界の複数性について」)』を書いたルイスではありません。
まだ、そこへ向かう途中にいます。
では、若いルイスが最初の著書で本気で考えた「慣習」とは、どんな問題だったのでしょうか。
そして、「慣習とは何か」を問い直した哲学者が、どのようにして「可能世界とは何か」を問い直す哲学者へ進んでいったのでしょうか。
第5章 最初から「可能世界」の哲学者だったわけではない
ルイスが最初に一冊の本として研究したテーマは、可能世界ではなく「慣習」でした。
博士論文をもとに1969(昭和44)年に刊行された最初の著書が、
Convention: A Philosophical Study(コンヴェンション:ア・フィロソフィカル・スタディ/「慣習――哲学的研究」)
です。
ここでいうconvention(コンヴェンション/慣習)は、「昔から続いているから守るもの」という意味だけではありません。
ルイスが問題にしたのは、もっと身近で不思議なことでした。
たとえば、自動車が道路のどちら側を走るかを考えてみましょう。
右側でも左側でも、全員が同じ側を走るなら交通は成り立ちます。
しかし、それぞれが好き勝手に左右を選べば危険です。
つまりこの場合、
「右と左のどちらが絶対的に正しいか」よりも、「みんなの行動がそろっていること」が重要です。

こうした状況を考えるために使われるのが、coordination problem(コーディネーション・プロブレム/協調問題)という考えです。
協調問題とは、複数の人が互いの選択を意識しながら行動し、同じ仕方にそろえることで、うまく問題を解決できるような状況です。
ルイスは、game theory(ゲーム・セオリー/ゲーム理論)――複数の人が、それぞれ相手の行動を予想しながら、自分にとってよりよい選択を考える状況を分析する考え方も利用しながら、繰り返し起こる協調問題の中で、人々の行動、期待、選好が一定の規則性を生み、それが慣習として維持される仕組みを分析しました。
ここで大切なのは、『Convention』を「後の可能世界論をそのまま書いた本」と考えないことです。
『Convention』で中心になっているのは、社会の中で慣習がどのように成立するのかという問題です。
しかし、この最初の研究を見ると、後のルイスにもつながる一つの特徴が見えてきます。
私たちは普段、
「それは慣習だから」
と簡単に言います。
けれどルイスは、そこで説明を止めません。
「では、慣習とはどのような状態なのか」
「なぜ人々はそれに従うのか」
「明示的な約束がなくても、どうして行動がそろうのか」
と、日常で何気なく使っている概念を、できるだけはっきりした仕組みとして説明しようとします。
身近な言葉をそのまま受け入れるのではなく、その言葉が何によって成り立っているのかまで問い直す。
これは、ルイスの哲学を読むうえで覚えておきたい特徴です。
ただし、これは『Convention』から様相実在論が直接生まれた、という意味ではありません。
ここで見えてくるのは、あくまでルイスの問題の考え方です。
その後ルイスが向き合う問題の一つに、
「可能であるとはどういうことか」
「もし別の出来事が起きていたら、という話は何を意味するのか」
という問いがありました。
そしてこの問いを考えるとき、いよいよ「可能世界」が大きな役割を持つことになります。
第6章 そもそも『可能世界』とは?
ルイス以前からあった考え
ルイスの理論へ進む前に、ここでは一度だけ、可能世界について少し正確に整理しておきましょう。
possible world(ポッシブル・ワールド/可能世界)とは、現実とは違っていても、世界全体がそうであることもありえた「世界のあり方」を考えるための哲学上の概念です。
たとえば、現実では今日が雨だったとしても、条件が違えば晴れていたこともありえた、と考えることがあります。
可能世界を使った考え方では、「雨だった現実」だけを見るのではなく、「晴れていたこともありえた」という別の世界のあり方と比較することができます。
そして哲学では、
ある内容が、いま考えている種類の「可能性」に照らして少なくとも一つの可能世界で成り立つなら「可能」、その範囲に含まれるすべての可能世界で成り立つなら「必然」と考えます。
ここでいう「その範囲」とは、たとえば論理的な可能性を考えるのか、自然法則に従った可能性を考えるのかによって変わります。
ここで大切なのは、「可能」と「必然」は、条件の多さを比べているわけではないということです。
同じ範囲の可能世界を考えたうえで、ある内容が少なくとも一つの世界で成り立つなら「可能」、すべての世界で成り立つなら「必然」と考えます。
たとえば、「青い三角形がある」という内容は、青い三角形が存在する世界が一つでもあれば可能です。しかし、すべての世界に青い三角形がある必要はないので、必然ではありません。
一方、三角形であるものは三つの辺をもつということは、三角形について考えるどの可能世界でも成り立ちます。そのため、「三角形には三つの辺がある」は必然だと考えられます。

つまり、可能と必然の違いは「どんな条件を付けたか」ではなく、同じ主張が、考えている可能世界のうちどれだけで成り立つかにあります。
たとえば、「青い三角形がある」という同じ主張について考えたとき、それが少なくとも一つの可能世界で成り立つなら「可能」、すべての可能世界で成り立つなら「必然」です。
このように、可能世界を使うと、可能性と必然性の違いを整理することができます。
ただし、可能世界を使えば、「何が本当に可能なのか」が自動的に分かるわけではありません。
可能世界は、「これはありえるのか」「これは必ずそうなのか」を、いくつかの世界を比べながら考えやすくするための方法です。
たとえば、あることが一つの可能世界で成り立つなら「可能」、どの可能世界でも成り立つなら「必然」と整理できます。
つまり可能世界は、可能や必然について考えるための“ものさし”のようなものです。
こうした「可能である」「必然である」といったあり方は、哲学や論理学ではmodality(モダリティ/様相)と呼ばれます。
そして、ルイスを理解するときに非常に重要な歴史があります。
可能世界という考えは、ルイスより前から哲学に存在していました。
17世紀の哲学者ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ〔Gottfried Wilhelm Leibniz、1646(正保3)年―1716(享保元)年〕は、「possible world(可能世界)」を哲学上の専門的な言葉として用いた最初の哲学者とされています。
ただし、ライプニッツにとっての可能世界と、後のルイスが考える可能世界は同じものではありません。
ライプニッツでは、可能世界は神が創造することのできた世界として考えられていました。ルイスのように、非現実の可能世界すべてが私たちの世界と同じ意味で具体的に存在すると考えていたわけではありません。
さらに20世紀になると、modal logic(モーダル・ロジック/様相論理)が発展します。
これは、「可能である」「必ずそうである」といった言葉を、感覚だけでなく、決まったルールにそって整理して考えるための論理学です。
たとえば、「あることが一つでもありえるのか」「どんな場合でも必ず成り立つのか」といった違いを、できるだけ正確に考えていきます。
そしてルドルフ・カルナップ、スタig・カンガー、ヤーッコ・ヒンティッカ、リチャード・モンタギュー、アーサー・プライアー、ソール・クリプキら複数の研究者によって、可能世界を使った意味論が発展していきました。
特にSaul Kripke(ソール・クリプキ、1940〈昭和15〉年―2022〈令和4〉年)の1959(昭和34)年・1963(昭和38)年の研究は、その後の可能世界意味論に大きな影響を与えました。
ただし、現代的な可能世界意味論が一人の人物によって突然発明されたわけではありません。カルナップをはじめとする先行研究があり、カンガー、モンタギュー、ヒンティッカ、プライアーらも1950年代から1960年代初頭に重要な仕事をしていました。
ここまで来ると、ルイスが哲学史のどこに立っていたのかが見えてきます。
ルイスが登場した時点で、「可能世界を使って可能や必然を考える」という発想そのものは、すでに存在していました。
そこでルイスがさらに深く追究したのが、
「では、その説明に使っている可能世界そのものは、いったい何なのか」
という問いです。
可能世界を使えば、「別のこともありえた」と説明できます。
しかし、
「可能世界では、別のことが起きているからです」と答えただけでは、まだ一つ疑問が残ります。
可能世界とは、まず簡単にいえば、「現実とは違うけれど、そうなることもありえた世界のあり方」です。
たとえば、「別の仕事を選んでいた世界」や「今日は雨ではなく晴れていた世界」などを考えることができます。
しかし哲学では、ここからさらに一歩進んで、
「では、その“可能世界”とは、そもそも何なのでしょうか」
という疑問が生まれます。
可能性について考えるために、私たちが作った説明や文章なのでしょうか。
それとも、頭の中で考えるような抽象的なものなのでしょうか。
あるいは、私たちの現実世界とは別に、それ自体が存在する世界なのでしょうか。
この問いに対して、デイヴィッド・ルイスは、とても大胆な答えを出しました。
可能世界は、単なる表現の仕方ではなく、私たちの世界と同じ意味で具体的に存在する。
ここから、デイヴィッド・ルイスの名を可能世界の哲学に強く刻むことになったmodal realism(モーダル・リアリズム/様相実在論)の話が始まります。
第7章 ルイスが出した驚きの答え
可能世界は「世界」として存在する
前の章で見たように、ルイスが登場する以前から、哲学では可能世界を使って「可能」や「必然」を考える方法が発展していました。
たとえば、
「私は別の仕事を選ぶこともできた」
というとき、「別の仕事を選んでいた可能世界」を考えることで、「別のこともありえた」という可能性を表すことができます。
しかし、ここでルイスはさらに一歩踏み込みます。
「その説明に使っている“可能世界”そのものは、いったい何なのか」
という問題です。
可能世界とは、私たちが「もしも」を考えるために作った文章や説明なのでしょうか。
それとも、何か抽象的なものなのでしょうか。
あるいは、本当に一つの「世界」として存在するのでしょうか。
ルイスが出した答えは、とても大胆なものでした。
可能世界は、単なる文章や想像上の物語ではなく、それぞれが世界として存在する。
これが、ルイスの可能世界論を理解するうえで、まず押さえておきたい中心的な考えです。
このようなルイスの立場は、modal realism(モーダル・リアリズム/様相実在論)と呼ばれます。
modal(モーダル/様相)とは、「可能である」「必然である」といった、物事がどのようにありうるかに関係する言葉です。
realism(リアリズム/実在論)は、ここでは簡単に、可能世界を単なる言葉や想像だけのものではなく、実在するものとして受け入れる立場と考えるとよいでしょう。
さらに、ルイスの立場はconcrete modal realism(コンクリート・モーダル・リアリズム/具体的様相実在論)と呼ばれることもあります。
ここでいうconcrete(コンクリート/具体的)は、「望遠鏡で探せる」「私たちの宇宙のどこかにある」という意味ではありません。
その世界について書かれた文章があるだけではなく、その世界そのものがあり、そこにはその世界に属する人や物や出来事があるという意味で考えると分かりやすいでしょう。

たとえば、
「私は料理人になることもできた」
と考えてみます。
可能世界を単なる説明の道具として考えるなら、「料理人になっていた世界」という表現を使って、別の可能性を表しているだけだと考えることもできます。
しかしルイスは、それを私たちが頭の中で作った物語だけだとは考えません。
そのような別のあり方をした世界も、世界そのものとして存在すると考えたのです。
ただし、ここで一つ注意が必要です。
別の可能世界に、この世界の「あなた本人」がそのまま移動して、別の人生を送っているとルイスが考えたわけではありません。
ルイスの理論では、普通の人や物は一つの世界に属しています。別の可能世界にいる「あなたによく似た別の人」と、こちらの世界のあなたとの関係については、後の章で詳しく見ていきます。
そして、もう一つ驚くところがあります。
ルイスにとって、私たちが今暮らしているこの現実世界も、可能世界の一つです。
「可能世界」と聞くと、「現実ではない、もしもの世界」だけを指すように感じるかもしれません。
しかし哲学でいう「可能」と「現実」は、単純な反対語ではありません。
実際に起きていることも、「起こることが可能だったこと」には含まれます。そのため、私たちが今いる現実世界も、可能世界から外されるわけではないのです。
ルイスの場合にはさらに、私たちの世界だけが本物で、ほかの可能世界は想像の中にしかない、とは考えません。
私たちの世界も存在し、ほかの可能世界も存在する。
存在するという点では、それぞれの世界は同じ立場に置かれます。
もちろん、
「誰かがこの世界を想像したから、私たちの世界が存在するようになった」という意味ではありません。
同じように、私たちが、
「別の仕事を選んでいたら?」
と想像した瞬間に、新しい可能世界が作られるわけでもありません。
ルイスにとって可能世界は、人間が想像したり選択したりしたことで生まれるものではなく、人間が考えるかどうかとは関係なく存在するものです。
では、本当に別の世界が存在するなら、どうしてそこを見ることも、行くこともできないのでしょうか。
ここも、ルイスの可能世界を理解する大切なところです。
同じ一つの世界の中にある人や物は、その世界の時空の中でつながっています。
たとえば、東京とニューヨークは遠く離れていますが、どちらも私たちの同じ世界にあります。
宇宙のはるか遠くにある星も、どれほど遠くても私たちと同じ世界に属しているのであれば、「私たちの世界の中にある遠い場所」です。
しかし、別の可能世界は、私たちの世界の「ものすごく遠い場所」にあるのではありません。
ルイスの考えでは、異なる世界どうしには時空的なつながりがありません。
そのため、宇宙船でどれほど遠くへ進んでも、
「ここから先が別の可能世界です」
という場所に到着することはありません。
ルイスの可能世界は、それぞれがほかの世界とは時空的につながっていない、互いに隔離された世界なのです。
ここまで読むと、
「それって、SFに出てくるパラレルワールドや、量子力学の多世界解釈と同じでは?」
と思うかもしれません。
たしかに、どちらも「別の世界」が登場するため、見た目はよく似ています。
しかし、同じものに違う名前を付けているわけではありません。
| 言葉 | とても簡単にいうと | ルイスの可能世界との違い |
|---|---|---|
| ルイスの可能世界 | 「別のこともありえた」といった可能性を哲学的に説明するために用いられる可能世界を、本当に存在する世界だと考える | これがルイスの哲学上の立場。人間の選択や想像によって新しく生まれる世界ではない |
| パラレルワールド(平行世界) | 「私たちとは別の世界」を表す幅広い言葉 | SFなどでは設定が自由で、別世界へ行けたり、歴史が途中から枝分かれしたりすることもある。ルイスの理論そのものを指す言葉ではない |
| Many-Worlds Interpretation(メニー・ワールズ・インタープリテーション/多世界解釈) | 量子力学で現れる複数の結果をどのように理解するかについての考え方 | 量子力学という物理学上の問題から生まれたもので、「可能とは何か」を説明しようとするルイスの哲学とは出発点が異なる |
特に注意したいのが、「人が右を選んだので右の世界ができ、左を選ばなかったので左の世界もできた」というイメージです。
ルイスは、人間が選択するたびに世界が新しく枝分かれして生まれると考えたわけではありません。
また、量子力学の多世界解釈も、「人間が別の選択をすれば新しい世界が生まれる」という単純な理論ではありません。量子力学の測定や複数の結果をどう理解するかという、ルイスとは別の問題から生まれた考え方です。
つまり、「別の世界」という言葉だけを見ると似ていますが、
ルイスの可能世界、SFなどで語られるパラレルワールド、量子力学の多世界解釈は、それぞれ別の考え方です。
ここまでを一度整理してみましょう。
ルイスが出した驚きの答えは、
「ありえた世界」は、人間が頭の中で作った物語にすぎないのではなく、それぞれが世界として存在する
というものでした。
しかも、私たちが今暮らしているこの現実世界も、その一つです。
そして、それぞれの世界は互いに時空的につながっていないため、別の可能世界は「宇宙のどこか遠くへ行けば見つかる場所」でもありません。
ここまで聞けば、今度は別の疑問が生まれるはずです。
なぜルイスは、わざわざこれほど大胆な考えを受け入れたのでしょうか。
「可能性について考えるだけなら、そんなにたくさんの世界が本当に存在するとまで言わなくてもいいのでは?」
そう思うのは、とても自然です。
次の章では、ルイスがなぜそれでも可能世界の実在を認めたのか、その理由を見ていきます。
第8章 なぜ、そんな大胆な世界を認めたのか?
前の章では、ルイスが、
「可能世界は、単なる想像ではなく、それぞれ本当に存在する世界である」
と考えたことを見てきました。
しかし、ここで大きな疑問が残ります。
なぜ、そこまでして「たくさんの世界が本当に存在する」と考える必要があったのでしょうか。
「もし別の仕事を選んでいたら」と考えるだけなら、頭の中で想像するだけでもよさそうです。
わざわざ、
「その世界は本当に存在する」
とまで言う必要があるのでしょうか。
ここが、ルイスの様相実在論を理解するうえで、とても大切なところです。
ルイスが可能世界の実在を認めた大きな理由は、それによって「可能」「必然」「もし〜だったら」などを、世界についての事実を使って一つのまとまった仕組みの中で説明できると考えたからです。
たとえば、
「私は料理人になることもできた」
という文を考えてみましょう。
実際には会社員になったとしても、
「料理人になる人生もありえた」
と私たちは言います。
では、この「ありえた」とは、いったい何を意味しているのでしょうか。
「どうして料理人になることが可能だったのですか」
と聞かれて、
「料理人になることが可能だったからです」
と答えても、同じことを言い直しているだけです。
そこでルイスは、「可能」という言葉を、ただ「可能」という言葉で説明して終わらせたくないと考えます。
そして、可能性についての話を、世界についての話によって説明しようとします。
とても簡単にいえば、
「あることが可能である」とは、それが成り立っている可能世界があること
と考えるのです。
たとえば、「私は料理人になることもできた」という可能性なら、ルイスの理論では、料理人として生きている「あなたによく似た人物」がいる世界が存在することによって説明していきます。
厳密には、別の可能世界にいるその人物は、この世界のあなた本人ではありません。この点は、後の「対応者理論」の章で詳しく見ていきます。
ここで重要なのは、その「料理人になった世界」が、
「料理人になった」
という一文だけでできているわけではないことです。
ルイスが認める可能世界は、一つの出来事だけを切り取った想像ではなく、その世界に属する人や物や出来事があり、世界全体として成り立っている一つの世界です。
たとえば、その世界で料理人になった人物には、その世界での生活があります。
働いている店があり、ほかの人々がいて、その世界で起きているさまざまな出来事があります。
つまり、「料理人になった」という一点だけが空中に浮かんでいるのではなく、その可能性が、一つの世界全体の中で成り立っていると考えるのです。ルイスの可能世界は、単なる文の集まりではなく、私たちの世界に劣らない具体的な世界として扱われます。
ここで、
「なるほど。では、私たちがその世界を想像できるから、その可能世界が存在するとルイスは考えたの?」
と思うかもしれません。
ここは違います。
ルイスは、
「頭の中で想像できた」
↓
「だから、その世界は本当に存在する」
と考えたわけではありません。
「想像すること」と「実在すると認めること」は別のことです。
私たちが、
「もし料理人になっていたら?」
と頭の中で思い描くことが「想像する」です。
一方、ルイスが言うのは、
私たちがその世界を想像したかどうかとは関係なく、そのような可能世界は世界として存在している
という、もっと強い主張です。
つまり、
「私たちが想像したから、可能世界が生まれる」のではありません。
ルイスの考えでは、私たちがその世界について考える前から、そして私たちが一度もその世界を想像しなかったとしても、その可能世界は存在しています。
そのため、私たちが「もしも」の世界をどこまで詳しく頭の中で描けるかは、世界の存在を決める条件ではありません。
未来の細かい出来事をすべて想像できなくても、「別のこともありえた」という可能性について考えることはできます。
反対に、物語として何かを思い描けたからといって、それだけで哲学的に本当に可能だと証明されたことにもなりません。
では、ルイスはなぜ、そのような見えない世界の実在を受け入れたのでしょうか。
ここで再び、説明する力が重要になります。
可能世界を実在するものとして認めると、
「可能である」
ということを、
「それが成り立つ世界がある」
という形で説明できます。
そして、
「必ずそうである」
という必然についても、
「どの可能世界でも、それが成り立っている」
という形で整理できます。

つまり、「可能」「必然」という別々の言葉を、可能世界とそこで成り立っている事実を使って、一つの仕組みの中で説明できるようになります。
ルイスは、このように、あるものを別のより基本的な事実によって説明しようとしました。
このような考え方をreductionism(リダクショニズム/還元主義)といいます。
難しそうな言葉ですが、ここでは、
「その言葉をそのまま説明の終点にせず、もっと基本的なものによって説明しようとすること」
と考えると分かりやすいでしょう。
ルイスは、様相についても徹底してこの方向を目指しました。
ここでいう様相(ようそう)とは、「あることが可能なのか」「必ずそうでなければならないのか」といった、物事の“あり方”のことです。
たとえば、「別の仕事を選ぶこともできた」は可能についての話であり、「必ずそうなる」は必然についての話です。
「可能だから可能なのです」で終わらず、「何が存在し、そこで何が成り立っているから、それを可能と言えるのか」まで説明しようとしたのです。
Stanford Encyclopedia of Philosophy(スタンフォード・エンサイクロペディア・オブ・フィロソフィー/スタンフォード哲学百科事典)でも、ルイスが様相について還元主義的な立場を取り、何が偶然で何が必然なのかといった様相的な事実を、異なる世界で何が真であるかという事実によって説明しようとしたことが解説されています。
しかも、ルイスが可能世界に期待した仕事は、「可能」と「必然」だけではありませんでした。
たとえば、
「もし一本早い電車に乗っていたら、遅刻しなかっただろう」
という文があります。
これは、反事実(はんじじつ)と呼ばれる考え方の一例です。
反事実とは、実際には起こらなかったことについて、「もし別のことが起きていたら、どうなっていただろう」と考えることです。
たとえば、実際には遅い電車に乗って遅刻したとしても、
「もし一本早い電車に乗っていたら、遅刻しなかっただろう」
と考えることができます。
実際には遅い電車に乗って遅刻した。
しかし、
「もし一本早い電車に乗っていたら?」
と考えることはできます。
ルイスは、このような「もし〜だったら」という反事実を考えるときにも、可能世界を使いました。
ただし、ここでは「早い電車に乗っている可能世界なら、どれでもよい」という単純な話ではありません。
現実世界と比べて、どの可能世界をより近いものとして考えるのかが重要になります。この詳しい仕組みは、後の反事実についての章で見ていきます。
さらにルイスは、可能世界を、因果関係、確率、自然法則、思考や言語の内容など、さまざまな哲学上の問題にも結びつけていきました。
つまり可能世界は、ルイスにとって一つの問題だけを解くための道具ではありません。
多くの哲学上の問題を、一つの大きな理論の中で結びつけて考えるための中心的な役割を果たしていたのです。プリンストン大学も、可能世界がルイスの体系的な哲学の中心となり、必然性、偶然性、因果、確率、自然法則、思考や言語の内容などを扱うために使われたと説明しています。
ただし、ここで誤解してはいけないことがあります。
「説明できるから、可能世界が存在することが証明された」というわけではありません。
「説明に役立つものなら、何でも本当に存在する」としてしまえば、それだけでは十分な理由にならないでしょう。
ルイスの主張は、もっと大きな理論全体についてのものです。
可能世界を実在すると考えるなら、
「私たちの世界以外にも、非常に多くの世界が本当に存在する」という、かなり大胆な世界観をとることになります。
一方で、それを認めれば、「可能」「必然」「もし〜だったら」だけでなく、多くの問題を同じ理論の中で説明できるという大きな利点があります。
ルイスは、多くの可能世界が本当に存在するという大胆な立場をとりました。そして、そのような考えを主張する大きな理由の一つとして、「可能」「必然」「もし〜だったら」など、多くの問題を一つのまとまった仕組みで説明できることを重視しました。
もちろん、
「可能性を説明するために、そこまで多くの世界が本当に存在すると考える必要があるの?」
という疑問は残ります。
実際、ルイスの考えに対しては、説明のために存在するものを増やしすぎているのではないかという批判もあります。
それでもルイスは、可能世界を認めることで得られる説明力には、それだけ大きな哲学的な価値があると考えたのです。
ですから、第7章と第8章を一言ずつ分けるなら、
第7章で見たルイスの答えは、
「ありえた世界も、本当に存在する」
でした。
そして第8章で分かるのは、
「なぜそんな大胆な考えを受け入れたのか――それは、可能世界を実在するものとして認めることで、『可能』『必然』『もし〜だったら』をはじめ、多くの哲学上の問題を、世界についての事実として一つの体系の中で説明できると考えたから」
ということです。
つまりルイスは、
「想像できるから、その世界は存在する」と言った哲学者ではありません。
そうではなく、
「可能世界が実在すると認めれば、私たちが日常的に使っている『ありえた』『必ずそうだ』『もし〜だったら』という言葉が何を意味しているのかを、さらに深いところから説明できる」
と考えた哲学者なのです。
すると、次の疑問が生まれます。
ほかの可能世界も私たちの世界に劣らず存在するのであれば、
なぜ私たちは、この世界だけを「現実世界」と呼んでいるのでしょうか。
次の章では、ルイスが考えたactual(アクチュアル/現実の)という言葉の意味から、この疑問を見ていきます。
第9章 「現実世界」だけが特別なの?
actualという言葉
ほかの可能世界も本当に存在するのなら、
「それでも、私たちが暮らしている現実世界だけは特別なのでは?」
という疑問が生まれます。
ルイスの答えは、少し意外なものでした。
私たちの世界は、存在の仕方そのものが、ほかの可能世界より特別なのではありません。私たちがこの世界にいるから、私たちはこの世界を「現実」と呼んでいるのです。
この考えを理解する鍵になるのが、actual(アクチュアル/現実の)という言葉です。
ルイスにとって、actualという言葉は、「ここ」や「いま」に似た働きをします。
こうした言葉を、indexical(インデクシカル/指標詞)といいます。
指標詞とは、誰が、どこで、いつ使うかによって、指す対象が変わる言葉です。
たとえば、東京にいる人が、
「ここは東京です」
と言ったとします。
そのとき「ここ」は東京を指します。
一方、大阪にいる人が、
「ここは大阪です」
と言えば、「ここ」は大阪を指します。
「ここ」という名前の特別な場所が一つだけあるわけではありません。
話し手がいる場所が、その人にとっての「ここ」になるのです。

ルイスは、「現実」もこれに似ていると考えました。
私たちが、
「現実世界」
と言うとき、それは私たちが属している世界を指します。
もし別の可能世界の住人が「現実世界」と言うなら、その人は自分が属している世界を指すことになります。
つまり、
actual world(アクチュアル・ワールド/現実世界)とは、存在の仕方が唯一特別な世界というより、話している者が属している世界を示す表現です。
これは、ルイスの様相実在論にとって重要な考えです。
私たちの世界が「現実」と呼ばれることから、
「だからこの世界だけが本当に存在している」と結論する必要はない、とルイスは考えます。
私たちの世界が私たちにとって現実なのは、それが私たちの属する世界だからです。
「ここ」が現在いる場所を指し、「いま」が現在の時刻を指す。
それと同じように、「現実」は私たちの世界を指す。
この考えを受け入れると、ルイスの世界観がさらに一貫して見えてきます。
しかし、その代わりに次の疑問が生まれます。
もし他の可能世界にも人がいるなら、そこには「別の自分」がいるのでしょうか。
第10章 「別世界のあなた」は、本当にあなた?
対応者理論
ルイスの答えは明確です。
普通の一人の個人は、一つの世界にだけ属します。
つまり、この世界のあなた本人が、そのまま別の可能世界にも存在している、とルイスは考えません。
そこで登場するのが、
counterpart theory(カウンターパート・セオリー/対応者理論)
です。
ルイスはこの理論を、1968(昭和43)年の論文 Counterpart Theory and Quantified Modal Logic(カウンターパート・セオリー・アンド・クオンティファイド・モーダル・ロジック/「対応者理論と量化様相論理」)で提示しました。対応者理論は、ルイス自身が考案した理論として知られています。
たとえば、
「私は料理人になることもできた」
と考えてみましょう。
ルイスの理論では、
別の可能世界に「この世界の私本人」が移動して料理人になる、と考えるわけではありません。
そうではなく、
別の可能世界に、この世界の私と関連する点で十分によく似た counterpart(カウンターパート/対応者)がいて、その人物が料理人である
という形で可能性を分析します。

では、対応者とは「自分によく似た人」なら誰でもよいのでしょうか。
そこは、もう少し慎重に考える必要があります。
ルイスの対応者関係は、基本的にはresemblance(リゼンブランス/類似性・似ていること)にもとづきます。
「対応者関係」とは、簡単にいうと、「この人と、別の可能世界にいるこの人は、対応者どうしである」という“つながり方・関係性”のことです。
ただし、
「顔が80%以上似ていれば対応者」
といった固定された基準があるわけではありません。
何についてその人の可能性を考えているのかによって、どのような似方を重要とするかは変わりえます。
ルイスは対応者理論を発展させる中で、対応者を決める「似ている」の基準は一つに固定されているのではなく、何について話しているのかによって変わることがあるという点を、よりはっきりと論じるようになりました。
たとえば、
「私は別の職業に就くこともできた」
という問いでは、性格や生い立ちがかなり似ていて、職業だけが異なる人物が重要になるかもしれません。
しかし、
「私はもっと内向的な人になることもできた」
という問いなら、どの点の類似性を重視するかは変わるでしょう。
つまり対応者理論では、
「別世界に同じ自分がいる」と考えるのではなく、「別世界の適切な対応者を通して、この世界の自分にどんな可能性があったのかを表す」
のです。
この考えによって、ルイスは二つの立場を同時に保とうとしました。
一人の個体は一つの世界にだけ属する。
それでも、
その個体について「別のこともありえた」と語ることができる。
しかし、ここまで来ると、とても自然な疑問が生まれます。
「別世界で料理人になっているのが“私本人”ではなく、私の対応者なら、それで本当に『私は料理人になることもできた』と言えるのでしょうか?」
これは単なる初心者の疑問ではありません。
対応者理論が発表されて以来、哲学者たちが実際に議論してきた重要な問題です。たとえばソール・クリプキも、別世界の別人についての事実が、なぜこの世界の本人の可能性を説明することになるのか、という趣旨の有名な批判を行いました。
そしてこの疑問は、さらに身近な問いへつながります。
「どこまで変わっても、それを“自分にありえた人生”と呼べるのだろう?」
ルイスの可能世界論を追っていくと、最初は「別世界は存在するのか」という遠い話に見えたものが、
「現実とは何か」
「自分とは何か」
「別の人生を、自分の可能性と言えるのはなぜか」
という、私たち自身の問題へ近づいてきます。
そして、この「現実とは違う場合」をさらに詳しく考えるために重要になるのが、
「もし、あのとき違っていたら」
というcounterfactual(カウンターファクチュアル/反事実)の問題です。
第11章 「もし〜だったら」をどう考える?
ルイスと反事実
ここまで、ルイスが「可能である」ということを、可能世界によって説明しようとした理由を見てきました。
では、その可能世界は、実際の哲学の中でどのように使われるのでしょうか。
その働きがよく見えるのが、
「もし〜だったら、〜だっただろう」
という考え方です。
私たちは日常でも、
「もしあのとき別の道を選んでいたら」
「もしもう少し早く家を出ていたら」
「もしあの勉強を続けていたら」
と、実際には起こらなかったことについて考えます。
哲学では、
「もしAだったなら、Bだっただろう」
というように、現実とは違う条件を置き、その場合にどのような結果になっていただろうかまで考える文を、counterfactual(カウンターファクチュアル/反事実条件文)と呼びます。
具体的に考えてみましょう。
ある朝、いつもの電車に乗って会社へ向かったものの、到着が遅くなり、遅刻してしまったとします。
これが、実際に起きたことです。
そこで、
「もし一本早い電車に乗っていたら、遅刻しなかっただろう」
と考えてみます。
この文では、
「一本早い電車に乗っていたら」
が、現実には起こらなかった条件です。
そして、
「遅刻しなかっただろう」
が、その条件だった場合に起きていただろうと考える結果です。
つまり反事実条件文では、単に、
「一本早い電車に乗ることもできた」
と別の可能性を考えるだけではありません。
「もし実際に一本早い電車に乗っていたら、その場合には何が起きていただろうか」まで考えます。

ここで一つ注意したいことがあります。
反事実だからといって、結果まで必ず現実とは違うものになるわけではありません。
たとえば、
「もし一本早い電車に乗っていたとしても、その電車も遅延して、結局遅刻していただろう」
と考えることもできます。
この場合、現実とは違って「一本早い電車に乗った」という条件を置いています。
しかし結果は、現実と同じ「遅刻した」です。
それでも、
現実には起こらなかった条件を置き、その場合に何が起きていただろうかを考えているので、これも反事実条件文です。
つまり、反事実で重要なのは、
「現実と違う結果になること」ではなく、「現実とは違う条件だった場合に、何が起きていただろうかを考えること」
なのです。
では、この「〜だっただろう」は、どうやって考えればよいのでしょうか。
何でも好きに想像してよいのであれば、
「一本早い電車に乗っていたら、突然宇宙人が現れて会社ごと消えていただろう」
という話まで作れてしまいます。
しかし、私たちが普通、
「もし一本早い電車に乗っていたら、遅刻しなかっただろう」
と言うとき、そのような何でもありの物語を考えているわけではありません。
現実とは少し違うけれど、考えている条件以外については、できるだけ現実と大きく変わらない場合を考えています。
ここで、可能世界が役に立ちます。
ルイスは1973(昭和48)年の著書『Counterfactuals(カウンターファクチュアルズ/「反事実条件文」)』で、このような反事実を可能世界を使って詳しく分析しました。ルイスの分析では、反事実を考えるとき、現実世界との「近さ」が重要な役割を果たします。
とても簡単にまとめると、
「もしAだったらBだっただろう」と考えるとき、Aが成り立っている可能世界の中で、現実世界に近い世界ではBがどうなっているのかを見る
という考え方です。
先ほどの電車の例なら、
「一本早い電車に乗っている可能世界」
を考えます。
ただし、そのような世界なら何でもよいわけではありません。
たとえば、
「一本早い電車には乗ったけれど、地球の重力がまったく違う世界」
や、
「一本早い電車には乗ったけれど、会社そのものが存在しない世界」
まで同じように比べても、私たちが知りたい「一本早い電車に乗っていたら遅刻しなかったのか」という疑問には、あまり役立ちません。
そこで、現実世界と重要な点でよく似ていて、「一本早い電車に乗った」という違いを含む世界を比べます。
そこで遅刻していないのであれば、
「もし一本早い電車に乗っていたら、遅刻しなかっただろう」
という判断を支持できます。
反対に、現実に近い世界でもその電車が遅延し、やはり遅刻しているのであれば、
「一本早い電車に乗っていたとしても、遅刻していただろう」
という判断のほうが支持されます。
ここでいう世界の「近さ」は、場所の距離ではありません。
東京と横浜が近く、東京とニューヨークが遠い、というような意味ではないのです。
「現実世界と、重要な点でどれくらい似ているか」という意味での近さです。反事実についての可能世界を使った代表的な分析では、このような類似性・近さによって、どの可能世界を比較するのかを考えます。
ただし、
「では、現実にいちばん近い世界を一つだけ見つければいいの?」
という疑問が出てきます。
ここで、Robert Stalnaker(ロバート・スタルネイカー)という哲学者にも少し触れておきましょう。
スタルネイカーは1968(昭和43)年に、ルイスより早く、可能世界を使った反事実条件文の分析を発表しました。
二人の考えはよく似ていますが、まったく同じではありません。
初心者向けに大まかに分けるなら、スタルネイカーは、
「Aが成り立つ世界の中で、現実に最も近い一つの世界を考え、そこでBが成り立つかを見る」
という形で考えました。
一方ルイスは、必ず「最も近い世界」が一つだけ決まるとは考えませんでした。
場合によっては、Aが成り立つ世界がいくつもあり、それらを現実世界との近さによって比較する必要があります。
さらに、現実に近い世界を探していっても、「これがただ一つの最も近い世界だ」と決められない場合もありうる、とルイスは考えました。この点は、ルイスとスタルネイカーの反事実理論の重要な違いの一つです。
とはいえ、この記事でまず押さえておきたいのは、二人の細かな違いではありません。
共通している大切な発想は、
「もしAだったらBだっただろう」を考えるとき、Aが成り立つ世界なら何でも見るのではなく、現実と関係する意味で近い可能世界を見る
というところです。
ただし、「何をもって近いとするのか」は簡単ではありません。
世界の近さは、
「現実と90%同じなら近い」
というような単純な点数で決められるものではないからです。
何が重要な違いなのかは、考えている反事実にも関係します。
そのため、可能世界どうしの「近さ」をどのように考えるべきなのか自体が、反事実をめぐる哲学上の重要な問題になりました。
そしてルイスは、この反事実の考え方を、さらにcausation(コーゼーション/因果)の問題にも使いました。
因果とは、簡単にいえば、
「何が原因となって、何が結果として起きたのか」
という関係です。
たとえば、
「スイッチを押したので、電灯がついた」
とします。
このとき、
「スイッチを押したことが、本当に電灯がついた原因だったのか」
を考える方法の一つとして、
「もしスイッチを押していなかったら、電灯はついていただろうか」
と問い直すことができます。
もし、
「スイッチを押していなかったら、電灯はつかなかっただろう」
と言えるなら、電灯がついたことは、スイッチを押したことに依存しているように見えます。
このような関係をcounterfactual dependence(カウンターファクチュアル・ディペンデンス/反事実的依存)と呼びます。
ルイスは1973(昭和48)年の因果についての研究で、この反事実的依存を使って因果関係を分析しようとしました。
ただし、因果関係はいつでもこれほど単純ではありません。
たとえば、一人が行動しなくても、別の人が同じ結果を起こしていたような場合があります。
すると、
「その人が行動しなかったとしても、結果は起きていただろう」
となるため、単純な、
「原因がなければ結果もなかった」
という形だけでは、すべての因果関係を説明できなくなります。
こうした問題はpreemption(プリエンプション/先取り・先制)などと呼ばれる問題につながり、ルイス自身もその後、因果についての理論を修正・発展させていきました。
ここで、第11章の話を一度まとめてみましょう。
反事実とは、「現実とは違う条件だったら、何が起きていただろうか」を考えることです。
ルイスは、その「だっただろう」を好きな物語として想像するだけではなく、
現実に近い可能世界では何が起きているのかを比較することで、より正確に分析しようとしました。
そして、その考え方は、
「もし別の電車に乗っていたら」
という日常的な「もしも」だけでなく、
「何が何の原因だったのか」
という因果の問題にまで広がっていきました。
可能世界はルイスにとって、ただ「別の世界も存在する」と主張するためのものではありませんでした。「もし違っていたら、何が起きていただろう」という問いを比較し、反事実や因果を分析するために実際に働く、哲学の重要な道具でもあったのです。
こうしてルイスは、可能世界をさまざまな問題に使いながら、自分の哲学を発展させていきました。
しかし、ここまで可能世界を使うのであれば、
「そもそも、なぜそんな世界が本当に存在するとまで考えてよいのか」
という疑問に、正面から答える必要があります。
そして1980年代、ルイスは、それまでさまざまな研究で使ってきた可能世界について、一冊の本を通して本格的に擁護することになります。
第12章 1986年――『On the Plurality of Worlds』
1986(昭和61)年、ルイスは代表作となる
On the Plurality of Worlds(オン・ザ・プルラリティ・オブ・ワールズ/「世界の複数性について」)
を出版しました。
この本の一部は、1983~84(昭和58~59)年度にオックスフォード大学で行われたJohn Locke Lectures(ジョン・ロック・レクチャーズ/ジョン・ロック講義)として発表された内容をもとにしています。オックスフォード大学の記録にも、ルイスがこの年度に On the Plurality of Worlds を講じたことが残されています。
この本でルイスが行ったのは、単なる可能世界の紹介ではありません。
「私たちの現実世界だけでなく、ほかの可能世界も本当に存在する」という大胆な考えを、なぜ受け入れる価値があるのかを、本格的に弁護することでした。
ルイス自身も、自分の理論が普通の感覚からかなり離れて見えることを理解していました。
私たちとは時空的につながっていない無数の世界が存在する。
それぞれの世界には、それぞれの人や物や出来事がある。
そう聞けば、
「そこまでたくさんの世界が、本当に存在すると考える必要があるのだろうか」
と感じるのは自然です。
このような反応を表す言葉として有名なのが、
incredulous stare(インクレジュラス・ステア/信じられないという目つき)
です。
これは簡単にいえば、ルイスの理論を聞いた人が、
「本当にそんなにたくさんの世界が存在するというの?」
と思わず疑いたくなるような反応を表しています。
つまり、ルイスの様相実在論には、私たちの常識的な世界観から大きく離れて見えるという強い直感的な反発がありました。
それでもルイスは、その驚きだけを理由に理論を退けるのではなく、可能世界を認めることでどのような説明が可能になるのかを比べながら、自分の立場を擁護していったのです。

しかし、「そんな考えは信じられない」と驚くことだけでは、その理論が間違っていることの証明にはなりません。
ルイスが重視したのは、
その理論を認めることで、何をどこまで説明できるようになるのか
という点でした。
可能性。
必然性。
反事実。
性質。
思考や言語の内容。
さらにルイスの哲学全体では、因果、自然法則、確率などにも議論が広がっていきます。
つまりルイスは、「私たちの世界以外にも多くの可能世界が本当に存在する」という非常に大胆な世界観をとることと、それによって多くの問題を一つのまとまった仕組みで説明できるという理論上の利点を比べたのです。
プリンストン大学も、ルイスの様相実在論について、可能世界を認めることで、可能性や必然性だけでなく、因果、偶然性、思考や言語の内容などを体系的に説明しようとする哲学だったことを紹介しています。
だからこそ、この本の面白さは、
「ルイスは無数の世界が存在すると考えた」
という一文だけでは伝わりません。
ルイスは、可能世界を認めることで得られる説明力や理論上の利点を、自分の立場を擁護する重要な理由として示しました。
そこから私たちは、
「一見するととても奇妙に思える理論でも、それによって多くのことを一貫して説明できるなら、その理論にはどれほどの価値があるのだろうか」
という、さらに大きな哲学上の問いを考えることもできます。
第13章 ルイスは正しかったの?
ここまで読むと、
「ルイスの理論はかなり筋が通っている。それなら、結局ルイスが正しかったということなの?」
と思うかもしれません。
結論から言うと、
ルイスの様相実在論が正しいのかどうかについて、哲学では現在も決着していません。

ルイスの考えが、哲学者全体の共通見解になったわけでもありません。
ここで大切なのは、
「理論として一貫していて、多くのことを説明できる」ことと、「その理論が世界の本当の姿を正しく表している」ことは同じではない
ということです。
ルイスは、可能世界を本当に存在するものとして認めることで、「可能」「必然」「反事実」など、多くの問題を一つのまとまった理論の中で説明しようとしました。
その理論には、大きな説明力があります。
しかし、
「説明できることは分かった。でも、本当に私たちとは時空的につながっていない無数の世界まで存在すると考える必要があるの?」
という疑問は残ります。
そのため、可能世界をどう理解するのかについては、ルイスとは異なる立場もあります。
たとえば、可能世界をルイスのような、
「人や物や出来事がある、別の世界そのもの」として考えない立場があります。
その中には、可能世界をabstract object(アブストラクト・オブジェクト/抽象的対象)として理解しようとする考え方もあります。
ここでいう抽象的対象とは、私たちの世界にある人や机や建物のような、具体的な物とは違うものです。
可能世界を、命題や記述などによって表される、
「世界がこのようになっている、という一つのあり方」のような抽象的なものとして理解しようとする立場があります。
たとえば、
「太郎は料理人である」
「東京では雨が降っている」
「花子は北海道に住んでいる」
といった内容によって、
「この可能世界では、このようなことが成り立っている」
という世界のあり方を表すことができます。
このように考えるなら、「可能」「必然」「もし〜だったら」を考えるために可能世界を使うことはできます。
しかし、そのために、
「そこには本当に人や物や出来事があり、私たちの世界とは別の世界そのものが存在している」とまで考える必要はない、というわけです。
つまり、
可能世界という考え方を使うことと、ルイスのように可能世界が具体的な世界として実在すると考えることは別です。
ルイスに反対する哲学者の中には、可能世界という考え方そのものは役に立つと考えながらも、
「可能性を説明するために、そこまで多くの具体的な世界が本当に存在すると考えなくてもよいのではないか」と考える人たちもいます。
では、ルイスの理論が正しいと決着していないのなら、なぜ彼はこれほど重要なのでしょうか。
それは、ルイスが単に一つの答えを出しただけではなく、
「可能世界とは何なのか」「可能とは何なのか」「ルイスのような世界を認めないなら、代わりに何によって説明するのか」
という問題を、はっきりと見える形にしたからです。
そのため、ルイスに反対する哲学者も、
「ルイスが正しいと認めなければならない」
わけではありません。
むしろ、
「私はルイスには反対する。では、自分は同じ問題をどう説明するのか」と、自分の立場をさらに明確にする必要が生まれました。
たとえば、
「可能世界は、ルイスが考えるような具体的な世界ではない」
と言うのであれば、
「では、可能世界とは何なのか」を説明する必要があります。
また、
「可能世界という考え方そのものを使わない」
と言うのであれば、
「では、『可能』『必然』『もし〜だったら』を、何によって説明するのか」
という問題が残ります。
このようにルイスの理論は、賛成する人だけでなく、反対する人にも、
「では、あなたならどう説明しますか?」
という問いを突きつけました。
だから、第13章の問い、
「ルイスは正しかったの?」
への答えは、
「正しかったと決着したわけではない。しかし、賛成するにしても反対するにしても、その後の哲学者が答えなければならない問題を、非常にはっきりした形で示した」
となります。
これは、ルイスが哲学に与えた大きな影響の一つです。
優れた哲学は、必ずしも全員を同じ答えに賛成させるものではありません。何が問題なのか、どこで意見が分かれるのか、そして自分は何を説明しなければならないのかを、よりはっきり見えるようにすることがあります。
ルイスの様相実在論は、その代表的な例の一つだといえるでしょう。
第14章 可能世界だけではない――ルイスの哲学
ここまで読んできたなら、デイヴィッド・ルイスを、
「可能世界について考えた哲学者」と覚えているかもしれません。
もちろん、それはルイスの最も有名な仕事の一つです。
しかし、ルイスは可能世界だけを研究していた哲学者ではありません。
彼が考えた問題は、心、知識、因果、自然法則、確率、言語、論理など、非常に広い分野に及びました。
一見すると、それぞれまったく別の問題に見えます。
ところが、ルイスの研究を見ていくと、そこには共通する姿勢が見えてきます。
私たちが普段何気なく使っている言葉について、「それは何によって成り立っているのか」と、さらに一歩深く問い続ける姿勢です。

たとえば、心について考えてみましょう。
私たちは、
「痛い」「うれしい」「何かを考えている」
といった心の状態を経験します。
では、
「心の状態とは、身体や脳とどのような関係にあるのでしょうか」
ルイスは、心を身体とはまったく別に存在する不思議なものとして考えるのではなく、最終的には身体や脳などの物理的な状態と結びつけて説明できるという方向を目指しました。
ただし、
「痛みとは、脳のこの部分が動くことです」
と、一つの脳状態だけに単純に固定したわけではありません。
たとえば「痛み」なら、
「けがなどによって生じる」「本人につらさを感じさせる」「その状態を避けようとする行動につながる」
といった、その状態がどのような原因から生まれ、どのような働きをするのかを重視します。
人間では、「痛み」は脳や神経のある物理的な状態によって成り立っていると考えられます。
しかしルイスは、痛みをもつすべての生物が、人間とまったく同じ脳や神経の仕組みをもっていなければならないとは考えませんでした。
ここで考えられている「別の生物」は、地球上に実在する生物だけに限りません。
たとえば、人間とはまったく違う身体の仕組みをもつ架空の宇宙人を考えてみます。
その宇宙人には、人間と同じ脳や神経がないかもしれません。
それでも、身体が傷つくとある物理的な状態になり、その状態によって苦しんだり、危険から逃げたり、傷ついた部分を守ろうとしたりするのであれば、人間とは違う仕組みが「痛み」と同じような役割を果たしていると考えることができます。
大切なのは、ルイスが「そのような宇宙人が本当に存在する」と主張するためにこの例を使ったわけではないことです。
人間とはまったく違う身体をもつ生物を仮に考えることで、「痛みとは、人間にある特定の脳状態そのものなのか、それとも、その生物の中で果たしている働きによって理解するべきなのか」を考えたのです。
つまりルイスは、「痛みとは人間のこの脳状態です」と一つの仕組みに固定するのではなく、その生物の中で、その状態がどのような原因から生まれ、どのような働きをしているのかまで考えようとしました。
知識についても、同じように一歩先まで問いを進めました。
たとえば、机の上に自分の財布があるのを見て、
「財布が机の上にあると知っている」
と言ったとします。
しかし、本気で疑おうと思えば、
「そっくりな偽物かもしれない」
「誰かにだまされているかもしれない」
「夢を見ているだけかもしれない」
と、間違っている可能性を次々に考えることができます。
では、
「人が『知っている』と言うためには、ありえる間違いをすべて否定しなければならないのでしょうか」ルイスは、そうではないと考えました。
その場面で無視してはいけない重要な間違いの可能性は取り除く必要があります。
しかし、その場面では適切に無視してよい可能性まで、すべて否定しなければ「知っている」と言えないわけではないと考えたのです。
そして、何を無視してよいのかは、会話や状況によって変わることがあります。
つまりルイスは、
「知っているとは何か」を考えるときにも、「どんな状況で、どんな疑いを問題にしているのか」まで考えました。
因果についても、問いはさらに続きます。
たとえば、
「スイッチを押したから、電灯がついた」
と言います。
しかし、
「なぜ、スイッチを押したことを『原因』と呼べるのでしょうか」
ルイスは、この問題を反事実と結びつけて考えました。
つまり、
「もしスイッチを押していなかったら、電灯はついていただろうか」
と問い直します。
もし、
「押していなかったら、電灯はつかなかっただろう」
と言えるのであれば、スイッチを押したことと電灯がついたことの間には、重要な因果的な関係があるように見えます。
ルイスは、「もし原因がなかったなら、結果はどうなっていただろうか」という反事実を使って、原因とは何かを説明しようとしました。
ただし、これですべての因果関係が簡単に説明できたわけではありません。
ある原因がなくても、別の原因によって同じ結果が起きていたような複雑な場合もあります。
そのためルイス自身も、後の研究で因果についての理論を修正し、さらに考え続けました。
一度答えを出したら終わりではなく、自分の理論で説明できない問題が見つかれば、その理論そのものをもう一度考え直す。
ここにも、ルイスらしい研究姿勢が表れています。
自然法則についても、ルイスは当たり前と思われているところから問い直しました。
ここでいう自然法則とは、自然の中で物事がどのように起こるのかを、広く成り立つ規則として表したものです。
たとえば、物体の運動や重力、熱の伝わり方などについて、科学ではさまざまな法則が考えられています。
私たちは、
「これは自然法則です」
と普通に言います。
しかし、
「そもそも、世界で起きている出来事の中から、なぜあるものだけを『自然法則』と呼べるのでしょうか」
ルイスはこの問題について、best-system theory(ベスト・システム・セオリー/最善体系説)と呼ばれる考えを発展させました。
簡単にいえば、世界で実際に起きている膨大な事実を、さまざまな方法で整理するとします。
その中で、
できるだけ単純でありながら、できるだけ多くの事実をうまくまとめて説明できる体系
を考えます。
そして、その最も優れた体系に含まれる一般的な規則を、自然法則として理解しようとしたのです。
つまり、
「自然法則だから世界がそう動く」
と説明を終わらせるのではなく、
「何をもって、それを自然法則と呼ぶことができるのか」というところまで問い直しました。
確率についても、この発想はつながっています。
世界で起きている出来事を最もうまく説明する体系の中に確率が含まれるなら、その確率も、世界全体を最もうまく整理する仕組みの中から理解しようとしました。
ここでも、
「確率とはそういうものです」
で終わらせず、
「世界のどのような事実があるから、それを確率として理解できるのか」
というところまで進もうとしています。
さらにルイスは、部分と全体についても研究しました。
1991(平成3)年には『Parts of Classes(パーツ・オブ・クラシズ/「クラスの部分」)』を出版し、mereology(メレオロジー/部分と全体について考える理論)にも深く取り組みました。
メレオロジーでは、
「何が何の部分なのか」
「複数の部分は、どのように一つの全体を作るのか」
といった問題を考えます。
たとえば、一台の自転車には、タイヤ、フレーム、ハンドルなどがあります。
では、
「どこまでが自転車の部分なのか」
「部分が集まれば、いつでも一つの物になるのか」
と問い始めると、当たり前に見えた「部分」と「全体」という言葉にも、哲学上の問題が隠れていることが分かります。
しかし、ここでルイスが研究した分野や理論の名前をすべて覚える必要はありません。
もっと重要なのは、違う分野を研究していても、ルイスが何度も同じような問い方をしていることです。
心については、
「心とは何によって心になっているのか」
知識については、
「何を満たせば『知っている』と言えるのか」
因果については、
「何があるから、一つの出来事を別の出来事の原因と呼べるのか」
自然法則については、
「何があるから、単なる出来事の集まりではなく『法則』と言えるのか」
と問い続けました。
これは、可能世界についてルイスが行ったことともよく似ています。
可能世界についても、
「可能世界を使えば、可能や必然を説明できます」
というところで終わらず、
「では、その説明に使っている可能世界そのものは何なのか」
と、さらに問いを進めました。
つまりルイスは、説明に使っている言葉を、そのまま説明の終点にしない哲学者だったのです。
「可能だから可能なのです」
「原因だから原因なのです」
「法則だから法則なのです」
「知っているから知っているのです」
というところで止まらず、
「では、それを成り立たせているものは何なのか」
と、その先へ進もうとしました。
そして、別々に見える問題について出した答えを、できるだけ一つの世界観の中で結びつけようとしました。
だからルイスは、単に多くの分野について研究した哲学者というだけではありません。
可能性、因果、心、知識、自然法則、確率など、ばらばらに見える問題を、「世界はどのようなものであれば、これらを一貫して説明できるのか」という大きな視点から考えた哲学者だったのです。
もちろん、ここで紹介したルイスの答えが、すべて哲学上の最終的な正解になったわけではありません。
心についても、知識についても、因果についても、自然法則についても、現在までさまざまな異論や別の理論があります。
しかし重要なのは、ルイスがそれぞれの問題について具体的な答えを出し、さらにその答え同士をできるだけ結びつけようとしたことです。
「可能世界の人」だけでルイスを理解すると、この大きな特徴を見落としてしまいます。
可能世界は、ルイスの哲学の中で非常に重要な役割を果たしました。
しかし、その奥にあったのはもっと大きな目標です。
私たちが当たり前のように使っている「可能」「原因」「知識」「心」「法則」といった考えを一つずつ問い直し、世界全体について、できるだけまとまりのある説明を作ろうとすること。
そこに、デイヴィッド・ルイスという哲学者の大きな特徴があったのです。
第15章 なぜデイヴィッド・ルイスは重要なのか?
ここまでの記事を通して見えてきたルイスの重要性は、大きく三つにまとめることができます。
第一に、「可能世界とは何なのか」を存在論の問題として徹底的に問い詰めたことです。
可能世界を便利な言葉として使うだけではなく、
「その説明に使っている世界を、自分は何だと考えるのか」
というところまで進みました。
その結果が、具体的な可能世界を認める様相実在論でした。
第二に、一つの大胆な考えを、反事実、因果、性質、思考や言語の内容など、さまざまな問題へつなげようとしたことです。
ルイスの仕事は、「可能世界について一つ変わった説を出した」というだけではありません。
世界についての一つの大きな説明体系を作ろうとした仕事でした。
プリンストン大学も、彼の可能世界論を、因果、確率、自然法則、思考や言語の内容などを説明する体系的哲学の中心として紹介しています。
第三に、ルイスの結論に反対する人にも、考えなければならない問題を残したことです。
可能世界は何なのか。
現実世界はなぜ現実なのか。
別の可能世界に同じ人物が存在できるのか。
反事実の「もし」は、何によって真になるのか。
世界にどのようなものを存在すると認めれば、最もよい説明ができるのか。
ルイスが与えた答えに賛成する必要はありません。
しかし、彼が問いを非常にはっきりした形で提示したため、別の答えを出そうとする哲学者も、その問いを無視しにくくなりました。
ルイスの大きな功績の一つは、「答え」だけでなく、「どこまで説明できなければ十分な哲学とは言えないのか」という基準を厳しくしたことにあります。

プリンストン大学は、ルイスの文章についても、簡潔さ、機知、技術的な厳密さ、明晰さを兼ね備え、その哲学的な書き方自体が大きな影響を与えたと振り返っています。また、彼の研究は、様相実在論に反対した哲学者にも、形而上学上の選択肢をより明確に見せたと評価されています。
ここまで追ってくると、デイヴィッド・ルイスという人物の印象も、記事の最初とは少し変わっているかもしれません。
「別世界が本当にあると言った哲学者」だけではありません。
私たちが何気なく使っている概念について、「それは本当は何によって成り立っているのか」と問い、その説明をできるだけ最後まで続けようとした哲学者でした。
「可能である」とは何か。
「もし〜だったら」とは何か。
「原因」とは何か。
「現実」とは何か。
一つ答えると、その説明に使った言葉について、さらに次の問いが生まれる。
ルイスの哲学は、その問いを途中で止めずに追い続けました。
だからこそ、彼の答えに賛成するかどうかとは別に、
「自分は、この言葉を本当に説明できているだろうか」
という問いが、読む側にも残ります。
それこそが、デイヴィッド・ルイスを今も読み続ける大きな理由の一つなのです。
第16章 よくある誤解
ルイスの可能世界を正しく整理する
ここまでルイスの哲学を見てきました。
しかし、可能世界について詳しく知ってくると、今度は言葉の意味を少し取り違えてしまうことがあります。
そこで最後に、ルイスの可能世界について特に誤解しやすい三つの点を整理しておきましょう。
誤解①
「頭の中で想像できる世界なら、すべてルイスの可能世界になる」
これは正しくありません。
たしかに私たちは、
「空を飛べる人間がいる世界」
「恐竜が絶滅しなかった世界」
「自分が別の仕事をしている世界」
など、現実とは違う世界を想像できます。
しかし、「人間が想像したり物語として書いたりできること」と、「哲学的に本当に可能であること」は同じではありません。
たとえば、
「丸くて、同時に四角形でもある図形」
のように、言葉として書くことはできても、その内容そのものに矛盾を含んでいるものがあります。
ルイスの様相実在論が認めるのは、単に「文章として書ける世界」ではなく、物事が本当にそうでありえた仕方に対応する可能世界です。
そのため、
「思いついた」
↓
「想像できた」
↓
「だから、その可能世界が存在する」
という順番で考えるわけではありません。
ルイスにとって可能世界は、人間の想像力によって作られるものではありません。
この点は、ルイスの可能世界と、小説や映画の中で自由に作られる架空世界との大きな違いでもあります。ルイス自身の様相実在論とは別に、論理的な不可能性まで扱う「不可能世界」を認めようとする理論もありますが、それはさらに別の議論です。
誤解②
「可能世界とは、これから現実になるかもしれない未来の候補である」
これも違います。
「可能世界」という言葉から、
「今はまだ現実ではないけれど、未来になればそのうちの一つが現実になる」
というイメージを持つかもしれません。
たとえば、
「明日カレーを食べる世界」
「明日ラーメンを食べる世界」
が並んでいて、明日になった瞬間、そのうち一つが「本当の世界」に選ばれるようなイメージです。
しかし、ルイスの可能世界は、「現実になるのを待っている未来の候補」ではありません。
一つの可能世界は、未来の一部分だけではなく、その世界全体がどのようであるかという一つの完全な世界です。
そして、第9章で見たように、ルイスにとってactual(アクチュアル/現実の)は「ここ」に似た言葉です。
私たちがこの世界にいるため、この世界を「現実世界」と呼んでいます。
だからといって、ほかの可能世界が、
「いつか私たちの現実世界になる順番を待っている」
わけではありません。
ルイスの可能世界は、「まだ現実になっていない未来」ではなく、それぞれが一つの世界として存在すると考えられたものです。 私たちの現実世界も、そのうちの一つとして位置づけられます。
誤解③
「反事実では現実に近い世界を見るのだから、ルイスの可能世界はどれも現実世界によく似ている」
これも誤解です。
第11章では、
「もし一本早い電車に乗っていたら、遅刻しなかっただろう」
という反事実を考えるとき、現実世界に近い可能世界を比べる、と説明しました。
すると、
「ルイスの可能世界は、どれも私たちの世界を少しだけ変えたような世界なのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、そうではありません。
「現実に近い世界を見る」というのは、反事実を考えるときに、たくさんの可能世界の中から比較する世界を選ぶ方法です。
可能世界そのものが、すべて現実世界に似ていなければならないという意味ではありません。
たとえば、
「もし一本早い電車に乗っていたら?」
を考えるのに、地球も人類も存在しないほど現実とかけ離れた世界を比べても、知りたいことにはあまり役立ちません。
そこで、この問いについては、
「一本早い電車に乗ったという点以外は、現実と重要な部分でよく似ている世界」
を優先して比べます。
しかしルイスの様相実在論そのものには、私たちの世界によく似た世界だけでなく、現実とは非常に大きく異なる可能世界も含まれます。 ルイスの世界の豊富さについての議論では、現実に存在するものとは種類そのものが異なるものを含む世界まで認められることが説明されています。
つまり、
「近い可能世界」は、すべての可能世界の定義ではありません。
反事実を考えるときに、
「今回の『もしも』を判断するには、どの世界を比べるのが重要なのか」
を決めるために使われる考え方です。反事実の分析では、Aが成り立つ世界すべてを同じように見るのではなく、現実に近いAの世界を重視します。
ここまでの三つを整理すると、
「想像できるから可能世界なのではない」
「可能世界は、いつか現実になる未来の候補ではない」
「すべての可能世界が、私たちの世界によく似ているわけでもない」
ということになります。
この三つを押さえておくと、ルイスの可能世界を「頭の中で作ったもしもの未来」としてではなく、彼が本気で提示した哲学上の世界観として理解しやすくなります。
ルイスが考えていたのは、
「こんな世界を想像したら面白い」
という物語の作り方ではありません。
「可能であるとは何なのか。その『ありえた』を本気で説明しようとしたとき、世界についてどこまで認める必要があるのか」
という哲学上の問題だったのです。
第17章 おまけコラム
「無数の世界」を考えた哲学者は、列車を愛した
無数の可能世界。
対応者理論。
反事実。
様相実在論。
ここまでのルイスは、机に向かって難しい論理ばかり考えている人物に見えるかもしれません。
しかし、少し哲学から離れて人物を見てみると、意外な一面があります。
デイヴィッド・ルイスは、大の鉄道好きでした。

プリンストン大学の追悼記事によれば、ルイスはrailroad buff(レイルロード・バフ/熱心な鉄道愛好家)で、精巧な模型鉄道を持っていました。
さらに同僚の哲学者ポール・ベナセラフの回想によれば、イギリスに滞在していたときには、朝から列車に乗り、そのまま一日さまざまな路線を移動しながら、本を読んだり文章を書いたりすることもあったそうです。
「無数の世界」を考え続けた哲学者が、現実の世界では列車に揺られながら読書と執筆をしていた。
そう考えると、難解な哲学書の向こう側にいた一人の人間が、少し近く感じられます。
そして、ルイスの人生でもう一つ重要な場所が、オーストラリアでした。
ルイスは1971(昭和46)年と1975(昭和50)年にオーストラリアを訪れ、その後は1979(昭和54)年から1999(平成11)年まで毎年訪問しています。
さらに、亡くなる2001(平成13)年にも再びオーストラリアを訪れました。
プリンストン大学の追悼記事によれば、ルイスと妻ステファニーは、オーストラリアの気取らない雰囲気や自然を愛し、多くの夏をそこで過ごしました。
また、ルイスとオーストラリアとのつながりは、個人的な親しみだけではありませんでした。
学術面では、1994(平成6)年にAustralian Academy of the Humanities(オーストラリアン・アカデミー・オブ・ザ・ヒューマニティーズ/オーストラリア人文科学アカデミー)の名誉フェローに選ばれています。
ここでいうフェローとは、その分野で優れた研究や業績を残した人に与えられる、学術団体の会員・称号のことです。
つまり、ルイスがオーストラリアを好んでいたこととは別に、哲学者としての研究業績もオーストラリアの学術界から高く評価されていたのです。
もちろん、
「列車が好きだったから可能世界を考えた」
「オーストラリアへ行ったから様相実在論が生まれた」
という話ではありません。
これらは哲学理論の原因を説明するエピソードではなく、ルイスという一人の人間を知るための記録です。
列車に乗る。
本を読む。
文章を書く。
海外の哲学者たちと議論する。
そしてまた、
「可能であるとは何なのか」
「世界とは何なのか」
と考える。
難しい理論を作った哲学者にも、そんな日常がありました。
第18章 まとめ・考察
奇妙な答えの奥にあったもの
デイヴィッド・ルイスについて最後まで追ってくると、記事の最初に抱いた印象とは、少し違った人物が見えてきたのではないでしょうか。
最初に出会ったのは、
「現実とは別の可能世界も、具体的に存在すると考えた哲学者」
でした。
確かに、それはルイスを特徴づける重要な考えです。
しかし、ここまで彼の研究を追ってみると、もっと根底にある特徴が見えてきます。
ルイスは、説明に使った言葉について、「では、それ自体は何なのか」とさらに問い続ける哲学者でした。
「別のことも可能だった」
では、可能とは何なのか。
「可能世界で成り立っている」
では、可能世界とは何なのか。
「もし違っていたら、こうなっただろう」
では、どんな世界と比較すればよいのか。
「これが原因だった」
では、原因と結果の関係をどのように説明すればよいのか。
一つの答えを出したら、その答えの中に、まだ説明されていないものが残っていないかを調べる。
そして残っていたら、さらに問い直す。
この記事を通して見えてくるルイスの哲学の魅力は、奇妙な答えを出したこと以上に、「説明をどこで止めてよいのか」を徹底的に考えたことにあるように思えます。
これはルイス自身の言葉をそのまま引用した人物評ではありません。
ここまで紹介してきた彼の研究をもとにした、この記事としての一つの考察です。
そして、この考え方は、様相実在論を信じなくても、私たち自身の思考を見直す手掛かりになりえます。
こんな経験はないでしょうか。
「昔からこうだから、変わらない」
「自分はこういう人間だから、できない」
「あのとき別の道を選んでいたら、きっと今より幸せだった」
「普通はこうするものだから、これが正しい」
私たちは、ときどき、
「実際にそうなっていること」と「そうでなければならないこと」を、知らないうちに近づけすぎてしまいます。
しかし、現実であることと、必然であることは同じではありません。

この区別を意識すると、
「本当に、そうでなければならなかったのだろうか」
という新しい問いが生まれます。
たとえば、
「私は人前で話すのが苦手だから、リーダーには向いていない」
と思っている人がいるとします。
ここで、
「本当に、人前で話すのが得意でなければリーダーになれないのか」
「別の形のリーダーシップはないのか」
と問い直せば、最初の考えが「必然」ではなく、一つの見方だった可能性に気づくかもしれません。
もちろん、問い直せば必ず答えが変わるわけではありません。
現実には変えられない条件もあります。
哲学が保証してくれるのは、望んだ人生を実現することではなく、自分が「変えられない」と考えているものを、本当にそうなのか検討する手掛かりです。
逆方向にも使えます。
「あのとき別の学校へ行っていれば、もっと幸せだった」
「あの仕事を選んでいれば、成功していた」
そんなふうに過去を考えることもあるでしょう。
でも、ここにも「可能」と「必然」の違いがあります。
別の選択をすることが可能だったとしても、
その選択をすれば、望んだ結果が必ず起きたことにはなりません。
別の学校へ行った世界にも、新しい悩みがあったかもしれません。
別の仕事を選んだ世界にも、予想していなかった失敗があったかもしれません。
これはルイスの様相実在論から直接導かれる人生訓ではありません。
しかし、可能性について丁寧に考えるこの記事から得られる、一つの哲学的な考察です。
「ありえた人生」と「必ず幸せになれた人生」は同じではない。
そう考えると、
「もし、あのとき違っていたら」
という言葉も、少し違って見えてきます。
別の可能性を考えることは、現実から逃げるためだけにあるのではありません。
反対に、別の可能性を理想化するためだけにあるのでもありません。
今ある現実を、「唯一そうでなければならなかったもの」と決めつけないための手掛かりにもなりえます。
そして、ルイスの哲学からさらに一歩離れて考えてみると、もう一つ面白いことがあります。
私たちは何かを説明するとき、
「性格だから」
「普通だから」
「才能だから」
「運だから」
「仕方がないから」
という言葉を使います。
でも、その言葉を使った瞬間、本当に説明は終わっているのでしょうか。
ルイスなら、と簡単に本人の発言を想像することはできません。
しかし、彼の哲学を読んだ私たちなら、
「その言葉で、本当に説明したことになっているだろうか」
と問い直すことはできます。
その問いは、ときに少し面倒です。
答えがすぐに出ないこともあります。
けれど、哲学とはもともと、すぐに答えを出すためだけのものではありません。
当たり前に使っていた言葉の下に、もう一つ問いを見つける。
そこから考え直してみる。
デイヴィッド・ルイスの答えに賛成する必要はありません。
無数の具体的な可能世界が存在すると信じる必要もありません。
それでも、
「現実にそうであること」と「そうでなければならないこと」は同じなのか。
そして、
「自分は、説明したつもりになっているだけではないだろうか。」
この二つの問いを持ち帰ることはできます。
あなた自身の生活の中で、
「これはもう変えられない」
「これは絶対にこうだ」
と思っていることはあるでしょうか。
それは、本当に必然なのでしょうか。
それとも、
いま現実にそうなっている、ということなのでしょうか。
一つ答えが見つかったら、そこで終わりとは限りません。
その答えの中に、まだ説明されていない言葉があるかもしれません。
そこから、もう一つ問いが生まれる。
哲学は、その問いが生まれたところから、また始まります。
第19章 疑問が解決した物語
「だから、何度も名前が出てきたのか」
デイヴィッド・ルイスについて調べ始めたソウタさんは、パソコンの画面を眺めながら、最初のころのことを思い出していました。
可能世界について調べるたびに出てきた、
「David Lewis(デイヴィッド・ルイス)」
という名前。
最初は、
「またこの人だ」
と思っただけでした。
そして、少し調べて、
「可能世界が本当に存在すると考えた、かなり変わった哲学者なのかな」
という印象を持っていました。
けれど、ここまでルイスについて知った今、その印象はずいぶん変わっていました。
ソウタさんはノートに、
「ルイス=別世界が本当にあると言った人」
と書いていた最初のメモを見つけました。
少し考えて、その下に新しく書き足します。
「『可能』という言葉を、途中で説明をやめずに考え続けた人」

こちらのほうが、今の自分にはしっくりきました。
ルイスが面白かったのは、「無数の世界がある」という結論の奇抜さだけではありませんでした。
「可能です」
と言われたら、
「どうして可能だと言えるのですか」
と問い直す。
「もし違っていたら」
と言われたら、
「その場合、本当にどうなっていたと言えるのですか」
とさらに考える。
一つの説明を聞いて納得したように見えても、
「その説明に使っている言葉そのものは、まだ説明されていないのでは?」
と問いを続ける。
ソウタさんには、その姿勢のほうが強く残っていました。
「だから、何度も名前が出てきたのか」
今度は、その言葉の意味が最初とは違っていました。
有名だから何度も出てくる、というだけではありません。
可能世界について深く考えていくと、ルイスが問い直した問題に何度もぶつかる。
だから、そのたびに名前が現れていたのです。
そしてソウタさんは、自分がそもそも可能世界について調べ始めた理由を思い出しました。
「もし、あのとき別の進路を選んでいたら?」
以前はこの問いを考えると、頭の中には自然と、
「きっと今よりうまくいっていた自分」
が浮かんでいました。
でも、今はそこで一度止まるようになりました。
「別の道も可能だった」ということと、「その道のほうが必ず良かった」ということは、同じではない。
別の進路を選んでいた可能性はあったかもしれません。
けれど、その先には、その人生でしか起こらない失敗や迷いもあったかもしれません。
逆に、今の人生についても、
「もうこうなってしまったから、これからも変わらない」
と決まっているわけではありません。
ソウタさんはノートの端に、もう二つ書きました。
「可能だった=必ず良かった、ではない」
「今こうである=これからも必ずこうである、ではない」
もちろん、これはルイスがそのまま教えた人生訓ではありません。
ルイスの哲学を知ったソウタさんが、自分の悩みに引きつけて考えてみた結果です。
それでも、「もしも」との向き合い方は少し変わりました。
以前なら、
「あの道を選んでいれば……」
と、存在しない答えを何度も考えていました。
今は、
「別の道もありえた。では、今ここからありえることは何だろう」
と考えるようになりました。
その日の夜、ソウタさんは以前から少し気になっていた分野の本を一冊、机の上に置きました。
人生を大きく変える決断をしたわけではありません。
ただ、
「自分にはもう関係ない」
と決めつけていたものを、少しだけ確かめてみようと思ったのです。
ルイスについて調べたことで、過去の「もしも」が消えたわけではありません。
無数の可能世界が本当に存在するのかについても、ソウタさんはまだ、
「ルイスの説明は分かった。でも、本当にそうなのかは分からない」
と思っています。
けれど、それも以前とは違いました。
理解することと、賛成することは同じではない。
「なぜそんな答えを出したのか」が分かれば、自分がどこまで納得できるのかも考えられる。
哲学とは、答えを覚えるだけではなく、そこから自分の問いを作っていくことなのかもしれません。
ソウタさんは、最初に検索したときの画面を思い出しました。
あのころは、
「デイヴィッド・ルイスって、結局誰なんだろう?」
という疑問から始まりました。
今なら、少し違う言い方ができます。
「当たり前に使っている『ありえる』という言葉を、本当に最後まで説明しようとした哲学者だったんだ」
そして、その答えを知ったところで、問いは終わりませんでした。
むしろ今度は、自分の側に問いが残りました。
「自分が『もう無理だ』『こうするしかない』と思っていることは、本当に必然なのだろうか。それとも、まだ別の可能性が残っているのだろうか。」
あなたなら、デイヴィッド・ルイスの哲学を知ったあと、これまで当たり前だと思っていたどんな「可能性」を、もう一度問い直してみたいでしょうか。
第20章 文章の締めとして
「ありえた世界」を考えた、その先へ
ここまで、デイヴィッド・ルイスという一人の哲学者を追いながら、「可能世界」という不思議な考えについて見てきました。
最初は、
「本当に別の世界が存在するの?」
という、とても遠い話に感じたかもしれません。
けれど、ルイスの問いをたどっていくと、その先にあったのは、私たちが普段から何気なく使っている言葉でした。
「できたかもしれない」
「もし、あのとき違っていたら」
「これは仕方がなかった」
「こうなるしかなかった」
そんな言葉の一つひとつにも、立ち止まって考えてみれば、大きな哲学の問いが隠れています。
デイヴィッド・ルイスが出した答えに、賛成する必要はありません。
無数の可能世界が本当に存在するのか。
別世界の「自分」は、自分ではなく対応者なのか。
「現実」とは、私たちがいるこの世界を指しているだけなのか。
答えを知ったあとにも、まだ疑問は残ります。
でも、それは哲学を理解できなかったということではありません。
一つの答えを知ったことで、それまで見えなかった次の問いが見えてきたのなら、そこからもう哲学は始まっています。
もしかすると、この記事を閉じたあと、
「あのとき、別の選択をしていたら」
と思い出すことがあるかもしれません。
そのときは、少しだけ続きを考えてみてください。
別の人生がありえたとしても、今の人生が間違いだったとは限りません。
そして、今ここにある現実も、未来のすべてを決めているわけではありません。
過去の「もしも」を考えることと、これからの「ありえる」を考えること。
その二つの間に、私たちは生きています。

ルイスが考え抜いた無数の可能世界は、とても遠い哲学の話に見えます。
けれど、その哲学を入り口にして、
「現実とは何だろう」
「可能とは何だろう」
「自分は何を当然だと思っているのだろう」
と考え始めたとき、その問いはもう、私たち自身のものです。
答えを急がなくてもかまいません。
今日とは違う日に、もう一度考えたら、別の問いが見つかるかもしれません。
そのとき、また哲学してみてください。

補足注意
本記事は、公開されている哲学資料や研究情報をもとに、著者が個人で確認できる範囲の情報でデイヴィッド・ルイスと可能世界について整理したものです。
哲学には、ルイスとは異なる立場や解釈もあり、この記事で紹介した考えが唯一の答えというわけではありません。
また、哲学研究や資料の検討が進むことで、これまでの理解が修正されたり、新しい見方が加わったりする可能性もあります。
🧭 本記事のスタンス
この記事が「正解を決める場所」ではなく、興味を持ち、自分でも調べ、さまざまな立場から考えてみるための入り口になれば幸いです。
このブログからデイヴィッド・ルイスに興味が湧いたなら、ここを一つの「可能世界」への入口として、さらに深い文献や資料へ進んでみてください。
ルイスが「ありえる」を問い続けたように、知れば問いが生まれ、問えば新しい世界が見えてくる――あなたの中に生まれた「もっと知りたい」という可能性もまた、デイヴィッド・ルイスの哲学から始まる、新しい学びの世界なのかもしれません。
最後まで読んでいただき、
本当にありがとうございました。
デイヴィッド・ルイスの人生と哲学は、当たり前に使っている言葉や、変えられないと思っている現実にも、もう一度「本当にそうなのだろうか」と問いを向けることで、そこから新しい可能性や新しい世界の見え方が開けることを教えてくれているのかもしれません。


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