PR

当サイトでは広告・アフィリエイトプログラムを利用しています。

なぜ仲間をひいきしてしまう?心理学の「内集団・外集団」とは

まず、こんなことはありませんか?

スポーツの国際大会を見ていて、昨日まで名前も知らなかった選手なのに、「日本代表」と分かった途端に応援したくなったことはありませんか?

会ったことも、話したこともない。

それでも「同じ日本の側だ」と感じると、少し身近に思えることがあります。

反対に、相手チームの選手は嫌いではないのに、「今回はこっちに勝ってほしい」と感じます。

このように、人はときどき心の中で「私たち」と「私たちではない側」を分け、その違いによって見方や行動が変わることがあります。

5秒でわかる結論

「私たち」と感じる側が内集団、「私たちではない側」が外集団です。人は、ときに内集団をひいきします。

小学生にもわかるように言うと

運動会で赤組になったら、赤組を応援したくなることがありますよね。

自分の赤組が「内集団」、相手の白組が「外集団」です。

でも、白組が嫌いという意味ではありません。

「自分たちの側」と「別の側」という違いです。

1.「仲間だと少し良く見える?」こんなことはありませんか

同じクラスの人だと、あまり話したことがなくても応援したくなる。

友達の失敗なら「何か事情があったのかも」と思えるのに、別のグループの人には少し厳しく感じる。

普段は競争している別のクラスなのに、他校との試合になると急に「同じ学校の仲間」に感じる。

こんな経験はありませんか?

すると、こんな疑問が浮かびます。

「どうして“同じ側”だと感じるだけで、相手の見え方が変わることがあるの?」

さらに、

「仲間をひいきするのは悪いことなの?」

「仲間を応援することは、外の人を嫌っているということ?」

「自分も知らないうちに不公平な見方をしているのでは?」

と気になる人もいるでしょう。

この記事では、そんな疑問を心理学の「内集団」と「外集団」という考え方から整理していきます。

内集団・外集団を知ると、「なぜ仲間を特別に感じることがあるのか」「仲間への好意と、外の人への敵意は何が違うのか」が見えてきます。

まずは、この不思議さを感じた一人の中学生の場面から見てみましょう。

2.疑問が生まれた物語――「同じことなのに、どうして?」

中学2年生の結衣さんは、文化祭の準備をしていました。

同じクラスの健太くんが遅れてくると、

「部活もあったし、仕方ないよね」

と思いました。

ところが、隣のクラスの生徒が同じように遅れてくると、

「ちゃんと時間を守ればいいのに」

と少し厳しく感じました。

そこで、ふと気づきます。

「……あれ? 同じように遅れたのに、なんで感じ方が違うんだろう?」

しかも数日後の学校対抗戦では、文化祭ではライバルだった隣のクラスの生徒まで、

「うちの学校の仲間だ。頑張れ!」

と応援していました。

「さっきまで“あっちのクラス”だったのに、今は“私たちの学校”になってる……」

結衣さんはまだ、「内集団」や「外集団」という言葉を知りません。

ただ、自分の中にある**「私たち」の境界が、場面によって変わっている**ことに気づきました。

「この気持ちには名前があるのかな?」

「仲間を応援することと、相手を嫌うことは同じなのかな?」

※この物語は、心理学の考え方を理解しやすくするために作った架空の例です。

では、結衣さんが感じたこの疑問に、まずはっきり答えてみましょう。

3.すぐにわかる結論――心理学の「内集団」と「外集団」とは?

お答えします。

in-group(イングループ、日本語で「内集団」)とは、自分が所属している、または「自分はこの人たちと同じ側だ」と感じている集団です。

out-group(アウトグループ、日本語で「外集団」)とは、自分が所属していない、または「自分たちとは別の側だ」と捉えている集団です。

American Psychological Association(アメリカン・サイコロジカル・アソシエーション、「アメリカ心理学会」)が公開する専門的な心理学辞典でも、内集団は「自分が所属する、または自分と結びつけて捉える集団」、外集団は「自分が所属せず、自分と結びつけて捉えていない集団」という基本的な意味で説明されています。

噛み砕けば、

内集団=「私たち」

外集団=「私たちではない側」

です。

そして人には、状況によって、外集団より内集団の人を好意的に評価したり、有利に扱ったりすることがあります。

この傾向を in-group favoritism(イングループ・フェイヴァリティズム、日本語で「内集団ひいき」)と呼びます。

普通の言葉でいうと、「同じ仲間だ」と感じることで、その人を少し応援したり、優先したりすることがあるという意味です。1971年(昭和46年)の実験でも、ほとんど意味のない分類だけで分けられた集団で、内集団を有利に扱う傾向が確認されています。

ただし、ここが今回もっとも間違えてほしくないところです。

外集団は「嫌いな人たち」という意味ではありません。

結衣さんも、隣のクラスの生徒を嫌っていたわけではありません。

それでも文化祭では「自分のクラス」と「隣のクラス」という別々の側として見ていました。

さらに、

「仲間を少し優先すること」と「外の人を嫌ったり攻撃したりすること」も同じではありません。

研究レビューでも、内集団への好意や優遇は、外集団への敵意を必ず伴うものではないと整理されています。

ここまでを覚えておけば、まず基本は十分です。

内集団と外集団とは、好きな人と嫌いな人を分ける言葉ではありません。「自分はどちら側の一員だと感じているか」という集団の境界を表す言葉です。

そして、その境界によって、ときに仲間への評価や行動に偏りが生まれることがあります。

ここまでで、「内集団・外集団とは何か」という最初の疑問には答えが出ました。

では、なぜ人は、それほど簡単に「私たち」という集団を作るのでしょうか。

次の章からは、1971年(昭和46年)に報告された有名な心理学実験までさかのぼり、研究者が何を確かめたかったのか、誰を対象に、どんな方法で調べ、何が分かったのかを一つずつ詳しく見ていきましょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました