魔女から逃げ切って、ようやく元の身体に戻れた3人。それなのに、ちいかわの表情にはどこか不安が残り、ハチワレはもう次の楽しみを見つけています。涙のような描写や謎の食べ物、うさぎの不思議な振る舞いを手がかりに、第23話の何気ない日常に隠された意味を深く考察します。

- 『ちいかわ』第21話から第23話までの「なんとかバニア編」
- 第21話・第22話を振り返って――かわいい人形から始まった恐怖
- 第23話の始まり――笑顔のちいかわと、ぼんやり映る不気味な物体
- 水面に映った自分の顔――ほっぺを触って確かめる「自分が戻った」という実感
- なぜ、うさぎだけは自分の顔を確かめないのでしょうか?
- 「やったー!」と「うん」――短い言葉に込められた友情
- 笑顔から一転したちいかわ――本当に気にしていたのは「なんとかバニア」だけ?
- 「またお金貯めて買えばいいじゃん!」――ハチワレの前向きさと、少し気になる危機感
- ちいかわが空を見つめているように見える理由――考え込んでいたのか、それとも気づいていなかったのか
- ちいかわの目に浮かぶ小さな涙――その涙には、どんな気持ちが込められていたのでしょうか
- 突然現れた謎の物体――ちいかわが尻餅をつくほど驚いたものの正体
- 「こわいけどおいしいんだよ」――この一言に表れたハチワレの生き抜く力
- 「紐みたいなところは噛んでペッとした方がいいよ」――食べ方まで知っているハチワレ
- ちいかわとハチワレの生活環境の違いも、今回の反応に関係しているのでしょうか
- うさぎと蝶々の不思議な場面――うさぎは何を考えていたのでしょうか
- 最後まで残る不思議な余韻――怖いものが消えない『ちいかわ』の世界
- コメント欄では、こんなことが多く語られていました
- 今回の動画が教えてくれるかもしれないこと
『ちいかわ』第21話から第23話までの「なんとかバニア編」
今回は、その最終話となる第23話「なんとかバニア③」を中心に、改めて物語を振り返ってみたいと思います。
第21話と第22話では、友達へのプレゼントとして登場した「なんとかバニア」が、思いがけない恐怖を引き起こしました。
突然現れた魔女によって人形にされ、身体を奪われそうになる3人。
しかし、ハチワレの機転と「なんとかなれ!」という言葉によって、何とか危機を乗り越えることができました。
その一連の出来事については、以前の記事でも詳しく考察しましたので、今回は簡単な振り返りにとどめます。
私が今回注目したいのは、恐ろしい出来事が終わった後、3人が何を考え、どのように日常へ戻っていくのかということです。
第23話は、魔女との戦いが終わった後の、いわば後日談のようなお話です。
しかし、じっくり見ていると、ちいかわの視線や表情、ハチワレの言葉、うさぎの行動などに、いろいろな意味が隠されているように感じられました。
そして最後には、何とも言えない不気味な食べ物まで登場します。
かわいいだけでは終わらないこのエピソードには、どのような意味が込められているのでしょうか。
第21話・第22話を振り返って――かわいい人形から始まった恐怖

最初に、前回までの出来事を少し振り返っておきたいと思います。
第21話では、ハチワレがちいかわとうさぎに「なんとかバニア」という人形を見せ、一緒に楽しもうとします。
友達を喜ばせたいという、ハチワレらしい優しさが感じられる始まりでした。
ところが、突然現れた魔女によって、3人は人形の姿に変えられてしまいます。
第22話では、自分の身体を奪われ、涙を流すことさえできなくなった3人の絶望的な状況が描かれました。
その中で、ハチワレだけが少し動けたことが、危機を脱するきっかけになります。
人形とハチワレの柄が完全には一致していなかったことが、魔法の効き方に影響したのではないかという考察もできます。
そして、たった一つのペットボトルのキャップによって、魔女を転ばせることに成功したのです。
私は、この展開に「どれほど小さな可能性でも、行動することで運命が変わる場合がある」という意味を感じました。
ただし、今回さらに考えてみたいのは、その危機を乗り越えた後のことです。
命を失いかねない恐怖を経験した3人は、本当に何事もなかったかのように元の日常へ戻れるのでしょうか。

ここからが第23話の始まりです。
第23話の始まり――笑顔のちいかわと、ぼんやり映る不気味な物体
第23話の冒頭イラストには、笑顔のちいかわが映し出されます。
ところが、その背後には、少しぼやけた奇妙な物体のようなものが見えます。
これは後にハチワレが水辺から取り出す、謎の食べ物を思わせる姿です。
私は、この冒頭の見せ方がとても興味深いと感じました。
ちいかわ自身は笑顔なのに、そのすぐそばには何とも言えない不気味なものが存在しているのです。
しかも、その物体ははっきりと描かれているわけではなく、焦点が合っていないようにも見えます。
まるで、これからちいかわに起こる出来事を、あらかじめ暗示しているようにも感じられました。
もちろん、単に今回登場するものを紹介するためのイラストなのかもしれません。
しかし、私はここに『ちいかわ』らしい表現を感じます。
本人がまだ気づいていないところに、思いがけない出来事が待っている。
これは、直前の魔女との遭遇にも通じるものがあります。
平和に笑っているときでも、そのすぐ近くには得体の知れないものが存在しているのかもしれません。
そう考えると、冒頭のちいかわの笑顔が、少し違った意味を持って見えてきます。
水面に映った自分の顔――ほっぺを触って確かめる「自分が戻った」という実感
物語は、無事に魔女から逃げ切ったちいかわとハチワレが、水面に映った自分の姿を確認している場面へと進みます。
水辺には葉っぱが浮かび、2人は水面を見つめながら、自分のほっぺたに両手を当てています。
ほっぺを押したことで、顔が少しへこんでいる姿は何ともかわいらしいです。
しかし、この何気ない仕草にも、私は深い意味があるように感じました。
2人は、人形になった自分たちが本当に元の身体に戻ったのかを確かめているのです。
水面に映る姿を見るだけではなく、実際に自分のほっぺを触って確認しているところが重要ではないでしょうか。
私たちは普段、自分の身体が自分のものであることを疑いません。
手を動かせば動きますし、触れば感触があります。
泣きたいときには涙が流れ、笑いたいときには笑うことができます。
しかし、ちいかわたちは、つい先ほどまでその当たり前を奪われていました。
だからこそ、ほっぺを押して感触を確かめるという小さな行動が、とても大きな意味を持っているように思います。
特にちいかわは、まだ少し不安そうな表情をしています。
本当に戻れたのだろうか。
また人形になってしまうことはないのだろうか。
そんな気持ちが残っていたとしても、不思議ではありません。
そして、ハチワレはほっぺを触りながら、元に戻っていることを確認します。
ここで私は、「元に戻った」という事実と、「もう安心していい」と心から思えることは、必ずしも同じではないと感じました。
身体が元に戻っても、経験した恐怖まで一瞬で消えるとは限りません。
この場面のちいかわには、そんな余韻も感じられるのです。

なぜ、うさぎだけは自分の顔を確かめないのでしょうか?
一方、その後ろでは、うさぎが「ウッラ、ウッラ」と言いながら、楽しそうに跳ね回っています。
ちいかわとハチワレが一生懸命に自分の身体を確かめているのに、うさぎだけはまるで気にしていないかのようです。
この対比が、何とも面白いところです。
単純に考えれば、うさぎはもう身体が元に戻ったことを実感しているのでしょう。
元気に動き回れるのだから、わざわざ水面を見て確認する必要がないのかもしれません。
しかし、私はもう少し違う可能性も考えてしまいました。
もしかすると、うさぎは自分の身体の状態を、ほかの2人より感覚的に理解しているのではないでしょうか。
身体が動くこと、自由に跳ね回れることそのものが、元に戻った証拠になっているのかもしれません。
さらに想像を広げると、うさぎは不思議な現象や身体の変化に対して、私たちが思っている以上に慣れているのではないか、とも感じます。
もちろん、うさぎが過去に同じような経験をしたと確認できるわけではありません。
それでも、今回の行動だけを見ると、うさぎにはちいかわやハチワレとは違った落ち着きがあるように感じられるのです。
ここには、安心を確かめる方法の違いも表れているのかもしれません。
ちいかわとハチワレは、自分の姿を確認することで安心を得ようとしています。
一方のうさぎは、実際に動き回ることで、安心を確かめているようにも見えます。
同じ出来事を経験しても、その後の反応はそれぞれ違う。
私は、この短い場面に3人の性格がよく表れていると感じました。
「やったー!」と「うん」――短い言葉に込められた友情
元の姿に戻ったことを確認したハチワレは、ちいかわの方を向き、満面の笑みで「やったー!」と喜びます。
その表情には、ほっぺに当てた手や、口元から見える小さな牙まで、かわいらしさが詰まっています。
そして、ちいかわもハチワレの方を向いて「うん」と返事をします。
私は、このやり取りがとても好きです。
ハチワレは自分の喜びを言葉にして表現します。
一方のちいかわは、短い返事だけで気持ちを伝えています。
けれども、そこには確かに意思の疎通があります。
ちいかわの「うん」は、単なる相づちではなく、声の抑揚や表情によって、喜びや安心感が伝わってくるように感じます。
ここには、声を担当する方の表現力の素晴らしさも表れていると思いました。
『ちいかわ』では、長い言葉を使わなくても、気持ちが伝わる場面がたくさんあります。
そして、それが成立するのは、相手との間に信頼関係があるからなのかもしれません。
大切な相手とは、多くの言葉を交わさなくても、気持ちを分かち合えることがあります。
この何気ない「やったー!」と「うん」というやり取りに、私はそんな友情の温かさを感じました。
笑顔から一転したちいかわ――本当に気にしていたのは「なんとかバニア」だけ?
ところが、喜んでいたちいかわの表情が、突然少し沈んでしまいます。
その変化に気づいたハチワレは、「あっ」と反応し、「なんとかバニアのこと?」と声をかけます。
ここでまず素晴らしいと思うのは、ハチワレがちいかわの気持ちの変化にすぐ気づいていることです。
自分が喜んでいる最中でも、隣にいる友達の表情を見ているのです。
ハチワレの優しさは、こういう何気ないところに表れているのではないでしょうか。
しかし、私はこの場面で一つ気になったことがあります。
ちいかわが本当に悩んでいたのは、失ってしまった「なんとかバニア」のことだけだったのでしょうか。
確かに、せっかくハチワレからもらった大切な人形をなくしてしまったのですから、悲しくなるのは自然なことです。
けれども、少し前まで3人は、恐ろしい魔女に身体を奪われそうになっていました。
命に関わるほどの危険な目に遭ったばかりなのです。
もしかすると、ちいかわの中には、まだその恐怖が残っているのではないでしょうか。
また同じような魔女が現れたらどうしよう。
本当に元に戻ったままでいられるのだろうか。
そんな不安を抱えていた可能性もあると思います。
もちろん、ちいかわの本当の気持ちは、ここでははっきり語られていません。
人形を失った悲しみだったのかもしれませんし、恐怖の余韻も重なっていたのかもしれません。
ただ、私はこの場面を見ながら、相手の気持ちを察することの難しさについても考えさせられました。
ハチワレは、ちいかわが何かを気にしていることには気づきました。
しかし、その理由まで完全に理解できていたのかどうかはわかりません。
これは私たちの日常でも、よくあることではないでしょうか。
相手が落ち込んでいることには気づいても、本当に何に悩んでいるのかまではわからないことがあります。
優しさがあることと、相手の気持ちを完全に理解できることは、必ずしも同じではないのかもしれません。
「またお金貯めて買えばいいじゃん!」――ハチワレの前向きさと、少し気になる危機感
そんなちいかわに対して、ハチワレは明るく語りかけます。
またお金を貯めて買えばいい。
次に買ったときには、もっと嬉しいかもしれない。
この考え方には、私はとても感心しました。
一度失ったものについて、いつまでも悲しむのではなく、次に手に入れる楽しみを考える。
ハチワレは、失ったという事実だけでなく、その先にある未来を見ているのです。
しかも、明るく耳を動かしながら話す姿からは、その言葉が無理に自分を励ますためのものではなく、ごく自然に出てきたようにも感じられます。
ハチワレにとって、未来に楽しいことが待っていると考えるのは、特別な努力を必要としないことなのかもしれません。常に前向きなハチワレ。
私は、そんなハチワレの前向きさを見習いたいと思いました。
しかし、同時に少し気になったこともあります。
それは、ハチワレは、つい先ほどまで経験していた危険を、どのように受け止めているのでしょうかということです。
また人形を買うことは、もちろん楽しいことでしょう。
でも、あの人形によって恐ろしいことが起こったのも事実です。
もしまた同じことが起きたら、どうするのでしょうか。
今回は偶然、ペットボトルのキャップがあったことで助かりました。
しかし、次も必ず助かるとは限りません。
私は、ハチワレの前向きさには大きな強さがある一方で、少し危うい部分もあるように感じました。
過去の失敗や恐怖にとらわれすぎないことは大切です。
けれども、経験した危険から学び、次に同じことが起こらないように備えることも、同じくらい大切ではないでしょうか。
ハチワレは、気持ちを前へ進めることがとても得意なのだと思います。
ただ、その前向きさが強すぎるあまり、危険を振り返ることが後回しになっている可能性もあります。
私は、そんな長所と危うさの両方が存在しているからこそ、ハチワレというキャラクターが面白いのだと感じました。
ちいかわが空を見つめているように見える理由――考え込んでいたのか、それとも気づいていなかったのか
ハチワレが前向きな言葉をかけている間、画面の外からは水を動かすような音が聞こえてきます。
ハチワレは何かをしながら、ちいかわに話しかけているのです。
そして、その様子を見ていると、私はちいかわの視線が気になりました。
ちいかわは、ハチワレの方をじっと見ているというよりも、少し上の方、空を見上げるような表情をしているように見えます。
これは何を意味しているのでしょうか。
一つ考えられるのは、ハチワレの言葉を聞きながら、頭の中でいろいろなことを想像していたということです。
またお金を貯めて買えばいい。
次に買ったときには、もっと嬉しいかもしれない。
そんな言葉を聞いて、次に人形を手に入れたときのことを思い浮かべていたのかもしれません。
しかし、私は別の可能性も感じました。
もしかすると、ちいかわはまだ不安を抱えていて、ハチワレのように簡単には前向きになれなかったのではないでしょうか。
そういう考え方もあるのだろうけれど、自分はまだ少し怖い。
そんな複雑な気持ちを整理していたようにも見えます。
そして、ここでもう一つ面白いのが、ちいかわがハチワレの手元を見ていないように思えることです。
実はこの間に、ハチワレは水辺からとんでもないものを取り出そうとしていました。
もし、ちいかわがその様子を見ていなかったとすれば、次の場面で見せる大きな驚きにも納得できます。
ハチワレの手元で何が起きているのか知らないまま、突然、不気味なものを目の前に差し出されたのです。
この視線の描き方が意図的なものだとしたら、非常に面白い演出だと思います。
わずかな目線の違いが、次の場面への準備になっているのかもしれません。
ちいかわの目に浮かぶ小さな涙――その涙には、どんな気持ちが込められていたのでしょうか
ハチワレの前向きな言葉に対して、ちいかわは「うん」とも「ふうん」とも聞こえるような声で返事をし、目を閉じます。
その姿もまたかわいらしいのですが、私が特に気になったのは、目元の描写です。
よく見ると、私にはちいかわの右目のあたりに、涙のようなものが浮かんでいるように見えました。
もしこれが涙の表現だとしたら、一体どのような気持ちなのでしょうか。
私は、いくつかの可能性を考えました。
まず、ハチワレが前向きな言葉をかけてくれたことへの、感謝や感動の涙かもしれません。
失ったものを悲しんでいたところに、また買えばいいと言ってもらえた。
その言葉によって、少し気持ちが楽になったのかもしれません。
一方で、なくしてしまった人形への悲しみが、まだ残っていた可能性もあります。
そして、もう一つ考えてしまうのが、ちいかわは、ハチワレに自分がまだ魔女への恐怖や、身体がいれかわってしまったにたいする恐怖がまだ残っていることなどの本当の気持ち、不安が伝わらなかったという悲しい気持ちが涙として出ているのではないかということです。
ハチワレは一生懸命に励ましてくれています。
だからこそ、ちいかわも、それ以上不安な気持ちを口にできなかったのかもしれません。
せっかく前向きに励ましてくれているのだから、これ以上心配をかけたくない。
そんな遠慮や優しさがあったとしても、不思議ではありません。
もちろん、この小さな表情だけで、ちいかわの心情を断定することはできません。
しかし、私はここに、言葉にならない気持ちの奥深さを感じました。
そして、直前の第22話では、人形になってしまったために、泣こうとしても涙が出ないという恐ろしい場面がありました。
それを思い出すと、今回の涙のような描写には、また別の意味も感じられます。
涙が出るということ自体が、自分の身体を取り戻した証拠でもあるのではないでしょうか。
泣けることは、必ずしも弱さではありません。
自分の感情を表現できるということでもあります。
たとえ悲しい涙だったとしても、それは自分自身に戻れたからこそ流せるものなのかもしれません。
私は、そう考えると、この小さな目元の描写が一層印象深く感じられました。
突然現れた謎の物体――ちいかわが尻餅をつくほど驚いたものの正体

そんなちいかわの目の前に、ハチワレが水辺から取り出したものが現れます。
それは、何とも説明しにくい奇妙な物体でした。
黄緑色や黄色が入り交じり、ピンク色の目のような部分があり、白い手や足のようにも見えるものが飛び出しています。
食べ物なのでしょうか。
それとも、生き物なのでしょうか。
私は、見た目だけではまったく判断がつきませんでした。
しかも、その姿はかなり不気味です。
ちいかわが驚くのも無理はないと思います。
目の前に突然差し出されたその物体に対して、ちいかわは大きな声を上げ、思わず尻餅をついてしまいます。
さらに手足をバタつかせ、目には涙まで浮かべています。
私は、この驚き方が非常に面白いと思いました。
先ほどまでのちいかわは、静かに考え込んでいるような様子でした。
ところが、目の前に奇妙なものが現れた途端、全身で驚きを表現しています。
まさに、気持ちが一瞬で切り替わってしまったような描写です。
そして、ここで注目したいのは、ハチワレとちいかわの間にある、あまりにも大きな認識の違いです。
ハチワレにとっては、何かおいしいものを見つけたという、ごく普通の出来事なのでしょう。
しかし、ちいかわにとっては、得体の知れない恐ろしいものを突然差し出された出来事なのです。
同じものを見ているのに、片方は喜び、片方は恐怖を感じている。
私は、この対比がとても興味深いと思いました。
私たちも、知らないものに対しては不安を感じます。
しかし、そのものをよく知っている人にとっては、まったく怖くない場合があります。
つまり、恐怖というものは、対象そのものだけでなく、どれほど知っているかによっても変わってくるのかもしれません。
この場面には、そんな知識や経験の違いまで表れているように感じました。
「こわいけどおいしいんだよ」――この一言に表れたハチワレの生き抜く力
そんな不気味な物体を前に、ハチワレは平然と「こわいけどおいしいんだよ」と説明します。
私は、この言葉が今回のエピソードの中でも、特に面白いと感じました。
普通なら、食べ物を紹介するときには「おいしいよ」と言うでしょう。
しかし、ハチワレはわざわざ「こわいけど」という言葉を付け加えています。
つまり、ハチワレ自身も、その物体が不気味な見た目をしていることは理解しているのです。
それでも、ハチワレはその物体を「おいしい」と言って食べようとしています。
ここで私は、一つ気になることがありました。
ハチワレは、一体どのようにして、この不気味なものがおいしいと知ったのでしょうか。
初めてこの物体を見たときには、ハチワレも、その奇妙な姿に驚いたのかもしれません。
しかし、何かのきっかけで実際に食べてみたところ、見た目からは想像できないおいしさに気づいた可能性もあると思います。
もちろん、最初に食べたときの様子は描かれていないため、どのような経緯で食べることになったのかはわかりません。
それでも、今回ハチワレが平然と食べている姿や、食べ方まで説明していることを考えると、以前にも食べた経験があるように感じられます。
そして私は、ここにハチワレの好奇心や行動力の強さを感じました。
見た目が不気味だからという理由だけで遠ざけるのではなく、実際に経験したことで、それまで知らなかったおいしさを発見したのかもしれません。
見た目が怖いということと、実際に食べるとおいしいということは、別の話です。
ハチワレは、その両方を自分の経験を通して理解しているのではないでしょうか。
そして、その奇妙な物体をためらう様子もなく二つに分け、実際に食べ始めます。
下を向いて食べ物を分けようとする際、口元が顔の輪郭から少し飛び出して見えるような描写も、独特のかわいらしさがあります。
さらに、食べているときの口の動きからは、実際に何かを噛んでいるような感触まで伝わってきます。
その一方で、食べているものの見た目は相変わらず不気味です。
かわいらしい食事の仕草と、奇妙な食材の組み合わせが、何とも言えない面白さを生み出しています。
そして私は、この場面にハチワレの生命力の強さを感じました。
ハチワレは、普段から洞窟で暮らしています。
身近にあるものを利用しながら、自分の生活を成り立たせているのでしょう。
そうした暮らしの中で、自然の中にある食べ物を見つけたり、食べ方を覚えたりしてきたのかもしれません。
もちろん、この物体をどれほど頻繁に食べているのかまではわかりません。
それでも、少なくともハチワレは、その食べ方を知っているようです。
私は、この経験がどのように得られたのかを想像すると、ハチワレがこれまで送ってきた生活にも興味が湧いてきます。
最初は不気味に見えたものでも、実際に経験することで、それまで知らなかった魅力に気づくことがあります。
そして、自分が経験して初めて知ったことだからこそ、今度は誰かにその良さを伝えたいと思うこともあるでしょう。
もちろん、知らないものや危険そうなものを何でも試せばよいということではありません。
それでも、見た目の印象だけですべてを決めつけてしまえば、本当は価値のあるものを見逃してしまうこともあると思います。
私は、ハチワレの「こわいけどおいしいんだよ」という言葉から、第一印象だけではわからないことがあり、自分で経験することによって初めて発見できるものもあるのではないかと考えさせられました。
そして、そうして得た経験を友達にも分けてあげようとするところにも、ハチワレらしい優しさを感じました。
「紐みたいなところは噛んでペッとした方がいいよ」――食べ方まで知っているハチワレ
ハチワレは、奇妙な物体を食べながら、さらにちいかわに食べ方のアドバイスまでしています。
紐のような部分は、噛んでから吐き出した方がいいというのです。
私は、この何気ない説明が非常に気になりました。
単においしいと知っているだけではなく、食べるときに注意すべき部分まで理解しているようだからです。
これは、以前にも同じものを食べた経験があることを思わせます。
少なくとも、ハチワレにとっては、まったく未知の食べ物ではないのでしょう。
では、いつ、どこで、この食べ方を覚えたのでしょうか。
誰かに教えてもらったのでしょうか。
それとも、自分で食べてみるうちに覚えたのでしょうか。
こうしたことを考えると、ハチワレが普段どのような生活をしているのかまで気になってきます。
自然の中にあるものを食べるということは、場合によっては危険を伴います。
だからこそ、食べられる部分と、食べない方がいい部分を知っていることには意味があります。
私は、ここにハチワレの生活の知恵を感じました。
そして同時に、その知識をちいかわに教えようとしていることにも、ハチワレらしい優しさを感じます。
ただし、ちいかわが本当に食べたいと思っているかどうかは、また別の問題です。
ハチワレは、自分がおいしいと思ったものを、友達にも分けてあげたいのでしょう。
しかし、相手がその食べ物を怖がっていることまでは、十分に考えていないのかもしれません。
善意で勧めたものが、必ずしも相手にとって嬉しいものになるとは限らない。
ここにも、友達との関係について考えさせられる部分があると思いました。
ちいかわとハチワレの生活環境の違いも、今回の反応に関係しているのでしょうか
ハチワレが奇妙な物体を平然と食べている一方で、ちいかわは受け取ったものを前にして、震えながら涙を流しています。
口を開ける様子はありますが、この場面だけでは、実際に食べたかどうかまではっきりとはわかりません。
私は、この二人の反応の違いを見て、普段の生活環境にも注目したくなりました。
ハチワレは洞窟で暮らしています。
一方、ちいかわは家の中で生活しています。
もちろん、洞窟に住んでいるから必ず自然の食べ物に詳しいとか、家に住んでいるから詳しくないと決めつけることはできません。
しかし、暮らしている環境が違えば、普段接するものや、身につけている知識も違ってくる可能性があります。
ハチワレにとっては食べ慣れたものでも、ちいかわにとっては初めて見る不気味なものだったのかもしれません。
それぞれの暮らしが、そのまま反応の違いとして表れているようにも感じられます。
そして、ここでも私は、ハチワレの前向きさについて考えさせられました。
ハチワレは、魔女との恐ろしい出来事があった直後にもかかわらず、もう新しい食べ物を楽しんでいます。
自分が生きている世界を、怖いものばかりだとは捉えていないのでしょう。
危険なものもあれば、おいしいものもある。
恐ろしい出来事があっても、楽しいことはなくならない。
そんな感覚で暮らしているのかもしれません。
一方で、ちいかわは怖いものを怖いと感じ、慎重に反応しています。
私は、どちらが正しいということではないと思います。
ハチワレのように、怖いものの中にも価値を見つけられることは素晴らしいです。
しかし、ちいかわのように、知らないものを警戒することにも意味があります。
挑戦する強さと、危険を避ける慎重さは、どちらも生きていくために必要な力なのではないでしょうか。
この二人を見ていると、そんなことを考えさせられました。
うさぎと蝶々の不思議な場面――うさぎは何を考えていたのでしょうか
ここで、うさぎの様子にも注目してみたいと思います。
ちいかわとハチワレが話している間、うさぎは後ろの野原で楽しそうに動き回っています。
その場面では、うさぎの近くには、黄色い蝶々のようなものが見える場面があります。
羽を動かしているようにも見え、私はこの小さな描写が気になりました。
うさぎは蝶々を眺めていたのでしょうか。
それとも、蝶々と何かやり取りをしていたのでしょうか。
単に近くに蝶々がいただけなのかもしれません。
しかし、私はこういう細かな場面を見ると、つい何か意味があるのではないかと考えてしまいます。
例えば、うさぎには、ほかの2人が知らない自然との関わり方があるのではないでしょうか。
また、今回のように身体を変えられる不思議な出来事を経験した後だけに、姿が変わることや、別の存在との関係についても想像が広がります。
蝶々と身体を入れ替えているのではないか、というところまで考えることもできますが、この場面だけではそこまで判断できる根拠はありません。
ただ、うさぎの行動には、見ている側に自由に想像させる面白さがあると感じます。
そして、ちいかわが謎の食べ物に驚いているころ、うさぎもその場に近づいてきます。
最後には、手を出すような仕草とともに「フゥン」と声を出していました。
私は、この反応も気になりました。
うさぎも食べてみたいのでしょうか。
それとも、ハチワレが何をしているのか気になったのでしょうか。
もし、うさぎもその食べ物を欲しがっているのだとしたら、あれほど奇妙な物体でも、彼らの世界では意外と普通に食べられているのかもしれません。
そう考えると、ますますその食べ物の正体が気になってきます。
また、うさぎは、ちいかわがあれほど驚いていることを、どのように受け止めていたのでしょうか。
ハチワレほど食べ物に夢中というわけでもなく、ちいかわほど恐怖を表しているわけでもない。
この独特の距離感にも、うさぎらしさが感じられました。
最後まで残る不思議な余韻――怖いものが消えない『ちいかわ』の世界
そして物語は、何とも言えない雰囲気を残したまま終わります。
終わりの場面では、車に乗ったハチワレの姿が見られます。
私には、その車に乗ったハチワレの背中に先ほどハチワレが取り出した謎の物体がちょうど重なり、まるで背負っているように見えました。
もちろん、これは単なる見え方の問題で、意図されたものかどうかはわかりません。
それでも、あの奇妙な食べ物の印象が強く残っているためか、最後のイラストまで何となく不思議に見えてしまいます。
そして、私は今回の終わり方そのものにも、『ちいかわ』という作品の特徴がよく表れていると思いました。
普通なら、魔女から逃げ切り、無事に身体を取り戻したところで、安心できる結末を迎えてもよさそうです。
ところが、その後に登場したのは、またしても得体の知れないものです。
命を奪われそうになる恐怖は終わりました。
しかし、世界から不思議なものや怖いものが消えたわけではありません。
それでもハチワレは笑顔で暮らし、ちいかわは驚きながらも友達と一緒にいます。
うさぎも相変わらず自由に動き回っています。
私は、ここに『ちいかわ』の面白さが凝縮されているように感じました。
この世界は、危険がなくなったから平和なのではなく、危険や不思議なものが存在する中でも、楽しい日常が続いている世界なのではないでしょうか。
そして、その世界で生きている3人は、同じ出来事に対して、それぞれ違った反応をしています。
ちいかわは慎重で、恐怖や悲しみを素直に表します。
ハチワレは前向きで、知らないものにも積極的に向かっていきます。
うさぎは自由奔放で、ときには何を考えているのかわからない行動を見せます。
この違いがあるからこそ、3人が一緒にいることに意味があるのだと思います。
もし、全員がちいかわのように慎重だったら、新しいものに挑戦する機会を失うことがあるかもしれません。
もし、全員がハチワレのように前向きだったら、危険に気づかず進んでしまうことがあるかもしれません。
そして、もし全員がうさぎのように自由な発想で行動してしまったら、それぞれが自分の思うままに動いてしまい、思いがけない危険を招いたり、協力することが難しくなったりするかもしれません。
しかし、3人にはそれぞれ違った性格や考え方があるからこそ、自分にはないものを補い合い、一人では気づけなかったことに気づいたり、乗り越えられなかった困難を乗り越えたりできるのではないでしょうか。
私は、この3人の関係から、誰か一人の考え方が正しいのではなく、お互いの違いを認め、それぞれの良さを生かしながら支え合うことの大切さを感じました。
互いの違いがあるからこそ、世界の見え方も広がっていく。
私は、今回の第23話から、そんな3人の関係性も感じ取ることができました。
コメント欄では、こんなことが多く語られていました
今回の動画は、第21話から第23話までをまとめた内容になっているため、コメント欄でも3話それぞれの場面について、さまざまな感想や考察が寄せられていました。
まず第21話については、かわいらしい人形が登場する穏やかな展開から、突然魔女が現れる恐怖への変化に驚く声が見られました。
特に、魔女の登場シーンの演出が怖いという感想や、かわいい作品だと思っていたのに予想以上に恐ろしい内容だったという意見がありました。
また、魔女の「なりたいやつがいるんじゃ」という言葉について、モモンガの身体の入れ替わりと関係があるのではないか、という考察も複数寄せられていました。
第22話については、ハチワレだけが人形の状態でも少し動けた理由に注目が集まっていました。
特に、人形とハチワレの柄が完全には一致していなかったことが関係しているのではないかという意見が、多くの共感を集めていました。
さらに、ペットボトルのキャップ一つで魔女を転ばせた逆転劇への驚きや、「泣いても涙が出ない」という言葉の恐ろしさを指摘する声もありました。
うさぎが逃げる途中で転び、ほっぺがつぶれるような表情を見せる場面についても、かわいいという感想が数多く寄せられていました。
そして今回、私が中心に考察した第23話についても、非常に興味深いコメントが多く見られました。
まず、無事に身体を取り戻したことを水面で確認する場面について、その仕草がかわいらしいという感想がありました。
また、失ってしまった「なんとかバニア」について、ハチワレが再びお金を貯めて買えばいいと考えたことを評価するコメントも見られました。
中には、次に買ったときの方がもっと嬉しいかもしれない、という発想そのものが素晴らしいと感じた人もいました。
さらに、後のちいかわの草むしり検定への挑戦と、友達に人形をプレゼントしたいという気持ちを結びつける意見もありました。
ハチワレの前向きさについては、強い精神力を称賛する声がある一方で、危険に対する警戒心が少し足りないのではないか、という指摘も見られました。
そして、特に多くの人が興味を持っていたのが、最後に登場した謎の食べ物です。
あれは一体何なのか。
本当に食べ物なのか。
どうしてハチワレは平然と食べられるのか。
こうした疑問が繰り返し寄せられていました。
見た目が不気味すぎるという感想や、ハチワレの食べ方が面白いという声もありました。
また、食べ物の正体がわからないまま、食べるときの注意点だけが具体的に語られることを面白がるコメントもありました。
ゲーム『ちいかわぽけっと』にも登場する食べ物だと気づいた人や、その見た目を別の作品の不思議な生物に例える人もいました。
さらに、最後にうさぎがその食べ物を欲しがっているように見えるという意見も寄せられていました。
これらのコメントを振り返ると、今回のエピソードでは、かわいらしい仕草を楽しむ人もいれば、登場人物の言葉の裏にある気持ちを考える人もいることがわかります。
そして、魔女との恐ろしい出来事が終わった後の、何気ない日常の場面にまで、多くの人が関心を寄せていました。
特に、ハチワレの前向きさをどう受け止めるか、謎の食べ物の正体をどう考えるかという点には、さまざまな意見がありました。
同じ場面を見ても、人によって注目するところや感じ方が違うということが、コメント欄からもよく伝わってきました。
今回の動画が教えてくれるかもしれないこと
今回の第23話を振り返って、私は、同じ出来事を経験しても、人によって感じ方や受け止め方は違うのだと改めて感じました。
ハチワレのように、つらい出来事があっても次の楽しみを見つけられる前向きさ。
ちいかわのように、怖いものを怖いと感じ、慎重に受け止める気持ち。
そして、うさぎのように、自分らしく自由に行動する姿。
それぞれに良さがあり、ときには危うさもあります。
だからこそ、自分の考え方だけが正しいと思わず、相手の感じ方にも目を向けることが大切なのではないでしょうか。
また、恐ろしい出来事を乗り越えた後でも、日常には新しい驚きや楽しみが待っています。
失ったものを悲しむだけでなく、これから先にある喜びを見つけていくことも、生きる強さの一つなのだと思います。
今回の動画は、怖さを感じることも、前向きに生きようとすることも、どちらも大切な気持ちであり、互いの違いを認めながら、自分らしく日々を歩んでいくことの大切さを教えてくれているのかもしれません。


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