速水敏彦とは?「やる気」を問い続けた教育心理学者|動機づけ・自律性・仮想的有能感までわかりやすく解説

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「やらされる」は、どうすれば「自分でやる」に変わるのか。速水敏彦さんが、達成動機づけから自律性、感情、仮想的有能感、日常のやる気まで「人はなぜ動くのか」を問い続けた研究人生を、初めての人にもわかりやすくたどります。

『速水敏彦』とは?なぜ動機づけ研究で重要?「やらされる」から「自分でやる」まで研究人生をわかりやすく解説

代表例

「動機づけ」を調べていると出てくる、

速水敏彦(はやみず・としひこ)って、いったい誰?

内発的動機づけ。

外発的動機づけ。

自律的な動機づけ。

学習する理由。

こうした「やる気」について調べていると、速水敏彦さんという日本人心理学者の名前に出会うことがあります。

でも、

「何を研究した人なの?」

「なぜ動機づけを学ぶと名前が出てくるの?」

と思ったことはないでしょうか。

今回の記事の主人公は、

日本の教育心理学者・速水敏彦さん

です。

この記事では動機づけそのものを詳しく説明するのではなく、

速水敏彦さんが「人はなぜ行動するのか」という問題を、どのように研究し、どのように考え続けてきたのか

を、その研究人生からたどっていきます。

5秒でわかる結論『速水敏彦』とは?

速水敏彦さんは、達成動機づけから、内発的・外発的動機づけ、自律性、感情、日常生活のやる気まで、長年にわたって「人はなぜ行動するのか」を研究してきた日本の教育心理学者です。

大阪教育大学を経て名古屋大学で長く研究・教育に携わり、2012年(平成24年)の最終講義も、

「動機づけ研究の歩みと到達点」

という題名で行われました。

小学生にもわかりやすく言うと

たとえば最初は、

「宿題だから、しかたなくやろう」

と思って勉強を始めたとします。

ところが続けているうちに、

「これ、おもしろいかも」

「もっと知りたい」

と思うようになりました。

では、

「やらされて始めたこと」が、「自分からやりたいこと」に変わるのは、どうしてなのでしょうか?

速水さんが研究してきた問題の一つが、こうした「人が行動する理由の変化」でした。1991年(平成3年)には、外発的動機づけから内発的動機づけへつながる可能性そのものを研究課題として検討しています。

そして長く研究を続けるうちに、速水さんの疑問はさらに広がっていきました。

「そもそも、人を動かしている“やる気”とは何なのだろう?」

その問いを何十年も追い続けたところに、速水敏彦さんという心理学者のおもしろさがあります。

1.こんなことはありませんか?

こんな経験はないでしょうか。

親に言われて始めた勉強なのに、いつの間にか自分から調べるようになった。

反対に、好きで始めたことなのに、点数や評価を気にするうちに楽しくなくなった。

「絶対に次は負けたくない」という悔しさで、急に頑張れた。

掃除や料理は特別好きではないのに、毎日のように続けている。

どれも私たちの日常にありそうな出来事です。

でも、少し考えると不思議です。

「やらされている」が「自分からやる」に変わるのは、どうして?

好きではないことを、人はなぜ続けられるの?

うれしさだけではなく、悔しさや怒りまで“やる気”になることがあるの?

人の行動を動かしているものは、「好きだから」「ご褒美があるから」という一つの理由だけでは説明しきれないのかもしれません。

速水敏彦さんは、長い研究人生のなかで、こうした動機づけの問題をさまざまな角度から研究していきました。本人の最終講義資料でも、達成動機づけ、達成目標、内発的・外発的動機づけ、感情、さらに習慣化した日常生活の動機づけへと問いが広がっていったことが示されています。

この記事を読むと、
「速水敏彦さんとは何を研究した心理学者なのか」
「なぜ日本の動機づけ研究で名前が出てくるのか」
「研究を続けるなかで“やる気”の見方をどう変えていったのか」
がわかります。

まずは、一人の学生が速水さんの名前に出会ったところから始めてみましょう。

2.疑問が生まれた物語

「この“速水敏彦”って人、誰なんだろう?」

大学生のミサキさんは、心理学の動機づけについて調べていました。

ある日、

「内発的動機づけと外発的動機づけって、どういう関係なんだろう?」

と資料を読んでいると、

速水敏彦

という名前を見つけました。

「日本人の研究者なんだ」

その日は、それほど気にしませんでした。

ところが数日後。

今度は、

「人は何のために勉強するのか」

について調べていると、また速水敏彦という名前が出てきます。

さらに調べると、

「外から始まったやる気は、自分のやる気へ変わるのか」

という研究にも名前がありました。

「また、この人だ」

気になったミサキさんは、今度は研究内容ではなく、

「速水敏彦さんって、どんな心理学者なんだろう?」

と調べてみることにしました。

すると、研究は一つのテーマだけでは終わっていませんでした。

達成するためのやる気。

勉強する理由。

内発的・外発的動機づけ。

感情。

そして、毎日の家事のような身近な行動まで。

研究をたどるほど、ミサキさんには新しい疑問が生まれます。

「なぜ速水さんは、こんなに長く“やる気”を研究したのだろう?」

「なぜ研究するたびに、新しい疑問へ進んでいったのだろう?」

そして最後に、

「長年研究した速水さんは、結局“動機づけ”をどんなものだと考えるようになったのだろう?」

と思いました。

最初は資料の中にあった、一人の研究者の名前。

速水敏彦。

その名前をたどっていくと、「人はなぜ動くのか」という問いを長い時間をかけて考え続けた、一人の教育心理学者の研究人生が見えてきました。

3.すぐにわかる結論

お答えします。

速水敏彦さんは、教育心理学を専門とし、動機づけを中心に長年研究してきた日本の心理学者です。

名古屋大学の公式記録によると、1970年(昭和45年)に名古屋大学教育学部教育心理学を卒業し、1975年(昭和50年)に同大学大学院教育学研究科教育心理学博士課程を修了しました。取得学位として教育学修士・教育学博士が記載されています。

その後、大阪教育大学で研究・教育に携わり、1987年(昭和62年)に名古屋大学へ移り、1994年(平成6年)に教授となりました。

そして、速水さんを知るうえで特に重要なのが、

一つの動機づけ理論だけを研究し続けたのではなく、研究を重ねながら「人を動かしているもの」を何度も問い直していったことです。

学生時代にはPersistence(パーシステンス:行動を続けること・粘り強さ)や達成動機づけを研究しました。大阪教育大学時代には、成功や失敗の原因をどう考えるかという原因帰属へ関心を広げ、名古屋大学では達成目標、内発的・外発的動機づけ、自律性などを研究しています。

さらに後年には、

「人は本当に、いつも理由や目標を考えてから行動しているのだろうか」

という疑問から、感情や仮想的有能感、日常生活に埋もれた動機づけにも目を向けました。本人の最終講義では、従来の動機づけ理論が人間を論理的・意識的に捉えすぎているのではないかという問題意識も示されています。

つまり速水敏彦さんは、

「やる気とはこういうものだ」と一つの答えに固定するのではなく、研究を重ねながら、その見方そのものを問い続けた教育心理学者

と捉えると、その研究人生が見えやすくなります。

ここまでで、

「なぜ動機づけを調べると、速水敏彦という名前に出会うのか」

という疑問の大きな輪郭が見えてきました。

ただし、ここまでは簡単な紹介です。

速水さんは、最初から内発的・外発的動機づけを研究していたわけではありません。

どんな疑問から研究を始め、何を研究するたびに次の問いが生まれ、最終的にどこまで「やる気」という問題を広げていったのでしょうか。

ここからは一段深く、

教育心理学者・速水敏彦さんの歩みと、「人はなぜ動くのか」を追い続けた研究人生

を詳しくたどっていきましょう。

4.心理学者・速水敏彦とは?

正式な経歴と研究人生

ここからは、速水敏彦さんという心理学者について、公開されている記録をもとに、もう一段詳しく見ていきましょう。

速水敏彦(はやみず・としひこ)さんは、1947年(昭和22年)生まれの日本の教育心理学者です。

国立国会図書館では、

Hayamizu, Toshihiko(ハヤミズ・トシヒコ)というローマ字表記とともに、1947年生まれであることが確認されています。

専門は、

Educational Psychology(エデュケーショナル・サイコロジー:教育心理学)

です。

教育心理学は、学校や学習、発達、教育する人と学ぶ人の関係などを、心理学の方法で研究する分野です。

そして、

速水さんの長い研究人生を貫いていた大きなテーマの一つが、「人はなぜ行動するのか」「なぜ学ぼうとするのか」という動機づけの問題でした。

ただし、その問いへの取り組み方は一つではありません。速水さんは、若いころの持続や達成動機づけの研究から始まり、原因帰属や達成目標を経て、後に内発的・外発的動機づけや自律性へと研究を広げていきました。

速水さん本人が後年振り返った研究史を見ると、若いころの研究から少しずつ問いを変えながら、動機づけという大きな問題を追究していったことがわかります。

研究者としての出発点となった大学は、名古屋大学でした。

1970年(昭和45年)、名古屋大学教育学部で教育心理学を学び卒業。

その後も同大学大学院へ進み、名古屋大学の公式記録では、1975年(昭和50年)に教育学研究科教育心理学博士課程を修了したと記載されています。取得学位として教育学修士と教育学博士も記録されています。

教育学博士の研究として確認できるのが、

「教室場面における達成動機づけの原因帰属理論」

です。

題名からもわかるように、速水さんの研究は早い時期から、学校という場で人が「なぜ頑張るのか」「成功や失敗をどう受け止めるのか」といった動機づけの問題と結びついていました。中部大学の資料でも、この研究によって名古屋大学から教育学博士を取得したことが紹介されています。

大学院を終えたあとは、大阪教育大学で研究者としての歩みを始めます。

1975年(昭和50年)に大阪教育大学助手となり、その後、講師、助教授を務めました。

そして1987年(昭和62年)、母校である名古屋大学へ戻ります。

名古屋大学教育学部助教授を経て、1994年(平成6年)に教授となりました。速水さん自身も最終講義で、大阪教育大学で12年間、その後、名古屋大学で25年間を過ごしたと振り返っています。

つまり速水さんは、教育心理学を学んだ名古屋大学を研究人生の出発点とし、大阪教育大学で研究者として経験を積み、再び名古屋大学へ戻って長く研究と教育を続けた心理学者でした。

その間、研究だけでなく、学会活動や後進の教育にも携わっています。

1982年(昭和57年)には日本教育心理学会の城戸奨励賞、1998年(平成10年)には日本心理学会研究奨励賞を受けたことも、名古屋大学の公式記録に残されています。

そして2012年(平成24年)1月25日、名古屋大学で行われた退職記念講義には、とても象徴的な題名が付けられました。

「動機づけ研究の歩みと到達点――さて、上がってきたのか、下がってきたのか」

です。

この題名は、速水さんという研究者を知るうえで興味深いものです。

長年「やる気」を研究してきた自分の歩みを、完成した一つの答えとして語るのではなく、

「これまでの研究によって、人間の動機づけをどこまで理解できたのだろうか」

と振り返る姿勢が、本人の最終講義資料からもうかがえます。

実際、その研究人生では、学生時代の

Persistence(パーシステンス:行動を続けること、粘り強さ)

への関心から始まり、達成動機づけ、原因帰属、達成目標、内発的・外発的動機づけ、そして後年には感情や日常生活の行動へと、研究上の問いが変化していきました。

名古屋大学を離れたあとも研究は続き、中部大学では心理学の教授として研究・教育に携わりました。中部大学の記録には、2017年(平成29年)にも「若者の学習意欲を考える――自律的学習者になるために」という講演を行っていたことが残っています。

2025年(令和7年)には、長年にわたる教育・研究への功績が認められ、瑞宝中綬章(ずいほうちゅうじゅしょう)を受章しました。瑞宝中綬章は、国や公共のために長年功労のあった人に授与される日本の勲章の一つです。

こうして経歴をたどると、速水敏彦さんの人物像が見えてきます。

教育心理学を学び、学校での「やる気」から出発しながら、研究を重ねるたびに新しい疑問へ進み、「人はなぜ動くのか」を長い年月にわたって問い続けてきた心理学者です。

では、その長い研究人生は、どんな疑問から始まったのでしょうか。

最終講義の資料をたどると、若い速水さんが最初に取り組んだ研究は、内発的動機づけでも自己決定理論でもありませんでした。

そこに登場するのが、

Persistence(パーシステンス:人が行動をどれだけ続けるのか)

という問題です。

次は時間を速水さんの学生時代へ戻して、

「速水敏彦さんは、なぜ“やる気”を研究するようになったのか」

その研究人生の出発点からたどっていきましょう。

5.速水敏彦は、なぜ「やる気」を研究するようになったのか?

速水敏彦さんの動機づけ研究は、最初から「内発的動機づけと外発的動機づけ」を研究するところから始まったわけではありません。

本人の最終講義によれば、研究人生の出発点の一つとなったのは、「人は行動をどれくらい続けるのか」というPersistence(パーシステンス:持続・粘り強さ)の研究でした。

名古屋大学で学んでいた1968年(昭和43年)から1972年(昭和47年)ごろ、速水さんはPersistenceに関する実験と、卒業論文・修士論文での達成動機の研究に取り組みました。

速水さん自身は後年、この時期について、

研究との偶然の出会いが、その後の研究方向を決めることもあること。

そして、まだ多くの人が研究していない問題に取り組む魅力があったことを振り返っています。

しかし、研究していくと疑問が生まれます。

当時、達成動機の測定には、

TAT(ティー・エー・ティー:Thematic Apperception Test/テーマティック・アパーセプション・テスト、主題統覚検査)

などが用いられていました。

TATは、人物や場面が描かれた、意味を一つに決めにくい絵を見てもらい、「何が起きているのか」「登場人物は何を考え、感じているのか」「このあとどうなるのか」といった物語を自由に作ってもらう方法です。

達成動機の研究では、その物語の中に、「何かを成し遂げようとする」「よりよい結果を目指す」「失敗や障害を乗り越えようとする」といった達成に関係する内容がどの程度表れているかを一定の基準で分析し、その人の達成動機を捉えようとしました。

つまり、直接「あなたは頑張りたいですか?」と質問するのではなく、絵から作られた物語に表れる“達成への関心”から動機を読み取ろうとした方法です。

ただし、物語から心理を読み取る方法には測定の妥当性や状況による影響といった問題もあります。

だからこそ速水さんは、

「この方法で本当にその人の達成動機を捉えられているのだろうか」

と疑問を持つようになりました。

さらに、

「粘り強く続けることは、その人にいつも備わった特徴なのか。それとも課題や状況によって変わるのか」

という疑問も持つようになります。これは本人の最終講義資料にも明記されています。

この点は、速水さんのその後の研究を知るうえで大切です。

「やる気が強い人・弱い人」と人を一度決めて終わるのではなく、どんな状況で、何を考え、なぜ行動するのかをさらに細かく見ようとしたのです。

大学院博士課程では、

Locus of Control(ローカス・オブ・コントロール:統制の所在)

の尺度づくりにも取り組みました。

これはJulian B. Rotter(ジュリアン・B・ロッター)が提案した考え方で、結果を「自分の行動によるもの」と考えやすいか、それとも「運・偶然・他者など自分の外側の要因によるもの」と考えやすいかという傾向に注目するものです。

速水さんは、こうした個人差をどのように測るかという問題を研究しました。

そして研究者として歩み始めると、問いはさらに具体的になります。

「この人には、どれくらい達成動機があるのか」

だけではなく、

「実際に成功したり失敗したりしたとき、その人自身は“なぜそうなった”と考えるのだろう?」

という問いです。

ここから速水さんの研究は、成功と失敗の「理由」へ進んでいきます。

「この人には、どれくらい達成動機があるのか」

だけではなく、

「実際に成功したり失敗したりしたとき、その人自身は“なぜそうなった”と考えるのだろう?」

という問いです。

ここから速水さんの研究は、成功と失敗の「理由」へ進んでいきます。

6.成功と失敗の「理由」へ

原因帰属を研究した時代

速水さんが次に注目したのは、成功や失敗そのものではなく、「本人がその結果の原因をどう捉えるか」でした。

たとえば、テストで思うような点数が取れなかったとします。

「努力が足りなかった」

「自分には能力がない」

「問題が難しかった」

「今回は運が悪かった」

同じ「失敗」を経験していても、なぜそうなったと考えるかは同じではありません。

速水さんは大阪教育大学助教授時代の1979年(昭和54年)から1987年(昭和62年)ごろ、Bernard Weiner(バーナード・ワイナー)

Attribution Theory(アトリビューション・セオリー:原因帰属理論)

を手がかりとして、達成動機づけを研究しました。

Bernard Weinerは、成功や失敗の原因を人がどう捉え、それが感情やその後の動機づけとどう関係するかを研究したアメリカの心理学者です。

原因帰属理論とは、成功や失敗が起きたときに、「なぜそうなったのか」という原因を本人がどのように捉えるかに注目する考え方です。

ワイナーは、能力・努力・課題の難しさ・運などの原因を、たとえば、

自分の内側にあるか、外側にあるか

比較的安定しているか、変化しやすいか

本人がコントロールできると捉えられるか

といった観点から整理しました。

重要なのは、成功や失敗という結果だけでなく、その原因を本人がどう受け止めるかが、その後の期待や感情、次の行動と関係するという点です。

ここで押さえておきたいのは、原因帰属理論そのものを速水さんが提唱したわけではないことです。

速水さんが注目したのは、この考え方を使うことで、学校で起きる一つ一つの成功や失敗について、「本人がその原因をどう認知したのか」まで見られることでした。

本人の最終講義でも、一般的なAchievement Motivation(アチーブメント・モチベーション:達成動機)――「うまく成し遂げたい」「よりよくできるようになりたい」といった達成へ向かう動機づけや、Locus of Control(ローカス・オブ・コントロール:統制の所在)――結果を自分の行動によるものと考えやすいか、運や他者など外側の要因によるものと考えやすいかという傾向だけを見るより、それぞれの達成場面で原因をどう認知するかを問題にできるところを、この考え方の長所として振り返っています。

速水さんはその後、

学業成績についての原因帰属。

学業不振の子どもの原因帰属。

さらに、原因について考える仕組みが子どもの発達とともにどう変わるのか。

といった問題へ研究を広げていきました。

ここで、速水さんの研究の焦点が一段変わったことがわかります。

最初は、

「人は、どれくらい頑張り続けるのか」

という問いでした。

そこから、

「起きた結果を本人がどう受け止め、それが次の行動とどう結びつくのか」

という問いへ進んだのです。

しかし、成功や失敗の「理由」を考えていくと、さらに一つの疑問が残ります。

そもそも、その人は何を目指して頑張っているのでしょうか。

成績を上げたいから。

人から認められたいから。

それとも、できるようになること自体が目的だから。

速水さんの研究はここから、

「何のために頑張るのか」

という、次の問いへ向かっていきます。

7.何のために頑張るのか?

達成目標へ広がった問い

1987年(昭和62年)に名古屋大学へ戻った速水さんは、動機づけについて別の角度から研究するようになります。

今度の中心的な問いは、「やる気がどれくらいあるか」ではなく、「何を目指して頑張っているのか」でした。

その背景にあったのが、Carol S. Dweck(キャロル・S・ドゥエック)らによって発展してきた、

Achievement Goal(アチーブメント・ゴール:達成目標)

という考え方です。

Carol S. Dweckは、人が自分の能力をどのように捉え、それが動機づけや学習、達成行動にどう関わるのかを研究してきたアメリカの心理学者です。後には、能力は伸ばせると考えるGrowth Mindset(グロース・マインドセット:成長的な考え方)の研究でも広く知られるようになりました。

ここでいうAchievement Goal(達成目標)の「目標」は、

「数学で80点を取る」

といった具体的な数値だけを意味するものではありません。

「何のためにその課題へ取り組むのか」「達成することで何を得ようとしているのか」という、行動の目的や意味に注目する考え方です。

たとえば、

「できなかったことを、できるようになりたい」

と能力を伸ばすことを目指す場合もあれば、

「良い成績を取りたい」

「周りから能力があると思われたい」

と評価や成果を目指す場合もあります。

つまり達成目標では、「どれだけ頑張っているか」だけでなく、「何を目指して頑張っているのか」を見るのです。

速水さんは1989年(平成元年)、伊藤篤さん、吉崎一人さんと、中学生の達成目標傾向を研究しました。

この研究で特に興味深いのは、達成目標を単純な二つに分けなかったことです。

研究では、

Learning Goal(ラーニング・ゴール:学習目標)
学ぶことそのものや、できるようになることを目指す。

そしてPerformance Goal(パフォーマンス・ゴール:遂行目標)については、

他者から認められることを目指すタイプ

と、

良い成績を得ることを目指すタイプ

に分け、合計3つの達成目標傾向として中学生を検討しました。

ここには、速水さんらしい研究の進め方が表れています。

理論上の分類をそのまま当てはめるのではなく、実際の中学生の学習を見ながら、「もっと細かく考える必要があるのではないか」と検討したのです。

本人も最終講義で、この時期の研究について、

遂行目標は一つではないらしいこと。

そして、学習目標を持てば単純に成績がよくなるという関係でもないらしいこと。

という問題が見えてきたと振り返っています。

つまり、

「学ぶために勉強する人ならよい」

「評価のために勉強する人ならよくない」

という単純な二分では、実際の人間の動機づけを十分に捉えられませんでした。

ここから速水さんの関心は、さらに深い問いへ移っていきます。

「人が行動する理由そのものは、本当にきっぱり分けられるのだろうか?」

たとえば最初は親や先生に言われて勉強していた子どもが、

やがて、

「これは自分に必要だから」

と思うようになることがあります。

さらに、

「もっと知りたい」

へ変わることもあります。

速水さんの研究は、ここから「外発か内発か」という二つの分類のへ進んでいきます。

8.速水敏彦は、なぜ「内発か外発か」の二択では足りないと考えたのか?

ここは、速水敏彦さんの動機づけ研究を理解するうえで、とても重要な転換点です。

速水さんは、外発的動機づけと内発的動機づけの「違い」だけではなく、その二つがどのようにつながり、行動する理由がどのように変化するのかへ目を向けました。

1991年(平成3年)、速水さんは、

「外発的動機づけが内発的動機づけを導く過程」

を研究課題として検討しました。

ここで研究しようとしたのは、

「外からの理由で始めた行動は、必ず内発的になる」

ということではありません。

「外から始まった動機づけが、その後の興味や自信へつながる場合があるとすれば、それはどのような条件なのか」

という可能性です。

この研究では、ピアノ、習字、珠算、水泳などの技能学習を大学生に振り返ってもらう調査、幼児を対象とした外的報酬の実験、小学校教師への面接など、異なる方法から問題が検討されました。

つまり速水さんは、

「外発的な動機づけがあるか、内発的な動機づけがあるか」だけではなく、「時間の中で動機づけがどう変化するのか」

を研究対象にしようとしていたのです。

そして1993年(平成5年)、この問題はさらに明確になります。

速水さんは、外発的動機づけと内発的動機づけの間には絶対的な境界があるとは限らず、外発的な理由が内発的な理由へ変化する可能性を考えました。

そこで作られたのが、

Belief of Link(ビリーフ・オブ・リンク:外発的動機づけと内発的動機づけのつながりについての信念)

日本語では、

「リンク信条」

という考え方です。

これは、

「ご褒美のために始めても、やがて好きになることがある」

「勉強する必要性を感じることで、だんだん興味が生まれることもある」

といったように、本人が外発的な理由と内発的な理由のつながりをどの程度信じているかを捉えようとしたものです。

研究には中学生323人、高校生372人が参加し、リンク信条と達成目標、自己調整的な学習方略などとの関連が検討されました。速水さんの研究では、外発から内発への肯定的なつながりを強く信じる生徒ほど、自己調整的な学習方略も高い傾向が報告されています。

ただし、この結果から「外発的動機づけは自然に内発的動機づけへ変わる」と一般化することはできません。

大切なのは、

速水さんが、二つの動機づけを固定された箱としてではなく、「変化し得る行動理由」という視点から考え始めたことです。

そして1995〜1996年(平成7〜8年)には、さらに

Internalization(インターナリゼーション:内面化)

に研究の焦点を移していきます。

内面化とは、もともとは外から与えられた行動の理由や価値を、少しずつ「自分にとって大切なもの」として受け入れていく過程です。

背景となった重要な理論の一つが、Edward L. Deci(エドワード・L・デシ)、Richard M. Ryan(リチャード・M・ライアン)らによる、

Self-Determination Theory(セルフ・ディターミネーション・セオリー:自己決定理論)

です。

自己決定理論は、「やる気がどれくらい強いか」だけでなく、「どのくらい自分で納得し、自律的に行動しているか」という動機づけの質にも注目する理論です。外から求められて始めた行動でも、その価値を自分自身で認めるようになるなど、より自律的に行われるようになる過程を扱います。

自己決定理論そのものを速水さんが提唱したわけではありません。

速水さんは、「外から求められた行動の理由が本人の中へ取り込まれ、より自分自身の理由として行われるようになることがある」という考えを、日本の学校での学習動機づけから検討しました。

速水さんの研究では、学習する理由を、自律性の低いものから次の4つに分けて捉えました。

External Motivation(エクスターナル・モチベーション:外的動機づけ)
――「先生に言われたから」「ご褒美がもらえるから」のように、外からの要求や報酬を理由に行動すること

Introjected Motivation(イントロジェクテッド・モチベーション:取り入れ的動機づけ)
――「やらないと罪悪感がある」「できない自分は嫌だ」のように、外からの要求をある程度取り込んでいても、義務感や自分への圧力によって行動すること

Identified Motivation(アイデンティファイド・モチベーション:同一化的動機づけ)
――「将来の自分に必要だから」のように、その行動の価値や大切さを自分自身で認めて取り組むこと

Intrinsic Motivation(イントリンシック・モチベーション:内発的動機づけ)
――「知ることがおもしろい」「やること自体が楽しい」のように、活動そのものへの興味や楽しさから行動することです。

たとえば勉強する理由が、

「先生に言われたから」

から、

「やらないと自分が嫌だから」

そして、

「自分の将来に必要だから」

へ変わることがあります。

速水さんが注目したのは、同じ「勉強する」という行動でも、その人が“なぜするのか”によって、自分で納得して行動している度合いが異なるという点でした。

ここでは4種類の用語そのものを覚えることより、速水さんが何を見ようとしていたのかが重要です。

たとえば、

「先生に言われたから」

から、

「やらないと自分が嫌だから」

へ。

そして、

「自分にとって必要だから」

へ。

同じ「勉強する」という行動でも、その人が感じる“自分でやっている度合い”は変わり得るのではないか。

速水さんは、そこに注目しました。

1997年(平成9年)には、この4種類を測る

Stepping Motivation Scale(ステッピング・モチベーション・スケール:学習動機づけの4つのタイプを測る尺度)

を中学生483人に実施しました。

これは、「なぜ勉強するのか」という学習の理由を質問し、外的・取り入れ的・同一化的・内発的という4種類の動機づけが、それぞれどの程度みられるかを捉えるために速水さんが作成した質問紙尺度です。

4つの尺度間の関連は、外発的なものから内発的なものへ連続するという想定と整合する構造を示しました。

ただし、すべての人が必ず4段階を順番に進むことを示す尺度ではありません。 4種類の学習理由の違いと、そのつながりを調べるための尺度として考えるのが適切です。

さらに1995〜1996年の研究では、

「では、より自律的な動機づけへ進むとき、教師は何ができるのか」

という問題も調べています。

速水さんは教師からの働きかけとして、

「親密さ」

「承認」

「価値づけ」

「自律的支援」

を想定し、小学生・中学生を対象とした調査や、1年間にわたる縦断的な検討などを行いました。

研究では、4種類の動機づけに連続性が示され、こうした教師からの働きかけが内面化や自律化を支える可能性が示唆されました。一方、それぞれの働きかけがどのように異なる役割を持つのかまでは、十分明確にはならなかったと研究報告自身が慎重にまとめています。

ここまでの流れを見ると、速水さんの研究上の変化がよく見えてきます。

最初は、

「どれくらい頑張るのか」。

次に、

「成功や失敗をどう考えるのか」。

そして、

「何を目標にして頑張るのか」。

そこから、

「なぜ頑張るのかという理由そのものは、時間とともに変わるのではないか」

へ進んだのです。

これが、速水敏彦さんが「内発か外発か」という分類だけではなく、その間にある内面化と自律性へ目を向けていった研究の流れです。

そして、この研究を続けた速水さんには、さらに新しい疑問が生まれます。

では、「やらされている」が「自分でやる」へ変わるとき、本人の中では何が変化し、周囲の人はその変化をどう支えることができるのでしょうか。

9.「やらされている」から「自分でやる」へ

速水敏彦が研究した内面化

前章では、速水敏彦さんが「外発的か、内発的か」という分類だけではなく、行動する理由が変化していく過程へ目を向けたことを見てきました。

では、その変化は何によって支えられるのでしょうか。

速水さんは1995〜1996年(平成7〜8年)、

Internalization(インターナリゼーション:内面化)

を中心に研究を進めました。

ここで速水さんが次に注目したのは、子どもの心の中だけではありません。

「教師との関わり方は、子どもが学ぶ理由を自分自身のものとして受け入れていくことと、どのように関係するのか」

という問題でした。

研究では、教師からの働きかけとして、

親密さ、承認、価値づけ、自律性を支える関わり

などが検討されました。

たとえば、「勉強しなさい」と要求するだけではなく、

「なぜ学ぶことに意味があるのか」を伝える。

本人の考えや選択を尊重する。

努力や存在を認める。

こうした周囲との関係まで含めて、動機づけの内面化を考えようとしたのです。

小学生や中学生を対象とした調査のほか、時間をおいて変化を追う研究も行われました。

その結果、教師からの働きかけと内面化・自律化との関連が示唆されましたが、どの働きかけがどの変化を生み出すのかまで明確に区別できたわけではありません。 研究報告自身も、この点について慎重にまとめています。

大切なのは、万能な「やる気の出させ方」が見つかったということではありません。

速水さんは、「やる気」を本人だけの問題として見るのではなく、その人が行動する理由をどう受け入れていくのか、そして周囲との関係がそこにどう関わるのかまで研究したのです。

しかし、内面化や自律性について研究を続けた速水さんには、さらに根本的な疑問が生まれていきました。

10.「内発的なら良い」と単純に言えるのか?

研究を重ねて生まれた問い

速水さんは後年、「内発的動機づけを高めれば、それでよいのか」という問題そのものを問い直すようになります。

2012年(平成24年)の最終講義では、自身の動機づけ研究を振り返りながら、

内発的動機づけは望ましく、外発的動機づけは望ましくないと単純に考えてよいのか。

仕事や学習だけを中心とした動機づけ論で十分なのか。

自分のためではなく、他者のために行動する場合をどう考えるのか。

習慣となり、いちいち理由を意識せず行う行動はどう捉えるのか。

といった疑問を示しています。

この問題意識は、その後も続きました。

2019年(令和元年)にも速水さんは、長年研究してきた内発的動機づけや自律的動機づけをあらためて検討し、「内発的動機づけを高めること」を教育の唯一の理想のように考えてよいのかを問い直しています。

たとえば、受験勉強。

仕事。

家事。

誰かの世話。

すべてを「楽しいから」続けられるわけではありません。

それでも、

「自分にとって大切だから」

「必要だと納得しているから」

「この人のためにしたいから」

と行動することがあります。

速水さんが研究を重ねるなかで重要になったのは、「楽しいかどうか」だけでは捉えられない、人が行動を引き受けるさまざまな理由でした。

そして、この疑問はさらに先へ進みます。

原因を考える。

目標を考える。

行動する理由を考える。

これまで速水さんが扱ってきた理論の多くは、人間の

Cognition(コグニション:認知)

を重視していました。

Cognitionとは、目の前の出来事を受け取り、それをどう考え、意味づけ、判断するかといった心の働きのことです。

しかし、本当に人はいつも「考えてから」動いているのでしょうか。

11.なぜ速水敏彦は「感情」へ目を向けたのか?

速水さんは後年、認知だけでは現実の「やる気」を十分に捉えられないのではないかと考え、Emotion(エモーション:感情)へ研究の視点を広げました。

Emotionとは、出来事や状況に対して生じる、喜び・怒り・悲しみ・不安・悔しさなどの心の反応のことです。

つまり速水さんは、人が何を考えたかだけでなく、そこで生まれた感情が、その後のやる気や行動にどのように関わるのかにも注目するようになったのです。

これは、速水さんの研究人生における大きな転換です。

原因帰属では、

「なぜ成功したのか」

を考える。

達成目標では、

「何を目指すのか」

を考える。

内面化では、

「なぜ自分はこれをするのか」

という理由を考える。

速水さん自身も、長い間こうした認知を重視する動機づけ理論を研究してきました。

しかし最終講義では、

「人は常に原因や目標を考えているのか」

という疑問を示しています。

実は、感情への関心は突然始まったものではありません。

1993年(平成5年)には感動した経験と動機づけ、2001年(平成13年)には自伝的な記憶に含まれる感情と動機づけとの関係などを研究していました。本人は最終講義で、こうした研究を感情への関心につながる流れとして振り返っています。

そして2006年(平成18年)、速水さんは新しい理論的枠組みを考えるうえで、従来の動機づけ理論について、

人間を論理的・意識的な存在として捉えすぎているのではないか

という問題意識を示しました。

そこで考えようとしたのが、

感情を、人を動かす重要な力として動機づけの中に位置づけること

でした。

これは「感情のほうが認知より重要だと証明された」という意味ではありません。

正しくは、長年認知的な動機づけ理論を研究してきた速水さん自身が、それだけでは人間の行動を十分説明できないのではないかと考え、新しい理論を模索したのです。

2012年(平成24年)には、この問題意識をまとめ、認知より感情に支えられた動機づけへ目を向ける考えを発表しています。

そして速水さんが特に注目したのが、「楽しい」「うれしい」といった感情だけではありませんでした。

12.悔しさや怒りも人を動かす?

感情と動機づけを考えた研究

速水さんが後年考えた重要な問題の一つは、悔しさや怒りなどのネガティブな感情も、条件によっては次の行動へ向かう動機づけと結びつくのではないかということでした。

たとえば、

試験に落ちて悔しい。

勝負に負けて腹が立つ。

自分の力不足が情けない。

こうした感情を経験したあと、

「もうやめよう」

となる人もいれば、

「次こそは」

と努力する人もいます。

つまり、同じようなネガティブな感情が、いつも同じ行動を生み出すわけではありません。

速水さんは最終講義で、

怒り。

悔しさ。

屈辱。

悲しみ。

欲求不満。

などが、人を次の目標へ向かわせる場合について考察しています。

同時に速水さんは、ネガティブな感情がそのまま前向きな行動になるとは考えていません。

最終講義で示された枠組みでは、ネガティブな感情が

Approach Motivation(アプローチ・モチベーション:接近動機づけ、目標へ向かおうとする動機づけ)

につながる条件として、

その状況から抜け出したいという気持ちがあること。

目標が本人にとって重要であること。

感情をある程度調整できること。

そして、

「次はこうなりたい」という未来への希望や期待を持てること

などが挙げられています。

この中でも特に興味深いのが「怒り」です。

速水さんが最終講義で紹介した研究知見では、怒りは単純な「避けたい感情」とは限らず、

Behavioral Approach System(ビヘイビアラル・アプローチ・システム:行動接近システム、BAS)

と関連する可能性が示されています。

BASとは、報酬や望ましい結果の可能性に反応し、「それを得たい」「目標へ近づきたい」と行動を前へ向かわせる働きに注目した心理学上の仕組みです。

つまり、感情がネガティブだからといって、必ずしも人を「避ける方向」に動かすとは限りません。

速水さんは、こうした先行研究も踏まえながら、怒りや悔しさなどのネガティブな感情が、どのような場合に「前へ向かう行動」と結びつくのかを考えていきました。

大切なのは、

「悔しさや怒りは良い感情だから利用すればよい」ということではありません。

感情をうまく調整できなければ、他者への攻撃や自暴自棄な行動へ向かう可能性もあると、速水さん自身が枠組みの中で示しています。

正しく捉えるなら、

速水さんは、「ポジティブな気持ちだけが人を動かす」と考えるのではなく、不快な感情も、その後の受け止め方や未来への見通しによっては、行動へ向かう力と結びつく可能性があると考えたのです。

ここまで来ると、速水さんが研究してきた「やる気」の姿は、かなり広がっています。

頑張る強さ。

成功や失敗の受け止め方。

何を目指すのか。

なぜ行動するのか。

そして、

何を感じるのか。

しかし、まだ一つ残ります。

私たちは毎日の掃除や洗濯のたびに、「目標」や「理由」や「強い感情」を意識しているでしょうか。

次に速水さんが目を向けたのは、

ほとんど意識せず繰り返される、日常生活の中の動機づけ

でした。

13.家事にも「やる気」は必要?

速水敏彦が日常へ向けた視線

速水敏彦さんの動機づけ研究は、勉強や目標達成だけでは終わりませんでした。

後年の速水さんは、家事・子育て・介護のように、強い目標や報酬がなくても繰り返される日常の行動へ目を向けました。

2012年(平成24年)の最終講義では、これを「日常生活に埋もれた動機づけ」として取り上げています。

炊事。

洗濯。

掃除。

子育て。

家庭での介護。

こうした行動には終わりがなく、生活を維持するために何度も繰り返されます。しかも、必ずしも誰かから評価されたり、報酬をもらったりするわけではありません。

では、人はなぜ家事をするのでしょうか。

速水さんが紹介した調査では、家事をする理由として、次の六つの側面が整理されています。

「自分でうまくできた」「自分の行動で物事を進められた」という達成感や手応えを得られる「効力感」

「自分がやらなければならない」と感じて家事をする「義務感」

特に理由を考えなくても、毎日の習慣として自然に家事をする「生活習慣」

「自分以外にやってくれる人がいない」と感じて家事をする「代替者不在感」

「食事や掃除など、生活していくうえで必要だから」と考えて家事をする「生活必要感」

「料理や掃除をすること自体が好き・おもしろい」と感じて家事をする「興味関心」

このように見ると、同じ「家事をする」という行動でも、その人を動かしている理由は一つではないことがわかります。

ここから見えてくるのは、日常の行動は、「楽しいからやる」「ご褒美や評価があるからやる」といった理由だけでは、十分に捉えきれないということです。

家事のような日常的な行動には、達成感や義務感、習慣、生活上の必要性など、さまざまな理由が関わっていることがあります。

たとえば洗濯をする理由が、「洗濯が大好きだから」とは限りません。

生活に必要だから。

習慣だから。

自分がやらなければならないから。

終わると気持ちがよいから。

いくつもの理由が重なっていることがあります。

そこで速水さんは、強く意識される目標や理由だけでなく、習慣となって背景で行動を支えるものを、

「地としての動機づけ」

という視点から考えました。

「地としての動機づけ」は、速水さんが完成済みの一般理論として示したものというより、習慣化され、あまり意識されない行動をこれからどう理解するかという研究上の問いとして提示したものです。

最終講義でも、学習のように一見「目標を持って取り組む行動」であっても、実際には学習習慣のような背景が大きく関わっている可能性を挙げ、「地」と目立つ「図」としての動機づけとの関係を探ることに関心を示しています。

速水さんは長年「どうすればやる気が出るか」を研究した末に、「そもそも私たちは、いつも“やる気”を意識してから動いているのだろうか」というところまで問いを広げたのです。

14.『仮想的有能感』とは?

動機づけから自己評価・他者との関係へ

速水敏彦さんを調べていると、もう一つよく出会う言葉があります。

「仮想的有能感」です。

英語では、

Assumed Competence(アスームド・コンピテンス:仮想的有能感)

と表されます。

仮想的有能感とは、簡単にいえば、自分自身の成功や努力によって得た自信とは別に、他者を「たいしたことがない」「自分より劣っている」などと低く評価する傾向に伴って感じられる、自分は有能だという感覚です。

つまり、単に

「自分にはできる」

という自信を意味する言葉ではありません。

速水さんは、教育心理学・社会心理学を研究する木野和代さんや、仮想的有能感・対人関係の研究に取り組んだ高木邦子さんらとともに、この概念を検討しました。

より正確には、仮想的有能感を、自分自身の直接的な成功経験に基づくとは限らず、他者の能力を批判的に評価したり軽視したりする傾向に伴って生じる有能さの感覚として捉え、その特徴や測定方法を研究しました。

英語論文では、

Assumed-competence based on undervaluing others(アスームド・コンピテンス・ベースド・オン・アンダーヴァリューイング・アザーズ:他者を低く評価することに基づく仮想的有能感)

と表現されています。

この研究は、速水さんの動機づけ研究ともつながります。

2006年(平成18年)には速水さんと小平英志さんが高校生395人を対象に、他者軽視、自尊感情、学習についての考え方、そして学習動機づけとの関連を調べました。

その結果、他者軽視が高く自尊感情が低い「仮想型」は、他者軽視が低く自尊感情が高い「自尊型」と比べて、外的・取り入れ的動機づけが高く、同一化的・内発的動機づけが低い傾向を示しました。

ここで大切なのは、仮想的有能感が学習動機づけを低下させる原因だと、この研究だけから結論づけることはできないという点です。

研究から確認できるのは、自分自身をどう感じるかだけでなく、他者をどう評価するかという対人的な特徴も、学習する理由と関連していたということです。

その後、速水さんを研究代表者とする2007〜2009年度の研究では、仮想的有能感について、友人関係、親子関係、文化的要因、いじめなど、さらに幅広い問題が検討されました。

つまり速水さんの研究は、

「なぜ人は勉強するのか」から、「人は自分や他者をどう捉え、その捉え方が感情や行動とどう関わるのか」へも広がっていった

のです。

15.速水敏彦は、長年の研究の末に「動機づけ」をどう見ていたのか?

ここまで研究人生をたどってきました。

では、速水敏彦さんは最後に、

「動機づけとは、こういうものだ」

という一つの完成した答えへたどり着いたのでしょうか。

速水さん自身の最終講義から確認できるのは、一つの理論を最終回答とするのではなく、むしろ長年研究したからこそ、異なる動機づけ理論をどう評価し、整理し、結びつけるかが大きな課題として残っていると考えていたことです。

振り返れば、速水さんが見てきた「やる気」は何度も姿を変えています。

若いころは、

「人はどれくらい頑張り続けるのか」。

その後は、

「成功や失敗をどう受け止めるのか」。

「何を目指して頑張るのか」。

「なぜその行動をするのか」。

「外から始まった理由は、自分自身の理由へ変わるのか」。

さらに、

「感情は人をどう動かすのか」。

「習慣となった日常の行動は、どう考えればよいのか」。

へと研究上の問いが広がっていきました。本人の最終講義も、この長い研究の変化を振り返る内容になっています。

しかし速水さんは、この変化を単純に、

「新しい理論ほど優れている」

とは考えていませんでした。

最終講義では、原因帰属理論と自己決定理論を例に、

異なる理論のどちらを、どのような基準で優れた理論と判断できるのか

という問題を自ら投げかけています。

そして最後には、動機づけに関するさまざまな理論や概念を、明確に評価し、統合・整理していく必要性を課題として示しました。

ここに、速水敏彦さんという研究者の特徴がよく表れています。

一つの理論に人間を当てはめるのではなく、研究を重ねるたびに「この説明だけで、本当に人は理解できるのか」と問い直していったのです。

原因の捉え方だけでもない。

目標だけでもない。

内発的か外発的かだけでもない。

感情だけでもない。

習慣だけでもない。

研究人生全体から見えてくるのは、人の行動を理解するには、「何を考えるか」「なぜ行うか」「何を感じるか」、さらにその人が置かれた関係や日常まで視野に入れる必要があるのではないか、という方向へ速水さんの問いが広がっていったことです。これは一つの実験で確定された「速水理論」という意味ではなく、本人が長年の研究を振り返った過程から読み取れる研究上の方向性です。

学生時代に、

Persistence(パーシステンス:持続・粘り強さ)

という、課題が難しかったり、すぐに結果が出なかったりしても、どれくらい取り組みを続けるのかという持続性に注目した問いから始まった研究は、

何十年もの研究を経て、

「人は、そもそも何によって動き続けているのか」

という、より大きな問いへ広がっていきました。

速水敏彦さんという心理学者のおもしろさは、一つの有名な答えを残したことだけにあるのではありません。

「人はなぜ動くのか」という問いを長く追い続け、それまで使ってきた理論にも疑問を向けながら、最後まで考え続けた研究者だったことにあるのです。

16.速水敏彦の研究をどう読む?

理論との関係と研究上の限界

ここまで読むと、速水敏彦さんの研究には、

原因帰属。

達成目標。

内発的・外発的動機づけ。

自己決定。

と、さまざまな心理学理論が登場してきました。

ここで、速水さんの研究を正確に理解するために、大切な点を整理しておきましょう。

速水敏彦さんは、原因帰属理論や達成目標理論、自己決定理論そのものを提唱した心理学者ではありません。

たとえば、

Attribution Theory(アトリビューション・セオリー:原因帰属理論)

ではBernard Weiner(バーナード・ワイナー)らの研究を手がかりに、学校での成功や失敗を本人がどのように捉えるのかを研究しました。

Achievement Goal(アチーブメント・ゴール:達成目標)

については、Carol S. Dweck(キャロル・S・ドゥエック)らの研究を背景に、日本の中学生が「何を目指して学ぶのか」を調べました。

そして、

Self-Determination Theory(セルフ・ディターミネーション・セオリー:自己決定理論)

については、Edward L. Deci(エドワード・L・デシ)やRichard M. Ryan(リチャード・M・ライアン)らの考えを背景に、外から始まった学習理由が、より自律的な理由へ変わっていく過程を日本の児童・生徒から検討しました。

つまり速水さんは、海外で生まれた理論をそのまま紹介したのではありません。

既存の理論を手がかりに、日本の学校や学習場面で新しい問いを立て、実際のデータから確かめようとした研究者なのです。

速水さん自身も最終講義で、既存の理論をそのまま使うだけではなく、若干の修正を加えながら研究してきたと振り返っています。

ここでもう一つ、注意したい点があります。

速水さんの研究では、児童・生徒への質問紙などを使い、学習する理由や教師との関係、自己評価などの心理的特徴を調べた研究が多くあります。

しかし、二つの特徴に関連がみられたからといって、それだけで一方がもう一方の原因だとは言えません。

たとえば、教師の親密さ・承認・価値づけ・自律性を支える働きかけと、より自律的な学習動機づけとの関係は研究されました。

一方で、教師のそれぞれの働きかけが、どのように異なる役割を果たすのかまでは十分に明らかにならなかった部分もあります。

仮想的有能感と学習動機づけについても、高校生を対象とした研究で両者の関連が調べられましたが、

「仮想的有能感が学習動機づけを変化させた」

とまで、この研究だけから結論づけることはできません。

また、速水さんが用いた4種類の学習動機づけについても注意が必要です。

現在の自己決定理論では、外発的動機づけの内面化について、

External Regulation(エクスターナル・レギュレーション:外的調整)

Introjection(イントロジェクション:取り入れ)

Identification(アイデンティフィケーション:同一化)

Integration(インテグレーション:統合)

などが区別され、

Intrinsic Motivation(イントリンシック・モチベーション:内発的動機づけ)

は、それらとは概念上区別されています。

そのため、速水さんの4種類の分類を、現在の自己決定理論の体系そのものと完全に同じものとして覚えないことも大切です。

速水さんの研究を読むときに大切なのは、「何を証明した人なのか」と一言でまとめるのではなく、「何を問い、どんな方法で調べ、どこまで確認できたのか」を分けて見ることです。

実は、この慎重な読み方は速水さん自身の研究姿勢とも重なります。

最終講義では、原因帰属理論と自己決定理論など異なる理論を比べながら、

「どの理論を、どのような基準で評価すればよいのか」

という問題まで問い直しています。

そして、異なる動機づけ理論や概念を評価し、整理・統合していく必要性にも目を向けました。

一つの理論を、

「これが正解だ」

として終わらせない。

研究で確認できたことと、まだわからないことを分けながら考え続ける。

そこまで含めて読むことで、速水敏彦さんの研究人生がより正確に見えてきます。

17.結局、速水敏彦は日本の動機づけ研究に何を残したのか?

速水敏彦さんの研究人生を一つの理論名だけでまとめるのは難しいでしょう。

研究史から見ると、速水さんが残した大きな意味の一つは、「人はなぜ動くのか」という問題を、日本の教育や日常生活から繰り返し問い直してきたことにあります。

特に重要なのは、研究するたびに問いが変化していったことです。

若いころには、

「どれくらい頑張り続けるのか」。

そこから、

「成功や失敗をどう受け止めるのか」。

「何を目指して頑張るのか」。

さらに、

「なぜ、その行動をするのか」。

「外から始まった理由は、自分自身の理由へ変わるのか」。

後年には、

「感情は人をどう動かすのか」。

そして、

「強い目標を意識していない習慣的な行動まで、動機づけとして考えられないか」。

へと進みました。こうした研究関心の変化は、本人が最終講義で研究人生として整理しています。

この流れから見えてくるのは、

「やる気」を単純な“ある・ない”“強い・弱い”だけでは捉えなかった研究者

という姿です。

同じ勉強をしていても、理由は違う。

同じ失敗でも、受け止め方は違う。

同じ悔しさでも、その後に頑張る人もいれば、行動できなくなる人もいる。

そして同じ家事を毎日続けていても、本人が毎回強い「やる気」を感じているとは限りません。

速水さんの研究は、行動の量だけではなく、行動する理由、認知、自律性、感情、そして習慣へと「動機づけを見る範囲」を広げていきました。

だからこそ、速水敏彦さんの名前は、日本で動機づけを学ぶとき、達成動機づけ、原因帰属、達成目標、自律的動機づけ、仮想的有能感など、異なるテーマをたどる中で何度も現れるのです。

もう一つ、人物として重要なのが、

自分が長く研究してきた理論そのものにも疑問を向けたことです。

最終講義の最後で速水さんは、自分には「山を上ってきた」という感覚があまりなく、「地平を彷徨した」とも表現しています。

さらに、新しい理論が本当に以前より優れているのかを問い、さまざまな動機づけ理論を評価・統合しなければならないという課題を示しました。

だからこそ、速水敏彦さんを、

「○○理論を作った人」

としてだけ覚えるより、

「人はなぜ動くのか」という一つの問いを長く追い続け、研究するたびに自分自身の見方まで問い直していった教育心理学者

として捉えると、その研究人生がよりよく見えてきます。

学生時代の、

Persistence(パーシステンス:持続・粘り強さ)

という問いから始まった研究は、

何十年もの時間をかけて、

「そもそも人は、何によって動き続けているのか」

という大きな問いへ広がっていきました。

一つの答えを残したことだけではなく、

一つの答えで人間を説明しきれないことに気づき、さらに問い続けたこと。

そこに、心理学者・速水敏彦さんの研究人生を知る大きな意味があります。

18.おまけコラム

「自分で作った概念」も疑い直す?速水敏彦と仮想的有能感のその後

心理学者が新しい概念を提案したら、その人は一生、

「自分の考えは正しい」

と主張し続けるのでしょうか。

速水敏彦さんの研究をたどると、そうとは限らないことがよくわかります。

速水さんは、自分たちが研究してきた「仮想的有能感」についても、その後に別の研究者が積み重ねた研究を見ながら、考え直し続けていました。

2021年(令和3年)、速水さんは中部大学で、

「仮想的有能感 その後――移り行く若者の心性」

という文章を発表し、それまで約20年にわたって研究されてきた仮想的有能感を振り返っています。

その振り返りによると、「仮想的有能感」という言葉を思いついたのは21世紀に入って間もないころでした。

2002年(平成14年)には、

ACS(エー・シー・エス:Assumed Competence Scale/アスームド・コンピテンス・スケール、仮想的有能感を測る尺度)

の作成を始めます。

ACSとは、他者を低く評価する傾向などに関する質問に答えてもらい、その回答から仮想的有能感の特徴を捉えようとする心理尺度です。

そして信頼性や妥当性を検討した結果、項目や回答方法を修正する必要があると判断し、翌年には改訂版となるACS-IIを作りました。

ここが心理学のおもしろいところです。

新しい名前を付けただけでは、心理学の概念として完成したことにはなりません。

本当に測れているのか。

何を測っているのか。

ほかの心理的特徴とはどう違うのか。

別の人が研究しても、似た結果になるのか。

そうした検討が必要です。

速水さん自身も2003年(平成15年)、日本教育心理学会総会で仮想的有能感について自主シンポジウムを開きましたが、後年の振り返りでは、参加者は比較的多かったものの、多くの教育心理学者からすぐに賛同を得たわけではなかったと記しています。

その後、速水さんは専門家の中だけでなく、一般の人にも心理学を問いかけることを考えるようになります。

最終講義でも、

心理学者だけに通じる専門用語で論文を書くことに加えて、一般の人へ心理学を伝える必要がある

という考えを示しています。さらに、細かな現象を見るMicroscopic Perspective(マイクロスコピック・パースペクティブ:微視的な視点)だけでなく、Macroscopic Perspective(マクロスコピック・パースペクティブ:より大きな視点)から日常生活や社会について発信する必要性にも触れています。

そして、さらに興味深いのはその後です。

2021年(令和3年)の振り返りでは、速水さん自身が実証データを取らなくなった後の約10年間に、ほかの研究者によって仮想的有能感がどのように研究され、最初の捉え方からどんな変化が生じたのかを改めて検討しています。

それまで仮想的有能感では、不適応的な側面が多く研究されていました。

ところが後の研究には、遂行接近目標、学問的交流、知的好奇心などとの関連から、単純に「悪い特徴」とだけでは片づけにくい結果も現れていました。速水さんは、そうした後続研究も紹介しています。

ここから学べることがあります。

心理学の概念は、一度名前が付いたら完成する「答え」ではなく、新しい研究によって確かめられ、修正され、ときには見方そのものが変わっていくものです。

そして速水さんは、自分自身が関わって作った概念についても、その後の研究を無視して最初の説明を守り続けたわけではありません。

「その後、研究はどう進んだのか」をもう一度見直していました。

これは、心理学の記事を読むときにも役立つ姿勢です。

「○○な人はこうなる」

という一文だけを覚えるのではなく、

その研究は誰を調べたのか。

関連なのか、因果関係なのか。

その後にも同じ結果が確認されているのか。

別の研究では違う側面が見つかっていないか。

心理学を正確に知るとは、用語を覚えることだけではなく、「その知識がどのように確かめられ、更新されてきたのか」まで見ることでもあります。

自分自身の研究にも疑問を向け、その「その後」を見続ける。

そんなところにも、心理学者・速水敏彦さんという人物のおもしろさが表れています。

19.まとめ・考察

『やる気がない』で終わらせないために

ここまで、心理学者・速水敏彦さんの研究人生をたどってきました。

速水さんは、学生時代のPersistence(パーシステンス:持続・粘り強さ)から始まり、成功や失敗の原因の捉え方、達成目標、内発的・外発的動機づけ、内面化、自律性、感情、仮想的有能感、そして家事のような日常生活の行動へと、長い時間をかけて問いを広げていきました。

そこから見えてくる大切なことの一つは、

人の「やる気」を、一つの原因だけで説明するのは難しい

ということです。

「やる気がある人」

「やる気がない人」

私たちは日常で、ついこのような言い方をします。

しかし実際には、

何を目標にしているのか。

なぜそれをするのか。

成功や失敗をどう受け止めたのか。

自分で選んでいると感じているのか。

どんな感情を抱いているのか。

習慣になっているのか。

周囲の人とどのような関係にあるのか。

こうしたものが複雑に重なりながら、人の行動と関係している可能性があります。

だからこそ、

「自分にはやる気がない」と結論づける前に、「今の自分は、何によって動きにくくなっているのだろう?」と問いを変えてみることには意味があります。

これは、速水さんが一つの研究で証明した「やる気を出す方法」という意味ではありません。

ここまで紹介してきた研究人生を踏まえた、一つの考え方です。

たとえば、こんな経験はないでしょうか。

資格の勉強を始めたものの、最初はまったく楽しくなかった。

それでも、

「仕事に必要だから」

と続けているうちに、少しずつ知識が増えてきた。

以前は理解できなかった問題が解けるようになり、

「もう少し知りたい」

と思うようになった。

最初の理由は「必要だから」だったのに、いつの間にか「知りたい」へ近づいていた。

反対に、

大好きだった趣味なのに、

「もっと上手にならなければ」

「人から評価されなければ」

と考えることが増えて、以前ほど楽しくなくなった経験がある人もいるかもしれません。

あるいは、

「今日は家事をする気がまったく起きない」

と思いながらも、夕方になるといつものように洗濯物を取り込み、食事を作っていた。

あとから考えると、

「やる気があったから動いた」というより、

生活の中に行動そのものが組み込まれていた

とも考えられます。

さらに、

試験に落ちて悔しかった。

仕事で失敗して腹が立った。

最初は嫌な感情だったのに、数日後、

「次は同じ失敗をしたくない」

と勉強を始めた。

そんな経験もあるかもしれません。

もちろん、悔しさや怒りがいつも前向きな行動につながるわけではありません。

だからこそ大切なのは、感情を単純に「良い・悪い」と決めることではなく、

「この感情は、今の自分をどちらへ動かしているのだろう?」

と見ることなのかもしれません。

ここまで速水さんの研究人生をたどってきて、もう一つ興味深く感じられることがあります。

それは、

「やる気」は、行動を始める前に完成していなければならないものではないのかもしれない

ということです。

「やる気が出たら勉強しよう」

「やる気が出たら運動しよう」

と私たちは考えがちです。

しかし、外から求められて始めたことが、自分にとって意味のあるものへ変化することもあります。

習慣だから、とりあえず始められることもあります。

悔しさから次の行動が生まれることもあります。

行動したあとに、

「意外とおもしろい」

と感じることさえあります。

そう考えると、

やる気は「行動を始めるための燃料」だけではなく、行動しながら形を変えていくものとして見ることもできます。

これも、あらゆる人に当てはまる一つの法則という意味ではありません。

むしろ速水さんの研究人生が教えてくれるのは、人を動かすものには、簡単な一つの答えを与えないほうがよいという姿勢なのではないでしょうか。

「やる気がない」

と思ったとき。

そこで自分を評価して終わるのではなく、

「目的が見えなくなっているのかな」

「誰かにやらされている感覚が強いのかな」

「難しすぎて、自分にはできないと感じているのかな」

「疲れているだけかもしれない」

「悔しさを、まだ次の目標へ向けられていないのかな」

「そもそも、これは強いやる気がなくても習慣にできることなのかな」

と、問いを少しずつ変えてみる。

「やる気がない」は答えではなく、自分がなぜ動けないのかを考え始めるための入口にもできます。

そしてこれは、自分以外の人を見るときにも同じです。

勉強しない子ども。

動かない部下。

続けられない家族。

その人をすぐに、

「やる気がない人」

と決めつけるのではなく、

「この人には、今どんな理由があり、どんな感情があり、どんな環境があるのだろう?」

と考えてみる。

人を見る解像度が、ほんの少し上がるかもしれません。

速水敏彦さんは、長い研究人生の中で「人はなぜ動くのか」という問いを何度も問い直しました。

その歩みを知ったあとでは、

「やる気があるか、ないか」

という二択だけで自分や他人を見ることが、少し物足りなく感じられてきます。

人を理解するとは、その人の“やる気の量”を測ることではなく、その人が何を大切にし、何を感じ、どんな理由と環境の中で動いているのかを見ようとすることなのかもしれません。

あなた自身はどうでしょうか。

これまで、

「やる気がないからできない」

と思っていたことはありませんか。

その行動について、

「私は、なぜこれをするのだろう?」

「何があれば、もう少し自分の理由として取り組めるだろう?」

「強いやる気を待つより、まず小さく始めたり、習慣にしたりできないだろうか?」

と問い直してみると、今までとは少し違った答えが見えてくるかもしれません。

そして、身近な誰かが動けずにいるとき。

あなたなら、その人を「やる気がない」と評価する前に、

どんな理由、感情、目標、環境がその人を動かしているのか――あるいは動きにくくしているのかを、どう見つけていくでしょうか。

20.さらに学びたい人へ

「やる気」をもっと深く知るおすすめ書籍

ここまで読んで、

「速水敏彦さんが研究した“やる気”を、もう少し心理学として知りたい」

「内発的動機づけや自律性について、もっと深く考えてみたい」

と思った方もいるかもしれません。

そこで最後に、今回の記事を読んだあとにおすすめしたい3冊を紹介します。

【初学者・小学校高学年から】
『やる気はどこから来るのか――意欲の心理学理論』奈須正裕

「やらなければならないのに、なぜやる気が出ないの?」

という身近な疑問から、心理学に入っていける構成になっています。

内容には、

学習性無力感。原因帰属。期待。感情。

などが含まれています。

つまり今回の記事で登場した、

「失敗した理由をどう考えるか」

「感情が次の行動とどう関係するのか」

といった問題を、速水さんとは別の研究者の説明からもう一度眺めることができます。

「やる気って、根性だけの話ではないんだ」

というところから心理学を知りたい人に向いています。

【中級者向け】
『モチベーションの心理学――「やる気」と「意欲」のメカニズム』鹿毛雅治

今回の記事を読んで、

「速水さん以外の動機づけ研究も含めて、全体像を知りたい」

と思った人におすすめです。

この本のよいところは、

「動機づけには、こんなにも多くの説明の仕方があるのか」

という全体像が見えやすいことです。

この本を読むと、それらを「速水敏彦さんの研究人生」から一度離れ、現代のモチベーション心理学全体の中へ置き直して考えることができます。

心理学を少し勉強したことがある人や、今回の記事をきっかけに体系的に学びたくなった人に向いている一冊です。

【今回の記事全体で最もおすすめ】
『内発的動機づけと自律的動機づけ――教育心理学の神話を問い直す』速水敏彦

この本では、

内発的動機づけ。Self-Determination Theory(セルフ・ディターミネーション・セオリー:自己決定理論)。自律的動機づけ。自律性を支える教育。

さらに、

「内発的動機づけを高めれば、それでよいのか」

という問題まで扱われています。

この本を読むと、

「速水敏彦さんは何を研究したのか」だけでなく、「長く研究した本人が、最後には何を疑問に思うようになったのか」

まで、一歩深く知ることができます。

3冊を読む順番に迷ったら、

まず『やる気はどこから来るのか』で身近な疑問から入り、次に『モチベーションの心理学』で全体像を知り、最後に速水敏彦さんの『内発的動機づけと自律的動機づけ』へ進む

という順番がおすすめです。

同じ「やる気」という言葉でも、本によって見えてくる景色は少しずつ違います。

そして、その違いを比べてみることこそ、今回の記事で見てきた速水敏彦さんの研究姿勢にも通じています。

一つの説明だけを「正解」として覚えるのではなく、いくつもの研究や考え方を比べながら、「人はなぜ動くのだろう?」という問いを自分自身でも考えてみる。

そこから、心理学のおもしろさはさらに広がっていきます。

21.疑問が解決した物語

「この“速水敏彦”って人、誰なんだろう?」

そんな小さな疑問から調べ始めたミサキさんは、気づけば速水敏彦さんの長い研究人生をたどっていました。

最初に名前を見つけたときは、

「内発的動機づけと外発的動機づけを研究した日本人の心理学者なのかな」

くらいに考えていました。

けれど、調べ終えた今は、少し違って見えています。

「速水さんは、一つの“やる気の理論”を作って終わった人じゃなかったんだ」

学生時代には、

「人は、なぜ頑張り続けるのか」。

その後は、

「成功や失敗を、どう受け止めるのか」。

「何のために頑張るのか」。

「外から始まった理由は、自分自身の理由へ変わるのか」。

さらに、

「悔しさや怒りも、人を動かすことがあるのか」。

「家事のように、強いやる気を意識しない行動はどう考えればよいのか」。

研究を進めるたびに、答えが一つにまとまっていくというより、新しい疑問が生まれ、そのたびに「人はなぜ動くのか」を別の角度から考え直していたことがわかりました。

ミサキさんは、最初に抱いた三つの疑問を思い返します。

「なぜ速水さんは、こんなに長く“やる気”を研究したのだろう?」

それは、「やる気」が一つの仕組みだけでは説明しきれない問題だったから。

「なぜ研究するたびに、新しい疑問へ進んでいったのだろう?」

実際の人間を研究すると、それまでの理論だけでは説明しにくい部分が見えてきたから。

そして、

「長年研究した速水さんは、結局“動機づけ”をどんなものだと考えるようになったのだろう?」

この問いにも、ミサキさんなりの答えが見えてきました。

それは、

「やる気がある・ない」だけでは、人が動く理由を十分には説明できない

ということです。

人は、目標によって動くこともある。

自分にとっての意味を感じて動くこともある。

誰かのために動くこともある。

悔しさから動き出すこともある。

そして、ときには強い理由を意識しなくても、習慣として行動していることさえあります。

その夜、ミサキさんは机の上に置いてあったレポートを見ました。

数日前から、

「どうしてもやる気が出ない」

と言って後回しにしていたものです。

以前なら、

「私は意志が弱いのかな」

と思っていたかもしれません。

でも今は、少し違う問いを考えました。

「私は今、何のためにこのレポートを書くんだろう?」

単位を取るため。

先生に提出するため。

それも理由です。

けれど少し考えると、

「心理学をもっと理解したい」

「自分の言葉で説明できるようになりたい」

という気持ちもありました。

「最初から全部おもしろくなくてもいいのか」

ミサキさんはそう思いました。

外から求められて始めたことでも、続けているうちに自分なりの意味が見つかることがあります。

反対に、楽しいことでも、評価や義務ばかりが気になれば、気持ちが変わることもあります。

大切なのは、“やる気があるか”と自分を判定することより、「今の自分を動かしているものは何だろう」と見てみることなのかもしれません。

ミサキさんは、

「全部やろう」

とは考えず、とりあえずレポートの最初の一段落だけ書き始めました。

すると、資料を読み返しているうちに、

「ここは、もう少し調べてみたい」

と思うところが出てきました。

強いやる気が出てから始めたわけではありません。

始めたあとから、少しだけ興味が動き始めたのです。

もちろん、いつでもこうなるとは限りません。

疲れている日もあります。

どうしても意味を感じられないこともあります。

感情が行動を邪魔することもあります。

だからこそ、

「やる気が出ない自分はダメだ」

と一つの言葉で決めつけず、

目的、理由、感情、周囲との関係、そして習慣まで含めて、自分が動きやすくなる条件を探してみる。

それが、速水さんの長い研究人生からミサキさんが受け取った、一つの考え方でした。

最初は、資料の中で何度も見かけただけの名前。

速水敏彦。

けれど、その名前を追いかけたことで、ミサキさんが知ったのは一人の心理学者の経歴だけではありませんでした。

「人はなぜ動くのか」という問いには、簡単な一つの答えがないこと。

そして、

答えが一つではないからこそ、自分や他人を「やる気がある・ない」だけで判断しなくてもよいこと。

それが、最初の疑問を調べ続けた先で見つけた答えでした。

では、あなた自身はどうでしょうか。

最近、

「やる気がないからできない」

と思っていることはありませんか。

そのとき、

「やる気はある?」

と自分に聞く代わりに、

「私は今、何のためにこれをするんだろう?」

「何があれば、もう少し自分の理由として取り組めるだろう?」

「やる気を待つより、小さく始めたり、習慣にしたりできないだろうか?」

と問いを変えてみたら、どんな答えが見えてくるでしょうか。

22.文章の締めとして

最初は、資料の中に何度も出てくる一人の研究者の名前でした。

速水敏彦。

けれど、その研究人生をたどっていくと見えてきたのは、単に「やる気とは何か」という答えではありませんでした。

人は、なぜ頑張るのか。

なぜ続けられるのか。

なぜ途中でやめてしまうのか。

なぜ誰かに言われて始めたことが、いつの間にか自分のものになるのか。

なぜ悔しさが力になることもあれば、動けなくなることもあるのか。

そして、なぜ私たちは、特別な決意もないまま毎日の生活を続けているのか。

一つの問いを追いかけているはずなのに、調べれば調べるほど、新しい問いが生まれていきます。

それは少し不思議なことかもしれません。

けれど、人間について本当に深く考えるということは、もしかすると、簡単な答えを一つ手に入れることではないのでしょう。

わかったと思ったところでもう一度問い直し、それまで見えていなかった人の心に気づいていくこと。

速水さんの長い研究人生には、そんな心理学のおもしろさが表れているように思います。

そして私たち自身も、

「やる気がない」

「続けられない」

「どうしてこんな気持ちになるのだろう」

と思うことがあります。

そんなとき、すぐに自分や誰かを評価するのではなく、

「この人は、今なぜこう感じているのだろう」

「何がこの行動を支えているのだろう」

と、ほんの少し問いを変えてみる。

それだけで、今まで見えていなかったものが見えてくることがあるかもしれません。

最初は一人の心理学者について知るための記事だったはずが、最後には、

「人を理解するとは、どういうことなのだろう」

という問いにまでつながっていきました。

補足注意

この記事は、速水敏彦さんの研究や経歴について、公開されている情報などをもとに、筆者が個人で確認できる範囲の資料をもとにまとめたものです。

ここで紹介した内容が、速水さんの研究や「動機づけ」についての唯一の解釈・答えというわけではありません。 心理学には異なる理論や研究結果、さまざまな立場からの見方があります。

また、心理学の知見は新しい研究によって検討され続けています。現在支持されている説明についても、今後の研究によって新しい発見が加わったり、より細かな条件が明らかになったり、捉え方が変化したりする可能性があります。

それは、速水さん自身が長い研究人生の中で、一つの理論だけを最終的な答えとせず、「人はなぜ動くのか」を何度も問い直してきた姿勢とも重なります。

🧭 本記事のスタンス

この記事も「これが唯一の正解」としてではなく、速水敏彦さんや動機づけ心理学に興味を持ち、ご自身でもさらに調べ、考えていくための入り口としてお読みください。

一つの説明だけで決めつけず、異なる研究や立場にも目を向けながら、人の心について考えていくことを大切にしていただければ幸いです。

速水敏彦さんが「人はなぜ動くのか」という問いを追い続けたように、このブログで芽生えた“やる気”を次の“知る気”へ変え、問いを追い、知をたどり、文献や資料のさらに深い「地」まで、あなた自身の学びをゆっくり掘り下げてみてください。

最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。

速水敏彦さんが「人はなぜ動くのか」を問い続けた研究人生は、人を理解するためには、簡単な答えで決めつけるのではなく、その人の中にある理由や感情に何度でも目を向けることの大切さを教えてくれているのかもしれません。

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