- 『ちいかわ』第37話「ふしぎな杖②」
- 冒頭の不思議な杖――前回とは傾きも汚れも違って見える
- ピンク色の背景から物語へ――かわいい世界への入口が不気味に変わる
- 「振ってみてもいい?」――ハチワレ、うさぎ、ちいかわの反応の違い
- 「エイッ!」と振った杖――カメラが現れた瞬間の喜び
- カメラの向きが変わった?――単なる演出なのか、それとも……
- 杖を放り出すハチワレ――欲しかったのは魔法ではなくカメラ?
- 「あったんだ、本当にこういう棒」――震えるほどの喜びに感じたこと
- 喜んでいる間に赤くなるうさぎ――気づかない変化の恐ろしさ
- ハチワレを見守るちいかわ――二人ともまだ気づいていない
- 「試し撮り!」――花が消えるカメラに隠された不思議
- もう一度、木を撮影するハチワレ――二度目で原因を考え始める判断力
- 消えた木はパラレルワールドの木のおじさん?――別の物語につながる可能性
- ちいかわが見つけた赤いうさぎ――かわいさが恐怖に変わる瞬間
- 実はハチワレの頭も変わっていた――本人だけが知らない異変
- 低い声の「ヤハ」――同じうさぎなのに別の存在のように感じる
- 「声も変わったね」――ハチワレの冷静さは頼もしいのか、それとも……
- うさぎは何を伝えたかった?――ハチワレを指さす意味
- それでもカメラを持っているハチワレ――欲しかったものを手放せない?
- 本当に怖いのはカメラ?それとも不思議な杖?
- 最後の「つづく」――なぜちいかわが杖を持っているのか
- コメント欄では、こんなことが多く語られていました
- 今回の動画が教えてくれるかもしれないこと
『ちいかわ』第37話「ふしぎな杖②」
今回の『ちいかわ』第37話「ふしぎな杖②」では、ハチワレが不思議な杖を使い、念願のカメラを手に入れます。
ところが、その喜びのすぐそばでは、うさぎが少しずつ赤くなり、やがてハチワレ自身にも異変が起こります。
欲しかったものが手に入った喜びが、いつの間にか恐怖へ変わっていく。
今回は、冒頭の杖の小さな違いから、ハチワレの震えるほどの喜び、ちいかわの警戒心、消えた木の謎まで、動画の流れに沿って私が感じたことを考察してみたいと思います。
※この記事には第37話のネタバレと、別エピソード「パラレルワールド編」に触れる考察が含まれています。作品で描かれた出来事と、私自身の推測は区別して紹介します。
冒頭の不思議な杖――前回とは傾きも汚れも違って見える
まず、今回の冒頭で気になったのが、不思議な杖のイラストです。
前回の「ふしぎな杖①」でも、この怪しげな杖が映し出されていました。
しかし、改めて見比べてみると、少し違っているように感じます。
前回は右側に傾いていた杖が、今回は左側に傾いているように見えるのです。
さらに、前回はそれほど目立たなかった汚れのようなものが、今回の杖には少し増えているようにも見えます。
もちろん、単に杖を描く角度や見せ方が変わっただけかもしれません。
汚れについても、前回は見えにくかった部分が今回の角度では目立っているだけという可能性があります。
それでも私は、ここに少し不思議な意味を感じました。
もし本当に杖の状態が変わっているのなら、それは前回うさぎが使用したことを示しているのでしょうか。
一度使ったことで、杖に何らかの変化が起きているのかもしれません。
あるいは、同じ杖でも使うたびに何かが変わっていくことを、さりげなく印象づけている可能性もあります。
もちろん、これだけで杖に使用回数や代償があると判断することはできません。
ただ、今回の物語では後になって登場人物たちにも異変が起こります。
その展開を知ったうえで冒頭の杖を見ると、何気ない汚れや傾きの違いまで、意味深く感じられてしまうのです。
ピンク色の背景から物語へ――かわいい世界への入口が不気味に変わる
冒頭の杖が映った後、背景がピンク色になり、そのまま自然に物語の世界へ入っていきます。
この始まり方も印象的でした。
ピンク色といえば、かわいらしさや温かさを感じさせる色です。
『ちいかわ』の世界にもよく似合っています。
しかし、その中央にあるのは、どこか怪しいドクロの杖。
かわいい背景と不気味な道具が、同じ画面の中に存在しています。
私は、この組み合わせが今回の物語を象徴しているように感じました。
最初は楽しそうに見えるものが、後になって恐ろしいものに変わってしまう。
あるいは、かわいいもののすぐそばに、最初から危険なものが存在している。
そんな『ちいかわ』の世界らしさが、物語の始まりから表れているようにも思えます。
「振ってみてもいい?」――ハチワレ、うさぎ、ちいかわの反応の違い
物語が始まると、ハチワレが嬉しそうに「振ってみてもいい?」と尋ねます。
このときのハチワレは、本当に好奇心でいっぱいという表情です。
何が起きるのだろう。
自分も使ってみたい。
そんな気持ちが、笑顔から伝わってきます。
それに対して、うさぎはいつものように「ヤハ」と返します。
このときのうさぎの表情は、どこか満足げにも見えました。
自分が持ってきた不思議な道具に、ハチワレが興味を示してくれた。
それが嬉しいのでしょうか。
あるいは、「どうだ、すごいだろう」と得意になっているのでしょうか。
私には、少し自慢げな、いわゆるドヤ顔にも見えました。
しかし、そのすぐそばにいるちいかわは、二人とは違います。
「うーん」と考えるような様子を見せ、不安そうな表情をしています。
さらに、言葉にならない沈黙を表すような「……」の描写もあります。
ここで面白いのは、同じ杖を前にしているのに、3人の反応がまったく違うことです。
ハチワレは、未知のものに興味を持っています。
うさぎは、自分の持ってきたものを楽しんでいるように見えます。
一方のちいかわは、何かおかしなことが起こるのではないかと警戒しているようです。
もちろん、ちいかわが本当に危険を察知していたかどうかはわかりません。
それでも、慎重に考えるちいかわと、まず試してみようとするハチワレの違いが、よく表れている場面だと思います。
「エイッ!」と振った杖――カメラが現れた瞬間の喜び
そしてハチワレは、笑顔で杖を振ります。
「エイッ!」
その瞬間、煙のようなものが現れ、そこからカメラが出てきます。
ハチワレの反応が、本当にかわいらしいのです。
驚いたように目を大きく見開き、嬉しさで目元まで震えているように見えます。
口を開けたときに見える小さな牙のような歯も、ハチワレらしいかわいさを感じさせます。
普段は丸くて柔らかな印象のハチワレですが、こうした小さな歯を見ると、猫のような生き物らしさも感じられます。
そして何より、目の表現が印象的です。
ただ驚いているだけではありません。
本当に欲しかったものが目の前に現れたときの、嬉しさと信じられない気持ちが混ざったような表情なのです。
私は、この一瞬の顔だけで、ハチワレがどれほどカメラを欲しがっていたのかが伝わってくるように感じました。
一方、少し離れたところには、口元に手を当てたちいかわがいます。
驚いているようにも見えますが、ハチワレほど無邪気に喜んでいるわけではありません。
ここでも二人の違いが表れています。
ちいかわが少し離れているのは、単なる画面上の配置かもしれません。
ただ、もし怪しい杖から距離を取ろうとしているのだとしたら、最初の不安そうな表情ともつながります。
ハチワレが喜んでいる瞬間にも、ちいかわだけはどこか慎重なのです。
カメラの向きが変わった?――単なる演出なのか、それとも……
ここで、もう一つ細かなことが気になりました。
最初にカメラが現れたとき、レンズがこちら側を向いているように見えます。
ところが、ハチワレが近づいていく場面では、カメラの向きが変わっているようなのです。
今度は、カメラの正面がハチワレの方を向いているように見えます。
これは、単に画面の視点が変わったことによる見え方の違いかもしれません。
しかし、少し想像してしまいました。
もしカメラが、自分を出現させたハチワレの方へ向こうとしていたのなら、どうでしょうか。
まるでカメラ自身が、誰に使われるのかを知っているようにも思えてしまいます。
もちろん、カメラに意思があるという描写が確認できるわけではありません。
ここは私の想像です。
それでも、後にこのカメラが普通ではない力を持っているとわかるだけに、向きが変わったように見えることまで気になってしまいます。
一度怪しいと思い始めると、何気ない道具の動きまで不思議に見えてくる。
それも今回の物語の面白さなのかもしれません。
杖を放り出すハチワレ――欲しかったのは魔法ではなくカメラ?
カメラが出てくると、ハチワレは嬉しさのあまり、持っていた杖を手放してしまいます。
先ほどまであれほど興味を持っていた不思議な杖なのに、カメラが現れた途端、関心がそちらに移ってしまうのです。
私は、この行動がとてもハチワレらしいと思いました。
不思議な杖を使ってみたい。
けれども、杖そのものを手に入れたいわけではなかったのでしょう。
ハチワレが本当に欲しかったのはカメラだったのです。
だからこそ、目的のものが現れた瞬間、杖を放り出すほど喜んでしまった。
この無邪気さが何ともかわいらしい場面です。
しかし、物語の結末を知ってから見ると、少し違った印象も受けます。
ハチワレにとっては願いを叶えてくれた道具でも、その杖が安全なものかどうかは、まだ誰にもわかっていないのです。
本当に欲しかったものが手に入ると、その喜びに夢中になってしまう。
それは私たちにも理解できる感情ではないでしょうか。
「あったんだ、本当にこういう棒」――震えるほどの喜びに感じたこと
カメラを手にしたハチワレは、全身をプルプルと震わせながら喜びます。
「あったんだ、本当にこういう棒」
この言葉も、とても印象的でした。
普通なら、不思議な力を持った道具を「魔法の杖」などと呼びたくなるところです。
ところが、ハチワレは「棒」と表現します。
この素朴な言い方が、何ともかわいらしいのです。
そして私が何より心を動かされたのは、ハチワレが嬉しさのあまり、言葉をうまく続けられないほど感激しているように見えることです。
「あったんだ」と言う声は震え、言葉も途切れ途切れになります。
本当にこんな不思議な棒が存在していた。
そして、そこから自分がずっと欲しかったカメラが出てきた。
その驚きと喜びが一度に押し寄せて、何から話していいのかわからなくなっているようにも感じられます。
私は、この表現がとても好きです。
普通なら、嬉しいことがあったときには、大きな声で「やった!」と喜ぶこともできるでしょう。
ところが、このときのハチワレは少し違います。
あまりにも嬉しくて、声が震えてしまう。
伝えたいことはたくさんあるはずなのに、気持ちが先にあふれてしまい、言葉が追いつかない。
嬉しいという感情を言葉にすることさえ難しいほど、ハチワレにとってカメラは特別な存在だったのではないでしょうか。
私は、ハチワレがここまで喜んでいる理由についても考えてしまいました。
単に不思議な力を目の前で見たからでしょうか。
それとも、念願だったカメラが手に入ったことが、何より嬉しかったのでしょうか。
おそらく、その両方の気持ちがあったのだと思います。
ただ、私には後者の喜びが特に大きく見えました。
『ちいかわ』の世界では、働いたり、報酬を得たり、欲しいものを手に入れようとしたりする姿が描かれています。
ハチワレにとっても、カメラは簡単には手に入れられないものだったのかもしれません。
もちろん、ハチワレがどの程度お金を貯めていたのか、なぜカメラを買えなかったのかは、この場面だけではわかりません。
それでも私は、こんなふうに考えてしまいました。
もし、いつでも簡単に買えるものだったなら、ここまで身体も声も震わせるほど喜んだでしょうか。
もしかすると、ハチワレにとってカメラは、ただ欲しいというだけではなく、いつか必ず手に入れたいと願い続けていたものだったのかもしれません。
本当に欲しくて、ずっと憧れていて、それでもなかなか手に入らなかったもの。
そんな存在だったからこそ、不思議な杖の力でカメラが現れたことが、信じられないほど嬉しかったのではないでしょうか。
ハチワレが以前からどのような気持ちでカメラを欲しがっていたのか、そのすべてを知ることはできません。
それでも、今回の姿からは、単に便利な道具が手に入ったという以上の喜びが伝わってきます。
目を輝かせ、身体を震わせ、声まで途切れてしまうほどの喜び。
そんな姿を見ていると、カメラはハチワレにとって、願いが現実になったことを実感させてくれる、とても大切なものだったのだと思えてきます。
そして私は、この幸せそうな姿を見れば見るほど、これから起こる異変が余計に恐ろしく感じられるのです。
喜んでいる間に赤くなるうさぎ――気づかない変化の恐ろしさ
そして今回、私が特に面白いと感じた演出が始まります。
ハチワレがカメラに夢中になっている間に、うさぎの身体が少しずつ赤くなっていくのです。
最初から真っ赤になっているわけではありません。
いつの間にか黄色い身体に赤みが混ざり、少しずつ色が濃くなっていきます。
しかも、ハチワレはまったく気づいていません。
嬉しそうにカメラを見つめています。
ちいかわも、この時点ではうさぎの変化をはっきり指摘していません。
ここで私は、少し不思議な感覚になりました。
見ている私たちは異変を発見できるのに、その場にいる本人たちはまだ気づいていないのです。
初めて見たときには、ハチワレの喜ぶ表情に夢中になって、うさぎの変化を見逃してしまった人もいるかもしれません。
私自身も、以前見たときより、今回改めて見たことで細かな変化に注目できたように思います。
まるで、昔テレビなどで紹介されていた「アハ体験」のようです。
アハ体験とは、今まで気づかなかったことに突然気づき、「あっ、そうだったのか」と理解するような体験を指す言葉です。
少しずつ絵が変わっていく映像を見て、どこが変わったのかを探す遊びを思い出しました。
今回の場合は、気づいた瞬間に嬉しくなるというより、むしろ怖くなります。
「こんなに早くから赤くなっていたのか」
そう気づくと、もう一度最初から見たくなってしまうのです。
そして、ハチワレが喜べば喜ぶほど、そのすぐそばで起きている異変との落差が大きくなっていきます。
この演出には、突然驚かせる恐怖とは違う、じわじわと広がる怖さを感じました。
ハチワレを見守るちいかわ――二人ともまだ気づいていない
カメラを抱えて喜ぶハチワレ。
その様子を、ちいかわが少し不安そうに見ています。
顔に手を添えながら、何が起きているのか考えているようにも見えました。
一方、画面には、さらに赤くなっているうさぎの身体や尻尾のあたりも映っています。
ここが何とも不思議です。
ちいかわは最初から杖を警戒しているようでした。
ところが、そのちいかわでさえ、うさぎの変化にはまだ気づいていないようなのです。
私は、ここに今回の怖さの本質の一つがあると思いました。
危険を感じていることと、その危険が実際にどこで起こっているのかを理解することは、同じではありません。
ちいかわは杖を怪しんでいるのかもしれません。
しかし、実際にはすぐそばの仲間に異変が起きています。
何かがおかしいと感じていても、何がおかしいのかまではわからない。
そんな状態の怖さが、ちいかわの表情とうさぎの変化によって描かれているように思えます。
「試し撮り!」――花が消えるカメラに隠された不思議
そしてハチワレは、嬉しそうにカメラを使い始めます。
「試し撮り!」
近くに咲いている花を撮影します。
ところが、シャッターの音がした直後、その花が消えてしまうのです。
ここで雰囲気が一変します。
不気味な音楽が流れ、ハチワレも「あれ?」と驚きます。
普通、写真というものは、その瞬間を残すために撮るものです。
きれいな花が咲いていた。
友達と一緒に遊んだ。
大切な景色を見つけた。
そんな思い出を、後から見返すために記録します。
ところが、このカメラでは逆のことが起こっています。
残すために撮ったはずなのに、撮られたものそのものが消えてしまうのです。
私は、この逆転した発想がとても面白いと思いました。
写真は普通、そこにあったものが過去になっても、その姿を残しておく道具です。
しかし、このカメラは、現在そこに存在しているものを消してしまいます。
もし写真に記録が残るとしても、現実からはそのものがなくなってしまう。
それは本当に「思い出を残す」ことになるのでしょうか。
何気ないカメラという道具が、一瞬で恐ろしいものに変わってしまう。
そんな不思議さを感じました。
もう一度、木を撮影するハチワレ――二度目で原因を考え始める判断力
花が消えてしまった後、ハチワレはもう一度カメラを使います。
今度は近くにある木を撮影します。
すると、その木まで消えてしまいました。
ここでハチワレは、何が起きたのかを理解し始めます。
「何これ、撮ったものが消えるカメラだ」
私は、この言葉にもハチワレの特徴がよく表れていると思いました。
最初に花が消えたときには、何が起きたのかわかりませんでした。
ところが、次に木を撮影して同じことが起こると、二つの出来事を結びつけています。
花が消えた。
木も消えた。
どちらもカメラで撮影した直後だった。
だから、このカメラには撮影したものを消す力があるのではないか。
そんなふうに考えたのでしょう。
もちろん、二度同じことが起きたからといって、その仕組みのすべてがわかったわけではありません。
しかし、その場で起きた二つの出来事から共通点を見つけ、言葉にしていることは確かです。
私は、ここにハチワレの頼もしさを感じます。
ハチワレは、何でも無条件に信じてしまうだけの存在ではありません。
不思議なことが起きると驚きますが、同時に、その出来事を自分なりに整理して言葉にすることができます。
ハチワレには、未知のものを楽しむ好奇心と、目の前の事実を結びつけて考える力の両方があるように感じるのです。
ただ、その判断力があっても、すべての危険を避けられるわけではありません。
そこが今回の物語の難しいところなのだと思います。
消えた木はパラレルワールドの木のおじさん?――別の物語につながる可能性
ここで、私はもう一つ興味深いことを考えました。
それは、カメラで消えてしまった木の行方です。
木は確かに目の前から消えました。
しかし、消えた木がどうなったのかは、今回の場面では説明されていません。
完全になくなってしまったのでしょうか。
それとも、どこか別の場所へ移動してしまったのでしょうか。
ここで思い出すのが、別のエピソードに登場する「パラレルワールド」の世界です。
パラレルワールドとは、普段の世界とは少し違う、別の世界を意味する言葉です。
その物語には、木のおじさんのような不思議な存在も登場します。
そして今回の木について、もしかすると、その木のおじさんと同じ存在なのではないかという考え方もできます。
もしそうだったら、どうでしょう。
ハチワレが写真を撮ったことで、木は消えてしまったのではなく、別の世界へ送られてしまったのかもしれません。
さらに、別の世界にいる木のおじさんが元の場所へ戻りたがっていたとしたら、今回の木と結びつけて考えることで、より切ない物語にも感じられます。
ただし、今回消えた木と、パラレルワールドの木のおじさんが同じ存在だと確認されたわけではありません。
あくまでも一つの想像です。
しかし私は、このようなつながりを考えると、『ちいかわ』の世界がいっそう不思議に感じられます。
もし、カメラのような道具によって別世界へ移動できるのだとしたら、普段暮らしている世界の中にも、知らない場所への入口が存在していることになります。
それは恐ろしいことです。
何気なく使った道具が、自分の知らない世界へつながっているかもしれないのですから。
一方で、こんな希望も考えてしまいました。
もし別の世界へ移動できる入口があるなら、そこから元の世界へ戻る方法もあるのではないでしょうか。
もちろん、簡単に戻れるという証拠はありません。
それでも、消えることと、別の場所へ移動することは同じではありません。
この違いを考えるだけでも、今回の木の行方が気になってきます。
私は、何気ない一本の木から、ここまで想像を広げられることが面白いと思いました。
ちいかわが見つけた赤いうさぎ――かわいさが恐怖に変わる瞬間
ハチワレがカメラの不思議な性質に気づき始めた、そのときです。
ちいかわが突然、驚きの声を上げます。
その視線の先にいたのは、真っ赤になってしまったうさぎでした。
いつもの黄色い身体ではありません。
身体も目も赤くなり、普段とはまったく違う雰囲気になっています。
耳を動かし、目を丸くしているような姿も、何とも不気味です。
それなのに、尻尾のあたりには白さが残っているように見えます。
この違いが、どこかシュールにも感じられました。
全身が均一に変わってしまうのではなく、いつものうさぎらしさが少し残っている。
だからこそ、余計に奇妙に見えるのかもしれません。
私は、この場面が今回の恐怖の大きな転換点だと思います。
それまでは、視聴者だけが気づいていた異変でした。
しかし、ついにちいかわも気づきます。
視聴者が先に知っていた恐怖に、登場人物たちがようやく追いついてくるのです。
この瞬間、物語の怖さが一段と強くなったように感じました。
実はハチワレの頭も変わっていた――本人だけが知らない異変
そして、ここでさらに恐ろしいことがわかります。
うさぎの姿に驚いているハチワレ自身も、すでに変化しているのです。
いつも左右にあるハチワレの耳が、頭の中央で一つになったような、とがった形になっています。
耳がくっついたのでしょうか。
それとも、角のようなものへ変化してしまったのでしょうか。
今回の時点では、はっきりした仕組みはわかりません。
しかし、明らかに普段のハチワレとは違う姿です。
ところが、ハチワレ本人は、その異変に気づいていないようです。
ここがとても恐ろしいと思いました。
自分の身体が変わっているのに、自分ではわからないのです。
鏡でも見ない限り、自分の頭の上がどうなっているのかを知ることは難しいのでしょう。
これは、うさぎの変化と同じようで少し違います。
うさぎの場合は、視聴者が先に色の変化を見つけられました。
一方、ハチワレは、うさぎを見て驚いている間にも、自分が同じような異変に巻き込まれていることに気づいていません。
私は、この二重の恐怖が今回の見どころだと思います。
他人の変化には驚くことができても、自分自身の変化には気づかないことがある。
そんな不思議な状況が描かれているのです。
低い声の「ヤハ」――同じうさぎなのに別の存在のように感じる
真っ赤になったうさぎは、声まで変わってしまいます。
いつもの元気な「ヤハ」とは違う、低く響く声です。
私は、この声の変化がとても印象に残りました。
見た目が赤くなっただけでも驚くのに、聞き慣れた声まで変わってしまう。
そのため、目の前にいるのが本当にいつものうさぎなのか、少し不安になります。
一方で、どれほど姿が変わっても、うさぎらしい「ヤハ」という発声は残っています。
ここが興味深いところです。
声の高さや響きは変わってしまいました。
けれども、いつもと同じように声を出そうとしているようにも聞こえます。
つまり、見た目が変わっても、うさぎらしい部分まで全部なくなってしまったわけではないのかもしれません。
さらに、アニメならではの面白さもあります。
原作漫画では、文字の向きや形を使って声の異常さを表現することができます。
一方、アニメでは、実際に聞こえる声によって不気味さを伝えています。
文字が反転したような違和感を、声の響きで表現しているのだとしたら、とても面白い工夫です。
なお、アニメ公式のキャストでは、うさぎ役は小澤亜李さんです。
声の聞こえ方が大きく変化していても、単に別の声優へ交代したということではなく、うさぎというキャラクターの声そのものが異常になったように感じさせます。
この演出も、アニメだからこそ味わえる恐怖なのだと思います。
「声も変わったね」――ハチワレの冷静さは頼もしいのか、それとも……
今回、私が特にハチワレらしいと感じた言葉があります。
それが、「声も変わったね」です。
目の前では、うさぎが真っ赤になっています。
さらに、声まで普段とは違っています。
普通なら、恐ろしくて何を言えばいいかわからなくなりそうな状況です。
しかし、ハチワレは自分が気づいたことを、そのまま言葉にします。
「声も変わったね」
私は、この言い方がとても興味深いと思いました。
まるで、目の前の出来事を一つずつ確かめているようだからです。
うさぎの色が変わった。
そして、声も変わった。
その二つの事実を、素直に認識しているように感じます。
先ほど、カメラで花と木が消えたときも、ハチワレは二つの出来事から共通点を見つけていました。
今回も、自分が見たこと、聞いたことを、きちんと言葉にしています。
もちろん、ハチワレがまったく怖がっていないとは限りません。
驚きが大きすぎて、思ったことをそのまま口にしているだけかもしれません。
それでも私は、どんな不思議なことが起きても、目の前の出来事を理解しようとするハチワレの姿勢に、少し頼もしさを感じました。
同時に、その冷静さが少し怖くもあります。
なぜなら、自分自身もすでに変わっていることには、まだ気づいていないからです。
周りの変化を冷静に観察できることと、自分自身の状態を正しく理解できることは、必ずしも同じではないのでしょう。
うさぎは何を伝えたかった?――ハチワレを指さす意味
うさぎは、低く変わった声で何かを話し、ハチワレの方を指さします。
その声は、普段の「ヤハ」とは違い、何を言おうとしているのか少しわかりにくくなっています。
ただ、指さすという行動には意味がありそうです。
私は、このときのうさぎが、ハチワレ自身の変化を知らせようとしているのではないかと感じました。
なぜなら、ハチワレの頭もすでに変わっているからです。
自分が赤くなっていることを伝えたいのか。
それとも、ハチワレの頭がおかしくなっていることを指摘したいのか。
はっきりとはわかりません。
しかし、言葉だけでは伝わらないため、指さすことで何かを知らせようとしているようにも見えます。
ここで、もう一つ面白いことがあります。
普段のうさぎは、自由に動き回り、突然大きな声を出したり、周りを驚かせたりする存在です。
ところが今回は、何かを伝えようとしているように見えても、その声がうまく伝わらないのです。
普段は言葉にならない声でも意思が伝わるうさぎなのに、今回は姿も声も変わったことで、何を伝えたいのかわかりにくくなっている。
そのような状況に、少し不安を感じました。
一方のハチワレは、指さされた理由をまだ理解していないようです。
自分の頭の上が変わっていることに気づかないまま、不思議そうにしています。
そして、そのとがった部分がブルッと震えるような動きを見せます。
まるで自分の意思とは関係なく、身体が変化しているかのようです。
その姿が、何とも不気味でした。
それでもカメラを持っているハチワレ――欲しかったものを手放せない?
さらに気になったのが、ハチワレがまだカメラを持っていることです。
花も木も消えてしまいました。
うさぎの姿も声も変わっています。
自分の頭まで変わってしまっています。
それなのに、ハチワレはカメラを手放していません。
私は、この姿にも少し考えさせられました。
あれほど欲しかったカメラです。
ようやく手に入れたものを、簡単には手放したくないのでしょうか。
それとも、あまりにも急な出来事だったため、まだカメラを持っていること自体を意識していないのでしょうか。
どちらの可能性もあると思います。
ただ、私はここに、ハチワレの喜びと恐怖が同時に存在しているような印象を受けました。
少し前まで、カメラは願いを叶えてくれた最高の贈り物でした。
ところが今では、恐ろしい現象を引き起こす道具だとわかっています。
同じカメラなのに、ほんの短い時間で意味がまったく変わってしまったのです。
それでも、ハチワレの手にはカメラが残っています。
この姿を見ていると、欲しかったものを手に入れた喜びと、そのものに危険があると知ったときの戸惑いが重なっているように感じられます。
本当に怖いのはカメラ?それとも不思議な杖?
ここまでの出来事を振り返ると、一つ大きな疑問が残ります。
それは、今回起きた異変の原因です。
花と木は、カメラで撮影した直後に消えてしまいました。
そのため、ハチワレが考えたように、カメラには撮ったものを消す不思議な性質があるように見えます。
しかし、うさぎやハチワレの身体の変化はどうでしょうか。
二人はカメラで撮影されていません。
それなのに、姿が変わっています。
つまり、花や木が消えた現象と、二人の身体が変わった現象は、同じ仕組みとは限らないのです。
私は、ここが今回の大きな謎だと思います。
カメラに二つの力があるのでしょうか。
それとも、カメラを出した不思議な杖そのものに、何か別の力があるのでしょうか。
あるいは、欲しいものを出す代わりに、使った者や近くにいる者に異変が起きるのでしょうか。
もちろん、どれも今回の時点では確定できません。
しかし、もし願いを叶えることに何らかの代償が必要なのだとしたら、とても怖い話です。
しかも、その代償が何なのか、使う前にはわからないのです。
ハチワレは、カメラを手に入れたいと思っただけでした。
うさぎも、不思議な杖を持ってきただけです。
それなのに、二人とも自分たちの身体に異変が起きています。
願いが叶うことと、その結果が幸せであることは、必ずしも同じではないのかもしれません。
そんなことまで考えてしまいました。
最後の「つづく」――なぜちいかわが杖を持っているのか
そして今回の物語は、すべての謎が解決しないまま終わります。
最後の「つづく」の場面では、ちいかわが車に乗った姿で現れ、あの不思議なドクロの杖を手にしています。
ここも少しシュールで面白い場面でした。
今回、杖を振ったのはハチワレです。
その後、カメラが現れ、うさぎとハチワレに異変が起きました。
一方、ちいかわは自分では杖を振っていません。
それなのに、最後にはちいかわが杖を持っているのです。
もちろん、「つづく」のイラストは本編の出来事そのものとは限りません。
それでも私は、ここでちいかわに杖を持たせていることが気になりました。
もし、ちいかわがこの杖を使うことになったら、どうなるのでしょうか。
二人の異変を元に戻せるのでしょうか。
それとも、さらに恐ろしいことが起きてしまうのでしょうか。
そしてもう一つ、私は今回、声の演出が強く印象に残りました。
うさぎは姿も声も変わってしまいましたが、うさぎらしい発声そのものは残されています。
そのため、恐ろしい姿なのに、どこかいつものうさぎを感じてしまいます。
ここもまた、『ちいかわ』らしい不思議なところです。
完全に別の存在になってしまったようにも見えるのに、私たちが知っているうさぎらしさが残っている。
だからこそ、怖いだけではなく、少し心配にもなってしまうのです。
今回の物語は、何が起きているのか十分にはわからないまま、次の展開へ続いていきます。
この終わり方が、さらに続きを見たくさせてくれます。
コメント欄では、こんなことが多く語られていました
今回の第37話「ふしぎな杖②」のコメント欄では、特にうさぎが少しずつ赤くなっていく演出について、多くの声が寄せられていました。
最初から真っ赤だったわけではなく、ハチワレがカメラに喜んでいる間にも、少しずつ色が変化していたことに驚く人がいました。
動画をスロー再生して変化を発見した人や、もう一度見直すことで初めて気づいた人もいました。
また、ハチワレが念願のカメラを手に入れて、全身を震わせながら喜ぶ姿をかわいいと感じる声も多く見られました。
その一方で、写真に撮った花や木が消えてしまうことへの恐怖や、もしハチワレがちいかわやうさぎを撮影していたらどうなっていたのか、という心配も挙がっていました。
そして、特に興味深かったのが、消えた木とパラレルワールドの木のおじさんを結びつける考察です。
今回撮影された木が、別の世界に登場した木と同じ存在なのではないかという意見が、複数寄せられていました。
ただし、これは視聴者による推測であり、同じ存在であることが確認されているわけではありません。
ほかにも、ちいかわが最初から不安そうな表情をしていることや、ハチワレの耳が一つになったような姿、うさぎの低く変わった声、原作漫画の文字表現をアニメの音声で工夫しているのではないかという見方など、細かな演出にも注目が集まっていました。
さらに、かわいらしい作品だと思っていたのに予想以上に怖かったという感想や、こうした不穏な展開こそが『ちいかわ』の魅力だという意見もありました。
同じ短い動画でも、かわいさに注目する人、恐怖を感じる人、細かな描写を見つける人、別の物語とのつながりを考える人がいます。
一度見ただけでは気づかなかったことも、さまざまな意見に触れて改めて見直すことで、新しい発見につながるのだと思います。
今回の動画が教えてくれるかもしれないこと
今回の第37話で、私が最も印象に残ったのは、ハチワレが心から喜んでいる、そのすぐ隣で恐ろしい異変が始まっていたことです。
念願のカメラを手に入れ、声まで震わせるほど喜ぶハチワレ。
その姿は、本当にかわいらしく、見ているこちらまで嬉しくなります。
しかし、その喜びに夢中になっている間に、うさぎは少しずつ赤くなり、ハチワレ自身にも変化が起きていました。
幸せそうな時間が描かれているからこそ、そのすぐそばにある危険がいっそう怖く感じられるのです。
そして今回、3人の性格の違いも印象的でした。
好奇心いっぱいに行動するハチワレ。
何かを警戒しているようなちいかわ。
怪しい道具にも物おじしないうさぎ。
誰か一人が正しいというより、それぞれの違いがあるからこそ、この物語は面白いのだと思います。
私は、ハチワレの好奇心も、ちいかわの慎重さも、どちらも大切なものだと感じました。
欲しかったものを手に入れて喜ぶことは、決して悪いことではありません。
しかし、嬉しいことに夢中になっていると、すぐそばで起きている小さな変化に気づかないこともあります。
そして、何かおかしいと感じたときには、ハチワレのように目の前で起きたことを確かめながら、少しずつ理解しようとする姿勢も大切なのでしょう。
欲しかったものを手に入れることは、とても嬉しいことです。しかし、それが必ずしも幸せな結果につながるとは限りません。
今回の動画は、願いが叶う喜びを大切にしながらも、その先に起こることや周囲の小さな変化にも目を向け、好奇心と慎重さの両方を持つことの大切さを教えてくれているのかもしれません。

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