弁証法とは?「反対されたとき」から考え始める哲学
代表例
こんなとき、あなたならどう考えますか?
「自分では正しいと思ったのに、反対された。」
「相手の意見にも納得できる。でも、自分の考えも間違っているとは思えない。」
「二つの考えがぶつかったとき、どちらか一方を選ぶしかないの?」
たとえば、
「会議は短いほうがいい。」
でも、
「短すぎると、話せない人が出てくる。」
「自由は大切だ。」
でも、
「何をしても自由と言えるのだろうか。」
「みんな同じに扱うのが公平だ。」
でも、
「事情が違う人まで、まったく同じでいいのだろうか。」
一つの考えを真剣に考えるほど、「それだけでは説明できないこと」が見えてくる場合があります。
そんなときに知っておきたい哲学の言葉が、**弁証法(べんしょうほう)**です。
一つの考えの限界や対立に気づき、そこからさらに考えを進めていく。
今回は、この少し難しそうな言葉を、日常の疑問からたどります。
5秒でわかる答え
弁証法とは、一つの考えをそこで固定せず、その考えから現れる限界や対立を通して、より豊かな理解へ進んでいく考え方です。
小学生にもわかるように説明すると
友達と遊ぶ場所を決めるとします。
あなたは、
「外で遊びたい!」
でも友達は、
「雨が降りそうだから、家の中がいいよ」
と言いました。
ここで「どっちが正しい?」だけなら、外か家かの二択です。
でも、少し考えてみます。
あなたは「体を動かしたい」。
友達は「雨にぬれたくない」。
それなら、
「雨にぬれずに、体を動かせる場所はないかな?」
と考えられます。
体育館や室内の遊び場が見つかるかもしれません。
大切なのは、二つの意見を半分ずつ混ぜたことではありません。
「なぜ意見がぶつかったのか」を考えたことで、最初にはなかった見方が生まれたことです。
弁証法を学ぶ入口では、
「反対された。終わり」ではなく、「どうして反対が生まれたんだろう?」
と、もう一度考えてみてください。
1.この記事では「弁証法って結局何?」を日常から考えます
「弁証法」と聞いて、
「正・反・合(せい・はん・ごう)って何?」
「アウフヘーベン、止揚(しよう)ってどういう意味?」
「反対意見を混ぜることが弁証法なの?」
と疑問を持つ人もいるでしょう。
もっと身近には、
「意見がぶつかったら、どう考えればいい?」
「自分の考えが否定されたら、捨てるしかない?」
「どちらにも一理あるときはどうする?」
という疑問から、この言葉にたどり着くこともあります。
この記事では、まず弁証法の基本をやさしく理解し、そのあとで、なぜそのように考えるのかを詳しく見ていきます。
後半では、ドイツの哲学者ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル、Aufheben(アウフヘーベン。「否定しながら保存する」という意味を含む重要な考え)、そして「正・反・合」と弁証法の関係も順番に確認します。
最初から難しい言葉を覚える必要はありません。
まずは、**「一つの答えだけではうまく説明できなくなったとき、そこで考えるのをやめない」**という入口をつかんでください。
2.疑問が生まれた物語
「どっちが正しい?」では解決しなかった
会社員のアオイは、職場の長い会議に困っていました。
30分の予定なのに、気づけば1時間。
そこでアオイは提案します。
「会議は20分までにしませんか? 時間を決めたほうが、みんな仕事に集中できると思います」
自分では、いい案だと思っていました。
ところが同僚のナオが言います。
「短くするのはいいと思う。でも、20分で終わらせることを優先したら、すぐに話せない人は意見を出せなくならないかな?」
アオイは少しムッとしました。
みんなの時間を守りたくて考えたのに。
でも帰り道、ナオの言葉が気になります。
「短い会議がいい。」
それは今でも正しいと思う。
でも、
「みんなが意見を言えることも大切だ。」
それも間違いとは思えない。
では、20分と60分の間を取って40分なら解決でしょうか。
アオイは、それも違う気がしました。
そこで初めて、
「そもそも、いい会議って何だろう?」
と思います。
短いこと?
全員が話せること?
必要なことが決まること?
考えているうちに、アオイは気づきます。
反対されて答えがわからなくなったのに、反対される前より問題を深く考えている。
「反対されることで、考えが進むことってあるのかな?」
調べていると、一つの言葉が目に入りました。
弁証法。
「難しそう。でも、今日のことと関係があるのかな?」
アオイは、その言葉を調べてみることにしました。
3.すぐにわかる結論
弁証法でまず知っておきたいこと
ここまでの疑問に、いったん答えを出しましょう。
弁証法で大切なのは、一つの考えを完成した答えとして固定せず、その考えを考え抜いたときに見えてくる限界や対立から、さらに理解を進めていくことです。
ヘーゲルの弁証法では、ある考えをはっきり捉え、それを考えていく中で一面的なところや限界が現れ、そこから次の理解へ進むという運動が重視されます。ヘーゲル自身も『哲学諸学の百科全書』で、固定された規定が、その有限性によって自らを越えていく「弁証法的」な契機を説明しています。
哲学研究者によって執筆・編集されるオンライン哲学事典 Stanford Encyclopedia of Philosophy(スタンフォード・エンサイクロペディア・オブ・フィロソフィー、日本語では「スタンフォード哲学百科事典」) でも、ヘーゲルの弁証法では、最初の考えが持つ一面性や限界が次の段階への動きにつながることが説明されています。
だから最初は、
「AとBを混ぜれば、もっといいCになる」
と覚えるより、
「いまの考えだけでは足りないところはどこだろう?」
と考える方が、本質に近づけます。
アオイも「20分か60分か」から、
「そもそも、よい会議とは何のためにあるのか」
という問いへ進みました。
弁証法は、自分の答えの限界から、次の問いを見つけていくための考え方です。
ここまでわかれば、まずは十分です。
第4章からは、このやさしい理解を土台に、「弁証法」という言葉の意味、ヘーゲルの考え、そして**Aufheben(アウフヘーベン)――日本語で「止揚(しよう)」**を、もう少し詳しく見ていきます。

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