「ご褒美は、やる気をどう変えるのか?」――1973年の代表研究から、教育・学習・選択・文化へ。マーク・レッパーが追い続けた「人はどんな環境で自分からやってみたいと思うのか」という問いを、研究人生とともにたどります。

- 代表例
- 5秒でわかる結論『マーク・レッパー』とは?
- 小学生にもわかりやすく言うと
- 1.こんなことはありませんか?
- 2.疑問が生まれた物語
- 3.すぐにわかる結論
- 4.『マーク・R・レッパー』とは?
- 5.なぜレッパーは「ご褒美とやる気」に注目したのか?
- 6.1973年の有名な実験
- 7.『過剰正当化仮説』とは何だったのか?
- 8.「遊び」が「仕事」に変わるとき
- 9.レッパーは「報酬」をどう考えていたのか?
- 10.「遊びを仕事に」から「仕事を遊びに」へ
- 11.コンピューターは勉強をおもしろくできるか?
- 12.優れた家庭教師は、なぜ子どもをやる気にさせられるのか?
- 13.「自分で選ぶこと」の意味は同じ?
- 14.動機づけだけでは見えてこない
- 15.研究は「報酬」から「ほめ方」「学校でのやる気」へ
- 16.レッパーの研究は、どこまで言えるのか?
- 17.結局、マーク・レッパーは心理学に何を残したのか?
- 18.まとめ・考察
- 19.疑問が解決した物語
- 20.文章の締めとして
代表例
「マーク・レッパー」って、いったい何をした心理学者?
心理学の「やる気」や「動機づけ」について調べていると、
Mark R. Lepper(マーク・R・レッパー)
という名前に出会うことがあります。
「ご褒美とやる気」
「内発的動機づけ」
「過剰正当化仮説」
「子どものお絵描き研究」
こうしたテーマを調べていくと、たびたび登場する心理学者です。
すると、だんだん気になってきませんか?
「マーク・レッパーって、どんな人なんだろう?」
「なぜ、動機づけを調べるとこの人の名前が出てくるの?」
「有名なお絵描き研究のあとには、何を研究したの?」

今回の記事の主人公は、
アメリカの心理学者、マーク・レッパーという人物
です。
レッパーは、子どもの内発的動機づけと報酬の研究で広く知られ、その後も教育、学習、選択、文化などへ研究を広げてきました。
この記事では、一つの有名な実験だけではなく、
「マーク・レッパーは、どのような心理学者で、どんな問いを研究してきたのか」
を、その歩みと代表研究からたどっていきます。
5秒でわかる結論『マーク・レッパー』とは?
マーク・レッパーは、子どもの内発的動機づけと報酬の研究で知られ、教育・学習・選択などを幅広く研究してきたアメリカの心理学者です。
現在は、スタンフォード大学の心理学名誉教授として紹介されています。
小学生にもわかりやすく言うと
マーク・レッパーは、
「人は、どんなときに自分から『やってみたい』と思うのだろう?」
という問題を研究してきた心理学者の一人です。
たとえば、絵を描くことが大好きな子どもがいます。
そこへ大人が、
「絵を描いたら賞をあげるよ」
と言ったら、その子の気持ちはどう変わるでしょう。
もっと描きたくなるのでしょうか。

それとも、賞がなくなったあとには、以前とは違った感じ方をすることもあるのでしょうか。
レッパーは、こうした身近な疑問を、子どもたちを対象とした心理学研究で調べました。
そして彼の研究は、そこからさらに、
「どうすれば、人は学ぶことに自分から取り組みやすくなるのか」
という教育や学習の問題へ広がっていきました。
「ご褒美」の研究は、マーク・レッパーを知るための大切な入口です。
しかし、その入口から先へ進むと、もっと広い研究者としての姿が見えてきます。
- 代表例
- 5秒でわかる結論『マーク・レッパー』とは?
- 小学生にもわかりやすく言うと
- 1.こんなことはありませんか?
- 2.疑問が生まれた物語
- 3.すぐにわかる結論
- 4.『マーク・R・レッパー』とは?
- 5.なぜレッパーは「ご褒美とやる気」に注目したのか?
- 6.1973年の有名な実験
- 7.『過剰正当化仮説』とは何だったのか?
- 8.「遊び」が「仕事」に変わるとき
- 9.レッパーは「報酬」をどう考えていたのか?
- 10.「遊びを仕事に」から「仕事を遊びに」へ
- 11.コンピューターは勉強をおもしろくできるか?
- 12.優れた家庭教師は、なぜ子どもをやる気にさせられるのか?
- 13.「自分で選ぶこと」の意味は同じ?
- 14.動機づけだけでは見えてこない
- 15.研究は「報酬」から「ほめ方」「学校でのやる気」へ
- 16.レッパーの研究は、どこまで言えるのか?
- 17.結局、マーク・レッパーは心理学に何を残したのか?
- 18.まとめ・考察
- 19.疑問が解決した物語
- 20.文章の締めとして
1.こんなことはありませんか?
心理学を調べていると、何度も出てくる「Lepper」という名前
内発的動機づけについて調べる。
すると、レッパーの名前が出てくる。
ご褒美とやる気について調べる。
そこでもレッパーの研究が紹介される。
過剰正当化仮説について調べると、
Lepper, Greene, & Nisbett, 1973
という論文に出会う。
何度も同じ名前を目にすると、
「そんなに重要な研究者なら、この人自身について知りたい」
と思えてきます。
そして実際にレッパーの研究歴をたどると、扱ってきたテーマはかなり幅広いことがわかります。
現在のスタンフォード大学公式プロフィールでは、研究トピックとして、
Culture(カルチャー:文化)
Education(エデュケーション:教育)
Learning & Memory(ラーニング・アンド・メモリー:学習と記憶)
Motivation & Emotion(モチベーション・アンド・エモーション:動機づけと感情)
Reasoning & Problem Solving(リーズニング・アンド・プロブレム・ソルヴィング:推論と問題解決)
が挙げられています。
過去の研究にも、
報酬、
大人による監視、
締め切り、
コンピューターを使った教育、
学習をおもしろくする方法、
熟練した家庭教師の指導法、
選択と文化の関係
など、さまざまなテーマがあります。
つまり、マーク・レッパーを知るうえで大切なのは、
1973年の代表研究を入口に、その後どのように研究の問いを広げていったのかを見ること
です。
そこから、
「人はどのように学ぶのか」
「どのような環境なら、自分から取り組みやすくなるのか」
を長く研究してきた心理学者としての姿が見えてきます。
2.疑問が生まれた物語
「この“Lepper”って人、いったい誰なんだろう?」

大学生のハルカさんは、心理学について調べていました。
ある日、
「ご褒美をあげると、やる気はどう変わるんだろう?」
と気になって調べていると、1973年(昭和48年)に発表された研究にたどり着きました。
子ども。
お絵描き。
ご褒美。
そして、研究者の名前には、
Mark R. Lepper(マーク・R・レッパー)
と書かれています。
「マーク・レッパー……?」
その日は名前だけを見て、ページを閉じました。
ところが数日後。
今度は「内発的動機づけ」について読んでいると、
また、
Lepper
という名前が出てきます。
さらに「過剰正当化仮説」について調べると、
そこにも、
Lepper, Greene, & Nisbett, 1973
と書かれていました。
「また、この人だ」
今度は研究内容ではなく、
「Mark Lepperって、どんな心理学者なんだろう?」
と調べてみることにしました。
すると、最初に知ったお絵描き研究から、次々と別の研究につながっていきます。
報酬。
監視。
締め切り。
子どもの学習。
コンピューターを使った教育。
熟練した家庭教師の教え方。
そして、文化によって「自分で選ぶこと」の意味や影響が異なる可能性を調べた研究まで。
ハルカさんは思いました。
「どうして、この人の研究はこんなに広がっていったんだろう?」
すると、新しい疑問が浮かびました。
「レッパーは、どんな問題意識から研究を始めたのだろう?」
「1973年の研究のあと、どんな問いを追いかけていったのだろう?」
そして、
「なぜ50年以上たった今でも、動機づけを学ぶとこの人の研究に出会うのだろう?」
最初は論文の著者欄に書かれていた、一つの名前。
Mark R. Lepper。
その名前をたどっていくと、一人の心理学者が長い年月をかけて追究してきた研究の道が見えてきました。
3.すぐにわかる結論
なぜマーク・レッパーは重要な心理学者なの?
Mark R. Lepper(マーク・R・レッパー)は、1944年(昭和19年)12月5日、アメリカのワシントンD.C.に生まれた心理学者です。
1966年(昭和41年)にスタンフォード大学で心理学を専攻して学士号を取得し、その後イェール大学へ進みました。
1970年(昭和45年)には、社会・発達心理学を専門として博士号を取得。
1971年(昭和46年)からスタンフォード大学で研究・教育に携わり、現在は同大学のAlbert Ray Lang Professor of Psychology, Emeritus(アルバート・レイ・ラング・プロフェッサー・オブ・サイコロジー、エメリタス:心理学名誉教授)として紹介されています。
そして、レッパーを動機づけ研究の重要人物として知るうえで欠かせない代表研究の一つが、1973年(昭和48年)にDavid Greene(デイヴィッド・グリーン)、Richard E. Nisbett(リチャード・E・ニスベット)と発表した論文です。
題名は、
“Undermining Children’s Intrinsic Interest with Extrinsic Reward: A Test of the ‘Overjustification’ Hypothesis”「アンダーマイニング・チルドレンズ・イントリンシック・インタレスト・ウィズ・エクストリンシック・リウォード:ア・テスト・オブ・ジ・オーバージャスティフィケーション・ハイポセシス」
意味をわかりやすい日本語にすると、
「外的な報酬によって子どもの内発的な興味は弱まるのか――『過剰正当化仮説』の検証」
といった内容です。
この研究で注目されたのは、
もともと対象のお絵描き活動に興味を示していた子どもたち
でした。
研究では、「絵を描けば賞がもらえる」と事前にわかっている条件、描き終わったあとで思いがけず賞を受け取る条件、賞を予告されず受け取らない条件が比較されました。
その結果、事前に賞を期待して活動した条件では、その後の自由な場面で同じお絵描きを自分から選ぶ程度が、ほかの2条件より低くなりました。
この研究が示した重要なポイントは、
もともと興味のある活動に外的報酬を加えたとき、その後の自発的な興味への影響が、報酬の与えられ方によって異なり得るということです。

この研究は、
過剰正当化仮説(overjustification hypothesis:オーバージャスティフィケーション・ハイポセシス)
を検討した代表的な研究として広く知られるようになりました。
そして、レッパーを理解するときにもう一つ大切なのが、
彼の研究が、この1973年の研究からさらに広い問題へ発展していったこと
です。
その後、レッパーはDavid Greene(デイヴィッド・グリーン)との研究で、大人から監視されることと外的報酬が、子どもの内発的動機づけにどのように関係するかを調べました。
デイヴィッド・グリーンは、当時スタンフォード大学心理学部に所属し、レッパーとともに子どもの内発的な興味と外的報酬の関係を研究していた研究者です。1974年(昭和49年)にもレッパーと共同で、外的報酬を受けた子どものその後の内発的な興味について研究を発表しており、1978年(昭和53年)にはレッパーとともにThe Hidden Costs of Reward(ザ・ヒドゥン・コスツ・オブ・リウォード:報酬の隠れた代償)を編集しています。
つまりグリーンは、この時期のレッパーの「報酬を与えたあと、子どもの自発的な興味はどうなるのか」という問いを、ともに追究した重要な共同研究者の一人です。
そして1975年(昭和50年)、レッパーとグリーンは、報酬だけでなくSurveillance(サーベイランス:監視されていると意識すること)にも目を向けました。
さらに研究歴をたどると、
「学習をどのようにすればおもしろくできるのか」
「コンピューターを使った教育で、どのように学習意欲を引き出せるのか」
「熟練した家庭教師は、どのような指導や動機づけの工夫をしているのか」
「自分で選択することが持つ意味は、文化によってどのように異なるのか」
といった問題へ研究が広がっていきます。
マーク・レッパーは、報酬と内発的動機づけを重要な出発点の一つとして、人がどのように学び、どのような環境で自分から取り組みやすくなるのかを、教育や社会のさまざまな場面から研究してきた心理学者です。
ここまでを見ると、
「なぜ、動機づけを調べるとマーク・レッパーの名前に出会うのか」
という最初の疑問にも、少し答えが見えてきます。
1973年の研究が歴史的に知られているだけではありません。
その後も、
報酬、監視、教育、学習、選択、文化
へと問いを広げながら、
「人は、どのような条件で自分から学び、行動しようとするのか」
という問題を追究してきたからです。
では、マーク・レッパーは、どのような道を歩んで心理学者になったのでしょうか。
スタンフォード大学で心理学を学んだ青年は、どのように研究者としての道を進み、1970年代の動機づけ研究へたどり着いたのでしょう。
そして、有名な1973年の研究は、当時どのような心理学の流れの中から生まれたのでしょうか。
ここまでで、
「マーク・レッパーとは、どのような心理学者なのか」
という大きな輪郭が見えてきました。
ここからは、一つの代表研究だけでは見えてこない、
心理学者マーク・レッパーの歩みと、その研究が生まれていった背景
を、さらに詳しくたどっていきましょう。
4.『マーク・R・レッパー』とは?
正式な経歴から研究者人生をたどる
ここからは、マーク・レッパーという心理学者について、これまでより一段深く見ていきましょう。
正式な表記は、
Mark R. Lepper(マーク・R・レッパー)
です。
本人がスタンフォード大学のウェブサイトで公開しているCurriculum Vitae(カリキュラム・ヴィータ:履歴書・研究経歴書、略してCV)によると、レッパーは1944年(昭和19年)12月5日、アメリカのWashington, D.C.(ワシントンD.C.)に生まれました。
なお、大学などの公式資料では一貫して「Mark R. Lepper」と表記されていますが、中央の「R」が何という名前の略なのかは、今回確認できた公式資料からは確認できません。
そのため、ここでも資料で確認できるMark R. Lepperという表記を用います。
また、両親や家庭環境、少年時代の出来事など、幼少期についての詳しい経歴も、公開されている大学公式資料やCVからは十分に確認できません。
マーク・レッパーの人生について確実にたどれる情報が増えてくるのは、大学時代からです。

1966年(昭和41年)、レッパーはスタンフォード大学で心理学を学び、学士号を取得しました。
大学名は、
Stanford University(スタンフォード・ユニバーシティ:スタンフォード大学)
です。
取得した学位は、
B.A.(ビー・エー:Bachelor of Arts/バチェラー・オブ・アーツ、学士号)
で、専攻は心理学でした。
本人のCVには、
with great distinction(ウィズ・グレート・ディスティンクション:高い学業成績を示す栄誉表記)
とも記録されています。
さらに在学中の1965年(昭和40年)には、アメリカの歴史ある学術名誉協会Phi Beta Kappa(ファイ・ベータ・カッパ)にも選ばれています。
大学時代から、学業面で高く評価されていたことが記録からうかがえます。
スタンフォード大学を卒業したレッパーは、次にイェール大学へ進みます。
Yale University(イェール・ユニバーシティ:イェール大学)
で学び、1970年(昭和45年)に、
Ph.D.(ピー・エイチ・ディー:Doctor of Philosophy/ドクター・オブ・フィロソフィー、博士号)
を取得しました。
CVに記されている専攻は、
Social and Developmental Psychology(ソーシャル・アンド・ディベロップメンタル・サイコロジー:社会心理学と発達心理学)
です。
ここは、のちのレッパーの研究を理解するうえで重要なところです。
社会心理学では、人の考え方や行動が、周囲の人々や社会的な状況とどのように関係するのかを考えます。
発達心理学では、子どもから大人へと成長していくなかで、心や行動がどのように発達していくのかを研究します。
レッパーがのちに取り組むことになる、
「子どもの興味は、周囲から与えられる報酬によってどう変わるのか」
「大人から監視されることは、子どもの行動にどう関係するのか」
「どのような環境なら、自分から学びたくなるのか」
といった問いには、この二つの研究領域につながる視点を見ることができます。
そして1971年(昭和46年)、レッパーはスタンフォード大学へ戻りました。
今度は心理学を学ぶ学生としてではなく、研究と教育に携わる立場としてです。
本人のCVでは、1971年(昭和46年)から1982年(昭和57年)まで、Assistant Professor(アシスタント・プロフェッサー)からAssociate Professor(アソシエイト・プロフェッサー)としてスタンフォード大学心理学科に在籍したことが記録されています。
これらはアメリカの大学における教員職位で、日本の大学の職位とは制度が異なるため、ここでは無理に「助教授」「准教授」と置き換えず、原語に近い形で紹介します。
そして1982年(昭和57年)、
Professor of Psychology(プロフェッサー・オブ・サイコロジー:心理学教授)
となりました。
その後は研究だけでなく、大学での教育や心理学科の運営にも長く関わっています。
CVでは、1990年(平成2年)から1994年(平成6年)までChairman, Department of Psychology(チェアマン・デパートメント・オブ・サイコロジー:心理学科長)を務めたことが記録されています。
さらに2003年(平成15年)のスタンフォード大学Bing Nursery School(ビング・ナーサリー・スクール:ビング幼児教育研究施設)の紹介でも、当時の心理学科長として紹介されています。
レッパーは、研究者であると同時に、大学教育にも長く携わってきた心理学者です。
1990年(平成2年)には、スタンフォード大学の学部教育に関する、
Hoagland Prize for Undergraduate Teaching(ホーグランド・プライズ・フォー・アンダーグラデュエート・ティーチング:学部教育に対するホーグランド賞)
を受けています。
そして2004年(平成16年)には、
American Academy of Arts and Sciences(アメリカン・アカデミー・オブ・アーツ・アンド・サイエンシズ:アメリカ芸術科学アカデミー)
の会員に選出されました。
同アカデミーはレッパーについて、動機づけの社会心理学的側面への理解に貢献し、内発的動機づけと外発的動機づけ、その教育への影響について理論的・実証的研究を行ってきた心理学者として紹介しています。
現在、スタンフォード大学心理学科の公式ページでは、
Albert Ray Lang Professor of Psychology, Emeritus(アルバート・レイ・ラング・プロフェッサー・オブ・サイコロジー、エメリタス:アルバート・レイ・ラング心理学名誉教授)
と掲載されています。
研究トピックには、
Culture(カルチャー:文化)
Education(エデュケーション:教育)
Learning & Memory(ラーニング・アンド・メモリー:学習と記憶)
Motivation & Emotion(モチベーション・アンド・エモーション:動機づけと感情)
Reasoning & Problem Solving(リーズニング・アンド・プロブレム・ソルヴィング:推論と問題解決)
が挙げられ、大学内での研究領域はSocial(ソーシャル:社会心理学)に位置づけられています。
こうして経歴をたどってみると、マーク・レッパーという人物の輪郭が少しずつ見えてきます。
社会心理学と発達心理学を学び、子どもの動機づけから教育、学習、選択、文化、問題解決まで研究を広げながら、スタンフォード大学で長く研究と教育に携わってきた心理学者。
これが、公開されている記録から確認できるマーク・R・レッパーの研究者としての姿です。
そして、人物を知るうえでもう一つ大切なのは、わからない部分を想像で埋めないことです。
少年時代のレッパーがどんな性格だったのか。
幼いころから心理学に興味があったのか。
どの出来事をきっかけに心理学者を志したのか。
こうしたことは、信頼できる公開資料から確認できない以上、断定することはできません。
その代わり、私たちはレッパーが実際に選んだ研究テーマと、残してきた論文から、その研究者としての歩みをたどることができます。
そして、その歩みを追っていくと、次の大きな疑問へたどり着きます。
1970年(昭和45年)に社会心理学と発達心理学で博士号を取得し、翌1971年(昭和46年)にスタンフォード大学で研究を始めたレッパーは、
なぜ「外から与えられる報酬」と「自分からやりたいという気持ち」の関係に注目したのでしょうか。
そこには、一人の心理学者の思いつきだけではなく、当時の心理学や教育を取り巻いていた時代背景がありました。
次は時間を1970年代へ戻し、
「なぜマーク・レッパーは、ご褒美とやる気を研究することになったのか」
その研究が生まれた背景から、さらに詳しく見ていきましょう。
5.なぜレッパーは「ご褒美とやる気」に注目したのか?
1970年代という時代
第4章では、マーク・レッパーが社会心理学と発達心理学を学び、1971年(昭和46年)からスタンフォード大学で研究と教育に携わった歩みを見てきました。
では、そのレッパーはなぜ「報酬」と「自分からやりたい気持ち」の関係に注目したのでしょうか。
その問いを理解する鍵の一つが、1970年代前後に広がっていたBehavior Modification(ビヘイビア・モディフィケーション:行動修正)という考え方です。
レッパーは2003年(平成15年)の講演で、自分が研究を始めたころには、子どもの望ましい行動にポイントやチップなどを与える行動修正プログラムが盛んに用いられていたと振り返っています。一定のポイントを集めることで、休み時間やお菓子などの報酬と交換できるような仕組みです。
こうした仕組みの代表例が、
Token Economy(トークン・エコノミー:望ましい行動に対して、あとで別の報酬と交換できる印やポイントなどを与える仕組み)
です。
外から報酬を与えることで、行動を始めたり増やしたりできることがあります。
しかし、レッパーが強く関心を向けたのは、その先でした。
大切な問いは、「報酬がある間に行動するか」だけではなく、「報酬がなくなったあとにも、自分からその行動を続けるのか」ということでした。

2003年の講演記録でも、レッパーは、報酬によって行動が変化している最中だけを見るのではなく、その仕組みがなくなったあとに何が起こるのかを問題として振り返っています。
この問題は、学校教育ともつながっていました。
1973年(昭和48年)の原著では、学校で使われるgrades(グレイズ:成績・評定)、gold stars(ゴールド・スターズ:よくできたことを示す金色の星印)、さらにトークン・エコノミーなどが具体例として挙げられています。研究者たちは、こうした外的な仕組みが、すでに活動そのものを楽しんでいる子どもの興味にまで影響する可能性を考えていました。
ただし、この問題を考えていたのはレッパー一人ではありません。
1973年論文の理論的背景には、Daryl J. Bem(ダリル・J・ベム)の
Self-Perception Theory(セルフ・パーセプション・セオリー:自己知覚理論)
があります。
簡単にいえば、人は自分自身についても、自分が何をしているか、周囲にどのような理由があるかを手がかりに、
「自分は、なぜこれをしているのだろう?」
と行動の理由を推測することがある、という考え方です。
さらにEdward L. Deci(エドワード・L・デシ)は1971年(昭和46年)、大学生を対象として、外的報酬と内発的動機づけの関係を実験的に研究していました。デシの論文では、金銭的報酬を用いた条件で内発的動機づけが低下する方向の結果が報告されています。
レッパーら自身も1973年の論文で、デシの1971年研究を、この問題に直接関係する仮説を意図的に検討した先行研究として紹介しています。
マーク・レッパーは、こうした1970年代の心理学の流れを受けながら、「子ども」「教育」「報酬」という日常に近い場面で、この問題を確かめた重要な研究者の一人でした。
そして1973年、David Greene(デイヴィッド・グリーン)、Richard E. Nisbett(リチャード・E・ニスベット)とともに、一つの有名な実験を発表します。
6.1973年の有名な実験
実際には何をしたのか?
1973年(昭和48年)、Mark R. Lepper(マーク・R・レッパー)、David Greene(デイヴィッド・グリーン)、Richard E. Nisbett(リチャード・E・ニスベット)は、『Journal of Personality and Social Psychology(ジャーナル・オブ・パーソナリティ・アンド・ソーシャル・サイコロジー:人格・社会心理学の学術誌)』に、のちに広く知られる論文を発表しました。
題名は、
“Undermining Children’s Intrinsic Interest with Extrinsic Reward: A Test of the ‘Overjustification’ Hypothesis”「アンダーマイニング・チルドレンズ・イントリンシック・インタレスト・ウィズ・エクストリンシック・リウォード:ア・テスト・オブ・ジ・オーバージャスティフィケーション・ハイポセシス」
です。
意味をわかりやすくすると、
「外的な報酬によって子どもの内発的な興味は弱まるのか――『過剰正当化仮説』の検証」
といった内容です。

この研究の大きな特徴は、最初からその活動に興味を示していた子どもを選んだことです。
研究場所は、スタンフォード大学キャンパス内のBing Nursery School(ビング・ナーサリー・スクール:幼児教育と心理・発達研究が行われる施設)でした。
対象となった子どもは40〜64か月、およそ3歳4か月から5歳4か月です。
研究者たちは、すぐに子どもへ賞を見せたわけではありません。
まず3日間、普段の自由遊びの時間に、教室へ普段は置かれていない多色のフェルトペンと画用紙を用意しました。そして子どもたちが、数ある遊びの中からどの程度そのお絵描きを自分で選ぶかを、一方向から観察できるone-way mirror(ワンウェイ・ミラー:一方向から観察できる鏡)の後ろから記録しました。
つまり研究者たちは、実験の前から、
「この子は、何ももらわなくても自分からこのお絵描きを選んでいる」
という状態を確認していたのです。
その後、子どもたちは3つの条件に分けられました。
Expected Award(エクスペクテッド・アウォード:予期された報酬)
絵を描く前に、描けば賞をもらえることを知らされる条件です。
Unexpected Award(アンエクスペクテッド・アウォード:予期しなかった報酬)
賞について知らされずに絵を描き、終わったあとで思いがけず同じ賞を受け取る条件です。
No Award(ノー・アウォード:報酬なし)
賞を予告されず、終了後にも賞を受け取らない条件です。
この研究設計のおもしろいところは、単純な「賞あり・賞なし」だけを比べていないことです。
同じ賞を受け取ったとしても、「賞をもらうために絵を描いた場合」と、「絵を描いたあとで予想外に賞をもらった場合」を分けて比較しています。
使われた賞は、
Good Player Award(グッド・プレイヤー・アウォード:「よくできました」といった意味合いの賞)
と呼ばれるものでした。
原著によれば、約3×5インチのカード状で、子どもの名前と学校名を書く欄の横に、大きな金色の星と赤いリボンが付けられていました。
子どもたちは実験室で約6分間、お絵描きをしました。
しかし、本当に重要な測定はその日ではありません。
研究者たちは7〜14日後、賞も研究者もいない普段の自由遊びの場面で、子どもたちが再びそのお絵描きを自分から選ぶかを調べました。
最終的な分析対象は51人でした。
自由選択時間のうち、そのお絵描きを選んでいた平均割合は、
予期された報酬 8.59%
報酬なし 16.73%
予期しなかった報酬 18.09%
でした。
統計的な分析でも、予期された報酬の条件では、ほかの2条件より、その後のお絵描きを選ぶ割合が低いことが確認されました。
この実験で確認された中心的な結果は、もともと興味を持っていた活動を「賞をもらうために行う」条件では、その後、賞のない自由な場面で同じ活動を選ぶ割合が低くなったことです。
さらに、実験中に描いた絵の枚数には3条件で有意な違いがありませんでしたが、条件を知らない評価者が判定した絵の質では、予期された報酬条件の平均評価がほかの2条件より低いという結果も報告されました。
ここで、研究の範囲も正確に押さえておく必要があります。
この研究が直接扱ったのは、もともと対象活動に興味を示していた幼児に、象徴的な賞を事前に期待させた場合、その後の自由選択にどのような違いが現れるかという特定の条件です。
原著自身も、結果を広く一般化することには注意を求めています。初めから興味が低く、活動を始めるために外的な働きかけが必要な場合などには、報酬が役立つ可能性も論文の考察で述べられています。
では、同じ賞を受け取ったのに、なぜ「事前に賞を期待していたかどうか」で、その後に違いが現れたのでしょうか。
そこを説明しようとしたのが、論文タイトルにも登場する過剰正当化仮説でした。
7.『過剰正当化仮説』とは何だったのか?
1973年の実験を理解するうえで、結果そのものと同じくらい重要なのが、
Overjustification Hypothesis(オーバージャスティフィケーション・ハイポセシス:過剰正当化仮説)
です。
難しい名前ですが、中心にある問いは意外と身近です。
たとえば、絵を描くことが好きな子どもがいるとします。
その子が誰からも何も言われずに絵を描いているなら、
「楽しいから描いている」
「描くことが好きだから続けている」
という理由が考えられます。
そこへ、
「この絵を描けば賞をあげるよ」
という、はっきりした外からの理由が加わったらどうでしょう。
過剰正当化仮説が注目したのは、
もともと活動そのものに十分な理由があるところへ、さらに目立つ外的な理由が加わることで、自分自身が「なぜそれをしているのか」を捉える仕方が変わる可能性です。
この考え方の背景にあるのが、前章でも登場したDaryl J. Bem(ダリル・J・ベム)の
Self-Perception Theory(セルフ・パーセプション・セオリー:自己知覚理論)
です。

自己知覚理論では、人は自分の行動についても、周囲の状況を手がかりに、その理由を推測することがあると考えます。
外から見て十分な理由が見当たらなければ、
「自分は、これが好きだからやっているのだろう」
と捉えるかもしれません。
一方、はっきりとした外的な理由があれば、
「自分は、この賞を得るためにやったのだろう」
という解釈が目立つ可能性があります。1973年論文では、こうした自己知覚の考え方から過剰正当化仮説が説明されています。
だからこそ、レッパーたちは「賞をもらったか、もらわなかったか」だけではなく、
「最初から賞を得ることを目的として活動したのか、それとも活動したあとで予期せず同じ賞を受け取ったのか」
を分けて比較したのです。
ここには、1973年実験の設計そのものと理論がきれいにつながっています。
もう一つ、似た言葉を区別しておくと理解が深まります。
Undermining Effect(アンダーマイニング・エフェクト:内発的な興味や動機づけが弱まる方向の現象)
という表現と、
Overjustification Hypothesis(オーバージャスティフィケーション・ハイポセシス:過剰正当化仮説)
は、同じ内容を表す言葉としてではなく、役割を分けて考えるとわかりやすくなります。
前者は「内発的な興味・動機づけが弱まる」という現象の側に注目した表現です。
後者は、
「なぜ、そのような変化が起こり得るのか」を、行動理由の捉え方から説明・予測しようとする仮説
です。
1973年論文でも、中心に置かれているのは「過剰正当化仮説を実験的に検討する」という問題でした。
そして、この研究の意味をさらに深く知るためには、1973年のお絵描き実験だけを見て終わることはできません。
レッパーの次の問いは、
「報酬以外にも、人の自発的な興味に影響するものはあるのだろうか」
という方向へ進んでいきます。
大人から見られていること。
時間を決められること。
外から行動を強く管理されること。
レッパーの研究は、「報酬」という一つの外的な働きかけから、「人が外からコントロールされていると感じる状況」へと研究対象を広げていきました。
次は、1973年の研究のあとにレッパーが取り組んだ、「監視」「締め切り」「社会的な制約」の研究へ進んでいきましょう。
8.「遊び」が「仕事」に変わるとき
監視・締め切り・社会的制約へ
1973年(昭和48年)の研究で、レッパーたちは「報酬を期待して活動すること」と、その後の自発的な興味との関係を調べました。
しかし、その後の研究で焦点はさらに広がります。
レッパーが次に注目したのは、報酬という「物」だけではなく、人の行動に加えられる外からの制約そのものでした。
その流れを示す代表的な研究が、1975年(昭和50年)、David Greene(デイヴィッド・グリーン)と発表した、
“Turning Play into Work: Effects of Adult Surveillance and Extrinsic Rewards on Children’s Intrinsic Motivation”「ターニング・プレイ・イントゥ・ワーク:エフェクツ・オブ・アダルト・サーベイランス・アンド・エクストリンシック・リウォーズ・オン・チルドレンズ・イントリンシック・モチベーション」
日本語でわかりやすくすると、
「遊びを仕事に変える――大人による監視と外的報酬が子どもの内発的動機づけに与える影響」
といった意味です。
この研究に参加したのは、スタンフォード大学のBing Nursery School(ビング・ナーサリー・スクール)に通う4歳から5歳3か月までの幼児80人でした。
子どもたちは新しいパズルに取り組みます。
ここで研究者たちは、Reward Expectancy(リウォード・エクスペクタンシー:報酬を期待しているかどうか)と、
Surveillance(サーベイランス:監視)
という二つの要因を組み合わせました。
報酬を期待する条件では、パズルに取り組めば魅力的なおもちゃで遊ぶ機会を得られると事前に知らされました。
一方、監視については、テレビカメラを通して「ほとんどの時間見られている」「ときどき見られている」「監視されていない」という条件が設けられました。
約2週間後、報酬や監視のない普段の教室で、子どもたちがそのパズルをどの程度自分から選ぶかが調べられます。
その結果、報酬を期待していた子どもは期待していなかった子どもより、その後の興味が低く、また監視下に置かれていた子どもも、監視されなかった子どもよりその後の興味が低い結果となりました。
ここで、レッパーの研究は「ご褒美」から一歩先へ進みます。
「見られている」「評価されている」と意識することも、その活動を自分がどう受け取るかに関係する可能性がある。
そして翌1976年(昭和51年)、研究対象は子どもから大学生へも広がりました。
Teresa M. Amabile(テレサ・M・アマビール)、William DeJong(ウィリアム・デヨング)、レッパーが発表したのが、
“Effects of Externally Imposed Deadlines on Subsequent Intrinsic Motivation”「エフェクツ・オブ・エクスターナリー・インポーズド・デッドラインズ・オン・サブシークエント・イントリンシック・モチベーション」
――「外から課された締め切りが、その後の内発的動機づけに与える影響」――です。
対象はスタンフォード大学の男子学生40人でした。
参加者は、もともと比較的興味を持って取り組める言葉のゲームに挑戦します。
ここで研究者たちは、
No Deadline(ノー・デッドライン:締め切りなし)
Work Fast(ワーク・ファスト:速く取り組むよう求めるが締め切りは示さない)
Implicit Deadline(インプリシット・デッドライン:暗黙的な締め切り)
Explicit Deadline(エクスプリシット・デッドライン:明示的な締め切り)
という条件を比較しました。
研究では、15分という時間が与えられた締め切り条件で、その後に自分から同じゲームへ取り組む程度や、本人が報告する興味が低くなる方向の結果が確認されました。単に「速く作業するよう言われたこと」だけでは説明しにくい点も、この研究の重要なところです。
そして1982年(昭和57年)、レッパーらはさらに、
“Consequences of Superfluous Social Constraints: Effects on Young Children’s Social Inferences and Subsequent Intrinsic Interest”「コンシークエンシズ・オブ・スーパーフルアス・ソーシャル・コンストレインツ:エフェクツ・オン・ヤング・チルドレンズ・ソーシャル・インファレンシズ・アンド・サブシークエント・イントリンシック・インタレスト」
――「余分な社会的制約がもたらす結果――幼児の社会的推論とその後の内発的興味への影響」――を発表しました。
ここでは、「こちらを終えたら、あちらをしてよい」というMeans–End Relationship(ミーンズ・エンド・リレーションシップ:手段―目的関係)が研究されました。
3つの実験を通して、ある活動を「別の活動をするための手段」として位置づけることが、子どもがその活動をどう評価するか、そしてその後の興味とどう関係するかが調べられています。
そして、この1982年論文でレッパーたちは重要な整理を行っています。
1970年代から続いた一連の研究に共通していたのは、有形の報酬そのものよりも、もともと必要ではなかった外的な制約が活動へ加えられることではないか、という考えです。
報酬。
監視。
締め切り。
「これをしたら、あれをしてよい」という条件。
形は違っていても、
「自分は、なぜこれをしているのか」
という活動の意味に外から影響を与える点では共通しています。
レッパーの研究は、「何を与えると人が動くのか」から、「外からの働きかけが、その人自身の行動理由の捉え方をどう変えるのか」へと広がっていったのです。
9.レッパーは「報酬」をどう考えていたのか?
ここまで研究をたどると、一つの疑問が残ります。
では、レッパー本人は「報酬」をどのように考えていたのでしょうか。
2003年(平成15年)、Bing Nursery Schoolで行われた講演では、長年の研究を振り返りながら、報酬について4つの問いから考える方法を紹介しています。
レッパーが示したのは、報酬は「使う・使わない」だけで判断するのではなく、目的、必要性、その後に得られるもの、本人が受け取る意味まで考えるという見方です。

まず一つ目は、
「その活動では、内発的動機づけが重要なのか?」
という問いです。
たとえば家庭のごみ出しのように、「その行動自体を心から好きになってほしい」ことが最優先とは限らない活動もあります。
その場合には、まず必要な行動を行えるようにすることが目的になることもあります。
二つ目は、
「その報酬は本当に必要なのか?」
という問いです。
もともと自分から喜んで行っている活動なら、行動を始めてもらうための報酬は必要ありません。
一方、最初は難しく退屈に感じる活動でも、始めるきっかけがあることで技能が身につき、やがて活動そのもののおもしろさがわかってくる場合があります。
レッパーは読書を例に、その可能性を説明しています。
三つ目は、
「その活動を増やすことが、新しい技能の獲得につながるのか?」
です。
たとえば報酬をきっかけに読む量が増え、文字を読む力が高まり、最終的に本を楽しめるようになるなら、最初の報酬だけを切り取って評価することはできません。
短期的に「やったかどうか」だけでなく、その経験が将来どんな能力や興味へつながるのかを見る。
これもレッパーの重要な視点です。
そして四つ目は、
「本人は、その報酬をどんな意味として受け取るのか?」
という問いです。
講演では、
bribe(ブライブ:行動させるための見返り・買収的な報酬)
と、
bonus(ボーナス:達成などに対して付け加えられる報酬)
という対比が使われています。
同じように何かを与える場合でも、「自分を動かすための道具」と受け取る場合と、「できたことを認めてもらった」と受け取る場合では、本人にとっての意味が異なる可能性があります。
この4つを通して見えてくるのは、
報酬を考えるときには、「何を与えるか」だけでなく、「なぜ与えるのか」「本当に必要なのか」「何につながるのか」「本人にはどう見えるのか」まで考えることが大切だということです。
そしてレッパーの研究は、ここからさらに別の方向へ進みます。
外からの働きかけによって興味が変化する条件を調べるだけではなく、
「では、どうすれば学ぶことそのものを魅力的にできるのか?」
という問いです。
10.「遊びを仕事に」から「仕事を遊びに」へ
Five C’s
1975年の論文には、
Turning Play into Work(ターニング・プレイ・イントゥ・ワーク:遊びを仕事に変える)
という印象的な言葉が使われていました。
しかし、レッパーの研究の後半では、その向きが反対になります。
「仕事のように感じる学習を、どうすれば遊びのように自分から取り組みたくなるものへ近づけられるのか」
という問題です。
2003年(平成15年)の講演では、この方向を、
“turn work into play”(ターン・ワーク・イントゥ・プレイ:仕事を遊びへ変える)
と表現し、そのための視点を、
The Five C’s(ザ・ファイブ・シーズ:5つのC)
として整理しています。
一つ目は、
Challenge(チャレンジ:挑戦)
です。
簡単すぎて結果がわかりきっている課題でも、ほとんど成功できそうにない課題でもなく、
「できるかどうかわからないけれど、努力すれば届きそうだ」
と思える難しさです。
レッパーの講演では、子どもも大人も、成功が確実でも不可能でもない中程度の難しさの課題を求める傾向が紹介されています。
二つ目は、
Competence(コンピテンス:有能感・自分ができるようになったという感覚)
です。
難しいことが昨日よりできた。
努力や技能によって成功できた。
こうした感覚です。
ChallengeとCompetenceはつながっています。
少し難しい課題だからこそ、成功したときに「自分の力でできた」という実感が生まれやすくなります。
三つ目は、
Control(コントロール:自分が選び、自分で関わっているという感覚)
です。
何をするか。
どの方法を選ぶか。
どこから始めるか。
自分にも決められる部分があることです。
ただし、レッパーはこの講演の中でも、このような「自分で決めること」を重視する考え方にはアメリカや西ヨーロッパ的な文化背景があると指摘しています。
この点は、のちにレッパーが「選択と文化」を研究していく流れにもつながります。
四つ目は、
Curiosity(キュリオシティ:好奇心)
です。
まったく理解できないものより、
「少しわかる。でも、まだ何かがわからない」
という状態には、続きを知りたくなる力があります。
「どうして?」「この先は?」という小さな謎が、学びを続ける理由になる。
レッパーは、優れた教師がこうした驚きや不思議さを引き出すことにも触れています。
最後は、
Context(コンテクスト:文脈・その活動を包む状況や物語)
です。
人は物語、本、映画、ゲームなどの架空の世界へ入り込み、そこに夢中になることがあります。
学習も、ただ問題を並べるだけでなく、物語やゲームなどの文脈の中に置くことで、取り組み方が変わる可能性があります。
ただし、レッパー自身も講演で、なぜ人が登場人物や架空の世界へ入り込むことに魅力を感じるのかについて、研究上すべてが明確になっているわけではないと述べています。
Five C’sをまとめると、
Challenge――挑戦したくなること
Competence――できるようになったと感じること
Control――自分で関われること
Curiosity――続きを知りたくなること
Context――意味や物語のある世界に入り込めること
です。
これは、心理学全体に定められた「5つの普遍的法則」という位置づけではなく、レッパーが2003年の講演で、長年の研究を振り返りながら「仕事を遊びのように魅力的なものへ近づける」視点として示した整理です。
この考え方は、勉強を考えるときにもヒントになります。
たとえば、
いきなり難問に挑むのではなく、少し頑張れば解けそうな問題を選ぶ。
昨日よりできるようになったことを確認する。
学ぶ順番や方法の一部を自分で決める。
答えを最初からすべて教えず、「なぜだろう?」を残す。
学習内容を物語や身近な問題と結びつける。
こうした工夫は、Five C’sを日常の学習へ置き換えて考える一例になります。
そして、この章で見えてくるレッパーの研究人生の変化は、とても興味深いものです。
1970年代には、
「どのような外的な条件が、もともとの興味を弱める可能性があるのか」
を研究していました。
そこから、
「どのような環境なら、学ぶことそのものを魅力的にできるのか」
へ問いが広がっていったのです。
その答えをさらに具体的な教育の場面で探すため、レッパーはやがてコンピューターを使った学習、ゲーム、ファンタジー、選択といったテーマへ研究を広げていきます。
次は、
「コンピューターは、勉強を本当におもしろくできるのか?」
という、現在にもそのままつながるレッパーの教育研究を見ていきましょう。
11.コンピューターは勉強をおもしろくできるか?
教育へ広がった研究
1970年代のレッパーは、報酬や監視、締め切りといった外からの働きかけが、人の自発的な興味とどのように関係するのかを研究してきました。
その問いは1980年代になると、もう一つの方向へ広がっていきます。
「どうすれば、学習そのものを自分から取り組みたくなる活動にできるのか」
という問題です。
その研究の舞台の一つになったのが、当時、教育への利用が広がり始めていたコンピューターでした。

1985年(昭和60年)、レッパーは、
“Microcomputers in Education: Motivational and Social Issues”「マイクロコンピューターズ・イン・エデュケーション:モチベーショナル・アンド・ソーシャル・イシューズ」
「教育におけるマイクロコンピューター――動機づけと社会的な問題」
を『American Psychologist(アメリカン・サイコロジスト:アメリカ心理学会の学術誌)』に発表しました。これは一つの実験を報告する論文というより、教育用コンピューターが子どもの学習・動機づけ・社会的行動にどのように関わり得るのかを整理した論考でした。
ここで大切なのは、
コンピューターを使うこと自体よりも、その中で「どのような学習体験をつくるか」が重要だという視点です。
この問いは、1990年代の研究でさらに具体的になります。
1992年(平成4年)、Louise E. Parker(ルイーズ・E・パーカー)と発表した、
“Effects of Fantasy Contexts on Children’s Learning and Motivation: Making Learning More Fun”「エフェクツ・オブ・ファンタジー・コンテクスツ・オン・チルドレンズ・ラーニング・アンド・モチベーション:メイキング・ラーニング・モア・ファン」
「ファンタジーの文脈が子どもの学習と動機づけに与える影響――学習をもっと楽しくする」
では、同じ学習内容を、抽象的な問題として提示する場合と、物語的なfantasy context(ファンタジー・コンテクスト:空想や物語の文脈)の中に入れて提示する場合が比較されました。
2つの研究のうち、最初の研究では子どもたちがファンタジーを取り入れた教育用コンピュータープログラムを好む傾向が確認されました。
続く研究では、同じ問題をファンタジーの文脈で学んだ条件で、学習成績だけでなく、学んだことを別の問題へ応用するtransfer(トランスファー:学習の転移)も高くなりました。
一方、「3種類のファンタジーから自分で選ぶこと」については、この研究では追加的な効果は確認されませんでした。
この結果は重要です。
学習をおもしろくする工夫は、「何でも選ばせればよい」「物語を付ければ必ずよい」という単純なものではなく、どの工夫が、どの学習過程に働くのかを分けて考える必要があります。
そして1996年(平成8年)、Diana I. Cordova(ダイアナ・I・コルドバ)と発表した、
“Intrinsic Motivation and the Process of Learning: Beneficial Effects of Contextualization, Personalization, and Choice”「イントリンシック・モチベーション・アンド・ザ・プロセス・オブ・ラーニング:ベネフィシャル・エフェクツ・オブ・コンテクスチュアライゼーション、パーソナライゼーション、アンド・チョイス」
「内発的動機づけと学習の過程――文脈化・個人化・選択がもたらす有益な効果」
では、小学生が算数の演算順序を学ぶコンピューター課題を使って、
Contextualization(コンテクスチュアライゼーション:学習内容を意味のある文脈に置くこと)
Personalization(パーソナライゼーション:学習内容を本人に関係のある形へ個人化すること)
Choice(チョイス:学習上の一部を自分で選べるようにすること)
が調べられました。
研究では、これらの工夫が、子どもの動機づけだけでなく、学習への関与の深さ、一定時間内に学んだ量、自分の能力についての感覚や、その後どこまで挑戦したいと思うかにも影響する結果が報告されています。
レッパーの教育研究は、「何を教えるか」と同時に、「どう学べるように設計するか」を考える研究へ発展していきました。
1970年代には、興味が弱まる条件を研究する。
1980〜90年代には、興味を持って学びやすい環境を研究する。
ここには、レッパーの研究が「興味を守る」問いから「興味を育てる」問いへ広がっていった流れを見ることができます。
12.優れた家庭教師は、なぜ子どもをやる気にさせられるのか?
学習環境を工夫するだけでなく、
「教える人は、学習者の意欲をどのように支えられるのか」
という問題にも、レッパーは研究を広げました。
本人のCVには、主要な研究テーマとして、
Expertise in Tutoring(エクスパティーズ・イン・チュータリング:個別指導における熟達)
が挙げられています。
さらに1989年(平成元年)から1997年(平成9年)には、
Cognitive and Motivational Strategies of Expert Tutors(コグニティブ・アンド・モチベーショナル・ストラテジーズ・オブ・エキスパート・チューターズ)
熟練した個別指導者の認知的・動機づけ的方略
を研究する助成を受けていました。
2002年(平成14年)にはMaria Woolverton(マリア・ウールヴァートン)と、
“The Wisdom of Practice: Lessons Learned from the Study of Highly Effective Tutors”「ザ・ウィズダム・オブ・プラクティス:レッスンズ・ラーンド・フロム・ザ・スタディ・オブ・ハイリー・エフェクティブ・チューターズ」
「実践の知恵――非常に効果的な個別指導者の研究から学んだこと」
として研究をまとめています。
この研究で「優れた指導者」とされたのは、単に経験年数が長い人ではありません。
複数の学習者に対して、実際に学習と動機づけの両面で高い成果を示していた指導者たちです。
その指導を分析すると、特徴的だったのが、
Socratic Approach(ソクラティック・アプローチ:質問を重ねながら、学習者自身から考えを引き出す方法)
でした。
優れた指導者ほど、自分が答えを長く説明するのではなく、できるだけ学習者自身に考えさせ、答えを引き出そうとしていました。
難しすぎれば助ける。
自分で進めそうなら、待つ。
答えそのものを与えるのではなく、次に考えるための手がかりを与える。
教えることとは、すべてを代わりに解決することではなく、「自分でできた」と感じられるところまで支援を調整することでもあります。
ここまで来ると、レッパーの研究で見てきた「挑戦」「できるという感覚」「自分で関わること」が、コンピューターの画面だけではなく、人と人との個別指導の中でも重要な問題になっていたことがわかります。
動機づけは学習者一人の性格だけで決まるのではなく、教える人とのやり取りによって支えられることもある。
レッパーは、学習する人だけでなく、「その人をどう教えるか」にまで研究の視点を広げていったのです。
13.「自分で選ぶこと」の意味は同じ?
選択と文化へ
ここまで、学習する人自身が選べることについて何度か見てきました。
では、
「自分で選ぶこと」は、誰にとっても同じ意味を持つのでしょうか。
1999年(平成11年)、レッパーはSheena S. Iyengar(シーナ・S・アイエンガー)と、
“Rethinking the Value of Choice: A Cultural Perspective on Intrinsic Motivation”「リシンキング・ザ・バリュー・オブ・チョイス:ア・カルチュラル・パースペクティブ・オン・イントリンシック・モチベーション」
を発表しました。
意味をわかりやすくすると、
「選択の価値を考え直す――内発的動機づけを文化的な視点から考える」
という題名です。
この研究で示された重要な点は、選択の効果を考えるときには、「誰が選んだのか」と、その人との関係や文化的背景も考える必要があるということです。
2つの研究では、アングロ系アメリカ人とアジア系アメリカ人の子どもなどを対象に、自分で選ぶ場合と、他者が選ぶ場合が比較されました。
研究対象となったアングロ系アメリカ人の子どもでは、自分自身で選択した場合に高い内発的動機づけが見られる傾向がありました。
一方、研究対象となったアジア系アメリカ人の子どもでは、信頼する大人や仲間によって選択された場合にも、高い動機づけが見られました。
ここで大切なのは、民族や文化によって一人ひとりの行動が決まるという意味ではありません。
この研究から考えられるのは、「自分で選ぶこと」の心理的な意味が、人間関係や文化的な自己の捉え方によって異なり得るということです。
ある人には、
「自分自身で決めた」
ことが強い主体性につながる。
別の状況では、
「自分をよく知っている大切な人が選んだ」
ことも、自分と切り離された命令とは感じられない場合があります。
この研究によって、レッパーの「選択」への問いは、個人だけを見るものから、人と文化の関係まで含めて考えるものへ広がりました。
そして翌2000年(平成12年)、アイエンガーとレッパーは、さらに別の「選択」の問題を研究します。
論文は、
“When Choice Is Demotivating: Can One Desire Too Much of a Good Thing?”「ウェン・チョイス・イズ・ディモチベーティング:キャン・ワン・ディザイア・トゥー・マッチ・オブ・ア・グッド・シング?」
「選択が動機づけを弱めるとき――良いものでも、多すぎることはあるのか?」
です。
3つの研究では、ジャム、大学の課題、チョコレートなどを使って、少ない選択肢と多い選択肢が比較されました。
特に有名なのが、スーパーマーケットで行われたジャムの研究です。
6種類を並べた条件と24種類を並べた条件を比較すると、24種類の売り場では通りかかった人の約60%が立ち止まり、6種類では約40%でした。
つまり、たくさんの選択肢は、最初の注目を集める点では魅力的でした。
ところが実際にジャムを購入した割合は、6種類の条件で約30%、24種類の条件では約3%でした。
この一つの研究だけから「選択肢は少ないほどよい」と一般化することはできません。
ここで正確に読み取りたいのは、
選択肢が増えることには魅力を高める面がある一方、特定の条件では、実際に一つを選び行動することを難しくする場合もあるということです。
「自分で選べるか」。
「誰が選ぶのか」。
そして、
「いくつの中から選ぶのか」。
レッパーの研究では、「選択」という一つの言葉さえ、状況によって異なる心理的意味を持つことが見えてきます。
14.動機づけだけでは見えてこない
社会心理学者としてのレッパー
ここまでの記事では、マーク・レッパーを動機づけ研究の流れから追ってきました。
しかし、レッパーの研究者像をより正確に知るには、もう一つの顔を見る必要があります。
マーク・レッパーは、動機づけだけでなく、人が「情報や状況をどのように解釈するのか」を幅広く研究してきた社会心理学者です。

現在のスタンフォード大学でも、レッパーはSocial(ソーシャル:社会心理学)の研究者として掲載されています。研究業績には、動機づけとは別に、判断、信念、態度などを扱った重要な研究が数多く並んでいます。
たとえば1975年(昭和50年)にはLee Ross(リー・ロス)、Mark R. Lepper、Michael Hubbard(マイケル・ハバード)が、
Perseverance in Self-Perception and Social Perception(パーサヴィアランス・イン・セルフ・パーセプション・アンド・ソーシャル・パーセプション)
自己認知・社会的認知における信念の持続
について研究しました。
最初に与えられた情報が後から誤りだと知らされても、その情報からできあがった自分や他人への印象が残ることがある、という問題です。
1980年(昭和55年)にはCraig A. Anderson(クレイグ・A・アンダーソン)、レッパー、ロスが、
Belief Perseverance(ビリーフ・パーサヴィアランス:根拠が崩れたあとにも信念が残ること)
につながる研究を発表しました。
1979年(昭和54年)にはCharles G. Lord(チャールズ・G・ロード)、Lee Ross、レッパーが、
Biased Assimilation(バイアスト・アシミレーション:新しい情報を自分の既存の考えに沿って偏って評価すること)
と、
Attitude Polarization(アティチュード・ポーラリゼーション:立場や態度の分極化)
を研究しています。
さらに1985年(昭和60年)にはRobert P. Vallone(ロバート・P・ヴァローン)、Lee Ross、レッパーが、
Hostile Media Phenomenon(ホスタイル・メディア・フェノメノン:敵対的メディア現象)
を報告しました。
同じテレビ報道を見た、対立する立場の参加者たちが、それぞれ「この報道は自分たちの側に不利だ」と判断する傾向が確認された研究です。
こうした研究を動機づけ研究と並べてみると、レッパーの研究者としての関心に一つのつながりを見ることができます。
人は、外から与えられた状況や情報に機械的に反応するのではなく、「自分にとってこれは何を意味するのか」と解釈しながら考え、行動する。
報酬をどう受け取るのか。
選択をどう感じるのか。
自分についての情報をどう解釈するのか。
対立するニュースをどう見るのか。
研究対象は違っていても、そこには「人間が状況にどのような意味を与えるのか」という社会心理学的な問いが見えてきます。
マーク・レッパーを詳しく知るほど、「ご褒美とやる気の研究者」という一つのイメージから、教育・選択・文化・判断・信念まで研究してきた社会心理学者という、より広い人物像が見えてくるのです。
15.研究は「報酬」から「ほめ方」「学校でのやる気」へ
1973年(昭和48年)の研究から約30年がたっても、マーク・レッパーの動機づけ研究は続いていました。
ただし、問いは以前より細かくなっています。
後年の研究でよりはっきり見えてくるのは、動機づけを考えるときには「何を与えたか」だけでなく、「本人がそれをどのような意味として受け取ったのか」まで見る必要があるということです。
そのことがよくわかるのが、Jennifer Henderlong(ジェニファー・ヘンダーロング)と2002年(平成14年)に発表した、
“The Effects of Praise on Children’s Intrinsic Motivation: A Review and Synthesis”「ジ・エフェクツ・オブ・プレイズ・オン・チルドレンズ・イントリンシック・モチベーション:ア・レビュー・アンド・シンセシス」
「ほめることが子どもの内発的動機づけに与える影響――研究のレビューと統合」
です。
これは一つの新しい実験ではなく、それまでの「ほめること」に関する研究を整理したReview and Synthesis(レビュー・アンド・シンセシス:研究の検討と統合)です。
そこで示された大切なポイントは、
ほめることの影響は、ほめたという事実だけで決まるのではなく、ほめ方・状況・本人の受け取り方などによって変わり得る
ということでした。
賞賛が誠実なものとして受け取られ、自分で変えられる努力や方法へ目を向けさせたり、自律性や「できる」という感覚を支えたりするときには、動機づけにとってプラスに働く可能性があります。一方、その効果には年齢や性別、文化など、受け手側の特徴も関係し得ると整理されています。
つまり大切なのは、
「ほめるかどうか」だけではなく、「そのほめ方が本人に何を伝えているのか」を考えることです。
そして2005年(平成17年)、レッパーはJennifer Henderlong Corpus(ジェニファー・ヘンダーロング・コーパス)、Sheena S. Iyengar(シーナ・S・アイエンガー)と、学校生活の中での動機づけについて調べました。
論文は、
“Intrinsic and Extrinsic Motivational Orientations in the Classroom: Age Differences and Academic Correlates”「イントリンシック・アンド・エクストリンシック・モチベーショナル・オリエンテーションズ・イン・ザ・クラスルーム:エイジ・ディファレンシズ・アンド・アカデミック・コリレイツ」
「教室における内発的・外発的な動機づけの傾向――年齢差と学業との関連」
です。
対象となったのは、民族的背景の多様な小学3年生から8年生までの797人でした。
研究では、内発的動機づけは学年が上がるにつれて低くなる傾向を示し、各学年で成績や標準化テスト得点と正の関連がありました。一方、外発的動機づけには学年による大きな変化が少なく、学業成績とは負の関連が報告されています。
さらに興味深いのが、
内発的動機づけと外発的動機づけは、単純な一本の反対軸というより、学校生活では比較的独立した二つの側面として考えられる可能性が示されたことです。
2つの尺度の関連は中程度で、「内発的な理由が高ければ、必ず外発的な理由が低い」という単純な関係ではありませんでした。
なお、この2005年研究が調べたのは「関連」です。
そのため研究から正確に読み取れるのは、年齢、動機づけの傾向、学業成績などの間に特徴的な関連が確認されたことです。
こうして後年の研究まで見ると、レッパーの問いは「ご褒美を与えるかどうか」から、もっと細かなところへ進んでいたことがわかります。
人は、周囲からの働きかけをどのような意味として受け取り、それが「なぜ自分はこれをするのか」という理由とどう結びついていくのか。
そこまで見ることが、レッパーの動機づけ研究を理解するうえで重要なのです。
16.レッパーの研究は、どこまで言えるのか?
論争と限界も知っておこう
有名な心理学研究を知ったとき、大切なのは結果だけを覚えることではありません。
「その研究から何がわかり、どこから先はまだ慎重に考える必要があるのか」を知ることも、心理学を理解する一部です。
レッパーらの報酬研究についても、その後、数多くの研究が行われました。
そして研究が増えるにつれて、報酬と内発的動機づけの関係をめぐって研究者の間でも議論が起こります。
そこで使われたのが、
Meta-analysis(メタ・アナリシス:複数の研究結果を統計的にまとめて検討する方法)
です。
1990年代には、外的報酬と内発的動機づけに関する複数のメタ分析が発表されましたが、それらが導いた全体的な結論は大きく異なっていました。
レッパー自身もこの論争に参加しています。
1996年(平成8年)にはMark Keavney(マーク・キーヴニー)、Michael Drake(マイケル・ドレイク)と、
“Intrinsic Motivation and Extrinsic Rewards: A Commentary on Cameron and Pierce’s Meta-Analysis”「イントリンシック・モチベーション・アンド・エクストリンシック・リウォーズ:ア・コメンタリー・オン・キャメロン・アンド・ピアースズ・メタ・アナリシス」
「内発的動機づけと外的報酬――キャメロンとピアースのメタ分析への論評」
を発表しています。
さらに1999年(平成11年)にはJennifer Henderlong(ジェニファー・ヘンダーロング)、Isabelle Gingras(イザベル・ジングラス)と、
“Understanding the Effects of Extrinsic Rewards on Intrinsic Motivation: Uses and Abuses of Meta-Analysis”「アンダースタンディング・ジ・エフェクツ・オブ・エクストリンシック・リウォーズ・オン・イントリンシック・モチベーション:ユージズ・アンド・アビュージズ・オブ・メタ・アナリシス」
「外的報酬が内発的動機づけに与える影響を理解する――メタ分析の利用と乱用」
という論評を発表しました。
レッパーらは、当時の3つのメタ分析を比較し、Deci(デシ)らとTang and Hall(タン・アンド・ホール)の分析のほうが、Cameron and Pierce(キャメロン・アンド・ピアース)の分析より当時の研究結果を適切に捉えていると評価しました。
同時に、研究方法も条件も異なる複雑な研究群を、機械的に一つの数字へまとめてしまうことにも注意を向けています。
同じ1999年にはEdward L. Deci(エドワード・L・デシ)、Richard Koestner(リチャード・ケストナー)、Richard M. Ryan(リチャード・M・ライアン)が128研究をまとめたメタ分析を発表し、期待された有形報酬など、特定の条件で内発的動機づけの指標が低下する傾向を報告しました。
ここから大切に読み取りたいのは、報酬の影響を考えるときには「どんな報酬か」「いつ与えるのか」「何を測ったのか」「もともとの興味はどうだったのか」といった条件を見る必要があるということです。
そして、1973年の有名なお絵描き研究そのものにも、確認しておきたい研究上の範囲があります。
原著によれば、対象は40〜64か月のBing Nursery School(ビング・ナーサリー・スクール)の幼児で、主に白人の中流階級家庭の子どもたちでした。
また原著には、本来なら対象候補となっていた黒人の子ども3人を、研究対象となる集団の定義を狭める目的で対象から除外したことも明記されています。
これは、研究結果をどの範囲まで一般化できるのかを考えるうえで重要な情報です。
1973年研究は心理学史上重要な研究である一方、特定の年齢・社会的背景・活動・報酬条件のもとで行われた研究でもあります。
そして原著自身も、報酬のために活動することがいつでも、あるいは通常、内発的な興味を低下させると一般化することには注意を促していました。初めから興味が低い活動など、外的な働きかけが活動への参加を促すうえで役立つ状況も考えられると論じています。
有名な研究ほど、
「何がわかったのか」と「どこまでわかったのか」をセットで読む。
この視点を持つことで、心理学の研究をより正確に理解できるようになります。
17.結局、マーク・レッパーは心理学に何を残したのか?
ここまでマーク・レッパーの研究人生をたどってきました。
1973年の報酬研究。
監視。
締め切り。
社会的な制約。
教育用コンピューター。
家庭教師。
選択と文化。
そして、ほめ方や学校での動機づけ。
こうして並べると研究テーマは広く見えます。
しかし、その研究全体からは一つの大きな視点が浮かび上がります。
レッパーの重要な貢献の一つは、人を動かす外的な仕組みだけでなく、その仕組みを本人がどう受け取り、「自分はなぜこの行動をしているのか」と捉える過程へ目を向け続けたことです。
1973年(昭和48年)のLepper、Greene、Nisbettによる論文は広く知られる研究となり、本人のCVには1983年(昭和58年)に“Citation Classic”(サイテーション・クラシック:引用上の古典的研究として扱われたもの)に選ばれたと記録されています。
1978年(昭和53年)にはDavid Greene(デイヴィッド・グリーン)と、
“The Hidden Costs of Reward: New Perspectives on the Psychology of Human Motivation”「ザ・ヒドゥン・コスツ・オブ・リウォード:ニュー・パースペクティブズ・オン・ザ・サイコロジー・オブ・ヒューマン・モチベーション」
「報酬の隠れた代償――人間の動機づけ心理学への新しい視点」
を編集しました。
この本には、報酬と動機づけをめぐる当時の研究・理論・応用・限界について、複数の研究者による論考がまとめられています。
そしてレッパーの研究人生を振り返ると、とても象徴的な変化があります。
1975年には、
Turning Play into Work(ターニング・プレイ・イントゥ・ワーク:遊びを仕事に変える)
という題名で、楽しかった活動が外からの働きかけによってどう変わるのかを研究しました。

それから研究は、
「どうすると興味が弱まるのか」
だけでなく、
「どうすれば学習や仕事を、自分から取り組みたくなる活動へ近づけられるのか」
という反対方向の問いへ広がりました。
2000年(平成12年)にはHenderlong(ヘンダーロング)と、25年間の研究を振り返る章をTurning “Play” into “Work” and “Work” into “Play”という題名で発表し、2003年(平成15年)の講演でも「仕事を遊びへ変える」という方向から研究を振り返っています。
「遊びが仕事のように感じられてしまう条件」を調べ、やがて「仕事や学習を遊びのように魅力的なものへ近づける条件」を探していった。
この流れは、レッパーの研究人生をとてもよく表しています。
報酬。
監視。
選択。
学習環境。
ほめ方。
文化。
それぞれは違う問題に見えます。
しかし中心にあるのは、
人は、どのような環境で「やらされている」と感じ、どのような環境で「自分からやってみたい」と感じるのか
という問いです。
マーク・レッパーが心理学に残したものは、一つの有名なお絵描き実験だけではありません。
人間の動機づけを、本人の心だけでなく、本人を取り巻く社会的・教育的な環境との関係から考えるための、長年にわたる研究の積み重ねなのです。
18.まとめ・考察
「やる気」は、その人だけの問題なのだろうか?
この章の中心に置くとよいのは、
「やる気がある・ない」を、本人の性格だけの問題として考えなくてもよいのではないか
という視点です。

これはレッパーの研究を通して自然に導ける考察です。
たとえば同じ人でも、
誰にも言われなくても何時間も続けられることがある一方で、
「やりなさい」
「早く終わらせなさい」
「できたらご褒美をあげる」
と言われた途端、なぜか気持ちが重くなることがあります。
逆に、最初は気が進まなかったことでも、
少し難しい課題を自分で選べた。
昨日よりできるようになった。
先生が答えを教えるのではなく、自分で気づけるように助けてくれた。
そんな経験をきっかけに、いつの間にか夢中になることもあります。
ここで読者に届けたい考察は、
人の「やる気」は、心の中に固定された量として存在するだけではなく、その人と環境との関係の中で変わっていくものとして考えることができる
というものです。
これは、記事全体を読み終えた読者に残すメッセージとして非常に強いと思います。
「やる気がない人」ではなく、「やる気が生まれにくい状況」かもしれない
ここに少し高尚で、なおかつ日常に使える考察を入れられます。
私たちは人を見るとき、
「あの人はやる気がある」
「あの子はやる気がない」
「自分は意志が弱い」
というように、動機づけをその人自身の性質として考えてしまうことがあります。
しかし、レッパーの研究を長い時間軸で見ていくと、別の見方ができます。
「その人にやる気があるか」だけではなく、「その人が置かれている環境は、やってみたいと思える環境になっているか」と考えてみる。
監視されすぎていないか。
失敗できない雰囲気になっていないか。
目の前のことが、ただ別の報酬を得るための手段になっていないか。
少し頑張れば届く挑戦になっているか。
自分で考えたり選んだりする余地があるか。
何のためにやるのか、本人に意味が見えているか。
こう考えると、「やる気を出せ」という言葉そのものが、少し不思議に見えてきます。
やる気そのものを直接押し上げようとするより、やる気が生まれやすい条件を整えるほうがよい場合がある。
これはレッパー研究から考えられる、とても実用的な視点です。
こんな経験はありませんか?
ここでは、読者自身の記憶を呼び起こす短い体験例を入れると、とても読みやすくなります。
たとえば、
子どものころ、自分から絵を描いたり本を読んだりしていたのに、「毎日○ページやりなさい」と決められた途端、少し嫌になった。
好きで料理をしていたのに、「これから毎週必ず作って」と言われると急に仕事のように感じた。
逆に、学校では苦手だった分野なのに、大人になって自分で本を選び、自分のペースで調べ始めると、驚くほどおもしろく感じた。
ゲームなら何時間でも試行錯誤できるのに、似たような問題が宿題になると面倒に感じた。
こうした経験があるなら、
「自分にはやる気がない」
だけでは説明できない部分があるかもしれません。
同じ人、同じような活動でも、「なぜやるのか」「誰が決めたのか」「どんな環境で取り組むのか」が変わると、感じ方も変わることがあります。
ここで第10章のFive C’sなどを再説明する必要はありません。読者はすでに学んでいるので、ここでは「そういえば自分にもある」と思わせるだけで十分です。
少しユニークな考察――「やる気をつくる」より、「やる気を邪魔しない」
この記事独自の余韻として、とても使いやすい考え方です。
動機づけというと、
「どうすれば人をやる気にさせられるか?」
を考えがちです。
しかしレッパーの研究史を逆から眺めると、
「どうすればやる気を生み出せるか」だけでなく、「もともと存在する興味を、余計な仕組みで邪魔していないか」と考えることも大切です。
という視点が見えてきます。
子どもに勉強してほしい。
部下に仕事を頑張ってほしい。
自分自身に運動を続けてほしい。
そんなとき、私たちはすぐに、
ご褒美を増やす。
ルールを増やす。
監視する。
締め切りを設ける。
という「何かを足す方法」を考えがちです。
けれど、ときには、
監視を少し減らす。
本人に選ばせる。
必要以上に結果を評価しない。
意味を説明する。
少し難しい課題を任せる。
といった、「余計なものを減らすこと」も動機づけを考える方法になり得ます。
これは記事の最後に置く考察として、かなり印象に残ります。
そして最後は、読者への問いで閉じるとよいでしょう。
あなたが今、「やらなければ」と思いながらなかなか取り組めないことは、本当にあなた自身のやる気だけの問題でしょうか。
もしかすると、
取り組み方を少し選べるようにする。
難しさを調整する。
誰かに監視されている感覚を減らす。
「何のためにやるのか」を自分の言葉で考え直す。
そんな環境の変化によって、感じ方が変わるかもしれません。
そして反対に、子どもや生徒、部下など、誰かに何かをしてほしいときには、
「どうすればこの人を動かせるだろう?」ではなく、「どうすれば、この人が自分から取り組みやすい環境をつくれるだろう?」
と考えてみる。
マーク・レッパーの研究を知ったあとなら、いつもの「やる気」という言葉も、少し違って見えてくるのではないでしょうか。
19.疑問が解決した物語
「この“Lepper”って人、いったい誰なんだろう?」の答え
最初にマーク・レッパーの名前を見つけた日から、しばらくたちました。
大学生のハルカさんは、もう一度、最初に開いた1973年(昭和48年)の研究を見ていました。
子ども。
お絵描き。
ご褒美。
そして、
Mark R. Lepper(マーク・R・レッパー)。
以前なら、
「ご褒美をあげると、やる気が下がることを研究した人なのかな」
というところで終わっていたかもしれません。
でも、今は少し違います。
ハルカさんには、その名前の向こう側に続いている研究の道が見えるようになっていました。
レッパーが追究していたのは、単に「報酬が良いか悪いか」ではなく、人が置かれた環境によって、「なぜ自分はこれをしているのか」という行動の受け取り方がどう変わるのか、という問題だったのです。
1970年代には、報酬だけでなく、監視や締め切りなどへ研究を広げていきました。
さらに研究は、
「どうすると、もともとの興味が弱まり得るのか」
という問いだけでは終わりませんでした。
教育用コンピューター。
学習をおもしろくする文脈。
熟練した個別指導者の教え方。
自分で選ぶこと。
文化による選択の意味の違い。
ほめ方。
学校生活の中での動機づけ。
研究をたどっていくうちに、ハルカさんが最初に抱いた3つの疑問にも、少しずつ答えが見えてきました。
「レッパーは、どんな問題意識から研究を始めたのだろう?」
外から報酬を与えて行動を増やすことだけでなく、
「その報酬がなくなったあと、人は自分からその活動を続けるのだろうか」
という、その先の問題へ目を向けていました。
「1973年の研究のあと、どんな問いを追いかけていったのだろう?」
報酬から監視や締め切りへ。
そして、興味を弱める条件だけでなく、どうすれば学習そのものを魅力的にできるのかという方向へ。
レッパーの問いは、人を外から動かす方法から、人が自分から取り組みやすい環境を考える研究へ広がっていきました。
そして、
「なぜ50年以上たった今でも、動機づけを学ぶとこの人の研究に出会うのだろう?」
その理由も、以前よりわかる気がしました。
1973年の研究が歴史的に重要だからというだけではありません。
報酬、監視、学習、選択、文化などを通して、「人のやる気は、その人だけを見るのではなく、その人を取り巻く環境との関係から考える必要がある」という問題を長く追究してきたからです。
ハルカさんは、パソコンを閉じようとして、ふと自分の生活を思い返しました。
最近、資格試験の勉強を始めたものの、なかなか続いていませんでした。
そこで以前なら、
「私はやる気がないんだな」
と考えていました。
でも今度は、少し違う問いを自分に向けてみました。
「もしかして、やる気だけの問題じゃないのかも」
勉強する時間を細かく決めすぎていないか。
毎日のノルマばかり気にしていないか。
「合格しなければ」という結果だけが大きくなって、もともと知りたかったことを忘れていないか。
そこでハルカさんは、勉強方法を少し変えてみました。
今日は何を勉強するか、自分でいくつかの選択肢から決める。
難しすぎる問題ばかりではなく、「あと少しで解けそう」と思える問題も混ぜる。
勉強した時間だけではなく、
「昨日わからなかったことが、今日は一つわかった」
という変化を見る。
そして、ときどき、
「そもそも私は、なぜこれを学びたかったんだろう?」
と思い出してみる。
それだけで必ず勉強が楽しくなるわけではありません。
それでも、
「やる気を無理に出そうとする」以外にも、「自分が取り組みやすい環境をつくる」という方法がある
ことを、ハルカさんは知りました。
最初にレッパーの名前を見たとき、知りたかったのは、
「この人は何をした心理学者なんだろう?」
ということでした。
でも、長い研究の道をたどったあとに残った問いは、少し変わっていました。
「私は、どんな環境なら自分からやってみたいと思えるのだろう?」
Mark R. Lepper。
最初は、論文の著者欄にあった一つの名前でした。
その名前を追いかけた先にあったのは、「人をどう動かすか」という単純な答えではありませんでした。
人が自分から取り組みたくなる気持ちは、本人の中だけで決まるものではなく、その人が置かれた状況や、その状況をどのように受け取るかとも関係している。
そんな、人間の「やる気」を少し違った角度から見るための視点でした。
もし今、あなたにも、
「やらなければいけないのに、なぜかやる気が出ない」
と思っていることがあるなら、
自分を責めたり、さらにご褒美やルールを増やしたりする前に、一度こんなふうに考えてみてもよいかもしれません。
「私は、どんな環境なら自分から取り組みやすくなるだろう?」

そして、誰かに何かをしてほしいときには、
「どうすればこの人を動かせるか」ではなく、「どうすれば、この人が自分から取り組みやすい環境をつくれるか」
と考えてみる。
それが、マーク・レッパーの研究を知ったあとに、私たちの日常へ持ち帰ることのできる一つの問いなのかもしれません。
20.文章の締めとして

ここまで、マーク・レッパーという一人の心理学者を通して、「やる気」について長い道のりをたどってきました。
最初は、ご褒美とやる気の関係という小さな疑問でした。
けれど、その疑問を追いかけていくと、監視、締め切り、学習、選択、文化、ほめ方、そして人が置かれる環境へと、話は少しずつ広がっていきました。
そして最後に残るのは、もしかすると研究の名前や数字だけではないのかもしれません。
私たちは日々、
「もっと頑張らなければ」
「どうして続けられないのだろう」
「どうすれば、あの人はやる気を出してくれるのだろう」
と考えることがあります。
そんなとき、すぐに本人の意志の強さだけを見るのではなく、
「どんな状況に置かれているのだろう」
「どんな意味を感じながら取り組んでいるのだろう」
と、少しだけ周りの環境にも目を向けてみる。
それだけで、自分や誰かの行動が、これまでとは少し違って見えてくることがあります。
心理学を学ぶおもしろさは、難しい専門用語を覚えることだけではなく、これまで当たり前だと思っていた日常を、別の角度から見られるようになることにもあります。
今日まで「やる気がない」とだけ思っていたことにも、まだ気づいていない理由があるのかもしれません。
そして、「もっとやらせなければ」と考えていた場面にも、少し違った関わり方があるのかもしれません。

注意補足
本記事は、公開されている情報や資料をもとに、個人で確認できる範囲で情報を整理し、マーク・レッパーと動機づけ研究についてわかりやすく紹介したものです。
心理学にはさまざまな研究や理論、解釈があり、ここで紹介した内容だけが唯一の答えというわけではありません。
また、心理学の知見は研究の積み重ねによって更新されていきます。今後、新しい研究によって、これまでの理解がより詳しくなったり、新たな見方が加わったりする可能性もあります。
🧭 本記事のスタンス
この記事が「答えを覚えるための終着点」ではなく、「もっと知りたい」「自分でも確かめてみたい」と思える出発点になれば幸いです。
ぜひ、異なる研究や立場、原著論文や文献にも触れながら、心理学のおもしろさをその先へ深めてみてください。
このブログで「やる気」を知るうちに、もっと「知る気」が湧いてきたなら、その気持ちを次の文献や資料へつないでみてください。
やる気をたどれば、知る気が生まれる。
知る気が生まれれば、調べる気につながる。
そして調べるほど、学びは深まっていく。
マーク・レッパーという一人の心理学者との出会いが、今度はあなた自身の「もっと知りたい」という内発的な興味を動かし、その先の心理学へ進むきっかけになるのかもしれません。
最後まで読んでいただき、
本当にありがとうございました。
マーク・レッパーの研究は、人のやる気を理解することとは、その人の心だけでなく、その人が「自分からやってみたい」と思える環境にも目を向けることなのだと、私たちに教えてくれているのかもしれません。


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