なぜ人は迷信を信じるの?心理学の『迷信行動』とは|おまじない・ジンクスが気になる理由

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「関係ないはずなのに、なぜか気になる」――おまじないやジンクスは、なぜ心に残るのでしょうか。スキナーの鳩実験から人間の不安・文化・スポーツまで、心理学の研究をたどりながら「迷信行動」の正体をやさしく深掘りします。

おまじないやジンクスはなぜ気になる?心理学で読み解く『迷信行動』

代表例

「このペンを使った日は、なぜかテストの点数がいい」

そんな経験はありませんか?

もちろん、ペンが答えを教えてくれるわけではありません。

それでも次のテストの日になると、つい同じペンを探してしまう。

「関係ないはずなのに、なぜか気になる」

今回は、そんな不思議な心と行動を、心理学の「迷信行動」から探っていきます。

5秒で分かる結論|迷信行動とは?

心理学では、

本当には行動と結果に因果関係がないのに、まるで関係があるかのように行動を繰り返す現象

が「迷信行動」として研究されてきました。

たとえば、

「この服を着た日に勝った」

「この服を着ると勝てるかも」

「次も同じ服を着よう」

というような流れです。

その理由の一つとして、

たまたま行った行動のあとに良い結果が起こり、その二つが結びついて学習されること

が考えられています。

ただし、人間の迷信はそれだけで説明できるものではありません。

家族や文化から教えられたもの、不安なときに頼りたくなるものなど、さまざまな理由があります。

小学生にもスッキリ分かる答え

簡単にいうと、

「たまたま」を「これのおかげかも!」と思ってしまうことがある

ということです。

たとえば、黄色い靴下を履いた日に野球の試合で大活躍したとします。

すると、

「黄色い靴下を履いたから、うまくいったのかな?」

と思うかもしれません。

でも、本当に靴下のおかげだったのでしょうか?

たくさん練習したからかもしれません。

よく眠れたからかもしれません。

ただの偶然かもしれません。

それでも私たちは、ときどき、

「これをした」→「いいことが起きた」

という二つの出来事を結びつけます。

これが、迷信行動を理解するための大切な入口です。

1.こんなことありませんか?

「関係ないはずなのに気になる」

私たちの生活を探してみると、似たようなことは意外と身近にあります。

「試合の日は、必ず右足から靴を履く」

「この曲を聴いて出かけた日は、いいことが起こる気がする」

「前の試験でこの席に座って合格したから、今回もここがいい」

「お気に入りのお守りを忘れると、なんとなく不安になる」

「夜に爪を切るとよくないと昔から聞いているので、つい避けてしまう」

頭では、

「そんなことで結果が変わるわけがない」

と思っていても、

やらないと少し気になる。

そんな不思議な感覚です。

「たまたまなのに、どうして意味があるように感じるの?」

今回の疑問を一言で表すなら、

「関係ないかもしれない二つの出来事を、なぜ私たちは結びつけてしまうの?」

です。

もっと身近にいうなら、

「どうして“これをすると、うまくいく”という自分ルールができるの?」

という疑問です。

ただし、ここで一つ注意があります。

お守り、昔からの言い伝え、自分で作ったジンクスなどが、すべて同じ理由から生まれているわけではありません。

自分自身の偶然の経験から生まれるものもあれば、

親や祖父母から教えられるもの、

文化や習慣として受け継がれているものもあります。

それでも、

「どうして根拠がはっきりしないことを、私たちは気にするのだろう?」

というところには、心理学のおもしろい研究があります。

そして、この謎を考えるうえで有名なのが、

アメリカの心理学者B. F. スキナーです。

1948年(昭和23年)、スキナーは鳩を使った実験を発表しました。

鳩の行動とは関係なく餌が出る状況を作ったところ、8羽のうち6羽に、それぞれ特徴的な反復行動が観察されました。

ある鳩は檻の中を回り、

別の鳩は頭を上へ突き出し、

また別の鳩は頭や体を左右に動かしました。

まるで、

「これをすると餌が出る」

と思っているようにも見える行動です。

もちろん、本当に鳩がそう「考えていた」と確認できたわけではありません。

この実験については、後ほど詳しく見ていきます。

この記事を読むと分かること

この記事では、

なぜ人は迷信やジンクスを気にするのか

を、心理学の研究から分かりやすく紹介します。

読み進めると、

  • 迷信行動とは何か
  • スキナーの鳩は何をしたのか
  • なぜ偶然を原因だと思うことがあるのか
  • 人間の迷信も鳩と同じなのか
  • お守りやスポーツのジンクスには、どんな意味があるのか

といった疑問を、少しずつ深く理解できるようになります。

まずは、私たちにも起こりそうな一つの出来事から考えてみましょう。

2.疑問が浮かんだ物語

「これを持っていないと失敗する気がする」

美咲さんには、大切なプレゼンの日に必ず持っていくものがあります。

青いハンカチです。

始まりは、ほんの偶然でした。

初めて重要なプレゼンをした日、たまたま青いハンカチを持っていました。

何日も準備したプレゼンは大成功。

次のプレゼンの日も青いハンカチを持っていくと、またうまくいきました。

いつの間にか美咲さんの中で、

「大事なプレゼンの日=青いハンカチ」

という組み合わせができていました。

ところが、ある朝。

青いハンカチが見つかりません。

「……今日、大丈夫かな」

もちろん、ハンカチとプレゼンの成功に関係がないことは分かっています。

成功したのは、しっかり準備して練習したからです。

それなのに、

「もし今日、失敗したら?」

となぜか気になってしまいます。

理屈では関係ないと分かっている。

それでも、少し不安になる。

「どうして私は、関係ないと分かっているものを気にしてしまうんだろう?」

この「分かっているのに気になる」という感覚。

あなたにも、心当たりはありませんか?

では心理学では、この不思議な行動をどのように考えるのでしょうか。

3.すぐに分かる結論

なぜ迷信行動は生まれるの?

お答えします

迷信行動が生まれる一つの理由は、

「ある行動のあとに、たまたま良い結果が起こり、その二つが結びついて学習されること」

です。

美咲さんの場合なら、

青いハンカチを持っていった

プレゼンが成功した

「このハンカチを持っているとうまくいくかも」

次も持っていく

という流れです。

ここで大切なのは、

「一緒に起きたこと」と「原因だったこと」は違う

ということです。

青いハンカチを持っていた日にプレゼンが成功した。

これは事実です。

しかし、

青いハンカチのおかげでプレゼンが成功した。

これは、別の話です。

心理学ではどう考えるの?

心理学には、

行動のあとに起こった結果によって、その行動が増えたり減ったりする学習

を扱う考え方があります。

これをオペラント条件づけといいます。

迷信行動の研究では、

本当は行動が結果を起こしていなくても、

行動と結果が偶然近いタイミングで起きることで、その行動が繰り返される場合があることが研究されてきました。

スキナーが1948年(昭和23年)に行った鳩の研究は、その代表的な研究の一つです。

ただし、

「すべての迷信は、この仕組みだけで生まれる」

という意味ではありません。

人間には言葉があります。

人から教えてもらうこともできます。

不安になったり、

「何とか自分で結果を変えたい」

と思ったりもします。

そのため、人間の迷信は鳩の行動よりも、ずっと複雑です。

噛み砕いていうなら

迷信行動を理解する最初のポイントは、

「たまたま一緒に起きた出来事を、“つながっているのかも”と感じることがある」

ということです。

それは、

「迷信を信じる人はおかしい」

という話ではありません。

私たちは普段から、

「なぜこうなったのだろう?」

「次も成功するにはどうすればいい?」

と、出来事の原因を探しながら生活しています。

その力があるからこそ、私たちは経験から学ぶことができます。

けれど、ときには偶然にも意味を見つけてしまう。

そこに、迷信行動のおもしろさがあります。

では――。

鳩は、どうしてぐるぐる回るようになったのでしょうか。

そして、

人間のおまじないやジンクスも、本当に同じ仕組みなのでしょうか。

ここから先は、1948年(昭和23年)のスキナーの実験を入り口に、

「迷信行動とは何なのか」を、もう一段深く探っていきましょう。

4.そもそも『迷信行動』とは何なのか?

ここまでは、「迷信行動とはどんなものなのか」を身近な例から見てきました。

ここからは少しだけ、心理学の教科書を開くような気持ちで、その正体を詳しく探っていきましょう。

「迷信」と聞くと、

「夜に爪を切るとよくない」

「このお守りを持っていると運がよくなる」

「この服を着て試合に出ると勝てる」

といったものを思い浮かべるかもしれません。

どれも「迷信っぽいもの」に見えます。

しかし心理学の視点から見ると、

「そうだと信じること」と、「実際にそのための行動をすること」は、少し分けて考えることができます。

この違いを知っておくと、このあと登場するB. F. スキナーの研究も、ずっと理解しやすくなります。

そもそも「迷信」とは?

日本心理学会の解説では、迷信には、

「○○すると悪いことが起こる」

「○○すると良いことが起こる」

というように、行動とその結果の関係を表しているものが多いと説明されています。

そして、客観的に見てその関係を支える根拠が乏しい場合に、「迷信」と呼ばれるとしています。

たとえば、

「この靴下を履くと試合に勝てる」

という考えがあったとします。

実際に、その靴下を履くことが勝敗を変えているという根拠が確認されていないのに、

「この靴下を履く」

「試合に勝つ」

という二つの出来事に特別なつながりを感じているわけです。

ここで大切なのは、

迷信とは、単に「変わったことをする」という意味ではない

ということです。

その奥には、

「これをすると、こうなるのではないか」

という、原因と結果についての考えが隠れていることがあります。

「信じること」と「行動すること」は同じ?

ここでは理解しやすくするために、

迷信的信念

迷信行動

を少し分けて考えてみましょう。

たとえば、昔から伝わる

「夜に爪を切るのはよくないらしい」

という話を聞いて、

「そうなのかもしれない」

と思っている。

これは、迷信についての信念に近い状態です。

英語では信念を
belief(ビリーフ)
といいます。

一方、

「だから夜には爪を切らないようにしよう」

と実際に行動する。

こちらは行動です。

英語では行動を
behavior(ビヘイビア)
といいます。

つまり、

「そうかもしれない」と考えること

と、

「だから実際にこうする」と行動すること

は、関係はしていても完全に同じものではありません。

実際の心理学研究でも、迷信についての信念と、迷信に関連する態度や行動は、それぞれ測定・研究されています。

ただし注意したいのは、

心理学では迷信を必ず「迷信・迷信的信念・迷信行動」の3種類に分類する

という意味ではないことです。

迷信の定義や測り方には研究によって違いがあります。

この記事では、読者のみなさんが違いを理解しやすくするために、

「何を信じているのか」と「実際に何をするのか」

を分けて考えていきます。

同じ「迷信っぽい行動」でも、生まれ方は同じとは限らない

ここでもう一つ、とても大切なことがあります。

私たちが「迷信」や「ジンクス」と呼んでいるものは、すべて同じ理由から生まれるとは限りません。

たとえば――。

自分の偶然の経験から生まれたジンクス

「このペンを使ったテストで100点を取った」

という経験から、

「次もこのペンを使おう」

と思うようになる。

これは、自分自身の経験をきっかけに生まれたものです。

家族から教わった迷信

「夜に爪を切るのはよくないよ」

と、子どものころから家族に言われてきた。

自分では何も経験していなくても、人から聞いた言葉を通して知る迷信もあります。

文化や社会の中で受け継がれるもの

縁起のよい日。

避けられる数字。

幸運を呼ぶとされる物。

こうしたものの中には、一人の経験を超えて、社会や文化の中で共有されてきたものもあります。

試合や本番前の決まった行動

スポーツ選手が、

「この順番で道具を身につける」

「試合前には必ず決まった動作をする」

ということもあります。

スポーツにおける迷信的・儀式的行動は実際に研究されており、不安や心理的な安心感、文化、競技状況など、さまざまな要因との関係が調べられています。

ただし、

試合前に毎回同じことをしているからといって、それだけで迷信行動とはいえません。

たとえば、

ストレッチをする。

呼吸を整える。

ウォーミングアップをする。

こうした行動には、身体や心を競技に備える実際の役割があります。

一方で、

「この靴下そのものが勝敗を左右する」

と考えて履き続ける場合は、少し性質が違います。

大切なのは、

「同じ行動を繰り返しているか」ではなく、「なぜその行動をしているのか」

を見ることなのです。

「迷信行動=一つの仕組み」ではない

ここまで見てくると、「迷信」という言葉の中には、かなり違ったものが含まれていることが分かります。

偶然の成功から生まれたもの。

家族から教わったもの。

文化として受け継がれたもの。

不安なときに頼りたくなるもの。

幸運を願って行うもの。

そして、

「本当は関係ないと思うけれど、やらないと気になる」

というもの。

見た目は似ていても、生まれた理由や続いている理由まで同じとは限りません。

そのため、

「人は○○だから迷信を信じる」

と一つの理由だけで説明してしまうと、心理学としては少し単純すぎます。

迷信は、学習だけでなく、

認知、

感情、

不安、

状況をコントロールしたいという感覚、

家族、

文化、

社会環境など、

さまざまな角度から研究されてきました。

だからこそ迷信は、一見すると単純なおまじないの話なのに、掘り下げてみると非常に奥が深いのです。

では、誰にも迷信を教わっていない動物では?

ここで、一つ不思議な疑問が生まれます。

人間なら、

親から迷信を教わることができます。

友達のジンクスをまねすることもできます。

昔からの言い伝えを知ることもできます。

では――。

誰からも「おまじない」を教わっていない動物でも、迷信のように見える行動は生まれるのでしょうか?

この疑問につながる、心理学史上とても有名な研究があります。

1948年(昭和23年)。

アメリカの心理学者、

B. F. Skinner(ビー・エフ・スキナー)

は、鳩を使った研究を発表しました。

論文の題名は、

“‘Superstition’ in the Pigeon”(スーパースティション・イン・ザ・ピジョン)

日本語にすると、

「鳩における『迷信』」

という意味です。

ただし、この題名だけを見て、

「スキナーは、鳩が迷信を信じていることを証明した」

と思ってはいけません。

本当に鳩が何かを「信じていた」のかは、直接確認できないからです。

ではスキナーは、

いったい鳩の何を観察したのでしょうか。

そして、なぜ彼はそんな実験をしようと考えたのでしょうか。

その答えを知る前に、まずは、

「鳩の迷信実験をした人」だけでは分からない、B. F. スキナーという心理学者そのもの

から見ていきましょう。

5.B. F. スキナーとはどんな心理学者だったのか?

前の章で登場したアメリカの心理学者、

B. F. Skinner(ビー・エフ・スキナー)

正式な名前は、

Burrhus Frederic Skinner(バラス・フレデリック・スキナー)

といいます。

1904年(明治37年)3月20日、アメリカ・ペンシルベニア州のサスケハナという小さな町に生まれました。

「鳩の迷信を研究した心理学者」として有名ですが、意外にも、若いころから心理学者を目指していたわけではありません。

大学卒業後に目指していたのは、作家でした。

しかし、思うように作品を書くことができず、本人がのちに「暗い一年」と呼んだ時期を過ごします。

そのころ、ニューヨークで書店員として働くなかで、ロシアの生理学者Ivan Pavlov(イワン・パブロフ)や、行動主義心理学で知られるJohn B. Watson(ジョン・B・ワトソン)の著作に出会いました。

その内容に強く興味を持ったスキナーは、24歳でHarvard University(ハーバード大学)の心理学部へ進みます。

ここから、作家を目指していた青年の人生は大きく変わりました。

スキナーには、子どものころから機械や道具を作ることが好きだった一面もありました。

大学院でも、自分の研究に必要な装置を次々と作っています。

その代表的なものの一つが、動物の反応を自動的に記録する累積記録器です。

スキナーが知りたかったのは、

「動物が何をしたのか」だけではなく、「その行動のあとに何が起こると、次の行動がどう変わるのか」

ということでした。

たとえば、ネズミがレバーを押す。

すると餌が出る。

その結果、レバーを押す行動が増えていく。

このように環境へ働きかけ、その結果によって将来起こる可能性が変わる行動を、

operant behavior(オペラント・ビヘイビア/オペラント行動)

と呼びました。APA(アメリカ心理学会)も、オペラント行動を「環境に効果を生じ、その再発の可能性が結果によって影響される行動」と説明しています。

1938年(昭和13年)、スキナーは研究をまとめた最初の著書、

The Behavior of Organisms(ザ・ビヘイビア・オブ・オーガニズムズ)
『生物の行動』

を出版します。

ここでは「オペラント」という考え方や、行動がどのような条件によって変化するのかを分析する研究が体系的にまとめられました。

スキナーは、なぜ鳩を研究したのでしょうか?

そのきっかけの一つが、第二次世界大戦でした。

戦時中、スキナーは

Project Pigeon(プロジェクト・ピジョン)

という研究に取り組みます。

訓練した鳩に目標をつつかせ、その反応を兵器の誘導に利用しようという、現在から見ると驚くような計画です。

Smithsonian Institution(スミソニアン協会)には、鳩を入れる3つの区画を備えた試作ノーズコーンが資料として残っています。

最終的に実用兵器として採用されることはありませんでした。

しかしスキナーにとって、鳩が学習によって安定した反応を示すことは、研究上大きな意味を持ちました。

B. F. Skinner Foundation(ビー・エフ・スキナー財団)の伝記でも、鳩はラットより速く反応するため、新しい行動と結果の関係を短い時間で研究しやすかったと説明されています。

つまりスキナーは、単に「変わった鳩の実験をした人」ではありません。

一貫して、

「環境と行動の関係を、観察できる形で測ろうとした研究者」

だったのです。

そして1948年(昭和23年)。

スキナーは鳩を使った、心理学史に残る短い論文を発表します。

そのタイトルは、

“‘Superstition’ in the Pigeon”(スーパースティション・イン・ザ・ピジョン)

――「鳩における『迷信』」。

では、鳩にいったい何が起こったのでしょうか。

6.1948年(昭和23年)『鳩の迷信実験』を原論文から詳しく見る

スキナーの研究は現在、

「鳩に一定時間ごとに餌を与えたら、鳩がおまじないを始めた」

というように紹介されることがあります。

とても覚えやすい説明です。

しかし原論文を読むと、もう少し丁寧に理解したほうがよいことが分かります。

スキナーが行った実験で最も重要なのは、

餌が出ることと、鳩の特定の行動との間にルールがなかった

という点です。

鳩が右を向いていても、

歩いていても、

首を動かしていても、

何か特定の動作をしたから餌が出るわけではありません。

時計によって、鳩の行動とは無関係に餌箱が提示されるようになっていました。

原論文では、餌箱は一回につき5秒間提示されています。

つまり鳩にとって、

「○○をすれば餌が出る」

という決められた正解はなかったのです。

ところが8羽の鳩を観察すると、6羽に、観察者が明確に数えられるほど特徴的な反復行動が現れました。

しかも、6羽が同じ動作をしたわけではありません。

ある鳩は、ケージの中を反時計回りに回るようになりました。

別の鳩は、ケージ上部の角へ向かって何度も頭を突き出しました。

また別の鳩は、見えない棒の下へ頭を入れて持ち上げるような動作を繰り返しました。

2羽では、頭を前へ伸ばし、頭と体を振り子のように左右へ動かす行動が現れました。

さらに1羽では、床に触れないまま、床へ向かってつつくような動作が観察されています。

残る2羽では、このようにはっきりした反復行動は確認されませんでした。

イメージすると、

鳩A → ケージを反時計回りに回る

鳩B → 上の角へ頭を突き出す

鳩C → 頭を持ち上げるような動きをする

鳩D・E → 頭と体を左右へ振る

鳩F → 床へ向かってつつくような動きをする

という具合です。

しかも、これらの行動をしてもしなくても、餌が出る条件そのものは変わりません。

ここが、この実験のおもしろいところです。

「15秒ごとに餌を与えた」は正しいのでしょうか?

この実験は、

「8羽の鳩に15秒ごとに餌を与えた」

と紹介されることがあります。

しかし原論文に忠実に伝えるなら、これは少し単純化された説明です。

スキナーは、餌が提示される間隔が短いほど条件づけが生じやすいと考えており、

この実験条件では15秒という間隔が非常に効果的だった

と書いています。

一方、1分間隔では効果が弱くなること、いったん行動が形成されたあとでは間隔を長くしても反応が続いた例なども報告しています。

したがって、

「15秒は重要な条件だった」

とは言えますが、

「8羽すべてが最初から最後まで同じ15秒条件だけで実験された」

とまで単純化しないほうが正確です。

では、スキナーはこの奇妙な行動をどう説明したのでしょうか。

彼は、

鳩がたまたま何かをしている

その近くで餌が出る

その行動が繰り返されやすくなる

また近いタイミングで餌が出る

さらに行動が強くなる

という過程を考えました。

しかし、ここで最も重要な注意点があります。

鳩は「これをすると餌が出る」と信じたのでしょうか?

答えは、

そう見える行動はしましたが、本当にそう考えていたと証明されたわけではありません。

鳩が頭の中で何を「信じている」のかを、言葉で確認することはできないからです。

スキナー自身も原論文では、鳩が

自分の行動と餌の提示に因果関係があるかのように振る舞う

という趣旨で述べています。

そして人間についても、カードゲームで運を変えようとする儀式や、ボウリングの球を投げたあとに身体を動かす行動などとの類似を指摘しました。

ですから、この実験を正確に一文でまとめるなら、

「行動とは無関係に餌を提示したところ、8羽中6羽に特徴的な反復行動が現れ、スキナーはそれを人間の迷信に似た現象として説明した」

となります。

では、なぜ「たまたま近くで餌が出た」だけで、行動が増えるとスキナーは考えたのでしょうか。

その答えを理解する鍵が、

オペラント条件づけ

です。

7.なぜ迷信のような行動が生まれた?『オペラント条件づけ』を詳しく解説

オペラント条件づけを、とても簡単に表すなら、

「行動のあとに起きることによって、その後の行動が変わる学習」

です。

英語では、

operant conditioning(オペラント・コンディショニング/オペラント条件づけ)

といいます。

American Psychological Association(アメリカン・サイコロジカル・アソシエーション/アメリカ心理学会)は、オペラント条件づけを、行動の結果に応じて行動の変化、つまり学習が起こる過程と説明しています。

ここで、

「犬と餌の話なら、“パブロフの犬”と同じなの?」

と思った方もいるかもしれません。

実は、

オペラント条件づけと、「パブロフの犬」で知られる古典的条件づけは、どちらも学習を扱いますが、同じ仕組みではありません。

古典的条件づけを大まかにいうと、

「ある刺激と別の刺激が結びつくことで、それまでとは違った反応が起こるようになる学習」

です。

有名なパブロフの犬を簡単に表すなら、

食べ物

唾液が出る

という反応があるところへ、食べ物と特定の合図を繰り返し組み合わせることで、やがて、

合図

唾液が出る

という反応が起こるようになります。

一方、オペラント条件づけで注目するのは、

「自分が行った行動のあとに何が起こり、その後、その行動が増えたり減ったりするのか」

という関係です。

たとえば、

お手をする

餌をもらう

お手をすることが増える

という場合です。

つまり、とても簡単に整理するなら、

古典的条件づけ
→「どんな刺激をきっかけに反応するようになるか」

オペラント条件づけ
→「行動のあとに何が起こり、その行動がどう変わるか」

に注目する、と考えると違いが分かりやすいでしょう。

どちらも経験によって行動や反応が変化する「学習」ですが、注目している関係が違うのです。

では、先ほどの「お手」の例を、もう少し詳しく見てみましょう。

犬がお手をしたあとに餌をもらい、それによって、その後「お手」をすることが増えたとします。

お手をする

餌がもらえる

お手が増える

このように、

ある結果によって、その前の行動が将来起こりやすくなること

を、

reinforcement(リインフォースメント/強化)

といいます。

ここで覚えておきたいのは、

強化=ほめること

ではないということです。

心理学では、その結果によって行動が増えたかどうかが重要です。

そして、

positive reinforcement(ポジティブ・リインフォースメント/正の強化)

と、

negative reinforcement(ネガティブ・リインフォースメント/負の強化)

の「正・負」も、

「良い・悪い」という意味ではありません。

正の強化では、何かが加わることで行動が増えます。

たとえば、

宿題をする

ほめられる

宿題をすることが増える

という場合です。

負の強化では、不快なものが取り除かれる、または避けられることで行動が増えます。

たとえば、

シートベルトを締める

警告音が止まる

早くシートベルトを締めるようになる

という場合です。

どちらも行動が増えるので「強化」です。

逆に、ある結果によって行動が減少する場合は、

punishment(パニッシュメント/罰)

として扱われます。

では、1948年(昭和23年)の鳩の実験は、何が普通の例と違ったのでしょうか。

典型的なオペラント条件づけでは、

ある反応をしたときに結果が与えられる

という関係を設定します。

レバーを押す

餌が出る

というような関係です。

ところがスキナーの鳩では、

特定の行動をしたかどうかに関係なく、時間が来れば餌が出ました。

つまり、鳩の反応と餌の提示との間に、本来の随伴関係はありません。

それでもスキナーは、

たまたま餌の直前に起きた行動が、餌によって強化されることがあるのではないか

と考えました。

後の研究文献では、このスキナーの説明は

adventitious reinforcement
(アドベンティシャス・リインフォースメント/偶発的強化)

という言葉で論じられています。

噛み砕いていうなら、

「本当はその行動のおかげではないのに、たまたま良い結果が近くで起きたため、その行動が強くなった」という説明

です。

第1〜3章の青いハンカチの例なら、

青いハンカチを持つ

プレゼンが成功する

次も青いハンカチを持つ

という流れと似ています。

ただし、人間には言葉や文化があり、考えたり、人から教わったり、不安を和らげるために行動したりもします。

そのため、

人間の迷信すべてを「偶発的強化」だけで説明することはできません。

もう一つ、スキナーの原論文には興味深い記録があります。

いったん形成された反復行動について、餌の提示を完全に止める実験も行われました。

学習によって維持されていた行動が、これまで得られていた結果を得られなくなることで減少していく過程を、

extinction(イクスティンクション/消去)

といいます。

ある鳩では餌を止めたあとも左右への特徴的な動作が続き、ほとんど反応が見られなくなる段階までに、1万回を超える反応が記録されました。

もちろん、

「一度できた迷信は1万回繰り返される」

という意味ではありません。

これは、特定の実験条件に置かれた一羽の鳩の記録です。

それでも、

一度繰り返されるようになった行動は、結果がなくなった瞬間に必ず消えるわけではない

ことを考える、印象的な記録です。

ここまで読むと、

「なるほど。偶然餌が出たことで行動が強化された。それが鳩の迷信行動だったのか」

と納得したくなるかもしれません。

スキナーは1948年(昭和23年)、まさにそのような説明を示しました。

しかし――。

現在の心理学では、この説明だけで決着したとは考えられていません。

その後、「本当に偶発的強化だけで説明できるのか」という疑問が研究されてきました。

2023年(令和5年)のレビューでも、スキナーが提案した偶発的強化だけでなく、餌が提示される前の状況や、オペラント条件づけ以外の要因も考える必要があると整理されています。

心理学のおもしろさは、ここにあります。

有名な実験が発表されても、それで答えが永遠に決まるわけではありません。

別の研究者が実験をやり直し、

「本当にそうなのか?」

と問い直します。

では、スキナーの鳩は、本当はなぜあの行動を繰り返したのでしょうか。

次は、スキナーの有名な説明を再検討した研究者たちと、その後に見えてきた新しい答えを詳しく見ていきましょう。

8.スキナーの説明は本当に正しかった?その後の研究

ここまで、スキナーが1948年(昭和23年)に示した「鳩の迷信」の説明を見てきました。

鳩がたまたま何かをしているときに餌が出る。

その偶然の重なりによって行動が強められ、同じ動作を繰り返すようになる――。

とても分かりやすい説明です。

しかし心理学の研究は、そこで終わりませんでした。

スキナーの論文から23年後の1971年(昭和46年)。

心理学者J. E. R. Staddon(ジェイ・イー・アール・スタドン)とVirginia Simmelhag(ヴァージニア・シンメルハグ)は、

The “Superstition” Experiment: A Reexamination of Its Implications for the Principles of Adaptive Behavior(ザ・スーパースティション・エクスペリメント:ア・リエグザミネーション・オブ・イッツ・インプリケーションズ・フォー・ザ・プリンシプルズ・オブ・アダプティブ・ビヘイビア)

という論文を発表し、スキナーの実験を詳しく再検討しました。

研究者たちが注目したのは、

「餌と餌の間で、鳩はいつ、どんな行動をしているのか」

という点でした。

観察すると、鳩の行動には時間に応じたパターンが見られました。

餌を食べたあとから次の餌までの前半から中盤には、歩き回ったり床をつついたりするなどの行動が現れます。

これらは、

interim activities(インタリム・アクティビティーズ/中間活動)

と呼ばれました。

一方、次の餌が出る時間に近づくと、餌箱の方向へ向かうなど、食べ物とより直接関係した反応が目立つようになります。

こちらは、

terminal response(ターミナル・レスポンス/終末反応)

と呼ばれます。

つまり鳩は、

「餌が出た瞬間に、たまたましていた好き勝手な行動を覚えた」

だけではなく、

次の餌までの時間経過に応じて、現れやすい行動そのものが変化していた

のです。

ここから、スキナーとは少し違った説明が考えられるようになりました。

たとえば、

「餌を待っている動物に自然に現れやすい行動なのではないか」

「一定時間ごとに餌が出る環境そのものが、特徴的な行動を引き出しているのではないか」

という考えです。

その後も研究は続きました。

2020年(令和2年)、Eduardo J. Fernandez(エドゥアルド・ジェイ・フェルナンデス)とWilliam Timberlake(ウィリアム・ティンバーレイク)は、鳩だけでなく、ハトの別品種、キジバト類、ニワトリなども使って、反応とは無関係に餌を与える実験を行いました。

その研究では、スキナーの説明で重要だった「個体ごとにばらばらな独特の行動」よりも、それぞれの種に特徴的な、餌を探したり得たりする行動が目立って現れました。

研究者たちは、こうした結果を、種に特徴的な採餌行動が引き出されたという考えを支持するものとして報告しています。

では、スキナーは間違っていたのでしょうか?

ここは、○か×かだけで考えないことが大切です。

スキナーが報告した、

「行動とは無関係に餌を提示した状況で、特徴的な反復行動が現れることがある」

という現象そのものは、その後も研究されてきました。

見直されてきたのは、

「なぜ、その行動が現れたのか」

という説明です。

偶然の強化なのか。

餌が出る時間を手がかりにした行動なのか。

動物にもともと備わった採餌行動なのか。

それとも、複数の仕組みが関係しているのか。

2023年(令和5年)にEinar T. Ingvarsson(アイナー・ティー・イングヴァルソン)とEduardo J. Fernandez(エドゥアルド・ジェイ・フェルナンデス)が発表したレビューでも、反応とは無関係に結果を提示する状況を理解するには、

adventitious reinforcement(アドベンティシャス・リインフォースメント/偶発的強化)

だけでなく、行動より前にある刺激や状況など、非オペラント的な要因も考える必要があると整理されています。

ですから、

「鳩が偶然の餌を自分の行動のおかげだと勘違いした。それで迷信ができた」

という説明だけを、現在すべてが決着した答えとして紹介するのは慎重であるべきです。

むしろ、ここには科学のおもしろさがあります。

最初の仮説が出る。

別の研究者が確かめる。

「本当にそれだけなのか?」と疑問が生まれる。

新しい実験が行われる。

そして、説明が少しずつ更新されていく。

スキナーの研究の価値は、

1948年(昭和23年)に永遠の正解を決めたことではなく、「この不思議な行動はなぜ生まれるのか」という大きな研究の入口を作ったこと

にもあるのではないでしょうか。

心理学は、有名な実験の答えを暗記するだけの学問ではありません。

「本当にそうなの?」と問い直すことで、説明をより確かなものへ変えていく学問でもあるのです。

では、ここから鳩を離れて、私たち自身へ目を向けてみましょう。

人間でも、結果とは関係のない行動を、

「これをしたから、うまくいったのかも」

と繰り返すようになるのでしょうか。

9.人間でも、結果と無関係な行動を繰り返す?

「でも、鳩と人間は違うでしょう?」

そう感じた方もいるかもしれません。

この問いを考えるうえで興味深いのが、1987年(昭和62年)に日本の心理学者・小野浩一氏が発表した、人間を対象とした実験です。

論文の題名は、

Superstitious Behavior in Humans(スーパースティシャス・ビヘイビア・イン・ヒューマンズ/人間における迷信行動)

です。

参加したのは20人の大学生でした。

実験室には3本の大きなレバーが用意されましたが、

「このレバーを引いてください」

という指示はありません。

参加者が何をしているかとは無関係に、30秒または60秒を基準とした固定時間・変動時間のスケジュールによってポイントが提示されました。

ポイントが入ると、赤いランプがつき、短いブザーも鳴りました。

つまり、

レバーを引いたからポイントが入るわけではありません。

何もしなくても、条件に従ってポイントは入ります。

それでも、

20人のうち3人に、持続的な迷信的行動が形成されました。

1人は、何回か短くレバーを引いたあと、長く引くというパターンを繰り返しました。

別の1人は、実験室内にあるさまざまな物へ触れるようになりました。

もう1人では、特定の刺激があるときに反応が偏る、

sensory superstition(センソリー・スーパースティション/感覚的迷信)

と呼ばれる行動が観察されました。

ここで重要なのは、

「3人に起きた」ことと同じくらい、「17人には同じような持続的行動が確認されなかった」ことです。

小野氏自身も、反応とは無関係に結果が与えられることで、人間にも安定した迷信的行動が形成される場合はあるものの、誰にでも一貫して起こるわけではないと結論づけています。

つまり、

「偶然いいことが起きれば、人間は必ず迷信を作る」

とは言えません。

ここからも、人間の迷信が鳩以上に複雑なことが分かります。

また、実験研究では「迷信的」と呼ばれてきた行動にも、いくつかの形が確認されています。

日本心理学会では、その例として

concurrent superstition(コンカレント・スーパースティション/コンカレント迷信)

を紹介しています。

たとえば、本当は4つあるボタンのうち3番目を押すだけでコインが得られるとします。

ところが、

1番を押す

2番を押す

4番を押す

3番を押す

という順番でたまたまコインを得る経験が重なると、本当は必要のないボタンまで含めた一連の行動を繰り返す場合があります。

また、結果とは関係のないランプなどの刺激に反応が偏る感覚的迷信や、一定の時間を待つ状況で儀式的な行動が現れる例なども研究されています。

ただし、これらを単純に「迷信行動には正式に○種類ある」と分類するのは適切ではありません。

人間・動物の迷信行動研究を整理した1990年(平成2年)の小野氏のレビューでも、研究は複数の実験条件・視点から整理されており、迷信的行動という現象そのものに、さまざまな研究の仕方があることが分かります。

では、

「根拠がないと分かれば、大人なら迷信をやめられるのでは?」

という疑問はどうでしょうか。

ここでも人間の心は、少し複雑です。

2016年(平成28年)、University of Chicago(ユニバーシティ・オブ・シカゴ/シカゴ大学)の心理学者Jane L. Risen(ジェーン・エル・ライゼン)は、

Believing What We Do Not Believe(ビリービング・ワット・ウィー・ドゥ・ノット・ビリーブ)

という論文で、迷信を含む強い直観について考察しました。

ライゼンが指摘した重要な点の一つは、

「考えがおかしい」と気づくことと、「だからそれに従わないこと」は別である

ということです。

合理的で教育を受けた大人でも、

「これは本当の因果関係ではない」

と気づきながら、その直観に従うことがあります。

たとえば、

「お守りが試験問題を書き換えるわけではない」

と分かっている。

それでも、大切な試験には持っていきたい。

「この服が試合を勝たせるわけではない」

と分かっている。

それでも、できれば同じ服を着たい。

第1〜3章に登場した美咲さんも同じでした。

青いハンカチがプレゼンを成功させるわけではないと分かっている。

それでも、

「持っていないと、少し気になる」。

人間の迷信は、

「知らないから信じる」だけでは説明できない

のです。

では、なぜ「分かっているのに気になる」のでしょうか。

そこから先には、

不安と、「自分で何とかしたい」という気持ち

が関わってきます。

10.なぜ人間は迷信を必要とするの?不安・統制感・文化

「人間は迷信を必要としているのでしょうか?」

ここでいう「必要」とは、

人間が生きるために迷信が欠かせない

という意味ではありません。

むしろ考えたいのは、

なぜ、結果を自分では完全に決められない場面で、迷信が魅力的に感じられることがあるのか

ということです。

大切な試験。

試合。

就職面接。

恋愛。

天候。

勝負ごと。

どれだけ努力しても、結果を100%自分だけで決めることはできません。

そんなとき、

「せめて何か、自分でできることがほしい」

と思うことがあります。

2002年(平成14年)、Giora Keinan(ギオラ・ケイナン)は108人を対象として、ストレスと、

「自分で状況をコントロールしたい」という欲求

が迷信行動とどのように関係するかを調べました。

参加者の半数は低ストレス条件、もう半数は高ストレス条件に置かれ、

knock on wood(ノック・オン・ウッド/木をたたいて不運を避けようとする習慣)

を引き出すような質問が行われました。

その結果、自分で状況をコントロールしたいという欲求の強さと迷信的行動との関係は、低ストレス条件より高ストレス条件で大きく現れました。

この研究だけで、

「ストレスがあれば必ず迷信を信じる」

とは言えません。

しかし、

不確実でストレスの高い状況と、何とか状況をコントロールしたい気持ちが、迷信行動に関係する場合がある

ことを考える手がかりになります。

さらに2008年(平成20年)、Jennifer A. Whitson(ジェニファー・エー・ウィットソン)とAdam D. Galinsky(アダム・ディー・ガリンスキー)は、6つの実験を行いました。

研究テーマは、

「自分では状況をコントロールできないと感じると、人は偶然の中に意味を見つけやすくなるのか?」

というものです。

彼らは、

illusory pattern perception(イリューソリー・パターン・パーセプション/錯覚的パターン知覚)

という考え方を使いました。

これは、

本当はランダム、または無関係なものの中に、一貫した意味のあるつながりを見つけること

です。

実験では、統制感が弱められた参加者ほど、

ノイズ画像の中に存在しない形を見る、

株式市場の情報に実際にはない関連を見つける、

陰謀的なつながりを知覚する、

迷信的な関係を作る、

といった傾向が強くなりました。

私たちは普段から、世界の中に「原因」を探しています。

雲が厚くなる

雨が降る

練習する

上達する

眠らない

次の日に眠くなる

こうした関係を見つけられるからこそ、経験から学び、未来を予測できます。

ところが、その「つながりを探す力」は、ときどき、

お気に入りの服を着た

試合に勝った

という偶然にも意味を見つけます。

迷信は、原因を探す力とはまったく無関係な「おかしな心」ではなく、

世界に意味や規則を見つけようとする心の働きと、すぐ隣にある現象

として見ることもできるのです。

そして人間の迷信には、もう一つ重要な特徴があります。

直接経験していなくても、言葉や文化を通じて学ぶことができます。

ここは鳩との違いを考えるときにも重要です。

動物にも、ほかの個体を見て学ぶ社会的学習はあります。

ですから、

「人間だけが他者から学べる」

という意味ではありません。

しかし人間は言語によって、

「私は一度も経験していないけれど、昔からこう言われている」

という因果関係や物語まで受け継ぐことができます。

たとえば、

「夜に爪を切るとよくない」

という話を知っている人が、実際に夜に爪を切って悪い出来事を経験したとは限りません。

親や祖父母から聞いただけかもしれません。

1988年(昭和63年)、岡本淑人氏は大学生103人と、その父親または母親103人を対象に、42項目の迷信・格言に対する態度や実践などを調査しました。

その結果、

迷信に対する態度には親子間で密接な関連がみられ、家庭生活における迷信的な実践にも同様の関連が確認されました。

一方、格言については同じ親子関係は確認されませんでした。

ただし、この研究から、

「親の迷信が、そのまま子どもへ伝染した」

と因果関係まで断定することはできません。

親子は同じ家庭環境や文化を共有しています。

それでも、

人間の迷信を考えるには、個人の経験だけでなく、家庭や文化の中で何が伝えられているのかを見る必要がある

ことを示す興味深い結果です。

ここまで来ると、最初に見た鳩の実験から、ずいぶん遠くまで来たように感じるかもしれません。

しかし、話は一本につながっています。

スキナーは、

「結果とは本当には関係のない行動が、なぜ繰り返されることがあるのか」

という入口を作りました。

そこから研究は、

動物に自然に現れる行動、

人間の学習、

直観、

不安、

統制感、

言葉、

家庭、

文化へと広がっていきました。

だから、人間の迷信を

「鳩とまったく同じ」

と考えるのも、

「鳩の研究だから人間とは何の関係もない」

と考えるのも、どちらも単純すぎるのです。

迷信を理解するには、

「どうやって覚えたのか」

だけではなく、

「なぜ続けたくなるのか」

まで考える必要があります。

では、お守りやスポーツ選手のジンクスも、すべてやめたほうがよいのでしょうか。

実は、ここでも答えは単純な○か×ではありません。

次は、

スポーツのジンクス、お守り、試合前のルーティンには心理学的にどのような意味があるのか

を、実際の研究から見ていきましょう。

11.スポーツ・お守り・ルーティン――迷信には役立つ面もある?

ここまで迷信について学んでくると、一つ気になることがあります。

スポーツ選手が試合前に行う決まった動作や、お守りを持つことも、すべて「根拠のない迷信」なのでしょうか。

答えは、そう単純ではありません。

まず大切なのは、

ルーティン=迷信ではない

ということです。

スポーツ心理学では、

pre-performance routine(プリパフォーマンス・ルーティン/競技前ルーティン)

という考え方があります。

これは、競技や動作を行う前に体系的に行う、その課題に関係した思考や行動のまとまりです。

たとえば、

ストレッチをする。

呼吸を整える。

フォームを確認する。

作戦を思い出す。

決まった手順でウォーミングアップをする。

こうした行動には、身体や注意を競技へ向けるという役割があります。

実際、2021年(令和3年)に公表されたメタ分析では、こうした競技前ルーティンについて112の効果量が分析され、スポーツ成績を助ける可能性が報告されています。

一方で、

「この靴下を履けば勝てる」

「この順番で靴を履かなければ負ける」

という場合は少し違います。

靴下そのものが試合結果を変えるという因果関係が確認されていないのに、勝敗と結びつけているからです。

つまり大切なのは、

「毎回同じことをしているか」ではなく、「その行動には実際にどんな働きがあるのか」

を見ることなのです。

スポーツと迷信の関係は、心理学でも長く研究されています。

2016年(平成28年)にはスポーツにおける迷信行動についての最初の文献レビューが発表され、競技の種類や競技レベル、試合の重要性、不確実さ、文化など、さまざまな要因との関係が整理されました。

さらに2026年(令和8年)の系統的レビューでは、27研究が検討されました。

スポーツにおける迷信や儀式的行動は幅広く報告されており、不安や状況をコントロールしているという感覚などとの関係も研究されています。

ただし、ここには重要な注意があります。

27研究のうち、

26研究は観察研究で、実験研究は1研究だけでした。

つまり、

「迷信をする選手がいる」

「迷信と不安などに関連がみられる」

ということは分かっても、

「迷信を行えば競技成績が上がる」

と原因と結果まで証明されたわけではありません。

では、お守りやラッキーアイテムには、まったく意味がないのでしょうか。

この疑問で有名なのが、2010年(平成22年)にLysann Damisch(リザン・ダーミッシュ)らが発表した研究です。

4つの実験で、

幸運を願う言葉や行動を使う、

「ラッキー」とされた物を使う、

自分のお守りをそばに置く、

といった条件が調べられました。

その結果、ゴルフ、運動技能、記憶、アナグラム課題などで成績が高くなったと報告されました。

研究者たちは、その理由の一つとして、

self-efficacy(セルフ・エフィカシー/自己効力感)

に注目しました。

これは簡単にいうと、

「自分ならできそうだ」と感じること

です。

ラッキーアイテムがあることで自信が高まり、粘り強く課題へ取り組み、それが成績につながった可能性が考えられました。

ただし――。

ここで、

「科学がお守りの効果を証明した!」

と考えるのは正しくありません。

2014年(平成26年)には、2010年の「ラッキーゴルフボール」の実験について、より大きな人数を用いた2回の追試が行われました。

その結果、

「これは幸運のボールです」

と伝えられた人たちと、それ以外の人たちの成績はほぼ同じで、元の効果は再現されませんでした。

さらに2024年(令和6年)に発表された2つの実験でも、「幸運」と結びつける教示によって運動成績や運動学習が改善するという結果は確認されませんでした。

ですから現在の研究を踏まえるなら、

「お守りを持てば成績が上がることが証明されている」

とは言えません。

より正確には、

お守りや迷信的な行動が、自信や安心感などを通して行動に影響する可能性は研究されているものの、実際に成績を高める効果については研究結果が一致していない

と考えるのがよいでしょう。

では、私たちはジンクスやお守りと、どう付き合えばよいのでしょうか。

一つの考え方は、

「結果を変える魔法」ではなく、「自分を整える合図」として使うこと

です。

たとえば、

「赤い靴下を履けば勝てる」

ではなく、

「赤い靴下を履いたら、深呼吸して作戦を確認する」

と考える。

「このお守りが試験に合格させてくれる」

ではなく、

「このお守りを見たら、焦らず問題文を最後まで読む」

と思い出す。

そうすれば、結果をお守りに任せるのではなく、

自分で変えられる行動へ意識を戻すための目印

として使えます。

もちろん、お守りを持ったり、自分だけのジンクスを楽しんだりすること自体を、心理学が「悪い」と決めるわけではありません。

ただ、

「これがないと絶対に失敗する」

「この儀式ができないと何もできない」

というほど頼り、かえって不安が強くなったり、本当に必要な準備をしなくなったりするなら注意が必要です。

迷信とうまく付き合うポイントは、

「これが結果を変えているのか」

と、

「これによって自分の気持ちが整っているのか」

を分けて考えることです。

お気に入りの靴下そのものがゴールを決めてくれるわけではありません。

でも、それを見て、

「いつもどおり準備しよう」

と思えることはあります。

迷信を「勝たせてくれる魔法」ではなく、「自分の力を出す準備へ戻る合図」として考える。

そうすると、お守りやジンクスとの付き合い方も、少し違って見えてくるのではないでしょうか。

12.おまけコラム

迷信は社会まで動かす?「丙午」に残された不思議な記録

ここまで、鳩の行動から始まり、人間のおまじない、ジンクス、不安、お守り、スポーツのルーティンまで見てきました。

その多くは、一人ひとりの心や行動についての話でした。

では、同じ迷信を社会の多くの人が知り、それを意識して行動を変えたらどうなるのでしょうか。

日本には、その影響が人口統計にまで残った興味深い例があります。

それが、

丙午(ひのえうま)

です。

丙午は、十干と十二支を組み合わせた干支の一つで、60年に一度めぐってきます。

2026年(令和8年)も丙午の年です。

日本では江戸時代以降、

「丙午生まれの女性は気性が激しい」
「結婚すると夫に不幸をもたらす」

といった、科学的な根拠のない俗信が広まりました。

もちろん、生まれた年によって性格や結婚生活が決まるという科学的根拠はありません。

ところが、

迷信そのものが事実でなくても、それを多くの人が信じたり意識したりすれば、人の行動には影響を与えることがあります。

前回の丙午だった1966年(昭和41年)。

厚生労働省の人口動態統計では、出生数は

1,360,974人

でした。

前年の1965年(昭和40年)は1,823,697人。

翌1967年(昭和42年)は1,935,647人です。

1966年だけ、大きく落ち込んでいることが分かります。日本心理学会でも、1966年の出生数は前後の年より約3割少なかったと紹介されています。

※厚生労働省のこの時系列では、1972年以前の数値に沖縄県は含まれていません。

では、

「昔の人が迷信を信じて、子どもを産まなかったから」

と説明すれば終わりなのでしょうか。

実は、それほど単純ではありません。

根拠のない話が、本当に不利益を生んでしまう

丙午の話には、心理学的にも興味深いところがあります。

「丙午生まれの女性は結婚で不利になる」

という俗信が社会に広まる。

すると実際に、

「丙午生まれの女性との結婚は避けよう」

と考える人が現れる。

その結果、本当に丙午生まれの女性が婚姻上の不利益を受ける。

日本心理学会で吉川徹教授は、このような

「俗信が広まり、その俗信によって現実の不利益まで生じる」

過程を、

self-fulfilling prophecy(セルフ・フルフィリング・プロフェシー/予言の自己成就)

の例として説明しています。

ここで大切なのは、

「予言が不思議な力で当たった」のではない

ということです。

人々がその予言を知り、それに合わせて行動を変えたことで、予言に似た現実が作られてしまったのです。

迷信そのものに力がなくても、

迷信を知った人間の行動には、現実を変える力があります。

では、1966年の出生数は「迷信だけ」で減ったのでしょうか?

ここも慎重に考える必要があります。

日本心理学会『心理学ワールド』で大阪大学の吉川徹教授は、1966年(昭和41年)の大きな出生減を、昔ながらの迷信だけでは説明していません。

当時の日本では、

子どもの人数を計画することや、

出産の間隔を空けること、

避妊によって妊娠・出産時期を調整することなど、

家族計画が以前より広まっていました。

そこへ、

「1966年は丙午になる」

という社会的な話題が重なりました。

吉川教授は、とくに第二子の出生時期をずらすための避妊など、当時広がっていた家族計画上の選択が、大きな出生減につながったと分析しています。

つまり、

昔からの迷信

と、

近代的な家族計画

という、一見すると正反対にも見えるものが組み合わさったのです。

これはとても興味深いところです。

「科学や技術が発達すれば、迷信の影響は自動的になくなる」

とは限りません。

場合によっては、新しく使えるようになった技術が、社会に存在する迷信へ対応するために使われることさえあります。

そして2026年(令和8年)。

60年ぶりに、再び丙午がめぐってきました。

では、

「今年も1966年のように出生数が大きく減るのでしょうか?」

現段階で、そう断定することはできません。

2026年(令和8年)の年間出生数は、この記事の執筆時点ではまだ確定していないからです。

また、日本心理学会に2026年(令和8年)1月に掲載された吉川教授の解説では、1966年当時のような大きな丙午をめぐる言説のブームは、その時点ではほとんど起きていないとされています。

同じ「丙午」でも、

社会の価値観、

家族のあり方、

情報の伝わり方、

人々が利用できる選択肢が違えば、

同じ結果になるとは限りません。

ここまで考えると、迷信というものが少し違って見えてきます。

一人が、

「この靴下を履くと勝てる」

と思うなら、個人の小さなジンクスです。

しかし、

多くの人が同じ話を知り、

家族がそれを気にし、

社会で語られ、

その話を前提として人々が行動を変えると、

影響は、

個人の考え

家族の判断

社会の行動

人口統計

にまで広がることがあります。

1966年(昭和41年)の丙午が教えてくれるのは、

「迷信に本当に不思議な力がある」ということではありません。

むしろ、

根拠のない考えであっても、人間がそれを現実のものとして扱えば、その行動を通して本当の社会的影響が生まれることがある

ということです。

一羽の鳩から始まった迷信行動の話。

そこから視野を広げていくと、

最後には、

「人は何を信じ、その信念によって社会をどう変えてしまうのか」

という、とても大きな問いにつながっていきます。

迷信を研究することは、単に「おまじないの謎」を解くことではありません。

人間が世界に意味を与え、その意味を共有し、ときには現実の社会まで動かしていく仕組みを考えることでもあるのです。

13.まとめ・考察

迷信を知ると、人間の「学ぶ心」が見えてくる

ここまで、心理学における迷信行動について詳しく見てきました。

始まりは、

「このペンを使った日は、なぜかテストの点数がいい」

という、とても身近な疑問でした。

そこからB. F. Skinner(ビー・エフ・スキナー)の鳩の研究へ進み、オペラント条件づけ、偶発的強化、その後の再検討、人間の迷信行動、不安や統制感、文化、スポーツ、お守り、さらには丙午という社会現象にまで話が広がりました。

こうして振り返ると、迷信は単なる「おまじないの話」ではないことが分かります。

その奥には、

人間や動物が、経験からどのように学ぶのか。

私たちは、どうやって「原因」を見つけているのか。

という、心理学のとても大きなテーマが隠れていました。

迷信について考えるとき、覚えておきたい大切なことがあります。

それは、

「一緒に起きたこと」と「そのせいで起きたこと」は同じではない

ということです。

お気に入りの服を着て試合に勝った。

これは実際に起こったことです。

しかし、

「お気に入りの服を着たから勝った」

となると、そこには新しく「原因」という解釈が加わっています。

私たちの心は、この二つをときどき結びつけます。

けれど、これは単純に「人間は間違える生き物だから」というだけの話ではないのかもしれません。

私たちは毎日、

「なぜこうなったのだろう?」

と考えながら生きています。

勉強方法を変えたら点数が上がった。

練習方法を変えたら上達した。

早く寝たら次の日の調子がよかった。

失敗した方法をやめたら、うまくいくようになった。

こうして原因と結果を見つける力があるからこそ、私たちは経験から学び、次の行動を変えることができます。

つまり、

「出来事と出来事を結びつける力」そのものは、私たちにとって非常に大切な能力です。

ただ、その優秀な「つながり発見装置」が、ときどき偶然まで拾ってしまう。

そう考えると、迷信とは人間の知性とは反対側にあるものではなく、

「学ぼうとする力」のすぐ隣に生まれる現象

とも考えられるのではないでしょうか。

少しユニークな言い方をするなら、

私たちの心は、

世界の中から「点」と「点」を見つけ、そこに線を引く名人

なのかもしれません。

本当に線があるときもあります。

でも、ときには線がないところにも、

「ここ、つながっているんじゃない?」

と線を引いてしまう。

迷信行動を知るということは、

「線を引くな」

と自分に言い聞かせることではありません。

むしろ、

「この線は、本当にそこにあるのかな?」

と、もう一度確かめる習慣を持つことなのだと思います。

あなたにも、こんなものはないでしょうか。

大切な日に選びたくなる服。

試験で使いたくなるペン。

勝負の日に聴きたくなる曲。

なぜか避けたくなる数字。

持っていないと少し落ち着かないお守り。

順番を変えると、なんとなく調子が狂うように感じる行動。

もし見つかったら、

すぐに、

「こんなことをしている自分はおかしい」

と否定する必要はありません。

少しだけ立ち止まって、

「これは、本当に結果を変えているのかな?」

と考えてみてください。

そしてもう一つ、

「それとも、これは自分の気持ちを整えるために役立っているのかな?」

と考えてみます。

この二つを分けるだけでも、迷信との付き合い方はかなり変わります。

たとえば、

「このペンを使わないとテストで失敗する」

ではなく、

「このペンを見ると、いつも勉強してきたことを思い出して落ち着く」

と考える。

「この靴下が試合に勝たせてくれる」

ではなく、

「この靴下を履いたら、いつもの準備を始めよう」

と考える。

おまじないそのものに未来を任せるのではなく、

自分ができる行動へ戻ってくるための合図

として使うこともできます。

反対に、

「これがないと絶対に失敗する」

「この行動をしないと悪いことが起こる」

と強く思うようになり、それによって必要以上に不安になったり、大切な判断まで左右されたりするなら、一度距離を置いて考えてみることも必要でしょう。

迷信とうまく付き合うために大切なのは、

信じるか、信じないかの二択だけではありません。

「何が事実なのか」

「何が自分の解釈なのか」

「自分で変えられることは何なのか」

を分けて考えることです。

そして今回、スキナーの1948年(昭和23年)の研究から、その後の再検討まで見てきたことで、もう一つ大切なことが見えてきました。

それは、

心理学そのものも、最初から完璧な答えを持っているわけではない

ということです。

有名な心理学者が説明した。

だから、それが永遠の正解。

――ではありません。

研究者が仮説を出す。

別の研究者が確かめる。

うまく説明できないことが見つかる。

別の説明が考えられる。

さらに研究が進む。

科学は、その繰り返しです。

だから心理学を学ぶ楽しさは、

「正解を一つ覚えること」

だけではありません。

「今はどこまで分かっていて、どこから先はまだ分からないのか」を知ること

にもあります。

一羽の鳩がぐるぐる回った。

そこから始まった小さな疑問を追いかけていくと、

学習、

行動、

不安、

直観、

文化、

スポーツ、

そして社会全体の行動にまで話が広がりました。

それだけ、私たちが何かを「信じる」ということは奥深いのです。

あなたにも、

「関係ないと分かっているのに、なぜか続けていること」

はありませんか?

もしあるなら、今日から少しだけ観察してみてください。

それは、いつ始まったのでしょう。

最初に何が起きたのでしょう。

本当にその行動が結果を変えているのでしょうか。

それとも、その行動があることで少し安心できているのでしょうか。

自分自身を観察してみると、いつもの生活の中にも心理学が見つかります。

迷信を知ることは、

「迷信にだまされないため」だけではありません。

自分がどのように世界を理解し、どのように原因を見つけ、どのように次の行動を決めているのかを知ること。

そこに、迷信行動を心理学から学ぶ本当のおもしろさがあるのではないでしょうか。

さて。

あなたの身の回りにある「自分だけのおまじない」。

それは本当に結果を変える魔法でしょうか。

それとも、

あなた自身の心を少しだけ動かしている、小さな心理学なのでしょうか。

14.疑問が解決した物語

「大丈夫。成功させるのはハンカチじゃない」

あの日、青いハンカチが見つからず、

「今日、大丈夫かな……」

と不安になった美咲さん。

けれど、迷信行動について知った今は、少しだけ見方が変わっていました。

青いハンカチを持っていた日に、プレゼンが成功した。

それは本当にあった出来事です。

でも、

「青いハンカチを持っていたから、プレゼンが成功した」

とまでは言えません。

「一緒に起きたこと」と、

「そのせいで起きたこと」は違う。

美咲さんは、そのことを思い出しました。

プレゼンが成功した本当の理由を、もう一度考えてみます。

何日もかけて資料を作ったこと。

何度も声に出して練習したこと。

質問されそうな内容を事前に確認したこと。

そして、本番でも相手に伝わるように一生懸命話したこと。

「そうか……」

美咲さんは、少し笑いました。

「ハンカチが成功させてくれていたんじゃないんだ」

もちろん、それでも青いハンカチが嫌いになったわけではありません。

むしろ、今まで大切な日に一緒にいてくれたものとして、少し愛着があります。

そこで美咲さんは、青いハンカチを捨てるのではなく、使い方を変えることにしました。

「これを持っていれば成功する」

ではなく、

「これを見たら、深呼吸して、準備してきたことを思い出そう」

と決めたのです。

青いハンカチは、

成功を運んでくれる「魔法の道具」から、

自分を落ち着かせるための合図

に変わりました。

そして、次のプレゼンの日。

美咲さんは、いつもの青いハンカチを鞄に入れて会社へ向かいました。

会議室の前で少し緊張したとき、ハンカチを見て一度ゆっくり息を吐きます。

「大丈夫。私はちゃんと準備してきた」

そう自分に言い聞かせました。

ところが数か月後。

また大切なプレゼンの日がやってきた朝のことです。

美咲さんは、青いハンカチを家に忘れてきたことに気づきました。

以前なら、

「今日は失敗するかもしれない」

と不安になっていたかもしれません。

でも今回は違いました。

少しだけ残念には感じました。

けれど、

「ハンカチがなくても、やることは同じだよね」

と考えます。

深呼吸する。

資料を確認する。

相手の顔を見る。

ゆっくり話す。

自分でできることに意識を戻しました。

そしてプレゼンは、無事に終わりました。

帰り道、美咲さんはふと思います。

「私が欲しかったのは、ハンカチの力じゃなくて、“大丈夫”と思えるきっかけだったのかもしれないな」

迷信について知ることは、

お守りやジンクスを全部捨てることではありません。

大切なのは、

「これは本当に結果を変えているのか」

と、

「これは自分の気持ちを整えるために役立っているのか」

を分けて考えることです。

そして、結果を「運」だけに任せるのではなく、

自分で変えられる行動へ戻ってくること。

美咲さんにとって、青いハンカチはもう、

「持っていないと失敗するもの」

ではありません。

「自分なら大丈夫」と思い出すための、小さな目印

になったのです。

もしかすると、あなたにも美咲さんの青いハンカチのようなものがあるかもしれません。

お気に入りの服。

いつも使うペン。

大切なお守り。

試合前に聴く曲。

決まった順番で行うこと。

それを、すぐに「迷信だから意味がない」と捨てる必要はありません。

一度だけ、こう問いかけてみてください。

「これは結果を変える魔法だと思っているのか。それとも、自分を整えるための合図として使っているのか?」

その答えが分かれば、

迷信に振り回されるのではなく、

迷信を知ったうえで、自分らしく付き合っていく方法

が見えてくるかもしれません。

15. 文章の締めとして

私たちは、毎日の中でたくさんの出来事に出会います。

うまくいった日。

なぜか不安だった日。

偶然とは思えないほど、何かが重なった日。

そんな出来事に意味を見つけたくなるのは、とても人間らしいことなのかもしれません。

大切なのは、信じることをすぐに否定することでも、何でもそのまま信じることでもありません。

「どうして自分は、そう感じたのだろう?」

と少しだけ立ち止まり、自分の心の動きを見つめてみることです。

その小さな疑問から、いつもの景色の中にも心理学が見えてきます。

補足注意

この記事は、心理学の情報を確認し、作者が個人で調べられる範囲でまとめたものです。

迷信行動については、学習、認知、不安、統制感、文化など、さまざまな視点から研究が続けられています。

そのため、この記事で紹介した考え方が唯一の答えというわけではありません。

また、心理学の研究は、新しい実験や再検討によって、それまでの説明が修正されたり、新しい見方が加わったりすることがあります。

今後の研究によって、迷信行動についても新たな発見や、より詳しい説明が示される可能性があります。

🧭 本記事のスタンス

この記事は、「これが唯一の正解」と決めるためのものではなく、心理学のおもしろさに触れ、自分でも「本当にそうなのだろうか?」と興味を持って調べてみるための入り口として書いています。

一つの説明だけで決めつけず、異なる研究や考え方にも目を向けながら、さまざまな視点を大切にしていただければ幸いです。

迷信を知って、確信を急がず、「本当にそうなの?」という好奇心を次の文献へ――“たまたま”の先にある心理をたどりながら、ここからさらに学びを深めてみてください。

最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。

迷信行動は、私たちが偶然の中にも意味を探しながら、世界を理解しようとして生きていることを教えてくれているのかもしれません。

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