マーティン・セリグマンとは?――「人はなぜ諦めるのか」を追った学習性無力感の心理学者

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学習性無力感を調べると、なぜマーティン・セリグマンの名前が出てくるのか。初期研究から人間の無力感、抑うつ、説明スタイル、楽観性、そして50年後の理論再検討まで、セリグマンという心理学者の研究人生をたどります。

マーティン・セリグマンとは?――学習性無力感を追い続けた心理学者

代表例

心理学について調べていると、ある名前を何度も目にすることがあります。

マーティン・E・P・セリグマン(Martin E. P. Seligman)

です。

特に、

「どうせ何をしても無駄だと思ってしまうのはなぜ?」

「学習性無力感とは何だろう?」

と調べていくと、セリグマンの名前が出てくることがあります。

では、この人物はいったい何をした心理学者なのでしょうか。

学習性無力感を「発見した人」なのでしょうか。

なぜ1960年代の研究から、現在まで名前が残っているのでしょうか。

そして、なぜ後には楽観性やポジティブ心理学まで研究するようになったのでしょうか。

この記事では、学習性無力感そのものを中心に説明するのではなく、

「学習性無力感を調べると出てくる、マーティン・セリグマンとは何者なのか?」

という疑問を入り口に、この心理学者の研究人生を追いかけていきます。

5秒で分かる結論

マーティン・セリグマンは、

学習性無力感の初期研究に深く関わり、その後、人間の無力感、抑うつ、原因帰属、楽観性、ポジティブ心理学へと研究を広げたアメリカの心理学者

です。

重要なのは、

「学習性無力感を一人で発見した人物」

という単純な紹介ではありません。

J・ブルース・オーヴァーマイヤーやスティーヴン・F・マイヤーをはじめ、多くの研究者とともに研究を発展させ、約50年後には初期理論そのものも見直しました。

つまりセリグマンは、

一つの心理学理論で有名になった人というより、その問いを長い年月にわたって追い続けた研究者

なのです。

小学生にもスッキリ分かるように

セリグマンが有名になった研究を、とても簡単に言うと、

「何をしても変わらない経験をすると、そのあと行動はどうなるのだろう?」

という疑問を調べた研究です。

たとえば、

何度頑張っても結果が変わらなかったら、

「もうやっても無駄かも」

と思うことがあります。

セリグマンたちは、こうした問題につながる現象を動物実験から研究しました。

そして、その研究から広く知られるようになった言葉の一つが、

learned helplessness(ラーンド・ヘルプレスネス/学習性無力感)

です。

ただし、この記事で主役にしたいのは、この言葉そのものではありません。

「なぜ、この現象を研究するようになったのか」

「そこから何を考えたのか」

「その後、研究はどこへ向かったのか」

という、マーティン・セリグマンという人物です。

1.学習性無力感を調べると、なぜセリグマンの名前が出てくるのか?

学習性無力感について調べると、

マーティン・セリグマン(Martin Seligman

という名前が、重要人物として紹介されることがあります。

では、なぜなのでしょうか。

その理由は、セリグマンが1960年代から、この現象につながる初期研究に深く関わっていたからです。

1967年(昭和42年)には、J・ブルース・オーヴァーマイヤーとの研究、そしてスティーヴン・F・マイヤーとの研究が発表されました。

そこで扱われたのは、

「以前、自分では状況を変えられなかった経験が、その後の行動にどう影響するのか」

という問題でした。

しかし、ここで一つ注意したいことがあります。

学習性無力感は、

「セリグマンが一人で発見し、完成させた理論」

ではありません。

研究には多くの共同研究者が関わり、その後も理論は修正され続けました。

それでもセリグマンの名前が重要なのは、

初期研究に関わっただけでなく、

動物から人間へ、

無力感から抑うつへ、

原因帰属や説明スタイルへ、

さらに楽観性へと、

問いそのものを長い期間にわたって広げていった人物だからです。

そして約50年後には、初期研究をともに行ったマイヤーと、

「自分たちの最初の説明は本当に正しかったのか」

と考え直しています。

そう考えると、セリグマンという人物には少し興味が湧いてきませんか。

有名な理論を作った心理学者。

それだけではなさそうです。

2.疑問が浮かんだ物語

「このセリグマンという人は、何を考えていたんだろう?」

小学6年生のソウタは、サッカーが大好きです。

試合に出るために、

走る練習をする。

シュートを練習する。

守備を覚える。

いろいろ試しました。

しかし、なかなか試合には選ばれません。

そのうちソウタは、

「何をしても変わらない」

と思うようになり、練習も減っていきました。

ところが、ある日コーチが代わります。

新しいコーチは、

「今週の練習を見て、次のメンバーを決めるよ」

と言いました。

以前とは状況が違います。

それでもソウタは、

「どうせ僕は選ばれないよ」

と思っています。

ここで、

「なぜ?」

と思いませんか。

今は以前と違うのに、どうしてソウタの考えはすぐには変わらないのでしょう。

こうした疑問につながる現象を研究した人物の一人が、マーティン・セリグマンでした。

もちろん、この物語だけを見て、

「ソウタは学習性無力感だ」

と判断することはできません。

これは研究を日常の例に置き換えて考えるための物語です。

しかし、

「状況が変わったのに、なぜ以前の経験がその後の行動に残るのだろう?」

という疑問は、セリグマンたちが研究した問題と重なります。

では、若いセリグマンは、

なぜこの問題を研究することになったのでしょうか。

どんな実験を行い、

そこから何を考え、

なぜその後、研究の方向を変えていったのでしょうか。

「学習性無力感」という言葉だけを知るより、

その問いを追った研究者を知ることで、研究そのものが少し違って見えてきます。

3.すぐに分かる結論

マーティン・セリグマンは、どんな心理学者だったのか?

ここで、この記事全体の答えを先に簡単にまとめておきましょう。

マーティン・セリグマンは、

「人や動物は、なぜ行動しなくなるのか」

という問題につながる研究から出発した心理学者です。

1960年代の初期研究では、オーヴァーマイヤーやマイヤーらとともに、

単に嫌な経験をしたかどうかではなく、

「自分の行動によって、その結果を変えられたか」

という違いに注目していきました。

この問題は後に、

controllability(コントローラビリティ/統制可能性)

として、学習性無力感研究の重要なテーマになります。

しかし、セリグマンの研究人生はここで終わりません。

「人間ではどうなるのか」

「抑うつと関係するのか」

「同じ出来事でも、なぜ人によって反応が違うのか」

「出来事の原因をどう説明するか」

「楽観性とは何か」

と、次々に新しい問いへ進んでいきました。

そして2016年(平成28年)には、スティーヴン・F・マイヤーとともに、主として長年の動物神経科学研究をもとに、

自分たちが1960年代に考えた学習性無力感の仕組みそのものを再検討しました。

つまりセリグマンという人物を知ることは、

ただ、

「学習性無力感を研究した有名な心理学者」

と名前を覚えることではありません。

一つの疑問から研究を始め、

答えが足りなければ理論を修正し、

研究対象を広げ、

約50年後には自分たちの答えさえ問い直した。

そんな心理学者の研究人生を知ることなのです。

では、マーティン・E・P・セリグマンとは、そもそもどのような人物だったのでしょうか。

どこで生まれ、

何を学び、

どのように心理学の世界へ入り、

学習性無力感という研究へたどり着いたのでしょう。

ここからは、

マーティン・セリグマンという心理学者そのもの

を、もう少し詳しく見ていきましょう。

4.マーティン・セリグマンとは何者なのか

ここまで、学習性無力感とはどのような現象なのかを、身近な例から見てきました。

では、その学習性無力感を研究したマーティン・セリグマンとは、そもそもどのような心理学者なのでしょうか。

最初に押さえておきたいのは、セリグマンが重要なのは、単に「学習性無力感で有名な心理学者」だからではないということです。

セリグマンは1960年代の初期研究から、その考えを人間の無力感や抑うつへ広げる研究、さらにその後の楽観性やポジティブ心理学の研究まで、長い期間にわたって研究を発展させてきました。

そして約50年後には、初期研究をともに行ったスティーヴン・F・マイヤーとともに、新しい神経科学の成果から自分たちが最初に考えた学習性無力感の説明そのものを再検討しています。

つまりセリグマンは、

学習性無力感という考えの成立に関わっただけでなく、その後の発展と見直しにも長く関わった心理学者

なのです。

マーティン・E・P・セリグマン(Martin E. P. Seligman/マーティン・イー・ピー・セリグマン)は、1942年(昭和17年)8月12日、アメリカ・ニューヨーク州オールバニーに生まれました。

1964年(昭和39年)、プリンストン大学を哲学専攻で卒業しています。大学が公開している本人の経歴書によれば、成績優秀者に与えられる「スンマ・クム・ラウデ」で卒業し、A.B.(エー・ビー)の学位を取得しました。

その後、ペンシルベニア大学大学院へ進み、1967年(昭和42年)に心理学のPh.D.(ピーエイチディー・博士号)を取得しています。

心理学者として知られている人物が、大学ではもともと哲学を学んでいたというのは興味深い経歴です。

ただし、

「哲学を学んだから学習性無力感を研究するようになった」

とまで考えるのは慎重であるべきでしょう。

確認できる事実として重要なのは、哲学を学んだ青年が、その後ペンシルベニア大学で心理学へ進み、実験によって動物や人間の行動を研究する心理学者になったということです。

博士号を取得した後、セリグマンはコーネル大学で助教授として研究・教育に携わり、その後ペンシルベニア大学へ戻りました。現在、ペンシルベニア大学ではゼラーバック・ファミリー心理学教授を務めるとともに、ポジティブ心理学センターのディレクターを務めています。大学の公式プロフィールでは、研究分野としてポジティブ心理学、楽観性、学習性無力感、抑うつ、主体性などが挙げられています。

1998年(平成10年)には、アメリカ心理学会――American Psychological Association(アメリカン・サイコロジカル・アソシエーション、APA)――の会長も務めました。APA自身の資料でも、セリグマンは1998年の会長として確認できます。

その後は、Positive Psychology(ポジティブ・サイコロジー/ポジティブ心理学)を推進した中心人物として世界的に知られるようになります。

しかし、今回の記事で詳しく追いかけたいのは、セリグマンの業績すべてではありません。

大切なのは、

「なぜマーティン・セリグマンは、学習性無力感を語るうえでこれほど重要なのか?」

という点です。

その答えを理解するためには、セリグマンがまだ若い大学院生だった1960年代まで戻る必要があります。

1964年(昭和39年)、セリグマンとスティーヴン・F・マイヤー(Steven F. Maier/スティーヴン・エフ・マイヤー)は、ペンシルベニア大学の大学院生として心理学研究の世界に入りました。

二人が後に振り返ったところによると、当時の研究の中で目の前に現れたのは、非常に不思議な行動でした。

犬が事前に自分では逃れることのできない嫌悪刺激を経験すると、その後、別の場所に移されて今度は逃げられる状況になっても、うまく逃げることを学ばない場合があったのです。

「逃げられるのに、なぜ逃げないのか?」

セリグマンたちは、この現象そのものを理解しようと考えました。

2016年(平成28年)、セリグマンとマイヤーは約50年間の研究を振り返った論文の中で、1964年(昭和39年)に大学院へ入ったころ、自分たちはこの「逃げることの大きな失敗」を重要な現象だと考え、その理由を理解しようと研究を始めたと振り返っています。

ここで、とても大切なことがあります。

学習性無力感は、

「セリグマンが最初に理論を思いつき、それを犬の実験で証明した」

という単純な物語ではありません。

まず、研究者の予想だけでは十分に説明できない行動が観察されました。

そこから、

「なぜ、このようなことが起こるのだろう?」

という疑問が生まれ、実験によって原因を切り分け、その結果から理論が作られていったのです。

さらに、この研究はセリグマン一人だけによって行われたものでもありません。

1967年(昭和42年)2月には、J・ブルース・オーヴァーマイヤー(J. Bruce Overmier/ジェイ・ブルース・オーヴァーマイヤー)とセリグマンによる研究が発表されました。

そこでは、事前に逃れることのできない電気刺激を経験した犬で、その後の逃避・回避学習が妨げられることが報告されています。APAの心理学辞典も、学習性無力感につながる現象が1967年(昭和42年)にオーヴァーマイヤーとセリグマンによって報告されたと紹介しています。

そして同じ1967年(昭和42年)5月には、セリグマンとマイヤーによる「Failure to Escape Traumatic Shock(フェイリャー・トゥ・エスケープ・トラウマティック・ショック)」という研究が発表されました。

この一連の研究から、後に学習性無力感研究の中心となる非常に重要な問題が浮かび上がります。

それは、

「つらい刺激を受けたこと」そのものと、「その刺激を自分の行動では変えられなかったこと」は同じではない

ということです。

セリグマンとマイヤーが注目したのは、

自分の行動によって、起こっている結果を変えられるかどうか

でした。

たとえば、ある行動をすれば嫌な刺激を止められるのであれば、

「自分の行動」と「その後に起こる結果」

の間にはつながりがあります。

反対に、何をしても結果が同じであれば、自分の行動によって状況をコントロールすることができません。

後の研究では、この違いがcontrollability(コントローラビリティ/統制可能性)という重要な問題として研究されていきます。

三つの条件――自分で刺激を止められる条件、自分では止められない条件、刺激を受けない条件――などを比較する研究によって、後に現れる行動上の違いは、単純に「嫌な刺激を経験したから」だけでは説明できず、その刺激をコントロールできたかどうかが重要であることが検討されていきました。

1960年代のセリグマンとマイヤーは、この結果を認知的な考え方で説明しようとしました。

簡単に言えば、生き物が、

「自分が何をしても、結果には関係がない」

という関係を学習するのではないか、と考えたのです。

これは当時の心理学ではかなり大胆な考え方でした。

当時の学習心理学では、刺激と反応の結びつきを中心に説明する考えが強く、動物が「自分の行動と結果が関係していない」という関係そのものを捉え、将来について期待を形成すると考えることは、より認知的な説明だったからです。

セリグマンとマイヤー自身も、2016年(平成28年)の回顧論文で、この考えが1960年代としては「radical suggestion(ラディカル・サジェスチョン/大胆な提案)」だったと振り返っています。

つまり、セリグマンが研究していたのは、単なる、

「どうしてやる気がなくなるのか」

という問題だけではありませんでした。

もっと根本にあったのは、

「自分の行動には意味がある」と学ぶことと、「何をしても結果は変わらない」と経験することでは、その後の行動にどのような違いが生まれるのか?

という問いだったのです。

ここから、セリグマンの研究はさらに広がっていきます。

動物で見つかった現象は、人間にも当てはまるのだろうか。

無力感と抑うつには、どのような関係があるのだろうか。

同じような出来事を経験しても、なぜ長く無力感を抱く人と、そうではない人がいるのだろうか。

こうした疑問から、人間の学習性無力感、抑うつ、出来事の原因をどのように説明するかという「説明スタイル」、さらに楽観性・悲観性などへ研究が広がっていきました。ペンシルベニア大学の研究資料にも、学習性無力感から説明スタイルや楽観性へと続くセリグマンの多数の研究が残されています。

後には、人間の強みや幸福、よりよく生きるための条件を研究するポジティブ心理学を推進する中心人物となります。

ただし、

「学習性無力感を研究した結果、そのまま一直線にポジティブ心理学が生まれた」

と考えるのは単純化しすぎです。

セリグマンの研究は、長い年月の中で多くの共同研究者や研究テーマ、新しい理論から影響を受けながら変化しています。

それでも研究人生を大きく眺めると、

「なぜ生き物は無力になるのか」という研究から、「人はどのように希望や楽観性、よりよく生きる力を持つのか」という研究へ関心を広げていった心理学者

という流れを見ることができます。

そして、セリグマンを学習性無力感の重要人物として紹介するとき、もう一つ忘れてはいけないことがあります。

彼は、自分たちの最初の説明をそのまま守り続けたわけではありません。

2016年(平成28年)、マイヤーとセリグマンは、主として長年の動物神経科学研究をもとに、初期の学習性無力感理論を再検討しました。

1960年代には、

「コントロールできないことを学ぶことで、受動的になる」

と考えていました。

ところが約50年後、二人は、長く続く嫌悪刺激に対する受動性そのものは必ずしも学習されたものではなく、むしろ重要なのは、

「自分の行動で嫌な出来事をコントロールできる」と学習することではないか

という方向へ説明を大きく修正しました。

これは、

「学習性無力感という現象は間違いだった」

という意味ではありません。

観察されてきた現象を、なぜそれが起こるのかという仕組みの説明が、新しい証拠によって変わった

ということです。

そして、この点こそセリグマンという心理学者を理解するときに、とても興味深いところです。

研究史から見えてくるのは、

一度有名になった理論を完成品として扱うのではなく、新しい証拠が現れれば、その説明そのものをもう一度問い直してきた研究者の姿

です。

だからこそ、学習性無力感について深く知ろうとするとき、マーティン・セリグマンという人物を外すことはできません。

彼の研究を追いかけることは、

「人はなぜ諦めるのか?」

という問いが、心理学の中でどのように生まれ、研究され、そして変化していったのかを追いかけることでもあるのです。

では、1967年(昭和42年)の研究では、実際にどのような実験が行われたのでしょうか。

そして、本当に重要だったのは「嫌な刺激を受けたこと」だったのでしょうか。

それとも、

「自分の力では結果を変えられなかったこと」

だったのでしょうか。

次は、セリグマンたちが行った実験を詳しく見ながら、学習性無力感研究の核心である「コントロールできるか、できないか」という問題をもう一段深く見ていきましょう。

5.哲学を学んだ青年は、なぜ心理学へ進んだのか

マーティン・セリグマンは、最初から心理学だけを学んできた人物ではありません。

1964年(昭和39年)、セリグマンはプリンストン大学を哲学専攻で卒業し、その後ペンシルベニア大学大学院へ進んで、1967年(昭和42年)に心理学のPh.D.(ピーエイチディー/博士号)を取得しました。

では、哲学を学んでいた青年は、どうして実験心理学の世界へ進んだのでしょうか。

この点については、セリグマン自身が後年かなり具体的に振り返っています。

セリグマンはプリンストン大学へ進んだころから、心理学者あるいは精神科医になることを考えていました。しかし当時のプリンストンでは哲学、とりわけ心や科学について考える哲学に強くひかれ、哲学を専攻します。

大学で学ぶうちに関心を強めたのが、

「心についての説明は、どのように確かめればよいのか」

という問題でした。

セリグマンは後の著書で、ジークムント・フロイト(Sigmund Freud/ジークムント・フロイト)が投げかけた「人間の心はなぜこのように働くのか」という問いには魅力を感じながらも、少数の事例から大きな結論を導く方法には疑問を持つようになった、と振り返っています。

そして、心の問題の原因と結果を明らかにするには、実験によって確かめる必要があると考えるようになりました。大学卒業後に実験心理学の大学院へ進んだ背景には、こうした問題意識があったと本人が説明しています。

ここには、第4章で紹介した「哲学から心理学へ」という経歴より、もう一歩深いセリグマンの姿が見えてきます。

哲学では、

「人間とは何か」
「心とは何か」

という大きな問いを考えることができます。

しかしセリグマンが次に求めたのは、

「その説明は、本当に正しいのだろうか?」

と実験によって確かめる方法でした。

1964年(昭和39年)、セリグマンが進んだのが、ペンシルベニア大学のリチャード・L・ソロモン(Richard L. Solomon/リチャード・エル・ソロモン)の研究室です。

ソロモンは学習心理学の研究者で、統制された動物実験を通して、学習や恐怖などの基本的な仕組みを研究していました。セリグマン自身も、まさにそのような研究を行いたかったと後に記しています。

ところが、そこでセリグマンを待っていたのは、きれいに説明できる研究結果ではありませんでした。

むしろ逆です。

犬が、研究者たちの予想通りに行動しない。

この「うまく説明できない現象」が、のちの学習性無力感研究へつながっていくことになります。

そして、セリグマンのその後の研究人生を考えるうえでは、もう一人覚えておきたい人物がいます。

認知療法で知られる精神科医、アーロン・T・ベック(Aaron T. Beck/アーロン・ティー・ベック)です。

ペンシルベニア大学は、セリグマンがベックから影響を受けた人物の一人であると紹介しています。ベックは、抑うつなどを理解するとき、人が出来事をどのように考え、解釈するかに注目した研究者でした。

ただし、ベックの影響を学習性無力感研究の「始まり」と考えるのは正確ではありません。

その意味が大きくなってくるのは、セリグマンの研究が後に、動物の逃避行動から人間の抑うつやものごとの捉え方へ広がっていくときです。

哲学から実験心理学へ。

そして、理論から「実際に確かめる」研究へ。

そんな道を選んだセリグマンが、ペンシルベニア大学で最初に向き合うことになった大きな謎が、

「逃げられるはずなのに、なぜ逃げないのか?」

という現象だったのです。

6.1967年(昭和42年)「逃げられるのに逃げない」という奇妙な現象

学習性無力感の研究は、最初から、

「無力感という心理現象を証明しよう」

として始まったわけではありません。

1960年代前半、ソロモンの研究室では、犬を使って恐怖の条件づけがその後の逃避・回避学習にどのような影響を及ぼすのかが研究されていました。

ところが、研究者たちが困るほど奇妙なことが起こります。

事前に逃れられない刺激を経験した犬の一部が、後に逃げることができる装置へ移されても、うまく逃げようとしなかったのです。

2016年(平成28年)、セリグマンとスティーヴン・F・マイヤー(Steven F. Maier/スティーヴン・エフ・マイヤー)は当時を振り返り、自分たちが1964年(昭和39年)に大学院へ入ったとき、この「著しい逃避の失敗」こそ説明すべき現象だと考えた、と記しています。

その疑問を本格的に確かめた初期研究の一つが、1967年(昭和42年)2月にJ・ブルース・オーヴァーマイヤーとセリグマンが発表した、

Effects of Inescapable Shock upon Subsequent Escape and Avoidance Responding
(エフェクツ・オブ・イネスケイパブル・ショック・アポン・サブシークエント・エスケープ・アンド・アヴォイダンス・レスポンディング)

という論文です。

日本語にすれば、

「逃れることのできないショックが、その後の逃避・回避反応に及ぼす影響」

という意味になります。

研究の基本的な流れはこうです。

犬はまず、自分の行動では逃れることのできない電気刺激を経験します。

そして後に、今度は行動すれば刺激から逃れられるshuttle box(シャトル・ボックス/往復箱)へ移されました。

シャトル・ボックスは二つの区画に分かれていて、仕切りを越えて反対側へ移動することで刺激を終わらせたり、条件によっては避けたりできる装置です。

つまり、

最初の場面では――逃れられない。

次の場面では――逃れられる。

状況は変わっています。

ところが、事前に逃れられない刺激を経験していた犬では、その後の逃避・回避学習が大きく妨げられました。

1967年(昭和42年)の論文では、異なる条件でもこの妨害が繰り返し確認されています。

ここで研究者たちは、すぐに「無力感を学習したのだ」と決めつけたわけではありません。

別の説明も考えました。

たとえば、

「刺激に慣れて、逃げる必要を感じなくなっただけではないか」

という可能性です。

しかし後のテストで刺激を強くしても、逃避学習の妨害はなくなりませんでした。

また、

「最初の状況で、動かないという行動を覚えてしまっただけではないか」

という可能性も検討されましたが、それだけでも結果を十分には説明できませんでした。

もう一つ、初期研究について重要なことがあります。

この現象は、

「一度起こると永久に続く」

と示されたわけではありません。

オーヴァーマイヤーとセリグマンの1967年の研究では、時間がたつにつれて妨害効果が弱まり、48時間後には見かけ上正常な成績が示された条件もありました。

つまり、学習性無力感を、

「一度諦めたら、その後ずっと何もしなくなる現象」

と説明するのは正確ではありません。

何を経験したのか、その後どんな状況に置かれたのか、どれほど時間が経過したのかなどによって結果は変わります。

それでも、大きな謎は残りました。

なぜ、逃げられるようになったのに、逃避することをうまく学べなくなったのでしょうか。

「つらい電気刺激を受けたから」

だけなのでしょうか。

もしそうなら、同じような刺激を経験した動物は、同じような結果になるはずです。

セリグマンとマイヤーは、次の研究でこの点をさらに厳密に調べました。

そこで初めて、

「嫌な出来事を経験したこと」と「その出来事を自分でコントロールできなかったこと」は違う

という、学習性無力感研究の核心が見えてきます。

7.本当に重要だったのは「電気ショック」ではなかった

1967年(昭和42年)5月、セリグマンとマイヤーは、

Failure to Escape Traumatic Shock(フェイリャー・トゥ・エスケープ・トラウマティック・ショック)

という論文を発表しました。

この研究が重要なのは、

「嫌な刺激を受けたこと」と「その刺激を自分の行動では変えられなかったこと」を分けて調べた

点にあります。

そのために使われたのが、

triadic design(トライアディック・デザイン/三群デザイン)

と呼ばれる実験の考え方です。

1976年(昭和51年)にマイヤーとセリグマンがまとめたレビューによると、1967年の代表的な実験では、それぞれ8匹からなる三つの条件が比較されました。

一つ目は、自分の行動で刺激を止められる条件です。

犬は装置の中で刺激を受けますが、鼻でパネルを押すことで刺激を終了させることができました。

つまり、

「行動すれば、結果が変わる」

という経験です。

二つ目は、刺激は受けるものの、自分では止められない条件です。

こちらの犬が受ける刺激は、対応する一つ目の条件の犬と、回数・長さ・パターンが同じになるように設定されました。

しかし決定的な違いがあります。

どんな行動をしても、自分の行動によって刺激を終了させることができません。

このように他の個体と刺激条件を対応させながら、本人にはコントロールできなくする方法を、

yoked condition(ヨークト・コンディション/連結対照条件)

と呼びます。

三つ目は、事前に刺激を受けない対照条件です。

そして24時間後、すべての犬が今度は、仕切りを越えれば刺激から逃れることのできるシャトル・ボックスでテストされました。

結果は非常にはっきりしていました。

以前に自分で刺激を止められた犬と、事前に刺激を受けなかった犬は、比較的よく仕切りを越えて逃げることを学びました。

ところが、

同じような刺激を経験していても、自分では止められなかった犬

では、逃避反応が著しく遅れました。

1976年のレビューでは、この条件の8匹のうち6匹が、後半の試行でもほとんど逃避できなかったと整理されています。

ここが重要です。

自分で刺激を止められた犬も、止められなかった犬も、どちらも嫌な刺激を経験しています。

それなのに、その後の行動は同じではありませんでした。

大きな違いは、

「自分の行動で結果を変えられたか」

です。

この違いを、

controllability(コントローラビリティ/統制可能性)

といいます。

反対に、自分の行動によって結果を変えられないことは、

uncontrollability(アンコントローラビリティ/統制不能性)

と呼ばれます。

後の研究レビューでも、三群デザインを用いた研究によって、その後の行動の違いを単なるストレス経験だけで説明することはできず、統制可能性の有無が重要な要因であると整理されています。

ただし、

「電気刺激は関係なかった」

という意味ではありません。

研究で扱われているのは、あくまで嫌悪的な刺激です。

より正確には、

「嫌な刺激を経験したことだけでは、その後の違いを説明できなかった。自分の行動によってその刺激をコントロールできたかどうかが、重要な違いだった」

ということです。

これは、冒頭から3の段落までで触れてきた、

「何をしても変わらない経験は、その後の行動にどのような影響を与えるのか?」

という、セリグマンたちが追いかけた問いを、実験によって詳しく考えていくうえで重要な結果でした。

では、自分では結果を変えられない経験をした動物は、

いったい何を学習したのでしょうか。

ここからセリグマンとマイヤーは、目に見える行動だけではなく、その背後にある「学習の内容」を説明しようとします。

それが、古典的な学習性無力感理論へとつながっていきました。

8.「何をしても同じ」――セリグマンたちは何を学習したと考えたのか

1967年(昭和42年)の研究から浮かび上がったのは、

「自分の行動で結果をコントロールできるか」

という問題でした。

では、コントロールできない経験から、生き物はいったい何を学ぶのでしょうか。

当時のセリグマンとマイヤーは、

「自分の反応と結果は関係していない」ということを学習するのではないか

と考えました。

心理学では、行動や反応を、

response(レスポンス/反応)

その後に生じる結果を、

outcome(アウトカム/結果)

と表すことがあります。

たとえば、

「パネルを押す」

「刺激が止まる」

のであれば、反応と結果には明確なつながりがあります。

反対に、

押しても止まらない。

押さなくても、終わるときには終わる。

何をしても結果の起こり方が変わらない。

この場合、

「自分が反応したとき」と「反応しなかったとき」で、結果が変わらない

ことになります。

これが、セリグマンとマイヤーが考えたresponse-outcome independence(レスポンス・アウトカム・インディペンデンス/反応と結果の独立)です。

2016年(平成28年)の回顧論文でも、二人は、当時「結果が自分の反応から独立している」と動物が学習し、それが将来についての期待を作ると考えていたと振り返っています。

簡単に表せば、

「今まで何をしても変わらなかった」

「これからも、何をしても変わらないだろう」

という考え方です。

そして1976年(昭和51年)、マイヤーとセリグマンは約10年間の研究を、

Learned Helplessness: Theory and Evidence(ラーンド・ヘルプレスネス:セオリー・アンド・エヴィデンス/学習性無力感――理論と証拠)

という論文で整理しました。

そこで、統制不能な出来事の後にみられる影響は、大きく三つの側面から整理されています。

motivational deficit(モティベーショナル・デフィシット/動機づけの低下)は、状況を変えるための行動を自分から始めにくくなること。

cognitive deficit(コグニティブ・デフィシット/認知的な学習の障害)は、後になって本当に行動によって結果を変えられる状況になっても、その新しい関係を学習しにくくなること。

そしてemotional effects(エモーショナル・エフェクツ/感情面への影響)は、制御不能な嫌悪的出来事によって感情的な反応にも変化がみられる可能性です。

ただし、この三つは、

「学習性無力感という病気の三つの症状」

という意味ではありません。

学習性無力感は医学的な診断名ではなく、ここで紹介しているのも1970年代に研究結果を説明するために作られた古典的な理論です。

この当時の考え方を、できるだけ簡単にまとめるなら、

「何をしても変わらない、と学習すると、次の『やれば変わる』にも反応しにくくなる」

ということになるでしょう。

そして、ここにセリグマン研究の重要な転換があります。

最初に見つかったのは、

「犬が逃げない」

という行動でした。

しかし研究が進むにつれて、問いは、

「なぜ逃げないのか」

から、

「自分の行動と結果について、生き物は何を学習するのか」

へ変わっていったのです。

学習性無力感は、単なる「諦め」の研究ではありませんでした。

その中心にあったのは、

「自分の行動には、結果を変える力があるのか」

という問題だったのです。

そして次に、新しい疑問が生まれます。

一度、

「何をしても変わらない」

という経験をした生き物は、そのままなのでしょうか。

それとも、

「自分の行動で結果を変えられる」

という経験を与えることで、再び行動できるようになるのでしょうか。

セリグマンたちの研究は、すでに1960年代のうちに、

「無力感はどうすれば変えられるのか」

という次の問いへ進み始めていました。

9. 無力感から抜け出すことはできるのか――研究は次の疑問へ

ここまでの研究から、セリグマンたちは「自分の行動では結果を変えられない経験」が、その後の逃避行動を妨げることを明らかにしていきました。

しかし、ここで研究は次の疑問へ進みます。

一度「何をしても変わらない」という状態になったら、そのままなのでしょうか。

それとも、

「自分の行動で結果を変えられる」という経験をすることで、再び行動できるようになるのでしょうか。

1968年(昭和43年)、マーティン・セリグマン、スティーヴン・F・マイヤー、ジェームズ・H・ギア(James H. Geer/ジェームズ・エイチ・ギア)は、

Alleviation of Learned Helplessness in the Dog(アリーヴィエイション・オブ・ラーンド・ヘルプレスネス・イン・ザ・ドッグ/犬における学習性無力感の軽減)

という研究を発表しました。研究対象となったのは、それまでの実験で逃れられない刺激を経験し、その後も逃避行動をほとんど行わなくなっていた4匹の犬でした。

研究者たちはまず、シャトル・ボックスの仕切りを低くし、反対側から呼びかけることで、自分から安全な側へ移動しやすくしました。

この方法で1匹は逃避するようになりましたが、残りの3匹はほとんど動きませんでした。

そこで次に行われたのが、犬を実際に安全な側へ移動させ、

「こちらへ移動すると刺激が終わる」

という関係を繰り返し経験させる方法でした。

すると、はじめは外から動かされていた犬も、何度も経験するうちに自分から移動するようになり、その後、元の高さの仕切りに戻しても逃避・回避行動を行うようになりました。

この研究は非常に興味深いものですが、注意も必要です。

対象はわずか4匹の犬です。

また、

「人間も無理に行動させれば無力感から回復する」

と証明した研究ではありません。

あくまでも当時の動物実験の中で、

以前に学んだ「行動しても結果は変わらない」という関係に対して、「行動すると結果が変わる」という新しい経験を与えることで、行動が変化する可能性

が示された研究です。

さらにセリグマンとマイヤーは、無力感が生じた後の変化だけではなく、その前に「自分で結果を変えられた経験」をしておくことにも注目していました。

1968年の論文では、こうした予防的な効果をimmunization(イミュナイゼーション/免疫化)になぞらえています。1967年の研究では、先に自分で刺激を終了できる経験をした犬では、後に制御不能な刺激を経験しても、その影響が出にくいことが報告されていました。

つまり、研究の問いはすでに、

「どうして無力になるのか?」

だけではなく、

「無力になった後、何が行動を取り戻す助けになるのか?」

へ進んでいたのです。

そして次に待っていたのは、さらに大きな疑問でした。

犬で見つかったこの現象は、人間でも起こるのでしょうか。

10. 犬から人へ――「人間にも同じことが起こるのか?」

1970年代になると、学習性無力感の研究は人間へと広がっていきます。

重要な研究の一つが、1975年(昭和50年)にドナルド・S・ヒロト(Donald S. Hiroto/ドナルド・エス・ヒロト)とセリグマンが発表した、

Generality of Learned Helplessness in Man(ジェネラリティ・オブ・ラーンド・ヘルプレスネス・イン・マン/人間における学習性無力感の一般性)

です。

この研究では96人の大学生を対象に、4つの実験が同時に行われました。

ここで注目したいのは、人間に対して犬の実験をそのまま繰り返したわけではないことです。

一つの実験では、

自分で止められる不快な音

何をしても止められない不快な音

事前に音を経験しない条件

を比較し、その後、別の装置で不快音から逃れることができるかを調べました。

別の実験では、音ではなく、

解くことのできる問題

と、

実際には解くことのできない問題

を経験させ、その後にanagram(アナグラム/文字並べ替え問題)を解かせました。

さらに興味深いのは、

「逃れられない音を経験する」

「アナグラムを解く」

あるいは、

「解けない問題を経験する」

「不快音から逃れる」

というように、最初とは種類の違う課題にも影響が移るのかまで調べていることです。

4つの実験では、制御不能な不快音や解けない問題を経験した条件で、その後の逃避や問題解決が妨げられる方向の結果が得られました。ヒロトとセリグマンは、「反応しても結果は変わらない」という期待が異なる課題へ持ち越される可能性を考えました。

ただし、この研究について非常に重要な注意があります。

この実験によって、「一度無力感を経験すると、学校・仕事・家庭など人生のあらゆる場面へ影響する」と証明されたわけではありません。

ヒロトとセリグマン自身も論文の最後で、参加者は二つの課題が同じ実験の一部だと認識していたことを指摘し、実験室の外にまで影響が広がるかどうかは分からないと述べています。

ここは、一般向けの説明では省かれやすい重要なポイントです。

犬の研究から人間へ研究対象は広がりました。

しかし、

「犬で起きたことが、そのまま人間の日常生活でも起きる」

と単純に置き換えたわけではありません。

人間には言葉があります。

過去を記憶します。

未来を予想します。

そして何より、

「なぜ自分は失敗したのだろう?」

と原因を考えます。

同じ失敗をしても、

「今回は運が悪かった」

と思う人もいれば、

「自分は何をしてもダメだ」

と思う人もいます。

人間を研究することで、学習性無力感は「コントロールできたか」という問題だけでは説明できない、もっと複雑な心理学へ進んでいくことになったのです。

そしてセリグマンが特に注目するようになったテーマの一つが、

抑うつ

でした。

11. 学習性無力感は「うつ病」を説明できるのか

ここでは、最初に一つはっきりさせておきましょう。

学習性無力感とうつ病は同じものではありません。

「犬の実験によってうつ病が証明された」という意味でもありません。

学習性無力感は、実験心理学から生まれた現象・理論的概念です。

一方、うつ病は医学的な診断基準を持つ精神疾患です。

セリグマンたちが考えたのは、

学習性無力感というモデルが、人間の抑うつにみられる一部の特徴を理解する手がかりになるのではないか

ということでした。

1975年(昭和50年)、ウィリアム・R・ミラー(William R. Miller/ウィリアム・アール・ミラー)とセリグマンは、

Depression and Learned Helplessness in Man(デプレッション・アンド・ラーンド・ヘルプレスネス・イン・マン/人間における抑うつと学習性無力感)

を発表しました。

対象は48人の大学生です。

ここでも重要なのは、主に精神科で診断されたうつ病患者を対象とした研究ではなく、抑うつ尺度によって抑うつの程度が高い大学生と低い大学生を比較した研究だったことです。

参加者は、

自分で止められる不快音、

自分では止められない不快音、

音を経験しない条件

に分けられ、その後20問の規則性を持つアナグラム課題に取り組みました。

その結果、事前に不快音を経験していなくても、抑うつの高い参加者は、抑うつの低い参加者よりアナグラム課題の成績が低い傾向を示しました。

一方、もともと抑うつの低かった参加者でも、制御不能な不快音を経験すると、似た方向の成績低下がみられました。

研究者たちはここから、

自然にみられる抑うつ状態と、実験的に作り出された学習性無力感との間に、行動上の類似点があるのではないか

と考えました。

同じ1975年(昭和50年)には、ミラー、セリグマン、ハロルド・M・カーランダー(Harold M. Kurlander/ハロルド・エム・カーランダー)が、

Learned Helplessness, Depression, and Anxiety(ラーンド・ヘルプレスネス・デプレッション・アンド・アンザイエティ/学習性無力感・抑うつ・不安)

を発表しています。

ここでは、抑うつや不安の程度が異なる大学生について、「自分の技能で結果が決まる課題」と「偶然で結果が決まる課題」に対する成功期待などが調べられました。

結果の一部は学習性無力感モデルと一致しましたが、すべてがきれいに一致したわけではありません。たとえば、不快音を止めるまでの時間には群間差がみられませんでした。

これはとても重要です。

科学では、

「似ている部分が見つかった」
からといって、

「同じものだ」

とは言えません。

1970年代のセリグマンたちは、学習性無力感を抑うつを説明する心理学的モデルとして研究しました。

しかし、人間の抑うつはそれだけで説明できるものではありません。

そして研究を続けるほど、古典的な学習性無力感理論には大きな弱点があることが見えてきました。

同じような失敗をしても、

「今回は失敗した」

と思う人もいる。

「自分は何をやってもダメだ」

と思う人もいる。

同じ出来事なのに、なぜその後が違うのでしょうか。

この疑問が、学習性無力感の理論そのものを作り直すことになります。

12.  しかし理論には説明できないことがあった――1978年(昭和53年)の大きな修正

1978年(昭和53年)。

リン・Y・アブラムソン(Lyn Y. Abramson/リン・ワイ・アブラムソン)、マーティン・セリグマン、ジョン・D・ティーズデール(John D. Teasdale/ジョン・ディー・ティーズデール)は、

Learned Helplessness in Humans: Critique and Reformulation(ラーンド・ヘルプレスネス・イン・ヒューマンズ:クリティーク・アンド・リフォーミュレーション/人間の学習性無力感――批判と再構成)

を発表しました。

題名にCritique(クリティーク/批判)とあるように、この論文は古い理論をそのまま補強したものではありません。

「人間について考えるには、これまでの理論では足りない」

と、自分たちの考えを作り直した論文です。

三人が指摘した大きな問題は二つありました。

一つは、

「誰にとってもコントロールできない状況」と、「ほかの人ならできるのに自分だけできない状況」を、古い理論では十分に区別できないこと。

これを、

universal helplessness(ユニバーサル・ヘルプレスネス/普遍的無力感)

と、

personal helplessness(パーソナル・ヘルプレスネス/個人的無力感)

として区別しました。

もう一つは、

なぜ無力感が短期間で終わる場合と長く続く場合があるのか、なぜ一つの場面だけに限られる場合と多くの場面へ広がる場合があるのかを説明できないこと

でした。

そこで登場したのが、

attribution(アトリビューション/原因帰属)

という考えです。

人は「自分には結果を変えられない」と感じたとき、

「なぜ、こんなことになったのだろう?」

と原因を考えます。

たとえば、テストで悪い点を取ったとしましょう。

「今回は問題が難しすぎた」

と思う人もいれば、

「自分には能力がない」

と思う人もいます。

1978年の理論では、その原因の説明を三つの次元から考えました。

internal / external(インターナル/エクスターナル――内的/外的)

原因を主として自分側に置くか、自分の外側に置くか。

stable / unstable(ステイブル/アンステイブル――安定的/不安定的)

原因がこれからも続くと考えるか、一時的だと考えるか。

global / specific(グローバル/スペシフィック――全般的/特定的)

原因が多くの場面に当てはまると考えるか、今回の特定の場面だけだと考えるか。

ここで三つには、それぞれ違う役割が想定されました。

安定的な原因だと考えれば、
「これからも同じことが続くだろう」
と予想しやすくなり、無力感が長引くと考えられました。

全般的な原因だと考えれば、
「この場面だけではなく、ほかでもダメだろう」
と予想しやすくなり、無力感が多くの状況へ広がると考えられました。

そして特に、自分だけが結果をコントロールできないと感じる個人的無力感では、原因を自分自身に求める内的帰属が、自尊感情の低下に関係すると考えられました。

ここは重要なので、簡単な例で比べてみましょう。

テストで失敗したとき、

「今回は勉強方法が合わなかった」

と考える。

これは、一時的で特定の原因として捉えています。

それに対して、

「自分には能力がない。これからもずっと、何をやってもダメだ」

と考える。

こちらは原因を安定的・全般的、そして自分側に置いています。

同じ一回の失敗でも、その出来事から予想する「未来」は大きく違います。

ここで学習性無力感研究は大きく変わりました。

1960年代には、

「出来事をコントロールできなかったか」

が中心でした。

1978年には、その後に、

「その出来事を人がどう説明したか」

という問題が加わったのです。

セリグマンは、自分たちが作った初期理論を守るのではなく、人間研究で説明できない問題が見つかると、アブラムソン、ティーズデールとともに理論を修正しました。

そしてこの修正から、次の問いが生まれます。

人には、失敗の原因をいつも似たような仕方で説明する「くせ」があるのではないか?

それが、次に登場する「説明スタイル」です。

13. 「無力感」を研究した心理学者は、なぜ「楽観性」を研究するようになったのか

学習性無力感から楽観性へ。

まるで正反対の研究へ突然移ったように見えるかもしれません。

しかし、研究の流れを追うと、そこにはつながりがあります。

最初の問いは、

「なぜ、逃げられるのに逃げなくなるのか?」

でした。

そこから、

「人間にも同じような影響が起こるのか?」

へ進み、

さらに、

「なぜ同じ悪い出来事を経験しても、その後の反応が人によって違うのか?」

へ進みました。

そこで重要になったのが、

explanatory style(エクスプラナトリー・スタイル/説明スタイル)

です。

説明スタイルとは、良いことや悪いことが起きたとき、

「なぜ、それが起きたのか」

をどのように説明する傾向があるか、という考えです。

1982年(昭和57年)、クリストファー・ピーターソン(Christopher Peterson/クリストファー・ピーターソン)、エイミー・セメル(Amy Semmel/エイミー・セメル)、リン・アブラムソン、セリグマンらは、

Attributional Style Questionnaire(アトリビューショナル・スタイル・クエスチョネア/原因帰属スタイル質問紙、ASQ〈エーエスキュー〉)

を発表しました。

良い出来事や悪い出来事の原因を、内的/外的、安定的/不安定的、全般的/特定的という次元から測定する質問紙です。

さらに1984年(昭和59年)、ピーターソンとセリグマンは、

Causal Explanations as a Risk Factor for Depression: Theory and Evidence(コーザル・エクスプラネーションズ・アズ・ア・リスク・ファクター・フォー・デプレッション:セオリー・アンド・エヴィデンス/抑うつの危険因子としての原因説明――理論と証拠)

を発表しました。

当時の理論では、悪い出来事を内的・安定的・全般的な原因で説明する傾向が、抑うつ症状と関連し、悪い出来事に直面したときのリスク要因になり得ると考えられました。

その後、1986年(昭和61年)に発表された104研究・約1万5千人を対象とするメタ分析でも、悪い出来事を内的・安定的・全般的に説明する傾向と抑うつ得点との関連が確認されています。

ただし、

「悲観的に考える人は必ずうつ病になる」という意味ではありません。

ここで研究されているのは、統計的な関連やリスクについてです。

人間の抑うつには、生活上の出来事、社会環境、生物学的要因、人間関係など、さまざまな要因が関係します。

説明スタイルだけですべてを説明することはできません。

それでも、セリグマンの研究にとって大きな変化でした。

問いが、

「なぜ無力になるのか?」

から、

「悪い出来事をどう説明することが、その後の反応と関係するのか?」

へ広がったからです。

そして、この研究の延長上でセリグマンは、悲観性だけではなくoptimism(オプティミズム/楽観性)についても研究を深めていくようになります。

ここで大切なのは、

「学習性無力感の研究をやめて、突然ポジティブなことを研究し始めた」

わけではないということです。

一つの問いが、次の問いを生んでいきました。

なぜ生き物は諦めるのか。

そこから、

なぜ同じ失敗でも、諦める人とそうでない人がいるのか。

そして、

人は未来について、どのような期待を持つことができるのか。

セリグマンの研究は、「無力感」という問題を入り口にしながら、少しずつ悲観性、楽観性、そして後のポジティブ心理学へと研究領域を広げていったのです。

しかし、学習性無力感についての物語には、まだ非常に重要な続きがあります。

最初の研究から約50年後。

セリグマンとマイヤーは、神経科学によって蓄積された新しい証拠を前に、

「私たちは、最初の理論の重要な部分を逆に考えていたのではないか」

と、自分たちの有名な説明そのものを見直すことになります。

14. 無力感から希望へ――セリグマンという研究者の歩み

ここまでセリグマンの研究を追ってくると、若いころとは研究の問いが大きく変化していったことが分かります。

最初に向き合ったのは、

「なぜ、逃げられるのに逃げなくなるのか?」

という問いでした。

そこから研究は、人間の無力感や抑うつ、原因帰属、説明スタイルへと広がり、やがてoptimism(オプティミズム/楽観性)や、人間がよりよく生きるための条件を研究するPositive Psychology(ポジティブ・サイコロジー/ポジティブ心理学)へと進んでいきました。

現在、ペンシルベニア大学もセリグマンの研究分野として、ポジティブ心理学だけでなく、楽観性、学習性無力感、抑うつ、agency(エージェンシー/主体性)などを挙げています。つまり、「無力感」は若いころだけの研究テーマとして消えてしまったわけではなく、その後の研究にもつながる重要な出発点でした。

その長い研究人生を象徴するような本を、セリグマンは2018年(平成30年)に出版しています。

The Hope Circuit: A Psychologist’s Journey from Helplessness to Optimism
(ザ・ホープ・サーキット:ア・サイコロジスツ・ジャーニー・フロム・ヘルプレスネス・トゥ・オプティミズム)

です。

副題を直訳すれば、

「無力感から楽観性へ――ある心理学者の旅」

となります。

これはセリグマン自身が研究人生を振り返った回想録で、2018年(平成30年)4月3日にPublicAffairs(パブリック・アフェアーズ)から出版されました。

もちろん、

「学習性無力感を研究した結果、そのまま一直線にポジティブ心理学が生まれた」

という意味ではありません。

その間には多くの共同研究者がいて、理論の修正があり、研究テーマの変化があります。

それでも大きく眺めれば、

「人はなぜ無力になるのか」という問いから、「人は何によって希望や楽観性を持ち、よりよく生きられるのか」という問いへ研究を広げていった心理学者

という姿を見ることができます。

そしてセリグマンという研究者をさらに興味深くしているのは、研究対象を「無力感」から「希望」へ広げたことだけではありません。

自分たちが若いころに作った、学習性無力感の有名な理論そのものについても、約50年後に問い直したのです。

15. そして50年後――セリグマンは自分たちの理論を見直した

2016年(平成28年)。

スティーヴン・F・マイヤーとマーティン・セリグマンは、心理学の学術誌『Psychological Review(サイコロジカル・レビュー)』に、

Learned Helplessness at Fifty: Insights From Neuroscience
(ラーンド・ヘルプレスネス・アット・フィフティ:インサイツ・フロム・ニューロサイエンス/学習性無力感50年――神経科学から得られた洞察)

を発表しました。

これは、1960年代に始まった学習性無力感研究を、約半世紀分の神経科学研究から振り返った論文です。

そこで二人は、自分たちの初期理論について非常に印象的な表現を使いました。

“the original theory got it backward”

つまり、

「最初の理論は、重要なところを逆に捉えていた」

というのです。

では、何が「逆」だったのでしょうか。

1967年(昭和42年)ごろ、セリグマンとマイヤーは次のように考えていました。

制御できない嫌悪刺激を経験する。

「自分が何をしても結果は変わらない」

と学習する。

その学習によって、

「行動しても無駄だ」

という受動性が生まれ、その後の逃避行動も妨げられる。

これが、ここまで紹介してきた古典的な学習性無力感理論でした。

ところが、その後に蓄積された主として動物を対象とした神経科学研究から、別の説明が浮かび上がってきました。

マイヤーとセリグマンが2016年にまとめた考えでは、長時間の嫌悪刺激に対して受動的になることそのものは、

「何をしても無駄だと学習した結果として初めて生まれる反応」ではない

と考えられるようになりました。

むしろ、長く続く嫌悪的な出来事に対する受動性は、特別に学習しなくても現れ得る基本的な反応であり、

学習によって重要な変化が生じるのは「自分の行動で状況をコントロールできる」という側ではないか

と考えたのです。

簡単に比べると、

古典的な考え
「無力さを学習する」

から、

約50年後の再解釈
「コントロールできることを学習することが重要」

へと、焦点が大きく変わったことになります。

この考えを支えた重要な研究対象の一つが、

dorsal raphe nucleus(ドーサル・ラフェ・ニュークリアス/背側縫線核)

です。

背側縫線核は脳幹にある神経核で、serotonin(セロトニン)を使う神経細胞を多く含んでいます。

動物研究では、長く続く嫌悪刺激によってこの系が強く活動すると、後にみられる受動性や不安様反応につながることが示されてきました。

しかし、ここで重要なのは、

「制御不能な刺激だけが、背側縫線核を刺激するわけではない」

ということでした。

自分で止められる刺激でも、自分では止められない刺激でも、嫌悪刺激そのものから脳への入力はあります。

では、なぜ自分でコントロールできる場合には、その後の受動性が生じにくいのでしょうか。

そこで重要になったのが、

medial prefrontal cortex(メディアル・プリフロンタル・コーテックス/内側前頭前野)

とりわけ動物研究で検討されてきた、

ventromedial prefrontal cortex(ヴェントロメディアル・プリフロンタル・コーテックス/腹内側前頭前野)

に関係する回路でした。

研究では、動物が、

「自分の行動によって嫌悪刺激を終わらせることができる」

という統制可能性を持つと、前頭前野を含む回路が働き、背側縫線核の活動を抑えることが示されています。

この経路を働きにくくすると、本来は刺激を自分でコントロールできる動物でも、その保護効果が失われます。

反対に、制御できない刺激を受けている状況でも、この経路を実験的に活性化すると、通常なら生じる受動性が抑えられました。

ここから、

脳が特別に「コントロールできないこと」を学ぶというより、「自分にはコントロールできる」と検出し、その経験を学習する仕組みが重要なのではないか

という考えが強くなったのです。

さらに、一度「自分で結果を変えられる」という経験をすると、その経験が後の嫌悪的な出来事への反応にも影響する可能性があります。

これは、第9章で紹介した1960年代の研究――先にコントロール可能な経験をしておくことで、その後の制御不能な経験の影響を受けにくくなる現象――ともつながります。

つまり、約50年前に行動として観察されていた現象に、神経科学から新しい説明が加わったのです。

そしてマイヤーとセリグマンは、ventromedial prefrontal cortex(ヴェントロメディアル・プリフロンタル・コーテックス/腹内側前頭前野)からdorsal raphe nucleus(ドーサル・ラフェ・ニュークリアス/背側縫線核)などへ働く回路が、「将来も悪い出来事をコントロールできる」という期待に関わる可能性を論じています。

そのうえで二人は、この回路を比喩的に、

“hope circuit(ホープ・サーキット/希望の回路)”

と考えることが有用かもしれない、と提案しました。

ここは誤解しやすいところです。

「希望の回路」という名前の独立した脳器官が発見された、という意味ではありません。

統制可能性や「これからも自分で変えられる」という期待に関係する神経回路を、研究上の意味を表す言葉としてそう呼んだ

と理解するのが適切です。

そして2018年(平成30年)の回想録『The Hope Circuit』という題名にも、この研究テーマが重ねられています。

ただし、この2016年の再解釈については、さらに重要な注意があります。

「学習性無力感は間違いだった」

という意味ではありません。

古典的な研究で観察された、

「制御不能な嫌悪刺激を経験したあと、逃げられる状況でも逃避行動が妨げられる」

という現象自体が否定されたわけではありません。

大きく変わったのは、

「なぜ、その現象が起こるのか」

というメカニズムの説明です。

また、2016年の神経回路に関する証拠は主として非ヒト動物を対象とした研究から得られたものです。

したがって、

「人間が仕事で諦めるのも、この脳回路だけが原因だ」

「うつ病もこの仕組みだけで説明できる」

と人間へそのまま当てはめることはできません。

実際、人間には言葉があり、過去を解釈し、未来を予測し、社会環境や人間関係からも影響を受けます。人間について1978年(昭和53年)の原因帰属や、その後の説明スタイルの研究が必要になったのも、そのためです。人間を対象とした統制可能性と腹内側前頭前野の研究もありますが、動物研究ほど神経機構が確立しているわけではありません。

それでも、2016年の再検討には大きな意味があります。

1960年代に若い研究者だったセリグマンとマイヤーは、一つの現象を観察し、そこから理論を作りました。

約50年後。

新しい証拠が積み重なると、

「自分たちの最初の説明は本当に正しかったのか」

と問い直したのです。

学習性無力感の歴史は、

「有名な心理学者が正しい答えを発見して終わった物語」

ではありません。

観察する。

仮説を作る。

実験する。

理論を作る。

説明できないものが見つかれば修正する。

そして、新しい研究方法が登場すれば、さらに答えを考え直す。

その意味で、学習性無力感の歴史そのものが、

科学とは、答えを固定することではなく、証拠によって答えを更新していく営みである

ことを示す一つの例でもあるのです。

16. では、なぜマーティン・セリグマンは「重要人物」なのか

ここまで研究の歴史を追ってくると、マーティン・セリグマンが学習性無力感において重要な理由は、

「学習性無力感を発見した人だから」

という一言では表せないことが分かります。

セリグマンは、オーヴァーマイヤーやマイヤーらとともに、1960年代から制御不能な経験が、その後の行動をどのように変えるのかを研究した中心人物の一人でした。

そしてマイヤーとの研究によって、

「嫌な出来事を経験したこと」だけではなく、「その出来事を自分の行動で変えられたか」

という統制可能性の問題を明らかにしていきました。

さらに研究を犬の逃避行動だけで終わらせず、人間の無力感、抑うつ、原因帰属、説明スタイル、楽観性へと問いを広げていきます。

そして約50年後には、新しい神経科学的証拠を前に、マイヤーとともに自分たちの初期理論そのものを大きく見直しました。

だからこそ、セリグマンの重要性は、

「学習性無力感を発見した心理学者」

という一言だけでは説明できません。

彼は、

「生き物は、なぜ諦めるのか」

という問いから出発し、

「自分で変えられるという経験には、どのような意味があるのか」

という問いまで、半世紀以上にわたって研究を発展させてきた心理学者なのです。

そして、新しい証拠が示されたときには、自分たちが作った有名な説明さえ問い直しました。

マーティン・E・P・セリグマンという人物を追うことは、

学習性無力感という一つの心理学用語の歴史を知ることだけではありません。

「人はなぜ諦めるのか」という問いに対して、心理学がどのように答えを作り、修正し、より深い答えへ進んできたのか。

その科学の歩みを知ることでもあるのです。

17. おまけコラム

「自分の有名な理論」を自分で見直した心理学者

ここまでマーティン・セリグマンの研究を見てきましたが、最後に少しだけ違う角度から、この心理学者を見てみましょう。

セリグマンの人物像を考えるうえで興味深いのは、若いころに自分たちが作った有名な理論を、約50年後に自分たち自身で見直したことです。

学習性無力感の研究は、セリグマンの名前を世界的に知られるものにしました。

普通に考えると、自分が長年研究してきた理論であれば、

「自分たちの考えは正しかった」

と守りたくなりそうです。

ところが、2016年(平成28年)、セリグマンとスティーヴン・F・マイヤーは、長年積み重なった神経科学の研究を振り返り、初期の説明には大きな修正が必要だと考えました。

若いころには、

「何をしても変わらないことを学ぶから、無力になる」

と考えていた。

しかし約50年後には、

「むしろ重要なのは、自分で結果を変えられることを学ぶ側なのではないか」

と考え直したのです。

もちろん、これは「昔の研究が全部間違っていた」という話ではありません。

実験で観察された現象そのものではなく、

「なぜ、その現象が起こるのか」という説明を、新しい証拠に合わせて更新した

ということです。

ここには、心理学の面白さがよく表れています。

科学者の仕事は、一度「正解」を言ったら、それを一生守ることではありません。

新しい実験や新しい技術によって、もっと良い説明ができるようになったなら、

自分が以前考えていたことでも、もう一度疑ってみる。

セリグマンの研究人生を見ていると、そんな科学の姿も見えてきます。

そしてもう一つ忘れてはいけないのは、学習性無力感がセリグマン一人だけの物語ではないということです。

スティーヴン・F・マイヤー、J・ブルース・オーヴァーマイヤー、リン・アブラムソン、ジョン・D・ティーズデール、クリストファー・ピーターソンなど、多くの研究者との共同研究によって考えは発展してきました。

「有名な心理学者が一人で大発見をした」というより、

一つの不思議な現象を、さまざまな研究者が何十年も調べ続け、そのたびに答えを少しずつ変えてきた。

そう考えると、学習性無力感の歴史は少し違って見えてきます。

マーティン・セリグマンが興味深いのは、有名な理論を作ったからだけではありません。

「人はなぜ諦めるのか」という問いを持ち続けながら、新しい証拠が出れば、自分たちの答えそのものまで考え直してきた。

そんな研究者だったことも、学習性無力感を語るうえで覚えておきたい一面なのです。

18. まとめ・考察

「どうせ無理」の向こう側にあるもの

ここまで、学習性無力感という心理学の研究を、マーティン・セリグマンという人物を中心にたどってきました。

最初にあったのは、とても素朴な疑問でした。

「逃げられるのに、なぜ逃げないのだろう?」

しかし、その小さな疑問を追いかけていくと、

「自分の行動で結果を変えられるか」

「人は失敗をどのように説明するのか」

「なぜ同じ出来事を経験しても、その後の反応が違うのか」

そして、

「人にとって、“自分にも何かできる”と感じられることには、どのような意味があるのか」

という、私たちの日常にもつながる大きな問いへと広がっていきました。

学習性無力感の研究から考えさせられることの一つは、人の行動を「本人のやる気」だけで判断することの危うさではないでしょうか。

何もしなくなった人を見れば、

「もっと頑張ればいいのに」

「どうしてやらないのだろう」

と思うことがあります。

けれど、その人がそれまでに、

「何をしても変わらなかった」

「工夫しても結果が同じだった」

という経験を何度もしていたとしたら、見え方は少し変わるかもしれません。

もちろん、日常生活で何かを諦めたからといって、それだけで「学習性無力感だ」と判断することはできません。

それでも、

「この人はなぜ行動しないのだろう?」ではなく、「これまで、行動しても変わらない経験が続いていなかっただろうか?」

と考えてみる。

学習性無力感という心理学の知識は、そんな別の見方を与えてくれるように思います。

そして、もう一つ興味深いのは、約50年にわたる研究の末に、視線が「無力になること」だけではなく、「自分で変えられることを経験する」側へ移っていったことです。

ここには、少しユニークな見方ができます。

私たちは大きな目標を立てるとき、

「成功できるか」

「失敗しないか」

を気にしがちです。

しかし、学習性無力感の研究から眺めれば、それより前に、

「自分の行動で何かが変わった、と感じられる経験はあるだろうか?」

と考えてみることにも意味がありそうです。

たとえば、こんな経験はないでしょうか。

何度勉強しても成績が上がらず、

「自分は勉強ができない」

と思っていた。

けれど、勉強する時間帯を変えたり、一度に覚える量を少なくしたりしたら、以前より少し問題が解けるようになった。

仕事で何を提案しても通らず、

「もう何を言っても意味がない」

と思っていた。

けれど、伝える相手や方法を変えたところ、一つだけ意見が採用された。

スポーツで上達を感じられず、

「自分には向いていない」

と思っていた。

ところが、結果ではなく「昨日より一回多くできた」という小さな変化に目を向けたら、自分の行動と変化のつながりが見えてきた。

こうした出来事がそのまま心理学の実験と同じだということではありません。

しかし、

「何をしても変わらない」という見え方の中に、本当に自分で変えられる部分は一つもないのか?

と考えてみるきっかけにはなります。

そして、ここでセリグマンという心理学者の研究人生そのものも、少し象徴的に見えてきます。

彼は「無力感」を研究しました。

しかし、その研究の答えを固定しませんでした。

動物から人間へ。

無力感から原因帰属へ。

悲観性から楽観性へ。

そして約50年後には、自分たちが作った初期理論そのものを見直しました。

つまりセリグマン自身の研究もまた、

「一度出した答えだから変えられない」

とは考えなかったのです。

新しい証拠が現れれば、考え直す。

説明できないものがあれば、別の可能性を探す。

心理学を学ぶ面白さは、ここにもあるのではないでしょうか。

知識とは、「人間はこういうものだ」と決めつけるためのものではありません。

むしろ、

「今までとは違う見方ができるかもしれない」

と、自分の考えにもう一つの選択肢を増やしてくれるものです。

学習性無力感という言葉を知ったあと、もしあなたが、

「どうせ無理」

「何をしても同じ」

と思う場面に出会ったら、ほんの少しだけ立ち止まって、

「本当に、何をしても同じなのだろうか?」

と考えてみるのも面白いかもしれません。

変えられないものは、確かにあります。

しかし、

変えられないものと、まだ試していないものは同じではありません。

そして、

すべてを変えられなくても、自分の行動で変えられる小さな部分が残っていることもあります。

あなたなら、学習性無力感という心理学の考え方を知ったことで、これまでのどんな経験を違った角度から見られそうでしょうか。

そして、これから「どうせ無理」と感じる場面に出会ったとき、

あなた自身が変えられる小さな部分は、どこにあるでしょうか。

19. 疑問が解決した物語

「どうせ無理」の先で、ソウタが気づいたこと

あれからソウタは、ある言葉を知りました。

「学習性無力感」

何をしても結果を変えられない経験が続くと、その後、本当は状況を変えられるようになっても、

「やっても無駄だ」

と考えて、行動を起こしにくくなることがある。

そんな心理学の研究があることを知ったのです。

ソウタは、少し驚きました。

「もしかして僕は、サッカーが嫌いになったわけじゃなかったのかな」

「怠けたかったわけでもなくて、“どうせ何をしても選ばれない”って思うようになっていたのかもしれない」

以前のソウタは、

走る練習をしても選ばれない。

シュートを練習しても選ばれない。

守備を覚えても選ばれない。

そんな経験を繰り返していました。

だからいつの間にか、

「何をしても結果は同じ」

という気持ちになっていたのです。

けれど、今は一つ大きく違います。

コーチが代わりました。

新しいコーチは、

「今週の練習を見てメンバーを決める」

と言っています。

ソウタはそこで気づきました。

「前と同じだと思っていたけれど、本当に今も同じなのかな?」

過去に結果を変えられなかったことと、

今も結果を変えられないことは、同じではありません。

そこでソウタは、いきなり、

「絶対に試合に出られる!」

と考えることにはしませんでした。

試合に選ばれるかどうかは、最後にはコーチが決めることです。

自分だけではコントロールできません。

代わりに、

「今の自分に変えられることは何だろう?」

と考えてみました。

そして新しいコーチに聞きました。

「僕が試合に出るために、今いちばん直したほうがいいところはどこですか?」

コーチは答えました。

「守備に戻るのが少し遅いね。そこを意識してみよう」

今までのソウタには、何を頑張ればいいのかさえ分かりませんでした。

でも今回は違います。

「守備に戻る速さなら、自分で練習できる」

そう思いました。

次の日からソウタは、

「試合に選ばれるか」

だけを見るのをやめて、

「今日は昨日より早く戻れたか」

「コーチに言われたことを一つ試せたか」

という、自分の行動で変えられることにも目を向けるようになりました。

すぐに試合へ出られたわけではありません。

失敗する日もありました。

それでも、

「昨日より少しできた」

「やり方を変えたら、動きが変わった」

という経験が増えていきました。

ソウタの中で少しずつ、

「何をしても同じ」

だった世界が、

「全部ではないけれど、自分で変えられることもある」

という世界に変わっていきました。

そして数週間後。

コーチが次の試合のメンバーを発表しました。

ソウタの名前が呼ばれました。

もちろん、心理学を知ったから試合に出られたわけではありません。

「前向きに考えれば、必ず願いがかなう」という話でもありません。

ソウタが学んだ本当に大切なことは、別のところにありました。

「変えられない結果」と「自分で変えられる行動」を、同じものとして諦めないこと。

試合に出られるかどうかは、完全には決められない。

けれど、

練習するか。

誰かに助言を求めるか。

方法を変えてみるか。

昨日より一つ工夫するか。

そこには、自分で選べる部分があります。

ソウタが最初に抱いていた、

「できるのに、どうしてやらないの?」

という疑問にも、少し答えが見えてきました。

人はいつでも、

「できるなら、やればいい」

と簡単に動けるわけではありません。

過去に、

「やっても変わらなかった」

という経験が続けば、

新しい状況でも、

「どうせ今回も同じだ」

と予想してしまうことがあります。

だから大切なのは、

ただ、

「もっと頑張ろう」

と言うことではないのかもしれません。

まず、

「本当に今も、何をしても変わらないのか?」

と確かめてみること。

そして、

「今の自分に変えられる小さな部分はどこにあるのか?」

を探してみることです。

これが、学習性無力感の研究を知ったソウタが見つけた、一つの答えでした。

もしかすると、あなたにも、

「どうせ無理だから」

と、まだ試していないことまで諦めてしまった経験があるかもしれません。

もし同じような場面に出会ったら、ソウタのように一度だけ問い直してみてください。

「前に変えられなかったことと、今も変えられないことは、本当に同じだろうか?」

そして、

「結果のすべてではなくても、今の自分が変えられる小さな部分はどこにあるだろう?」

あなたなら、どんなことから試してみますか。

20. 文章の締めとして

「どうせ何をしても無駄だ」

そんな言葉は、とても弱い人だけが口にするものではありません。

何度も挑戦した人ほど、何度も変えようとした人ほど、いつの間にかそう感じてしまうことがあります。

だからこそ、学習性無力感という心理学の考え方を知ることは、誰かを「頑張れない人」と決めつけるのではなく、

その人が、これまでどんな経験をしてきたのかを想像すること

につながるのではないでしょうか。

そしてそれは、他人に対してだけではありません。

自分自身が「もう無理だ」と感じたときにも、

「本当に今も、何をしても変わらないのだろうか」

「以前とは違う部分はないだろうか」

「自分に動かせるものが、ほんの少しでも残っていないだろうか」

と問い直すきっかけになります。

すべての出来事を自分の力で変えられるわけではありません。

どれだけ努力しても変えられないこともあります。

だから、無理に前向きになる必要もありません。

それでも、

「変えられないものがある」ことと、「何一つ変えられない」ことは、同じではありません。

マーティン・セリグマンたちが半世紀以上にわたって追い続けてきた研究は、その小さな違いを、さまざまな角度から問い続けてきた歴史でもありました。

この記事を読み終えたあと、学習性無力感という言葉を覚えていること以上に、

誰かが立ち止まっているとき、

あるいは自分自身が立ち止まっているときに、

「まだ変えられる部分はあるだろうか」

と、ほんの少し違う角度から見られるようになっていたなら、この心理学を知った意味は十分にあるのかもしれません。

注意補足

本記事は、筆者が個人で確認できる範囲で信頼できる情報源をもとに、学習性無力感とマーティン・セリグマンの研究について整理したものです。

心理学にはさまざまな研究や解釈があり、この記事で紹介した説明が唯一の答えというわけではありません。

また、学習性無力感の理論そのものが長い研究の中で修正されてきたように、心理学の知見は、新しい研究方法や証拠によって今後さらに更新される可能性があります。

🧭 本記事のスタンス

この記事は「これが正解」と結論を固定するためではなく、

「もっと知りたい」「自分でも調べてみたい」と思ったときの入り口

として読んでいただければ幸いです。

一つの説明だけで決めつけず、異なる研究や立場にも触れながら、心理学の面白さを楽しんでみてください。

このブログで「どうせ無理」の正体に興味が湧いたなら、ぜひ文献や研究へもう一歩踏み込み、“無理”で止まらず、その奥にある心の“理(ことわり)”まで――学びをたどり、理解を深めてみてください。

最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。

学習性無力感の研究は、希望とは「何でもできると信じること」ではなく、「自分に変えられるものがまだ残っているかもしれない」と問い続けることなのだと、私たちに教えてくれているのかもしれません。

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