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道徳的運を調べると出てくるバーナード・ウィリアムズとは?なぜ重要なのかをやさしく解説

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5秒でわかる結論

バーナード・ウィリアムズは、「運を道徳から本当に切り離せるのか」を問い、「道徳的運」を現代哲学の重要な問題にした中心人物の一人です。

小学生にもわかりやすく言うと?

たとえば、一生懸命考えて大きな決断をしたとします。

でも、そのあと成功するか失敗するかを、自分だけで全部決めることはできません。

偶然よい人に出会うかもしれません。

思いがけない出来事で、計画がうまくいかなくなるかもしれません。

それなのに私たちは、結果を見たあとで、

「成功したから、よい選択だった」

「失敗したから、間違った選択だった」

と考えることがあります。

でも、自分では決められなかった「運」まで、その人やその人の選択を評価するときに入れてよいのでしょうか。

バーナード・ウィリアムズは、こうした問題を考えました。

ただし、彼が言いたかったのは「何でも運だから責任はない」ということではありません。

自分で選んだことと、自分では決められなかったことが混ざり合っている人間の人生を、道徳はどう考えればよいのか。

そこを深く考えたことが、ウィリアムズと「道徳的運」を結びつけています。

1.疑問が生まれた物語

「道徳的運」を調べたら、この人の名前が何度も出てきた

中学2年生の悠斗は、ある日「道徳的運」という言葉を知りました。

「自分ではどうにもできなかった偶然が、人への評価に関係することがある」

そんな問題だと知って、少し気になりました。

そこでインターネットで調べてみると、何度も同じ名前が出てきます。

バーナード・ウィリアムズ。

「誰だろう?」

さらに調べると、

「道徳的運」

「ゴーギャン」

「後悔」

「人生の選択」

といった言葉まで出てきました。

悠斗は、ますます分からなくなります。

「道徳的運を作った人なのかな?」

「運があれば責任はなくなる、と言った人?」

「そもそも、なぜ道徳的運を調べると、この人が何度も出てくるんだろう?」

ここで悠斗の疑問は、「道徳的運とは何か」から少し変わりました。

「バーナード・ウィリアムズという人は、道徳と運の何を問題にしたのだろう?」

という疑問です。

その答えを知るには、「道徳的運」という言葉だけを見るのでは足りません。

まずは、ウィリアムズがどのような人物で、どのような哲学を考えていたのかを知る必要があります。

2.バーナード・ウィリアムズとは、どんな人物だったのか

バーナード・アーサー・オーウェン・ウィリアムズ(Bernard Arthur Owen Williams/バーナード・アーサー・オーウェン・ウィリアムズ、1929–2003)は、人間の実際の生き方を、一つのきれいな道徳理論だけで説明することに疑問を向けたイギリスの哲学者です。

ここが、まず覚えておきたいウィリアムズという人物の特徴です。

そして、この特徴を知ることが、後に「道徳的運」を理解するための大切な入口になります。

ウィリアムズは、1929年(昭和4年)9月21日、イングランドのエセックス州ウェストクリフで生まれ、2003年(平成15年)6月10日に73歳で亡くなりました。

20世紀後半の倫理学に大きな影響を与えた哲学者の一人です。

倫理学とは、「何がよいことなのか」「人はどう生きるべきなのか」「ある行為を、なぜよい・悪いと評価するのか」といった問題を考える哲学の分野です。

Stanford Encyclopedia of Philosophy(スタンフォード・エンサイクロペディア・オブ・フィロソフィー、日本語では「スタンフォード哲学百科事典」と呼ばれる、哲学研究者が執筆・編集し、スタンフォード大学で公開されている専門的なオンライン哲学事典)は、ウィリアムズを20世紀後半の哲学的倫理学に大きな影響を与えた人物と位置づけています。

では、ウィリアムズの何が、それほど重要だったのでしょうか。

彼が大切にしたのは、道徳の理論だけを見るのではなく、「その道徳の中で実際に生きる人間」を見ることでした。

人には、大切にしている家族や友人がいます。

長い時間をかけて追い続けている目標もあります。

「自分はこういう人間でありたい」という思いもあります。

そして、何かを選ぶときには、ただ「正しいルールは何か」を考えるだけではなく、こうした自分自身の人生を背負って選んでいます。

ウィリアムズは、このような人間の感情、価値観、大切にしていること、人生上の計画を無視して、道徳を一つの規則や仕組みだけで説明することには限界があると考えました。

スタンフォード哲学百科事典も、ウィリアムズの哲学の重要な特徴として、人間の倫理的な生活は、一つの体系的な道徳理論できれいに捉えられるほど単純ではないという考えを挙げています。また、その人が深く大切にしている価値や人生上の計画を重視したことも指摘しています。

この考えは、突然「道徳的運」という論文で現れたものではありません。

1972年(昭和47年)、ウィリアムズは最初の著書 Morality: An Introduction to Ethics(モラリティ・アン・イントロダクション・トゥ・エシックス、題名をおおまかに訳すと「道徳――倫理学への入門」)を出版しました。

この本ではすでに、人間の道徳生活を一つの整った理論へまとめようとする考え方への疑問が表れています。

スタンフォード哲学百科事典によると、この最初の著書には、後のウィリアムズの哲学につながる重要なテーマがすでに見られました。

特に、道徳について一つの絶対的な仕組みを作り、その仕組みを使えば「この場合はこれが正しい」と答えを出せるようにしようとする考えに、ウィリアムズは強い警戒を向けていました。

ここで大切なのは、

ウィリアムズが「道徳には何の答えもない」と考えたわけではない

ということです。

彼が問題にしたのは、人間の複雑な人生を無視してまで、一つの理論ですべてを説明しようとすることでした。

まず現実の人間を見る。

その人が何を大切にしているのかを見る。

その人がどのような人生を生き、その選択をどのように受け止めるのかを見る。

ウィリアムズは、倫理を「正しい答えを計算するだけの問題」ではなく、「実際の人間がどう生きるのか」という問題として考えようとした哲学者だったのです。

そして、ここから「道徳的運」へつながる重要な問題が現れます。

人は、自分の人生について選ぶことはできます。

しかし、選んだあとに何が起きるのかまで、すべて自分で決めることはできません。

努力しても成功しないことがあります。

偶然の出会いによって人生が変わることもあります。

予想していなかった出来事によって、同じような行動からまったく違う結果が生まれることもあります。

つまり、実際の人間の人生を考えようとすると、本人には完全にはコントロールできない「運」を無視できなくなります。

ここからは、ウィリアムズの著作全体と「道徳的運」の論文をつないで理解するための記事上の整理です。

人間の現実の生き方を重視したウィリアムズにとって、「本人がコントロールできない運と、道徳的な評価を本当に完全に切り離せるのか」という問題は、彼の哲学全体とつながる問いとして理解できます。

これは、ウィリアムズ本人も後に示した位置づけと重なります。

1976年(昭和51年)、ウィリアムズは Moral Luck(モラル・ラック、「道徳的運」)という論文を発表しました。論文はイギリスの哲学学会The Aristotelian Society(ジ・アリストテリアン・ソサエティ、「アリストテレス協会」)の補遺巻第50巻に掲載されました。

さらに1981年(昭和56年)には、この論文を含む論文集 Moral Luck: Philosophical Papers 1973–1980(モラル・ラック――フィロソフィカル・ペーパーズ、1973年から1980年の哲学論文をまとめた本)を出版しています。

その序文でウィリアムズは、「Moral Luck」という題名を本全体につけた理由について、この一つの論文だけを特別に目立たせたかったからではなく、その題名に表れている問題意識が、本に収められたほかの論文にもさまざまな形で現れているからだという趣旨を説明しています。

このことからも、「道徳的運」はウィリアムズがたまたま一度だけ考えた話ではなかったことが分かります。

人間の人格、感情、人生上の目標、行為、責任などを現実の人間の側から考えていくと、その人生に入り込んでくる「運」をどう考えるのかという問題にぶつかる。

道徳的運は、そうしたウィリアムズの広い問題意識の中に位置づけると理解しやすくなります。

ここまでで、第1章で悠斗が抱いた、

「なぜ道徳的運を調べると、バーナード・ウィリアムズが出てくるのだろう?」

という疑問にも、最初の答えが見えてきました。

ウィリアムズは、人間の生き方を道徳のルールだけで整理するのではなく、実際の人生に入り込む偶然や、自分では決められない出来事まで含めて考えようとした哲学者だったからです。

では、そもそも「道徳的運」とは何なのでしょうか。

「人生には運がある」というだけなら、わざわざ哲学上の問題にする必要はなさそうです。

重要なのは、その運が、人を「よい」「悪い」「責任がある」と評価する場面にまで関わってくることです。

次に、ウィリアムズが提起した「道徳的運」とはどのような問題なのかを、ここで一度正確に確認してみましょう。

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