『ちいかわ』第376話「パラレルワールド②」感想考察――ほんの少し違う世界だからこそ怖い

感想

いつもの日常、いつもの仲間たち。それなのに、何かが少しずつ違う――。ちいかわの異変からパラレルワールドへ入り込んだハチワレの姿を追いながら、「なんか……おしゃれしてる?」という言葉に表れたハチワレらしさと、“ほんの少しの違和感”が生み出す怖さを考察します。

『ちいかわ』第376話「パラレルワールド②」

今回の話を見ていて私が最も興味深く感じたのは、「別世界に来た」ということが大げさに説明されるのではなく、いつもの日常がほんの少しずつズレていくことで、気がつけばまったく違う世界へ入り込んでいることです。

しかも、その異常に視聴者のほうが先に気づいているのに、当事者であるハチワレは意外なほど自然にその世界を受け入れている。

この「見ている側とハチワレの認識のズレ」が、今回の話をかわいくも、不思議にも、そして少し怖くもしているように思いました。

体温計を見つめるちいかわ――最初から漂っている小さな異変

冒頭のイラストでは、ちいかわが布団の中で体温計を見ています。

口を少しギュッと結んだような、困っているようにも見える表情。

顔も少し赤く、前回ハチに刺された頭のあたりにも赤みが残っています。

ここで実際に描かれているのは、体調を崩したちいかわの姿です。

ただ、前回の出来事を知ったうえで見ると、私はこの「熱を出している」という状態そのものが、単純な体調不良ではなく、何か別のものがちいかわの中で進行していることを示しているようにも感じました。

体温計という、とても日常的な道具が置かれているからこそ、一見すると普通の病気に見えます。

でも本当は、すでに普通ではないことが起きている。

「異常なことが、日常の姿をして現れている」というのは、今回のパラレルワールド編全体につながる重要な感覚なのかもしれません。

「おすそわけ」に来るハチワレの優しさ

そんなちいかわの家へ、ハチワレがやって来ます。

ハチワレは「おすそわけ」と言って、味のついたコーンがいっぱいあったことを嬉しそうに知らせようとしています。

ここは本当にハチワレらしい場面だと思いました。

何かおいしいものを見つけた。

だから友達にも持っていってあげたい。

ものすごく小さな出来事ですが、こういう行動の一つ一つから、ハチワレが普段からちいかわのことを大切にしていることが分かります。

しかも、味のついたコーンをそのまま持ってくるという少し不思議な感覚も含めて、いかにもこの世界らしい。

私はこういう何気ない日常が最初に描かれていることも大切だと思いました。

これから異常なことが起こるからこそ、その直前に「いつものハチワレ」がしっかり描かれている。

そのため、世界が変わった後の違和感がより強く感じられるのだと思います。

返事がない――ハチワレが最初に感じた小さな違和感

ところが、ノックして声をかけても、ちいかわは出てきません。

ハチワレは少し不思議そうにしながら、「いないかな」と窓のほうへ回ります。

そして室内をのぞくと、そこには冷えシートを貼って横になっているちいかわがいます。

そこでハチワレは、

「なんか……変」

と異変に気づきます。

私はこの言葉も面白いと思いました。

いきなり「大変だ!」と断定するのではなく、まず「いつもと何かが違う」と感じている。

つまりハチワレは、決して何も気づかないキャラクターではないのです。

むしろ、友達の小さな変化にはかなり敏感なのではないでしょうか。

返事がない。

いつもと様子が違う。

横になっている。

そうした小さな情報を見て、「これは普通ではない」と察する。

後半ではパラレル世界の大きな異常を「おしゃれ」と解釈してしまうハチワレですが、ここではきちんとちいかわの異変に気づいています。

この差も私は非常に興味深く感じました。

ハチワレは「違いが分からない」のではなく、「違いを悪い方向に解釈しにくい」のかもしれません。

扉を開けて入っていくハチワレ――ちいかわ世界の安全とは何なのか

異変に気づいたハチワレは、「大丈夫?」と焦りながら家の中へ入っていきます。

ここを見ていて、私は別のところにも少し気になりました。

扉を開ければ、そのまま家の中へ入ることができるように見えるのです。

もちろん、ちいかわが具合を悪くしている緊急事態なので、ハチワレが急いで中へ入ること自体は自然です。

ただ、「この世界の家は普段どの程度鍵をかけているのだろう」とも考えてしまいました。

危険な怪異が普通に存在している世界なのに、住居については意外と無防備なのか。

それとも、少なくともこの地域の日常生活は、それだけ他者を信頼して暮らせる程度には安全なのか。

『ちいかわ』の世界は、討伐や怪異など、ときどき非常に危険なものが存在する一方で、生活圏では驚くほどのどかな時間も流れています。

この「危険な世界なのに、日常は妙に無防備」というアンバランスさも、私は『ちいかわ』の世界の不思議なところだと思っています。

「冷えシートってことは、熱?」

ちいかわに近づいたハチワレは、

「冷えシートってことは、熱?」

と状況を判断します。

これも、よく考えるとハチワレらしい言葉です。

冷えシートを見て、熱があるのだろうと推測する。

つまり目の前にある情報から、一つずつ状況を理解しようとしているのです。

ハチワレは天然なところがありますが、決して何も考えていないわけではありません。

むしろ、自分なりの理屈で世界を理解している。

そして、その理屈が少しだけ素直すぎる。

私はそこがハチワレの魅力だと思います。

そしてハチワレは、ちいかわの額へ手を伸ばします。

友達が熱を出していると思ったら、おでこを触って確かめる。

これもごく普通の、優しい行動です。

ところが、その優しさが今回の世界では危険への入口になります。

友達を心配して触れたことが、異世界への入口になる

ハチワレがちいかわの額に触れた瞬間、突然、強烈な電撃のようなものが走ります。

頭上には激しい光。

しっぽまでビリビリと震えたような表現になっています。

想像していたよりもかなり激しい演出で、少し笑ってしまうほどの勢いがあります。

しかし、よく考えると非常に恐ろしい場面です。

ハチワレは何も危険なことをしていません。

危険な場所へ自分から入ったわけでもない。

何か禁止されているものに興味本位で触れたわけでもない。

ただ、具合の悪そうな友達を心配して触れただけです。

それだけで異常な現象に巻き込まれてしまう。

私はここに、『ちいかわ』世界の怖さがよく出ているように感じました。

善意が必ず報われる世界ではない。

優しさによって危険を回避できるわけでもない。

「大切な友達を心配する」という何の悪意もない行動でさえ、場合によっては自分も怪異の中へ引き込まれてしまう。

かわいい見た目の作品なのに、世界そのものはかなり理不尽です。

電撃の直後、なぜか普通にラーメンを食べている

そして画面が暗転します。

次の瞬間。

ハチワレは、なぜか普通に食事をしています。

私は今回、ここが最も不気味な場面の一つだと思いました。

普通の異世界ものなら、

「ここはどこ?」

「さっきまでちいかわの家にいたはずなのに!」

と混乱するところです。

しかし、ハチワレにはそれがありません。

普通に食べています。

しかも柿の種のようなトッピングを食べて、

「合うかも」

と楽しんでいます。

まるで最初からその店に食事をしに来ていたかのようです。

ここから私は、「ハチワレは場所だけを移動させられたのではないのではないか」と考えました。

もしかすると、パラレルワールドへ移動した瞬間、その世界で起きている出来事を自然なものとして受け入れてしまうような作用まであるのではないでしょうか。

私たちが夢を見ているときに似ています。

夢の中では、突然知らない場所にいても、

「どうして自分はここにいるのだろう」

と疑問に思わないことがあります。

場面が変わっても、それを当然のこととして受け入れてしまう。

今回のハチワレも、それに近い状態に見えました。

もしそうだとしたら、このパラレルワールドで本当に怖いのは「別の世界に飛ばされること」そのものではありません。

自分が別の世界にいるという事実に、気づきにくくなること。

そこが最も恐ろしいのではないかと思います。

鎧さんなのに、甲冑になっている

ハチワレが食事をしている場所をよく見ると、すでに少しずつ世界が違っています。

まず鎧さん。

いつもの西洋風の鎧ではなく、今回は日本の武者を思わせるような甲冑姿になっています。

「鎧さん」という存在そのものは残っている。

でも、「鎧」の種類だけが違う。

この変化が絶妙です。

まったく別のキャラクターなら、すぐに異世界だと分かります。

しかし、

「鎧さんはいる。ただし鎧が違う」

という程度の変化なので、一瞬そのまま受け入れてしまいます。

私はこの作り方が非常にうまいと思いました。

パラレルワールドとは「すべてが逆になる世界」ではなく、「基本的な構造は同じなのに、選ばれた答えだけが少しずつ違う世界」として作られているのかもしれません。

シーサーも「ほとんどシーサー」なのに少し違う

さらに一瞬映るシーサーも、普段とは少し違います。

耳が長く、垂れ耳のようにも見える。

しっぽや全体のフォルムにも微妙な違いがあります。

でも、見ればシーサーだと分かります。

ここでもやはり、「誰なのか分からないほど変える」のではなく、「誰なのかは分かる程度に変える」という絶妙な調整がされています。

私はこの世界を見ながら、「人が強く違和感を感じるのは、完全に知らないものではなく、よく知っているものが少しだけ違うときなのかもしれない」と思いました。

知らない生き物なら、「知らない生き物だ」で終わります。

でも、「これはシーサーのはずなのに、何か違う」となると、頭の中で正解と目の前のものを何度も比較してしまいます。

パラレルワールド編の面白さは、まさにその感覚を利用しているのではないでしょうか。

「郎」ではなく「豚」――世界そのものが一文字ずつずれているような感覚

そしてハチワレが店から出ていくと、店の看板もいつもとは違います。

普段見慣れているものとは別の名前になっていて、「豚」と書かれています。

これもまた大胆に世界を変えるのではなく、「何となくありそうな別の答え」になっているのが面白いところです。

甲冑になった鎧さん。

少し姿の違うシーサー。

違う店名。

変わったトッピング。

一つ一つは「そういうこともあるかもしれない」で済んでしまいそうな違いです。

でも、それらが積み重なっていくと、視聴者にははっきり分かります。

ここはもう、いつもの世界ではありません。

私はこの「小さな違和感を積み重ねることで巨大な異常を作る」という方法が、とても巧みだと思いました。

何も知らずに、ぽよぽよと走るハチワレ

そんな不穏な世界の中を、ハチワレはかなり楽しそうに歩いていきます。

店を出た後の、ぽよぽよ、ぷにぷにとした走り方。

少しスキップしているようにも見えて、とてもかわいい。

この場面だけ切り取れば、完全にほのぼのした日常回です。

だからこそ怖いのです。

視聴者は、

「そこ、いつもの世界じゃないよ」

と思いながら見ています。

でもハチワレ本人は楽しそうです。

つまりここでは、「映像のかわいさ」と「物語として起きていることの怖さ」が完全に反対方向を向いています。

『ちいかわ』では、この組み合わせが本当に強いと思います。

キャラクターはかわいい。

動きもかわいい。

声もかわいい。

BGMも穏やか。

でも、起きていることだけを文章にするとかなり恐ろしい。

この落差が、『ちいかわ』の不穏な回を独特なものにしているのでしょう。

そして現れる、「ちいかわ?」と「うさぎ?」

そこでハチワレは何かに気づき、声をかけます。

その先にいたのは、ちいかわとうさぎによく似た二人です。

ただし、どう見てもいつもの二人ではありません。

ちいかわらしき存在には耳がなく、頭の上には角のようなものがあります。

お腹にはピンク色の模様。

しっぽも普段とは違います。

一方、うさぎらしき存在はさらに強烈です。

色合いも少し違って見え、眉毛もあり、しっぽも細くくるりとした形。

そして何より、耳がハサミのようになっています。

しかもそのハサミをカチカチと動かす。

音までしっかり金属的なので、見た目だけではなく「本当に切れそう」という危険さがあります。

足を交差させた立ち方まで含めて、いつものうさぎ同じようなそれでいた違うようなものを感じます。

にもかかわらず、元がうさぎなのは一目で分かります。

私はここで改めて、普段のちいかわやうさぎのデザインがどれほど絶妙なのかを感じました。

ほんの少し形を変える。

ほんの少し色を変える。

眉毛をつける。

耳を変える。

それだけで、こんなにも「知っているけれど知らないもの」になってしまう。

逆にいえば、いつものちいかわたちのかわいさは、目、耳、色、丸み、しっぽなどのものすごく繊細なバランスによって成立しているのでしょう。

パラレルの姿を見ることによって、普段のデザインの完成度まで分かってくるのが面白いところです。

「なんか……おしゃれしてる?」――今回一番ハチワレらしい言葉

そして、そんな二人を見たハチワレが言います。

「なんか……おしゃれしてる?」

私は今回、この一言が一番好きでした。

どう考えても「おしゃれ」の範囲を超えています。

うさぎの耳はハサミになっています。

ちいかわの頭も明らかに違います。

視聴者側からすると、

「そこはもっと驚くところでは?」

と思ってしまいます。

でもハチワレは、それを「おしゃれ」と考える。

これを単なる天然な反応として見るだけでも面白いのですが、私はもう一つ別の意味も感じました。

ハチワレは、友達の姿が自分の知っているものと違っていても、まず否定的な言葉を使わないのです。

「気持ち悪い」

「変になった」

「何それ」

ではない。

「おしゃれしてる?」

なのです。

相手が変わったことは認識している。

でも、その違いを最初から悪いものとして決めつけない。

「何か新しいことをしているのかな」

くらいに受け止めている。

ここにはハチワレの天然さと同時に、私はハチワレの優しさも感じました。

ハチワレは「違いに気づかない」のではなく「違いを悪く考えない」のかもしれない

今回の流れを最初から考えると、このことがさらに面白く見えてきます。

ちいかわが寝込んでいるときには、

「なんか変」

とすぐに気づいていました。

つまりハチワレは、決して変化に鈍感なわけではありません。

友達の具合が悪そうなら気づく。

冷えシートを見れば熱だと判断する。

パラレルちいかわとうさぎを見ても、「いつもと違う」こと自体は理解しています。

それなのに出てくる言葉が、

「おしゃれしてる?」

なのです。

そう考えると、ハチワレの特徴は「違いが分からないこと」ではなく、違いを悪い方向へ結びつけるまでに時間がかかることなのではないでしょうか。

これはある意味、ものすごくポジティブなものの見方です。

ただし、このパラレルワールドでは、その長所が危険にもつながります。

本当なら逃げたほうがいい異常さまで、

「そういうものなのかな」

と受け入れてしまうかもしれない。

優しさと危機感の薄さ。

ポジティブさと鈍感さ。

同じ性格が、状況によって長所にも弱点にもなる。

私はここが、ハチワレというキャラクターの面白いところだと思います。

パラレルワールドの怖さは、「違うこと」ではなく「慣れてしまうこと」なのかもしれない

今回の話を見終えて、一番考えてしまったのがここです。

パラレルワールドの怖さとは何なのでしょうか。

見た目の違うちいかわ?

ハサミ耳のうさぎ?

甲冑になった鎧さん?

もちろん、それらも不気味です。

でも私は、それ以上に怖いのが「ハチワレがそれらを自然に受け入れていること」だと思いました。

人は、まったく知らないものには強く警戒できます。

ところが、「だいたい知っているもの」には警戒心が弱くなることがあります。

見慣れた場所。

知っている友達。

いつもの食事。

少しだけ何かが違う。

でも大部分が同じだから、

「まあ、こんなものなのかな」

と受け入れてしまう。

それが積み重なるうちに、本当はものすごく大きな異常の中にいることさえ分からなくなる。

今回のパラレルワールドは、そんな怖さを描いているようにも見えました。

最後の「つづく」まで、もう元の世界ではない

そして物語の最後。

普段の「つづく」の演出まで、今回は少し違っています。

車に乗っているちいかわまでパラレルワールドの姿になっている。

ここが私はとても好きです。

本編の中だけが異世界になったのではありません。

普段なら物語の外側にあるはずの「つづく」の部分まで変わっている。

さらにキャスト表記にも「ちいかわ?」「うさぎ?」というように疑問符がつく。

つまり、作品の中の登場人物だけではなく、作品そのものがパラレルワールド仕様になっているのです。

これは細かい遊び心ですが、同時に、

「もうここは完全に向こう側ですよ」

と視聴者に知らせる演出にも思えます。

どこからどこまでがパラレルワールドなのか。

本編が終わっても、まだ異世界の影響が残っている。

そう考えると、最後までしっかり不穏です。

コメント欄では、どんなところが注目されていたのか

今回のコメント欄では、特にハチワレの「なんか……おしゃれしてる?」という言葉に対する反応が非常に多く、「明らかに異常な姿なのに“おしゃれ”と表現するのがハチワレらしい」「変だと否定するのではなく、おしゃれと捉えるところが優しい」「天然でポジティブすぎる」といった意見が目立っていました。

また、ちいかわに触れた瞬間の電撃が原作で想像していた以上に激しかったこと、うさぎのハサミ耳の金属音が本当に切れ味のありそうな音だったこと、「デヤ!」という声が想像よりかわいかったことにも多くの反応がありました。

ハチワレの声や演技が自然でかわいくなったという声、走るときのぽよぽよした動きへの反応も多く見られました。パラレルワールドのデザインについては、ちいかわとうさぎが「元の二人だと分かるのに絶妙に違和感がある」「普段のデザインがどれほどかわいいか逆に分かる」という意見があり、甲冑姿の鎧さん、垂れ耳のようなシーサー、店名の違い、柿の種のようなトッピング、パラレル仕様の「つづく」、キャスト欄の「ちいかわ?」「うさぎ?」といった細かな違いにも多くの人が気づいていました。

また、ちいかわに触っただけでハチワレまでパラレルワールドへ引き込まれる怪異の危険性、ちいかわの家から急に食事の場面へ移ってもハチワレが疑問を抱かないことへの怖さ、そして原作を知っている人たちからは「ここからが怖い」「ついにパラレルワールド編が始まった」「この先の展開が楽しみだけれど怖い」といった反応も多く見られました。

今回の動画が教えてくれるかもしれないこと

今回の動画を見て私が感じたのは、大きな異常よりも、「いつもとほんの少し違う」という小さな違和感のほうが、時にはずっと怖いということです。

そして同時に、ハチワレの「おしゃれしてる?」という言葉からは、違いに気づきながらも、それをすぐ悪いものとして決めつけない見方も感じました。

違和感には気づく。でも、違うというだけで否定はしない。

少し危なっかしくもありますが、そんなハチワレの優しいものの見方も含めて、この動画は「小さな違いに気づくことの大切さ」と「違いをどう受け止めるかは自分次第なのかもしれない」ということを教えてくれているのかもしれません。

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