理想が叶う世界と、思い出を積み重ねた世界。ハチワレが迷いながらも「帰る」と決めた理由から、幸せとは何か、そして本当に大切な世界とは何かを考察します。
- 『ちいかわ』第379話「パラレルワールド⑤」。
- 最初の一枚絵から感じる、パラレルワールドの「幸せそうなちいかわ」
- 「潰したら、この世界どうなるの?」というハチワレの疑問
- 「いいところもさ、あるんだよ。ここって」
- では、パラレルワールドは本当に「ちいかわの理想」なのか
- ハチワレが迷っている間にも、現実では時間が進んでいる
- 「いいところもある。けど、でも……」から元の世界へ気持ちが動く
- 「ちいかわのため」から「自分が帰りたい」へ変化しているのではないか
- ハチワレにとっての「幸せ」とは何なのか
- ハチワレが思い出したのは、「自分だけが幸せだった時間」ではないのかもしれない
- 両方を守れなくても、両方を大切だと思うことはできる
- 「元の世界がいい」と思ったのは、ハチワレだけなのか
- パラレルワールドの「いい結果」と、元の世界の「思い出」
- ほめられリボンに残っている、失敗したからこその記憶
- お揃いのさすまたも、「結果」ではなく「一緒に喜んだ時間」
- うさぎとの思い出が食べ物なのが、やっぱり『ちいかわ』らしい
- 「帰る!」で、ハチワレの迷いが自分自身の決意に変わる
- 久しぶりの「なんとかなれーッ!」と、ハチワレの強さ
- 捕まえたのに「どうするのッ?」――急にいつものハチワレに戻る
- 木はなぜ、「潰すんじゃ」と言うだけなのか
- 虫が網を破り、世界そのものが変化し始める
- なぜ「吸われる」と、パラレルワールドまで揺らぐのか
- 「吸われ始めたぞい」と淡々と言う木の不気味さ
- 「ちいかわ?」「うさぎ?」と、最後まで世界の正体を曖昧にする
- 今回ほとんど声を出していないように見える「うさぎ」が、なぜキャストにいるのか
- このパラレルワールドは、結局誰の「理想」なのだろう
- ハチワレが本当に選んだもの
- コメント欄では、ハチワレの優しさと元の世界への決断に多くの反応がありました
- 今回の動画が教えてくれるかもしれないこと
『ちいかわ』第379話「パラレルワールド⑤」。
今回は、短い時間の中にかなり大きな問いが詰め込まれた回だったように思います。
元の世界へ帰るためには、目の前の虫を潰さなければならない。
言葉だけにすると非常に単純な話なのですが、ハチワレはすぐにはそれを実行できません。
なぜなら、その虫を潰したとき、このパラレルワールドがどうなってしまうのか分からないからです。
しかも、この世界には、この世界なりの「いいところ」があります。
今回のハチワレは、ただ元の世界へ帰ろうとしているだけではなく、
「こちらの世界をどう考えるのか」
「自分はどちらの世界を選びたいのか」
「友達の幸せと、自分自身の気持ちはどう折り合いをつければいいのか」
という、とても大きな問題を一度に突きつけられているように見えました。
だからこそ今回は、ハチワレの優しさだけでなく、「幸せとは誰にとっての幸せなのか」「理想の世界と、自分が本当に帰りたい世界は同じなのか」というところまで考えさせられました。
最初の一枚絵から感じる、パラレルワールドの「幸せそうなちいかわ」
冒頭の一枚絵では、パラレルワールドのちいかわと、小さなクワガタのようなキャラクターが楽しそうに過ごしています。
ちいかわのおへそや尻尾のピンク色も目に入り、全体的にはとてもかわいらしく、穏やかな雰囲気です。
しかし、本編で起きていることを考えると、逆にこのかわいらしさが少し不思議にも感じられました。
なぜなら、パラレルワールドは単純な「怖い異世界」として描かれているわけではないからです。
そこには、ちゃんとちいかわの笑顔があります。
元の世界では失ってしまったもの。
叶わなかったもの。
「こうだったらよかったのに」と思えるもの。
そうしたものが、こちらの世界では叶っているように見えます。
つまり、この世界を否定しようとすると、
「でも、こちらのちいかわは幸せそうなのに」
という気持ちが必ず残ります。
もしかすると物語は最初から、視聴者にもハチワレと同じ迷いを持たせようとしているのではないでしょうか。
「潰したら、この世界どうなるの?」というハチワレの疑問
本編は、前回に引き続き、ハチワレと木が虫を追いかけているところから始まります。
木は、元の世界へ戻りたいのであれば、あの虫を潰すようハチワレに伝えます。
ところがハチワレは、
「潰したらどうなるの?」
「この世界、どうなるの?」
という意味の問いを木に投げかけます。
私はここが今回の非常に重要なところだと思いました。
ハチワレが気にしているのは、「虫を潰したら自分が元の世界へ帰れるのか」ということだけではありません。
自分が帰ったあと、
「この世界そのものがどうなってしまうのか」
まで考えているのです。
自分の身にも危険が迫っているのに、自分が去った後の世界を心配する。
そこに、ハチワレらしい優しさがとても強く表れているように感じます。
そして木の答えも不思議です。
どうなるのか尋ねられても、はっきりとは分からない様子です。
ここで私は、
「では、この木は本当にこの世界のすべてを知っている存在なのだろうか」
と疑問に思いました。
元の世界へ戻る方法は知っている。
虫を潰さなければならないことも知っている。
しかし、その結果この世界がどうなるのかは分からない。
もし本当にそうなのであれば、木は世界を支配している存在というより、「この世界のルールの一部を知っている案内役」に近いのかもしれません。
あるいは木自身も、このパラレルワールドという現象に巻き込まれた存在なのでしょうか。
答えを教えてくれるようで、肝心なところは分からない。
この少し頼りになるようで、完全には頼り切れない感じが、木という存在の不思議さでもあり、不気味さでもあるように感じます。
「いいところもさ、あるんだよ。ここって」

そして、ハチワレは走りながらパラレルワールドのちいかわたちを思い出します。
この世界では、ちいかわが小さなクワガタのような存在と楽しそうに過ごしています。
さらに、草むしり検定5級にも合格しています。
元の世界でちいかわが悲しい思いをしたり、叶わなかったりしたことが、こちらでは少しずつ「うまくいっている世界」になっているように見えます。
そこでハチワレは、
「いいところもさ、あるんだよ。ここって」
と口にします。
私はこの言葉が、今回もっとも考えさせられる言葉の一つでした。
この「いいところ」というのは、いったい誰にとっての「いいところ」なのでしょうか。
ちいかわ、にとってでしょうか。
それとも、ハチワレから見た「ちいかわにとってのいいところ」なのでしょうか。
あるいは、この世界そのものがちいかわの心の奥にあった、
「こうなってほしかった」
という願望を反映していて、それをハチワレも感じ取っているのでしょうか。
ここは、はっきりとは分かりません。
ただ興味深いのは、ハチワレが「この世界のいいところ」として思い浮かべるものの中心に、自分自身の利益がほとんどないことです。
思い浮かべているのは、
ちいかわが幸せそうにしていること。
ちいかわが5級に合格していること。
ちいかわが失いたくなかったものと一緒にいること。
つまりハチワレにとって、この世界が「いい世界」に見えている理由の大部分は、
「自分が幸せだから」
ではなく、
「友達が幸せそうだから」
なのではないでしょうか。
この短い一言の中にも、ハチワレの性格がかなり表れているように思います。
では、パラレルワールドは本当に「ちいかわの理想」なのか
ただ、ここでさらに疑問が生まれます。
本当にこの世界は、「ちいかわ本人が望んだ理想の世界」なのでしょうか。
前回、木は「頭に産み付けて脳と混じり合い、濃厚になったパラレルワールド」といった趣旨の説明をしていました。
この言葉をそのまま考えるなら、この世界にはちいかわの記憶や感情、願望のようなものが混ざっている可能性があります。
しかし、完全にちいかわだけが作った世界なのかどうかは、まだ分かりません。
もし純粋にちいかわの理想そのものなのであれば、
「ちいかわは、元の世界をそれほど嫌だと思っていたのだろうか」
という疑問も出てきます。
私は、そこまで単純な話ではないような気がします。
元の世界が嫌だから別世界を望んだのではなく、
「あのとき、こうだったらよかったな」
「これがなくならなければよかったな」
「試験に受かっていたらうれしかったな」
という、一つ一つの小さな後悔や願いを拾い集めた結果、この世界が作られたのではないでしょうか。
人は今の人生を嫌っていなくても、
「あのときだけは、こうだったらよかった」
と思うことがあります。
その小さな「もしも」だけを現実にしていった世界だとすれば、このパラレルワールドの魅力と怖さがより分かるような気がします。
ハチワレが迷っている間にも、現実では時間が進んでいる
しかし、ハチワレがどちらの世界を選ぶべきなのか迷っている間にも、現実世界では状況が進行していきます。
現実のちいかわは目の焦点が合っていないような状態になり、虫が頭に取りついています。
そして、吸い始めようとしている様子が描かれます。
ここが怖いところです。
パラレルワールドの中では、ハチワレが壮大な問題について悩んでいる。
しかし現実は、その葛藤を待ってくれません。
考えている間にも危険は進んでいく。
どちらも守りたい。
でも、決めなければ何も守れないかもしれない。
今回の怖さは、この「考える時間すら限られている」というところにもあるように思います。
「いいところもある。けど、でも……」から元の世界へ気持ちが動く
そして後半に入っても、ハチワレはまだ迷っています。
「いいところもある」
そう思いながら、
「けど」
「でも」
と気持ちが揺れます。
ここから、ハチワレの中に元の世界での記憶が次々と浮かび始めます。
ちいかわからもらったクッキー。
ちいかわとお揃いのさすまたを持って、一緒に喜んでいる場面。
大切な、ほめられリボン。
そして、うさぎと食べ物を分け合っている思い出。
私はこの流れを見て、前半とは少し違う疑問を感じました。
前半でハチワレが考えていた「この世界のいいところ」は、ほとんどがちいかわにとっての幸せでした。
しかし後半でハチワレが思い出す「元の世界のいいところ」は、
ハチワレ自身が経験した思い出
なんですよね。
ここには、非常に面白い違いがあると思います。
「ちいかわのため」から「自分が帰りたい」へ変化しているのではないか
私は今回あらためて見ていて、ハチワレの気持ちは途中で少し変化しているのではないかと思いました。
最初は、
「こっちの世界のちいかわは幸せそうだ」
「この世界にもいいところがある」
「この世界を消してしまっていいのだろうか」
という、ちいかわを中心にした迷いです。
ところが後半、ハチワレが思い出しているのは、
自分がちいかわから何かをもらったこと。
自分がちいかわと一緒に喜んだこと。
自分がうさぎと一緒に過ごしたこと。
つまり、「自分にとって大切だった時間」です。
そう考えると、
「帰る!」
という決断は、
「元の世界のほうが、ちいかわにとって幸せだから」
だけではないのかもしれません。
むしろ、
「自分は、あの世界へ帰りたい」
という、ハチワレ自身の意思が初めて強く表に出た瞬間なのではないでしょうか。
これは私にとって、とても重要な違いに感じました。
ハチワレにとっての「幸せ」とは何なのか
では、ハチワレにとっての幸せとは何なのでしょう。
パラレルワールドにも、ちいかわがいる。
うさぎもいる。
一見すると、元の世界と似た仲間たちがいます。
それでもハチワレが思い浮かべたのは、「元の世界で実際に一緒に過ごしたちいかわとうさぎ」です。
つまりハチワレにとって、
「ちいかわという存在がいればいい」
「うさぎという存在がいればいい」
ということではないのではないでしょうか。
ハチワレにとって大切なのは、
これまで一緒に過ごしてきた、あのちいかわ。
これまで一緒に過ごしてきた、あのうさぎ。
そして、その二人と積み重ねてきた時間なのではないかと思います。
見た目や名前が同じ存在がいるだけでは、「同じ世界」にはならない。
一緒に経験してきた記憶まで含めて、その相手なのだ。
そう考えると、「帰る」という言葉がさらに重く聞こえてきます。
ハチワレが思い出したのは、「自分だけが幸せだった時間」ではないのかもしれない
さらに考えてみると、ハチワレが元の世界を「いい」と思った理由には、もう一つ大切なものがあるように感じました。
ハチワレが思い出しているのは、ただ自分がうれしかった出来事ではありません。
ちいかわとお揃いのさすまたを持って、一緒に喜んだこと。
ちいかわから大切なものをもらい、その気持ちを受け取ったこと。
うさぎと食べ物を分け合い、一緒に過ごしたこと。
そこにはいつも、自分以外の誰かがいます。
そして重要なのは、ハチワレ自身が楽しかったというだけではなく、ハチワレは「あのとき、ちいかわも同じようにうれしかった」「うさぎも一緒に楽しかった」と信じているのではないか、ということです。
一緒に笑った。
一緒に喜んだ。
同じものを見て、同じ時間を過ごした。
そうした思い出は、ハチワレにとって「自分だけが幸せだった記憶」ではなく、「自分たちは一緒に幸せだった」という記憶なのではないでしょうか。
だからこそハチワレは、元の世界を自分一人にとっての「いい世界」だと思っているだけではないように感じます。
自分があれほど大切に感じている時間を、ちいかわやうさぎも同じように大切にしてくれていた。
自分が幸せだったとき、相手もまた幸せだった。
ハチワレは、そう信じているのかもしれません。
もちろん、本当にちいかわやうさぎがまったく同じ気持ちだったのかは、ハチワレには完全には分かりません。
それでも、相手を大切に思うハチワレだからこそ、自分だけの喜びとしてではなく、「みんなで一緒に喜んだ時間」として思い出しているように見えます。
そう考えると、「帰る!」という決断も少し違って見えてきます。
自分だけが幸せだった世界へ戻りたいのではなく、
「自分たちが一緒に幸せだった世界へ帰りたい」
という願いだったのではないでしょうか。
パラレルワールドでちいかわが幸せそうにしていることを大切に思いながらも、元の世界にも確かに、ちいかわやうさぎと一緒に笑い、一緒に喜んだ幸せがあった。
ハチワレはその共有した幸せを信じているからこそ、元の世界もまた「いい世界なのだ」と強く思えたのかもしれません。
両方を守れなくても、両方を大切だと思うことはできる
ただ、ここで忘れてはいけないのは、ハチワレが選ばなければならないということです。
元の世界へ帰るのであれば、パラレルワールドがどうなるのか分かりません。
反対に、こちらの世界を守るために何もしなければ、元の世界のちいかわには危険が迫っています。
つまり結果だけを見れば、
「こちらの世界も大切にする」
「元の世界へ帰る」
という二つを、完全な形で両立させることはできないのかもしれません。
だからこそ私は、この場面で大切なのは「両方を守れた」ということではなく、「どちらかを選ぶために、もう片方の価値を否定しなかった」ということなのではないかと思いました。
ハチワレは、
「こっちの世界なんて偽物だからどうでもいい」
とは考えません。
むしろ最後まで、
「ここにもいいところがある」
と感じています。
こちらで幸せそうにしているちいかわの姿を見て、その幸せまで無意味なものだとは考えられなかった。
それでも最後には、自分が大切にしてきた元の世界へ帰ることを選びます。
つまりハチワレは、二つの世界を同時に救ったわけではありません。
二つの気持ちを同時に持ったまま、一つを選んだのだと思います。
「こちらの世界にも大切なものがある」
という気持ちと、
「それでも自分は元の世界へ帰りたい」
という気持ち。
その二つは、結果としては両立できなくても、心の中ではどちらも本当だったのではないでしょうか。
私はここに、今回の選択の苦しさがあるように感じます。
何かを選ぶということは、必ずしも選ばなかったものを否定することではありません。
こちらの世界を大切だと思ったまま、それでも元の世界を選ぶこともできる。
そして、選ばなかったものに心を残すからこそ、その決断が軽いものではなくなる。
ハチワレの「帰る!」は、迷いがすべて消えて「こっちが正しい」と確信した言葉というより、
「どちらにも大切なものがある。それでも、自分はこっちへ帰る」
と決めた言葉なのかもしれません。
そう考えると、ハチワレの優しさは、迷わないことではなく、迷うだけの理由を最後まで捨てずに、それでも自分で選択するところに表れているように思います。
「元の世界がいい」と思ったのは、ハチワレだけなのか
ただし、ここにはもう一つ疑問が残ります。
ハチワレは、
「元の世界のほうが自分にとって大切だ」
と感じたのか。
それとも、
「きっとちいかわだって、最後には元の世界を選ぶはずだ」
と信じているのでしょうか。
これは分かりません。
もしかするとハチワレは、これまでずっと一緒に過ごしてきたからこそ、
「ちいかわも、この思い出を大切だと思っている」
と強く信じているのかもしれません。
そうであるならば、ハチワレの「帰る」は自分だけの希望ではなく、
「自分たちなら、きっと元の世界を選ぶ」
という友情への信頼でもあります。
逆に、本当に自分自身の意思だけで選んだのだとしても、それはそれで大切なことだと思います。
今回の描写だけでは、どちらか一つに決める必要はないように感じました。
むしろ、
「友達のためなのか」
「自分のためなのか」
「その二つは本当に分けられるのか」
と考えられるところこそ、この回の面白さなのだと思います。
パラレルワールドの「いい結果」と、元の世界の「思い出」
もう一つ興味深いのは、パラレルワールドと元の世界で、「いいところ」の見せ方が違うことです。
パラレルワールドで出てくるのは、
5級に受かっている。
失ったものと一緒にいられる。
といった、「望んでいた結果が実現している状態」です。
一方で元の世界についてハチワレが思い出すのは、
クッキー。
お揃いのさすまた。
ほめられリボン。
うさぎとの食事。
といった、一つ一つの思い出です。
私はこの違いがとても重要なのではないかと思います。
パラレルワールドには「理想的な結果」がある。
元の世界には「共有した時間」がある。
そしてハチワレは、最終的に後者へ戻ろうとします。
それは、人生にとって本当に大切なものが、成功の数だけでは測れないことを表しているようにも見えました。
ほめられリボンに残っている、失敗したからこその記憶
回想の中でも特に印象的なのが、ほめられリボンです。
ハチワレにとって、とても大切なものです。
しかも、リボンには花が二つ付いています。
一度失くしてしまったもの。
そして、その後に再びちいかわから受け取ったもの。
私は、この二つの花を見ると、
「失った記憶」と
「もう一度もらった記憶」
その両方が残っているように感じます。
もし最初から何も失敗しなかった世界だったら、この思い出は生まれなかったかもしれません。
もちろん、悲しい出来事は起こらないほうがいいです。
失敗もしないほうがいい。
それでも、失敗したからこそ知ることのできた相手の優しさもあります。
なくしてしまったからこそ、
「こんなに自分のことを大切にしてくれていたんだ」
と気づく瞬間もあります。
そう考えると、完璧な世界からは、つらい記憶だけでなく、「そのつらさのあとに生まれた大切な思い出」まで消えてしまうのかもしれません。
お揃いのさすまたも、「結果」ではなく「一緒に喜んだ時間」
ちいかわとハチワレがお揃いのさすまたを持ち、喜んで跳ねている思い出も出てきます。
これもまた、「何かに成功した」という結果よりも、
「一緒に喜んだ」
という記憶です。
元の世界は決して完璧ではありません。
危険なこともたくさんあります。
怖いものにも遭遇する。
討伐もしなければならない。
うまくいかないこともある。
それでも、その世界で一緒に何かを手に入れて、一緒に喜んだ。
私は今回のハチワレの回想を見て、
「場所そのものが帰る場所なのではなく、共有した記憶があるから帰る場所になる」
ということなのではないかと感じました。
うさぎとの思い出が食べ物なのが、やっぱり『ちいかわ』らしい
そして、うさぎとの思い出も登場します。
ここがまた面白いです。
ちいかわとの思い出では、ほめられリボンやお揃いのさすまたなど、友情を強く感じさせる場面が続きます。
ところが、うさぎとの思い出は食べ物です。
「そこなんだ」
と思わず笑ってしまいます。
ただ、これも意外と大切なことなのではないでしょうか。
友達との思い出は、必ずしも人生を変えるような出来事だけではありません。
一緒に食べたもの。
誰かから分けてもらったもの。
大変なことのあとに食べて「おいしい」と思ったもの。
そんな何でもない瞬間が、後から妙に忘れられないことがあります。
映像では二人とも少し汚れているようにも見えるので、何か大変な出来事の後だったのかもしれません。
中身についても、ミートボールだったのだろうかなど、いろいろ想像したくなります。
しかし、何を食べていたのか以上に、
「うさぎと一緒にこんな時間を過ごした」
という記憶そのものが、ハチワレにとって元の世界を構成する大切な一部なのだと思います。
「帰る!」で、ハチワレの迷いが自分自身の決意に変わる

そしてハチワレは、
「帰る!」
と決めます。
ここから一気に走る速度が上がります。
私は、この加速がとても印象的でした。
それまでハチワレは、
「こっちにもいいところがある」
「でも……」
と、ずっと心が揺れています。
しかし元の世界で過ごした記憶を思い出した瞬間、決意が固まります。
ここでハチワレが選んだのは、
「どちらの世界が客観的に優れているか」
ではないと思います。
パラレルワールドのほうが悪いから戻るわけではありません。
むしろ、その良さを認めています。
それでも、
「自分は帰る」
と決めた。
だから私は、この「帰る!」という言葉を、
「友達を救うための言葉」
であると同時に、
「自分がどこにいたいのかを、自分で選んだ言葉」
としても受け取りました。
ここまでずっと友達のことを考えていたハチワレが、最後に自分自身の願いを言葉にした。
そう考えると、この一言がさらに力強く感じられます。
久しぶりの「なんとかなれーッ!」と、ハチワレの強さ
そしてハチワレは、
「なんとかなれーッ!」
と飛び込み、虫を網で捕まえます。
「なんとかなれ」で、本当になんとかしてしまうところもハチワレらしいです。
思い切って行動するときのハチワレは、かなり強い。
迷っているときはあれだけ悩んでいたのに、一度「帰る」と決めると行動が速い。
私はここに、
「迷うこと」と「弱いこと」は同じではない
ということも感じました。
よく考えるから迷う。
相手のことまで考えるから決断に時間がかかる。
しかし、決めた後は全力で動ける。
ハチワレの優しさは、行動できない弱さではありません。
迷ったうえで、自分の答えを選び取る強さなのだと思います。
捕まえたのに「どうするのッ?」――急にいつものハチワレに戻る
ところが虫を捕まえた直後、
「なった!」
という喜びも束の間、虫は網の中で激しく暴れます。
するとハチワレは足をバタバタさせながら、
「どうするのッ?」
と慌てます。
ここが本当にかわいいです。
あれだけ格好よく決意して、
「帰る!」
「なんとかなれーッ!」
と突っ込んだのに、捕まえた後のことまでは考えていなかった。
だから一気に、いつものハチワレに戻ります。
足を連打するような動きも、ハチワレの混乱がそのまま体に出ている感じで面白いです。
壮大な世界の選択をしていたはずなのに、突然「虫を捕まえたけれど、このあとどうすればいいのか分からない」という、とても身近な状況になる。
こういう緊張と笑いの切り替えが、『ちいかわ』の独特な魅力だと思います。
木はなぜ、「潰すんじゃ」と言うだけなのか
そこで木は後ろから、
「潰すんじゃ」
と伝えます。
ここでまた私は気になりました。
そこまで分かっているなら、なぜ木自身は手を出さないのでしょうか。
あれだけ大きいので、確かに「踏んでくれれば早いのに」と思います。
しかし、木は徹底して助言だけをします。
方法は教える。
危険も教える。
しかし、行動するのはハチワレ本人です。
これは単に木が戦えないだけなのかもしれません。
しかし、
「この世界から帰る者自身が選択しなければならない」
という何らかのルールがある可能性も考えたくなります。
あるいは、木もこの世界に属する存在である以上、自らこの世界を壊す行動はできないのでしょうか。
それとも、虫を潰したあと本当に何が起きるか分からないため、自分自身では手を出せないのでしょうか。
ここは答えがないからこそ気になります。
手を貸しているようで、最後の一線だけは越えてこない。
だから私は、この木を完全に「味方」と言い切ることにも少し違和感があります。
敵ではなさそうです。
しかし、ハチワレたちとまったく同じ気持ちで動いているわけでもない。
世界の仕組みを淡々と伝える、どこか中立的な存在にも見えます。
虫が網を破り、世界そのものが変化し始める
しかし、ハチワレが戸惑っている間にも虫は激しく暴れ続けます。
そしてついに、網を突き破って逃げてしまいます。
ハチワレは、
「逃げちゃった!」
という状態になります。
その直後、空がピンク色に変化し、世界全体が何かに吸い込まれていくような異変が始まります。
ここで、現実世界でちいかわの頭に取りついている虫の行動と、パラレルワールド側の異変が明確につながって見えます。
私はここで、新しい疑問が出てきました。
現実世界にも虫がいる。
そしてパラレルワールドにも、対応する虫がいる。
この二つは、いったいどのような関係なのでしょうか。
同じ存在の「外側」と「内側」なのでしょうか。
現実側の虫が本体で、パラレルワールド側に現れている虫は、その仕組みを止めるための弱点のようなものなのでしょうか。
もしそうなら、この怪異にも何らかのリスクがあることになります。
相手を夢のような世界に閉じ込める代わりに、自分を倒すための手がかりも、その夢の内部に必ず生まれてしまう。
そんな仕組みだったとしたら、とても面白いです。
なぜ「吸われる」と、パラレルワールドまで揺らぐのか
さらに興味深いのは、現実のちいかわが吸われ始めると、パラレルワールド側にも変化が起こることです。
これはやはり、この世界がちいかわの脳や記憶と強く結びついていることを示しているように感じます。
もしこの世界が完全に独立した別宇宙であるなら、現実のちいかわが吸われても、こちらの空まで変化する必要はないはずです。
ところが実際には連動している。
そう考えると、このパラレルワールドは単なる「別世界」ではなく、
ちいかわの記憶。
願望。
感情。
そして虫の力。
それらが混ざり合って作られた精神世界に近いものなのかもしれません。
ただ、それならハチワレはどうして、その中へ入り込むことができたのでしょう。
ハチワレ自身も、ちいかわの記憶の中に取り込まれたのでしょうか。
それとも現実のハチワレ本人が、何らかの方法でちいかわの精神世界へ入り込んでいるのでしょうか。
さらに、パラレルワールドのうさぎは誰の記憶から生まれているのでしょう。
ちいかわから見たうさぎなのか。
ハチワレの記憶まで混ざっているのか。
あるいは、一度作られた世界の中で独立した存在として生まれたのか。
考えれば考えるほど、このパラレルワールドが何なのか分からなくなります。
でも、その分だけ面白くなります。
「吸われ始めたぞい」と淡々と言う木の不気味さ
そして木は、異変が始まったことを淡々とハチワレに伝えます。
ここも私は少し怖く感じました。
大変なことが起きているのに、木はものすごく慌てるわけでもありません。
ハチワレを心配して取り乱すわけでもない。
ただ、
「始まった」
という事実を伝えるように見えます。
この温度差が少し不気味です。
木はハチワレを助けたいのでしょうか。
それとも、この世界で起こる現象をただ観測しているだけなのでしょうか。
虫を潰せと言うので、一見すると味方です。
しかし世界がどうなるかは知らない。
虫を一緒に倒してくれるわけでもない。
吸われ始めても、事実だけを説明する。
私はこの木について、
「善意はありそうだが、ハチワレたちと同じ感情で動いている存在ではない」
という印象を持ちました。
だからこそ、優しい声で説明していても、完全には安心できません。
「ちいかわ?」「うさぎ?」と、最後まで世界の正体を曖昧にする
そして今回も、物語は非常に気になるところで終わります。
「つづく」の場面では、パラレルワールドのうさぎが使われています。
また、登場人物の表記にも「?」が付くことで、
「本当にこれは、私たちが知っているちいかわなのか」
「本当にこれは、いつものうさぎなのか」
という疑問が残ります。
一方、木はそのまま「木」です。
考えてみれば、木には固有の名前らしいものがありません。
本当にただの「木」。
これも不思議です。
もしこの世界がちいかわの認識や記憶から作られているのなら、ちいかわが名前を知らない存在は、役割そのものの名前で現れるのでしょうか。
そんなことまで考えたくなります。
今回ほとんど声を出していないように見える「うさぎ」が、なぜキャストにいるのか
そして最後の声の表記、キャストの部分を見ていて、もう一つ気になったことがありました。
そこには「うさぎ」の名前もあります。
ただ、私が今回見た限りでは、うさぎがはっきりと声を出している場面はなかったように感じました。
もちろん、私がごく短い声を聞き逃している可能性もあります。
あるいは回想部分などに、ごくわずかな声が含まれていたのかもしれません。
それでも、
「今回、うさぎの名前がキャストにあるのはなぜだろう」
と少し気になりました。
単純に登場しているからなのか。
わずかな声が使われているのか。
あるいは制作上のクレジットの付け方によるものなのか。
そこに特別な意味があるとまでは言えませんが、こうした細かな表記まで気になってしまうくらい、このパラレルワールド編は「誰が本物で、誰がこの世界の存在なのか」を考えさせてくる話なのだと思います。
そして「つづく」でパラレルワールドのうさぎが使われていることも合わせると、次回以降のうさぎの存在にも、つい注目したくなります。
このパラレルワールドは、結局誰の「理想」なのだろう
今回を見終えて、私は最終的にここがいちばん気になりました。
このパラレルワールドは、本当に誰の世界なのでしょうか。
ちいかわが願った世界なのか。
虫がちいかわの脳から作った世界なのか。
ハチワレが「ちいかわならこう思うだろう」と理解した世界なのか。
それとも、ちいかわの願望だけではなく、記憶や後悔や恐怖まで混ざった結果として生まれた、本人にも制御できない世界なのでしょうか。
おそらく、単純な「夢」ではないように思います。
なぜなら、この世界にはハチワレが「残してあげたい」と思うほどの実感が生まれているからです。
そこにいるちいかわも、うさぎも、ただの背景ではなく、一人ひとりの存在のように見えてくる。
だから虫を潰せば帰れると分かっていても、ハチワレは迷います。
「夢だから消してもいい」
とは簡単に割り切れなくなっているのです。
私はここに、このパラレルワールド編の本当の怖さがあると思います。
偽物だと分かっていたとしても、そこに幸せがあれば捨てるのはつらい。
苦痛だけを見せて閉じ込めるより、
「こっちのほうが幸せなんじゃない?」
と思わせて閉じ込めるほうが、はるかに抜け出しにくい。
そう考えると、この虫の能力はかなり恐ろしいです。
ハチワレが本当に選んだもの
だからこそ今回の「帰る!」という決断が、とても重く感じます。
ハチワレはパラレルワールドを否定していません。
「いいところもある」と認めています。
こちらで幸せそうにしているちいかわのことも気にしています。
それでも帰る。
そして今回あらためて考えると、その理由は「元の世界のほうがちいかわにとって良いから」だけではないように思います。
ハチワレ自身が、
「自分は、あのちいかわと、あのうさぎがいる世界へ帰りたい」
と思った。
そこが大切なのではないでしょうか。
元の世界には失敗があります。
悲しい別れもあります。
試験に落ちることもあります。
危険なこともたくさんあります。
それでもハチワレが思い出したのは、その中で生まれた友達との記憶でした。
私はここから、
「良い世界」と「自分にとって大切な世界」は違うのではないか
と感じました。
条件だけを比較すれば、別の世界のほうが良く見えることがあります。
しかし、自分の人生は条件だけでできているわけではありません。
誰かと失敗したこと。
一緒に困ったこと。
何気ないものを食べたこと。
プレゼントをもらったこと。
なくしたこと。
そして、もう一度大切にしてもらったこと。
そういう不完全な記憶が積み重なって、「自分の世界」になるのだと思います。
そしてハチワレにとって、「自分の幸せ」を考えることは、決して自分一人だけを考えることではありません。
ハチワレの幸せの中には、最初からちいかわとうさぎがいる。
だからこそ、
「自分の気持ちを選ぶこと」と
「友達を大切にすること」
が、この場面ではほとんど同じ意味になっているのかもしれません。
コメント欄では、ハチワレの優しさと元の世界への決断に多くの反応がありました
今回のコメント欄で特に多く見られたのは、やはりハチワレの優しさについての反応でした。
自分が元の世界に戻れるかどうかという緊迫した状況でも、パラレルワールドのちいかわたちがどうなるのかを心配していることや、「ここにもいいところがある」と認めていることに心を動かされたという意見が数多くありました。
また、元の世界を思い出す場面で、ほめられリボンが印象的に登場することに注目し、「ハチワレにとって本当に大切な思い出だったことが分かる」という声も見られました。
「いいところもある。それでも思い出が勝つ」という受け止め方や、パラレルワールドで幸せそうなちいかわを気にしながらも元の世界を選ぶ姿に、ハチワレの強さを感じたという意見もありました。
一方で、うさぎとの思い出が食べ物に関する場面であることへのツッコミや、虫を捕まえた後に足をバタバタさせるハチワレのかわいさ、木の走り方、木の声の演技、決意した後に加速するハチワレの疾走感など、アニメならではの表現を楽しんでいる意見も多く見られました。
さらに、「そんなに大きな木なら虫を踏んでくれればいいのに」という放送時のツッコミに共感する声も非常に多く、シリアスな展開の中でも笑いが生まれていました。
そして原作を知っている人たちからは、「次回、ついにあの場面が来るのではないか」という期待と不安の入り交じった反応が非常に目立ち、楽しみなのに怖い、見たいのに見たくないという、まさに「心が二つある」ような状態になっていることも印象的でした。
今回の動画が教えてくれるかもしれないこと
今回の「パラレルワールド⑤」を見て、私は「理想の世界」と「自分が本当に帰りたい世界」は、必ずしも同じではないのかもしれないと感じました。
失敗しない世界。
悲しい出来事が起きなかった世界。
欲しかったものが最初から手に入っている世界。
確かに魅力的です。
だからハチワレも迷います。
そして、その世界の良さを否定しません。
でも、最後にハチワレが思い出したのは、「成功した結果」だけではありませんでした。
友達と過ごした時間でした。
一緒に喜んだこと。
もらったもの。
失ったもの。
もう一度大切にしてもらったこと。
何気なく一緒に食べたもの。
そんな小さな思い出の積み重ねでした。
そして私は今回、そこにもう一つ大切なことを感じました。
人を大切にすることと、自分自身がどうしたいのかを大切にすることは、必ずしも反対ではないのかもしれないということです。
ハチワレは、パラレルワールドのちいかわの幸せを気にしています。
こちらの世界にも価値があると認めています。
それでも最後には、
「自分は帰りたい」
と決めました。
それは他人の幸せを捨てて自分だけを選んだというより、
「自分にとっての幸せとは、誰と一緒に生きていくことなのか」
を確かめた瞬間だったのではないでしょうか。
ハチワレにとって、自分の幸せの中には、最初から元の世界のちいかわとうさぎがいる。
だから自分の気持ちを選ぶことが、そのまま大切な友達との時間を選ぶことにもなっている。
もしかすると幸せというものは、何も失敗しないことではなく、失敗したときに誰と一緒にいたのかということまで含まれているのかもしれません。
辛いことが一度もなかった世界より、辛いときに助けてくれた誰かがいる世界を、自分の帰る場所だと思うこともあるのかもしれません。
「もっとこうだったらよかったのに」と思うことは、誰にでもあると思います。
けれど、その過去をすべて理想通りに書き換えたとき、その失敗から生まれた出会いや優しさ、誰かと一緒に乗り越えた記憶まで失われるとしたら、本当にそれを理想と呼べるのでしょうか。
そして、自分以外の誰かの幸せを大切に思いながら、それでも最後には自分自身の「ここへ帰りたい」という気持ちを選ぶことも、決して間違いではないのかもしれません。
かわいいキャラクターたちが虫を追いかけているわずかな時間の中で、「理想」「現実」「思い出」「友情」「自分の意思」「幸せとは誰と生きることなのか」というところまで考えさせてくれる。
今回の動画は、完璧な世界を探すことよりも、大切な誰かと積み重ねてきた不完全な時間を「自分の帰る場所」と思えること、そして人の幸せを思いやりながらも、自分自身の本当の気持ちを大切にしていいのだということを、教えてくれているのかもしれません。


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