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返報性の法則(返報性の原理)とは?なぜ「お返ししたい」と感じるのか|研究と具体例から解説

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なぜ親切にされると、「自分も何か返したい」と感じるのでしょうか。返報性の意味から、研究でわかっていること、好意や譲歩との違い、説得との関係、そして日常で返報性に流されすぎないための考え方まで、具体例とともにわかりやすく解説します。

5秒でわかる結論

返報性とは、誰かから親切や贈り物、譲歩などを受けたとき、自分も何らかの形で相手に返そうとすることがある、人と人とのやり取りに関わる考え方です。

ただし、「何かをしてもらえば必ず返す」という法則ではありません。

代表例

こんな経験、ありませんか?

お店で試食をもらったあと、

「何も買わずに帰るのは、少し悪いかな……」

と感じたことはありませんか?

友達からプレゼントをもらって、

「今度は自分も何か返したほうがいいな」

と思ったことがある人もいるでしょう。

また、話し合いで相手がこちらに譲ってくれたとき、

「相手も譲ってくれたのだから、自分も少しくらい譲ったほうがいいかな」

と思うこともあります。

何かをもらったり、親切にしてもらったりしただけなのに、なぜか「自分も何か返したい」と感じる。

そんな少し不思議な気持ちについて、この記事では一緒に見ていきます。

小学生にもわかるように言うと

友達がお菓子を一つくれたとします。

すると、

「ありがとう。今度は自分も何かあげようかな」

と思うことがあります。

誰かに「返しなさい」と言われたわけではありません。

それでも、

「何かしてもらったから、自分も何かしてあげたいな」

と思うことがあります。

こうした、人から受け取ったことに自分も応じようとするやり取りを考えるときに、「返報性」という言葉が使われます。

ただし、一つもらったら必ず一つ返す、という決まりではありません。

1 今回の現象とは?

こんなことを不思議に思ったことはないでしょうか。

プレゼントをもらうと、なぜ「お返ししなきゃ」と思うことがあるのでしょう。

食事をごちそうしてもらうと、次は自分が払いたくなることがあります。

無料の試食やサンプルを受け取ると、何も買わずに断ることが少し気になる場合もあります。

相手が自分に譲ってくれると、

「では、自分も少し譲ろうかな」

と思うこともあります。

こうした「何かを受け取ったあとに、自分も何か返したくなることがある」という不思議を考える手がかりが、返報性です。

ただし、同じ行動でも理由は一つとは限りません。

試食のあとに商品を買ったとしても、本当に欲しかったからかもしれません。

友達に何か返したのも、単純にその友達が好きだからかもしれません。

そのため、この記事でも「この行動はすべて返報性です」と決めつけることはしません。

この記事は、こんな人に向いています。

  • 「お返ししなきゃ」と感じる理由を知りたい人
  • 無料のものを受け取ると断りにくいと感じることがある人
  • 好意の返報性との違いを知りたい人
  • ドア・イン・ザ・フェイスなど、似た心理との違いを知りたい人

この記事では、こんな疑問に答えます。

  • 返報性とは何なのか
  • なぜ人は返したいと感じることがあるのか
  • 親切をされたら必ず返したくなるのか
  • 好意の返報性とは同じなのか
  • ドア・イン・ザ・フェイスとはどう関係するのか

この記事を読むと、返報性の基本と、研究でどこまで分かっているのか、似た心理との違い、そして返報性を知ったうえで自分の判断をどう守ればよいのかが分かります。

「まず本から深く学びたい」という方は、第17章「さらに学びたい人へ」から読んでも大丈夫です。初心者向けから本格的に学びたい人向けまで、読みやすさと目的の違う4冊を紹介しています。

2 疑問が生まれた物語

ある休日、美咲は家族とスーパーへ買い物に行きました。

店内を歩いていると、店員さんが新商品の試食をすすめてくれました。

「よかったらどうぞ」

美咲は、

「ありがとうございます」

と言って、一口もらいました。

おいしかったのですが、その商品を買う予定はありません。

ところが、その場を離れようとしたとき、

「せっかく試食をもらったのに、何も買わないのは悪いかな……」

と少し気になりました。

店員さんから「買ってください」と言われたわけではありません。

それなのに、試食をもらう前よりも、少しだけ断りにくく感じます。

その日の夜、今度は友達からメッセージが届きました。

「この前手伝ってくれたお礼に、今度ちょっとしたプレゼントを渡すね」

美咲はうれしくなりました。

でも、そのあと、

「じゃあ、私も何か返したほうがいいのかな?」

という気持ちも浮かびます。

昼間の試食と、友達からのプレゼント。

まったく違う出来事なのに、どちらでも美咲は、

「何かを受け取ったら、自分も何か返したほうがいいのかな」

と感じました。

「どうして、何かをしてもらうと“自分も返したほうがいい”と感じることがあるんだろう?」

この疑問を考える手がかりになるのが、返報性です。

ただし、美咲の気持ちを「返報性だけが原因だった」と決めることはできません。

感謝や好意、礼儀、その場の雰囲気など、ほかの理由も考えられるからです。

では、返報性とは、もう少し正確にはどのようなものなのでしょうか。

3 すぐにわかる結論

先ほど紹介した返報性は、英語では reciprocity(レシプロシティ、「互いに応じ合うこと・相互性」) と表されます。

普通の言葉で言えば、

相手から何かを受け取ったとき、自分も相手に何らかの形で応じようとすることがある、という人と人とのやり取りです。

たとえば、

親切にしてもらったので、自分も今度助けようと思う。

プレゼントをもらったので、自分も何か返そうと思う。

相手がこちらに譲ってくれたので、自分も少し譲ろうと思う。

こうした場面を考えるときに、返報性という考え方が使われます。

また、人の集まりの中には、

「何かしてもらったら、自分も何か返すのが望ましい」

という考え方が共有されることがあります。

このような、人々の間で「こうするのが望ましい」と考えられている行動の基準を規範(きはん)といいます。

そのため、返報性は「心の中に突然起きる反応」だけではなく、人と人との関係や、社会の中でどのように応じ合うのかを考えるための概念でもあります。

ただし、一番大切なのはここです。

返報性は、人を自動的に動かすスイッチではありません。

何かをもらっても返さないことはあります。

その後のお願いを断ることもできます。

そして、人の行動を返報性だけで説明することもできません。

ここまでを一言でまとめるなら、

返報性とは、相手から受けたことに自分も応じようとする、人と人との相互的なやり取りを理解するための考え方です。

では、この考え方は、どのように研究されてきたのでしょうか。

次の章から、返報性の意味や研究の歴史をもう少し詳しく見ていきましょう。

4 返報性の原理とは?

返報性(へんぽうせい)とは、相手から親切や利益などを受けたとき、自分も相手に何らかの形で応じるような、人と人との相互的なやり取りを表す考え方です。

英語では、reciprocity(レシプロシティ、「互いに応じ合うこと・相互性」)といいます。

日本語では、研究分野や文脈によって「返報性」「互恵性(ごけいせい)」「相互性」などの言葉が使われることがあります。

ただし、これらがいつでも完全に同じ意味というわけではありません。

この記事では、親切や贈り物、譲歩などを受けた人が、それに応じようとする場面を中心に扱うため、基本的に「返報性」という言葉を使います。

返報性と関係が深いのが、返報性の規範です。

規範(きはん)とは、法律のように必ず守らなければならない決まりではなく、

「人から何かをしてもらったら、自分も何らかの形で応じるのが望ましい」

というように、人々の間で共有される行動の基準を指します。

アメリカ心理学会の心理学辞典でも、返報性の規範は、人から利益を受けたときに相手へ利益を返すことへの社会的な期待として説明されています。

返報性は、社会的交換とも関係しています。

社会的交換とは、お金や物だけではなく、親切、助け、情報なども含めて、人と人とが利益や負担をやり取りする関係を考える見方です。

ただし、社会的交換と返報性は同じ言葉ではありません。

社会的交換という広い人間関係の中で、「受けたものに対して応じる」という部分に注目した考え方の一つが返報性だと考えると分かりやすいでしょう。返報性の規範は、社会的交換を説明する理論とも深く関係しています。

ここで注意したいのが、「返報性の法則」という呼び方です。

日常的な説明では「返報性の法則」と呼ばれることがありますが、何かをしてもらえば必ず返す、という自然科学の法則のような意味ではありません。

人は返すこともあれば、返さないこともあります。

そのためこの記事では、「返報性の原理」や「返報性」という表現を中心に使っていきます。

そして、もう一つ大切な点があります。

返報性は、一人の心理学者が突然発見したものではありません。

返報性について考えるうえでは、特にアルヴィン・W・グールドナー、デニス・T・リーガン、ロバート・B・チャルディーニという3人の研究者が重要です。

ただし、3人は同じことをした人物ではありません。

グールドナーは返報性の規範を理論的に整理し、リーガンは親切を受けたこととその後の依頼への応じ方を実験で検討しました。チャルディーニは、返報性を説得に関わる重要な原理の一つとして整理し、広く知られるようにした研究者です。

つまり、返報性は一人の人物が生み出した「人を動かす法則」ではなく、人と人がどのように応じ合うのかを、さまざまな研究者が理論と実験の両面から調べてきた考え方です。

では、この3人は返報性の研究にそれぞれどのように関わったのでしょうか。

次の章では、一人ずつ詳しく見ていきます。

5 返報性を考えるうえで重要な3人の研究者

第4章で紹介したように、返報性は、一人の心理学者が突然発見したものではありません。

社会の中で「お返し」がどのような役割を持つのかを理論的に考えた研究者。

親切を受けたあと、人の行動がどう変わるのかを実験した研究者。

さらに、返報性を説得や譲歩の研究へ広げた研究者がいます。

ここでは、その流れを理解するうえで重要な3人を見ていきましょう。

アルヴィン・W・グールドナー――返報性を「社会の規範」として整理した研究者

アルヴィン・ウォード・グールドナー(Alvin Ward Gouldner)は、1920年(大正9年)7月29日生まれ、1980年(昭和55年)12月15日に亡くなったアメリカの社会学者です。

ニューヨークで生まれ、社会学や社会理論を研究しました。没地については資料によって記載が一致しないため、ここでは断定しません。

返報性との関係で重要なのが、1960年(昭和35年)に発表した The Norm of Reciprocity: A Preliminary Statement(ザ・ノーム・オブ・レシプロシティ:ア・プリリミナリー・ステートメント、「返報性の規範についての予備的論考」)です。

これは、人を集めて行った心理学の実験ではありません。

グールドナーは、それまでの社会学などの研究や理論を材料にして、「返報性」という言葉で何を区別すべきなのか、そして返報性が社会の中でどのような働きをしているのかを理論的に検討しました。

特に、

「互いの行動に応じて利益をやり取りすること」

「人は互いに返し合うものだ、という考え」

「利益を受けた人には返すことが望ましい、という道徳的な規範」

を分けて考えました。

そしてグールドナーは、「利益を与えてくれた相手には、こちらも利益を返すべきだ」という返報性の規範が、人どうしの協力や社会関係を支える重要な働きを持つのではないかと論じました。

ただし、ここは誤解しないことが大切です。

グールドナーは世界中の人を対象に実験をして、「返報性はすべての文化・すべての人に必ず存在する」と証明したわけではありません。

論文では、返報性の規範が道徳規範に広く見られる主要な要素の一つではないか、という仮説として論じています。

グールドナーの重要性は、返報性を単なる「お返ししたくなる気持ち」としてではなく、人と人との関係や社会を支える規範として整理したことにあります。

デニス・T・リーガン――親切と、その後のお願いへの応じ方を実験した研究者

デニス・T・リーガン(Dennis T. Regan)は、アメリカのコーネル大学で実験社会心理学を研究してきた心理学者です。

コーネル大学では現在、Associate Professor Emeritus(アソシエート・プロフェッサー・エメリタス、「名誉准教授」)として掲載され、原因をどのように考えるかという研究や、人から受ける影響などを専門分野としています。

生年月日・没年月日は、今回確認情報からは確認できませんでした。

リーガンが1971年(昭和46年)に発表したのが、Effects of a Favor and Liking on Compliance(エフェクツ・オブ・ア・フェイバー・アンド・ライキング・オン・コンプライアンス、「親切と好意が依頼への応じ方に与える影響」)という実験研究です。

ここでいうcompliance(コンプライアンス)とは、この研究では「相手からのお願いに応じること」という意味です。

リーガンが確かめたかったのは、主に二つでした。

相手から親切を受けると、その人のお願いに応じやすくなるのか。

そして、

もし応じやすくなるなら、それは単にその相手を好きになったからなのか。

という疑問です。

実験の参加者は、スタンフォード大学の1年生男性81人でした。

参加者は、「美術に関する実験」だと説明され、別の参加者のように見える人物と一緒に実験へ参加します。

しかし、この人物は本当の参加者ではありません。

研究者と打ち合わせをして決められた行動をする実験協力者でした。

まずリーガンは、実験協力者への「好意」を変えました。

参加者の半分には、実験協力者が電話で丁寧に受け答えする姿を見せます。

もう半分には、同じ人物が電話で失礼な態度を取る姿を見せました。

こうすることで、「感じのよい人」と「感じの悪い人」という印象の違いを作ろうとしたのです。

次に「親切」の条件を3つに分けました。

一つ目では、実験協力者が戻ってきたとき、参加者にもコーラを買ってきて渡しました。

二つ目では、実験協力者ではなく実験者がコーラを渡しました。

三つ目では、コーラを渡しませんでした。

なぜ「別の人からコーラをもらう条件」まで必要なのでしょうか。

単に飲み物をもらって気分がよくなったからお願いを聞いた可能性と、お願いをしてきた本人から親切を受けたことが関係している可能性を分けるためです。そのあと実験協力者は、参加者に抽選券を買ってほしいと頼みました。

研究者は、何枚の抽選券を買ったのかを「お願いへの応じ方」の指標にしました。

81人のうち4人は、実験条件を正しく受けていないなどの理由で分析から除かれ、77人のデータが分析されました。

結果はどうだったのでしょうか。

実験協力者本人からコーラをもらった条件では、購入した抽選券は平均1.73枚でした。

実験者からコーラをもらった条件では平均1.08枚。

何ももらわなかった条件では平均0.92枚でした。

さらに2枚以上買った人の割合は、本人からコーラをもらった条件では58%、ほかの2条件を合わせると25%でした。

一方で、実験で作った「相手への好意」の違いは、お願いへの応じ方にはっきりした差を生みませんでした。

そのためリーガンは、親切を受けたあとにお願いへ応じやすくなった理由は、単に「相手を好きになったから」だけではなく、「してもらったことには返さなければ」という返報性の規範による圧力が関係した可能性があると考えました。

ただし、ここも重要です。

この実験では「返さなければならないという義務感」そのものを直接測定していません。

また、好意を変える操作自体もそれほど強くなく、リーガン自身が「この結果だけから、好意がお願いへの応じ方に影響しないと結論づけることはできない」と注意しています。つまり、この実験が示したのは「好意は関係ない」ということではありません。親切をした本人からのお願いへの応じ方が増え、その結果は“好意だけ”では十分に説明しにくかった、ということです。

これが、リーガン研究の重要な点です。

ロバート・B・チャルディーニ――返報性を「譲歩」と説得の研究へ広げた研究者

ロバート・ベノ・チャルディーニ(Robert Beno Cialdini)は、1945年(昭和20年)4月27日生まれの社会心理学者です。

2026年現在、アリゾナ州立大学のRegents Professor Emeritus(リージェンツ・プロフェッサー・エメリタス、「最高位の名誉教授職の一つ」)として紹介されています。

大学の公式資料では、説得、依頼への応諾、向社会的行動などを長年研究してきた研究者とされています。

返報性との関係で重要なのが、1975年(昭和50年)にチャルディーニを含む研究チームが発表した、ドア・イン・ザ・フェイスに関する研究です。

正式な論文名は Reciprocal Concessions Procedure for Inducing Compliance: The Door-in-the-Face Technique(レシプロカル・コンセッションズ・プロシージャ・フォー・インデューシング・コンプライアンス、「譲歩を返し合うことを利用した依頼への応じ方――ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」)です。

研究者たちが考えたのは、

「大きなお願いを断られたあと、お願いを小さくすると、その“譲歩”に相手も応じようとするのではないか」

という考えでした。

これを一つの実験だけで判断せず、3つの実験を使って別の説明を一つずつ確かめています。

最初の実験では、大学構内を一人で歩いていた男女72人を対象にしました。

参加者は3つの条件に無作為に分けられました。

一つ目では、最初に、

「少なくとも2年間、週に約2時間、少年・少女の相談役をしてほしい」

という非常に大きなお願いをします。

断られたあと、

「では、少年・少女を動物園へ連れて行く2時間ほどの付き添いをしてほしい」

という小さなお願いへ下げました。

二つ目では、最初から動物園への付き添いだけを頼みました。

三つ目では、大きなお願いと小さなお願いの両方を説明したうえで頼みました。

これは、単に最初の大きなお願いを聞いたことで、次のお願いが小さく見えただけではないかという比較による見え方の効果と、「相手が譲ったから自分も譲る」という説明を区別するためでした。

結果は、

大きな依頼を断ったあと小さな依頼をされた条件が50%、

大きな依頼を見せられただけの条件が25%、

小さな依頼だけの条件が16.7%でした。

ただし、研究者たちはこの一つの結果だけでは「譲歩の返報性だ」と決めませんでした。

第2実験では、大きなお願いと小さなお願いを同じ人がする場合と、別の人がする場合を比べました。

同じ人がお願いを小さくした場合には55.5%が応じましたが、別の人が小さなお願いをした場合は10.5%、小さなお願いだけの場合は31.5%でした。

つまり、単に二つのお願いを続けて聞いたことよりも、同じ相手が「譲った」と見えることが重要なのではないかという結果でした。第3実験では、さらに別の説明を確かめました。

「同じ人が何度も頼んだから、しつこさに負けただけではないか」

という可能性です。

そこで、大きなお願いから小さなお願いへ下げる条件と、同じくらいの大きさのお願いを2回続ける条件を比べました。

小さく譲った条件では54.1%、同程度のお願いを2回した条件と小さなお願いだけの条件では、どちらも33.3%でした。

3つの実験を合わせて、研究者たちは、単に大きなお願いを先に聞いたからでも、同じ人がしつこく頼んだからでもなく、「相手が要求を小さくして譲った」と受け取ることが、次のお願いへの応じ方に関係するという説明を支持する結果だと考えました。

しかし、研究者自身も注意しています。

これらの実験は限られた状況で行われたものであり、「譲歩の返報性という説明が最終的に証明されたわけではない。別の説明が存在する可能性もあり、今後さらに検討する必要がある」と論文の最後で述べています。その後、チャルディーニは1984年(昭和59年)の Influence: The Psychology of Persuasion(インフルエンス:ザ・サイコロジー・オブ・パースウェイジョン、「影響力――説得の心理学」)などを通して、返報性を、人が依頼や提案に応じる理由を理解する重要な原理の一つとして広く紹介しました。

チャルディーニの重要性は、返報性を発見したことではなく、それまでの返報性研究を説得や譲歩の研究と結びつけ、実験と著作の両方を通して広く知られる形に整理したことです。

チャルディーニをはじめ、説得研究に関わった研究者についてさらに知りたい方は、
「説得心理学を築いた心理学者たち」
の記事でも詳しく紹介しています。

6 返報性はなぜ起こるの?

では、なぜ人は何かをしてもらうと、「自分も返したい」と感じることがあるのでしょうか。

現在の研究からは、返報性を一つだけの原因で説明することはできません。

状況によって、いくつかの考え方が関係する可能性があります。

まず、第4章で説明した返報性の規範です。

これは、

「人から何かをしてもらったら、自分も何らかの形で応じるのが望ましい」

という社会の中で共有される考え方です。

つまり、お返しは単なる気分だけではなく、社会の中で身につけた「こうするのがよい」という考えと関係する場合があります。

もう一つが感謝です。

2005年、ライアン・ゴーイとフランクリン・J・ボスターは2つの実験を行い、親切を受けたあとに生まれる「感謝」と、「返さなければならない」という「義務感」を分けて調べました。

この研究では、親切を受けたあとにお願いへ応じることについて、義務感による説明よりも感謝による説明が支持されました。

ただし、ここから「義務感は関係ない」と結論づけることはできません。

2018年に発表された別の3つの研究では、感謝と負い目には違う役割がある可能性が示されました。

ここでいう負い目とは、

「してもらったままでは悪い。何か返さなければ」

と感じる負担のことです。

この研究では、負い目は受けたものを返そうとする動機と、感謝はその相手との関係を近づけようとする動機と、それぞれ別に関係していました。

また、「自分だけが多く受け取っている」と感じるような利益の不均衡は、負い目と関係していました。

感謝については、より多くの研究をまとめた結果もあります。

2017年には、91の研究、合計18,342人の結果をまとめるメタ分析(複数の研究結果を統計的にまとめ、全体としてどのような傾向があるのかを調べる方法)が行われました。

その結果、感謝と、人を助けたり利益になる行動をしたりする向社会的行動との間には中程度の正の関連があり、とくに「親切にしてくれた本人へ返す」という直接的な返報との関連が比較的大きいことが報告されました。

ただし、この結果も「感謝だけが返報性を起こす原因だ」と証明したものではありません。

ここまでをまとめると、

返報性には、社会の中で身につけた規範、感謝、負い目、受け取ったもののバランス、相手との関係を大切にしたい気持ちなどが、状況によって関係する可能性があります。

つまり、

「人間にはお返し本能があるから返す」と一つの理由だけで説明するよりも、

同じ「お返し」という行動でも、その人がなぜ返そうとしたのかは一つとは限らない

と理解するほうが、現在の研究に合った考え方なのです。

7 返報性は誰にでも同じように起こるの?――後続研究から分かること

返報性は、誰にでも、どんな場面でも同じように起こるわけではありません。

何を受け取ったのか。

相手がなぜ親切にしてくれたと思ったのか。

相手とどのような関係なのか。

こうした条件によって、受け取った側の感じ方や、その後の行動が変わる可能性があります。

たとえば2007年、経済学者アルミン・ファルクは、実際の寄付募集を使ったフィールド実験を報告しました。

フィールド実験とは、実験室ではなく、実際の生活に近い場面で条件を変えて結果を比べる研究方法です。

この研究では、スイスの慈善団体が9,846通の寄付依頼を送り、受け取る人を無作為に、

「贈り物なし」

「絵はがき1枚」

「絵はがき4枚」

の3つに分けました。

すると、贈り物なしの場合と比べて、寄付する割合は小さな贈り物で17%、大きな贈り物で75%高くなりました。

ここで重要なのは、頼んでいない贈り物でも、その後の行動と関係する場合があるという点です。

ただし、この研究では受け手の心の中を直接測ったわけではありません。

そのため、

「絵はがきをもらった人は、返報性を感じたから寄付した」

と一人ひとりの心理まで断定することはできません。

相手の親切を、どのような意図だと受け取ったかも大切です。

2023年の研究では、大規模なオンライン調査、人どうしのやり取りを再現した実験、さらに脳活動を測る研究を組み合わせて、この点を調べました。

その結果、相手の行為を「自分を気づかって助けてくれた」と受け取るほど、感謝や相手を気づかう気持ちが生じやすくなりました。

一方、

「あとで何か返してもらうことを期待して助けたのではないか」

という戦略的な意図を感じるほど、「返さなければ」という義務感が強くなりました。

そして、感謝などから生まれる相手への気づかいも、義務感も、どちらも返す行動につながる場合がありました。

つまり、同じ親切を受けても、「ありがたい」と感じて返す場合と、「返さなければ」と感じて返す場合は、同じ心の動きではありません。

相手との関係によっても、やり取りのしかたは同じではありません。

人間関係の研究では、友人や家族のように相手の必要に応じて助け合う共同的な関係と、「受けたものに見合うものを返す」ことを重視しやすい交換的な関係が区別されています。

共同的な関係では、助けてもらうたびにその場ですぐ同じだけ返すことが中心になるわけではありません。

一方、交換的な関係では、「受けたものに応じること」がより重視される場合があります。

このことからも、友達へのお返しと、店や知らない人から何かを受け取った場合を、まったく同じ仕組みだと考えるのは慎重であるべきです。

では、文化によって返報性は違うのでしょうか。

この点にも研究はありますが、簡単には結論づけられません。

2009年には、ロシアとスイスの4都市で、協力した相手に協力を返したり、協力しない人を罰したりする行動を調べた実験が行われ、都市や文化的背景による違いが報告されました。

一方、2022年に70の社会、1,506研究をまとめたメタ分析では、見知らぬ人どうしの協力行動について、社会間の違いは全体としてかなり小さいという結果が報告されています。

ただし、後者が調べたのは主に見知らぬ人どうしの協力であり、この記事で扱っている「親切を受けた相手に返す返報性」そのものと完全に同じ現象ではありません。

そのため、これらの研究から、

「日本人は返報性が強い」

「○○の国では返報性が弱い」

と単純に決めることはできません。

ここまでをまとめると、

返報性は、人に何かを与えれば自動的に相手を動かせる仕組みではありません。

受け取ったものの内容や大きさ、相手の意図をどう受け取ったか、相手との関係、その場の状況などによって、感じ方や行動は変わる可能性があります。

だからこそ、誰かがお返しをしたという事実だけを見て、

「返報性が働いたからだ」

と一つの理由に決めつけず、その人が何を受け取り、どう感じ、どのような状況で判断したのかまで考えることが大切なのです。

8 身近な生活の中の返報性

第4章で説明した返報性は、研究室の中だけで考えられるものではありません。

私たちの日常にある「してもらったから、自分も何か返したい」という場面を理解する手がかりにもなります。

たとえば、こんな場面です。

友達にテスト前の勉強を教えてもらい、

「今度この子が困っていたら、自分も助けよう」

と思う。

自分が休んだ日に、部活や仕事を代わってもらい、

「次は自分が代わろう」

と思う。

誕生日にプレゼントをもらい、

「相手の誕生日には、自分も何か贈りたい」

と思う。

友達に食事をごちそうしてもらって、

「次は自分が払おう」

と思う。

近所の人から野菜やお菓子をもらい、

「今度何かいただいたら、おすそ分けしよう」

と思う。

こうした場面は、受けた親切や利益に、自分も何らかの形で応じようとする返報性の考え方で見ることができます。

しかも、同じ物をそのまま返す必要はありません。

勉強を教えてもらった人が、勉強で返すとは限りません。

別の日に荷物を持つのを手伝ったり、話を聞いたりすることもあります。

このように、日常の返報性は「100円もらったから100円返す」という単純な交換だけではないのです。

お店でも、似た場面があります。

レストランで会計のときに小さなお菓子をもらう。

お店で試食をもらう。

無料サンプルや資料を受け取る。

すると、

「せっかくしてくれたのだから、何も返さないのは悪いかな」

と感じることがあります。

実際、2002年にレストランで行われた2つの実験では、会計時に小さなキャンディーを渡された客のほうが、渡されなかった客よりチップの割合が高くなる結果が報告されました。研究者たちは、返報性がこの結果を説明する有力な考え方だと論じています。

また、第7章で紹介した実際の寄付募集を使った研究でも、寄付のお願いだけを送った場合より、絵はがきという贈り物を一緒に送った場合のほうが、寄付する人の割合が高くなりました。

このように、返報性は友人どうしのお返しだけではなく、贈り物、助け合い、食事、接客、寄付など、さまざまな場面を考えるときに関係する可能性があります。

ただし、ここで挙げた日常例を、

「この行動は返報性が原因だった」

と決めつけることはできません。

たとえば試食のあと商品を買ったとしても、

味がおいしかった。

値段が安かった。

もともと欲しかった。

店員さんの説明を聞いて必要だと思った。

など、別の理由も考えられます。

研究で贈り物とその後の行動に差が出た場合でも、一人ひとりが心の中で「返さなければ」と感じたことまで直接確かめているとは限りません。

返報性を知る意味は、目の前の行動を何でも「返報性の法則」と決めつけることではありません。

日常の中で、

「今、自分が返したいと思ったのは、何かをしてもらったことも関係しているのかな」

と気づけることです。

そう考えると、これまで何気なく経験してきた「お返し」の場面にも、返報性という考え方が関わっている可能性が見えてくるのです。

9 「好意の返報性」とは同じなの?

「好意の返報性」と、ここまで説明してきた返報性の原理は、名前は似ていますが、まったく同じことを表す言葉ではありません。

この記事で中心に扱ってきた返報性は、

親切・贈り物・助け・譲歩などを受けたとき、それに何らかの形で応じること

を考えるための広い概念です。

一方、人と人との「好き」という感情については、心理学で reciprocity of liking effect(リシプロシティ・オブ・ライキング・エフェクト、「好意が相互に返される現象」) が研究されています。

普通の言葉でいえば、

「相手が自分を好意的に思っていると知ると、自分もその相手を好意的に感じやすくなることがある」

という現象です。

日本では、こうした現象が「好意の返報性」と呼ばれることがあります。

実際、1986年の研究では、48人の大学生が初対面の相手と会話したあと、相手から自分への評価として好意的な評価またはそれより低い評価を示されました。

その後、相手への好意を本人には見せない形でもう一度評価してもらうと、好意的に評価された人ほど、相手にも好意的な評価を返す傾向が確認されました。

ただし、これも「好きだと言われれば必ず好きになる」という法則ではありません。

2008年の2つの研究でも、相手から示された好意を返す過程には、感情だけでなく、「この人は自分によくしてくれそうだ」という相手の意図の受け取り方など、複数の要素が関係することが示されています。

ここで、第5章で紹介したデニス・T・リーガンの研究を思い出してみましょう。

リーガンが調べたのは「好意の返報性」そのものではありません。

相手から親切を受けることと、その相手を好きであることを分けて、その後のお願いへの応じ方を調べた研究でした。

親切を受けると相手への好意も高まりましたが、実験で操作した「相手を好きかどうか」が依頼への応じ方に与えた影響は弱いものでした。

そのため、リーガンは、親切を受けたあとの応答を「相手を好きになったから」だけでは説明しにくく、返報性の規範による圧力が関係する可能性を論じています。

つまり、「親切を返すこと」と「相手を好きになること」は、同じものではありません。

もう一つ、この記事と特に関係が深いのが、第5章でチャルディーニらの研究とともに紹介した譲歩の返報性です。

こちらは「好き」という感情ではなく、

相手が要求を小さくして譲ったとき、自分も譲歩で応じようとすること

に注目した考え方です。

整理すると、

一般的な返報性
=親切・利益・助けなど、受けたものに何らかの形で応じること

好意の返報性
=相手から向けられた好意と、自分が相手に抱く好意との関係

譲歩の返報性
=相手の譲歩に、自分も譲歩で応じること

という違いがあります。

ただし、返報性の分類方法は研究分野によって異なり、すべてを一つの正式な「返報性の種類一覧」にまとめられるわけではありません。

大切なのは、「返報性」という名前が付いていても、何を受け取り、何を返しているのかは同じではないと理解することです。

「好きだと言われると、なぜその人が気になってくることがあるの?」という部分をさらに知りたい方は、
「好意の返報性とは?恋愛や人間関係を良くする心理効果と実生活での活かし方」
の記事で詳しく紹介しています。

そして次の章では、「譲歩を返す」という返報性が、ドア・イン・ザ・フェイスとどのようにつながるのかを見ていきます。

10 返報性とドア・イン・ザ・フェイスの関係

返報性とドア・イン・ザ・フェイスは同じものではありませんが、深い関係があります。

返報性は、これまで見てきたように、相手から受けた親切や利益、譲歩などに、自分も何らかの形で応じようとすることを考えるための広い概念です。

一方、第5章で紹介したドア・イン・ザ・フェイスは、

大きな依頼をする
→断られる
→同じ相手が、より小さな依頼へ下げる

という順番でお願いをする手続きです。

では、この二つはどこでつながるのでしょうか。

その接点になるのが、第9章でも触れた譲歩の返報性です。

譲歩とは、最初の要求や条件から少し下がって、相手に歩み寄ることです。

たとえば、これは仕組みを理解するための記事上の例ですが、

「休日を丸一日手伝ってほしい」

というお願いを断ったあとで、

「では、1時間だけでも手伝ってもらえない?」

と頼まれたとします。

お願いされた側から見ると、

「相手も丸一日から1時間に譲ってくれた」

と感じる場合があります。

すると、

「相手が譲ったのだから、自分も少し譲って1時間くらいなら引き受けようかな」

と考えることがあります。

この「相手の譲歩に、自分も譲歩で応じようとする」という考え方が、譲歩の返報性です。

つまり、

返報性
→その中でも“譲歩を返すこと”に注目した譲歩の返報性
→それがドア・イン・ザ・フェイスの効果を説明する考え方の一つ

という関係になります。

第5章で紹介したロバート・B・チャルディーニらの1975年(昭和50年)の研究では、この考えを3つの実験で検討しました。

研究者たちは、大きな依頼を断られたあとに小さな依頼へ下げる場合と、最初から小さな依頼だけをする場合などを比べました。

3つの実験すべてで、大きな依頼を断られたあと小さな依頼へ下げる手続きのほうが、小さな依頼だけをする場合より承諾が増えました。

さらに、「最初に大きな依頼を聞いたので、次の依頼が小さく見えただけではないか」といった別の説明も比較しました。

その結果から、研究者たちは、相手が要求を小さくしたことを“譲歩”として受け取り、その譲歩に応じようとすることが関係しているという説明を支持しました。

ただし、ここで大切なのは、

「ドア・イン・ザ・フェイス=譲歩の返報性」と考えないことです。

ドア・イン・ザ・フェイスは依頼の手続きです。

譲歩の返報性は、その手続きで承諾が増えることがある理由を説明する考え方の一つです。

しかも、後の研究では、ドア・イン・ザ・フェイスの仕組みを譲歩の返報性だけで完全に説明できるとは言えないことも分かってきました。

1998年に、それまでの研究をまとめて統計的に調べたメタ分析では、ドア・イン・ザ・フェイスの効果は全体として確認されたものの、平均的な効果は小さく、研究によるばらつきも大きい結果でした。

依頼する人、依頼によって利益を受ける人、依頼内容、伝え方、二つの依頼の間隔などによっても効果の大きさが変わっていました。

また、その結果は多くの説明と簡単には一致せず、罪悪感による説明と合う部分もあると報告されています。

一方で、その後にも、譲歩の大きさとドア・イン・ザ・フェイスの効果との関係を調べ、譲歩の返報性による説明を支持する結果を報告した研究があります。

そのため、現在の研究に合った理解は、

「譲歩の返報性は、ドア・イン・ザ・フェイスを説明する重要な考え方の一つ。ただし、それだけが唯一の原因だと確定しているわけではない」

というものです。

ここまでを整理すると、

返報性=相手から受けたものに応じることを広く考える概念

譲歩の返報性=相手の譲歩に、自分も譲歩で応じることを説明する考え方

ドア・イン・ザ・フェイス=大きな依頼を断られたあと、小さな依頼へ下げる手続き

です。

このように、ドア・イン・ザ・フェイスは返報性と無関係な別の心理ではなく、返報性、とくに譲歩の返報性と深く結びついて研究されてきた依頼の方法なのです。

ドア・イン・ザ・フェイスの実験や、どのような場合に効果が変わるのかをさらに詳しく知りたい方は、
「ドア・イン・ザ・フェイスとは?大きなお願いを断った後に小さなお願いをすると承諾されやすくなる心理」
で詳しく紹介しています。

ここまで見たドア・イン・ザ・フェイスとは違い、次に紹介するフット・イン・ザ・ドアやローボール・テクニックは、返報性を中心に説明する手続きではありません。

次の章から、その違いを順番に見ていきましょう。

11 返報性とフット・イン・ザ・ドアの違い

返報性とフット・イン・ザ・ドアは、どちらも依頼への応じ方と関係することがありますが、中心となる考え方は違います。

返報性は、

「相手から親切や利益などを受けたとき、自分がどう応じるか」

を考える概念です。

一方、foot-in-the-door(フット・イン・ザ・ドア、「ドアに足を入れる」という意味の表現)は、

最初に小さな依頼へ応じてもらい、そのあとで、より大きな依頼をする手続きです。

1966年(昭和41年)、第5章でも触れたジョナサン・L・フリードマンとスコット・C・フレイザーは、2つの実験で、

「先に小さな依頼へ応じた人は、その後の大きな依頼にも応じやすくなることがあるのか」

を調べました。

その結果、小さな依頼に先に応じた人のほうが、最初の依頼がなかった人より、後の大きな依頼にも応じる場合が増えました。さらに第2実験では、最初と次の依頼を別の人物が行う場合にも、この効果が確認されました。

では、なぜこうしたことが起こるのでしょうか。

現在の研究では、「一度YESと言ったから一貫性を保とうとする」だけで説明できるとは考えられていません。

1999年にジェリー・M・バーガーがそれまでの研究やメタ分析をまとめたレビューでは、自分の行動を見て「自分はこういうことに協力する人だ」と捉える自己知覚や、前の行動と食い違わないようにしようとする一貫性など、複数の心理過程が状況によって関係する可能性が整理されています。

つまり、

返報性=相手から受けたものへの応答

フット・イン・ザ・ドア=自分が先に小さな依頼へ応じたことと、その後の大きな依頼への応じ方との関係

という違いです。

第10章のドア・イン・ザ・フェイスでは、相手が要求を小さくする「譲歩」が返報性と結びついていました。

それに対して、フット・イン・ザ・ドアは返報性を中心に説明する手続きではありません。

フット・イン・ザ・ドアの実験や、どのような条件で起こりやすいのかをさらに詳しく知りたい方は、「フット・イン・ザ・ドアとは?小さなお願いから始める心理」
で詳しく紹介しています。

12 返報性とローボール・テクニックの違い

返報性とローボール・テクニックは、どちらも人が依頼に応じる場面と関係しますが、注目しているものが違います。

返報性は、

「相手から親切や利益などを受けたとき、自分がどう応じるか」

を考える概念です。

一方、low-ball technique(ローボール・テクニック、「最初の承諾後に条件を不利にする手続き」)は、

いったん承諾してもらったあとで負担を増やしたり、有利な条件を取り除いたりしても、その決定が維持されることがあるか

に注目します。

第5章で紹介したロバート・B・チャルディーニらは、1978年(昭和53年)に3つの実験でこの手続きを調べました。

第1実験では、大学生に心理学実験への参加を頼みました。

一方には最初から「午前7時開始」と伝えて参加を求め、もう一方には、まず参加への承諾を得てから「午前7時開始」と知らせました。

その結果、先に承諾したあとで負担を知らされた人のほうが、最終的にも参加する割合が高くなりました。

ただし、

「一度決めたら、必ず考えを変えなくなる」という意味ではありません。

後のメタ分析でもローボールの効果は全体として確認されていますが、その仕組みについては、第11章でも触れたコミットメント――いったん自分で決めた行動を続けようとすること――だけでなく、依頼した相手との関係や、自己呈示(じこていじ、「自分をこういう人として相手に見せようとすること」)など、複数の説明が検討されています。

つまり、

返報性=相手から受けたものへの応答

ローボール・テクニック=自分が一度した決定を、条件が悪くなったあとも維持することがある手続き

という違いです。

第10章のドア・イン・ザ・フェイスでは「相手の譲歩」が返報性と結びつきました。

それに対して、ローボール・テクニックは「相手に何かを返すこと」が中心ではありません。自分がすでにした決定を、その後どう扱うかが中心です。

詳しい実験や、なぜ一度した決定を変えにくくなることがあるのかは、
「ローボール・テクニックとは?一度承認した決定を維持しやすくなる心理」
の記事で詳しく紹介しています。

13 4つを表で比べてみよう

ここまで、返報性と3つの依頼の手続きを見てきました。

4つは似た場面に登場しますが、同じ種類のものではありません。

返報性は、相手から受けたものにどう応じるかを考える広い概念です。

一方、ドア・イン・ザ・フェイス、フット・イン・ザ・ドア、ローボール・テクニックは、依頼や承諾をどのような順番・条件で行うかという手続きです。

違いを同じ基準で並べてみましょう。

概念・手続き基本的な流れ主に何に注目するのか返報性との関係
返報性親切・利益・譲歩などを受ける → 何らかの形で応じることがある相手から受けたものへの応答この記事の中心となる概念
ドア・イン・ザ・フェイス大きな依頼 → 拒否 → より小さな依頼相手が要求を小さくしたこと譲歩の返報性が重要な説明の一つ。ただし、それだけが唯一の説明ではない
フット・イン・ザ・ドア小さな依頼に承諾 → より大きな依頼自分が先に小さな依頼へ応じたこと返報性が中心ではない。自己知覚・一貫性・コミットメントなど複数の過程が検討されている
ローボール・テクニックいったん承諾 → 条件が不利になる → 決定を維持することがある自分がすでにした決定返報性が中心ではない。コミットメントや自己呈示など複数の説明が検討されている

見分けるコツは、「何を受けて、何に反応しているのか」を見ることです。

相手から親切や利益などを受け、それに応じるなら返報性。

相手が要求を下げたことが関係するなら、ドア・イン・ザ・フェイスと譲歩の返報性。

自分が先に小さな依頼へ応じたことが関係するなら、フット・イン・ザ・ドア。

自分がいったんした決定を、その後も維持することが関係するなら、ローボール・テクニックです。

つまり、似て見える「お願いに応じる」という行動でも、その前に何が起きていたのかによって、考えるべき仕組みは違います。

この違いが分かると、目の前の行動を何でも「返報性の法則だ」と決めつけずに考えられるようになります。

それぞれをさらに詳しく知りたいときは、第10〜12章で紹介した関連記事から、気になるものへ進んでみてください。

ここから、気になった心理をもう一歩深く知りたい方へ。
「大きなお願いから小さなお願いへ」が気になった方は、ドア・イン・ザ・フェイスへ。
「小さなお願いから大きなお願いへ」が気になった方は、フット・イン・ザ・ドアへ。
「一度決めたあと、条件が変わる心理」が気になった方は、ローボール・テクニックへ。
そして、「こうした説得研究を誰が築いたの?」と思った方は、説得心理学を築いた心理学者たちの記事へ進んでみてください。

14 返報性を悪用しない・返報性に流されすぎないために

ここまで返報性や、それと関係する依頼の方法を見てきました。

ここで一番大切なことを確認しておきましょう。

「何かしてもらったから返したい」と感じることと、その人の次のお願いを受け入れることは別です。

返報性を知る目的は、人を思いどおりに動かすことではありません。

そして、自分が誰かから何かを受け取ったときに、

「お返しをしなければならない」

と考えて、必要のない選択までしてしまうためでもありません。

たとえば、これは日常に引き寄せて理解するための記事上の例です。

お店で試食をもらったとします。

「おいしかった。ありがとう」

と思うことと、

「だから、この商品を買おう」

と決めることは同じではありません。

無料サンプルをもらったときも同じです。

「せっかくもらったから、何も買わないのは悪いかな」

と感じることはあるかもしれません。

しかし、試食やサンプルを受け取ったという事実だけから、「商品を買わなければならない」という結論は出ません。

第5章で紹介したリーガンの実験では、相手から親切を受けた人のほうが、その後の依頼に応じることが増えました。

ただし、これはすべての人が応じたという意味ではなく、親切を受ければ行動が自動的に決まるという結果でもありません。

さらに、第6章で紹介した研究を思い出してみましょう。

2005年の研究では、親切を受けたあとの感謝と、「返さなければ」という義務感は、同じ感情として扱えないことが実験で示されました。

2023年の研究でも、親切を

「自分のことを気づかってしてくれた」

と感じる場合と、

「あとで何か返してほしいのだろう」

と感じる場合では、その後に生じる感情が異なることが確かめられています。

つまり、「ありがたい」と思うことも、「何か返したい」と思うことも、「その人のお願いを受け入れること」も、全部同じではありません。

だから、何かをしてもらったあとに大きな買い物や契約、頼み事を求められたときは、一度こう分けて考えることができます。

「してくれたことには感謝している」

そして、

「でも、このお願いを受け入れるかどうかは、それとは別に考えよう」

という分け方です。

感謝は感謝として大切にしながら、自分の選択は自分で考えてよいのです。

ただし、返報性を知ったからといって、

「親切にしてくる人には、きっと裏がある」

と考える必要もありません。

2023年の研究が示しているように、人は親切の背景にある意図をどのように受け取るかによっても、感じ方や応じ方が変わります。親切が相手への気づかいとして受け取られる場合もあれば、お返しを期待した行為として受け取られる場合もあります。

返報性を知る目的は、人の親切を疑うことではありません。

大切なのは、

「ありがたい」という気持ちと、
「私は本当にこれを選びたいのか」という判断を分けて考えられるようになることです。

そして、自分が誰かに親切にするときも、

「これだけしてあげたのだから、相手も自分のお願いを聞くべきだ」

と、相手のお返しを当然のものにしないことが大切です。

返報性は、人を縛るための法則ではありません。人と人がどのように応じ合うことがあるのかを理解し、そのうえで自分と相手の選択を大切にするための考え方なのです。

15 間違えやすい言葉を整理しよう

第4章で説明した返報性ですが、ここまで読み進める中で、よく似た言葉がいくつも登場しました。

ここで一度、整理しておきましょう。

大切なのは、これらを「返報性の正式な7種類」だと思わないことです。

同じ返報性に関係する言葉でも、表しているものや使われる場面が違います。

言葉この記事ではどう整理する?
返報性親切・利益・譲歩などを受けたとき、それに何らかの形で応じることを考える広い概念
返報性の原理返報性という考え方全体を説明するときに使う表現。この記事の題名でも、この意味で使っている
返報性の法則返報性を説明するときに使われる表現。ただし、「必ず返す」という自然法則のような意味ではない
返報性の規範第4章で説明した、「何かを受けた相手には、自分も応じるのが望ましい」という社会的・道徳的な期待。グールドナーが1960年(昭和35年)の論文で詳しく論じた考え方
互恵性reciprocity の訳語として使われることがある言葉。研究分野によって意味や使い方が異なるため、いつでも「返報性」と完全に同じ意味とは限らない
好意の返報性第9章で説明した、相手から向けられた好意と、自分が相手に抱く好意との関係に注目した表現
譲歩の返報性第10章で説明した、相手が要求を下げるなどの譲歩をしたとき、自分も譲歩で応じることに注目した考え方。ドア・イン・ザ・フェイスを説明する重要な考え方の一つ

ここで特に覚えておきたいのは、「原理」「法則」という言葉が付いていても、誰にでも必ず起こるという意味ではないことです。

そして、「好意の返報性」や「譲歩の返報性」も、

「返報性には正式にこの種類がある」

という一覧の中の決まった分類として覚える必要はありません。

返報性は、心理学・社会学・経済学などさまざまな分野で研究されており、使われる言葉や分類方法にも違いがあります。実際、近年の研究でも、何を reciprocity(リシプロシティ、「互いに応じ合うこと・相互性」)と呼ぶかについて、研究者の間で完全な一致があるわけではありません。

迷ったときは、言葉の名前だけではなく、「何を受け取り、何に応じているのか」を見ることが大切です。

そうすれば、似た名前に惑わされず、

「これは返報性そのものの話なのか」

「社会的な規範の話なのか」

「好意や譲歩という特定の場面の話なのか」

を分けて考えられるようになります。

16 おまけコラム

人から受けたものは、別の人にも伝わる?

ここまでの返報性では、

「Aさんから何かをしてもらったBさんが、Aさんに応じる」

という関係を中心に見てきました。

では、

Aさんに親切にされたBさんが、そのあとまったく別のCさんに親切にすることはあるのでしょうか。

実は、このような行動も研究されています。

upstream reciprocity(アップストリーム・リシプロシティ、「受けたものを別の人へ送る返報」)や、generalized reciprocity(ジェネラライズド・リシプロシティ、「一般化された返報性」)と呼ばれる考え方です。

ただし、これは「親切にしてくれた本人へ返す」という直接的な返報性とは区別されます。

広い返報性研究の中にある、別の形だと考えると分かりやすいでしょう。

では、本当に人から受けたものは、別の人への行動にも影響するのでしょうか。

2014年、カート・グレイらの研究チームは、成人を対象に一連の5つの実験を行いました。

5つはまったく同じ実験ではありません。

お金や作業の分け方など条件を変えながら、共通して、

「最初の相手から受けた扱いが、その人とは別の次の相手への行動にも影響するのか」

を確かめました。

参加者は、匿名の相手から、寛大に扱われる場合、平等に扱われる場合、利己的に扱われる場合などを経験します。

そのあと、自分が別の匿名の相手に、お金や作業などを分ける側になりました。

5つの実験を通して見ると、前の相手から受けた扱いが、次の別の相手への行動にも持ち越される場合があることが確認されました。

ただし、すべての扱いが同じように伝わったわけではありません。

特にこの研究では、利己的に扱われた経験のほうが、寛大に扱われた経験より次の相手へ持ち越されやすいという結果が示されました。

興味深いのは、親切だけではありません。

研究者たちは、その一部に嫌な気持ちなどの負の感情が関係していると考えています。

ただし、

人から親切にされたら、必ず次の人にも親切にするという意味ではありません。

別の連鎖実験では、最初には「次の人へ返す」ような協力が見られても、繰り返すうちに弱くなりました。

つまり、親切が自動的にどこまでも続いていくわけではないのです。

では、この研究を知ると何が見えてくるのでしょうか。

大切なのは、

「自分が今この人にしていることは、この人自身への反応なのか。それとも、その前に別の人から受けたものまで持ち込んでいるのか」

と考えられることです。

たとえば、朝に誰かから優しくしてもらって、そのあと別の人にも少し優しくできることがあるかもしれません。

反対に、誰かに嫌なことをされたあと、何も関係のない人へきつく当たってしまうこともあるかもしれません。

もちろん、一つ一つの行動を一般化された返報性だけで説明することはできません。

それでも、

人から受けた扱いが、その人との関係だけで終わらず、次に出会う人への行動にまで広がることがある

という研究上の見方は、自分の行動を振り返る一つの手がかりになります。

だから、このコラムの結論は、

「親切は別の人に返せばいい」ということではありません。

受けたものは、ときに次の人へ伝わる。
だからこそ、何を次へ渡すのかに気づくことが大切です。

親切なら、次の親切へつなげられるかもしれない。

嫌な気持ちなら、関係のない人へ渡さず、自分のところで止められるかもしれない。

「何を返すか」だけでなく、「何を次の人へ渡さないか」まで考えられる。

それも、返報性を少し広いところから眺めることで見えてくる、人と人とのつながりの一面です。

17 さらに学びたい人へ

ここまで読んで、

「返報性だけでなく、人と人との間で起こる心理をもっと知りたい」

と思った方へ、読みやすさと目的の違う4冊を紹介します。

最初から難しい本を選ぶ必要はありません。自分が「もう少し知りたい」と思えるところから進んでみてください。

小学生・心理学を初めて読む人向け
『人間の攻略法 ココロ研究所へようこそ』 監修:齊藤勇/漫画:ラリアット/絵:大窪史乃

心理学の本をほとんど読んだことがない人や、小学生から楽しく入りたい人向けです。出版社も小学3〜5年生を対象にしています。
本の特徴
物語や漫画を使いながら、心理学・行動経済学・認知バイアスなどを紹介しています。フット・イン・ザ・ドアやドア・イン・ザ・フェイスも登場します。
おすすめ理由
返報性そのものを詳しく研究する本ではありませんが、「人の行動を心理学ではどう考えるの?」という最初の入口として読みやすい一冊です。

短い本から返報性や説得を学びたい人向け
『ポケットブック 影響力の武器――仕事と人間関係が変わる21の心理学』 著者:ノア・J・ゴールドスタイン、S・マーティン、ロバート・B・チャルディーニ 監訳:安藤清志/訳:曽根寛樹

分厚い専門書はまだ大変だけれど、この記事より一歩深く知りたい人向けです。 
本の特徴
21の短いテーマで構成され、「与える」「交換する」「プレゼントを贈る」「譲歩する」など、この記事の返報性とつながる話も扱っています。
おすすめ理由
日常の具体例から入りながら、説得や人間関係の心理へ進めるので、本格書への橋渡しに向いています。

社会心理学をもう一段深く学びたい人向け
『社会心理学――社会を動かすもの・変える力』 著者:杉浦淳吉・尾崎由佳・村山綾

返報性だけでなく、「人は周囲や集団からどのような影響を受けるのか」を広く学びたい人向けです。
本の特徴
行動や意思決定、偏見、集団、対人関係などを、日常の疑問から考えていく社会心理学の入門・概説書です。
おすすめ理由
返報性を“単独の心理テクニック”ではなく、社会心理学という大きな分野の中に置いて理解するのに役立ちます。

返報性を本格的に学びたい人に特におすすめ
『影響力の武器[新版]――人を動かす七つの原理』 著者:ロバート・B・チャルディーニ 監訳:社会行動研究会

この記事を読んで、「返報性の研究や説得との関係を、もっと詳しく確かめたい」と思った人向けです。
本の特徴
第5章で紹介したチャルディーニが、返報性、好意、社会的証明、権威、希少性、コミットメントと一貫性など、人の承諾や行動に関係する原理を研究例とともに整理しています。返報性は第2章で詳しく扱われています。
おすすめ理由
今回の記事と最も直接つながる一冊です。ただし、「人を操るための必勝法」としてではなく、なぜ私たちの判断が影響を受けることがあるのかを理解し、自分の判断を守るためにも読むと、この記事で学んだ内容がさらに深まります。

18 まとめ・考察

ここまで、返報性とは何か、なぜ起こることがあるのか、どのような研究が行われてきたのか、そして似た心理や依頼の方法とは何が違うのかを見てきました。

最後に、この記事で一番大切なことへ戻りましょう。

返報性は、人から何かを受けたとき、私たちがどのように応じることがあるのかを理解するための考え方です。

ただし、

「何かしてもらえば、必ずお返しをする」という絶対的な法則ではありません。

そして、もう一つ大切なのが、

「返したい」と感じることと、「返さなければならない」ことは同じではない

ということです。

第6章で見たように、研究では「ありがたい」という感謝と、「借りができたので返さなければ」という負債感は、同じものではないことが示されています。

また、91の研究をまとめたメタ分析では、感謝と人のために行動することには全体として正の関係がありましたが、その強さは研究方法や、誰にどのような形で応じるのかによって違っていました。

つまり、

人は何かを受け取ったことで影響を受けることがあります。
しかし、その後の行動が自動的に決まるわけではありません。

こんな経験はないでしょうか。

友達に勉強を教えてもらったあと、その友達が困っているのを見て、

「この前助けてもらったし、今度は自分が手伝おう」

と思った。

反対に、試食やプレゼントを受け取ったあとでお願いをされ、

「本当は断りたいけれど、断ったら悪いかな」

と迷った。

これは日常に引き寄せて理解するための記事上の例ですが、どちらも返報性という考え方から自分の気持ちを見つめることができます。

ただし、実際の行動には友情、感謝、好意、礼儀、その場の状況など、ほかの理由も関係します。

「お返しをしたから、原因は返報性だ」と一つに決めつけることはできません。

ここからは、研究結果そのものではなく、この記事を通しての考察です。

私は、返報性を「人間関係の会計簿」だと考えないことが大切だと思います。

「100してもらったから、100返さなければ」

「これだけ親切にしたから、相手も同じだけ返すべきだ」

と考え始めると、親切が「借り」と「取り立て」に変わってしまうからです。

むしろ、

「助けてもらって、うれしかった」

「だから、自分もこの人を大切にしたい」

と考えることができます。

返報性を知ることで見えてくるのは、「どれだけ返せば帳尻が合うか」ではなく、自分がなぜ今、相手に応じたいと感じているのかではないでしょうか。

親切の価値は、同じ量を返してゼロに戻すことだけにあるわけではありません。

受け取ったものが、次に自分がどう行動したいかを考えるきっかけになる。

私はそこにも、人と人が関わる面白さがあると思います。

では、返報性を知った私たちは、日常でどう生かせばよいのでしょうか。

この記事から考えられる一つの答えは、

「人を動かすためではなく、自分と相手の気持ちや選択を理解するために使う」

ことです。

誰かに親切にされたら、その感謝は素直に受け取る。

自分も何かしたいと思ったら、できる形で応じる。

でも、望んでいない買い物や無理なお願いまで受け入れる必要はない。

そして自分が親切にした側なら、

「これだけしてあげたのだから、返してくれるはず」

と相手のお返しを当然のものにしない。

言葉にすると、次の三つにまとめられます。

感謝は受け取る。

判断は手放さない。

親切を「借り」にしない。

返報性を知ることは、「人の心を操る方法」を覚えることではありません。

自分の中に生まれた「返したい」という気持ちに気づき、それでも最後は、自分と相手の選択を大切にすること。

それが、この記事を通して返報性から学べる、大切なことの一つです。

19 疑問が解決した物語

それからしばらくして、美咲はまた家族とスーパーへ買い物に行きました。

試食コーナーの前を通ると、店員さんが声をかけます。

「よかったらどうぞ」

美咲は、

「ありがとうございます」

と言って、一口もらいました。

おいしい。

そして、前と同じように、

「もらったのに、何も買わないのは悪いかな……」

という気持ちが少し浮かびました。

でも、今回は前とは違いました。

美咲は、この記事で読んだ返報性のことを思い出したのです。

美咲が返報性について理解したことは、こうでした。

人は、親切や贈り物、譲歩などを受けたとき、

「自分も何かで応じたい」

と感じることがあります。

これが、返報性を理解するうえで大切な部分です。

ただし、誰もが必ずお返しをするわけではなく、人の行動を返報性だけで説明できるわけでもありません。

感謝や好意、礼儀、相手との関係、そのときの状況なども関わるからです。

つまり、返報性とは、

「何かを受けた人は必ず返さなければならない」という決まりではなく、人が受けたものに応じようとすることがある、という人と人とのやり取りを考えるための見方なのです。

そこまで分かったうえで、美咲は自分の気持ちを考えました。

「試食をもらえて、ありがたいと思っている」

「でも、今日はこの商品が必要なわけではない」

そこで、

「ありがとうございました。おいしかったです」

と店員さんに伝え、今回は買わないことにしました。

その日の夜、以前プレゼントをくれた友達から、

「明日の宿題、少し教えてくれない?」

とメッセージが届きました。

美咲は少し考えます。

今日は時間もあります。

それに、美咲自身も友達を助けたいと思いました。

そこで、

「いいよ。一緒にやろう」

と返信しました。

今度は、

「プレゼントをもらったから、返さなければ」

と考えて決めたのではありません。

返報性について知ったうえで、自分はどうしたいのかを考えて選んだ答えでした。

そこで美咲は、第2章で抱いた疑問を思い出しました。

「どうして、何かをしてもらうと“自分も返したほうがいい”と感じることがあるんだろう?」

今なら答えられます。

人には、受けた親切や利益などに応じようとすることがあります。
返報性は、そのような人と人との関わりを理解する手がかりの一つです。

そして美咲自身が、この記事を読んで考えたことはもう一つありました。

返報性を知る意味は、

「お返ししなければ」

と自分を縛ることではない。

反対に、

「返報性だから仕方ない」

と自分の行動を決めつけることでもない。

自分の中に「返したい」という気持ちが生まれたとき、その気持ちに気づいたうえで、どう応じたいのかを自分で考えることができる。

美咲は、そう受け止めました。

もしあなたも誰かから何かをしてもらい、

「何か返したほうがいいのかな」

と感じたら、どう考えればよいでしょうか。

一つの答えは、

まず「自分はいま、返したいと感じているんだ」と気づき、そのうえで、自分は本当にどうしたいのかを考えることです。

返したいなら、自分のできる形で応じる。

難しいなら、無理をしない。

そして自分が親切にした側なら、相手のお返しを当然のものにはしない。

第2章で生まれた美咲の疑問は、こうして一つの答えにたどり着きました。

返報性を知ることは、「どう返さなければならないか」を知ることではなく、自分の中に生まれた「返したい」という気持ちを理解し、その先の行動を自分で考えることにつながるのです。

20 文章の締めとして

誰かに親切にしてもらったとき、

「うれしい」

「ありがたい」

「自分も何か返したい」

そんな気持ちが、静かに心の中に生まれることがあります。

返報性について知ると、その気持ちの背景を少しだけ言葉にできるようになります。

けれど、人とのつながりは、きれいに計算できるものではありません。

してもらった分だけ返す。

もらったものと同じだけ返す。

そんなふうに、すべてを同じ重さにそろえる必要はないのだと思います。

あの日にもらった優しさを覚えていて、別の日に誰かへ優しくする。

助けてもらった経験があるから、今度は困っている人に手を差し伸べる。

そんな形で、人から人へ気持ちがつながっていくこともあります。

そして時には、

「ありがたい。でも、これは断ろう」

と決めることも、自分と相手の関係を大切にする一つの選択です。

返報性を知ることで見えてくるのは、「どうすれば相手を動かせるか」ではなく、

自分が受け取った優しさと、これから自分がどう応じたいのかを、少し丁寧に見つめることなのかもしれません。

補足注意

この記事は、筆者が確認できる範囲で、研究論文や専門的な資料などをもとにまとめたものです。

ただし、返報性については研究分野や研究者によって見方や説明の仕方が異なる部分もあり、この記事で紹介した考え方だけが、唯一の正解というわけではありません。

また、心理学の研究はこれからも続いていきます。

新しい研究によって、これまでの理解がより詳しくなったり、別の説明が加わったり、見直されたりする可能性もあります。

🧭 本記事のスタンス

この記事は、答えを一つに決めるためではなく、「なぜだろう?」と興味を持ち、自分でも調べたり考えたりするための入り口として書いています。

ぜひ、ここで紹介した内容だけでなく、さまざまな研究や立場からの見方にも触れながら、自分なりに考えてみてください。

この記事から受け取った一つの疑問を、今度は本や論文、さまざまな資料へ返してみてください。問いを返せば、新しい知識が返ってくる――そんな「学びの返報性」を重ねるほど、今日の「なるほど」は、明日の「もっと知りたい」へと深まっていくのかもしれません。

最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。

返報性という心の動きは、誰かから受け取った優しさを「義務」に変えるのではなく、自分なりの形で次の優しさへつないでいけることを教えてくれているのかもしれません。

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