記憶研究を変えた心理学者4人とは?現代の記憶心理学につながる研究をやさしく解説

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「忘れることには意味があるのか」「記憶は本当に正確なのか」。そんな疑問を手がかりに、エビングハウス、バートレット、タルヴィング、ロフタスの4人が切り開いた記憶研究の歩みをたどりながら、現代の記憶心理学につながる考え方をやさしく解説します。

記憶研究を変えた心理学者4人とは?現代の記憶心理学を築いた重要人物をやさしく解説

代表例

記憶の仕組みは、誰が明らかにしてきたのでしょうか?

私たちは毎日、何かを覚えたり、忘れたり、思い出したりしています。

しかし、記憶について改めて考えてみると、さまざまな疑問が浮かびます。

「人は、なぜ覚えたことを忘れるのか」

「同じ出来事を経験したのに、なぜ人によって記憶が違うのか」

「自分が体験した出来事の記憶と、知識として覚えていることは同じなのか」

「あとから聞いた言葉や情報は、記憶や答え方に影響するのか」

こうした疑問を、実験や観察によって研究してきたのが心理学者たちです。

この記事では、心理学における記憶研究の発展を理解するうえで、特に重要な4人の心理学者を紹介します。

  • ヘルマン・エビングハウス
  • フレデリック・バートレット
  • エンデル・タルヴィング
  • エリザベス・ロフタス

この4人は、同じ時代に同じ方法で記憶を研究したわけではありません。

それぞれが異なる疑問をもち、別の角度から記憶を調べることで、現在の記憶心理学へつながる重要な考え方を生み出しました。

4人が何を研究し、その研究がなぜ重要なのかを、身近な例からやさしく見ていきましょう。

現在の心理学で知られている「忘却」「記憶の再構成」「記憶の種類」「事後情報の影響」は、誰のどのような研究によって発展してきたのでしょうか?

30秒で分かる結論

記憶心理学は、一人の研究者によって完成したものではありません。

さまざまな心理学者が、それぞれ異なる疑問を調べることで、少しずつ発展してきました。

ヘルマン・エビングハウスは、人が覚えたことをどのように保持し、時間とともにどのように忘れるのかを、実験によって測る研究を進めました。

フレデリック・バートレットは、記憶が過去の出来事をそのまま再生するものではなく、それまでの知識や経験の影響を受けながら思い出されることに注目しました。

エンデル・タルヴィングは、自分が経験した出来事の記憶と、言葉や事実などの一般的な知識の記憶を区別しました。

エリザベス・ロフタスは、出来事のあとに与えられた質問や情報が、その出来事についての記憶や回答へ影響することを研究しました。

この4人の研究を知ることで、現在の心理学が記憶をどのように理解してきたのか、その大きな流れが見えてきます。

小学生にも分かるようにいうと

記憶の研究は、いろいろな人が協力して大きな建物を作ることに似ています。

エビングハウスは、

「人は、覚えたことをどのように忘れていくのだろう」

と考え、記憶を実験で測りました。

バートレットは、

「思い出は、録画した映像のように、そのまま出てくるわけではないのではないか」

と考えました。

タルヴィングは、

「旅行の思い出と、学校で覚えた知識は、同じ種類の記憶なのだろうか」

と考えました。

ロフタスは、

「あとから聞いた言葉によって、覚えていることや答え方が変わることはあるのだろうか」

と調べました。

4人が違う角度から記憶を研究したことで、私たちは、覚えることや忘れること、思い出すことの仕組みを、以前より深く理解できるようになったのです。

1.このようなことはありませんか?

「なぜ忘れる? なぜ同じ出来事なのに記憶が違う?」

勉強した直後には答えられたのに、次の日になると思い出せなくなったことはありませんか。

何度も見ている人の顔は分かるのに、名前だけがどうしても出てこないこともあります。

昔の旅行について家族や友人と話しているとき、自分でははっきり覚えているのに、

「そんなことはなかったよ」

と言われた経験はないでしょうか。

反対に、自分にはまったく覚えがない出来事を、相手がはっきり覚えていることもあります。

また、言葉の意味や歴史上の出来事は知っていても、それを最初に覚えた日のことまでは思い出せないことがあります。

旅行の思い出は、そのときの景色や気持ちと一緒に思い出せるのに、学校で覚えた知識には、そのような場面の記憶がともなわないこともあるでしょう。

映画やニュースを見たあとで誰かの感想や説明を聞き、しばらくしてから、

「これは自分で見たことだったかな。それとも、あとから聞いた話だったかな」

と分からなくなることもあります。

このような経験をすると、次のような疑問が浮かびます。

覚えたはずなのに忘れるのは、どうして?

同じ出来事を経験したのに、記憶が人によって違うのは、どうして?

旅行の思い出と、学校で覚えた知識は、同じ記憶なの?

あとから聞いた言葉によって、覚えていることや答え方が変わることはあるの?

これらは、どれも心理学における記憶研究と深く関係する疑問です。

私たちが現在知っている記憶の仕組みは、長い時間をかけて、多くの研究者が一つずつ調べてきたものです。

その中でも、記憶研究の発展を理解するうえで重要なのが、ヘルマン・エビングハウス、フレデリック・バートレット、エンデル・タルヴィング、エリザベス・ロフタスという4人の心理学者です。

この記事を読むメリット

この記事を読むことで、次のことが分かります。

  • 記憶や忘却を実験によって調べる道を開いた人物
  • 記憶が過去の単純な再生ではないと考えた人物
  • 出来事の記憶と知識の記憶を区別した人物
  • あとから得た情報が記憶や回答へ与える影響を研究した人物
  • 4人の研究が、現在の記憶心理学へどのようにつながっているのか
  • なぜこの4人が、記憶研究を理解するうえで重要なのか

人物の名前だけを覚えるのではなく、それぞれの研究が、私たちの日常生活とどのようにつながっているのかも理解できるようになります。

2.疑問が生まれた物語

ある日、ソウタさんは学校の確認テストに向けて勉強していました。

数日前に覚えたはずの言葉なのに、意味がうまく説明できません。

答えを見るとすぐに思い出せるのに、自分だけでは答えが出てこないのです。

「この前は言えたのに、どうして忘れちゃったんだろう。」

夕食の時間にその話をすると、お父さんが言いました。

「人がどのように覚え、忘れるのかを、心理学者はどうやって調べてきたんだろうね。」

すると、おじいさんが、昔の家族旅行について話し始めました。

「海へ行ったとき、ソウタは大きな波を怖がって泣いていたな。」

しかし、ソウタさんには泣いた記憶がありません。

「泣いていないよ。ずっと楽しく遊んでいたと思う。」

お母さんは、

「最初は怖がっていたけれど、途中から遊んでいたと思うよ。」

と答えました。

同じ出来事を経験したはずなのに、3人の記憶は少しずつ違います。

「本当に起きたことは一つなのに、どうして記憶が違うんだろう。」

ソウタさんは不思議に思いました。

そこへ、お姉さんが言いました。

「旅行の思い出と、“海の水は塩辛い”という知識は、同じ種類の記憶なのかな。」

さらに、お母さんも尋ねました。

「あとから聞いた言葉や情報が、覚えていることや答え方に影響することもあるのかしら。」

ソウタさんの中に、いくつもの疑問が浮かびました。

  • 人は、覚えたことをどのように忘れるのか
  • 同じ出来事なのに、なぜ人によって記憶が違うのか
  • 出来事の思い出と知識の記憶は同じなのか
  • あとから得た情報は、記憶や答え方に影響するのか

「記憶は、ただ頭の中にしまっておくだけのものではないのかもしれない。」

ソウタさんは、記憶の不思議をもっと知りたくなりました。

こうして家族の何気ない会話から、記憶研究へつながる疑問が生まれたのです。

3.すぐに分かる結論

お答えします。

心理学における記憶の仕組みは、一人の研究者がすべて明らかにしたものではありません。

さまざまな時代の心理学者が、それぞれ異なる疑問をもち、実験や観察を重ねることで、現在の記憶心理学が形づくられてきました。

ソウタさんたちが抱いた疑問は、今回紹介する4人の研究とつながっています。

人は、覚えたことをどのように忘れるのか

この疑問は、ヘルマン・エビングハウスの研究につながります。

エビングハウスは、人が覚えたことをどのように保持し、時間とともにどのように忘れていくのかを、実験によって測る研究を進めました。

記憶や忘却を、感覚や印象だけではなく、数字を用いて調べる道を開いた人物です。

同じ出来事なのに、なぜ人によって記憶が違うのか

この疑問は、フレデリック・バートレットの研究につながります。

バートレットは、記憶が過去の出来事をそのまま再生するものではないことに注目しました。

人は、自分がすでにもっている知識や経験の影響を受けながら、出来事を組み立て直して思い出すと考えたのです。

出来事の思い出と、一般的な知識は同じ記憶なのか

この疑問は、エンデル・タルヴィングの研究につながります。

タルヴィングは、自分が経験した出来事についてのエピソード記憶と、言葉や事実などの一般的な知識についての意味記憶を区別しました。

どちらも長く保たれる記憶ですが、思い出される内容や感覚には違いがあります。

あとから聞いた言葉や情報は、記憶や答え方に影響することがあるのか

この疑問は、エリザベス・ロフタスの研究につながります。

ロフタスは、出来事のあとに与えられた質問や情報が、その出来事についての記憶や回答へどのような影響を与えるのかを研究しました。

あとから得た情報によって、出来事の思い出し方や答え方が変化することがあると示したのです。

4人は、同じ時代に同じ方法で記憶を研究したわけではありません。

それぞれが別の角度から記憶へ光を当てたことで、記憶は情報をそのまましまうだけの保存箱ではないことが分かってきました。

記憶には、覚えること、保つこと、忘れること、思い出すこと、そして思い出すときに内容を組み立て直すことなど、さまざまな働きが関係しています。

それでは、この4人はどのような時代に生き、どのような疑問をもち、どのような実験や発表によって記憶研究を発展させたのでしょうか。

次の章から、一人ひとりの研究とその重要性を詳しく見ていきましょう。

4人の歩みをたどることで、私たち自身の記憶も、これまでとは少し違って見えてくるはずです。

4.記憶研究を大きく変えた4人の心理学者

ここからは、心理学における記憶研究の発展に大きな影響を与えた4人の心理学者を、人物紹介を中心に詳しく見ていきます。

紹介するのは、次の4人です。

  • ヘルマン・エビングハウス
  • フレデリック・チャールズ・バートレット
  • エンデル・タルヴィング
  • エリザベス・F・ロフタス

4人は、同じ時代に活動したわけでも、同じ方法で記憶を研究したわけでもありません。

エビングハウスは、記憶を実験と数字によって測定する方法を発展させました。

バートレットは、思い出すことが過去の単純な再生ではなく、知識や経験を用いた再構成であると考えました。

タルヴィングは、長期記憶の中に異なる種類の記憶があることを理論的に整理しました。

ロフタスは、出来事のあとに与えられた質問や情報が、記憶報告や判断へ影響する可能性を実験によって示しました。

ここでは、それぞれの生涯、研究を始めた背景、代表的な発表、研究内容、そして記憶心理学において重要人物とされる理由を紹介します。

ヘルマン・エビングハウス

記憶を実験と数字で研究する道を開いた心理学者

正式名称と生涯

ヘルマン・エビングハウスの正式名は、ヘルマン・エビングハウス(Hermann Ebbinghaus/ヘルマン・エビングハウス)です。

1850年1月24日に、当時のプロイセン王国にあったバルメンで生まれ、1909年2月26日に亡くなりました。

大学では歴史や哲学を学び、1873年にボン大学で博士号を取得しました。その後、ベルリン大学、ブレスラウ大学、ハレ大学などで教育と研究に携わりました。

エビングハウスが活動した19世紀後半は、心理学が哲学から独立し、実験科学として形を整え始めた時代でした。

記憶については古代から多くの哲学者が論じていましたが、目に見えない記憶を、一定の条件で繰り返し測定する方法は十分に確立されていませんでした。

そのような時代にエビングハウスは、記憶も実験によって測定できるのではないかと考えました。

エビングハウスが重要な理由

エビングハウスが重要なのは、単に「人は時間がたつと忘れる」と指摘したからではありません。

人が忘れること自体は、昔から誰もが経験していました。

エビングハウスの重要な功績は、学習に必要な回数や時間、再学習に必要な労力を記録することで、記憶と忘却を数量的に研究できることを示した点にあります。

その研究成果は、1885年に刊行された『Über das Gedächtnis』(ウーバー・ダス・ゲデヒトニス)にまとめられました。

この著作は、後に英語で『Memory: A Contribution to Experimental Psychology』(メモリー:ア・コントリビューション・トゥ・エクスペリメンタル・サイコロジー)と訳されています。エビングハウス本人による研究記録を収めた、実験的記憶研究の古典です。

なぜ無意味音節を使ったのか

日常的な単語には、すでに意味や経験が結びついています。

例えば「海」という言葉を見れば、旅行、波、泳いだ経験、潮の香りなど、さまざまな内容を思い浮かべる人がいます。

そのような単語を使うと、実験中に学習した効果と、以前からもっていた知識の影響を分けにくくなります。

そこでエビングハウスは、普通の単語よりも意味や連想の影響を抑えやすい音の並びを用いました。

これが無意味音節、英語ではナンセンス・シラブル(nonsense syllable/ナンセンス・シラブル)と呼ばれる材料です。

代表的には、子音・母音・子音を組み合わせた短い音節が使われました。

エビングハウスは自分自身を主な実験参加者として、無意味音節のリストを繰り返し学習しました。そして、完全に覚えるまでの回数や時間、一定時間後に覚え直すための労力を記録しました。

現在の基準から見ると、主な実験参加者が本人一人だったことや、無意味音節が日常の記憶とは異なることには限界があります。

それでも、研究条件をできる限り統一し、記憶を客観的に測ろうとした発想は画期的でした。

忘却曲線

エビングハウスの名前とともによく知られているのが、忘却曲線です。

英語では、フォーゲッティング・カーブ(forgetting curve/フォーゲッティング・カーブ)といいます。

エビングハウスの結果では、学習後の比較的早い段階で忘却が大きく進み、その後は変化が次第に緩やかになる傾向が見られました。

ただし、忘却曲線は、

「すべての人が、どのような内容でも、同じ割合で忘れる」

という普遍的な時間表ではありません。

忘れ方は、学習内容、理解度、予備知識、反復回数、睡眠、検索手がかりなどによって変わります。

したがって、エビングハウスの研究で重要なのは、インターネット上で見かける細かな忘却率を暗記することではありません。

忘却には時間経過に応じた一定の傾向があり、それを測定の対象にできると示したことが重要なのです。エビングハウスの原著と、その後の再検討でも、節約量が時間とともに変化する基本的な傾向が確認されています。

節約法

エビングハウスの研究で、忘却曲線と同じくらい重要なのが節約法です。

英語では、セーヴィングス・メソッド(savings method/セーヴィングス・メソッド)といいます。

例えば、あるリストを最初に覚えるまでに10回の学習が必要だったとします。

数日後、そのリストを自力では思い出せなくなっていても、覚え直すときに6回で済めば、最初より4回分の学習が少なくなっています。

このように、最初の学習に比べて再学習の労力がどれほど少なくなったかを測るのが節約法です。

節約法は、重要なことを示しています。

それは、自分では思い出せなくても、以前の学習の影響が完全に消えているとは限らないということです。

思い出せるかどうかだけでなく、覚え直す速さを使って記憶の残り方を測定した点に、エビングハウスの工夫がありました。

分散学習との関係

エビングハウスは、反復の回数や学習の配分についても調べました。

学習を一度に集中させるより、複数の機会に分けた方が、少ない反復で学習を完成できる場合があることを報告しています。

学習を時間的に分ける方法は、分散学習と呼ばれます。

英語では、ディストリビューテッド・プラクティス(distributed practice/ディストリビューテッド・プラクティス)です。

学習と学習の間に時間を置くことで長期的な保持が向上する現象は、間隔効果、英語ではスペーシング・エフェクト(spacing effect/スペーシング・エフェクト)と呼ばれます。

ただし、現在使われている間隔反復の学習法を、エビングハウス一人が完成させたわけではありません。

正確には、彼の研究が、その後の反復、学習間隔、保持に関する研究の重要な土台になったと考えるべきです。

どのような生き方をしたのか

エビングハウスは、記憶だけを研究した人物ではありません。

大学で研究と教育に携わる一方、視覚、知能、学習などにも関心を広げ、心理学の教科書や学術誌の刊行にも関わりました。

それでも、彼の名が現在まで残っている最大の理由は、研究対象として扱うことが難しいと思われていた記憶に対して、粘り強く自己実験を繰り返したことです。

自分自身が何度も音節を学習し、時間や反復回数を記録する作業は、非常に地道なものでした。

その積み重ねによって、記憶を印象や体験談だけでなく、測定可能な心理現象として示しました。

この人物が重要な理由

ヘルマン・エビングハウスは、「忘却曲線を作った人」とだけ覚えるべき人物ではありません。

彼が重要なのは、

記憶や忘却を、統制された実験と数量的な測定によって研究する道を開いたからです。

その方法には限界もありましたが、後の実験心理学や認知心理学が発展するための重要な出発点を築きました。

フレデリック・チャールズ・バートレット

人は過去を組み立て直して思い出すと考えた心理学者

正式名称と生涯

正式名は、フレデリック・チャールズ・バートレット(Frederic Charles Bartlett/フレデリック・チャールズ・バートレット)です。

1886年10月20日にイギリスで生まれ、1969年9月30日に亡くなりました。

なお、英語の名前は一般的な「Frederick」ではなく、最後にkのない「Frederic」と綴ります。

バートレットはケンブリッジ大学を中心に研究生活を送り、同大学で最初の実験心理学教授となりました。記憶だけでなく、知覚、思考、社会心理学、文化、戦時中の応用心理学など、広い分野を研究しました。

第二次世界大戦期には、疲労、技能、操縦など人間の能力を実際の仕事へ応用する研究にも関わりました。

バートレットが重要な理由

バートレットが重要なのは、記憶を、過去の情報をそのまま再生する働きではなく、知識や経験を用いて組み立て直す働きとして捉えたからです。

エビングハウスは、意味の影響をできるだけ抑えた材料を使い、学習量や忘却を測りました。

それに対してバートレットは、実際の人間が日常で覚える情報には意味や文化的背景があると考えました。

私たちは、物語や出来事を何も知らない状態で受け取るわけではありません。

すでにもっている知識、経験、期待、文化的な理解を使って、出来事の意味を捉えます。

バートレットは、その理解の仕方が、後の思い出し方にも関係すると考えました。

代表的著作『Remembering』

1932年、バートレットは代表的著作『Remembering: A Study in Experimental and Social Psychology』(リメンバリング:ア・スタディ・イン・エクスペリメンタル・アンド・ソーシャル・サイコロジー)を発表しました。

日本語では、一般に『想起の心理学』や『記憶の研究』などの意味で紹介されます。

題名が名詞の「記憶」ではなく、動作を表す「Remembering(リメンバリング)」である点は重要です。

バートレットは、頭の中に保存されたものだけでなく、人が現在の状況で過去をどのように思い出すのかに注目したからです。

この著作では、物語や図形を使った研究とともに、スキーマや記憶の再構成につながる考え方が示されました。ケンブリッジ大学出版局も、この本をスキーマ理論と再構成的記憶の発展に影響を与えた重要な著作として位置づけています。

「幽霊たちの戦い」

バートレットの研究として最も知られているのが、「幽霊たちの戦い」を用いた研究です。

英語では、ザ・ウォー・オブ・ザ・ゴースツ(The War of the Ghosts/ザ・ウォー・オブ・ザ・ゴースツ)といいます。

これは、北アメリカ先住民の伝承に由来する、当時のイギリス人参加者にはなじみの薄い物語でした。

バートレットは、参加者に物語を読んでもらい、時間を置いてから内容を思い出してもらいました。

その結果、思い出された物語は、元の文章を一字一句正確に再生したものではありませんでした。

時間の経過とともに短くなったり、理解しにくい部分が省略されたり、なじみの薄い表現が理解しやすい形に変えられたりすることがありました。

バートレットは、同じ人に時間を置いて何度も思い出してもらう方法だけでなく、ある人の再生内容を別の人へ伝えていく方法も使用しました。

後者は連続再生法、英語ではシリアル・リプロダクション(serial reproduction/シリアル・リプロダクション)と呼ばれます。

スキーマとは何か

バートレットの理論を理解するうえで重要なのが、スキーマです。

英語でも、スキーマ(schema/スキーマ)といいます。

スキーマとは、過去の経験を通して形成された知識や理解のまとまりです。

例えば、私たちは「レストラン」と聞くと、

店に入る、席へ案内される、注文する、食事をする、代金を支払う

といった大まかな流れを予想できます。

このような知識の枠組みがあるため、私たちは新しい状況を素早く理解できます。

一方で、記憶に抜けている部分があると、スキーマに合う内容を補ったり、なじみのない内容を理解しやすい形に変えたりする可能性もあります。

記憶の再構成

記憶の再構成は、英語でリコンストラクティブ・メモリー(reconstructive memory/リコンストラクティブ・メモリー)と表現されます。

これは、思い出すときに、

  • 実際に経験した内容
  • 現在まで残っている記憶
  • 既存の知識
  • 期待
  • 文化的背景
  • 現在の状況

などを利用しながら、過去の出来事を組み立て直すという考え方です。

ただし、バートレットの研究を、

「人間の記憶は、いつでも大きく間違っている」

という意味に受け取るのは適切ではありません。

スキーマは誤りを生む可能性がある一方、情報を理解し、整理し、効率的に思い出すためにも必要です。

つまり、再構成は記憶の欠陥だけではなく、人間が意味のある世界を理解するための基本的な働きでもあります。

どのような生き方をしたのか

バートレットは、記憶を実験室の中だけで考えた人物ではありません。

人間の心は、文化、社会、職業、技術などの現実的な環境と切り離せないと考えていました。

そのため、記憶や思考の基礎研究に加えて、軍事、航空、技能、疲労などの応用的な問題にも取り組みました。

1948年には、心理学と空軍への貢献によりナイトの称号を授けられ、サー・フレデリック・バートレットと呼ばれるようになりました。

基礎的な心理学と現実社会の問題の両方を重視したことが、バートレットの研究人生の特徴です。

この人物が重要な理由

フレデリック・バートレットが重要なのは、

記憶を過去の録画のようなものではなく、知識や経験を用いて意味を組み立て直す働きとして研究したからです。

彼の研究は、現代の認知心理学、文化心理学、文章理解、目撃証言研究などへつながる重要な考え方を残しました。

エンデル・タルヴィング

長期記憶の種類と、思い出すときの意識を整理した心理学者

正式名称と生涯

正式名は、エンデル・タルヴィング(Endel Tulving/エンデル・タルヴィング)です。

1927年5月26日にエストニアで生まれ、2023年9月11日にカナダで亡くなりました。

第二次世界大戦によって故郷を離れ、ドイツで生活したのち、1949年にカナダへ移住しました。

トロント大学で学び、その後はハーバード大学で博士号を取得しました。研究者としては、主にトロント大学や、カナダのベイクレストにあるロットマン研究所で活動しました。

戦争と移住を経験しながら学問の道へ進み、人間の記憶研究を大きく変えた人物です。王立協会の追悼論文でも、タルヴィングは人間の記憶研究を変革したエストニア系カナダ人の認知心理学者・認知神経科学者と評価されています。

タルヴィングが重要な理由

タルヴィングが重要なのは、長期記憶を一つの能力として扱わず、性質の異なる複数の記憶システムとして整理したからです。

私たちは、

「昨日、友人と食事をした」

という出来事を思い出すこともあれば、

「日本の首都は東京である」

という知識を答えることもあります。

どちらも記憶ですが、思い出される内容や主観的な感覚は同じではありません。

タルヴィングは、こうした違いを心理学の理論として明確にしました。

1972年の重要な発表

1972年、タルヴィングは『Organization of Memory』(オーガナイゼーション・オブ・メモリー)という研究書の中で、「Episodic and Semantic Memory」(エピソディック・アンド・セマンティック・メモリー)という章を発表しました。

この中で、エピソード記憶と意味記憶の区別を体系的に提案しました。

この区別は現在でも、認知心理学と認知神経科学の基本概念の一つです。

エピソード記憶

エピソード記憶は、英語でエピソディック・メモリー(episodic memory/エピソディック・メモリー)といいます。

これは、自分が経験した特定の出来事についての記憶です。

例えば、

  • 昨日の夕食で何を食べたか
  • 入学式の日にどのような気持ちだったか
  • 初めて海外へ行ったときに何を見たか
  • 今朝、どこへ鍵を置いたか

といった記憶です。

エピソード記憶では、何が起きたかだけでなく、いつ、どこで、どのような状況で、自分がどう経験したかという文脈が重要になります。

意味記憶

意味記憶は、英語でセマンティック・メモリー(semantic memory/セマンティック・メモリー)といいます。

これは、言葉の意味、概念、一般的な事実や知識についての記憶です。

例えば、

  • 日本の首都は東京である
  • 1年は12か月である
  • 犬は動物である
  • 「りんご」という言葉が何を表すか

といった知識です。

意味記憶では、その知識を最初に覚えた日時や場所まで思い出す必要はありません。

「日本の首都は東京だ」と知っていても、それを最初に教わった授業の場面は覚えていないことがあります。

タルヴィングは、このような一般的な知識と、個人的な出来事の記憶を区別しました。

ただし、両者は完全に切り離されているわけではありません。個人的な経験から一般的な知識が作られることもあり、後の研究では両者の相互関係も検討されています。

オートノエティック・コンシャスネス

タルヴィングは、エピソード記憶を、出来事についての情報だけでは説明しませんでした。

エピソード記憶には、その出来事を「自分が過去に経験したこと」として思い出す主観的な意識が関係すると考えました。

この意識は、オートノエティック・コンシャスネス(autonoetic consciousness/オートノエティック・コンシャスネス)と呼ばれます。

日本語では、自己知的意識や自己を時間の中で認識する意識などと訳されます。

簡単にいえば、過去の自分へ心の中で戻り、その出来事を自分自身の経験として再体験するような意識です。

この考え方は、心的時間旅行にもつながります。

心的時間旅行は、英語でメンタル・タイム・トラベル(mental time travel/メンタル・タイム・トラベル)といいます。

実際に過去へ移動するのではなく、過去の自分の経験を心の中でたどったり、経験をもとに将来を想像したりする働きを指します。

検索手がかりと符号化特定性原理

タルヴィングは、記憶された情報を思い出す過程についても重要な研究を行いました。

記憶を思い出すきっかけは、検索手がかりと呼ばれます。

英語では、リトリーヴァル・キュー(retrieval cue/リトリーヴァル・キュー)です。

例えば、昔よく聴いていた曲を耳にして、その頃の学校生活を思い出す場合、その曲が検索手がかりとして働いています。

タルヴィングとドナルド・トムソンは、1973年に符号化特定性原理を提唱しました。

英語では、エンコーディング・スペシフィシティ・プリンシプル(encoding specificity principle/エンコーディング・スペシフィシティ・プリンシプル)といいます。

これは、学習したときに情報と結びついていた手がかりが、思い出すときにも利用できると、記憶の検索が成功しやすくなるという考え方です。

この原理によって、記憶成績は、情報がどれほど強く保存されているかだけでなく、学習時と検索時の条件の関係にも左右されるという理解が深まりました。

どのような生き方をしたのか

タルヴィングは、戦争によって故郷を離れ、複数の国を経てカナダで研究者になりました。

その後、数十年にわたり、記憶システム、検索、意識、脳機能などについて理論と実験の両面から研究を続けました。

初期には実験心理学を中心に研究していましたが、脳画像技術の発展後は、エピソード記憶に関わる脳活動の研究にも参加しました。

つまり、タルヴィングは一つの理論を発表して終わった人物ではありません。

自ら提案した記憶の分類を、その後の実験、神経心理学、脳科学の知見に合わせて長年にわたり発展させた研究者でした。

この人物が重要な理由

エンデル・タルヴィングが重要なのは、

「覚えている」という一つの言葉の中に、異なる記憶の種類と異なる意識の働きがあることを理論的に整理したからです。

エピソード記憶と意味記憶の区別は、現在も健忘症、加齢、認知症、脳損傷、自己意識などを研究する際の重要な基盤になっています。

エリザベス・F・ロフタス

事後情報が記憶報告へ与える影響を研究した心理学者

正式名称と経歴

正式名は、エリザベス・F・ロフタス(Elizabeth F. Loftus/エリザベス・F・ロフタス)です。

1944年10月16日に、アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルスで、エリザベス・フィッシュマンとして生まれました。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校で数学と心理学を学び、スタンフォード大学大学院で数理心理学を専攻しました。1970年に博士号を取得したのち、ワシントン大学などで研究し、現在はカリフォルニア大学アーバイン校の特別教授として、心理学、法律、犯罪学などに関わる研究と教育を行っています。

ロフタスは、人間の記憶、目撃証言、誤情報、偽記憶を研究し、心理学と司法制度を結びつけた代表的な研究者です。

ロフタスが重要な理由

ロフタスが重要なのは、出来事を経験したあとで与えられる質問や情報が、その出来事についての判断、記憶報告、回答へ影響することを実験によって示したからです。

犯罪や事故の目撃者は、意図的にうそをついていなくても、必ずしも完全に正確な証言をするとは限りません。

出来事を見たときの状況だけでなく、その後に受けた質問、他の目撃者の発言、ニュース報道などが、後の回答へ影響する可能性があります。

ロフタスは、この問題を統制された実験によって詳しく調べました。

1974年の車の衝突実験

ロフタスの代表的な研究が、ジョン・C・パーマーとの共同研究です。

1974年に、『Reconstruction of Automobile Destruction: An Example of the Interaction Between Language and Memory』(リコンストラクション・オブ・オートモービル・ディストラクション:アン・イグザンプル・オブ・ジ・インタラクション・ビトウィーン・ランゲージ・アンド・メモリー)を発表しました。

実験参加者は、自動車事故の映像を見たあと、車の速度について質問されました。

質問では、

  • hit(ヒット)
  • smashed(スマッシュト)
  • collided(コライディッド)
  • bumped(バンプト)
  • contacted(コンタクティッド)

など、衝突を表す異なる動詞が使われました。

その結果、より激しい衝突を連想させる言葉を含む質問を受けた参加者ほど、速度を高く推定する傾向が見られました。

別の実験では、映像に割れたガラスがなかったにもかかわらず、強い衝突を表す言葉で質問された人の方が、「割れたガラスを見た」と回答する割合が高くなりました。

ただし、この結果を、

「一つの言葉によって、全員の記憶が完全に書き換えられた」

と解釈するのは正確ではありません。

研究が示したのは、質問に使われた言葉が、参加者の速度判断や後の回答に統計的な影響を与えたということです。

その影響には、記憶表象の変化だけでなく、質問者の期待を推測した可能性や、映像と後から聞いた情報の出所を混同した可能性なども関係します。

誤情報効果

誤情報効果は、英語でミスインフォメーション・エフェクト(misinformation effect/ミスインフォメーション・エフェクト)といいます。

これは、ある出来事を経験したあとで事実と異なる情報を与えられると、後の記憶報告がその情報の影響を受ける現象です。

事後情報は、研究者の質問だけから与えられるとは限りません。

  • 他の目撃者との会話
  • ニュース
  • SNS
  • 家族や知人から聞いた話
  • 繰り返し行われる事情聴取

なども、出来事後に得る情報です。

そのため、誤情報効果は、目撃証言だけでなく、現在の情報社会にも関係する問題です。

偽記憶の研究

偽記憶は、英語でフォールス・メモリー(false memory/フォールス・メモリー)といいます。

実際には起きていない出来事を起きたと記憶していたり、実際の出来事を事実とは異なる形で記憶していたりする現象です。

ロフタスと共同研究者たちは、暗示、想像、家族から得たと説明される情報などによって、実際には経験していない子ども時代の出来事について、記憶らしい報告が生じる可能性を研究しました。

有名なのが、ショッピングモールで迷子になったという架空の出来事を用いた研究です。

この方法は、ロスト・イン・ザ・モール・テクニック(lost-in-the-mall technique/ロスト・イン・ザ・モール・テクニック)と呼ばれます。

ただし、すべての人に簡単に偽記憶を作れるわけではありません。

また、日常的な出来事を使った実験結果を、重大な犯罪や強い心的外傷をともなう出来事へ、そのまま一般化することもできません。

正確には、暗示、想像、事後情報、情報源の判断などによって、経験していない内容について記憶らしい報告が生じる場合があることを示した研究です。

目撃証言と裁判への影響

ロフタスは、研究論文を発表するだけでなく、目撃証言や記憶に関する専門家として、多くの裁判や法律上の議論に関わってきました。

彼女の研究によって、次のような点が重視されるようになりました。

  • 誘導的な質問を避ける
  • 目撃者同士の情報交換を抑える
  • 最初の証言を早い段階で正確に記録する
  • 証言の確信度と正確性を同一視しない
  • 記憶だけでなく、物的証拠なども総合的に検討する

これは、目撃証言に価値がないという意味ではありません。

人の自由や有罪・無罪の判断に関わるからこそ、記憶の性質を理解したうえで、証言を慎重に扱う必要があるという意味です。

ロフタスは専門家証人や助言者として数多くの事件に関わり、記憶研究を法制度の実務へ結びつけてきました。

どのような生き方をしてきたのか

ロフタスは、数学と心理学の両方を学び、実験による数量的な分析を目撃証言という現実的な問題へ応用しました。

その研究は、記憶の仕組みだけでなく、裁判、警察の事情聴取、心理療法、報道、研究倫理など、社会的に議論の多い領域と結びついています。

偽記憶や回復記憶をめぐる議論では、強い批判や反発を受けることもありました。

それでもロフタスは、本人が確信している記憶であっても、その成立過程を科学的に検討する必要があると主張し、実験研究と社会活動を続けてきました。

彼女の研究人生の特徴は、心理学の知識を研究室の中にとどめず、司法制度や社会の判断へ応用してきた点にあります。

この人物が重要な理由

エリザベス・ロフタスが重要なのは、

出来事のあとに与えられた質問や情報が、記憶報告、判断、回答へ影響する可能性を実験的に示し、その知見を目撃証言や裁判の問題へ結びつけたからです。

彼女の研究は、記憶が不完全だから信用できないと単純に結論づけるものではありません。

記憶を扱うときには、何を経験したかだけでなく、その後に何を聞き、どのような質問を受けたかも確認する必要があることを示しています。

4人を人物として比較すると

ヘルマン・エビングハウスは、地道な自己実験を繰り返し、記憶を測定可能な研究対象へ変えました。

フレデリック・チャールズ・バートレットは、実験室だけでなく文化や社会にも目を向け、思い出すことを意味の再構成として捉えました。

エンデル・タルヴィングは、戦争と移住を経験したのち、カナダで研究者となり、記憶の種類と意識の理論を長年にわたって発展させました。

エリザベス・F・ロフタスは、実験心理学の成果を目撃証言や裁判へ結びつけ、記憶研究が社会の判断にも必要であることを示してきました。

4人の重要性は、代表用語だけでは説明できません。

  • エビングハウスは、記憶を測定する方法を発展させた
  • バートレットは、思い出すことの構成的な性質を示した
  • タルヴィングは、記憶の種類と意識を理論的に整理した
  • ロフタスは、事後情報の影響を実験と社会問題へ結びつけた

このように、生涯と代表研究の両方を知ることで、なぜ4人が記憶心理学の重要人物として現在も紹介されているのかが分かります。

5.4人の研究は、どのようにつながっているのでしょうか?

ここまで、記憶研究の発展に大きな影響を与えた4人の心理学者を紹介してきました。

ヘルマン・エビングハウス、フレデリック・チャールズ・バートレット、エンデル・タルヴィング、エリザベス・F・ロフタスです。

4人は、同じ研究課題を順番に引き継いだわけではありません。それぞれ異なる時代と方法から、人間の記憶の異なる側面を研究しました。

しかし、4人の功績を並べると、心理学における記憶の捉え方が、どのように広がってきたのかが見えてきます。

記憶を「測る」視点

エビングハウスは、学習に必要な時間や回数、再学習に必要な労力を記録しました。

その研究によって、記憶の保持と忘却を、印象や体験談だけでなく、実験と数字を用いて調べられることが示されました。

エビングハウスが記憶研究へ加えた重要な視点は、

人はどのくらい覚え、時間の経過とともにどのくらい忘れるのか

という、数量的な視点でした。

記憶を「思い出す過程」として見る視点

バートレットは、記憶を測るだけでなく、人が意味のある出来事をどのように思い出すのかに注目しました。

私たちは過去を、録画を再生するように一字一句そのまま取り出しているとは限りません。残っている情報と、すでにもっている知識や経験を使いながら、出来事を理解できる形に再構成して思い出すことがあります。

このような考え方は、再構成的記憶、reconstructive memory(リコンストラクティブ・メモリー)と呼ばれます。

バートレットが加えたのは、

人は、どのような知識や経験を使って過去を思い出すのか

という視点でした。

ただし、再構成的であることは、記憶がいつでも大きく間違っているという意味ではありません。記憶の重要な部分が比較的正確に保たれる場合もあります。

記憶を「種類」に分ける視点

タルヴィングは、「記憶」という一つの言葉の中に、性質の異なる記憶が含まれていると考えました。

自分が昨日経験した出来事を思い出すエピソード記憶、episodic memory(エピソディック・メモリー)と、言葉の意味や一般的な知識を覚えている意味記憶、semantic memory(セマンティック・メモリー)は、どちらも長期記憶ですが、同じものではありません。

タルヴィングが加えたのは、

何を覚えているのか、どのような意識を伴って思い出しているのか

という視点でした。

この区別によって、「どのくらい覚えているか」だけでなく、「どの種類の記憶が働いているのか」も研究されるようになりました。

記憶を「出来事後の影響」から見る視点

ロフタスは、出来事を経験したあとに与えられる質問や情報に注目しました。

同じ出来事を見た人でも、その後にどのような言葉で質問されたか、どのような情報を聞いたかによって、後の判断や記憶報告が影響を受ける場合があります。

このうち、事実と異なる事後情報が後の記憶報告へ影響する現象は、誤情報効果、misinformation effect(ミスインフォメーション・エフェクト)と呼ばれます。

ロフタスが加えたのは、

出来事のあとに得た情報が、後の記憶報告や判断へどのように影響するのか

という視点でした。

これは、他人の言葉によってすべての人の記憶が簡単に完全に変わるという意味ではありません。影響の有無や程度は、情報の内容、質問方法、時間、注意、個人差などによって変わります。

4人が広げた記憶研究

4人の功績を簡潔にまとめると、次のようになります。

エビングハウスは、記憶を測定できる研究対象にしました。

バートレットは、思い出すことを知識や経験が関わる再構成的な過程として捉えました。

タルヴィングは、長期記憶を性質の異なる複数の記憶として整理しました。

ロフタスは、出来事後の情報が後の記憶報告や判断へ影響する場合があることを示しました。

これを一つの流れとして表すなら、記憶研究の問いは、

どのくらい覚え、忘れるのか

どのように思い出すのか

どのような種類の記憶があるのか

出来事のあとに得た情報は、後の想起にどう影響するのか

というように、多方面へ広がってきたといえます。

ただし、心理学史全体がこの4段階だけで進んだわけではありません。4人以外にも多くの研究者が、学習、注意、感情、脳損傷、睡眠、発達などの研究を通して、記憶の理解に貢献してきました。

4人は、その長い歴史の中で、記憶を見るための新しい視点を示した代表的な人物なのです。

現代の心理学は、記憶をどう考えているのでしょうか

現在、記憶は、情報を一か所へ保存し、必要なときにそのまま再生するだけの装置とは考えられていません。

情報を取り入れること、一定期間保持すること、手がかりを使って検索すること、思い出した内容を現在の判断に利用することなど、複数の過程が関係しています。

また、エピソード記憶、意味記憶、作業記憶、手続き記憶など、性質の異なる記憶が、それぞれ関連しながら働いています。

そのため、現代の記憶観は、次のようにまとめられます。

記憶は、複数の心理過程と脳の仕組みが関わり、知識、経験、時間、状況などの影響を受けながら働く動的なシステムである。

ここでいう「動的」とは、すべての記憶が自由に、あるいは必ず変化するという意味ではありません。

記憶の形成、保持、検索、利用が互いに関係し、その働き方が手がかりや状況によって変わるという意味です。

エビングハウス、バートレット、タルヴィング、ロフタスは、それぞれ異なる方向から、この現代的な記憶の理解につながる重要な視点を残しました。

6.現代の記憶研究へ

4人が研究した問題は、過去の心理学史として終わったわけではありません。

現在も、心理学、神経心理学、認知神経科学などの分野で、記憶がどのように形成され、保持され、思い出されるのかが研究されています。

心の働きと脳の働きを調べる

現在の研究では、記憶課題に対する正答率や反応時間を調べる行動実験に加え、脳損傷のある人の症例、脳波、脳画像など、複数の方法が用いられています。

代表的な脳画像法の一つが、機能的磁気共鳴画像法です。

英語では、functional magnetic resonance imaging(ファンクショナル・マグネティック・レゾナンス・イメージング)といい、fMRI(エフ・エム・アール・アイ)と略されます。

fMRIは、血流や血液中の酸素状態の変化を手がかりに、課題中の脳活動を間接的に調べる方法です。記憶そのものを写真のように直接写す装置ではありません。

記憶を支える脳のネットワーク

記憶に関係する脳領域としてよく知られているのが、海馬です。

海馬は英語で、hippocampus(ヒポキャンパス)といいます。

海馬は特に、人物、場所、時間などの文脈を伴うエピソード記憶の形成や想起に重要な役割を果たすと考えられています。

しかし、すべての記憶が海馬だけに保存されているわけではありません。記憶の種類や処理の段階に応じて、海馬、その周辺の内側側頭葉、大脳皮質、前頭前野など、複数の領域がネットワークとして関わります。

認知神経科学へ

心の働きと脳の仕組みを結びつけて研究する分野は、認知神経科学と呼ばれます。

英語では、cognitive neuroscience(コグニティブ・ニューロサイエンス)です。

現在では、加齢や認知症によって記憶がどう変化するのか、睡眠が学習後の保持にどう関係するのか、過去の記憶が将来の想像にどう使われるのかなど、幅広い問題が研究されています。

タルヴィングが整理したエピソード記憶も、心理学上の概念にとどまらず、脳画像研究や神経心理学を通して検討され続けています。

AIの「記憶」と人間の記憶

近年は、AI、artificial intelligence(アーティフィシャル・インテリジェンス)の情報処理と、人間の記憶を比較する議論も行われています。

AIにも、情報を保持したり、過去の入力を利用したりする仕組みがあります。しかし、AIの「記憶」と人間の記憶は同じものではありません。

人間の記憶には、感情、身体的な経験、社会や文化によって作られた意味、自分が経験したという主観的な意識などが関係します。

一方、AIで「記憶」と呼ばれるものは、保存されたデータ、過去の入力、外部情報の検索、学習された内部状態など、システムごとに異なる技術的な仕組みです。

両者を比較することは、人間の記憶をそのまま機械として説明するためではありません。

情報を保存することと、自分の経験として思い出すことは何が違うのか

という問いを、改めて考える手がかりになるのです。

記憶研究は現在も続いている

エビングハウスが記憶を測定する方法を発展させてから、記憶研究は大きく広がりました。

現在では、心理実験、患者研究、脳画像、計算モデルなどを組み合わせながら、人間が覚え、忘れ、思い出す仕組みが研究されています。

しかし、記憶についてすべてが明らかになったわけではありません。

なぜ、ある出来事だけが長く残るのでしょうか。

なぜ、匂いや音から突然昔の出来事を思い出すのでしょうか。

なぜ、強い確信をもっている記憶が、事実と異なることがあるのでしょうか。

4人の心理学者が問いかけた問題は、形を変えながら、現在の記憶研究にも受け継がれています。

7.おまけのコラム

忘れることは、本当に記憶の失敗なのでしょうか?

ここまでの記事では、人がどのように覚え、忘れ、思い出すのかを研究した4人の心理学者を紹介してきました。

その中でも、エビングハウスの忘却研究を知ると、

忘れないことこそ、優れた記憶なのではないか

と考えたくなるかもしれません。

確かに、大切な約束や学んだ知識を忘れることは、生活上の問題になります。

しかし、現代の記憶研究では、忘却は単なる故障や能力不足だけではなく、状況によっては現在必要な情報を選びやすくする働きもあると考えられています。

すべてを同じ強さで覚えていたら

私たちは毎日、膨大な情報に触れています。

朝から見た景色、耳にした会話、読んだ文章、画面に表示された文字まで、すべてを同じ強さで思い出せたらどうなるでしょうか。

一見すると便利に思えますが、必要な情報を探すたびに、大量の関係のない記憶が浮かび、かえって判断しにくくなるかもしれません。

例えば、新しいパスワードを覚えたのに、以前のパスワードばかりが浮かぶことがあります。

このように、ある記憶が別の記憶の学習や検索を妨げる現象は、干渉、interference(インターフィアレンス)と呼ばれます。

古い情報へのアクセスが少しずつ弱まることは、現在必要な情報を選ぶうえで役立つ場合があります。

そのため、忘却には、変化する環境に合わせて記憶を調整する適応的な側面があると考える研究者もいます。

ただし、すべての忘却が役立つわけではありません。

病気や加齢による深刻な記憶障害と、不要になった情報を思い出しにくくなることは、同じものとして扱えません。

正確には、

忘却には困難を生む場合もあれば、現在必要な情報を選びやすくする場合もある

と考えるのがよいでしょう。

思い出すことが、別の記憶に影響する

記憶には、さらに興味深い性質があります。

ある情報を繰り返し思い出すと、その情報と競合する別の情報を、後から思い出しにくくなる場合があります。

これは、検索誘導性忘却、retrieval-induced forgetting(リトリーヴァル・インデュースト・フォーゲッティング)と呼ばれます。

例えば、果物の名前をいくつも学習した後で、そのうち一部だけを繰り返し思い出す練習をしたとします。

すると、練習した名前は思い出しやすくなる一方で、同じ果物というカテゴリーに属していながら練習しなかった名前が、後のテストで思い出しにくくなることがあります。

つまり、思い出す練習は、すべての関連記憶を同じように強めるとは限りません。

何を繰り返し思い出すかによって、後から利用しやすい情報のバランスも変わる可能性があるのです。

ただし、なぜこの現象が起きるのかについては、競合する情報が抑えられるためだという説明を含め、複数の考え方が検討されています。

ここで重要なのは、

記憶は、保存されている情報の量だけでなく、どの情報が選ばれ、検索されるかによっても形づくられる

という点です。

忘れることを、少し違う角度から見てみる

「思い出せない」という経験をすると、私たちはすぐに自分の記憶力を責めてしまいます。

しかし、思い出せない理由は一つではありません。

十分に覚えていなかった場合もあれば、適切な手がかりが見つからない場合、似た情報が邪魔をしている場合、現在は必要のない情報へのアクセスが弱くなっている場合もあります。

記憶の価値は、どれほど大量の情報を保存しているかだけでは決まりません。

必要な情報を、必要な場面で利用できること

も大切です。

そう考えると、優れた記憶とは、何も忘れない記憶ではなく、過去の情報を現在の目的に合わせて利用できる記憶なのかもしれません。

忘却は、記憶の敵であるだけではありません。

ときには、新しい情報を学び、変化した環境に対応するために必要な、記憶の一部でもあるのです。

8.まとめ・考察

ここまで、心理学における記憶研究の発展に大きな影響を与えた4人の心理学者を見てきました。

それぞれの代表的な研究と貢献を整理すると、次のようになります。

人物代表的な研究・概念記憶研究への主な貢献
ヘルマン・エビングハウス忘却曲線、節約法、無意味音節による実験記憶の保持と忘却を、実験と数値によって研究する道を開いた
フレデリック・チャールズ・バートレット再構成的記憶、「幽霊たちの戦い」、スキーマにつながる考え方思い出すことを、知識、経験、文化的背景が関わる再構成的な過程として捉えた
エンデル・タルヴィングエピソード記憶、意味記憶、符号化特定性原理長期記憶の種類を整理し、想起に伴う意識や検索の理解を深めた
エリザベス・F・ロフタス誤情報効果、目撃証言、偽記憶に関する研究出来事後の情報や質問が、後の記憶報告や判断へ影響する場合があることを示した

4人は、同じ問題を順番に研究したわけではありません。

それぞれが異なる時代と方法から、記憶の別の側面を明らかにしました。

エビングハウスは、記憶を測定可能な研究対象にしました。

バートレットは、思い出すことが単純な再生ではないと考えました。

タルヴィングは、一つに見えていた記憶の中に、性質の異なる仕組みがあることを整理しました。

ロフタスは、出来事を経験した後の情報まで含めて、記憶報告の成り立ちを考える必要があることを示しました。

この4人の研究を重ねると、記憶とは、情報を保存する一つの箱ではなく、覚える、保つ、忘れる、検索する、再構成する、判断に利用するといった複数の働きが関係する仕組みだと分かります。

記憶は、過去を保存するためだけにあるのでしょうか

この記事を通して見えてくるのは、記憶が過去だけのために存在するのではないということです。

私たちは、以前の経験をもとに、現在の状況を理解します。

失敗を思い出して危険を避け、成功した経験を参考にして次の行動を選びます。

人の顔や名前を覚えることは、人間関係を続けることにつながります。

自分が何を経験してきたかという記憶は、自分がどのような人間であるかという感覚にも関係します。

つまり、記憶は、

過去を材料として現在を理解し、未来の行動を選ぶための働き

でもあるのです。

この視点から見ると、忘却や再構成を、記憶の欠陥だけとして捉えることもできません。

細部を失うことで、複数の経験から共通する意味を見つけられる場合があります。

新しい経験に応じて知識を更新できるからこそ、変化した状況にも対応できます。

もちろん、その柔軟さが誤りを生むこともあります。

記憶の長所と弱点は、完全に別の性質ではなく、同じ柔軟な仕組みの異なる側面なのかもしれません。

同じ出来事を、違うように覚えていたことはありませんか

家族や友人と思い出話をしていて、

「そのとき、そんなことは言っていない」
「場所はそこではなかった」
「確かにあなたも一緒にいた」

と、記憶が食い違った経験はないでしょうか。

そのような場合、必ずしもどちらかが意図的にうそをついているとは限りません。

出来事のどこに注意を向けたか、何を重要だと感じたか、以前からどのような知識をもっていたか、その後に誰から何を聞いたかによって、残っている情報や思い出し方が異なることがあります。

このことを知っていると、記憶が食い違ったとき、

どちらが間違っているのか

だけではなく、

なぜ、私たちは同じ出来事を違う形で覚えているのだろう

と考えられるようになります。

記憶研究は、単に「人の記憶は信用できない」と教えるものではありません。

むしろ、記憶がどのような条件によって支えられ、どのような条件で誤りやすくなるのかを理解し、必要に応じて記録や他の情報で補うことの大切さを教えてくれます。

記憶の性質を意識して生活してみたら

例えば、旅行や行事の直後に、自分が覚えていることを短く書き残してみてはどうでしょうか。

数週間後、写真を見たり、同行した人と話したりした後で、もう一度同じ出来事を書いてみます。

最初の記録と比べると、消えている部分、新しく加わった部分、意味づけが変わった部分に気づくかもしれません。

後の記憶が、必ず間違っているということではありません。

時間がたって初めて、その経験の意味に気づくこともあります。

他人の視点を知ることで、一人では気づかなかった出来事の側面が加わることもあります。

一方で、自分が直接見たことと、後から聞いた話が混ざっている場合もあります。

この小さな試みから分かるのは、記憶が一度完成して固定される記録ではなく、時間と経験の中で利用され続ける働きだということです。

大切なのは、自分の記憶を何も信じなくなることではありません。

自分の記憶にも成り立ちがあり、確信だけでは分からない部分があると知っておくこと

です。

あなたなら、記憶の知識をどう生かしますか

次に誰かと思い出話をするとき、少しだけ考えてみてください。

自分は、出来事のどの部分を覚えているでしょうか。

相手は、どの部分に注意を向けていたのでしょうか。

自分の現在の知識や感情が、過去の捉え方に影響していないでしょうか。

後から聞いた情報と、自分が直接経験したことを区別できているでしょうか。

そして、あなたなら記憶の性質についての知識を、勉強、仕事、人間関係、大切な出来事の記録に、どのように生かすでしょうか。

段落のおわりに

私たちは普段、「記憶は覚えたことをそのまま保存している」と考えがちです。

しかし、4人の心理学者の研究をたどると、記憶は「覚える」「保つ」「忘れる」「思い出す」「再構成する」「影響を受ける」といった複数の働きから成り立つ、複雑で動的な仕組みであることが分かります。

ここでいう「動的」とは、記憶がいつでも自由に変化する、あるいはすべての記憶が不正確であるという意味ではありません。

記憶の形成、保持、検索、利用には複数の過程が関係し、その働き方が知識、経験、時間、手がかり、質問などによって変わるという意味です。

また、忘れることも、常に記憶の失敗であるとは限りません。

不要になった情報の影響を弱め、新しい情報を学び、現在必要なものを選ぶうえで役立つ場合があります。

記憶の不完全さは、人間の弱点であるだけではありません。

それは、限られた情報から意味を見つけ、変化する環境の中で過去を利用するための、柔軟さの表れでもあるのかもしれません。

エビングハウス、バートレット、タルヴィング、ロフタスが残した研究は、記憶についての知識を深めただけではありません。

私たちは、どのように過去をもち、その過去を使って現在の自分を作っているのか

という、人間そのものに関わる問いを投げかけています。

心理学者たちの研究は、私たちが自分自身の記憶を理解するための大切な手がかりを、今も与え続けているのです。

9.疑問が解決した物語

数日後、ソウタさんは、記憶について書かれた記事を読み終えました。

夕食の時間になると、以前と同じように、家族へ話しかけました。

「この前みんなで話した、記憶の疑問が少し分かったよ。」

お父さんが尋ねました。

「どんなことが分かったんだい。」

ソウタさんは、確認テストで答えが出てこなかったときのことを思い出しながら答えました。

「覚えたことは、頭の中から完全に消えたとは限らないんだって。答えを見たら思い出せたのは、情報が少し残っていて、答えが思い出すための手がかりになったからかもしれない。」

エビングハウスの研究から、学習した内容は時間の経過とともに思い出しにくくなることや、一度学習した内容には、すぐには思い出せなくても学習の効果が残っている場合があることを知ったのです。

「だから、読んだだけで覚えたつもりになるのではなくて、何も見ないで説明できるか確かめることにしたよ。」

ソウタさんは、教科書を閉じ、自分の言葉で答える練習を始めていました。

一度に長く勉強するのではなく、日を空けて繰り返し復習することも意識するようになりました。

おじいさんは、以前話した海への家族旅行を思い出しました。

「では、わしとソウタの記憶が違っていたのは、どちらかがうそをついていたからではないのか。」

「そうとは限らないみたい。」

ソウタさんは答えました。

「バートレットの研究では、人は出来事を録画みたいにそのまま再生しているわけではなくて、残っている情報と、自分の知識や経験を使って思い出すことがあると考えられているんだって。」

おじいさんは、波を怖がる小さな子どもの姿を強く覚えていたのかもしれません。

一方、ソウタさんには、その後で楽しく遊んだ場面の方が強く残っていたのかもしれません。

お母さんは、最初は怖がり、途中から遊び始めたという、二つの場面を覚えていました。

「同じ出来事でも、どこに注意を向けたかや、何を大切だと感じたかによって、思い出し方が違うことがあるんだね。」

お母さんがそう言うと、おじいさんもうなずきました。

「記憶が違うからといって、すぐに相手が間違っていると決めつけてはいけないということか。」

それから家族は、旅行の写真を一緒に見てみることにしました。

写真には、海へ着いたばかりのソウタさんが、お母さんの後ろに隠れている姿が写っていました。

別の写真では、笑いながら波の中を走っています。

「おじいちゃんの記憶にも、お母さんの記憶にも、ぼくの記憶にも、それぞれ残っていた部分があったんだね。」

誰か一人の記憶だけで出来事のすべてを決めるのではなく、写真や記録、ほかの人の話も確かめることが大切だと、ソウタさんは気づきました。

そこへ、お姉さんが尋ねました。

「では、旅行の思い出と、“海の水は塩辛い”という知識は、やっぱり違う種類の記憶なの。」

「違いがあると考えられているんだって。」

ソウタさんは、タルヴィングについて読んだ内容を説明しました。

自分が海へ行ったという個人的な出来事の記憶は、エピソード記憶、episodic memory(エピソディック・メモリー)と呼ばれます。

一方、「海の水は塩辛い」という一般的な知識は、意味記憶、semantic memory(セマンティック・メモリー)と呼ばれます。

「どちらも記憶だけれど、自分が経験した場面を思い出すことと、知識として知っていることは、同じではないんだね。」

お姉さんは納得したように言いました。

最後に、お母さんが以前の疑問を思い出しました。

「では、あとから聞いた言葉や情報が、覚えていることに影響することもあるのかしら。」

ソウタさんは、少し慎重に答えました。

「影響することがあるみたい。でも、誰の記憶でも簡単に全部変わるという意味ではないんだって。」

ロフタスの研究から、出来事を経験したあとに受けた質問や、他人から聞いた情報が、その後の記憶報告や判断へ影響する場合があることを知ったのです。

「だから、大切な出来事について人に質問するときは、最初から答えを決めつけるような聞き方をしない方がいいんだと思う。」

例えば、

「あの人は怒っていたよね。」

と尋ねるよりも、

「あのとき、どのような様子だった。」

と尋ねる方が、相手の記憶に余計な方向づけをしにくくなります。

また、誰かから聞いた話と、自分が実際に見たことを区別することも大切です。

家族との会話を終えたあと、ソウタさんは最初に抱いた疑問を、もう一度ノートに書き出しました。

人は、覚えたことをどのように忘れるのか。

記憶の保持は時間とともに変化し、思い出すには手がかりが必要な場合があります。

同じ出来事なのに、なぜ人によって記憶が違うのか。

人は、残っている情報と知識や経験を使って出来事を再構成するため、注目した部分や意味づけによって思い出し方が異なることがあります。

出来事の思い出と知識の記憶は同じなのか。

どちらも記憶ですが、個人的な経験についてのエピソード記憶と、一般的な知識についての意味記憶として区別できます。

あとから得た情報は、記憶や答え方に影響するのか。

質問の言い方や事後情報が、後の記憶報告や判断へ影響する場合があります。

疑問の答えを知ったソウタさんは、記憶について、以前とは少し違う考え方をするようになりました。

忘れたからといって、すぐに自分の能力が低いと決めつけない。

一度読んだだけで満足せず、自分で思い出す練習をする。

人と記憶が食い違っても、相手がうそをついていると決めつけず、写真や記録、ほかの情報も確かめる。

大切な話を聞くときは、相手の答えを誘導しないように質問する。

そして、自分の強い確信だけを、事実そのものだと思い込まない。

記憶の性質を知ることは、何も信じられなくなることではありません。

むしろ、自分や他人の記憶を大切にしながら、必要なときには慎重に確かめるための知識なのです。

「記憶は、頭の中にしまわれた変わらない記録ではないんだね。」

ソウタさんがそう言うと、お父さんは答えました。

「そうだね。過去を覚えるためだけではなく、今を理解して、これからどうするかを考えるための働きなのかもしれないね。」

家族の何気ない会話から生まれた疑問は、4人の心理学者の研究をたどることで、少しずつ答えへつながりました。

しかし、それは記憶の不思議がすべて解決したという意味ではありません。

なぜ、ある出来事はいつまでも鮮明に残るのでしょうか。

なぜ、思い出せなかったことが、匂いや音をきっかけに突然よみがえるのでしょうか。

なぜ、同じ経験が人によって異なる意味をもつのでしょうか。

一つの疑問が解決すると、そこから新しい疑問が生まれます。

それこそが、心理学の研究が今も続いている理由なのかもしれません。

あなたにも、家族や友人と昔の出来事について話し、記憶が食い違った経験はないでしょうか。

また、「覚えていたはずなのに答えられない」「後から聞いた話と自分の経験が混ざっているかもしれない」と感じたことはないでしょうか。

そのとき、すぐに自分や相手の記憶を否定するのではなく、

どのように覚え、どのような手がかりで思い出し、どの情報から影響を受けたのだろう

と考えてみてください。

記憶の仕組みを知ることは、自分の過去を疑うためではありません。

自分と他人の経験を、これまでより丁寧に理解するための第一歩なのです。

10.文章の締めとして

ここまで、心理学における記憶研究の歩みを、4人の心理学者の研究を通して見てきました。

記事を書き始める前は、「人はどうして忘れるのだろう」「なぜ同じ出来事なのに記憶が違うのだろう」という素朴な疑問から始まりました。

しかし、その答えをたどっていくと、記憶とは単に過去を保存する仕組みではなく、人が経験を意味づけ、現在を理解し、未来へつなげていくための大切な働きであることが少しずつ見えてきました。

心理学のおもしろさは、「正しい答え」を知ることだけではありません。

当たり前だと思っていた出来事を、「なぜだろう」と考える視点を与えてくれることにもあります。

今日、誰かと思い出話をするとき。

勉強したことを思い出そうとするとき。

「確か、こうだったはず」と感じたとき。

そんな何気ない日常の中で、この4人の心理学者の研究を少しだけ思い出していただけたら、とてもうれしく思います。

注意補足

本記事は、心理学における記憶研究について、筆者が個人で確認できる範囲で信頼できる文献や研究資料などをもとに、できるだけ分かりやすく整理・紹介したものです。

ただし、心理学や記憶は現在も研究が続けられている学問であり、一つの考え方だけですべてを説明できるものではありません。研究者によって解釈や立場が異なる場合もあり、新しい研究成果によって、これまでの理解が深まったり、見直されたりすることもあります。

🧭 本記事のスタンス

本記事で紹介した内容も「唯一の正解」ではなく、記憶研究に興味をもつための一つの入り口として読んでいただければ幸いです。

この記事をきっかけに、「なぜ人は覚えるのだろう」「なぜ忘れるのだろう」といった疑問をもち、ご自身でもさまざまな本や研究、異なる考え方に触れながら、心理学の世界を楽しんでいただけたら、とてもうれしく思います。

今日、あなたが覚えたこの小さな「記憶」が、いつか新しい「気づき」を思い出す手がかりとなり、さらに深い文献や研究、そして心理学の世界との新たな出会いへつながっていくことを願っています。

最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。

4人の心理学者が残してくれた研究は、私たちが過去を思い出すだけでなく、自分自身や他者をより深く理解することの大切さを教えてくれているのかもしれません。

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