『想いが100%届こうが恋が実るとは限らないだろう』恋の行方と人間関係に考える─ 概念ドロボウからの重要なメッセージ

漫画

想いが100%届こうが恋が実るとは限らないだろう

漫画 概念ドロボウ 第3話 ドウデモイイシ より引用

ーーー如月ウロ 探偵 の言葉です。漫画「概念ドロボウ」より

心に響いた部分

届いた想いが招く恋の幻想─ 何を求めるか、相手の基準を知る重要性

新たな怪事件発生で今日も新米刑事の有馬ハルは如月のもとにやってきていますが

そこで待っていたものは、一心不乱に陶器のブタを砕いている、如月の姿何をしているのかと問えば、市販のパズルは簡単なので変わりに、自作パズルとして砕いた陶器のブタを組み立てるのだという、ストレス解消にはもってこいなのだそうだが…

どうしてそうまでしなければいけない程のストレスを溜め込んでしまったのかを訊いてみると、喫茶店で聴いた曲があまりにも支離滅裂だったと言うが

片思いの切なさの歌 何故自分の思いは届かないのかの疑問が支離滅裂だという

如月ウロの言葉は

その想いとやらはそんなに有り難いモノなのか?

想いが100%届こうが恋が実るとは限らないだろう

何が届こうがいらないものはいらない

合意も無しに両者の未来を思い描けるその厚顔ぶりにボクは憤慨し

ブタを砕くに至っというわけだ

漫画 概念ドロボウ 第3話 ドウデモイイシ より引用

でした。

見方によってはよってはそうですが

確かにそのような見方もできますが

確かに届けば良いものでもなく、届いたからと行って相手にとっては、いらない物困惑するものだったとしたら、もらったりしたらよけいに迷惑の場合がありますよね

だとしたら届いたとしても恋が実るはずもなく、届くことで逆に嫌がられてしまうかもしれない可能性もあるのに何故届かすこそが大切、届けば実ると考えてしまうのでしょうか?

恋に限らず、仕事にしても人間関係にしても、こちらが考えた行為なら行った行為ならば相手が喜ぶ嬉しいものだと、こちらが時間をかけたもの、こちらが心血を注いだものならば、その、こちらが考える価値に応じて喜んでくれると考えてしまうのは傲慢というものなのかもしれませんよね

冷静に考えればわかるようなことでもついつい、これだけやっったのだからこんなに良いものなのだからと自分の基準で行為の好意を測ってしまうのを落ち着いて相手の基準で何が必要なのか、何を求めているのかを考えられれば良いのではないでしょうか?と心に響いた感銘を受けた言葉でした。

皆さんも

如月ウロの言葉を直接読みたい場合は

概念ドロボウ 田中一行 アフタヌーンKC 講談社

第一巻 第3話 ドウデモイイシ

を、是非読んでみてください。

皆さんには、

どのような新しい響きがあるのか

楽しみです。

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました。

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