『こんなふうに忠実に私の味を再現できるというのは、受け身なんかじゃない、研究熱心で自分をしっかり持っている女性だと私は思うわ』料理一皿で決まってしまう印象と誤解

小説

「言葉」は、時に私たちの心の奥底を揺さぶり、新たな視点を与えてくれます。今回は、一皿の料理をめぐる一言が、どれほど人の印象や関係性に影響するかを考えさせられたエピソードをご紹介します。

碧野圭さんの短編『はちみつはささやく』(『ミステリな食卓 美味しい謎解きアンソロジー』収録)には、何気ない一言の裏にある深い思いや誤解の怖さ、そして“伝えること”と“受け取ること”の大切さが繊細に描かれています。

この記事では、受け取り方一つで人の印象が大きく変わってしまうということに焦点を当てながら、言葉が持つ力について丁寧に掘り下げていきます。

印象的な言葉の紹介

今回の言葉に出会ったときの感情や状況

この言葉は、料理教室の講師である下河辺靖子が、教室の生徒である和泉香奈に対してかけた一言です。

香奈は、恋人を喜ばせたい一心で料理教室に通い、熱心に料理を学んでいました。恋人が好きだと言った料理を、自分の手で再現して届けたい。そんな思いで努力を重ねた香奈でしたが、実際に彼に手料理を振る舞った際の反応は冷たく、「もう合わないかもしれない」とまで言われてしまいます。

その後、香奈は料理教室でその時と同じ料理を再現し、先生と助手の前で披露します。そこで語られたのが、冒頭の言葉でした。

そこで、

下河辺先生が言った言葉が

あなた方お互い本音を言わなすぎるんじゃないかしら?

ミステリな食卓 美味しい謎解きアンソロジー ​双葉社 碧野圭『はちみつはささやく』より引用

でした。

それだけでは、困惑気味の香奈に対して更に

こんなふうに忠実に私の味を再現できるというのは、受け身なんかじゃない、研究熱心で自分をしっかり持っている女性だと私は思うわ

ミステリな食卓 美味しい謎解きアンソロジー ​双葉社 碧野圭『はちみつはささやく』より引用

でした。

この言葉に触れたとき、私は強く心を揺さぶられました。一皿の料理が、ただの味覚体験ではなく、人間性の評価にまで結びついてしまう。その背景にどんな想いが込められていたのかを知らないまま、表面的な印象だけで“その人”が判断されてしまう――そんな怖さを感じたのです。

言葉から考えたこと・学び

私たちは日常の中で、他人の行動や言葉、態度から多くのことを推測し、判断しています。しかしその判断は、受け取る側の「知っている情報」や「先入観」によって簡単にゆがんでしまいます。

香奈が恋人に振る舞った料理は、単なる模倣ではなく、研究と工夫を重ね出来上がった模倣でした。けれど、彼は香奈が料理教室に通っていたことも、その披露された料理が教えられていたことだけではない、ということも知らない彼にとっては、ただの“他人のレシピ”に見えた。

結果、香奈は「個性がない」「他人に頼ってばかり」と誤解されてしまったのです。

この出来事から強く感じたのは、一つの行動やモノの“意味”は、それを受け取る側の理解によってまったく別のものになってしまうということです。

たとえその料理がどれほど真剣に作られたものであっても、その過程を知らなければ「なんとなく作った料理」としてしか受け取られないかもしれない。

この言葉は、「受け取り方ひとつで、相手の人格や努力までもが誤って判断されてしまう危うさ」を教えてくれているのではないでしょうか。

今回の言葉から教えてくれること

同じ出来事を見ていても、それをどう受け取るかは人それぞれ異なります。

そこにある情報、経験、期待。そうした「前提」が異なるだけで、同じものがまったく違う意味を持つことがあります。そしてその違いが、ときには関係の断絶や誤解を生む原因になってしまうのです。

香奈のように、伝えたいことが伝わらず、逆にマイナスに受け取られてしまうケースは、私たちの身の回りにも少なくありません。

だからこそ大切なのは、自分の想いを正しく伝えること、そして受け取る側も背景や文脈に心を寄せること。

この言葉は、「誤解はいつでも生まれる。だからこそ、伝え合う努力が必要なのだ」と教えてくれているのではないでしょうか。

読者へのメッセージ

「一生懸命やったのに、うまく伝わらなかった」そんな経験はありませんか?

それは、あなたが悪いわけではありません。情報をどう受け取るかは、相手の事情や知識にも左右されるからです。

けれど、それでも私たちは、関係を築いていくために「伝えること」「受け取ること」を放棄してはいけない。

伝えきれなかった思いがあるなら、もう一度言葉にしてみること。誰かの行動を見て判断するときには、その背景に思いを馳せてみること。

それが、誤解のない関係を築く第一歩になるのだと思います。

あなたなら、この言葉をどう受け取りますか?

この言葉に出会える本

この言葉を直接味わいたい方は、ぜひこちらの書籍を手に取ってみてください。

書名:ミステリな食卓 美味しい謎解きアンソロジー
著者:碧野圭、太田忠司、近藤史恵、斎藤千輪、新津きよみ、西村健
編者:山前譲
出版社:双葉社
発売日:2023年6月14日
ISBN:978-4-575-65908-5
判型:文庫(15cm)/287ページ/792円(税込)

はちみつはささやく』は、碧野圭さんによる珠玉の一編です。

ぜひ、あなた自身の心で、あの言葉を受け止めてみてください。

最後まで読んでくださり、

本当にありがとうございました。

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