『喫茶おじさん』――「何もわかっていない」と言われ続ける男の物語が教えてくれること
こんにちは。
「何もわかっていない」と誰かに言われた経験、あなたはありますか?
今回ご紹介する
『喫茶おじさん』(著者:原田 ひ香/出版社:小学館)
は、まさに「何もわかっていない」と周囲から繰り返し指摘される主人公の物語。
しかし、それは本当に“何もわかっていない”のでしょうか? あるいは「わかっていない」からこそ始まる、新しい人生の形があるのかもしれません。
作品紹介:『喫茶おじさん』とは?
あらすじ
主人公・松尾純一郎(57歳)は、大手ゼネコンを早期退職したのち、退職金を使って喫茶店を開業。しかし半年で閉店してしまい、現在は妻や娘とも別居中。再就職のあてもなく、全国各地の“純喫茶巡り”を楽しむ日々を過ごしています。
仕事や老後、家族との関係など、様々な問題を抱えながらも、どこか憎めない純一郎。そんな彼を取り巻く人々が口々に言うのが、あの印象的な一言――
『何もわかっていない』
この言葉が意味するものは一体何なのか? その謎を知りたくて、どんどんページをめくってしまうのが本作の魅力です。
主人公・松尾純一郎が「何もわかっていない」と言われる理由
作品中、純一郎は前妻、現妻、娘、かつての同僚、喫茶店開業教室の同期など、さまざまな立場の人物から「わかっていない」と言われ続けます。作中で印象的だったセリフは以下の通りです。(※原文引用部分はそのまま示しています)
前妻 登美子 からは
喫茶おじさん 著者 原田 ひ香 出版者 小学館 より引用
『……あなたは相変わらず、何もわかっていない人なんですねえ』
現妻 亜希子 からは
『あなたって本当になにもわかってないのね』
娘 亜里砂 からは
『自分の置かれた 立場お父さんって、本当になにもわかっていない』
喫茶店経営時のアルバイト(娘と交際中) 池知斗真 からは
『何もわかってなかったんですねえ』
元の会社同期 松井敏夫 からは
『僕はお前がうらやましいよ…… お前は本当に、何もわかってないんだなあ』
喫茶店開業教室の同期 森田さくら からは
『松尾さん、自分のこと、本当にわかってないのねえ』
と言われてしまいます。
『わかっていない』の意味を私が、
わかったと思える範囲ですが。
前妻 登美子 は
喫茶おじさん 著者 原田 ひ香 出版者 小学館 より引用
『傷心の女を演じました』
現妻 亜希子 は
『そんなこと、言ったけ? そう? じゃあ、たぶん まずは私の、離婚したい気持ちをわかってくれないってこと』
娘 亜里砂 は
『ママ、お父さんからの連絡を待ってるんだよ!』
喫茶店経営時のアルバイト(娘と交際中) 池知斗真 は
『ちゃんと計算してみました? いくら必要なのか?』
元の会社同期 松井敏夫 は
『息子、引き籠もってるんだよね』
喫茶店開業教室の同期 森田さくら は
『松尾さん、自分がどんなに恵まれているか、わかっていない』
ではないでしょうか。
それぞれの「わかっていない」に隠された意味(推測含む)
前妻が感じた「わかっていない」
離婚の経緯に関する思いを純一郎がきちんと理解していないと感じているのかもしれません。
離婚原因の一端を自身も抱えながら、純一郎だけを悪者にした後ろめたさもあるのでは?(※ここは物語描写からの推測)
現妻 亜希子が感じた「わかっていない」
自分の「離婚したい気持ち」を察してもらえない鬱憤。
退職金を使った喫茶店経営にも不満があるようですが、純一郎がどこまで理解しているかは不透明。
娘 亜里砂が感じた「わかっていない」
別居している母親(亜希子)の気持ちや葛藤に対して、純一郎が踏み込んだ行動をしていないと感じるのかもしれません。
アルバイトだった池知斗真が感じた「わかっていない」
「ちゃんと計算してみました? 」というセリフからは、将来設計の甘さを指摘しているようにも見えます。
純一郎が本当は喫茶店を続けたいのに、なぜ諦めたのか――情熱の所在を問いかけているのかも?(※作中に断定的な描写はないため推測)
元の会社同期・松井敏夫が感じた「わかっていない」
「家族がいて、好きなことをしている」ように見える純一郎をうらやむ気持ちがあり、その“のんびり”にイラ立ちを覚えるのかも。
しかし、松井にも言えない家族の問題があるからこそ、純一郎の楽天的な雰囲気を「わかっていない」と表現したのかもしれません。
喫茶店開業教室の同期・森田さくらが感じた「わかっていない」
「失敗してもリカバリーできるだけの経済的・社会的余裕がある」純一郎を見て、「自分がどんなに恵まれているか、わかっていない」という怒りにも似た感情を抱いたのではないでしょうか。
「何もわかっていない」の真意は? 読んで感じたこと
読者として一番ひっかかったのは、「本当に純一郎は“何も”わかっていないのか?」という点です。確かに純一郎は、周囲の感情の機微を汲み取るのが苦手そうに見えます。ですが、その一方で、どこか余裕のある雰囲気をまとっているのもまた事実。そこが周りからすると「無神経」や「能天気」に見えるのかもしれません。
一方で、作者が描いているのは「わかっていない」純一郎を突き放す周囲だけではありません。純一郎が純喫茶巡りを続ける姿を通じて、「人生の楽しみを自分で見つける」という大切さも、さりげなく示されているように感じました。
(※「自分の本当にやりたいことを追求する」というテーマは、読後の解釈によって異なります。ここは筆者の個人的感想です)
この物語が与えてくれる「気づき」とは?
自分の立ち位置を客観視しているつもりでも、実はできていないことが多い
家族や周りの人間関係における“察する力”の重要性
でも、自分の人生を切り開く行動力や好奇心を失わないことは尊い
「わかっていない」と繰り返し言われることは、ある意味で自分が新しく“わかる”きっかけになるのかもしれません。純一郎の行動や結果は賛否両論あるでしょうが、読後には不思議と「自分は今、何をやりたいんだろう?」と考えたくなるはずです。
家族・仕事・老後への不安が重なる今だからこそ、純喫茶巡りを通じて見える景色があると考えるのもありかもしれませんね。
あなたならどうする?
どんなときにこの『何もわかっていない』という言葉が頭をよぎりますか?
もしかすると、自分が何かに必死になっているときほど、周囲が見えなくなっているかもしれません。
あるいは、あえて「わかっていない」フリをして突き進むことが、人生の転機につながるのかもしれません。
あなたがもし「自分は最近どうも空回りしているな……」と感じるなら、本作は強くおすすめです。松尾純一郎がどう変化していくのか、その先を読んだときに、新たな気づきがきっとあるはずです。
「何もわかっていない」と言われ続ける主人公が、実は私たちに教えてくれるのは“自分の本心”を見つめる大切さなのかもしれません。
もしも、少しでも興味を持っていただけたら
喫茶おじさん
著者 原田 ひ香 出版者 小学館
この物語から、あなたも「わかっているつもりでわかっていなかった何か」を見つけ出せるかもしれません。
著者・原田ひ香さんについて(簡単に)
原田ひ香さんは、独特の人間描写と温かみのある物語構成が魅力の作家です。
「三千円の使いかた」などの著作でも、家族やお金、人生の岐路をリアルに描き、多くの読者を惹きつけてきました。『喫茶おじさん』もまた、私たちの身近な人間関係に鋭く迫りながらもユーモラスな一面を忘れない、そんな作品となっています。
最後まで読んでいただき、
ありがとうございました。

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