大人になっても迷うのは、心が未熟だからとは限りません。エリクソンの人生8段階を手がかりに、人の心が生涯を通して発達する理由と、昔の悩みへ向き合い直す方法をわかりやすく解説します。

心理学の『ライフサイクル』とは?人の心が一生発達する8つの段階をわかりやすく解説
代表例
「もう大人なのに、どうして私はこんなことで悩んでしまうのだろう」
仕事や人間関係で失敗したとき、自分だけが成長できていないように感じることがあります。
けれど、大人になってから迷ったり、生き方を考え直したりすることは、必ずしも心が未熟だからではありません。

心理学には、人は子どものころだけでなく、大人になってからも人生の課題と向き合い、発達していくという考え方があります。
5秒で分かる結論
心理学におけるライフサイクルとは、人が生まれてから人生を終えるまで、心や人間関係、社会での役割がどのように変化していくかを考える見方です。
その代表的な理論の一つが、エリク・H・エリクソンの心理社会的発達理論です。
エリクソンは、人の一生には八つの大きな発達段階があり、それぞれの時期に中心となりやすい心の葛藤があると考えました。
ただし、八段階はすべての人に同じ年齢で起こる絶対的な法則ではありません。
人の人生を理解するために使われる、心理学上の「地図」の一つです。
小学生にも分かる答え
人の心は、体と同じように、少しずつ変わっていきます。
子どものころは「自分でできるかな」、大きくなると「自分はどんな人なのかな」と考えるようになります。
大人になってからも、人との関わり方や、自分の生き方について悩むことがあります。
噛み砕いていうなら、人生には、その時々に出てくる「心の宿題」があるということです。
でも、期限までに終わらせる宿題ではありません。
人は何歳になっても、学び直したり、心を成長させたりできるのです。

1.今回の現象とは?
年齢を重ねれば、心も自然に大人になるのでしょうか
「もう子どもではないのだから、しっかりしなさい」
「いい年齢なのだから、もっと落ち着きなさい」
私たちは、ときどきこのような言葉を耳にします。
しかし、年齢と心の成長は、本当に同じ速さで進むのでしょうか。
このようなことはありませんか?
- 大人になったのに、自分が何者なのか分からなくなる
- 就職や結婚をした後も、本当にこの生き方でよいのか迷う
- 人と仲良くなりたいのに、傷つくのが怖くて距離を置いてしまう
- 仕事に慣れたころ、今度は「自分は誰の役に立っているのだろう」と考える
- 子育てや介護が一段落して、自分の役割を見失ったように感じる
- 年齢を重ねてから、昔の選択や失敗を何度も思い出す
- 若いころには気にならなかった「人生の意味」を考えるようになる
- 昔は分からなかった親や祖父母の気持ちが、少し理解できるようになる
このような変化を経験すると、
「自分だけがいつまでも未熟なのではないか」
「大人になったのに迷うのは、おかしいのではないか」
と不安になるかもしれません。
しかし、心理学では、人の発達は子ども時代だけで終わるとは考えられていません。
青年期には自分らしさを探し、成人期には他者とのつながりや次の世代への貢献を考え、老年期には自分の人生を振り返るなど、人生の時期によって中心となるテーマが変化すると説明されています。
キャッチフレーズで表すと
「年齢は増えたのに、どうして心は迷い続けるの?」
「大人になったら、心の成長は終わるの?」
「昔の悩みが、どうして今になって戻ってくるの?」
「人は何歳まで変わることができるの?」
こうした疑問を考える手がかりになるのが、心理学におけるライフサイクルと、エリクソンの心理社会的発達理論です。
不思議な心の変化には、人生のそれぞれの時期と関係する意味があるのかもしれません。
この現象を知ることで、自分や周囲の人の悩みを、単なる「未熟さ」や「性格の問題」とは違う角度から見られるようになります。
この記事を読むメリット
この記事を読むと、
- 心理学でいうライフサイクルの意味が分かります
- 人はなぜ大人になってからも悩むのかを整理できます
- 自分が現在向き合っている心のテーマを考えられます
- 子ども、家族、同僚の行動を発達の視点から見られます
- 過去にできなかったことは、後から向き合い直せるのかが分かります
- エリクソンの理論を誤解せずに活用する方法を学べます
ライフサイクルを知ることは、人を年齢で分類するためではありません。
「なぜ今、自分はこのことで悩んでいるのだろう」と立ち止まり、人生全体の中で考え直すための手がかりになります。
人の心は、まっすぐな階段を一段ずつ上るように発達するのでしょうか。
それとも、同じ場所を何度も通りながら、少しずつ違う景色を見られるようになるのでしょうか。
その答えを、一緒に探っていきましょう。
2.疑問が浮かんだ物語
「もう立派な大人のはずなのに」
35歳のミサキさんは、会社で後輩を指導する立場です。
ある日の会議で、上司から企画の説明不足を指摘されました。
仕事上の助言だと分かっているのに、胸が苦しくなり、小学生のころに発表を間違えて笑われた記憶がよみがえります。
「私はもう大人なのに、どうして昔と同じように失敗が怖いのだろう」
家に帰ると、中学生の娘も進路に悩んでいました。
「将来やりたいことなんて、まだ分からないよ」
娘の迷いと、自分の不安。
年齢は違っても、どちらも「自分はこれでよいのか」という疑問でつながっているように感じました。

人は年齢によって、悩み方が変わるのでしょうか。
昔の心の課題は、大人になった後にも現れるのでしょうか。
心の成長をめぐる答えを、次の段落で見ていきましょう。
3.すぐに分かる結論
お答えします
ミサキさんが大人になっても失敗を怖いと感じたことや、娘さんが自分の進路に迷ったことは、ただちに「心が未熟だから」と判断できるものではありません。
人は成長するにつれて、人生の時期や置かれた状況に応じた、新しい心理的・社会的なテーマと向き合います。
さらに、子どものころに経験したテーマが、大人になった後、仕事や人間関係をきっかけに再び表れることもあります。
このような生涯にわたる発達を説明した代表的な人物が、エリク・H・エリクソンです。

エリクソンは、人の一生を八つの段階に分けました。
それぞれの段階では、次のような二つの方向の間で、心が揺れ動くと考えました。
- 人や世界を信じる気持ちと、疑う気持ち
- 自分でやりたい気持ちと、失敗を恥ずかしく思う気持ち
- 努力して力を身につける感覚と、自分は劣っているという感覚
- 自分らしさを作ることと、自分が分からなくなること
- 誰かと深く関わることと、孤立すること
- 次の世代へ何かを渡すことと、停滞すること
- 自分の人生を受け入れることと、後悔や絶望にとらわれること
八段階の正式な対立テーマは、「基本的信頼対不信」「自律性対恥・疑惑」「自主性対罪悪感」「勤勉性対劣等感」「アイデンティティ対役割混乱」「親密性対孤立」「世代性対停滞」「自我統合対絶望」と整理されています。
ただし、片方が正解で、もう片方が間違いという意味ではありません。
例えば、人を信じる気持ちは大切ですが、誰でも無条件に信じると危険な場合があります。
一人で過ごすことも、必ずしも悪いことではありません。
自分を守ったり、考えを整理したりするために、孤独が必要になる場合もあります。
重要なのは、反対側の感情を完全になくすことではなく、二つの間で自分なりのバランスを作ることです。
噛み砕いていうなら
人生は、八つの教室が一直線に並んだ学校ではありません。
一つの教室で満点を取らなければ、次へ進めないわけでもありません。
むしろ、人生は何度も同じテーマに出会いながら、そのたびに別の角度から学び直す場所に近いでしょう。
子どものころには、
「失敗しても、自分でやってみてよいだろうか」
と悩んでいた人が、大人になると、
「失敗するかもしれないけれど、自分の意見を仕事で伝えてよいだろうか」
と、似たテーマに向き合うことがあります。
悩みの服装は変わっていても、その内側には同じ心の問いが隠れているかもしれません。
エリクソンの理論では、人格は乳幼児期だけで完成するのではなく、成人期や老年期を含む生涯にわたって発達すると考えます。後の研究では、各段階の課題が単純に一度ずつ順番に解決されるという見方には疑問も示されており、以前のテーマが人生の別の時期に再び関係する可能性が論じられています。
つまり、今回の疑問に対する答えは次のとおりです。
年齢を重ねても迷うのは、心の成長に失敗した証拠とは限りません。人は一生を通して、形を変えた発達上のテーマと向き合い続けるからです。
そして、過去に十分向き合えなかったと感じるテーマも、その後の経験や人間関係を通して、再び考えたり育て直したりできる可能性があります。
それでは、人生の八つの段階には、どのような心の問いが隠れているのでしょうか。
ここからは、エリクソンが描いた「心のライフサイクル」を一段ずつ進みながら、私たちの悩みが人生のどこにつながっているのかを一緒に学んでいきましょう。
4.心理学における『ライフサイクル』とは?
ここまで、人は大人になった後も迷い、その時々の人生の課題と向き合いながら変化していくことを見てきました。
では、心理学で使われる「ライフサイクル」とは、どのような考え方なのでしょうか。
ライフサイクルとは、人の一生を長い流れで捉える考え方
「ライフサイクル」は、英語では life cycle と書き、「人生の周期」や「一生の流れ」といった意味があります。
本記事では、ライフサイクルという言葉を、人が生まれてから人生を終えるまでに経験する、心理的・社会的な変化を生涯にわたって捉える視点という意味で使います。
私たちは年齢を重ねるにつれて、体だけでなく、考え方、人との関わり方、社会での役割、大切にしたいものも変化していきます。
幼いころには、
「自分でやってみたい」
という気持ちが強くなることがあります。
青年期には、
「自分はどのような人間なのだろう」
と考えるかもしれません。
大人になると、
「誰かと信頼し合える関係を築けるだろうか」
「自分の経験を、次の人へどう渡せるだろうか」
という問いが生まれることもあります。
さらに年齢を重ねれば、これまでの人生を振り返り、その意味を考えることもあるでしょう。
このように、一つの年齢だけを見るのではなく、人生全体を長い流れとして捉えるのが、ライフサイクルという視点です。
ただし、「ライフサイクル」は、エリクソンの八段階だけを示す正式な理論名ではありません。
人の生涯を扱う発達心理学には、身体、思考、記憶、感情、人間関係などに注目した、さまざまな理論や研究があります。
今回の記事で中心に扱うのは、エリク・H・エリクソンが提唱した心理社会的発達理論です。
英語では、Erikson’s theory of psychosocial development
(エリクソンズ・セオリー・オブ・サイコソーシャル・ディベロップメント)と表します。
エリクソンが示した八つの発達段階は、Erikson’s stages of psychosocial development
(エリクソンズ・ステイジズ・オブ・サイコソーシャル・ディベロップメント)と呼ばれます。
エリクソンは、人の人格が乳児期から老年期まで生涯を通して発達すると考え、その過程を八つの段階に分けて説明しました。
噛み砕いていうなら、ライフサイクルは「人の一生全体を眺める大きな地図」です。
エリクソンの心理社会的発達理論は、その地図を八つの段階から読み解く、代表的な考え方の一つなのです。

「発達」は、できることが増えるだけではない
「発達」と聞くと、文字が書けるようになることや、仕事が上手になることを思い浮かべるかもしれません。
もちろん、知識や技術を身につけることも発達の一部です。
しかし、生涯にわたる発達は、単なる能力の向上だけではありません。
人生では、新しいものを手に入れるだけでなく、役割が変わったり、大切なものを手放したりすることもあります。
例えば、子どもが独立すれば、親はこれまでの親子関係や自分の役割を見直すことになるかもしれません。
長く続けた仕事を退職すれば、
「仕事を離れた自分には、どのような役割があるのだろう」
と考えることもあるでしょう。
そのような変化の中で、自分の限界を知ること。
必要な場面で人に助けを求めること。
過去の出来事を、現在の自分から見直すこと。
こうした変化への向き合い方も、生涯発達を考えるうえで大切です。
発達とは、ただ「前より優れた人になること」ではありません。
人生の状況に合わせて、自分の考え方、人との関わり方、社会での役割を組み直していくことでもあるのです。
「心理社会的」とは、心と社会が影響し合うこと
エリクソンの理論は、「心理社会的発達理論」と呼ばれます。
少し難しそうな言葉ですが、「心理」と「社会」に分けると理解しやすくなります。
心理とは、自分の気持ち、考え方、価値観、自分自身についての感覚などです。
社会とは、家族、友人、学校、職場、地域、文化、自分が生きている時代などを指します。
エリクソンは、人の心が本人の内側だけで作られるとは考えませんでした。
周囲の人からどのように接してもらったか、社会からどのような役割を求められたか、どのような文化や時代に生きているかも、発達に関係すると考えたのです。
例えば、二人の子どもが、学校の発表で同じように言葉を間違えたとします。
一人は、
「間違えても大丈夫。次はどうすれば伝わりやすいか考えてみよう」
と言われました。
もう一人は、
「こんなこともできないの?」
と繰り返し責められました。
起こった出来事は似ていても、周囲の反応や、その後に重ねる経験によって、失敗への感じ方や次の挑戦への向き合い方に違いが生まれる可能性があります。
もちろん、一度の失敗や一度の言葉だけで、その人の性格や人生が決まるわけではありません。
大切なのは、人との関わりや経験が積み重なる中で、心が形づくられていくということです。
人格の発達を子ども時代だけで終わらせず、成人期や老年期まで広げたこと。
そして、心の内側だけでなく、社会や文化との関係を重視したこと。
この二つが、エリクソンの心理社会的発達理論の大きな特徴です。
エリクソンの八段階は「人生の診断表」ではない
ここで、エリクソンの理論を読むときの大切な注意点を確認しておきましょう。
エリクソンの八段階は、
「あなたの心は何歳くらいです」
「この課題ができていないから、あなたは未熟です」
と判定するための診断表ではありません。
また、八つの課題を順番にクリアし、すべてに合格すれば完成した人間になれる、という意味でもありません。
人は、人を信じたいと思いながら、傷つくことを恐れる場合があります。
自分で決めたいと思いながら、本当にこの選択でよいのか迷うこともあります。
誰かと深く関わりたい一方で、一人で静かに過ごしたいと感じることもあるでしょう。
このように、反対する気持ちの間で揺れることは、特別におかしなことではありません。
エリクソンの理論では、片方の気持ちを完全になくすのではなく、二つの間でその人なりのバランスを形づくることが重要だと考えます。
この理論は、人を年齢や段階で分類するためのものではありません。
今抱えている悩みを、
「自分が弱いから」
「自分だけが成長できていないから」
と責めるだけで終わらせず、
「人生全体から見ると、今の自分はどのような問いと向き合っているのだろう」
と考えるための手がかりです。
エリクソンの理論は、人生の正解がすべて書かれた答えの本ではありません。
自分が今どこに立ち、どのような道を歩こうとしているのかを考えるための、一枚の地図なのです。
それでは、その地図を描いたエリク・H・エリクソンとは、どのような人物だったのでしょうか。
次の段落では、エリクソンの人生と、心理社会的発達理論が生まれた背景を見ていきましょう。
5.『エリク・H・エリクソン』とは?
エリクソンの八段階を見る前に、その理論を考えた人物について少し知っておきましょう。
エリク・H・エリクソンは、最初から心理学や精神分析の道をまっすぐ進んだ人物ではありませんでした。
むしろ、自分の進む道を探しながら、国や文化を越えて生きた人物です。
画家を目指した青年が、人の心を研究するまで
エリク・H・エリクソンのフルネームは、エリク・ホーンブルガー・エリクソン(Erik Homburger Erikson)です。

1902年6月15日(明治35年)、ドイツのフランクフルトに生まれ、1994年5月12日(平成6年)、アメリカのマサチューセッツ州で91歳の生涯を終えました。
なお、出生時の名前はエリク・サロモンセン(Erik Salomonsen)でした。その後、母親の再婚や養父との関係を通してエリク・ホーンブルガーと名乗るようになり、アメリカへ移住した後にエリク・H・エリクソンという名前で広く知られるようになります。
若いころは画家を目指し、ヨーロッパを旅しながら絵を学んでいた時期がありました。
後に世界的な影響を与える精神分析家になりますが、初めから心理学や精神分析の研究者になると決めていたわけではありません。
そんなエリクソンの人生を大きく変えたのが、ウィーンでの出会いでした。
エリクソンは、子どもたちの教育に関わる中で、精神分析を創始したジークムント・フロイトの娘、アンナ・フロイトと出会います。
アンナ・フロイトは、子どもの心を理解する児童精神分析の発展に大きく貢献した人物です。
エリクソンは、アンナ・フロイトや精神分析家のハインツ・ハルトマンらのもとで、精神分析の訓練を受けました。
画家を目指していた青年は、こうした出会いをきっかけに、子どもの心や、人が生涯を通して成長する過程を研究する道へ進んでいきます。
1933年(昭和8年)、アメリカへ渡る
1933年(昭和8年)、エリクソンは家族とともにアメリカへ渡りました。
ヨーロッパではナチスが政権を握り、社会が大きく揺れ動いていた時代です。
アメリカに移ったエリクソンは、ハーバード大学の心理学クリニックで研究に携わりました。
その後、イェール大学やカリフォルニア大学バークレー校などでも、研究、教育、臨床を続けています。
1960年(昭和35年)には、ハーバード大学の人間発達教授に就任しました。
画家を目指して旅をしていた青年が、やがて人の一生を研究する教授になったのです。
その経歴だけを見ても、人生が必ずしも最初に決めた道どおりに進むものではないことが伝わってきます。
研究室の中だけで、人間を考えなかった
エリクソンの研究で興味深いのは、人間の心を本人の内側だけで考えなかったことです。
エリクソンは、スー族やユロック族の共同体を対象に、子育て、文化、社会生活と人間の発達との関係を調査しました。
現在では、異なる文化を外部の研究者がどのように理解し、表現するかについて、より慎重な姿勢が求められます。
それでも当時、子育てや人格の育ち方が、どの文化でもまったく同じとは限らないことに目を向けた点は重要です。
さらにエリクソンは、宗教改革者マルティン・ルターや、インド独立運動を率いたマハトマ・ガンディーの生涯も研究しました。
個人の性格だけを見るのではなく、
- どのような家族に生まれたのか
- どのような社会に生きたのか
- どのような歴史的事件に直面したのか
- 社会の中で、どのような役割を選んだのか
という視点から、人の人生を読み解こうとしたのです。
「アイデンティティ」を広く知られる概念にした
エリクソンは、特に「アイデンティティ」の研究で知られています。
アイデンティティとは、単に性格や個性を表す言葉ではありません。
簡単にいうと、
「自分は何者で、社会の中でどのように生きていくのか」
という、自分自身についてのまとまりのある感覚です。
そこには、
「これまでの自分と、今の自分はつながっている」
という感覚だけでなく、
「周囲の人や社会から、自分はどのような人だと見られているのか」
という問題も関係します。
現在では「アイデンティティ」や「アイデンティティの危機」という言葉が、日常でも使われるようになりました。
その概念を心理学や社会へ広く知らしめた人物の一人が、エリクソンです。
エリクソン自身も、出生、家族、名前、文化的な所属をめぐって複雑な背景を持っていました。
こうした経験が、アイデンティティへの関心に影響した可能性はあります。
しかし、その経験だけが理論を生んだと断定することはできません。
精神分析の訓練、子どもとの臨床、アメリカへの移住、異文化研究、歴史上の人物の研究など、さまざまな経験が重なって、エリクソンの考えが形づくられたと見る方が適切です。
理論を知る手がかりとなる三つの著作
エリクソンの考えを知るうえで、代表的な著作が三つあります。
『Childhood and Society』
1950年(昭和25年)に刊行された代表作です。
日本では『幼児期と社会』として翻訳されています。
子どもの発達を、家庭だけでなく、文化や社会との関係から考察した本です。
『Identity: Youth and Crisis』
1968年(昭和43年)に刊行されました。
日本語版は『アイデンティティ――青年と危機』として知られています。
青年期に「自分は何者なのか」と考える過程を、社会との関係も含めて論じた著作です。
『The Life Cycle Completed』
1982年(昭和57年)に刊行された晩年の著作です。
日本では『ライフサイクル、その完結』として出版されています。
幼少期だけでなく、成人期や老年期を含む人生全体を、改めて考察しています。
それぞれの本の詳しい特徴や、初心者がどの本から読むとよいかについては、記事後半の関連書籍で紹介します。
人の人生を、完成品ではなく物語として見た
エリクソンは、1994年(平成6年)、91歳でその生涯を終えました。
彼が残した重要な視点は、人間を一時点だけで判断しなかったことです。
子どものころに何を経験したのか。
青年期に何を迷ったのか。
大人になって誰と関わり、社会の中でどのような役割を担ったのか。
そして、人生の終わりに、自分の歩んできた道をどのように受け止めるのか。
エリクソンは、人の人生を、完成した一枚の写真ではなく、時間の中で続いていく物語として見つめました。
では、その物語を八つの時期に分けると、どのような心のテーマが見えてくるのでしょうか。
次の段落では、エリクソンが示した人生の八段階を一覧にして、その全体像を見ていきましょう。
6.エリクソンが考えた「人生の8段階」
前の段落では、エリクソンがどのような人生を歩み、何に関心を持った人物なのかを見てきました。
ここからは、彼が示した八つの発達段階の全体像を確認します。
いきなり一段階ずつ詳しく読むと、人生のどの位置を説明しているのか分かりにくくなるかもしれません。
まずは一枚の案内図として、八段階を眺めてみましょう。
人生の8段階を一覧で確認
| 段階 | 主な時期・年齢の目安 | 心理社会的な危機・葛藤 | やさしい言葉で表した問い | 育まれるとされる力 |
|---|---|---|---|---|
| 第1段階 | 乳児期(出生~1歳半ごろ) | 基本的信頼 対 不信 | 人や世界を信じてもよい? | 希望 |
| 第2段階 | 幼児期前半(1歳半~3歳ごろ) | 自律性 対 恥・疑惑 | 自分でやってもよい? | 意志 |
| 第3段階 | 幼児期後半(3~6歳ごろ) | 自主性・自発性 対 罪悪感 | 自分から始めてもよい? | 目的 |
| 第4段階 | 学童期(6~12歳ごろ) | 勤勉性 対 劣等感 | 努力すれば、自分にもできる? | 有能感 |
| 第5段階 | 青年期(12~18歳ごろ) | アイデンティティ 対 アイデンティティの混乱 | 自分は何者で、どう生きたい? | 忠誠・誠実さ |
| 第6段階 | 成人期前半(およそ18~40歳) | 親密性 対 孤立 | 自分らしいまま、人と深く関われる? | 愛 |
| 第7段階 | 成人期中期(およそ40~65歳) | 世代性 対 停滞 | 自分の経験を次の人へ渡せる? | 配慮・世話 |
| 第8段階 | 老年期(およそ65歳以降) | 自我統合 対 絶望 | 自分の人生を受け入れられる? | 英知 |
※各段階に示した年齢は、あくまでおおよその目安です。年齢区分は資料によって異なる場合があり、誕生日を迎えた瞬間に次の段階へ移るわけではありません。
発達の時期や進み方には個人差があり、以前の段階で向き合ったテーマが、後の人生で形を変えて再び現れることもあります。
そのため、この表では時期名を中心に捉え、年齢は自分や他者の発達を判断する基準ではなく、人生の流れを理解するための補助的な目安としてご覧ください。
この一覧は、APAが示す八つの心理社会的発達段階と、NCBIが整理している各段階で育まれる力を参考に作成しています。
なお、「やさしい言葉で表した問い」は、専門用語の意味を理解しやすくするために、本記事で独自に言い換えたものです。
八段階は、どのような流れになっているのか
この表を大きく眺めると、人生の問いが少しずつ広がっていく流れとして読むことができます。
乳幼児期には、
「この世界は安心できるだろうか」
「自分でやってもよいだろうか」
という、自分と身近な人との関係が中心になります。
学校に通うころには、
「努力すれば、何かを身につけられるだろうか」
という問いが生まれます。
青年期から成人期には、
「自分は何者なのか」
「自分らしさを保ちながら、誰かと深く関われるだろうか」
という問いが中心になります。
さらに人生の後半では、
「次の世代や社会に、何を渡せるだろうか」
「自分が歩んだ人生を、どのように受け止めるだろうか」
という、長い時間を見渡す問いへつながります。
最初は自分の足元にある安心を確かめ、やがて他者や社会との関係へ視野を広げ、最後には自分が歩いてきた道全体を振り返る。
八段階は、そのような人生の流れとして読むこともできるのです。
ただし、これは「必ずこの順に、同じ形で悩む」という意味ではありません。
年齢区分は、おおよその目安
表では、「乳児期」「青年期」「成人期前半」などの時期を示しています。
資料によっては、さらに具体的な年齢が書かれています。
例えば、APAは第1段階を出生からおよそ18か月まで、第2段階をおよそ1歳半から3歳までと説明しています。一方、別の教育資料では、第1段階を出生から1歳までとするなど、年齢の区切り方には違いがあります。
これは、人の発達を誕生日だけで正確に区切れないためです。
進学、就職、結婚、子育て、退職などを経験する時期も、人、文化、時代によって異なります。
そのため本記事では、細かな年齢を絶対的な基準とはせず、
年齢区分は、人生の時期を理解するためのおおよその目安
として扱います。
「この年齢なのに、この課題が終わっていない」と、自分や誰かを採点する必要はありません。
「心理社会的な危機」とは何か
エリクソンは、各段階に中心となる「心理社会的な危機」があると考えました。
「危機」と聞くと、事故や病気のような深刻な出来事を想像するかもしれません。
しかし、ここでいう危機は、その意味ではありません。
簡単にいうと、
発達のある時期に、二つの異なる方向の間で心が揺れること
です。
本記事では読みやすくするため、「危機」を主に「葛藤」と表現します。
例えば、人と関わるときには、
「この人を信じたい」
という気持ちと、
「傷つけられたら怖い」
という気持ちが同時に生まれることがあります。
何かに挑戦するときも、
「自分でやってみたい」
と思う一方で、
「失敗して恥ずかしい思いをしたくない」
と感じることがあるでしょう。
このような迷いは、発達に失敗した証拠ではありません。
人が自分と周囲の世界との関係を作る中で生じる、自然な心の動きです。
表の左側だけが正解なのではない
「基本的信頼 対 不信」という言葉を見ると、
「信頼はよいもの、不信は悪いもの」
と思うかもしれません。
しかし、エリクソンの考えは、それほど単純ではありません。
人を信頼することは大切ですが、知らない人を無条件に信じれば、危険な場合があります。
親密な関係は大切ですが、一人で考えたり休んだりする時間も必要です。
自分の人生を受け入れることは大切ですが、後悔があるからこそ、過去から学べる場合もあります。
NCBIの一覧では、二つの側面を、調和的な傾向と不調和的な傾向として対にして示しています。
大切なのは、左側だけを100%にして、右側を完全になくすことではありません。
肯定的な側を土台としながらも、反対側の感覚を必要な範囲で持ち、現実に合ったバランスを形づくることです。
この点については第4段落でも触れましたが、八段階の表を読むときに欠かせないため、ここで短く確認しておきます。
「育まれる力」とは何か
表の右側には、「希望」「意志」「愛」「英知」などの言葉があります。
これは英語で、一般に virtue または ego strength と表されます。
日本語では、「徳」「基本的な力」「自我の力」などと訳されることがあります。
エリクソンは、各段階の葛藤にうまく向き合うことによって、その後の人生を支える力が育まれると考えました。
例えば第1段階の「希望」は、
「いつも思い通りになる」
と信じることではありません。
今は不安でも、
「また安心できるかもしれない」
「助けてくれる人がいるかもしれない」
と思える力です。
第4段階の「有能感」は、何でも上手にできるという意味ではありません。
練習や工夫を通して、
「自分にも何かを学び、身につける力がある」
と感じられることです。
第7段階の「配慮・世話」は、次の世代や社会のために力を使う姿勢を表します。
第8段階の「英知」は、人生が完全ではなかったことも含めて、広い視点から見つめる力です。
ただし、これらは課題に合格すれば必ず手に入る賞品ではありません。
また、いつでも同じように発揮できる能力とも限りません。
希望を持てる日もあれば、不安が強い日もあります。
人を大切にできるときもあれば、自分に余裕がなくなるときもあるでしょう。
育まれる力とは、完成した人格の証明ではなく、その後の人生で繰り返し使いながら深めていく力と考えると分かりやすいでしょう。
本によって日本語訳が違う理由
エリクソンの理論は英語で発表されたため、日本語の本や記事では訳語が異なることがあります。
例えば、英語の initiative は、
- 自主性
- 自発性
- 積極性
などと訳されます。
generativity は、
- 世代性
- 生殖性
- 次世代育成性
などと表されます。
identity confusion も、
- アイデンティティの混乱
- 同一性混乱
- 役割混乱
などの表記が使われます。
APAでは、第5段階を identity versus identity confusion とし、別名として identity versus role confusion も示しています。
したがって、「アイデンティティの混乱」と「役割混乱」のどちらか一方だけが必ず正しい、というわけではありません。
一つの英単語が持つ意味を、日本語の一語だけで完全に表すことが難しいためです。
本記事では、初めて読む人にも意味が伝わりやすい表現を主に使用し、必要なところでは別の訳語も補います。
別の本で違う表記を見つけたときは、言葉だけを比べるのではなく、その段階で説明されている心のテーマを確認してみてください。
八段階は「答え」よりも「問い」として読む
八段階の表は、
「何歳までに何ができなければならないか」
を示す答えの一覧ではありません。
むしろ、
- 人や世界を信じられるだろうか
- 自分で選び、行動できるだろうか
- 努力する意味を感じられるだろうか
- 自分は何者なのだろうか
- 誰かと深く関われるだろうか
- 次の人へ何を渡せるだろうか
- 自分の人生を受け入れられるだろうか
という、人生で出会う可能性のある問いの一覧です。
同じ問いでも、子どものころと大人になってからでは、現れ方や答え方が違うことがあります。
この表は、あなたの人生を決めるものではありません。
しかし、
「今の自分は、どのような問いと向き合っているのだろう」
と考えるきっかけにはなります。
次の段落では、八つの発達段階を一つずつ取り上げ、日常生活の中でそれぞれの問いがどのように現れるのかを詳しく見ていきましょう。
7.8つの発達段階を、身近な例で詳しく解説
前の段落では、エリクソンが示した八段階の全体像を確認しました。
ここからは、それぞれの段階で中心となる心の問いが、日常生活の中にどのように現れるのかを見ていきます。
ここで紹介する場面は、理論を分かりやすくするための一例です。
同じ経験をした人が、必ず同じ性格や考え方になるわけではありません。
人の発達には、本人の特性、人との関係、生活環境、文化、その後の経験など、さまざまな要因が関係します。

第1段階・乳児期
基本的信頼 対 不信
心の問い
「人や世界を信じても大丈夫だろうか」
生まれたばかりの赤ちゃんは、自分一人で空腹を満たしたり、寒さや危険から身を守ったりできません。
泣いたときに世話をしてもらう。
空腹のときに食事を与えてもらう。
不安なときに抱かれたり、声をかけられたりする。
エリクソンは、このような周囲との関わりの積み重ねから、
「困ったときには、誰かが応えてくれる」
「この世界は、ある程度安心できる場所かもしれない」
という基本的な信頼の感覚が育つと考えました。
NCBIの解説でも、安全な環境、愛情、食事などを安定して得られる経験が、この段階を支える例として示されています。
身近な場面
夜中に赤ちゃんが泣き出しても、養育者がすぐに気づけないことはあります。
大切なのは、一度も待たせないことではありません。
毎日の関わり全体を通して、必要な世話や安心を得られる経験が積み重なることです。
育まれるとされる力:希望
ここでいう希望とは、
「何でも思い通りになる」
と信じることではありません。
今は不安でも、
「また安心できるかもしれない」
「助けてもらえるかもしれない」
と思える力です。
大切な注意
一度泣かせた、一度対応が遅れたというだけで、その後の人格が決まるわけではありません。
また、基本的信頼と、愛着理論で扱われる「安定した愛着」は関連する部分がありますが、同じ理論や同じ概念ではありません。
第2段階・幼児期前半
自律性 対 恥・疑惑
心の問い
「自分でやってみてもよいだろうか」
歩いたり、言葉を使ったりできるようになると、子どもは自分で行動したがるようになります。
自分で食べたい。
服を選びたい。
靴を履きたい。
行きたい場所を決めたい。
こうした「自分でやりたい」という気持ちは、自分の体や行動を自分で調整する練習でもあります。
身近な場面
子どもが自分でジュースを注ごうとしています。
大人がすべて代わりに行えば、こぼさずに済むでしょう。
しかし、安全を確認しながら少し任せることで、子どもは手の動かし方や量の加減を学べます。
こぼしたときも、
「失敗したから、もうやらせない」
ではなく、
「次は少しずつ入れてみよう」
と伝えれば、次の挑戦につなげられます。
育まれるとされる力:意志
意志とは、何でも一人で行う力ではありません。
必要な助けを得ながらも、自分で選び、
「やってみよう」
と行動へ移す力です。
大切な注意
子どもの希望を、すべて認めるという意味ではありません。
危険な行動には、大人がはっきり限界を示す必要があります。
行動を止めることと、子どもの存在や意思そのものを否定することは分けて考えます。
第3段階・幼児期後半
自主性・自発性 対 罪悪感
心の問い
「自分から何かを始めてもよいだろうか」
この時期の子どもは、自分で動くだけでなく、遊びや計画を自分から考えるようになります。
「お店屋さんごっこをしよう」
「段ボールで家を作ろう」
「どうして月はついてくるの?」
想像したことを行動に移し、周囲の人を誘いながら世界を広げていきます。
第2段階との違い
第2段階の中心は、
「自分でできるか」
です。
第3段階では、そこから一歩進み、
「自分から考え、始めてもよいか」
が中心になります。
身近な場面
子どもが家族のために、紙でメニューを作り、「レストランごっこ」を始めました。
部屋は散らかり、予定より時間がかかるかもしれません。
それでも、
「面白いことを考えたね」
と関心を向けてもらうことで、自分の発想を行動へ移す感覚を経験できます。
一方で、何かを始めるたびに強く否定され続けると、
「自分が何かをしたいと思うことは悪いのかな」
と感じる可能性があります。
育まれるとされる力:目的
目的とは、自分の考えやイメージを、
「実際にやってみよう」
と行動につなげる力です。
大切な注意
行動に限界を示すことは必要です。
その際は、
「あなたは悪い子だから駄目」
ではなく、
「人をたたく行動は止めよう」
というように、本人と行動を分けて伝えることが大切です。
第4段階・学童期
勤勉性 対 劣等感
心の問い
「努力すれば、自分にもできるだろうか」
学校生活が始まると、文字、計算、運動、工作、音楽、集団のルールなど、さまざまな技能を学びます。
ここでいう勤勉性は、休まず勉強することだけを意味しません。
練習や工夫を重ね、
「できなかったことが、少しずつできるようになる」
と経験することです。
身近な場面
縄跳びが苦手な子どもが、毎日少しずつ練習しています。
周囲と比べれば、まだ上手ではないかもしれません。
しかし、
「昨日より一回多く跳べた」
と気づけば、努力と上達のつながりを感じられます。
このとき、
「まだそれしかできないの?」
と結果だけを見るのではなく、
「昨日と何が変わった?」
「どこを工夫したの?」
と過程に目を向けることで、本人も自分の成長を理解しやすくなります。
育まれるとされる力:有能感
有能感とは、
「自分は何でも得意だ」
という感覚ではありません。
「自分にも、練習や工夫を通して何かを身につける力がある」
と思えることです。
大切な注意
何でも褒めればよいわけではありません。
根拠のない評価より、本人が工夫した点や変化した点を具体的に伝える方が役立ちます。
また、劣等感が少しもないことを目指す必要もありません。
自分の苦手な点に気づくことが、練習や助けを求めるきっかけになる場合もあります。
第5段階・青年期
アイデンティティ 対 アイデンティティの混乱
心の問い
「自分は何者で、どのように生きたいのだろうか」
青年期には、進学や仕事だけでなく、価値観、信念、所属する集団、人間関係などについて考える機会が増えます。
「自分は何を大切にしたいのか」
「周囲が望む自分と、自分が望む生き方は同じなのか」
「社会の中で、どのような役割を選びたいのか」
こうした問いを通して、自分についてのまとまりある感覚を形づくっていきます。
身近な場面
高校生が進路希望の紙を前に悩んでいます。
家族は安定した仕事を勧めています。
友人はすでに進学先を決めています。
本人には興味のある分野がありますが、本当に選んでよいのか自信がありません。
この迷いは、単なる優柔不断とは限りません。
複数の価値観や役割を比べ、自分が何を選ぶのかを考える過程でもあります。
心理社会的モラトリアム
エリクソンは、青年が最終的な役割を決める前に、さまざまな役割や価値観を試す猶予期間を心理社会的モラトリアムと呼びました。
これは、何もせず責任を避ける期間という意味ではありません。
進路、価値観、所属、人間関係などを試しながら、自分が何を選ぶのかを考える時間です。
なお、アイデンティティを「達成・モラトリアム・早期完了・拡散」の四つへ分類したのは、エリクソンの研究を発展させたジェームズ・マーシャです。両者は区別して理解する必要があります。
育まれるとされる力:忠誠・誠実さ
ここでいう忠誠は、誰かの命令へ従うことではありません。
自分が選んだ価値観や人間関係を大切にしながら、異なる考えを持つ人々と社会の中で生きる力です。
研究上も、青年期のアイデンティティ形成は、その後の心理社会的発達と関係する重要なテーマとして検討されています。ただし、八段階全体の順序や因果関係については、十分に実証されていない部分も残っています。
大切な注意
青年期に迷うことは、発達の失敗を意味しません。
また、アイデンティティの問題は青年期だけで終わるとも限りません。
転職、結婚、離婚、病気、移住、退職などをきっかけに、大人になってから生き方を考え直すこともあります。
第6段階・成人期前半
親密性 対 孤立
心の問い
「自分らしさを保ちながら、他者と深く関われるだろうか」
成人期前半では、他者との深い関係が中心的なテーマになります。
ここでいう親密性は、恋愛や結婚だけではありません。
友人、家族、仲間などとの信頼関係も含みます。
深い関係を築くには、自分の気持ちや弱さを相手へ見せることが必要になる場合があります。
一方で、相手へ合わせ続け、自分の考えを失うことが親密性とは限りません。
身近な場面
友人から繰り返し悩みを相談され、断れないまま毎晩話を聞いている人がいます。
相手を支えたい気持ちは本物です。
しかし、疲れ果ててしまえば、関係を続けることが難しくなります。
現代の生活に置き換えるなら、
「今日は話を聞く余裕がない」
「これは自分にはできない」
と伝えることも、互いを大切にする関係の一部と考えられます。
育まれるとされる力:愛
エリクソンがいう愛は、強い恋愛感情だけではありません。
互いの違いを認め、自分と相手の両方を大切にしながら、関係へ関わり続ける力です。
大切な注意
結婚しているかどうかだけで、親密性や孤立を判断することはできません。
一人で暮らしていても、友人や地域の人と深い関係を築く人はいます。
反対に、誰かと一緒に暮らしていても、孤独を感じる場合があります。
また、自分で選んだ一人の時間と、望まない孤立も同じではありません。
第7段階・成人期中期
世代性 対 停滞
心の問い
「自分の経験や力を、次の人や社会へ渡せるだろうか」
成人期中期では、自分自身の成功だけでなく、
「自分が得たものを、誰かのために役立てられないだろうか」
という問いが中心になることがあります。
この働きをエリクソンは、世代性と表しました。
世代性は子育てだけではない
世代性には、子どもを育てることだけでなく、次のような行動も含まれます。
- 後輩へ知識や技術を伝える
- 学んだことを記録に残す
- 地域や社会の活動に参加する
- 作品や仕組みを作る
- 次の世代が活動しやすい環境を整える
中年期の心理社会的発達についての研究でも、仕事、家族、地域社会への関与や、次世代への関心が重要なテーマとして検討されています。
身近な場面
仕事に慣れた人が、新しく入った後輩を教えることになりました。
初めは、
「自分でやった方が早い」
と感じます。
しかし、自分の失敗や工夫を伝えるうちに、
「自分の経験が、誰かの役に立つ」
という感覚が生まれるかもしれません。
育まれるとされる力:配慮・世話
配慮とは、自分だけでなく、他者や次の世代がよりよく生きられるように関わろうとする力です。
大切な注意
世代性は、社会的に大きな功績を残すことではありません。
身近な一人へ知識を伝えることも、次の人が困らないように仕事を整理することも、世代性の表れとして考えられます。
また、誰かを支えるために自分を犠牲にし続けることを意味するものでもありません。
第8段階・老年期
自我統合 対 絶望
心の問い
「良かったことも後悔も含めて、自分の人生を受け入れられるだろうか」
人生の後半では、これまでの道を振り返る機会が増えます。
成功したこと。
失敗したこと。
選んだ道と、選ばなかった道。
大切な人との出会いと別れ。
自我統合とは、人生に後悔が一つもない状態ではありません。
「完璧ではなかったけれど、これが自分の人生だった」
と、人生の全体を自分のものとして受け止められる感覚です。
身近な場面
ある人は、若いころに希望していた仕事へ就けなかったことを、長い間後悔していました。
しかし、その後に選んだ仕事で出会った人や、築いた家族との時間を振り返ります。
「望んだ道とは違った」
という気持ちは残っています。
それでも、
「あの道だったから出会えたものもあった」
と思えるようになりました。
統合とは、過去を美化することではありません。
良かったことと後悔の両方を、同じ人生の中に位置づけ直すことです。
APAはこの段階を、人生への満足や受容へ向かう統合と、失われた機会や時間への苦しみから生じる絶望との間の葛藤として説明しています。
育まれるとされる力:英知
英知とは、知識をたくさん持っていることだけではありません。
人生には思い通りにならないことがあり、人は不完全なまま生きることを知りながら、自分や他者の人生を広い視点で見つめる力です。
大切な注意
自我統合は、高齢になれば自然に完成するものではありません。
また、後悔や悲しみを感じるから失敗している、という意味でもありません。
統合と絶望の両方を感じながら、人生の意味を何度も捉え直すことがあります。
八段階から見えてくること
八段階を詳しく見ると、心の問いは年齢とともに完全に消えるのではなく、形を変えて人生に現れることが分かります。
子どものころの、
「失敗してもやってみてよいだろうか」
という問いが、大人になると、
「失敗するかもしれないが、自分の意見を仕事で伝えてよいだろうか」
という問いになることがあります。
青年期の、
「自分は何者なのか」
という問いが、転職や退職をきっかけに再び現れる場合もあります。
ただし、こうしたつながりは、個人の悩みを八段階だけで説明できるという意味ではありません。
八段階は、人生を理解するための一つの仮説的な枠組みです。
自分を採点するためではなく、
「この悩みには、どのような人生の問いが隠れているのだろう」
と考えるために使うと、理論を生活へ結びつけやすくなります。
次の段落では、八つのテーマがどのようにつながり、以前の段階の問いが後の人生にどのような形で関係するのかを考えていきましょう。
8.八つの発達段階は、どのようにつながっているのか?
エリクソンの八段階は、第1段階から第8段階まで順番に並んでいます。
そのため、
「一つの課題を完全に終えたら、次の段階へ進むのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、人の心は、ゲームのステージのように一つずつ完全攻略して進むものではありません。
人生のある時期に中心となった問いは、その時期が過ぎた後も、形を変えて現れることがあります。
前の経験は、後の発達の「土台」になり得る
乳児期に中心となるのは、
「人や世界を信じてもよいだろうか」
という基本的信頼の問いです。
この問いは、乳児期が終わったら消えるわけではありません。
大人になって友人や仕事仲間と関係を築くときには、
「この人に本音を話しても大丈夫だろうか」
という形で現れることがあります。
学童期の、
「努力すれば、自分にもできるだろうか」
という問いも、大人になると、
「新しい仕事を覚えられるだろうか」
「失敗しても、もう一度挑戦できるだろうか」
という形になるかもしれません。
前の時期に重ねた経験は、その後の課題へ向き合うときの土台の一部になると、エリクソンは考えました。
ただし、土台は未来を決める設計図ではありません。
青年期のアイデンティティと、その後の親密性や世代性との関連を調べた研究はありますが、八段階すべてが必ず決められた順序で影響し合うことまで、完全に確認されているわけではありません。
以前の問いが、違う姿で戻ってくることがある
例えば、子どものころに人前で失敗し、
「自分は人よりできない」
と感じた経験があったとします。
大人になってから会議で意見を求められたとき、その人は再び、
「間違えたら、能力がないと思われるかもしれない」
と不安になることがあります。
場面は学校から職場へ変わっています。
しかし、心の中には、
「自分にもできると思えるだろうか」
という、勤勉性と劣等感に関わる問いが隠れているかもしれません。
ただし、これは昔とまったく同じ場所へ戻ったという意味ではありません。
大人になった今の自分には、子どものころにはなかった知識、経験、言葉、助けを求める方法があります。
同じような問いに出会っても、以前とは違う答えを選べる可能性があるのです。
過去の段階を「完全にやり直す」とは限らない
過去に人を信じることが難しかった。
失敗を強く恐れるようになった。
自分の生き方を十分に考えられなかった。
そう感じる人は、
「もう手遅れなのではないか」
と不安になるかもしれません。
エリクソンの理論では、以前の発達上のテーマが、後の人生にも関係し続けると考えられています。
しかし、「幼児期へ戻り、過去の課題を最初から完全にやり直せる」とまで単純に表現するのは適切ではありません。
より慎重にいうなら、
過去から続いている問いに、現在の経験と力を使って向き合い直すことがある
と考えるのがよいでしょう。
信頼できる人と出会う。
新しい環境で小さな成功を重ねる。
自分の話を否定せずに聞いてもらう。
誰かに助けてもらい、今度は自分が誰かを支える。
こうした経験によって、自分や他者への見方が変化する可能性があります。
過去の事実を消すことはできません。
けれど、過去を現在の人生の中でどう位置づけるかは、後から変わることがあります。
一つの出来事に、複数の発達テーマが重なる
実際の人生では、一度に一つの段階だけと向き合うとは限りません。
例えば、大人が転職したとします。
新しい仕事を覚える場面では、
「自分にもできるだろうか」
という勤勉性と劣等感の問いが現れるかもしれません。
これまでの職業を離れたことで、
「仕事が変わった自分は、何者なのだろう」
というアイデンティティの問いも生まれます。
新しい同僚とは、
「信頼関係を築けるだろうか」
という親密性のテーマに向き合うでしょう。
後輩を任されれば、
「自分の経験を、次の人へどう渡すか」
という世代性も関係します。
一つの転職という出来事の中に、複数の発達テーマが重なることがあるのです。
中年期の研究でも、親密性、世代性、自我統合などが、年齢ごとに完全に切り離されたものではなく、成人期に並行して関係し得ることが検討されています。
ミサキさんの悩みを、別の角度から見ると
記事の前半に登場した、35歳のミサキさんを思い出してみましょう。
ミサキさんは、会議で企画を指摘されたとき、小学生のころに発表を間違えて笑われた記憶を思い出しました。
この場面は、学童期の、
「失敗しても、自分には学び直す力があると思えるか」
という問いから考えることができます。
一方、現在のミサキさんは、後輩を指導する立場です。
そこには、
「自分の経験を、次の人へどう渡すか」
という世代性の問いも関係しているかもしれません。
上司の意見を聞きながら、自分の考えも伝えられるかという点では、他者との信頼関係も関係する可能性があります。
つまり、ミサキさんの悩みを、一つの段階だけで説明する必要はありません。
ただし、
「ミサキさんの不安は、学童期の課題を解決できなかったことが原因です」
と決めつけることもできません。
八段階は、悩みの原因を一つに特定するためのものではなく、同じ出来事を複数の角度から考えるための手がかりです。
発達は「らせん階段」に似ている
八段階のつながりを、まっすぐな階段ではなく、らせん階段として想像すると分かりやすいかもしれません。
らせん階段を上ると、以前と似た方向の景色が何度も見えます。
しかし、立っている高さは変わっています。
子どものころに、
「失敗したらどうしよう」
と悩んだ人が、大人になって同じ不安に出会うことがあります。
けれど、大人になった今は、
「分からなければ質問する」
「失敗した部分だけを直す」
「自分の価値と仕事の評価を分けて考える」
といった、新しい方法を選べるかもしれません。
同じ問いに出会ったように見えても、以前とまったく同じ自分ではないのです。
なお、「らせん階段」はエリクソンが使った正式な用語ではなく、段階同士の重なりを分かりやすくするための、本記事独自の比喩です。
八段階のつながりを、どう生活に役立てるか
八段階のつながりを知る目的は、過去の自分や家族を責めることではありません。
「昔の経験が悪かったから、今の自分は変われない」
と決めるためでもありません。
役立つ使い方は、
「この悩みの中には、どのような心の問いが重なっているのだろう」
と考えることです。
仕事での失敗が怖いときには、
「能力がないと思われることが怖いのか」
「周囲に本音を見せることが怖いのか」
「現在の仕事が、自分らしいと思えないのか」
と問いを分けられます。
悩みを細かく分けると、必要な対応も見えやすくなります。
練習が必要なのか。
誰かに相談する必要があるのか。
自分の価値観を考え直す必要があるのか。
関係の中で伝え方を変える必要があるのか。
八段階は、正解を教えるものではありません。
しかし、複雑な悩みを整理し、今できることを考えるための視点にはなります。
八段階は、別々の箱ではない
八つの段階は、人生の中に別々に置かれた箱ではありません。
前の経験が、その後の発達の土台になることがあります。
以前の問いが、人生の転機に違う形で現れることもあります。
一つの出来事に、複数の発達テーマが重なる場合もあります。
それでも、過去だけで未来が決まるわけではありません。
人は新しい関係や経験を通して、以前から抱えている問いへ、別の答えを作っていく可能性があります。
八段階のつながりを理解することは、過去を採点することではありません。
自分が歩いてきた道と、今抱えている問いが、どのようにつながっているのかを考えること
なのです。
次の段落では、エリクソンの理論がなぜ多くの人に注目され、現在まで教育、福祉、医療などで紹介されているのかを見ていきましょう。
9.なぜエリクソンの理論は注目されたのか?
エリクソンの八段階は、現在も心理学だけでなく、教育、看護、福祉など、人の成長を扱う分野で紹介されています。
では、なぜこの理論は広く知られるようになったのでしょうか。
理由は、人生を八つに分けた分かりやすさだけではありません。
エリクソンは、それまでの精神分析を受け継ぎながら、人間の発達を見る範囲を大きく広げました。
フロイトの理論を受け継ぎながら、社会へ視野を広げた
エリクソンは、ジークムント・フロイトから始まった精神分析の影響を強く受けています。
フロイトの理論では、幼少期の経験や、性的・本能的な欲求が人格形成に重要な役割を持つと考えられていました。
エリクソンは、幼少期の経験が重要だという考えを受け継ぎながらも、人の発達をそれだけでは説明しませんでした。
家族との関係。
学校で与えられる役割。
仕事や地域社会への参加。
文化によって共有される価値観。
戦争、移住、差別、社会変動などの歴史的経験。
こうした社会的な条件も、人が自分をどのように捉え、どのような役割を選ぶかに関係すると考えたのです。
NCBIの教材でも、エリクソンの理論は、フロイトの発達理論を心理社会的な方向へ広げ、性的な側面だけでなく、社会的な発達を重視したものとして説明されています。
例えば、青年が進路を選べずにいるとします。
本人に決断力がないという見方だけではなく、
- 家族から何を期待されているのか
- 選択できる進路が実際に用意されているのか
- 性別や家庭環境による制約がないか
- 不安定な時代の中で将来を想像できるか
という社会的な背景まで考えられます。
人の悩みを、本人の心の中だけで完結させなかったことが、エリクソンの重要な特徴です。
成人期と老年期にも「発達上の仕事」があると示した
エリクソンの理論で特に影響力が大きかった点は、発達を子ども時代で終わらせなかったことです。
八段階のうち、第1〜第4段階は子ども時代、第5段階は青年期、第6〜第8段階は成人期に置かれています。
つまり、青年期を過ぎた後にも、
- 他者と深い関係を築く
- 次の世代や社会へ関わる
- 自分の人生を振り返る
という、新しい発達上のテーマがあると考えたのです。
これは、年齢を重ねることを単なる能力の低下として見るのとは異なる視点です。
例えば、仕事を退職した人が、
「これから自分には、どのような役割があるのだろう」
と考えることがあります。
それを、仕事を失ったことによる問題だけではなく、人生の後半に新しい役割や意味を探す過程として見ることができます。
また、老年期に過去の出来事を何度も語る人もいます。
同じ話を繰り返しているように見えても、本人にとっては、自分が歩んできた人生を一つの物語としてまとめ直している可能性があります。
エリクソンの理論は、大人や高齢者にも、成長や変化を考えるための言葉を与えました。
悩みを「本人の欠点」以外の角度から考えられる
エリクソンの理論を知ると、迷いや葛藤を、本人の未熟さだけで説明せずに済む場合があります。
例えば、長年働いてきた人が、
「仕事には慣れたのに、なぜか満たされない」
と感じているとします。
能力や収入の問題だけを見ると、理由が分からないかもしれません。
しかし、世代性という視点を加えると、
「自分の知識や経験を、誰かのために役立てたいのではないか」
という別の問いが見えてきます。
あるいは、人生の後半に、
「もっと違う道を選べばよかった」
という後悔が強くなった人には、単に前向きになるよう勧めるのではなく、
「これまでの人生をどのように受け止め直しているのか」
という視点を持てます。
エリクソンの理論が役立つのは、悩みの答えを自動的に出してくれるからではありません。
目の前の問題を、
「その人は今、何を失い、何を求め、どのような役割を探しているのか」
と考えるための問いを与えてくれるからです。
教育・看護・福祉で使いやすい「見取り図」になった
エリクソンの理論は、研究者だけでなく、人の生活を支援する現場でも紹介されています。
NCBIが公開する看護・医療分野の教材では、乳児期から老年期までの人の発達を理解し、年齢や発達上の特徴に応じた関わりを考える枠組みとして扱われています。
例えば、入院している幼児が、
「自分で服を着たい」
と主張したとします。
忙しい大人がすべて代わりに行えば、早く準備できます。
しかし、自律性という視点があれば、安全な範囲で本人に選ばせたり、一部を任せたりする関わりを考えられます。
高齢者の支援では、身体の状態だけでなく、
「これまでどのような人生を歩んできたのか」
「本人はその人生をどう受け止めているのか」
という話にも意味があると気づけます。
ただし、八段階から支援方法が機械的に決まるわけではありません。
同じ年齢でも、本人の生活、文化、健康状態、価値観は異なります。
この理論は、相手を分類する表というより、見落としている問いがないかを確認する見取り図として使う方が適切です。
人生を「能力の変化」だけでなく、「意味の変化」として描いた
エリクソンの理論が興味深いのは、発達を能力だけで説明していない点です。
読むことができる。
計算ができる。
仕事ができる。
こうした能力の変化は比較的測りやすいものです。
一方で、エリクソンが扱ったのは、
「人を信じられるか」
「自分の選択を自分のものと思えるか」
「誰かと深く関われるか」
「自分の人生を受け入れられるか」
といった、人生の意味に関わる問題でした。
能力が高くても、自分が何者か分からなくなることはあります。
社会的に成功していても、誰にも本音を見せられず、孤独を感じることがあります。
体力が衰えても、自分の経験を人に伝え、新しい役割を見つけることがあります。
エリクソンの理論は、人の成長を、
「何ができるようになったか」
だけではなく、
「自分、他者、社会、人生との関係がどう変わったか」
という視点から描きました。
この点が、多くの人に自分の人生と重ねて読まれてきた理由の一つと考えられます。
エリクソンの八段階は、脳科学の理論なのか?
ここで、誤解しやすい点を整理しておきましょう。
エリクソンの八段階は、脳の八つの成長段階を説明した理論ではありません。
特定の脳領域や神経伝達物質の変化から、
「この年齢では親密性が発達する」
「この脳の働きによって世代性が生まれる」
と説明したものでもありません。
APAはエリクソンの心理社会的発達を、社会的・文化的な要因の影響を受けながら、人格が生涯を通して発達する過程と説明しています。
一方、現代の発達科学や神経科学では、脳と身体の成熟、遺伝、環境、学習、人間関係など、さまざまな要因が研究されています。
扱うテーマが一部重なることはあっても、
エリクソンの心理社会的発達理論と、脳科学による発達研究は同じものではありません。
また、脳科学の研究によって、八段階がそのまま証明されたと説明することもできません。
脳の働きを説明した理論ではなく、社会の中で生きる人間の人格や役割の変化を読み解く理論だからです。
「正しいから残った」だけではなく、「問いを与えたから残った」
エリクソンの理論は、生涯にわたる発達を考えるうえで大きな影響を与えました。人格が社会的・文化的要因の影響を受けながら生涯を通して発達するという見方は、APAの心理学辞典でも理論の中心として説明されています。
ただし、八段階のすべてが、現在の科学によって完全に証明されているわけではありません。
段階が本当に八つに分かれるのか。
誰もが同じ順序を通るのか。
文化や社会が違っても、同じ課題が中心になるのか。
各段階の達成を、どのように測るのか。
こうした問題は、理論を評価するときに残ります。
それでもエリクソンの理論が現在まで読まれているのは、人の人生について考えるための問いを、分かりやすい形で示したからだと考えられます。
人は何歳まで発達するのか。
社会は、その人の心にどう関係するのか。
人生の後半には、どのような成長があるのか。
エリクソンの理論は、これらの問いに最終的な答えを出したわけではありません。
しかし、人の成長を子ども時代だけに閉じ込めず、生涯と社会の中で考える道を広げました。
次の段落では、この考え方を子育て、仕事、人間関係、自分自身の振り返りに、どのように役立てられるのかを具体的に見ていきましょう。
10.ライフサイクル理論を実生活で活かす方法
ここまで、エリクソンの八段階がどのような理論なのかを見てきました。
では、この理論を知ることは、実際の生活でどのように役立つのでしょうか。
大切なのは、自分や相手を無理に発達段階へ当てはめることではありません。
目の前の行動や悩みに対して、
「この人は、何を求め、何を怖がっているのだろう」
と、これまでとは違う問いを持つことです。
ここでは、エリクソンの考え方を、子育て、自分の悩み、仕事や人間関係、過去の振り返りに活かす方法を紹介します。
子育てでは「代わりにする前に、任せられる部分を探す」
子どもが自分で靴を履こうとすると、時間がかかります。
飲み物を注げば、こぼすかもしれません。
宿題をしていても、大人が答えを教えた方が早く終わります。
しかし、いつも大人が先回りすると、子どもが自分で試し、工夫する機会は少なくなります。
そこで、すべてを任せるのでも、すべてを代わりに行うのでもなく、
「どの部分なら、本人に任せられるだろう」
と考えてみます。
例えば、
- 上着は本人が着て、難しいボタンだけ手伝う
- 少量の飲み物から自分で注いでもらう
- 大人が答えを言わず、最初の一問だけ一緒に考える
といった方法があります。
APAは自律性対恥・疑惑の段階について、子どもが自分の速度で行動を学べると、自立心や自信を獲得しやすい一方、過度に批判的・保護的・一貫性のない関わりは、自分の能力への疑いにつながり得ると説明しています。
ただし、子どもの希望を何でも認めるという意味ではありません。
危険を防ぐ枠は大人が作り、その中に本人が選び、試せる余地を残します。
結果ではなく「何を変えたか」を聞く
子どもがテストや試合で思うような結果を出せなかったとき、
「もっと頑張りなさい」
だけでは、次に何をすればよいか分かりません。
その代わりに、
「前回と何を変えた?」
「難しかったところはどこ?」
「次は何を試してみたい?」
と聞いてみます。
本人が工夫した部分や、少し変化した点を具体的に確認することで、
「努力すれば必ず勝てる」
ではなく、
「工夫すれば、前とは違う結果になることがある」
と学びやすくなります。
進路の迷いは「早く消す」より「小さく試す」
子どもや若者が、
「何をしたいか分からない」
と言うと、大人は心配になります。
しかし、青年期に役割や価値観を試すことは、エリクソンが心理社会的モラトリアムとして論じた過程です。APAも、社会的役割を試すことのできる期間として説明しています。
迷っている人に対して、
「早く一つに決めなさい」
と迫るだけではなく、
「どの部分で迷っているの?」
と問いを分けてみます。
例えば、
- 興味はあるが、仕事にできるか不安
- 自分は望んでいるが、家族が反対している
- 選択肢をよく知らない
- 失敗して後悔することが怖い
では、必要な対応がそれぞれ違います。
興味があるなら、体験講座へ参加する。
仕事の内容が分からないなら、実際に働いている人へ話を聞く。
二つの進路で迷うなら、必要な費用や学ぶ内容を書き出す。
考えるだけで答えを出そうとせず、小さく試して判断材料を増やすことが役立ちます。
心理社会的モラトリアムは、何もしないまま無期限に決断を延ばすことではありません。
役割を試しながら、自分が何を選ぶのかを考える時間です。
悩みを「能力・関係・生き方」に分ける
悩んでいるときは、異なる問題が一つの大きな不安に見えることがあります。
例えば、
「職場で意見を言えない」
という悩みを考えてみましょう。
同じ行動でも、その理由は人によって違います。
能力への不安
「間違えて、仕事ができないと思われるのが怖い」
この場合は、必要な知識を調べる、事前に発言内容をメモする、小さな会議から発言する、といった準備が役立つかもしれません。
関係への不安
「反対意見を言ったら、上司に嫌われるのが怖い」
この場合は、能力よりも人間関係の問題が中心です。
伝え方を工夫する、信頼できる同僚へ相談する、意見と人格への否定を分けて考える、といった対応が考えられます。
生き方への迷い
「そもそも、この仕事を続けたいのか分からない」
この場合は、発言の練習だけでは解決しないかもしれません。
自分が仕事に何を求めているのか、現在の役割が自分の価値観と合っているのかを考える必要があります。
八段階の言葉は、「第何段階に失敗したか」を当てるためではなく、悩みをこのように分けるために使えます。
問題が分かれれば、次の行動も選びやすくなります。
親密さを「何でも受け入れること」と混同しない
親しい人から相談されると、
「支えてあげなければ」
と思うことがあります。
しかし、疲れていても毎回話を聞く。
嫌な頼みでも断れない。
相手の機嫌が悪いと、すべて自分の責任だと感じる。
このような状態では、関係を守るために自分の気持ちを見失っている可能性があります。
エリクソンがいう親密性は、自己を完全に失って相手と一つになることではありません。
現代の生活に置き換えるなら、親しい関係の中でも、
「今日は話を聞く余裕がない」
「手伝えるのはここまでです」
「私は違う考えを持っています」
と伝えることが必要な場合があります。
相手を拒絶するためではなく、関係を無理なく続けるための言葉です。
また、一人で過ごすことと、望まない孤立も同じではありません。
一人の時間を選び、休息や考えの整理に使うことは、関係を拒むこととは異なります。
後輩へは「答え」より「考え方」を渡す
仕事に慣れた人が後輩を教えるとき、
「自分と同じ方法でやってほしい」
と思うことがあります。
しかし、自分に合った方法が、相手にも合うとは限りません。
自分の経験を次の人へ渡すときは、
「私はこの方法でうまくいった」
と伝えたうえで、
「あなたなら、どの方法がやりやすい?」
と考える余地を残します。
例えば、失敗した後輩にすぐ答えを教える代わりに、
「どこまでは予定どおりだった?」
「どの時点で問題が起きた?」
「次に一つ変えるなら何?」
と尋ねます。
答えだけを渡せば、その場は早く終わります。
考え方を渡せば、相手が別の場面でも自分で判断しやすくなります。
世代性は、子育てだけでなく、仕事、関係、地域社会などで次の人へ経験をつなぐことにも表れます。成人期の研究でも、関係、仕事、地域への関与が心理社会的発達の重要な領域として扱われています。
役割が変わる前に「肩書き以外の自分」を増やす
仕事、子育て、介護など、一つの役割が生活の中心になることがあります。
その役割には意味がありますが、役割が終わったときに、
「自分には何も残っていない」
と感じる場合もあります。
退職や子どもの独立を迎えてから急に新しい生き方を探すのではなく、変化する前から次の問いを持っておくと役立ちます。
- 仕事以外で関心を持っていることは何か
- 肩書きがなくても続けたい関係はあるか
- 人に教えられる経験や技術は何か
- これから初めて学びたいことは何か
- 自分が役に立てる場所は職場以外にもあるか
大きな使命を見つける必要はありません。
月に一度、友人と会う。
趣味の記録を始める。
地域の活動を見学する。
学んだことを後輩へ残す。
一つの役割だけに自分の価値を集中させず、複数の関心や関係を育てておくことが、役割の変化へ備える方法になります。
過去の出来事と「自分は駄目だ」を分ける
過去の失敗を思い出すと、出来事そのものに、自分への評価が加わることがあります。
例えば、
発表の途中で言葉に詰まった
という出来事があったとします。
これは確認できる事実です。
しかし、そこから、
自分は人前で話す能力がない
自分はいつも失敗する
自分の意見には価値がない
という結論へ進んでいるかもしれません。
まず、事実と評価を分けます。
事実
- 発表中に言葉が止まった
- 質問にすぐ答えられなかった
- 一部の説明が伝わらなかった
評価
- 自分は能力がない
- 人前では必ず失敗する
- 周囲から軽蔑されたに違いない
二つを分けると、
- 準備時間が不足していた
- 質問への備えがなかった
- 緊張したときに見るメモがなかった
- 説明の順序が複雑だった
という、次に変えられる点が見つかることがあります。
過去を見直す目的は、失敗をなかったことにすることではありません。
変えられない出来事と、これから変えられる行動を区別することです。
昔作った結論を、小さな経験で確かめ直す
過去に意見を否定された人が、
「自分の考えを話すと嫌われる」
と思うようになることがあります。
その結論は、当時の環境では自分を守るために必要だったのかもしれません。
しかし、現在のすべての人間関係でも、同じ結論が当てはまるとは限りません。
そこで、安全な相手や場面を選び、小さく確かめ直します。
- 好きな食べ物について自分の希望を伝える
- 予定が合わない誘いを一度断ってみる
- 会議の前に、信頼できる同僚へ意見を話す
- 分からないことを一つ質問する
相手が意見を受け止めてくれれば、
「意見を言っても、必ず関係が壊れるわけではない」
という新しい経験になります。
反対に、危険な相手や威圧的な環境では、無理に試す必要はありません。
新しい経験を積むときにも、相手と状況を選ぶことが大切です。
実生活で使える四つの質問
八段階の名前をすべて覚えていなくても、次の四つを使えば悩みを整理できます。
1.私は、何を怖がっているのか
失敗、拒絶、孤立、責任、後悔など、恐れているものを具体的にします。
2.本当は、何を求めているのか
安心、自分で選ぶこと、認められること、深いつながり、新しい役割、人生への納得などを考えます。
3.今できる最も小さな行動は何か
質問する、調べる、練習する、断る、相談する、試すなど、実行できる大きさへ縮めます。
4.誰かの助けが必要ではないか
一人で考える問題なのか、家族、友人、職場、学校、相談機関などの助けが必要なのかを確認します。
エリクソンの理論を実生活で活かすとは、自分や相手を八つの箱に分類することではありません。
漠然とした悩みを、
「何が怖くて、何を必要とし、次に何ができるのか」
という具体的な問いへ変えることです。
理論が答えを出してくれるわけではありません。
しかし、自分を責めるだけだった状態から、次の小さな行動を考えられる状態へ移る手助けにはなるのです。
11.活用するメリットと、使いすぎるデメリット
エリクソンの理論は、自分や周囲の人を理解するための便利な視点です。
ただし、分かりやすいからこそ、何にでも当てはめたくなる危険もあります。
大切なのは、理論を「答え」として使うのではなく、これまで見えていなかった問いを見つけるために使うことです。
悩みを人生全体から眺められる
仕事で失敗したとき、
「自分には能力がない」
と考えるだけでなく、
「新しい役割に慣れようとしているのかもしれない」
「周囲との信頼関係を失うことが怖いのかもしれない」
と、別の角度から考えられます。
悩みがすぐに解決するわけではありません。
それでも、一つの出来事を自分の価値全体と結びつけず、人生の中で向き合っている課題として整理しやすくなります。
相手を評価する前に、背景を考えられる
子どもが何でも自分でやりたがる。
青年がなかなか進路を決められない。
後輩が失敗を恐れて動けない。
高齢の家族が昔の話を繰り返す。
行動だけを見れば、
「わがまま」
「優柔不断」
「やる気がない」
と感じることがあります。
しかし、ライフサイクルの視点を持つと、
「何を確かめようとしているのだろう」
「何を失うことが怖いのだろう」
と考える余地が生まれます。
理論だけで本人の気持ちを決めることはできませんが、すぐに否定せず、話を聞くきっかけにはなります。
大人になった後の変化にも目を向けられる
エリクソンの八段階では、青年期の後にも、親密性、世代性、自我統合という成人期のテーマが置かれています。
この見方に立つと、
「大人になったから、もう変われない」
と決めつけずに済みます。
新しい関係を築く。
仕事や地域で役割を見つける。
過去の経験を捉え直す。
こうした変化も、人生の発達として考えられます。
ただし、何歳でも努力だけであらゆる問題を解決できる、という意味ではありません。健康状態や生活環境、利用できる支援など、現実的な条件も重要です。
自分の役割や価値観を整理できる
現在の不満が、仕事の内容にあるのか。
人間関係にあるのか。
自分の価値観と役割のずれにあるのか。
経験を誰かへ渡せないことにあるのか。
このように悩みを分けると、選択肢も増えます。
すぐに仕事を辞める以外にも、担当を変える、相談する、学び直す、後輩の育成に関わるといった方法が見つかるかもしれません。
使いすぎると、理論が「採点表」になる
便利な理論を覚えると、
「この人は自律性が育っていない」
「自分は親密性に失敗した」
と評価したくなることがあります。
しかし、八段階は人物の優劣を決める尺度ではありません。
同じ人でも、安心できる相手には本音を話せる一方、職場では関係を築きにくいことがあります。
「できているか」ではなく、
「どの場面で、どのような難しさが起きているのか」
を見る方が役立ちます。
過去に一つの原因を求めすぎることがある
基本的信頼や自律性について知ると、
「親の関わりが悪かったから、現在の自分はこうなった」
と考えたくなる場合があります。
過去の環境が後の発達に関係する可能性はあります。
一方で、人の発達には、本人の特性、学校、友人、文化、社会状況、その後の関係や経験など、多くの要因が関わります。
過去の傷つきを無視する必要はありません。
ただし、一人の人物や一度の出来事だけを、現在のすべての原因と断定するのも慎重であるべきです。
現在の不調を、発達課題だけで説明しない
強い不安や落ち込みが続く。
眠れない。
食事が取れない。
学校や仕事へ行けない。
このような状態を、
「アイデンティティの問題だから」
とだけ説明すると、必要な支援を見逃す可能性があります。
エリクソンの八段階は、精神疾患や発達障害の診断基準ではありません。
身体の病気、睡眠、職場環境、暴力、いじめ、経済的な問題など、別の要因も確認する必要があります。
理論は「結論」より「質問」に使う
有効な使い方は、
「この人は第何段階なのか」
と当てることではありません。
「この人は今、何を守ろうとしているのだろう」
「どのような役割を求めているのだろう」
「何があれば、少し動きやすくなるだろう」
と考えることです。
ライフサイクル理論は、人物を分類する道具として使うと窮屈になります。
見落としていた背景を考えるために使うと、自分や相手への理解を広げられるのです。
12.誤解されやすい点と、エリクソン理論の限界
エリクソンの八段階は分かりやすく、自分の人生にも重ねやすい理論です。
しかし、一覧表だけを読むと、実際よりも単純な理論として受け取ってしまうことがあります。
まず、代表的な誤解を短く整理しましょう。
よくある五つの誤解
誤解1.一段階ずつ完全にクリアして進む
八段階には順序がありますが、一つの課題を完全に終えてから次へ進むゲームではありません。
以前のテーマが後の人生でも関係することや、複数のテーマが同時に現れることがあります。成人期の研究でも、前の発達課題が中年期以降まで関係し続ける可能性が論じられています。
誤解2.決められた年齢までに終えなければならない
各段階の年齢は、おおよその時期を示すものです。
生活環境や文化、人生上の出来事によって、問いが現れる時期や形は異なります。
誤解3.信頼や親密性だけが正しく、不信や孤立は悪い
エリクソンの対立概念は、単純な善悪の一覧ではありません。
慎重に相手を見極めることや、一人で休むことが必要な場面もあります。
誤解4.すべての人に同じ形で当てはまる
家族の形、働き方、性別役割、結婚観、宗教、文化、歴史的状況によって、発達上の問いの現れ方は変わります。
誤解5.心の病気や発達障害を診断できる
八段階は心理社会的な発達を考える理論であり、医療上の診断基準ではありません。
理論には、どのような限界があるのか
段階の境界がはっきりしていない
人の心は、誕生日を境に次の段階へ切り替わるわけではありません。
いつ一つの段階が始まり、いつ十分に解決されたのかを、明確に決めることは困難です。
この曖昧さは、人の複雑さを扱える長所でもありますが、科学的に検証するときには難しさになります。
八段階全体を、同じ基準で測ることが難しい
アイデンティティ、親密性、世代性などについては、それぞれを調べる質問紙や研究があります。
一方で、八段階すべてを一つの統一的な方法で測定し、
「この人は第何段階を何%達成した」
と客観的に判断できる、広く合意された方法があるわけではありません。
青年期のアイデンティティと、その後の親密性・世代性・自我統合との関連を示す研究はあります。しかし、八段階全体の順序と因果関係を直接検証した研究は限られています。
現代の人生は、八段階だけでは捉えきれない
エリクソンの理論は、20世紀に形づくられました。
現在では、進学期間の長期化、転職、再教育、未婚や再婚、移住、長寿化など、人生の進み方がさらに多様になっています。
例えばアーネットは、10代後半から20代を、青年期とも本格的な成人期とも異なる「成人形成期」として捉える理論を提案しました。
これは、エリクソンが間違っていたという意味ではありません。
現代の人生を理解するには、八段階だけでなく、後に提案された理論や研究も組み合わせる必要があるということです。
文化によって「望ましい発達」の形が異なる
エリクソンは社会や文化を重視しましたが、理論が生まれた歴史的背景から完全に自由だったわけではありません。
個人で進路を決めることを重視する社会もあれば、家族や共同体との関係を重視して役割を選ぶ社会もあります。
子どもを持つこと、結婚すること、仕事を続けることなども、すべての人に共通する人生の基準ではありません。
そのため、
「この文化では、この発達テーマはどのような形で現れるのか」
と問い直す必要があります。
段階モデルは、人生を整いすぎて見せることがある
八段階は全体像を理解するには便利です。
一方で、実際の人生には、立ち止まること、役割を失うこと、複数の課題へ同時に向き合うことがあります。
アイデンティティや親密性などが、成人後も直線的ではなく変化することを示す縦断研究もあります。
段階表は人生を読む地図ですが、実際の人生そのものではありません。
限界があっても、学ぶ価値はある
エリクソンの理論は、人の一生を完全に説明する最終回答ではありません。
それでも、
- 子どもだけでなく成人期・老年期にも目を向けた
- 人格と社会・文化との関係を示した
- 人生の悩みを考えるための共通言語を与えた
という点で、大きな影響を残しました。APAも心理社会的発達を、社会的・文化的要因に影響される生涯にわたる人格発達として位置づけています。
大切なのは、八段階を信じるか否定するかの二択にしないことです。
役立つ視点として使いながら、説明できない部分も残す。
その距離感を持つことで、エリクソンの理論を、古い決まりではなく、人の生涯を考えるための出発点として活用できます。
13.おまけコラム
過去の心の課題は、大人になってから向き合い直せる?
子どものころ、人前で失敗して笑われた。
自分の意見を言うたびに、否定された。
誰かを信じたのに、傷つけられた。
そのような経験があると、
「もっと安心できる環境で育っていたら、今の自分は違ったのだろうか」
と考えることがあります。
では、過去の心の課題は、大人になってから向き合い直せるのでしょうか。
過去の出来事そのものは、書き換えられない
まず、起きた出来事をなかったことにはできません。
傷ついた経験を、
「本当は大したことではなかった」
と思い込む必要もありません。
過去を前向きに捉えようとして、つらさまで小さく扱ってしまえば、かえって自分の気持ちを置き去りにすることがあります。
大切なのは、過去を無理に美しい話へ変えることではありません。
その出来事だけで、現在の自分の可能性まですべて決めないこと
です。
出来事は同じでも、「意味」は変わることがある
子どものころに発表で失敗した人が、
「人前で話すと、必ず笑われる」
と思うようになったとします。
その結論は、当時の自分を守るためには必要だったのかもしれません。
しかし、大人になってから、話を最後まで聞いてくれる人に出会うことがあります。
失敗しても、一緒に改善点を考えてくれる職場へ移ることもあります。
自分が後輩の発表を支える立場になる場合もあるでしょう。
すると、過去の失敗は、
「自分に能力がない証拠」
だけではなく、
「人が安心して挑戦できる環境の大切さを知った経験」
としても捉えられるようになるかもしれません。
起きた出来事は同じです。
変わる可能性があるのは、その出来事を人生の中でどのように位置づけるかです。
大人の自分には、当時なかったものがある
子どものころには、置かれる環境や関わる人を自由に選べないことがあります。
嫌なことを嫌だと言う言葉を、まだ持っていなかったかもしれません。
助けを求められる相手も、知らなかったかもしれません。
しかし、大人になった現在は、当時とは条件が異なります。
関わる人を選ぶ。
距離を置く。
助けを求める。
学び直す。
自分の気持ちを言葉にする。
過去にはできなかった選択が、現在ならできる場合があります。
同じような問いに再び出会ったとしても、向き合うのは、当時のままの自分ではありません。
「未達成の宿題を完全に終わらせる」とは限らない
ここで注意したいのは、
「幼いころの課題を、大人になって完全にクリアできる」
と単純に考えないことです。
人を信じられるようになっても、裏切られることを怖いと感じる場合があります。
自信を持てるようになっても、新しい環境では再び不安になります。
過去を受け入れたと思った後に、同じ出来事を思い出して悲しくなることもあります。
それは、向き合い直しに失敗したという意味ではありません。
心の課題は、終わったら二度と現れない宿題というより、人生の状況に応じて何度も答え方を考える問いに近いものです。
「完全に克服したか」ではなく、
「以前とは違う方法で、この問いに向き合えるようになったか」
と考える方が、現実に近いでしょう。
「育て直し」という言葉をどう考える?
心理学や子育てに関する文章では、「心の育て直し」という言葉を目にすることがあります。
この表現によって、
「今からでも変化する可能性がある」
と希望を持てる人もいるでしょう。
一方で、
「正しい関係を経験すれば、過去の傷が完全に治る」
という意味で受け取ると、期待が大きくなりすぎることがあります。
エリクソンの理論そのものが、「育て直し」という決まった治療法を提示したわけでもありません。
そのため本記事では、育て直しを、
過去を消すことではなく、新しい関係や経験を通して、自分や世界についての捉え方を少しずつ見直すこと
という広い意味で考えます。
人生は「書き直し」よりも「再編集」に近い
過去に書かれた文章を、すべて消して最初から書き直すことはできません。
しかし、新しい章を書き加えることはできます。
昔の出来事を、現在の視点から読み直すこともできます。
以前は、
「自分は失敗した」
だけで終わっていた出来事に、
「それでも、その後に学び直した」
「同じ思いをする人を支えられるようになった」
という続きが加わるかもしれません。
過去に向き合い直すことは、人生を最初からやり直すことではありません。
これまでの章を残したまま、物語全体の意味を再編集していくこと
なのです。
さらに知りたい人へ|実は「第9段階」も提案されている
エリクソンの理論は、基本的には八段階として知られています。
しかし、エリクソンの妻であり、長年の共同研究者でもあったジョーン・M・エリクソンは、80代・90代という非常に高齢の時期に生じる課題を考え、後に「第9段階」を提案しました。
1997年(平成9年)に刊行された『The Life Cycle Completed』の増補版には、ジョーンによる第9段階の章が加えられています。NCBIの解説では、第9段階は長寿によって生じる新たな困難を扱い、それ以前の八つの課題が改めて関係する段階として紹介されています。
例えば、高齢になると、身体機能の低下によって、以前は自分でできていたことに助けが必要になる場合があります。
すると、自律性、信頼、アイデンティティなど、過去に向き合ったテーマが、老年期の現実の中で再び問い直されます。
ただし、第9段階は、エリク・H・エリクソンが最初に示した八段階とは区別する必要があります。
八段階の後に広く確立された正式な標準段階というより、ジョーン・エリクソンが超高齢期の経験を踏まえて加えた発展的な提案として理解するのが適切です。
14.まとめ
人の心は、大人になってからも発達していく

エリクソンの心理社会的発達理論は、人の心が子ども時代だけで完成するのではなく、成人期や老年期を含め、生涯を通して変化していくと考える理論です。
エリクソンは、人の一生に現れやすい心理社会的なテーマを、八つの段階に整理しました。
そこには、
- 人や世界を信じられるか
- 自分で選び、行動できるか
- 自分から何かを始められるか
- 努力によって力を身につけられるか
- 自分は何者なのか
- 他者と深い関係を築けるか
- 次の世代や社会へ何を渡せるか
- 自分の人生を受け入れられるか
という、人生を通して出会う問いが示されています。
ただし、八段階は、決められた年齢までに課題を終わらせるための表ではありません。
人の発達は、
「できた・できなかった」
「合格・不合格」
と簡単に分けられるものではないからです。
年齢区分はおおよその目安であり、同じ人の中でも、複数のテーマが重なることがあります。
子どものころに向き合った問いが、仕事、恋愛、子育て、転職、退職などをきっかけに、別の形で再び現れる場合もあります。
過去の経験が、その後の人生に影響する可能性はあります。
しかし、過去だけで未来のすべてが決まるわけではありません。
新しい人との出会い。
失敗した後に学び直した経験。
誰かに助けてもらった経験。
今度は自分が誰かを支えた経験。
そうした出来事を通して、自分や他者、人生についての捉え方が変化することがあります。
エリクソンの理論は、人を八つの箱へ分類するためのものではありません。
自分が今どのような問いと向き合い、これまでの経験が現在へどうつながっているのかを考えるための地図です。
地図は、歩くべき道を一つに決めるものではありません。
現在地を確かめ、別の道があることに気づくために使うものです。
心の成長とは、何でも一人でできるようになることなのか
心の成長というと、
「強くなること」
「迷わなくなること」
「誰にも頼らず、一人で生きられるようになること」
を想像するかもしれません。
しかし、本当の成長は、それだけではないのではないでしょうか。
人を信じること。
自分の弱さや限界を認めること。
分からないときに質問すること。
つらいときに助けを求めること。
大切な人との違いを認めながら、関係を続けること。
自分が得た知識や経験を、次の人へ渡すこと。
後悔を消すのではなく、後悔も含めて自分の人生を見つめること。
こうした姿もまた、心の成長と呼べるのかもしれません。
自立とは、何でも一人で行うことではありません。
自分で考え、必要なときには人の力を借りながら、自分の人生に関わっていくことです。
そして成熟とは、弱さを完全になくすことではなく、弱さを抱えた自分や他者と、どのように付き合っていくかを学ぶことなのだと思います。
悩みは「成長できていない証拠」とは限らない
人生の中で迷うと、
「まだ自分は未熟なのではないか」
「ほかの人より遅れているのではないか」
と不安になることがあります。
しかし、その迷いは、自分が大切にしたいものや、これからの役割を考え始めたからこそ生まれているのかもしれません。
もちろん、悩みがあるだけで自動的に成長できるわけではありません。
それでも、悩みをただ消そうとするのではなく、
「この悩みは、自分に何を問いかけているのだろう」
と考えることで、次に必要な行動が見えてくる場合があります。
練習が必要なのか。
誰かへ相談する必要があるのか。
自分の価値観を考え直す必要があるのか。
これまでの役割を手放し、新しい役割を探す時期なのか。
問いが具体的になると、漠然とした自己否定から少し離れられます。
あなたは今、どのような問いと向き合っていますか?
最後に、自分自身へ三つの質問をしてみてください。
あなたは今、どのような心の問いと向き合っていますか?
人を信じること。
自分で決めること。
努力を続けること。
自分らしさを見つけること。
誰かと深く関わること。
次の人へ何かを渡すこと。
これまでの人生を受け入れること。
現在の悩みの奥には、どのような問いがあるでしょうか。
昔と形を変えて、再び現れている悩みはありますか?
子どものころには言葉にできなかった問いへ、今の自分なら、どのような答えを返せるでしょうか。
あなたが得た経験を、次に誰へ渡したいですか?
特別に大きなことを残す必要はありません。
失敗から学んだことを誰かへ話すことも、困っている人へ小さな助言をすることも、次の人へ経験を渡す行為です。
人の心は、ある年齢で完成するものではありません。
迷い、出会い、失い、選び直しながら、私たちは何度も自分と人生を捉え直します。
エリクソンの八段階は、その複雑な人生に一つの見方を与えてくれます。
ただし、それが唯一の答えではありません。
この理論を自分や他者を採点するためではなく、
「これから、どのように生きたいのか」を考えるための出発点
として役立ててみてください。
15. 疑問が解決した物語
「昔と同じ自分」ではなかった
エリクソンのライフサイクル理論について知った後、ミサキさんは、会議で感じた苦しさをもう一度振り返りました。
以前のミサキさんなら、
「私は昔から失敗に弱い」
「大人になっても、何も変わっていない」
と考えていたでしょう。
けれど今は、少し違う見方ができました。
小学生のころ、人前で間違えて笑われた経験は、確かに現在の不安と無関係ではないかもしれません。
しかし、その経験だけで、今の自分のすべてが決まっているわけではありません。
当時の自分には、失敗した後に何をすればよいのかを考える言葉も、助けを求める方法もありませんでした。
けれど、今の自分にはあります。
「昔と似た不安を感じている。でも、昔と同じ自分ではない」
ミサキさんは、そう考えました。
翌日、ミサキさんは修正中の企画書を持って、後輩の席へ向かいました。
「昨日、手伝うと言ってくれたよね。説明が分かりにくいところを、一緒に見てもらってもいい?」
後輩は少し驚いた後、明るく答えました。
「もちろんです」
以前のミサキさんは、後輩に弱いところを見せれば、指導する立場としての信頼を失うと思っていました。
しかし、一緒に企画を見直してみると、後輩から新しい意見が出ました。
ミサキさんも、自分が失敗した点だけでなく、これまで身につけてきた知識を後輩へ伝えることができました。
助けを求めることと、誰かを育てることは、反対ではなかったのです。
自分一人で完璧にできなくても、経験を分け合うことはできます。
その日の夜、娘はまだ進路希望の紙を前にしていました。
ミサキさんは、すぐに答えを決めさせる代わりに尋ねました。
「何も決まっていないというより、いくつか気になるものがあって迷っているのかな?」
娘は少し考えてから話し始めました。
「絵を描く仕事には興味がある。でも、本当に仕事にできるか分からない。安定した仕事の方がいいのかなって思う」
以前なら、
「まずは現実的な進路を考えなさい」
と言っていたかもしれません。
しかし、ミサキさんは、迷うこと自体が失敗とは限らないと知りました。
「すぐに一つへ決めなくてもいいんじゃないかな。まず、その仕事について調べたり、体験できる場所を探したりしてみようか」
娘は、少し安心したようにうなずきました。
答えを代わりに決めるのではなく、考えるための材料を一緒に探す。
それも、親から次の世代へ渡せるものの一つなのだと、ミサキさんは気づきました。

ミサキさんの失敗への恐れが、すべて消えたわけではありません。
次の会議でも、指摘を受ければ胸が苦しくなるかもしれません。
けれど、そのたびに、
「この不安は、私が未熟だから現れたのではない」
「今の自分には、相談することも、学び直すことも、別の受け止め方を選ぶこともできる」
と考えられます。
心の成長とは、二度と迷わなくなることではないのかもしれません。
昔と似た問いに出会ったとき、今の自分が持っている経験や言葉を使い、以前とは違う答えを選べるようになること。
一人で何でも抱えるのではなく、人を信じて助けを求めること。
自分が学んだことを、次の人へ渡していくこと。
それもまた、大人になってから続いていく心の発達です。
あなたにも、昔と形を変えて、現在の生活に現れている悩みはあるでしょうか。
もしあるとしたら、当時の自分にはなかった何を、今のあなたは持っているでしょうか。
そして、これまでの経験から得たものを、次に誰へ渡したいですか。
16. 文章の締めとして

人生を振り返ると、
「あのとき、もっと違う選択ができたのではないか」
「どうして今でも、同じことで悩んでしまうのだろう」
と思うことがあります。
けれど、迷いや不安が再び現れることは、何も成長していない証拠ではありません。
昔と似た問いの前に立っていても、今の自分には、当時とは違う経験があります。
言葉があります。
助けを求められる人がいるかもしれません。
そして、自分が受け取ったものを、今度は誰かへ渡すこともできます。
人生は、すべての悩みを一度で解決しながら進むものではないのでしょう。
同じような問いに何度も出会い、そのたびに少し違う考え方や行動を選びながら、自分なりの答えを作っていくものなのかもしれません。
この記事が、ご自身や大切な人を「できているか、できていないか」で判断するのではなく、
「今、どのような問いと向き合っているのだろう」
と、少し立ち止まって考えるきっかけになれば幸いです。
補足注意
本記事は、著者が個人で確認できる範囲の書籍や公開資料をもとに、心理学におけるライフサイクルの考え方と、その代表的な理論の一つであるエリクソンの心理社会的発達理論を、分かりやすく整理したものです。
人の発達を説明する理論は、エリクソンの八段階だけではありません。また、一つの理論が、すべての人の人生や悩みに同じ形で当てはまるわけでもありません。
心理学の研究は現在も続いており、今後の研究によって、これまでの理解が見直されたり、新しい知見が加わったりする可能性があります。
なお、エリクソンの理論は、自分や他者を理解するための一つの視点であり、精神疾患や発達障害などを判断する診断基準ではありません。

🧭 本記事のスタンス
この記事は、
「これが唯一の正解です」
と結論を決めるためではなく、読者が自分や周囲の人の人生に関心を持ち、さらに調べ、考えるための入り口として書いています。
エリクソンの理論を一つの参考にしながら、別の発達理論、現代の研究、文化や生活環境による違いなど、さまざまな立場からの視点も大切にしてください。
一つの理論へ無理に自分を当てはめるのではなく、自分にとって役立つ部分と、当てはまらない部分の両方を考えることが、人の心をより丁寧に理解することにつながります。
この記事で生まれた「問い」を、そのままにせず、さらに深い文献や資料で一つずつ「解いて」みてください。エリクソンの八段階という地図を手に、その先の学びへ歩き出すことで、人生を見る道は、きっと今よりも広く、深く見えてくるはずです。
最後まで読んでいただき、
本当にありがとうございました。
「心の成長とは、迷わなくなることではなく、迷いながらも今の自分にできる答えを選び直していくことなのだと、教えてくれているのかもしれません。」


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