犬は昔『びよ』と鳴いていた?『ワンワン』の歴史と『いぬ』の語源をやさしく解説

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『びよ』『びょうびょう』『ワンワン』から読み解く、人と犬と言葉の歴史

『犬』は昔『びよ』と鳴いていた?
『ワンワン』の歴史と『いぬ』の語源をやさしく解説

代表例

スマホで雑学を見ていたとき、
「昔の犬は『ワンワン』ではなく『びよ』と鳴いていた」と出てきて、
思わず「えっ、本当なの?」と検索したことはありませんか。

犬はあまりにも身近な動物です。
だからこそ、いつもの「ワンワン」が、昔は別の言葉で書かれていたと知ると、急に気になります。

しかも話はそれだけではありません。
「いぬ」という名前まで、鳴き声と関係しているかもしれない。
そう聞くと、ただの豆知識では終わらなくなります。

ではまず、遠回りせずに結論から見ていきましょう。

1分で分かる結論

昔の犬の鳴き声として、資料の上でよく話題になるのは「びよ」「びょうびょう」です。
平安時代の『大鏡』には犬の声が「ひよ」と記され、東京大学の解説では実際には濁音の「びよ」とみられています。さらに辞書系の整理では、江戸時代初期以降に「べうべう(びょうびょう)」、室町末〜近世初には「わんわん」の例も確認できます。つまり、犬の声は単純に「昔はびよ、今はワンワン」と一本で変わったというより、人がどう聞いて、どう文字にしたかが時代で違っていたと考えるほうが正確です。

また、「いぬ」の語源は一つに確定していませんが、一般向けに説明しやすい有力な見方として、平安時代の辞書に見える**「ヱヌ(当時はウェヌに近い発音)」や、江戸時代の小山田与清が述べたうなり声「ウヱヌウヱヌ」由来説**がよく紹介されます。

小学生にもスッキリわかる答え

昔の犬だけが、今とまったく別の声で鳴いていた、
と決まったわけではありません。

そうではなく、
昔の人が犬の声を、今とは少しちがう言葉で書いていた
と考えると分かりやすいです。

たとえば同じ音でも、
ある人には「ワン」に聞こえ、
別の人には「ビヨ」に聞こえることがあります。

そして「いぬ」という名前も、
鳴き声と関係しているかもしれませんが、
まだ「これで決まり」とは言い切れません。

ここからは、その不思議を一つずつほどいていきます。

1. 今回の現象とは?

犬の鳴き声といえば、今は「ワンワン」が当たり前です。
国立国語研究所の解説でも、「わんわん」は犬の声を表す擬声語(ぎせいご)、つまり声をまねした言葉の代表例として挙げられています。さらに同研究所の公開辞書では、「わんわん」は犬の小児語、つまり子ども向けのやわらかい呼び方としても載っています。

だからこそ、
「昔は『びよ』だったらしい」
「いや、『びょうびょう』とも言ったらしい」
そんな話を見かけると、急に頭の中に「?」が浮かびます。

このようなことはありませんか。

  • 雑学動画やSNSで「昔の犬はワンワンじゃなかった」と見て、気になったままになっている
  • 子どもに「犬って昔もワンワンだったの?」と聞かれて、答えに困った
  • 「いぬ」という言葉は鳴き声から来た、と聞いたけれど、どこまで本当か分からない
  • 「びよ」「びょうびょう」という昔の表現を見て、同じ犬なのに別の生き物みたいだと感じた

こうした疑問は、とても自然です。

なぜならこの話は、
ただの動物の鳴き声の話ではなく、
言葉の歴史人の感じ方の話でもあるからです。

キャッチフレーズ風に言うなら、こうです。

昔の犬は本当に「ワンワン」ではなかったの?
犬の鳴き声は、どうして時代によって違って見えるの?
「いぬ」という言葉は、鳴き声から生まれたって本当?

この記事では、この3つの疑問に対して、
資料で確かめられること
まだ言い切れないことを分けながら、丁寧に答えていきます。

読むメリットは、
「へえ」で終わる雑学を、
人に説明できる知識に変えられることです。

では次に、
この疑問がふと心に浮かぶ場面を、もっと身近な物語としてたどってみましょう。

2. 疑問が浮かんだ物語

夕食のあと、
小学生の子どもが、国語の授業で習ったオノマトペの話をし始めました。

「ねえ、犬って昔もワンワンだったの?」

その一言に、手が止まります。

たしかに今は、犬といえばワンワンです。
でも、もし昔の人が「びよ」と聞いていたなら、
同じ犬の声なのに、時代をまたぐだけで別の音に見えてしまいます。

「じゃあ、犬っていう名前も鳴き声から来たの?」
「昔の犬は今と違う声だったの?」
「どうして今はワンワンなの?」

そう聞かれると、
知っているつもりだったのに、急に足元がふわっとする感覚になります。

毎日当たり前に耳にしている犬の声。
それなのに「昔はどうだったのか」と聞かれた瞬間、
その当たり前が、少しだけ遠く、少しだけ不思議に見えてきます。

もしかすると、変わったのは犬の声そのものではなく、
人が音を受け取る言葉の形なのかもしれない。

でも、それは本当にそうなのでしょうか。

そんなふうに考え始めると、
ただの豆知識だったはずの話が、
急に「ちゃんと確かめたい謎」に変わっていきます。

では次に、
遠回りせず、その答えをはっきり見ていきましょう。

3. すぐに分かる結論

お答えします。

今回いちばん大切なのは、
「昔の犬の鳴き声は『びよ』『びょうびょう』とも書かれていた」ことは資料にのりやすいが、犬の語源まで一本で断定はできない、という点です。

まず鳴き声についてです。
東京大学の解説では、『大鏡』の「ひよ」は実際には濁音の**「びよ」とみられています。さらに『日本国語大辞典』系の整理を引く記事では、犬の遠吠えとして「べうべう(びょうびょう)」が江戸時代初期の『狂言記』以降に見え、「わんわん」**は『虎明本狂言・犬山伏』の例が現在のところ古いものとされています。

つまり、
「昔はびよ、あとからわんわん」
という大まかな流れは見えます。

ただし、これは
犬そのものが別の生き物のような声に変わった
という意味ではありません。

より正確に言えば、
犬の声を、人がどの音として聞き取り、どう文字に置き換えたかが時代で変わった
ということです。東京大学の解説でも、「わん」と記すのは主に近世以降で、愛玩犬が増える中、人が耳にする鳴き声そのものが変化した影響もあると述べられています。

次に「いぬ」の語源です。
ここは、鳴き声由来説を含めて複数説があるのが実情です。
『日本国語大辞典』の整理では、鳴き声説のほかに、「遠くからでも飼い主のもとへイヌル」説、「家に寝る」意味のイヌル説、「イヘ(家)」に関係づける説、古語エヌからの転などが挙げられています。

その中で、いちばん読者に説明しやすい有力な見方は、
平安時代の辞書『和名類聚抄』に出る**「ヱヌ」と、江戸時代の小山田与清が述べたうなり声「ウヱヌウヱヌ」由来説**です。飯間浩明さんの解説でも、「びよ」そのものは「いぬ」の語源の手がかりにはなりにくく、むしろ「ヱヌ(ウェヌ)」のほうが筋道として分かりやすいと説明されています。

噛み砕いていうなら、
今回の謎の正体は、
「昔の犬の声」そのものより、昔の人が犬の声をどう聞き、どう言葉にしたかにあります。

ここまでで大まかな結論は見えてきました。
ただ、「じゃあこれはどうなの?」と感じる疑問は、まだいくつも残るはずです。
ここでは、読者がつまずきやすいポイントを、先に短く整理しておきます。

3.5. 「犬の鳴き声」と「いぬの語源」の気になる疑問を先に解決

よくある質問

Q1. 昔の犬は本当に「びよ」と鳴いていたの?

A.「昔の犬はみんな“びよ”と鳴いていた」とまでは言い切れません。
ただ、平安時代の『大鏡』では犬の声が「ひよ」と書かれ、東京大学の解説では実際には濁音の「びよ」とみられています。
つまり、昔の人が犬の声を“びよ”のように聞き取って記した資料はある、というのが正確です。

Q2. 「びよ」から今の「ワンワン」に変わったの?

A.単純に一本線で変わった、とまでは言えません。
資料上は「ひよ/びよ」「べうべう・びょうびょう」「わんわん」など複数の表記が見えます。
犬の声そのものが変わったというより、人がどう聞いて、どう書いたかが時代で違っていたと考えるほうが自然です。

Q3. 「いぬ」の語源は鳴き声で決まりなの?

A.決まりではありません。
鳴き声由来説のほかに、「イヌル(家に寝る)」に結びつける説、「イヘ(家)」に関係づける説、「エヌ」から転じたとみる説など、複数の説があります。
鳴き声説は有力な見方の一つですが、唯一の正解ではありません。

Q4. では、語源の説明でいちばん分かりやすいのはどれ?

A.一般向けに説明しやすいのは、『和名類聚抄』に見える「ヱヌ(ウェヌ)」と、小山田与清の「ウヱヌウヱヌ」説です。 飯間浩明さんも、「びよ」より「ヱヌ(ウェヌ)」のほうが音のつながりとして理解しやすいと紹介しています。 ただし、これも有力説の一つです。

Q5. 「インイン説」は本当なの?

A.「イン」という語形は方言として確認できますが、それだけで昔の犬の鳴き声が全国的に“インイン”だったとは言えません。
このテーマでは、「方言の呼び名」と「古い鳴き声表記」を混ぜないことが大切です。
記事では、資料にのりやすい「びよ」「びょうびょう」を中心に見るのが安全です。

Q6. なぜ今は「ワンワン」が普通なの?

A.はっきり一つの理由に決めることはできません。
ただ、東京大学の解説では、近世以降に「わん」と記す例が増え、背景に愛玩犬の増加があった可能性も示されています。
人と犬の距離の変化が、聞こえ方や表し方にも影響したのかもしれません。

Q7. 「わんわん」は鳴き声だけの言葉なの?

A.いいえ。
国立国語研究所の公開辞書では、「わんわん」は犬の小児語としても扱われています。
つまり「わんわん来たよ」のように、犬そのものをやわらかく呼ぶ言葉としても使われます。

Q8. 世界でも犬は「ワンワン」と聞こえるの?

A.世界共通ではありません。
言語ごとに音の仕組みが違うため、英語では woof、スペイン語では guau guau、イタリア語では bau bau のように表されます。
犬の声が違うというより、人間の言語が違う形で受け取っていると考えると分かりやすいです。

Q9. 犬の鳴き声には本当に意味があるの?

A.現代の研究では、犬の鳴き声には場面・感情・個体差の情報が含まれている可能性が示されています。
人間が場面をある程度当てられた研究や、犬自身が他の犬の吠え声から場面や個体差を聞き分けた研究もあります。
「ワンワン」は、ただの騒音ではないかもしれません。

Q10. この話を子どもにどう説明すればいい?

A.いちばん自然なのは、
「昔の犬だけが今とまったく別の声だったと決まったわけじゃないけれど、昔の人は犬の声を今とは少し違う言葉で書いていたみたいだよ」
という説明です。
断定しすぎず、でも興味は残せる言い方です。

疑問がすっきりすると、この先の話はもっと面白くなります。
ではここから、古い資料に出てくる「びよ」や「びょうびょう」が、どんな背景の中で生まれたのかを、もう少し丁寧にたどっていきましょう。

ここから先は、
その「びよ」と「わんわん」の距離、
そして「いぬ」という名前の手がかりを、もう少し深く見ていきましょう。

4. 昔の犬はなぜ「びよ」と聞かれたのか

鳴き声の歴史をやさしく整理

まず押さえたいのは、
「ワンワン」は自然そのものの音ではなく、人間が音を言葉にしたものだということです。
国立国語研究所では、「犬がわんわん鳴く」の「わんわん」を、擬音語・擬声語の代表例として説明しています。

そして、昔の資料を見ると、その表し方は今とは少し違います。

平安時代の『大鏡』では犬の声が「ひよ」と書かれ、東京大学の解説では実際には濁音の「びよ」と考えられています。さらに辞書系の整理では、江戸時代初期の『狂言記』以降に「べうべう(びょうびょう)」が見え、室町末〜近世初の『虎明本狂言・犬山伏』には「いぬわんわん」という例が確認されています。

ここから分かるのは、
昔の犬の声を表す言葉が、現代の「ワンワン」一色ではなかったことです。

しかも東京大学の解説では、
平安時代の犬は、今のような室内のペットというより、外にいる番犬や野犬として意識されることが多かったとされています。首にひもをつけた愛玩動物として目立つようになるのは、安土桃山期に洋犬がもたらされた後だとも説明されています。

ここはとても面白いところです。

人と犬の距離が変われば、
耳に入りやすい鳴き方も、感情の乗せ方も変わるかもしれません。
東京大学の記事でも、「わん」と記すのは主に近世以降で、愛玩犬が増える中で、人が耳にする鳴き声そのものが変化した影響もあるとされています。

つまり、
「びよ」から「わん」への変化は、犬だけの変化ではなく、人と犬の関係の変化でもあった可能性があるのです。

では次に、
「いぬ」という名前は、この鳴き声とどこまで関係するのかを見ていきましょう。

5. 「いぬ」の語源で、いちばん説明しやすい説は何か

鳴き声由来説はある。ただし、まだ一つに決まってはいない

「いぬ」の語源については、
ネットではしばしば
「犬の鳴き声から来た言葉です」
と、ひとまとめに説明されます。

たしかに、そう考えたくなる気持ちはよく分かります。
犬の鳴き声と、犬という名前。
この二つがつながっていたら、とても面白いからです。

ただ、資料を丁寧に見ていくと、
「いぬ」の語源は一つに決まっているわけではありません。

『日本国語大辞典』系の整理では、
鳴き声に由来すると見る説のほかにも、
「イヌル(家に寝る)」に結びつける説
「イヘ(家)」に関係づける説
古い語形「エヌ」から転じたとみる説など、
いくつもの考え方が並んでいます。
つまり、「いぬ」は昔から人にとても近い動物だったからこそ、
その名前についても、さまざまな説明が考えられてきたのです。

その中で、読者に比較的筋道が見えやすく、
「なるほど」と理解しやすい見方として知られているのが、
「ヱヌ(ウェヌ)」から「いぬ」へつながった
と考える説です。
この考え方を、一般向けにとても分かりやすく紹介しているのが、
国語辞典編纂者の飯間浩明(いいま ひろあき)さんです。
飯間さんは『三省堂国語辞典』編集委員として、日本語の言葉の使われ方を集め、辞書づくりに長く関わってきた日本語の専門家です。

飯間さんの解説では、
平安時代の辞書『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』に、
子犬を表す「狗」の訓として
「ヱヌ」
という形が見えることが紹介されています。
ここでの「ヱ」は、今の「エ」とは少し違い、
当時は**「ウェ」**に近く発音されていたと考えられています。
つまり、「ヱヌ」は今の感覚でいえば、
**「ウェヌ」**に近い響きだった可能性があるのです。

さらに飯間さんは、
江戸時代の国学者
小山田与清(おやまだ ともきよ)
の説も取り上げています。
小山田与清は『松屋叢考(まつのやそうこう) 歌詞考』の中で、
「いぬ」や「ゑぬ」は、もともと犬のうなり声のような
「ウヱヌウヱヌ」
から来た呼び名だと記しています。
そして飯間さんは、
犬が昔「びよ」と鳴いていたとしても、
「びよ」では「いぬ」と音が少し離れすぎていて、語源の手がかりとしては弱い一方、
「ヱヌ(ウェヌ)」なら音のつながりが見えやすい
と説明しています。

この説に立つと、
昔の人は犬の声を、今の「ワン」に近い音としてだけではなく、
**「ウェン」や「ウェヌ」**に近い響きとして受け取っていた、
と考えることができます。
そして、その聞こえ方が
「ゑぬ」という言葉になり、
やがて成犬を表す形として
「いぬ」
が広く使われるようになった、
そんな流れも見えてきます。

もちろん、ここは大切なところですが、
この説が唯一の正解と決まっているわけではありません。

あくまで、
複数ある語源説の中でも
音のつながりをたどりやすく、読者に説明しやすい有力な見方の一つ
という位置づけです。
だからこそ、この話は面白いのです。
ぴたりと一つに決まらないからこそ、
昔の人の耳や言葉の感覚を、こちらも想像しながらたどることができます。

では次に、
こうした「犬の鳴き声の歴史」や「いぬの語源」の話を、
世の中に広く知らしめた研究者たちを見ていきましょう。

6. この話は、誰が広めたのか

山口仲美さんと、先行研究の流れ

このテーマを一般の読者に広く印象づけた人物として外せないのが、
日本語学者の山口仲美(やまぐち・なかみ)さんです。
山口さんは公式サイトで埼玉大学名誉教授
と紹介されており、著作集でも「犬は『びよ』と鳴いていた」という章題で、獣の声を写す言葉の推移とその原因を追究したことが案内されています。

また、飯間浩明さんの解説でも、
犬の声が昔は「びよびよ」「びょうびょう」と聞きなされていたという話は、山口仲美さんの本で有名になったと説明されています。

一方、論文ベースで犬の鳴き声の歴史表記を追った先行研究として確認できるのが、
**音誠一(おと・せいいち)**さんの1977年の論文
**「犬の鳴声『わんわん』『びょうびょう』について」**です。
この論文は、金沢大学のリポジトリと国立国語研究所の文献データベースの両方で確認できます。

つまりこのテーマは、
単なるネット雑学ではなく、
辞書・古典・論文・一般向け日本語学の本が重なって広がってきた話なのです。

では、現代の科学は犬の鳴き声そのものについて、どこまで分かっているのでしょうか。

7. 現代の研究で分かってきたこと

犬の鳴き声は、ただの騒音ではない

ここで少しだけ、現代の動物行動学も見ておきます。

犬の鳴き声は、ただ大きいだけの音ではありません。
研究では、その声の中に場面の違い気持ちの違い、さらにどの犬が鳴いているのかまで分かる手がかりが含まれている可能性が示されています。
つまり「ワンワン」は、ただの騒音ではなく、犬にとっても人にとっても、ある程度“意味のある音”かもしれないのです。

まず2005年の研究では、研究者たちは犬の吠え声をさまざまな状況で録音し、人間の聞き手に「これはどんな場面の声か」「どんな感情に聞こえるか」を答えてもらいました。
使われたのは、ハンガリー原産の牧羊犬種ムーディーの吠え声です。
その結果、人は偶然よりかなり高い精度で、犬の鳴き声がどんな場面で出されたものかを当てることができました。
研究者たちは、犬の吠え声には、人間にも読み取れるだけの情報が含まれていると考えています。

さらに2009年の研究では、もっと踏み込んだ実験が行われました。
今度は人間ではなく、犬自身に別の犬の吠え声を聞かせて、違いが分かるかを調べたのです。
この方法はプレイバック実験と呼ばれます。
録音した音をスピーカーから流し、その反応を見る実験です。
しかも今回は、ハビチュエーション・ディスハビチュエーション法という方法が使われました。
少し難しい言葉ですが、意味はシンプルです。
同じような音を何度か聞かせて犬が慣れるかを見て、最後に一つだけ条件を変えた音を流し、「あれ、違う」と気づくか確かめる方法です。

実験では、まずムーディー5頭の吠え声が録音されました。
録音した場面は2つです。
ひとつは、見知らぬ人が庭や柵のそばに来たとき
もうひとつは、犬が公園で木につながれ、ひとりにされたときです。
録音は犬から2〜3メートルの距離で行われ、各犬・各場面について複数のサンプルが作られました。
つまり研究者は、「知らない人に反応している声」と「ひとりにされている声」を、きちんと分けて準備していたのです。

次に、実験に参加する犬を部屋に入れます。
部屋の中では、飼い主が椅子に座り、その少し前に犬を待たせます。
犬はリードをつけず、落ち着いたところでスピーカーから吠え声を流します。
研究者は犬がどれだけ長くスピーカーのほうを見るかを記録しました。
犬が音に慣れてくれば、見る時間は短くなります。
逆に、4回目だけ違う種類の声を流して急に見る時間が長くなれば、
犬が「さっきまでと違う」と気づいたと考えられます。
この“見る時間”を手がかりに、犬が音の違いを聞き分けているかどうかを確かめたのです。

実験の組み方も、とても丁寧です。
あるグループには、最初の3回、同じ犬・同じ場面の吠え声を聞かせ、4回目だけ同じ犬のまま場面を変えた声を流しました。
これで4回目に反応が戻れば、犬は場面の違いを聞き分けたことになります。
別のグループでは、最初の3回は同じ犬・同じ場面、4回目だけ場面は同じまま別の犬の声に替えました。
これで反応が戻れば、今度は犬がどの犬の声かを聞き分けたことになります。
さらに対照グループでは、4回とも同じ条件の声を流して比べています。
この対照があるおかげで、「4回目だからたまたま反応しただけではない」と判断しやすくなっています。

しかも研究者は、
「飼い主が無意識にヒントを出したのではないか」
という可能性まで確かめています。
追加の実験では、飼い主に大きな音楽をヘッドホンで聞かせ、再生される吠え声が分からない状態にしました。
それでも犬の反応は同じ傾向を示しました。
つまり、犬は飼い主の表情やしぐさに引っぱられたのではなく、吠え声そのものの違いに反応していたと考えられます。

結果はとても興味深いものでした。
犬たちは、最初の1回目から3回目まではだんだん慣れていき、スピーカーを見る時間が短くなりました。
ところが4回目に、場面だけが変わった声や、別の犬の声が流れると、また注意を向ける時間が長くなったのです。
一方で、4回とも同じ条件だった対照グループでは、そうした反応の戻りは見られませんでした。
研究者たちはこの結果から、犬が吠え声だけを手がかりに、場面の違いも、鳴いている個体の違いも区別できると結論づけました。

つまり犬の鳴き声には、
もともと状況感情個体差といった情報が含まれている可能性が高いのです。

この視点に立つと、
昔の人が「びよ」と聞いたことも、
現代の人が「ワンワン」と聞くことも、
まったく根拠のない思いつきではなくなります。
同じ声の中にあるいくつもの特徴を、時代や文化や耳の感覚の違いによって、人が別々の形で拾っていた。
そう考えると、犬の鳴き声の歴史は、ぐっと立体的に見えてきます。

では次に、
この知識を日常の中でどう活かすと、いちばん役に立つのかを見ていきましょう。

8. 実生活では、どう使えばいいのか

正しい使い方と、役立つ説明のしかた

この話は、雑学として面白いだけではありません。
**「聞こえた音を、人はどう言葉にしているのか」**を考える良い入口になります。
国立国語研究所でも、「わんわん」は擬声語の代表例として紹介されており、日本語の表現の豊かさを学ぶ材料になっています。

たとえば子どもに
「昔の犬はワンワンじゃなかったの?」
と聞かれたら、こんなふうに答えるのが安全です。

「昔の犬だけが今とまったく別の声だった、とまでは言えないよ。
でも、昔の人は犬の声を『びよ』や『びょうびょう』みたいに、今と少しちがう言葉で書いていたみたいなんだ」

この答え方なら、
断定しすぎず、
でも夢を壊しすぎず、
しかも資料に沿っています。

ブログやSNSで紹介する場合も同じです。
正しい使い方は、
**「昔の犬は絶対に○○と鳴いていた」**ではなく、
「古い資料ではこう表記されている」「語源にはこういう有力説がある」
という書き方です。
これは、複数説が併存する語源問題では特に大切です。

つまりこのテーマは、
犬の雑学として使えるだけでなく、
「情報を言い切りすぎない力」を育てる題材にもなるのです。

では次に、
この話で特に誤解されやすいポイントを先回りして整理しておきましょう。

9. 注意点や誤解されがちな点

ここを外すと、一気に話が雑になります

このテーマでいちばん多い誤解は、
「昔の犬はみんな『びょうびょう』と鳴いていた」
あるいは
「『いぬ』の語源は鳴き声で確定している」
と、話を一本化してしまうことです。

ですが、資料にのりやすい古い鳴き声表記として前に出てくるのは、
「ひよ/びよ」
「べうべう・びょうびょう」
「わんわん」
です。
『日本国語大辞典』系の整理でも、「イン」は方言形としては確認できますが、語源説や古い鳴き声表記とは分けて考える必要があります。

特に注意したいのは、
「イン」という語形の存在
「インイン」という鳴き声説を同じものとして扱わないことです。
方言で「犬」を「イン」と言う例は確認できますが、それだけで「昔の犬の鳴き声は全国的にインインだった」とは言えません。これは、今ある資料からの自然な帰結です。

もう一つの誤解は、
「びよ」がそのまま「いぬ」の語源だと思ってしまうことです。
飯間浩明さんの説明では、むしろ「びよ」は「いぬ」と離れており、語源の手がかりとしては「ヱヌ(ウェヌ)」や「ウヱヌウヱヌ」のほうが理解しやすいとされています。

このテーマでの“危険性”は、
物理的な危険ではなく、
面白い一言に引っ張られて、複数説を単純化してしまうことです。
とくにSNSや短い動画では、「昔の犬は○○だった」と断言したほうが広がりやすいので、そこは気をつけたいところです。これは、複数の資料が示す不確定さから言える、慎重な読み方です。

ではここで少し視点を変えて、
この話の面白さをもうひとつ味わえる脇道へ進みましょう。

10. おまけコラム

「ワンワン」は鳴き声であり、犬そのものでもある

現代の日本語では、「わんわん」は単なる鳴き声ではありません。
国立国語研究所の公開辞書では、「わんわん」は犬の小児語としても扱われています。
つまり「わんわん来たよ」と言えば、鳴き声ではなく、犬そのものをやわらかく指す言い方にもなるのです。
この時点で、もう「わんわん」はただの音まねではなく、人と犬の親しさまで含んだ言葉になっている、といえます。

これは、実はとても象徴的です。

昔の「びよ」は、どちらかというと耳に届いた音をそのまま写そうとした言葉に近く見えます。
それに対して今の「わんわん」は、犬そのものへの親しみや身近さまで背負っています。
同じ犬の声を表す言葉でも、そこには時代ごとの人と犬の距離がにじんでいるのです。

人間と犬は、いつから一緒に暮らしてきたのか

犬は、現在わかっている範囲では、人間が最初に家畜化した動物とされています。
しかもその関係はかなり古く、研究レビューでは、犬は更新世(こうしんせい)、つまり農耕が本格化するより前の時代から人と関わっていたとされます。
2021年の総説では、考古学と遺伝学の証拠から、犬はおよそ2万3000年前ごろにシベリアで家畜化された可能性があると論じられています。
ただし、犬の起源や家畜化の場所・回数には今も議論があり、そこはまだ完全に決着していません。

日本でも、人と犬の関係はとても古くまでさかのぼります。
慶應義塾大学の調査では、愛媛県の上黒岩岩陰遺跡から見つかった犬の骨が、日本最古級の縄文埋葬犬とされ、年代は約7400〜7200年前と示されています。
犬がただ近くにいただけでなく、埋葬される存在だったという事実は、当時すでに人と犬の関係がかなり深かったことを感じさせます。

さらに縄文時代の研究では、犬は狩りを助ける重要な存在だった可能性が高いとされています。
2016年の論文では、縄文時代の犬の埋葬は、シカやイノシシを追う狩猟経済と強く結びついており、犬は傷ついた獲物を追跡したり、足止めしたりする狩猟技術の一部だったと論じられています。
つまり、最初期の人と犬の関係は、今のような「かわいいペット」というだけではなく、一緒に生き抜く仲間としての性格が強かったようです。

暮らしが変わると、犬の見え方も変わっていく

その後、犬との暮らし方は少しずつ変わっていきます。
東京大学の解説では、平安時代の都の人びとにとって犬は、今のような室内の愛玩動物というより、外にいる番犬や野犬として意識されることが多かったとされます。
そして、文学の中で犬が「わん」と鳴くように書かれるのは主に近世以降で、その背景には愛玩犬の増加があった可能性があると説明されています。

この流れで見ると、
「びよ」から「わんわん」への変化は、
音の変化だけではなく、人が犬をどう感じてきたかの変化として読むこともできます。

狩りを助ける相棒、外にいる番犬、町にいる犬、家の中で一緒に暮らす犬。
犬の生活する場所が変われば、
人が耳にする鳴き方も、心の中で付ける名前も変わっていきます。
「わんわん」が鳴き声であると同時に、犬そのものの呼び名にもなっているのは、その長い変化の先にある現代の感覚なのかもしれません。

10.5. 世界では、犬の鳴き声はどう書かれているのか

ここで視点を日本の外へ広げると、さらに面白いことが見えてきます。
犬そのものの声は世界中でそれほど大きく変わるわけではないのに、鳴き声の書き方は言語によってずいぶん違います。
この点を分かりやすく紹介しているのが、Babbel(バベル)です。Babbelは、外国語を学ぶためのオンライン学習サービスで、言葉の違いや表現の面白さを紹介する記事も公開しています。 そのBabbelの解説では、各言語にはそれぞれ音の仕組み(音素体系)があり、人は自分の言語で使いやすい音に合わせて犬の声を表していると説明されています。
つまり、犬が国ごとに別の声で鳴いているのではなく、人間の言葉のほうが、犬の声をそれぞれ違う形で受け取っているのです。

たとえば一例を挙げると、
日本語では ワンワン
英語では woof(ウーフ) / ruff(ラフ) / bow wow(バウワウ)
フランス語では ouaf ouaf(ワフワフ) / ouah ouah(ウア・ウア)
スペイン語では guau guau(グアウ・グアウ)
ドイツ語では wau wau(ヴァウ・ヴァウ) / wuff wuff(ヴフ・ヴフ、またはウフ・ウフに近い)
イタリア語では bau bau(バウ・バウ)
ロシア語では gav gav(ガフ・ガフ)
中国語では 汪汪(ワンワン / wāng wāng〈ワン ワン〉)
トルコ語では hav hav(ハヴ・ハヴ)
といった形があります
同じ言語の中でも複数の表し方があり、大きい犬と小さい犬で書き分ける例まであります。

補足すると、これは日本語のカタカナで近い音に寄せた読み方です。
実際の発音は、日本語のカタカナだけではぴったり表しきれないこともあります。

この違いを見ていると、
「ワンワン」は決して世界共通の正解ではなく、
日本語の耳と日本語の音の仕組みが生んだ表現だと分かります。
そしてこれは、昔の日本語で犬の声が「びよ」や「びょうびょう」と書かれたこととも、どこかつながっています。
結局のところ、犬の声をどう書くかは、犬の問題であると同時に、人間の言葉の問題でもあるのです。

こうして見ると、
「わんわん」はただの鳴き声ではなく、
人と犬が長い時間を一緒に過ごしてきた歴史の中で育った、
とても人間らしい言葉だと感じられます。

では次に、
ここまでの話を静かにまとめながら、
いちばん腑に落ちる受け止め方を考えてみましょう。

11. まとめ・考察

変わったのは犬の声か、それとも人の耳か

今回の内容を、まっすぐにまとめます。

まず、
昔の犬の鳴き声として前面に出しやすいのは、「インイン」より「びよ」「びょうびょう」です。
平安時代の『大鏡』では「ひよ(びよ)」、江戸時代初期以降には「べうべう(びょうびょう)」、そして室町末〜近世初には「わんわん」の例も確認できます。

次に、
「いぬ」の語源は、鳴き声由来説を含めて複数説があり、まだ一つに確定していません。
ただし、鳴き声との関係を説明するなら、「びよ」よりも、『和名類聚抄』のヱヌ(ウェヌ)や、小山田与清のウヱヌウヱヌ説を軸にしたほうが、ずっと筋道が通ります。

私はこのテーマのいちばん面白いところは、
言葉は録音ではなく、人の感じ方の記録でもある
という点にあると思います。

犬は昔も今も、きっと一生懸命に鳴いていました。
でも、その声を
「びよ」と書く人がいて、
「びょうびょう」と聞く人がいて、
「わんわん」と呼ぶ人がいた。

そこには、犬そのものだけでなく、
その時代の暮らしや、犬との距離や、耳の感覚まで映っています。

だからこの話は、
単なる語源クイズでは終わりません。

犬の鳴き声の歴史をたどることは、
人が世界をどう言葉にしてきたかをたどることでもある。

そう考えると、
いつもの「ワンワン」まで少し違って聞こえてきます。

――ここまでで、
犬の声そのものよりも、人がその声をどう聞き、どう言葉にしてきたかが、今回の謎の中心にあることが見えてきました。

でも、面白いのはここからです。
**「びよ」「わんわん」「いぬ」**をめぐる話は、犬だけの話ではありません。
オノマトペ、聞きなし、語源、方言、小児語。
こうした言葉を少しずつ自分のものにしていくと、日常の何気ない言葉まで、前より深く見えるようになります。

この先は、興味に合わせて応用編へ。
今回の現象を**「へえ」で終わらせず、自分の言葉で語れる**ようになるために、似ている言葉、間違えやすい言葉、そしてもっと深く楽しむための入口を見ていきましょう。

12. 応用編

「犬の鳴き声」の話がもっと面白くなる、似ている言葉・間違えやすい言葉

今回の話を読み進めるうえで、まず増やしておきたい語彙があります。
それが、オノマトペ擬音語擬声語擬態語です。
国立国語研究所では、「雷がごろごろ鳴る」は擬音語、「猫がごろごろのどを鳴らす」は擬声語、「丸太がごろごろ転がる」は擬態語として説明しています。
つまり、「ワンワン」は犬の声を写した擬声語であり、「のそのそ」「にこにこ」のような音のない様子を表す語とは、同じオノマトペの仲間でも役割が違うのです。

ここで間違えやすいのが、「オノマトペ」と「聞きなし」を同じものだと思ってしまうことです。
オノマトペは、音や様子を言葉で表す表現の大きな仲間の名前です。
それに対して聞きなし
は、鳥や動物の鳴き声を、人の言葉のように聞き取って置き換えることを指します。
たとえばウグイスの「ホーホケキョ」や、鳥の声を「法華経」のように聞くのは、まさに聞きなしです。
犬の「ワンワン」も広い意味ではこの感覚につながりますが、言葉として分類するときは「擬声語」と見るほうが整理しやすいです。

もう一つ、今回とくに大事なのが、「鳴き声の表記」と「語源」を混ぜないことです。
「びよ」「びょうびょう」「わんわん」は、犬の声をどう聞いたかという表記の話です。
一方で「いぬ」がどこから来たかは、ことばの成り立ちをたどる語源の話です。
三省堂の辞書紹介でも、「由来」欄で語源に関する俗説を正すことが示されており、それっぽい説明がそのまま正しい語源になるわけではないことが分かります。
今回のテーマでも、「昔はこう鳴いたらしい」と「だから名前もそこから来た」は、途中でひと息おいて考える必要があります。

さらに、**「一つの言葉には一つの意味しかない」**と思ってしまうのも、じつは落とし穴です。
国立国語研究所では、「どんどん」は太鼓なら擬音語、日本語がどんどん上手になるなら擬態語、「ごろごろ」は擬声語・擬音語・擬態語など複数の顔を持つと説明しています。
この視点で見ると、「わんわん」も単なる鳴き声だけではなく、犬そのものを指す小児語にもなります。
言葉はきっちり一つに閉じず、使われ方の中で広がっていく。
そこに、日本語のおもしろさがあります。

では、今回の話と似ている現象や言葉には、どんなものがあるのでしょうか。
まず思い浮かべやすいのは、猫の「ニャー」鶏の「コケコッコー」、**ウグイスの「ホーホケキョ」**のような、動物の声を言葉にする表現です。
これらは同じように「人が音をどう受け取ったか」が強く反映されるため、言語が変われば表し方も変わります。
犬の「ワンワン」だけが特別なのではなく、動物の声全体に、人間の耳と言語のくせが映っているのです。

では反対語はあるのかというと、ここは少し注意が必要です。
「ワンワン」のような擬声語に、きれいに一語で対応する反対語があるわけではありません。
ただ、対比しやすい言葉はあります。
たとえば「ワンワン」は音のある表現ですが、「のそのそ」「うろうろ」は音がなくても動きや様子を表す擬態語です。
つまり、反対語というよりは、“音を写す言葉”と“様子を写す言葉”のちがいとして覚えるほうが、今回のテーマには合っています。

そして、今回のテーマでいちばん間違えやすいのは、
「方言の形」と「昔の全国共通の鳴き声」を同じだと思ってしまうことです。
たとえば「イン」は一部の地域語・方言形として確認できますが、それだけで「昔の犬はみんなインインと鳴いていた」とまでは言えません。
このずれは、語源や方言の話を読むときにとても起こりやすいので、ここを分けて考えるだけでも、文章の精度が一気に上がります。

ここまで来ると、
「犬は昔どう鳴いていたのか」という問いは、
いつのまにか「言葉はどう生まれ、どう広がり、どう誤解されるのか」という、もっと大きな問いへつながっていきます。

では最後に、
今回の内容をもっと楽しく、もっと確かに学びたい人のために、おすすめ書籍をまとめておきましょう。

13. さらに学びたい人へ

ここまで読んで、
「犬の鳴き声」や「いぬの語源」を、もう少し深く知りたくなった方へ。
まず手に取りやすいのは、次の3冊です。
読み物として楽しみたいのか、オノマトペ全体を広く知りたいのか、辞典のように引きながら学びたいのかで、向いている本が少しずつ変わります。

『犬は「びよ」と鳴いていた 日本語は擬音語・擬態語が面白い』山口仲美
今回の記事のテーマに、いちばんまっすぐつながる1冊です。
題名の通り、「犬は昔どう聞こえていたのか」という疑問を入口に、日本語の擬音語・擬態語のおもしろさへ入っていけます。
犬の話から始めたい人、まずは読み物として楽しく学びたい人におすすめです。

『オノマトペの謎――ピカチュウからモフモフまで』窪薗晴夫
こちらは、犬の鳴き声だけでなく、オノマトペ全体を少し広い視野で学びたい人向けです。
目次を見ると、「意味は変化するの?」「方言があるの?」「外国語にもあるの?」「赤ちゃん言葉と似ているのはなぜ?」など、気になる論点が並んでいて、1冊でいろいろな角度から考えられます。
「ワンワン」から一歩進んで、言葉の仕組みそのものに興味が広がってきた人にぴったりです。

『擬音語・擬態語4500 日本語オノマトペ辞典』小野正弘 編
こちらは、読み切る本というより、そばに置いて引く本です。
「ワンワン」や「びよ」から始めて、似た表現や別のオノマトペへ横に広げたいときに強い1冊です。
気になった言葉をその場で確かめたい人、文章づくりで語彙を増やしたい人には、とても役立ちます。

迷ったら、
まずは山口仲美さんの本で「犬の鳴き声」の面白さを味わう。
そのあとで、窪薗晴夫さんの本でオノマトペ全体を広く学ぶ。
さらに必要になったら、小野正弘さんの辞典で言葉を引く。
この順番で進むと、無理なく楽しみながら理解を深めやすいです。

次に犬の声を聞いたとき、
その「ワンワン」の奥に、昔の「びよ」や、言葉の歴史そのものが少し重なって聞こえてくるかもしれません。

そして知識が少しずつ積み重なると、
最初は不思議だった疑問が、
自分の言葉で説明できる納得へと変わっていきます。

では最後に、
その疑問がどうほどけたのかを、物語として静かにたどってみましょう。


14. 疑問が解決した物語

夕食のあと、
あのときの続きを話すように、子どもがもう一度こちらを見ました。

「じゃあ、昔の犬って、本当にワンワンじゃなかったの?」

今度は、前のように言葉に詰まりません。
ひとつずつ調べて、たどってきたことを思い出しながら、ゆっくり答えます。

「昔の犬だけが、今とまったく別の声で鳴いていたと決まったわけじゃないみたい。
でも、昔の人は犬の声を、今とは少し違う言葉で聞いて、
『びよ』とか『びょうびょう』みたいに書いていたらしいんだよ」

子どもは少し目を丸くして、
「じゃあ、犬の声が変わったんじゃなくて、人の聞き方や書き方が違ったの?」
とたずねます。

その言葉に、こちらも小さくうなずきます。
そうか、知りたかった答えは、そこだったのかもしれません。

犬は昔も今も犬のままで、
一生懸命に鳴いていた。
けれど、その声をどう受け取るかは、
時代ごとの暮らしや、言葉や、人と犬との距離によって少しずつ違っていた。
そう思うと、最初は不思議に見えた話が、だんだん静かに腑に落ちてきます。

「じゃあ、犬っていう名前も鳴き声から来たの?」

その問いにも、今度は落ち着いて答えられます。

「その考え方はあるよ。
でも、まだそれだけで決まりじゃなくて、ほかの説もあるんだって。
だから、面白い話ほど、ひとつに決めつけずに見るのが大事なんだね」

すると子どもは、
「そっか。じゃあ、“昔はこうだったらしい”って聞いたら、
ほんとにそうか、ちょっと調べてみるのがいいんだね」
と、少し得意そうに言いました。

そのひと言が、なんだかうれしく感じられます。

疑問が解けたのは、
「正解をひとつ覚えたから」ではありませんでした。
分かっていることと、まだ言い切れないことを分けて考える。
その見方が持てたからこそ、
不思議だった話が、納得できる話に変わったのです。

その夜、外から聞こえてきた犬の声は、やっぱり「ワンワン」に聞こえました。
でも前とは少しだけ違っていました。
ただの鳴き声ではなく、
昔の人ならどう聞いただろう、
どんな言葉で書いただろう、
そんなことまで重なって聞こえてきたからです。

知る前より、世界が少しだけ広くなる。
今回の疑問は、そんなふうに解決しました。

だからこそ、もしこれから
「昔の犬はこう鳴いていた」
「この言葉の由来はこうだ」
そんな話に出会ったら、すぐに信じるだけでなく、
どんな資料があるのか、ほかの説はあるのかを、ひと呼吸おいて見てみる。
それが、この話から受け取れる小さな教訓なのかもしれません。

さて、あなたなら、
次に犬の声を聞いたとき、
それをどんな言葉で心の中に写しますか。

文章の締めとして

犬の鳴き声は、ただ耳に入ってくる音ではなく、
その時代を生きた人がどう感じ、どう言葉にし、どう犬と向き合ってきたのかまで映し出してくれるものなのかもしれません。

「ワンワン」という、あまりにも身近な言葉の奥に、
「びよ」や「びょうびょう」と聞いた昔の人の耳が重なっている。
そう思うと、いつもの犬の声まで、少しだけ深く、少しだけあたたかく聞こえてきます。

言葉は、正解を一つ覚えて終わるものではなく、
由来をたどり、違いを知り、揺れや余白ごと味わうことで、もっと面白くなるのだと感じます。
今回の「犬の鳴き声」の話もまた、そんな言葉の豊かさを教えてくれる、小さくて奥深い入口でした。

補足注意

この記事は、筆者が個人で確認できた資料の範囲で、
できるだけ正確さを大切にしながら整理した内容です。

語源や古い鳴き声の表記には複数の見方があり、
ここで紹介した内容だけが唯一の正解とは限りません。
とくに「いぬ」の語源は、今もいくつかの説が並ぶテーマです。

また、研究や資料整理が進むことで、
今後さらに解釈が深まったり、見直されたりする可能性もあります。

🧭 本記事のスタンス
この記事は、
「これが絶対の正解です」と言い切るためではなく、
読者が自分で興味を持ち、確かな資料に触れるための入口として書いています。
ほかの見方や考え方も、ぜひ大切にしてください。

この話に興味が湧いたなら、どうか「ワンワン」の奥にひそむ昔の声にも耳をすませながら、文献や資料をたどって、あなただけの発見を見つけてみてください。

最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。

またどこかで、言葉の奥にひそむ“びよ”に耳をすませてお会いできたらうれしいです。

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